休み時間
さて、学校生活を送る上で、絶対避けられない宿命を、これから話題にしてみよう。
その話、またしても瑛がからんでいるんだが……。
では。
瑛が、俺を、誘うところから、シーンをスタートさせてみよう。
なかなかハードな授業が終わって一段落。休み時間のことだ。ふいに席から立った瑛が、俺にほっそりした綺麗な手を差し出して、明るくこう声をかけて寄こしたのだ。
「トイレ行こうぜっ」
俺は女子か!? 「一人で行け」しっしっしっ──
そのとたん、クラス全員の非難の視線を一身に集める俺なのだよ。なぜだ。“オシッコ”だぞ!? オシッコだオシッコ。自分のオシッコ、人に代わってもらえるわけあるかよ。そんなの一人でやるもんだろが?
それに、お前らなんでそんなに反応がいいの? 俺らにしょっちゅう聞き耳たててんのか? 男の子のプライバシーはどうなっとんのじゃーと、怒りのマナコで一人一人見やるも、こいつら細かくふるふるふると首を振るのみ。諦めなさい、と。けっきょく、圧倒的数の無言の圧力に押しやられる形で、渋々腰を上げ、みんなの見てる前で瑛の手を取り、歩き出す俺なのである。ふと見ると、女どもの目が、なんか、倒錯的秘図でも盗み見たかのように、桃色ハート形になっていやがるのよ。そして俺らが廊下に出ると、もうたまりませんわって感じで教室内にきゃーという歓声が沸くんだよ。なんでやねん……て、俺関西人じゃないけどさ。
で、トイレに着いたら着いたで一騒動で。
絶対君主なんだからよ。自分専用の場所を作り、そこで御やりゃあいいんだよ。それなのに、わざわざここでしたいとおっしゃる。迷惑なのは一般市民だ。
中に入ると、たまさか運の悪い男子がいたりする。もうね、もうねそいつ、ギョッとしてさ。仮に先生にタバコ見っけられたとしてもこれ以上はしないと思うほどギョッとしてさ。ついで顔まっ赤にさせて、するものもしないで、そそくさと退散していくんだよ。ああ、ああ、すまんな、すまんな。
「……」
まあ、だれだって、瑛の小用の音なんて耳に入れたくないものな。
数少ない男同士、この頃にゃお互い顔見知りだから、俺と、何ともいいようのない顔で、すれ違うんだ。中には、すれ違いざま、ぽん、と俺の肩を叩いたりするヤツもいてさ。やめてくれ。俺になに期待してんだよ。
トイレ室内は、こちらの壁側に、小便器が2個並んでいる。反対側の壁に、シャワートイレの個室が2個並んでいて、つまりは瑛は、奥側の前に立った。
まあこの際だ。俺も手前側の前に立って、膀胱の中身を処分しておくことにする。でないと、俺が用があるとき、あいつも付いて来るからな。用事のないやつに隣に立たれたら、出るもんも出ないだろう。俺は繊細なんだよ。
ふふん。いっとくが俺はこれでも戦中派なんだからな。
ふふん。だからなんでもないんだからな! おい、俺の話に耳寄こせ。
ふふん。何しろ実弾飛び交う異常事態。人手がネがっだんだ。俺がガキんちょのころ、親父お袋のサポートで、いろんな現場を体験させられたもんさ。ふふん。ちょっとも体を動かせねぇ、ふふん、老若男女の患者さんの大小下の世話なんざ当たり前だった。ふふふん。わずかでもイヤな顔見せたら、親父の痛いゲンコが落ちてきたもんさ。患者さんの身になれ! ふふん。そうやって鍛えられたんさ。ふふん、だからふふん。ふふん。こんなのふふん、たいしたこっちゃふふふ、ねえのさふふんふるん、ふふんふるん、ふるるるるるる……。