女優の取材
突然だけれど私は女優だ。
決して顔が良いという訳では無いの。演技が人よりも上手かっただけ。
それにこのぽってりした唇に黒目の大きい瞳、黒く艶のある髪の毛。絶妙なボディバランス。
所謂個性派女優よね。
結構有名な映画にも出たし、テレビ番組だってレギュラーがあるわ。そこそこの名声だってある。
そう、私は名の知られた女優。有名女優って奴かしら?
女優って聞くと生まれた頃からスーパースターでずっとちやほやされてきたって思うじゃない?
違うのよ。
私はずっとずっといじめられてきた。
小学校、中学校、高校、ずっとずっと。友達と呼べる人もいなかったわ。
高校の途中からは家に引き篭もってた。
いじめの原因は『気持ち悪いから』
なんてこと! と思う方が大半じゃないかしら。
私は幼い少女の頃からずっと顔が変わらなかった。
考えてみて、ぽってりした唇、黒目の大きな瞳、黒い艶のある髪の毛を持っている小さな女の子を。
奇妙じゃないかしら?
やけに大人っぽい。人を見下してる。そう周りの人は言ったわ。何も知らない癖に。
まずは陰口。小学校の頃ね。
顔が気持ち悪いと知らない所で罵られたわ。
何故知ってるのかって?
子供ってタチが悪いの。こっそり教えてくれたのよ、貴方の悪口言われてるわよって。
余計なお世話よね。大体、視線で分かるわ。
コソコソと集団で固まって、チラチラこっちを見てきて。
頭の悪いお猿さんね。気づかないとでも思って?
それだけじゃ飽き足らずに、次は無視。これは……小学校の六年生から中学校だったかしら。私が何を言っても何を聞いても何も返事をしてくれなかった。
昔と言っても数年前だから小さな子供も携帯電話を持っていたわ。今の……えぇと、なんて言うんでしたっけ? ソーシャルネットワークのアプリ、何てものは無かったけれど。
私がメールを送っても返事しないのは当たり前。なんなら私の文面をそのままほかの子に転送、なんて事もあったんじゃないかしら。次の日になると誰もがクスクス笑って私の方をチラチラ窺ってたわ。
本当、馬鹿馬鹿しいわよね。まだ次があるの。
次は物を隠されたわ。鉛筆、消しゴム、着替えなんかも捨てられてた事があったわ。
これは流石に腹が立ったわね。やっていい事といけない事が分かっていない。注意すべきだったわ。
まぁ何も言わずに逃げたのだけれど。
一番ショックだったのは高校生の時。これが確か引き篭もり始めた原因よ。
水泳の授業の後。私の下着だけが無くなっていたの。どこを探しても無い。クラスメイトに聞いても返事をしてくれない。
とても焦ったわ。他の衣類はちゃあんと残っているのに下着だけが無くなってる。絶対におかしいって思ったわ。
でもどうする事も出来ない。私はそれからの授業を下着を付けずに受けたの。
事件が起こったのは――ああ、もう事件よね――その日の放課後。帰り支度をしていた私の元へクラスメイトの男の子がふらりと立ち寄って来たのよ。
随分と奇異だった。だって私がいじめられているのは有名で、彼だって知っていたはずだもの。
その男の子は私の下着を持っていたわ。随分と下品な顔をしていた。
その顔で、私の下着で何をしたか悟ったわ。男の子の手の間から覗くソレは異臭を放ってじっとりと湿っていたもの。
余りにも気持ち悪くて大慌てで家に帰ったわ。本当に気持ち悪かった。
それから怖くなって、家から出るのを辞めたの。
でもそれじゃいけないって思ったわ。だから必死に努力して、小さな劇団に入ったの。まずは下っ端から。
どんどん経験を積んで、今の私がいるのよ。
……と、まぁこれが私の半生ね。壮絶? 有難う。褒め言葉だわ。
え? どうして親が何の力にもなってくれなかったのかって?
私が黙ってたからよ。
私はそこそこ成績が良かったわ。授業態度も普通だった。だから引き篭もった理由も学校が詰まらないから、と押し通したの。
何故かって? そりゃあ私だって最初は親に相談しようと思ったわ。
けれど、それは無意味なことだって気付いたの。
だっていじめっ子達を間接的に注意して反省したとするでしょう? それだけじゃあ詰まらないじゃない? その後にその子達がいじめをしなくなったとするわ。
そうしたらその子達は何時か、何処かで恋人を作ったり、仕事で成功したりしちゃうじゃない。
私をいじめた人間よ。後々に幸せになるなんて許せないじゃない。
私という人間を傷つけたのよ。周りに知られていないだなんて周りの人達が可哀想よ。本当のその子を知らないのだから。
私はただ待っていた。この時が来る日を。
私が女優として大成し、半生を語って自叙伝を作れる位に有名になって取材が来るこの時を。
勿論、出身校は全部公開するわ。それにクラスメイトの名前も。
最初は仲睦まじいクラスの様子を書きましょう。それから段々雲行きを怪しくさせるの。そして私がいじめられ始める、と。
そして最後はこう締めくくりましょう。
『これだけ辛い過去を背負いながらも私はしっかり、前を向いて生きていきます。今は何の恨みもありません。これからも一心に精進し続けます』
と、ね。
冴えたやり方でしょう?
……うふふふ、本ができるのが楽しみだわ。じゃあね。
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取材が終わり、彼女は意気揚々と部屋から退出した。
驚いた。こんな計画を考えていただなんて。
それに、彼女が俺が元クラスメイトだと気付いていない事にも驚いた。
……今からならまだ間に合うだろう。
くたびれたスーツにずっと隠し持っていた折り畳みナイフをポケットの上から軽く撫で、立ち上がった。
本当、『冴えたやり方』だ。
執筆者、折穂狸緒
二回目の参加ささてもらいました。折穂です。
今回お題が難しくて、あれこれ悩んだ結果がコレです。