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煙丸 中吉の一日  作者: やおたかき
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時代背景

 東京都刷毛山市(はけやまし)阿久間(あくま)4丁目停留所。早足で到着するとちょうどのタイミングでポストの予告ランプが点滅を繰り返し始めた。ほどなくやって来たバスに、二人とも掌紋センサーに手のひらをかざして乗り込む。

 俺は世間知らずの若造に教えを垂れてやることにした。振り向いて。

「いまの人体確認システム、お前んちの製品なんだぜ」

「知ってるよ、君よりかずっと。自分とこの商品、把握してないトップが存在するなんて脳天気なこと、まさか思ってたのかな」

「……ふふん、試してやっただけさ」と誤魔化した。

 中は数人ていどのガラガラさだった。適当に、二人掛けシートに並んで座る。窓側が俺だ。「知ってる」ていったくせに、(あきら)のやつは、興味深そうにきょろきょろとバス内部を見回していたからだ。俺も一通りみて安全を確認すると、そのまま外に目を向けた。

 走るバスからの、次々と現れる、市街の眺め。毎日見てる変化に乏しい光景ではあったが、毎回飽きずに目を向ける。

 ひょっとして、俺はそこに“希望”とやらを見つけ出そうとしているのかもしれないな。だが――

 目がうつろになった。

 やっぱし、人口が減ったんだなぁと認めざるを得ない。壊れず、程度よく形を保ったまま残された建物の容積に対して、それを満たすべき人間の数が圧倒的に足りない、そんな感じがするのだ。人の存在感が希薄すぎるのだ。

 俺がガキんちょのころ。すなわち、郷里で小学校就学前のころだ。田舎町だったにかかわらず、東京都であるここよりもまだ、活気があったように思われる。

 だがそれさえもまだまだで、さらに上があったとのことだ。存命だった親父、いや、婆ちゃんにいわせると、昔の方が何十倍もすごかったらしい。

 とても想像できやしない。

 婆ちゃんが小さかったころ、当時の国民の数は、なんと、一億と二千万を、超えていたということだ。思わず感嘆のため息がでる。

「……」


 せっかく、そんなにいたのに――


 俺の思いはここから暗転する。

 婆ちゃんが小学高学年のころ、元号が安辺(あべし)に改められ、そして――

「……ふふん」

 悪夢が襲来した。

 安辺8年。

 第三次世界大戦が勃発したのだった。

 主戦場は、この日本だ。


 当時、日本のことを恨めしいと考えていた国々が徒党を組み、アンチ日本連合(AJN)を結成。浄化と称し、宣戦布告なしにいきなりミサイルを撃ってきたのだ。

 日米安保を振りかざしてアメリカが即座に介入。日本も反撃開始。その後、インドが参戦、ロシアが参戦。そのあとヨーロッパとそしてなんとアフリカ諸国が(両者とも国内にあったAJNもしくは日本の巨大な資産に目がくらんで)参戦。騒ぎに乗じて中東、そして南米が勝手に暴れ出し、とうとう世界大戦となってしまったのだ。

 当時、世界最強だった日米同盟軍、実質米軍が、結局は圧倒的勝利を収める……と当初思われたものだったが、同じ顔かたちのアジア人、侵略ゲリラ兵に手ひどくやられて、なんとか終戦に持ち込めたのが、安辺10年のこと。結果――

 アメリカなんぞ莫大な国債が「チャラになった」と喜んでいたようだが、日本には厳しい現実が待っていたのだった。人口が、半減したのだ。

「……」

 わが(たいら)家を実例として紹介しよう。

 この戦争が原因で、三世代の男が亡くなった。婆ちゃんは連れ合いを亡くし、若い身空で、乳飲み子だった親父を抱えて、大変な苦労を味わったそうな。――ほんと、婆ちゃんが踏ん張ってくれなかったら、今の俺なんぞ宇宙の誕生以前さ。無、だったのさ。

 話を続けよう。

 こんな場合、弱体化した日本を狙う国が出てきそうなものだったが、そこは先人たちの奮闘と、なにより米国の威光に守られたおかげで、国体はかろうじて維持された。かりそめでも平穏なうちに、徐々に復興がなし遂げられつつあったんだ。そんな中。

 悪夢再び。

 安辺28年。

 AJN残党が再蜂起。ここに第一次極東戦争と呼ばれる紛争が開かれる。

 このとき、残党は自らを日本解放戦線(JLF)と初めて呼称する。戸惑ったのはこちらサイドである。相手は、敵国人なのか、それとも国内反乱分子なのか。混乱が収まるまで、いたずらに時間が経過して。

 翌、29年。

 とにもかくにも日本国側の勝利で終結した。

 同年――元号が、英布(ひでぶ)に改められる。


「……」

 嘔吐をもよおした。ここから後は、駆け足だ。

 改元してからの十年は、日本は前にも増して苦労の連続だった。ところが。

 英布11年。悪夢みたび。

 第二次極東戦争はじまる。相手はまたしてもJLF(ジャルフ)だ。

 その病的なしつこさに、極めつけの嫌悪感に取り憑かれた国防軍は、今度こそJLFを、徹底的に狩り、叩きつぶした。巻き込まれた無関係な一般市民もいたという。

 同年、終わる。

 いや、終わったといえたのか。

 第一次戦争からわずか11年での再々蜂起だ。この点だけみても、このときのJLFには、よほどの自信があったものと推察された。そして、その自信の根拠は確かに存在したのである。

 JLF壊滅がキーとなる自動発火装置が作動――

 完璧なまでに日本の人口が激減した。

「……」

 結果をみれば、日本は戦術で勝って戦略で負けた。一面、JLFの思惑通りとなってしまったのだ。

 人口減による日本……実質的に、無防備解放状態。

 友好国ふくむ諸外国からの干渉にどう立ち向かうのか。国民国土、文化文明をどう守るのか、が政府の最大の課題となってしまった。

「……」

 そして、前年。去年のことだ。英布19年。

「……」

 放射線被爆が原因で、親父、そして婆ちゃんが逝去。それぞれ、たった39歳、たった57歳の若さだった。

「……」

 ふと横をみると、瑛が俺を観察していた。逃げ場がない。

「……わりぃ、ちょっと寝る」

 そう断って、俺は目をつむった。

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