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第8話 クエスト4

 開戦は唐突だった。


「なっ、えっ」

「いつの間に!?」

「おい、こっちだ!」


 いつの間にか屋敷に生まれていた青いマーカー。

 映画館で幕が開いたら、既に本編が上映中だった――くらいの唐突さである。


「こっ、この銀髪ッ! 銀狼? 銀狼だ!」

「レアムンド公爵かッ!」

「大物が釣れたじゃねえかよッ。上等だッ。ガキ相手は目覚めが悪いと思ってたんでなッ」


 しかも、既にクライマックスだった。

 そして、ジェイドは剣を一閃した。

 俺はその光景を目撃していない。

 だが、見なくても分かる。

 

 赤い花が咲いた。

 そう、思った。

 ジェイドを中心として、吹き飛んだ子分が輪を作っていたのだ。


 花弁が散るように、赤いマーカーが消える。


 気絶したらマーカーは消えるのだろう。もう一つ可能性が考えられるが、ここはヴァンデルの言葉を信じたい。自業自得とはいえ、俺の運命に絡め取られなければ、ここまで強硬手段に出なかった事を思うと、死んでしまえとは思えなかった。

 だから、ジェイドよ。

 死なない程度にやってしまいなさい。


「君らにも言い分があると思う。でも、その憤りを何故、最もか弱い存在へ向けた? 君らだって誰かの父であり、子であるはずだ。ならば、ぼくの憤りも理解できるはずだ。だから、ごめんよ、手加減できないかもしれない。ここにいるぼくは領主じゃないから。一人の父親として君らを討つ!」


 …………父様。

 ちっ。これだけはイケメンは。よくもまあ、あんな恥ずかしい台詞を。

 湧き上がってくる暖かいナニカを無視しつつ、マップを眺めていると、


 ……討つ、とかいってたけど……殺してはない、よな?


 ちょっと不安になって来る。

 青が鎧袖一触で赤を蹴散らすのだ。


「えっ、消えっ!? ぐおおおッ!」

「ギャッ!」

「ばッ、化け物かッ!」


 縦横無尽に動くジェイドに、子分は足を止める事すら叶わない。

 子分達は最早、戦意を失っていた。

 俺からするとまだまだ数が多いのは子分達のほうであり、諦めるのが早すぎるように思える。でも、これは俺が目の当たりにしてないからなんだろうな。


 ジェイドの移動速度は異常だ。

 前もって心構えがないと、見失ってしまう程に。

 俯瞰できる俺でさえコレなのだ。

 子分が恐慌を来たすのも無理ないのかもしれなかった。


 なまじジェイドが人の形をしているから、想像し辛いのである。

 目の前にティラノサウルスがいたら?

 そりゃあ、逃げる。

 きっと、コレはそういうことなのだ。

 流石は異世界。常識が通用しない。


 もう赤いマーカーは半分以下になっていた。

 まだ一分も経ってない。

 

「戦意を失った者は大人しく縛につけ!」

「…………」


 ジェイドの勧告に帰ってくる返事は無かった。

 投降している気配も無い。

 ……ふむ。

 地下からでは事態を推測するのにも限界がある。戦えないなら投降するのが筋なのだ。しかし、投降がなされないと言う事は、現場でしか分からない何かがあるのか。

 それを教えてくれたのは、


「……呆れた。ジェイド、それで降伏を促しているつもり?」


 女の声だった。


「ああ。無抵抗の者を打ち据える剣をぼくは持っていない。たとえそれが非道を行った者だとしても」

「立派、立派。領主になっても何も変わってないのね」

「ぼくは変わらない、そう誓っただろう、君たちに」

「皮肉が伝わらないのも相変わらず、か。少しは成長してくれていればよかったのに」

「しているさ」

「ええ、そうよね」


 女は軽く流した。

 うん、正解だと思う。


 ジェイドがこんなに暑苦しい……もとい、勇者なヒトだとは思わなかった。


「ジェイドは無抵抗の人間を背中から切るのは好き?」

「フィー! いっていい事と悪いことがあるぞ」

「このままならそうなるわよ」

「どうしてっ」

「降伏した後を約束してないからよ。ジェイド。私は貴方が降伏した相手を粗略に扱わない事を知っている。でも、彼らは違う。貴方の名声や、偉業は知っていても、性格までは知らないのよ」

「……じ、自分で言うのも恥ずかしいけど……ぼくは心優しい勇者だと……」

「はあ。吟遊詩人は話を盛るのがお仕事よ」


 娯楽の少ない世界である。

 吟遊詩人が謡うなら、勇壮な英雄譚であろう。

 もっと俺の顔を見に来るようにと、ヴェスマリアに小言を食らっては、ぺこぺこ小さくなっている――なんて、ノンフィクションではないのだ。

 

「フィー!? フィーだってッ!?」

「ノックスのフィーかッ。銀狼だけじゃなく、なんだって無貌の殺戮者までッ」


 なんだか女の方、フィーの方も有名人のようである。

 多分、ジェイドのパーティーメンバーなのだろう。

 

「ちょっと。誰? 私の二つ名いったの。出てきなさい。嫌いなの、それ」


 きゅぅぅぅ。息子が縮み上がる。

 こ、こえぇ。必要とあらば、平然とタマ潰す女の声だ。あ、タマって命じゃなくて、アッチのほうのね。まあ、あれ潰されたら死んだも同然だと思うけど。

 殺気をモロに浴びた子分達はといえば、


「やっ、やめっ。押すなッ」

「お、お前だろう! いったの! 巻き込むなよ!」

「たっ、頼むよお、悪気はなかった――あんぎゃああァァッ!」

 

 ……さようなら、チンピラ、君のことは忘れない。

 ビリヤードの球みたいに弾けながら飛ぶ赤いマーカーを見ながら、俺は絶対にいわないようにしようと固く誓う。爆音が響く度に、カクン、カクンと曲がるのだ。

 ま、魔法……だろうか。


「ジェイド、彼らに投降した後の事を約束してあげて」


 すげぇ。平然と無かった事にしやがった。

 

「……もう、大体彼女がいったかと思うが……」

「貴方の口から言うのが大事なのよ」

「そうか、うん、その通りだ。ジェイド・レアムンドの名にかけて、投降するなら粗略に扱わないと誓おう」


 子分達に動揺が広がるのが、地下室にまで伝わってくる。


「バカッ、信じるな! コイツはレアムンドだぞ」

「でも……」

「クッ、なんだ! 裏切るのか!」

「……ちっ、違っ……でも、もう……」

「……ッ! 裏切り者がッ!」


 この後、何が起こったのか、詳しくは分からない。

 でも、それでは味気ないので、俺の想像を交えて語ろう。


***

 

「ジェイドッ!」


 フィーが叫んだ。

 子分が仲間割れを起こそうとしていたのである。

 彼女が冷静であれば自分で対処も出来た。二つ名を呼んだ無礼者を叩きのめした様に、彼女には魔法があるのだから。しかし、咄嗟に口から出てきたのは呪文ではなかった。

 ジェイドの名だった。

 いや、或いはそれは魔法であったのかもしれない。

 もし、魔法が願いを形にするものだと定義するならば。

 

「分かってる!」


 正しく彼の名は魔法であった。

 銀狼。二つ名に相応しい、その疾駆。

 瞬く間にジェイドは凶行の現場に辿り着く。

 剣を握る手に力がこもる――


 英雄譚が数多くあれど、ジェイドの物語が好まれるのは、その性質故であろう。

 人々の幻想を体現した英雄。

 弱きを助け、強きを挫く。

 では、この場にいるのは?

 レアムンドに敵意を持っていたかもしれない。

 レントヒリシュを誘拐したかもしれない。

 だが、それは彼らの性根が悪だったからではない。

 環境が彼らを善良に生きるをこと許さなかったからなのだ。

 ならば、彼らを赦そう。


 ――剣が抜かれることはなかった。

 ジェイドは咄嗟に襲い来るナイフに背中を投げ出した。


「れッ、レアムンドッ!?」


 ナイフを持った男は驚愕に目を見開く。

 がたがたと身体を揺らし、視線を下へ下げ――見た。

 ジェイドの背に埋まったナイフを。


「君が無事でよかった」

 

 ジェイドは助けた男に言う。

 そして、振り返ると、ナイフを持った男に、


「君もだ」


 と、微笑むのだった。

 カラン、と音を立ててナイフが落ちた。

 最早、戦意がないことは明白だった。


「はあ。また、吟遊詩人の歌が増えるわね」


 フィーは苦笑を浮かべながら、温かい目でジェイドを眺め――


***


 ――なんてこともなく。

 

「躾けた犬がまだ飼い主を覚えているようで安心したわ」

 

 血の通わない声である。器械に異常が無い事が確認出来た、というように。


「フィー……マリアの前でそういうこと言うの止めてくれよ? 名前を呼ばれたら行かなきゃいけないって思っちゃうんだよ。ぼくらはそうやって戦ってきたんだから」

「愛人にして欲しいなんていわないわよ」

「だから、フィー……」

「そんなことより、平気なの? ナイフで刺されてたけど」

「あ、うん。痛くないから大丈夫だと思う」

「傷一つないか。久しぶりに見ると我が目を疑うわ」

「うん、傷も――あッ」

「ジェイドっ?」


 フィーの声からは動揺が滲んでいた。こきおろしていても、大切な仲間だったのだろう。いや、親しい仲間だからこそ、こうして気の置けない会話になっているのか。


「…………どっ……どうしよう、フィー……あっ、穴がっ。服に穴が開いてる……マリアに怒られる」

「……知らないわよ。息子を守る為の名誉の負傷とでもいえば?」

「ああ! 君は賢いな、フィー!」

 

 今日一日でジェイドのイメージが根底から崩れた。

 ……尊敬は……し辛くなったけど……親しみは持てるよね、うん。

 しかし、フィーの怒りを無自覚にスルーとは。やるな。


「ジェイド、息子は?」

「既に保護してあるよ。だから……うん。ぼくのこれは私怨をぶつけただけだったのかもしれないね。彼らには悪い事をした」

「…………」


 フィーの顔は分からない。だが、渋面になっているはずだ。

 何故かって? 俺がそうだからだ。

 俺、もうダメかも。父様の顔を真っ直ぐに見れない。多分、キラキラしてて目が痛いと思うんだよね。


 ドン引きである。

 英雄は吟遊詩人の歌で聞くのがいいのであって、家族にいるもんじゃあないな。ああ、これなのかな。ちょっと分かってしまったかもしれない。傍から俺を見ている分には楽しいって言ったやつの気持ち。

 まっ、許さねえけどな。

 

「……それはそうとして」


 ナイスだ、フィー。よく流した。


「本当に泣かないのね、貴方の息子。泣き声が聞こえてこない」

「…………いや……聞こえなかっただけだ……」

「…………」

「…………」

「…………はあ。仕方ないわね。どうかした?」

「……すまない、心配させてしまったか、フィー」

「目の前でシケた顔されるのが嫌なだけ」

「うん、君はそういうと思ったよ。優しさを隠してしまうから」

「あ、いい。もういいわ」


 とん、とん、とん、と音がしていた。

 なんだ? と思ったら、俺が机を叩いていた。

 焦っているのだ。


 まずい状況である。

 もう、息子を保護してるだって?

 俺がここにいる以上、それは替え玉だ。ジェイドは欺かれたのだ。先程父様と呼んでしまった事を後悔する。まだ早すぎる称号だったようだ。奴には勇者(笑)がお似合いだ。

 泣いて居場所を知らせるか?

 問題はまだ赤いマーカーが残っている事。

 ジェイドの欠点は甘い事だ。俺が人質にとられたら形成逆転も有り得る。

 アジトが制圧されるのは既に確定している。誘拐されていたレントヒリシュ(偽)も保護している。

 だから、ジェイドもフィーも残党に興味を持っていない。

 敵が一掃されるのは期待できないか。

 ジェイドの無双を信じて泣くべきか?

 ……迷う。

 ここがクエストの分水嶺。

 そんな予感がある。

 でも、どちらを選んでもクソ神の高笑いが聞こえてきそうで。

 目の前に二枚の扉を出され、「選べ」というので散々悩んで決断したら、実は真後ろにもう一枚扉が有りました――みたいな、悪辣な引っ掛けの予感が拭えない。

 だが、ここで悩ませ、時間を浪費させるのが狙いなのかも?

 くそっ、何を選んでもクソ神の掌で弄ばれている気がしてならねえ。

 どっちだ?

 ああ、違う、何が正解だ?

 まだ、俺が見つけていない選択肢があるのか?

 俺が思い込んでるだけで、そんなのはないのか?

 

 その時だ。

 天使の声が聞こえてきた。


「……ジェイド」

 

 ……ああ、母様。

 沈んだ声だった。

 俺のささくれた心に染み込む。

 今すぐ胸に飛び込んで、憂いを払拭して上げたい。

 でも、無理なのだ。

 予感があった。


「ああっ、ジェイドっ、ジェイドっ」

「……マリア、走ったら危ないよ。どうしたんだい?」

「レンが泣き止まないの」


 ……やはり、か。

 ぐにゃり、と視界が歪む。

 予感を抱いた時点で備えはしていたのだ。それでもヴェスマリアが替え玉を見極められなかった事実は、かつてない衝撃を俺に与えていた。思えば、彼女はこの世界において味方と断言出来る唯一の人物だ。なら、これは世界に見捨てられたに等しい。

 ……俺は……これから先……どうやって……


「子供が泣くのは当たり前のことだと思うけど」

「でも、フィー。レンは泣かないんだ」

「……待って。貴方達の常識がどうなっているかは知らないけど、子供は泣くものよ。理由が有ったって無くったって泣くの。泣きたいから泣いてるんじゃないかって思うぐらい。容赦なく睡眠を奪っていく魔物なの、子供は。でも、その子、泣いてな……ああ、そういう」

「そうだ、それもあるんだ。フィー、どうにかならないか」

「出来なくはないだろうけど……うるさくなるからやりたくはないわね。そう長くもつものでもないし、放って置いても平気よ」

「そうか、安心したよ。ぼくもそうだとは思っていた。でも、ぼくは魔法に関しては本当に門外漢だからね。知らない魔法でも初見でなんとかなってきちゃったから。もっと勉強しておくべきだったかな」

「……話が逸れたけれど、子供は理由が無くても泣くの。だったら、理由があるなら泣いて当然だと思うけど」

「――っ。ああ、本当にそうだわ。誘拐されて怖かったわよね、レン。もう大丈夫だから。よしよし、お母さんがついているわ。お父さんも」

「……マリア。申し訳ないけれど、ぼくはこの対応に――」

「ジェイド?」

「……お父さんもついているよ。強い子になるんだ、レン。母さんに負けないくらいに」

 

 大切な家族が一人欠けているというのに、繰り広げられているのは家族の会話だった。欠けている一人からすると、これほど皮肉な話もなかった。


 現実逃避なのだろうか。

 俺はぼんやりと思い出していた。

 ヴェスマリアと過ごした日々。


 ――薬草が生えていたの、といってヴェスマリアが花壇を荒らした事があった。

 母様、花壇の修理費用で同じ薬草が束で買えるんだって。


 ――火傷するといけないからといって、離乳食を凍らせた事もあった。

 俺の故郷では――ああ、これだとややこしいな。最近ではこの世界が俺の故郷だって思えるようになってきていたから。でもそれも……ああ、今はいい。ええと、そうだな、前世の日本っていう国では、でいいか。日本では低温で怪我する事をこういうんだ。低温火傷って。


 ――第二子は女の子だとヴェスマリアは確信していた。

 ジェイドが何でそう思うのかって聞いたら、ヴェスマリアはきょとんとしていたっけ。「私が女の子を欲しいからです」。当たり前でしょう、見たいに言うから、ジェイドが唖然としていた。俺も知らなかった。プラシーボ効果は染色体にまで影響を与えるんだ。


 ――なかなか乳離れしない俺に、乳房を模した離乳食を作ってくれた事もあった。

 違うんだよ、母様。俺が好きなのは、先にポチっとしたのが、ついたやつなんだ。


 ――俺が鼻歌を歌っていたら、天才だと言って楽団を呼ぼうとした事も。

 俺なんかの拙いメロディを曲にしてくれようとするのは嬉しかったよ。でもね、ごめん、それはやめたほうがいいと思うんだ。きっと、著作権にうるさい団体が黙っちゃいない。


 ――使用人の募集要項に口を挟んでいたこともあった。

 性別不問。年齢不問。ただし、レンという名前の人物を除く。「だって、レンは一人しかいないわ」。有難う、母様。でも、使用人に応募しようなんて人は、当たり前だけど俺よりも年上だよね。その人のほうが先にレンって名乗ってたんだよ。


 ああ、どれもこれも――

 

 ……あ、あれぇ。

 みんなロクな思い出じゃねぇ。

 でっ、でも、大事な思い出だ。

 その大切な思い出が今は重い。

 

 ……桜上水さんとの別れが決まった時も……こんな気持ちだったっけ……


「貴女、フィーさんといったかしら」

「……お初にお目にかかります、奥様。かつて、コレとパーティーを組んでいた、フィーと申します。貴族に対する言葉遣いではないかも知れませんが、口が不調法ゆえ、何卒寛大なお心をお示しください」

「ああ、そんなにかしこまらないで。さっきみたいなしゃべり方でいいわ。お友達みたいで嬉しいわ。貴女何が好きかしら?」

「……と、申しますと?」

「あら、ごめんなさい。食べ物よ。お好きな料理とかあるかしら?」

「…………奥様がご存知かは分かりませんが……」

「いってみて。知ってるかもしれないし」

「庶民が食すようなものですが」

「任せて! ジェイドも昔は食べていたっていうから、勉強したの」

「…………それを聞いて、どうなさるつもりですか」

「あっ。もしかしてもう宿を決めていらっしゃるの?」

「マリア、マリア。フィーが困ってる。大事なことをいってないよ。フィーを屋敷に招待したいんだろう?」

「…………あら? い、いってなかったかしら? ご、ごめんなさいっ。もうっ、ジェイドも分かっていたなら、早く言ってください。フィーさんには色々と助けられたから、うちの屋敷に招待したいの」


 と、和やかな会話がなされていた時だった。

 

「………………旦那様、奥様」

「…………リリトリア」

 

 何故かジェイドが声を上擦らせていた。


「ぶ、無事で良かったよ。リスティは?」

「無事です」

「…………そ、そう」

「……私がいえることではありませんが、レン様の無事を心からお喜び申し上げます。私はしてはならないことをしました。この身をいかようにも罰しください。ただ一つお願いが…………リスティの事をお願い致します」

「……れ、レンも無事だったんだ。軽い罰で済むよう、掛け合ってみるよ」

「駄目よ、ジェイド」


 なあなあで済ませようとしたジェイドを嗜めたのはヴェスマリアだった。

 

「だ、駄目、かな、やっぱり」

「当然よ。公爵家を裏切ったの。この子には死が相応しい」

「でも、リスティが攫われたのは、ぼくの力が及ばなかったから――」

「ジェイド。分かって。リリトリアを失うのは私も辛い」

「…………駄目だ、分からない」

「貴族の義務なの」

「人を殺すことが?」

「罪に相応しい罰を与えることがよ」

「マリアっ。ぼくはそれでも言うよ。リリトリアを殺させるわけにはいかないっ」

「ええ。そうね」

「君が何と言おうとも、ぼくはレアムンドの名に誓って………………」


 間があった。

 微妙に会話が噛み合って無い事に気付いたのだ。


「いやだわ、ジェイド。私がリリトリアを殺すと思ってたの?」

「…………」


 ヴェスマリアが微笑む。


「答えなさい、ジェイド」

「ぼくが……その、勘違いしただけで……ごめんなさい」


 うん、間違いない。ヴェスマリアは微笑んでいたな。

 ヴェスマリアは声を荒げない。

 でも、怖くないわけではない。


 ジェイドが優秀だと言うのは本当なのだろうか。ここまでのやり取りを見る限りでは、優柔不断にしか見えない。脇を固める人が優秀なのだろうか。こんなジェイドだから、仕方ねえなあ、俺が頑張ってやらねえとなあってなるのかも。


 しかし、リリトリアが助かるようで良かった。

 ヴェスマリアは対外的には殺したことにしておかないといけないよ、と釘を刺したかっただけなのだろう。ただ、彼女は言葉が足りないことが往々にある。彼女の中ではリリトリアを助けるのは当たり前のことで、だから、あえて語る必要も無いのだ。

 なのに、ジェイドは分かってくれなかったのだから……怒るのも無理ないか。

 ジェイドはもっと空気を読むべきだな。

 ヴェスマリアは誤解を招くいい方をしない事。

 それが出来れば二人はもっといい夫婦になれるだろう。

 あれ以上、アツアツになったら、近くにいる人は溶けちゃうかも知れないが。


 ……などと他人事のように考えていた。

 いや、実際、他人事か。もう家族じゃないんだし。

 はっ、ははっ。笑えてくるぜ。

 前世では早くに両親を亡くしたせいで、親孝行をしたことがなかった。だから、一生その機会はないのだと思っていた。それが異世界で新たに家族を得た。前世では出来なかった分まで親孝行をやってやるんだと、思っていた矢先にこれだ。

 もう、母様は俺を愛しては――


 ……ん?

 お、おや?

 愛してない?

 んな、バカな。

 ヴェスマリアからの愛を疑った事は無い。今までも。これからも。

 母様は俺をまだ愛している。

 ただ、替え玉に気付かなかっただけ。

 

 そうだっ。そうだよっ!

 あー、もー、ビビって損した!

 そいつが替え玉だって教えてやりゃーいいんだ。

 それで一件落着。


 か、母様に気付いてもらえなかった……って、落ち込んでたものだから、思考が停止していた。

 でも、まあ、仕方がない。神が用意した替え玉だ。見抜けというのが酷か。

 だな? だね。母様は悪くない。

 

 ふっ。ふふふふふっ!

 くっ、くくく、ふわぁぁ~~~はっはっはあ!

 そうと決まりゃあ、やってやるだけぜッ。

 

 残ってる子分達? もう、逆らう気失せてるだろ。会話に全く口挟まないし。こっちが殴らなきゃ、襲い掛かってこないだろ。なんかパッチ当たったんで、ノンアクティブになったみたいですよ。イジメ、カッコワルイってクレーム来たみたいなんで。

 では!

 俺がギャン泣きしようと、息を吸い込んだその瞬間――


 唐突にリングがメインメニューへ戻った。

 

 ……思わず吸い込んだ息を、そのまま吐き出してしまう。

 クエストのアイコンがチカチカ光っていた。


 ……なんで、このタイミングで?

 まるで俺が決心するのを待っていたかのようだ。ああ、まあ、そうなんだろうけどさ。


 後一手で勝利のこの状況である。

 クエストの達成を報せてくれたのだろうか。

 うん、そうだ。

 少し早い気がするが、つまらない展開になったので、投げやりになったのだろう。

 いたいた。《AGO》でも思い通りに出来なかったら、すぐ投げるやつ。

 前衛が全滅したからってなんだ。頑張ればリカバリできるかも知れないだろう? 死に戻りしたほうが早いとかいうけど、お前がやる気をなくさなきゃ、戻る必要もなかったんだよって言うね。分配終わった後、口々にあいつはもう呼ばねーっていったもんだ。

 そういえば、クエストじゃあ報酬に触れてなかったな。神様のクエストだもんな。さぞかしいい物をくれるんだろう。楽しみだ。

 え? どんな物がいいかって。

 決まってるじゃあないですか。

 神を殺せる剣ですよ。


 よし。

 指をスナップ。

 意思を込める。

 リングよ、消えろ。

 

 消えた。

 だが、また現れた。

 もう一度、消す、当然無駄だった。


 心なしか、クエストアイコンの点滅が早くなっている気がする。


 うぜぇ。癲癇起こして倒れんぞ、コラ。

 ちっ。分かったよ。見てやんよ。

 

【テラの愛し子】

 この加護を得た者は数奇な運命を辿る。揺蕩う運命はテラの意思に沿い改竄される。


 あ~~~何度見てもイラッと来るなあ、この文章。

 これ書いたの誰よ。

 クソ神?

 それとも「ですわ」?

 

 なんて思ってたら、メインメニューへ戻された。

 分かった、分かった、もう加護は見ねえよ。


 パーティーをタップ。

 で、パーティーの申請をっと。あー、残念。俺、ボッチだからパーティー組める人いなかったわ~。テラさん、パーティー組んでくれるの、《AGO》だけなんすねえ。


 再びメインメニュー。

 ど、れ、に、し、よ、う、か、なっ、とやってたら、リングがぐるぐる回って、俺が指す箇所は必ずクエストになっていた。

 はあ~~~。分かりましたよ、っと!

 右手と見せかけて、左手でタップ。

 くく、フェイントに引っ掛けてやったわ。

 

 適当に選んだ項目は……また、加護か。


 もう見ないって誓ったばっかりだったんだけどな。仕方ない。神様がぐるぐるリング回して、これが選ばれたって事は、何か意味があるっていうことなんだろうし……


 ……え?

 

 あ? えっ?

 ホントに?

 あれぇ、クソ神出し抜けてなかった?


 何度もキレさせられた文章である。

 変わっている箇所があれば一目で分かる。

 つか、激しく自己主張してた。

 

 有りました。

 テラからのメッセージ。

 

 とある文字が燦然たる輝きを放っていた。

 その文字とは。


 改竄である。


 両手を上げた。降参のポーズ。

 あんまりゴネるなら直接やってもいいけど、と最終宣告されたらどうしようもない。

 リングはメインメニューに戻ると、「さあ押せ」といわんばかりにクエストが目の前に来た。

 

 なんだかなあ、リングに罪はないのは分かってる。

 けども、ここまで感情豊かにテラの言葉を代弁してくれると、いっそのことコイツがテラなんじゃねえかと思えてきた。


 はァ……

 気は進まないけどぉ……


 クエスト、誘拐犯の魔手と続けてタップ。

 すると《AGO》では見慣れた、クエスト終了のエフェクト。

 ぺかぺかした安っぽいエフェクトの中央で文字が踊る。


 ――QUEST FAILED!!


 はい?

 くえすと、ふぁいれ……ど?

 ごめん、読めないや。

 まあ……読みが怪しいのは本当だが……意味はきちんと知っている。

 またあ……またまたあ。テラさんったら冗談がお上手……


 タップのために持ち上げていた手が、力なく膝に落ちた。

 目は見えているけど、何も見ていない。

 そんな状態から帰ってくると、寝転がっている髭面が目に入った。

 

 あれ、寝てないのかな、と思った。

 イビキが聞こえてこないからである。

 でも、思いっきり寝ているように見える。

 まるでテレビでミュートのボタンを押した時のよう。

 

 はて、これは一体?


 そういえば俺が茫然自失としている間に、奇妙な会話が繰り広げられていた。


「――レンが泣き止まないの」


 と、ヴェスマリアが言っているのにも関わらず、


「でも、その子、泣いてな……ああ、そういう」

「そうだ、それもあるんだ。フィー、どうにかならないか」

「出来なくはないだろうけど……うるさくなるからやりたくはないわね。そう長くもつものでもないし、放って置いても平気よ」

「そうか、安心したよ。ぼくもそうだとは思っていた。でも、ぼくは魔法に関しては本当に門外漢だからね――」


 ジェイドは何故か魔法を口にする。

 

「――誘拐されて怖かったわよね、レン。もう大丈夫だから。よしよし、お母さんがついているわ。お父さんも」

「……マリア。申し訳ないけれど、ぼくはこの対応に――」

「ジェイド?」

「……お父さんもついているよ。強い子になるんだ、レン。母さんに負けないくらいに――」


 あたかもその場にレントヒリシュ(偽)がいるかのような会話。

 泣きやまない。

 なのに、泣き声はない。

 そして髭面のイビキも聞こえない。

 そこから導き出される答えは。


 さ~~~、と顔面から血の気が引いていく。

 ま、まだ分からない。試してみるまでは。

 よ、よし、ギャン泣きだ!

 

「………………………………………………」


 叫んだ。喉が痛くなるまで。


「………………………………………………」


 叫びすぎて、ぜえぜえと息をする。


「………………………………………………」


 もう一度叫ぶ。


「………………………………………………」


 だが、結果は同じだった。

 なんだろう、コレ。全然伝わる気がしねえ。

 気合入れるだけ入れて、無言貫いているだけ。

 そんな風に見える。

 でも、違うからね?

 声が出ないだけ――いや、違うか。声が消されてるだけだから。

 恐らく静寂(サイレンス)の魔法。


 くっそ! アイツだ、ヴァンデルっ!


 去り際に静寂をかけられていたのだ。

 髭面は気付いて止めようとしたが、間に合わなかったのだろう。それで二人して手を突き出す格好になり、あたかも挨拶のように見えてしまったのだ。

 くそッ、無詠唱でやられたら気付くかよッ。

 ああそういや、髭面いってたっけ。静かにしてやろうかっていうヴァンデルに対し、十八番が見れるのかとかって。今分かったっておせぇんだよ!

 

「では、行きましょう、ジェイド」

「ぼっ――」

「後の事は皆さんにお任せして」

「……ハイ」

「フィーさんもお夕食、楽しみにしていてくださいね」

「……は、はあ」


 遠ざかる足音を聞き、俺は必死に呼びかける。

 

 待って!

 ――QUEST FAILED!!


 待って、母様!

 ――QUEST FAILED!!


 待って待って、それ偽者だから。アンタらの息子はまだここにいる!

――QUEST FAILED!!


 うっっッぜええぇぇッ!

 あーーーー、もおおおおおぅ、テェェェラァァァッ!

 ちょっ、あのっ、あッ、あのさあ!

 なに!? 愉しいの!? 俺からかって愉しいの!?

 ちょっとさあ、黙っててくんねーかな。お前の相手は後でしてやるからよォ。見て分かんない? 俺の人生が変わっちゃうかもしれない、大事な場面なワーケー。

 そんな愉しげに「QUEST FAILED」の文字躍らされてもな。

 え? 違う。踊っているのは俺だって? 掌の上で?

 うーるーせー!

 分かってるよ! 言われなくてもさ!

 つか、テラがいったんじゃねぇけど!

 俺がボケてツッコんでるだけですけど!

 もー、やーだー。

 帰るー。オウチに帰るー。だから、邪魔すんな!

 

 俺の敵愾心しか煽らないクエストを消し、マップを出す。

 いつの間にか、青いマーカーがうじゃうじゃいた。衛兵か?

 屋敷の探索をしているのか。かなり広範囲に散っていた。

 赤いマーカーに青いマーカーがくっつくと、そのままその二つは屋敷から出て行く。連行されているのだろう。そんな場面があちこちで見られ、俺は打つ手を見出せないまま、時間だけが過ぎていった。

 

 やがて。

 モンスターハウスかよ、と揶揄した赤いマーカーは消えていた。

 マップも随分と見やすくなった。

 自分を示す白と、青が一つだけ。

 へ、へえ……髭面味方だったんだっ?

 お、おぅ。声が裏返った。

 つまり、屋敷にいるのは俺と髭面だけ。

 みんな、いなくなってしまった。


 じわ、と視界が滲んだ。

 俺は泣いた。

 わんわん泣いた。

 

 さて、ここで三つ。

 まず一つ目。

 感情と本能。どちらが強い情動だろうか。

 俺は感情だと思う。もし、本能の方だとしたら、愛だの恋だののたまいながら、結局は盛りのついたサルなんじゃん、ってなってしまうからだ。

 でも、だからこそ答えは本能である。

 本能とは生きる為に遺伝子に刻まれた、自分でも関知し得ない枠組みだ。俺はジェントルマンだよ、って言ってるやつに限って、ケダモノだったりするようなものだ。薄々違うとは察しているが、緊急事態につきこの程度の例えで許してもらいたい。

 

 二つ目。

 かつて、俺は泣くのは用事がある時だけと言った。だが、それは意図して泣いているわけではないのだ。やはり、まだ赤子なのである。本能の欲求がそうさせるのだ。


 以上の点を踏まえ、三つ目――

 

 っと、失礼。

 ファウンノッドFMを聞いてくれているリスナーからのお手紙だ。この世界のどこぞにお住まいの神様から。ちょっと、AD。これ、シュレッダーに。

 え? ダメ?


 俺の前に再びクエストが展開していた。

 もう、お腹いっぱいだよ、と思いながら、表示された文字を読む。


 《達成条件が満たされなかった為、ペナルティが科せられます》

 

 ペナルティ?

 正直、もう、どんとこ~い、という気持ちだった。

 失う物は何もないと思っていたのだ。

 だが、直ぐに失う物がまだあったことを思い知らされる。

 

 リングのステータス画面が開いた。


《名前》レントヒリシュ・レアムンド

《種族》人間


 ふむ? それで?

 と、思っていると、表示が瞬いた。

 

《名前》

《種族》人間


 ま、間違い探しでも、やりたいのかな?

 さて、何が変わったでしょうか、って。

 はっはっは。

 簡単簡単、こんなの、一歳児でも解ける。

 だって、項は二つしかないモンな?


 テエェェェラァァァ!

 

 あっ、アイツまた俺を名無しにしやがった!

 クソ神よお、俺の心ずっと読んでんだろ?

 タイミングとかそうとしか思えないし。ったく、暇なやつだ!

 でも、読んでるなら、分かるだろう。

 いったよな?

 名前ないの結構辛いって!

 返して、俺の中二病ネーム。

 誰だっ!? って誰何してもらって、「レントヒリシュ。レントヒリシュ・レアムンドだ」っていうの夢見てたんだからっ。


 あー、でも、ダメ。

 これ以上考えたらダメ。汚れちゃう。


 では、改めて。

 三つ目。

 俺が泣いている理由は何か?

 悲しいから? チッチッチッ。それもあるだろう。

 だが、感情は本能には勝てない。既に証明済みだ。

 大人なら耳を塞ぐ俺の咆哮は、本能より発せられている物なのだ。

 お腹が空いたから? 違う。まあ、空いてるけど、もーちょっとイケる。

 俺がギャン泣きする時は決まって二つだ。

 腹が減ったか。

 それともオムツかだ。

 そう、つまり。股間に来るこのあーっていう感触は、大なのか、小なのか。

 それが問題だ。

 生きるか死ぬか?

 それが問題だ。

 なーんて韻を踏んで楽しんでいる場合でも無かったりするわけだが、冷静になるとどうしても股間に意識がいって、肌に張り付くぺちゃっていう不快さを感じ取っちゃう。

 リトルならまだいい。

 だが、ビッグなら?

 出ないほうがいい答えというのはあるのだ。


 本当にどうしたら?!

 知ってる? 記憶ってね、繋がってるんだ。

 音楽を聴きながら歴史を勉強。後日、全然別の場所でその音楽が流れる。すると、あら不思議、覚えた歴史が蘇ってくるのでした。

 だから、そう。

 この状況でさめざめと悲しむと、思い出までが一気に汚されてしまうのだ。

 

 俺はなんだ? 悲しむことすら満足にさせてもらえないのか? ああ、絶対テラの野郎ゲラゲラ笑ってやがる! つか、お前、《AGO》の運営に関わってたんだろう? 参加だってしてたし。なら、分かるだろうがよ。クリアできないクエストなんてあっちゃいけねェって。バグだよ、これ、バグ。俺、自分じゃ動けないんだもん。流れに身を任すしかないんだもん。それで流された結果、クエスト失敗っと。ないわー。いいの? こういうことすると信頼が失われるワケ。金輪際お前の言うこと信用しなくなるよ? いいの? まー、信用した事なんて一回もないけどねッ! ああッ、もう、くそったれめ! っとォ、これはまたタイムリー。くそは俺が漏らしているものですぜぇ――って、いや、違うし、これ小のほうだし。別に何にも潰れてないし?

 

 いつしか魔法の効果が切れていた。

 俺はギャン泣きし、

 髭面はイビキをかき、

 カオスな空間だった。


 ――こうして俺は名を失った。

プロローグ -了-


詰みゲー展開はプロローグのみ。今後は主人公の活躍になります。

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