下校
夕方6時。俺は、「いっしょに帰ろうぜ」という瑛のお誘いを、ヤボ用を理由に丁重にお断りした。
校舎正面出入り口に横付けされた、まるでバスのような鯨リムジンが瑛を飲み込み、静かに走り出す。それが正門外へと消え去るのを、俺は最後まで見届けた。心のどこかでホッとする。あのリムジンだったら安心できる。
さあ、俺も帰ろう。
正門を出て、一人。今日もいろいろあったな、などと思いながら、だらだらと坂を下った。
駅に到着すると、ちょうど時間がよかったので、そのままホームに直行する。そこで、先着のお仲間一人と合流をはたしたのだった。宮内十馬、剣道三段。1-Eクラスの男だ。
「ようトーマ……」
「おぅ、ナカ!」
「おつかれー」
「疲れてなんかイネー。決めつけんな」
「ふふん……」ニヤリ。
額に向こう傷。タッパは俺とタメ。こいつとはケンカは遠慮しときたい、そんなやつだった。
定刻どおり来た列車のゴリラ車両に、このころには多数集合していた男子連中と乗り込んだ。
車内ではフツーだった。連中と平和にダベる。学園には非公式だがMZ男子会なるものが存在し、情報を交換しあう場となっているのだが、これがまさにそれだった。
「ああ……」
まったりする。このひとときが、いいのさ。ゴリラ車両、やっぱり落ち着く。
やがて、話題は女のことになる。男女比率1:10以上。ここにいる誰もが、誤解を恐れずいうならば、ハーレムの王だった。
よほど人間的に下衆の烙印を押されない限り、女の子に不自由することはない。自然とハーレムは形成されてしまうのだ。そうなると競争が大好きなのが男子の本領である。だれが、どのくらいの規模のハーレムを作ってるのかが、かっこうの話題となったのだった。――まぁ罪のないネタだよ気にするな。な?
それで、だ――
この話題になると、みんなが皆、こっち見るんだ。──こっち見んな、アハハ。
ちょっと照れくさい……まぁ、なんだ。
なんと驚け、この俺が、暫定であるがまだ今年始まったばかりではあるんだが、本年度ナンバー1ハーレム王、なんだそうである。
思わず笑っちゃいそうなんだが、そうなんだそうな。
まぁ、運動部から文化部まで。一年から三年まで。一生徒から教師まで。手広く営業してるもんな。
数なんか、数えたこともない、と口にしたらド突かれた。アハハ……。
いなそうとしたんだがダメ。一人が容赦なく核心を突いてくる。
「なんつーても、てめぇにゃ、一人で千人分の最終兵器、“王子サマ”がついてるからな!」
とたん「“王子サマ”カウントオーケーか」「美人だからな」「じゃ、勝てねーや」などなど、座が一気にやかましくなる。俺は苦笑するしかない。
“王子サマ”か……まさしくな。ちなみに、
「“一騎当千”というんだぜ」「アホウ!」「しゃらくせェ」「死ね!」
笑い声があがった。
一人がうらやましそうに、ねちっこく訊いてくる。
「もう、ケツの穴くらいは見せてもらってんだろ?」おおゥ! 色めき立つ。みんな興味しんしんだ。
お前はなんちゅうことをいい出すのだ。ムリ筋もムリ筋。ありえんコトだろが。
だがしかし、余裕をみせるチャンスでもある。俺はわざと緩やかに、首を振ってみせたのだった。
「尻の穴? 俺、そっちに興味ねぇよ……」いってる途中から失敗に気づいたがもはや手遅れ。
一瞬の静寂後。
「デハアアアア」「うひょおおお」「ドェエエエ」「かーーーー」ちゅう、大反応が返った来たのだった。
「じゃあ、“表側”かよ」
ヲイ! それはあからさますぎぢゃ! いっとくが、そっちもネェよ! ていうか、お前らバカすぎ!
収拾がつかない。ついには俺は、モテるコツについて、講釈をたれる、演説をぶたなければならない状況に追い込まれてしまったのだった。
「俺は、幸いなことに、代々続く、由緒ある鍼灸師だ……」
真剣な顔で語り始めた。
仕事が好きな男になれ。
仕事ができる男になれ。
最初は一人分こなすのが精一杯でも、次は、隣の人間を助けられるまでになれ。
やがては、所属するグループに貢献できるまでになれ。
もっともっと、国のお役に立てれるほどの、スケールが大きい男になってみやがれ。
さすれば、女の子、それも、レベルの高い女の子が、そいつをほっとくわけがない……。
ただし、イケメンに限る。
「アホウ!」「しゃらくせェ」「死ね!」
やっぱりド突かれた。半分以上、本気だったんだがな、アハハ……。