小さい動物(けもの)...の話、
森、木の香り。雪から顔を覗かせる彼等は逞しい、少し見習えば良かった…。白い幹、青々とした葉の隙間から零れるキラキラとした光―「木漏れ日」だって母さんが言ってた―日暮れまで厭きずに眺める僕を優しく見守ってくれた。
近く水の流れる音が。もう雪解けが始まったのかな。
春の兆しは(直ぐ側まで、)来ているのに僕には受け入れられない。両手を広げて迎える事が出来ないなんて、もっとずっと先の事だと思ってた。悲しくて、哀しくて、目から大粒の涙が落ちた。
ねえ、母さん。僕はもう、・・・みたい。
世界を真白に染め上げる、雪が嫌いだった。凍える冬が厭だった、辛くて苦しくて仕方なかったんだ。唯、只管に寒かったのかも知れない。孤独が淋しかったのかも知れない。でも、もうそれも終わる。
あの頃は、何もかもが愉しかった。野を駆け友を追い回し鬼ごっこ。僕は仲間の誰よりも速くて、我ながら自慢だった。自分より小さい生き物を観て、可笑しくて笑い転げた事もある。日々に満足していた。時には大きな怪物が、僕らを捕まえようと目を血走らせながら距離を詰めてくる事もあって怖かったのと同時に緊張感を味わっていた。馬鹿みたいに、はしゃいだ。
仲間達は、稀に逃げ遅れる者も居たけど。僕達は脚が速くて数が多いのが強味だった。だから、捕まった仲間の事で何時までもウジウジと悩んではいられない。切り替えが肝心だ。そうしなければ、生き残れないから。「自然な事だ」って年配の御爺さんも仰っていたし。(長老って言われてた、)
平穏は突如。脆く崩れ去る物だ...
普段、聞き覚えていた怪物とはどこか違う遠吠えが耳に届いた時。僕は好奇心を抑えられなかった。友と連れ立って向かった。もう一つ、鋭い音が鳴り響く。鳥が一斉に飛び上がった。空の一面に異様な光景が映る。まず最初の愚考だ。後悔は決して消えない遅かれ早かれ知れる事でも、あの時、向かわなければ…。
茂みに姿を隠し、そっと様子を窺った。森で生きてきて初めてその生物を見た。大きな幹に寄り掛かりどっかりと腰を据えている。そいつの足元には、怪物に似た黒い生き物が寝ている。けれど怪物より耳は丸いし、ペタッと垂れている。尾も然程長くない。毛は短い、あれでどうやって冬を越すのか判らなかった。ぱちぱちと聞き慣れない音に、僕の視線が吸い寄せられた。
明るく揺らめく赤い色、それが木の枝の上で踊っている。何故だろう。不思議と魅力的に見えた。
後に山火事の原因に為る火は、僕に恐怖を植え付け痛烈な記憶として今も心に刻まれている。
火に魅入っていて、一人仲間と逸れていたらしい。辺りを見回して息を詰めた。自分が潜む茂みの向かい側―つまり正面だ―に、皆が揃っていて。寝ている黒い生き物の鼻先まで前進して行くではないか。出遅れたのと妙な危機感に襲われ苛々とむかついた。昼食の木の実を拾い食いしたのが、中ったのだろうか。
そわそわと気持ちが湧き立つ。友の武勇を観賞しながら悔しさに、内心歯軋りしていた。僕だって…。
きっと皆、この時、油断していたんだ。見た事の無い生き物は確かに鼾をかいて寝入っていたが、黒い生き物は寝たふりをして見張りを勤めていたんだろう。突然、起き上がって煩く吠え立てたんだから。僕らは文字通り跳びあがった。咄嗟に逃げたけど、友のその後は知らないんだ。あの鋭い音が立て続けに聞こえた。
振り返らず走って群れに帰り着いた時。僕は、一人だった。恐ろしさに震える僕を皆が慰めてくれたけど、僕は自分の臆病さに(心底)嫌気が差した。
長老の元へ行って、僕は群れを離れる事を打ち明けた。長老は止めなかったが、僕が何を見たのか聴きたがった。抵抗無くつらつら述べていたけど、最後、逃げ出した事を改めて実感して情けない表情をしていたと思う。(長老がとても心配そうにしていたから、)黒い生き物達に心当たりが有るらしく「御主が見たのは、きっと人間と言うものじゃろう…」と渋い表情で教えてくれた。連れていたのは猟犬と言って、獰猛だが人間の言う事には従順な生き物らしい。もし出くわしたら「気付かれる前に、逃げなさい。」捕まったら最後、二度と美味しい草を食べられないよと嚇しつけられ僕は素直に頷いた。
(「食べれないのは死活問題だから!…」)
僕が群れを抜けて直ぐ、長老は仲間達を率いて森の奥深くへと移動を開始した。長らく世話に為った地を捨て、安住できる地を探し求めるのだそうだ。「見付かると...良いね。」別れ際、長老にそう声を掛けた。苦笑いで返してくれた、僕も長老も明るいだけの未来をを予見していない事だけは確かだ。
小動物くん、端(最初)から諦めてマス…。色々省きすぎて、きっと内容が伝わらない...
長老達と別れて暫くは森の浅い部分でも平穏に暮せました。