術比べ
俺は懇願したよ。
まずは事情を説明してくれ!
話はそれからだ!
白川執事に椅子を勧められ、俺は腰を下ろした。当主さまも正面の椅子に腰を下ろされたのだが、中年男性のフリチンはお隠し遊ばされてほしかった。だが、とても俺に、口に出せる勇気はない。
穏やかなほほ笑み顔のまま、平然と横に立ちんぼする、背筋の伸びた執事さんの存在だけが、心の頼りだった。
「二週間ほど前のことだ……」
優さんが真面目に話し始めた。
二週間前、当主は一人の少女と会見した。用件は、「愛人にしてほしい」とのこと……。
……ここではや俺の心は挫けかけたのだが、住む世界が違う方々なのだと思い直して、がんばって耳を傾け続けたのだった。
もちろんだが、当主は相手にしなかった。ところが。
その少女は、切り札を持っていたのだ。
「わたしには、三島の血が流れています」
これで、当主はその少女に、心を捕らえられてしまった。
なにしろその、同じ理由で俺が今、ここにいるくらいだ。当主の血狂いは、それほどのものだった。
さっそく、その言を確かめるためのDNA検査が行われたのだが、その結果――
優さんは俺に向かって、重々しくお認めの言葉を口にされたのだった。
「検査の結果、90%以上の確率で、佐恵の血筋、すなわち、三代目煙丸、一吉どのの血筋と認められた」
俺は――目の前がクラクラしだしたんだよ。
「前に調査させてもらった、君のDNA検査データと比較し、さらに、平家一族の経歴をも検討に加味したところ、99%以上の確率でYES判定が出た。すなわち――」
優さんは、潔く断言なされた。その誠実なるお姿に、一瞬、俺も将来、こんな大人物になりたいものだと思わせるほどに。
「――マジである」
渋い大人の魅力であった。
それに比べて一吉じいちゃん! 頭かかえた。
「やってくれるぜ……」
愛人を囲ってたんかいな!? やるねェー!
優さんが言葉を続ける。
「一吉どのを初代とすれば、その女は、7代目に当たる」
同じ数え方で、俺は6代目だから、向こうさんの方が一つ回転が早い。戦争期だし、また、当時愛人といえば、私生児とかそんなで、社会的弱者だったろうし、なにか、いろいろあったのだろう。しかし、しかし……。
「ゆえに身は、その者を是が非でも、愛人とせずにはおられぬ心になった。なにより、素晴らしき美貌、そして肉感のよろしき体つきゆえに。感服ものであった。流石は三島の血筋」
三島の血筋で、この日本一の男が虜にされるほどの、絶世の美少女。
「ふうん……」
とだけ俺は反応した。
「一目会ってみれば、君にもわかる」うん、同意する。
「ちなみに、何歳でしょう」
「今年16」
絶句。
「君や瑛と同い年である」ダメ押ししなくてもいい。
俺は片手で額を押さえる。難儀な話だった。このご当主どのは、いわば自分の子供と契って、お子をなそうとしていらっしゃる――
俺はあることに気づいて顔を上げた。その瞬間。
「第一継承権は、瑛にある」
俺はちょっとだけ息をついたのだった。ふふん。
話は核心に入った。
「一週間前に、身は、いよいよ、その者と契ろうとした」
聞かねばなるまいよ……。
「そのとき、かの者は、その細き手で我が生殖の器官を握り、そして、手放した。寸の間のことだった」
「……」
「その瞬間から、EDである。なにか魔術めいたことを施されてしまったのだ。そしてそれは、恐らくは、高い確率で――」
生殖器マッサージ。俺は、断頭台に首を差し出す心地だった。
「――一吉どのの技術の流れの果ての魔術に、相違なきものとみられる」
「平家の秘術が、そちらの方にも流れていたと……」
優さんは首を横に振った。
「正統は平家にあるし、またその完成された技術体系は、平家にあるものが唯一のものと確信する。仮に一吉どのから何かが伝えられていたとしても、ほんの一手か二手の、お遊び程度の技のはず。かの者の術は、それを基とした、性技の手練手管のみに特化した、術と思われる。言わば、“野生のプロ”であるな」
「救われる思いです」
「だが、強力なるものであることは確か。この一週間、かかりつけの大学病院に頼ったが、とうとう、この術を破れんかった。そしてだ」
「……」
「本日。かの者は本性を現した。機能回復と引き替えに、我が正室の地位を要求──しやがった」
「あらあら……」乾いた笑い。
三島に、ケンカふっかけたんかよ……。
大恩ある三島のご当主。しかしながら──
俺は、こういっては不忠、不謹慎だが、別の面では、痛快な思いさえ感じていたのだった。
白川執事が補足した。
優さんの正室、つまり奥様は、先の第二次極東戦争が原因で亡くなられていて、以降、主人はお一人様を通していらっしゃるとのこと。
さらには、時期当主予定の瑛には、実は兄がいて、第二次極東戦争の始まる前に、暗殺されていた、とのこと。
初めて聞く話だった。
これではなるほど、瑛ただ一人という現状が、心配でしょうがないのも、理解できる。
「ともかく――」
執事は言葉を結んだ。
「主人に掛けられた魔術、どうか打ち破って下されたく、この通りお願い申し上げます。頼みは、もはや中吉どのだけでございます」
深々と一礼したのだった。
相手に、どんなに“痛快な奴”、と一種の好意を感じても、だ。
術比べとなったら、話は別だった。
俺の顔が、猛禽類の笑顔になるのが自分でわかった。
「了解です。正統、煙丸の名にかけて、見事その魔術を、打ち晴らしてご覧に入れましょう──!」
俺は、奮い立った。
このあとのことは、くどくどと述べない。
俺は、己の針術、そして毛抜きの秘術を駆使して、期待にたがわず、患体の機能回復に成功したのだった。
患者の体のどこに、どんな針を打ったのか、また“毛”の場所と“銘”は、あえて秘匿する。
力強く“隆起”を果たしたとき、優さんは感極まって叫んだものだ。
「天晴れ、煙丸! 白川、中吉君に、特別ボーナスを支給したまえ。舟遊びの十、二十ッ回くらいはやれるほどのものをな! それと、早速だが○△×を呼べ──!」
「はは──」
俺は心地よい疲れの中、椅子にもたれながら、○△×って、さっきのメイドさんのことかなぁ、などと考えていたのだった。