しいたけ(2)
刷毛山駅で、俺は今度こそ一人になった。
日は没し、すっかり暗くなっている。朝、あれほど賑やかだった駅前コンコースだったが、帰宅時間はみんなバラバラゆえに閑散としたものだった。ものすごく寂しいし、寒い光景だ。商店街のなかには早々と戸締まりしている店舗もあるくらいだった。
外灯の明かりは必要十分にあるのだが、心理的なものだろうか、どこか暗く感じる。
「……ふふん」
好都合だった。さらに――
俺は、わざと、貴重なバスを一本見送ったのだった。次のは一時間後、というほどの貴重さで、一台のバスに、乗客は無理してでも全員乗り込む。
なので、直後の今この時間帯こそ、ここは、完璧なる“無人”なのであった。
「……」
俺は無言のまま、その“領域”に、足を踏み入れた。“目的”は――
目の前に立つそれは――
ステッキ片手に穏やかに笑っている――
陽本しいたけ像、それであった……。
まあるい頭のてっぺんに、ひょろんとそよぐ、一本毛。その一本の毛があるために、自分はハゲじゃないと言い張る爺様であった。
では、その毛がなくなったら? 陽本しいたけは、何になるのか?
我知らず、右手がその頭頂に、伸びていたのだった。
いまこそ、決着の時なのだった。
自然と、俺は気勢を上げていたのだった。
「受けませいッ、陽本しいたけ――!」
平家秘伝、毛抜きの術の、その初めの一つ、大基本。百八数えるその技の、頭の数はその技は。宇宙すべての基なりき。その数えは一番、技名は、言いも言ったり“一ノ毛”!
銘は、“天――
「おうい、平くん……」
ビビった!! もう目ン玉が吹っ飛ぶほど、ケツ穴蹴り上げられたほど、心臓に電撃くらったほど、そんなショックを感じたのだった。
誰もいなかったハズなのに!? 人の気配なかったのに?
「――!」
ガッ、と全身で振り向くと、そこに、まあるい、立花警視の姿があったのだった。
「――!」
なぜだ!? なぜそこに貴方がいる?
「――!」
まさか俺か? 俺がターゲットになってたのか? 警察の?
「花壇の花を踏んでいますよ、平くん……」
グンッ、首を下方に振り落とす。パンジーの花の上、だった。俺はもう、瞬間的に、焼き鉄板の上に落とされたかのように、うわうわうわうわと細かく跳ね飛びながら花壇の外に出たのだった。
「……」なんもいえん俺。敗北者、それがいまの俺の姿だ。
「……いや、今の場合、“煙丸”どの、とお呼びした方がよろしかったのかな」
と、警視どのが分析不能の笑顔を見せた。
俺はパトカーに乗せられた。
行き先は牢屋か取調室か、と震え上がっていると、隣の立花警視がようやく事情を話してくれた。
俺はこれから、三島家に連れて行かれるらしい。
現当主、銭右衛門優さんがなにか俺に用があるらしく、それで警視に依頼がいった、とのこと……。
人捜しと移動手段が揃っているから、との理屈で、直接俺のスマホでなく、警察の方に連絡なされた。
ホントウなのか? 警察を私用で使っても……三島ならば許されるのか?
俺にも少し流れる三島の血? それでなのか?
それが現実なのか?
そうだとしても、端から俺に警察が張り付いていたから、即座に俺の目の前に現れることができたんじゃないのか? それはつまり警察に、別の思惑が前々から働いていた、ということの証左ではないのか?
「……」
もう俺の頭の中は、ぐるぐるだった。