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第7話 クエスト3

 目を覚ますと俺を覗きこむ知らない男がいた。


「ば、ばあぶっ!」


 あ、あの、すいません、少し離れてもらえます? 酒臭いので。

 猿ぐつわは外してある。親分が緩めていてくれたので助かった。


 男の第一印象は最悪だった。汗と酒の匂いが酷く不快なのだ。

 無精髭を生やしたガタイのいい男だった。

 三十路を越えた辺りだと思うが、自信は無い。日本人が童顔に見られるように、こちらからすれば外人面は年齢が分からないのだ。まだまだ俺の常識は日本人基準なのだ。

 服はボロい。裾にはカピカピになった得体の知れないものが付いている。この酔っ払い具合からして……多分、固まったゲロだ。はい、更に好感度ダウーン。

 

「お、起こしちまったか」


 髭面が目を細めると、俺の髪を優しく撫でた。

 言いようの無い感情が、胸中を駆け巡った。

 きゅ、キュンと来たりしてないんだからねっ。

 

「坊主もまあ、災難だわなあ」

 

 瓶で口を湿らせながら、髭面が言う。中身は酒だろう。

 つか、お前なに他人事みたいに言ってんだよ。ここ、誘拐犯のアジトだぜ? お前も誘拐犯の一味だろうがよ。


 髭面は瓶を揺らしながら、坐る場所を探し――何も無い事に気づいたらしい。地面を蹴った。ジャリッと音がした。まあ、坐りたくはないわな。

 ……イヤな予感がした。


「よっこらしょっとな」


 俺の目の前に汚ねぇケツが降ってきた。

 おい、おい、待て待て待て、あっち行け!

 カピカピ、カピカピがっ。

 だっ、だから、ちょっ、動くなっ!

 

「……なんだかねえ」


 遠くを見詰めながら髭面が言う。

 しかし、それはこっちの台詞だ。

 睨みつける。目があった。そそくさと目を逸らす。

 すると、何を思ったか、髭面が覗き込んで来た。

 

「……坊主、おめぇ……」


 再び目が合い――ふと、と気付く。

 こいつ、酔って無い?

 息はすげぇ酒臭いし、かなりの量を飲んでいるのだろうが、酒に呑まれていない。目が素面だ。

 

 マズった。寝起きだから、擬態も甘かった。

 今更ばあぶうスタイルを押し出しても、怪しまれてしまうだけだろう。

 

「…………」

「…………」


 見つめ合うこと暫し、髭面はぐぉぉぉ、と寝息を立て出した。


 ……俺の緊張感を返せ。マジで。


 って、おい!

 机! 傾いてる!

 俺、落ちっ、死ぬ、死んじゃうから!


「だあだあだあ!」


 ばあぶうスタイル奥義「怒りの猫拳」をお見舞いしてやった。

 怪しまれるかも、なんて考えている余裕はなかった。


 赤子が明確に意思を示して来たのだ。

 驚くべきところを、


「……お、うぅ。すまん」


 で、髭面は済ませた。

 オッサンよ、目ェ開いてないぜ?

 余程眠かったのだろう。嫌がっていた床に躊躇なくダイブすると、すぐさま寝息が聞こえて来た。


 ……なんなんだ、コイツ?

 

 しっかりしろ、俺。

 手で顔を叩く。ぺちぺち。

 誘拐犯のアジトで爆睡してどうすんだ。レントヒリシュは眠ったまま、目を覚ますことは無かったのでした――なんて、バッドエンドだってあり得るんだぜ?

 緊張感をもっと持て。


「ぐご~~~おぅ、ぐぅぅぅお~~~」


 とはいえ、仕方がない面もある。

 進展が無いのだ。公爵家に要求を出している様子もない。子分の「や、やっぱ、殺っちまおうぜ、ゲヘヘ」というゲスい会話をBGMに、ひたすらマップを眺めているだけ。

 そりゃあ、寝るさ。


「ぐごおおぅ、ぐっ、かおおおぅ」


 だが、髭面が地下へ降りて来た事に気付かなかったのは怠慢だ。

 俺はジェイドのアキレス腱だ。人質に取られるのは避けたい。その為には救助が来たら、即座に俺の居場所を伝えなければならない。なに、号泣すれば一発だ。

 

「ぐぅごおぅ、かふっ、げぅお~~~んぐっ、ぐおおお~~~」


 ……し、しまらねぇ。

 俺が「キリッ!」ってやってる間ぐらいイビキ止めとけよ。

 さっきから階上の子分達が「なっ、なんだっ。た、祟りかっ」って騒いでるし。こんなくだらない事で地下室の存在がバレるとか、止めてくれよ。


 しかし、この髭面は何者だろうか?

 見た目こそ子分然としたものだが、受ける印象が全然違う。俺に悪意を持っていないようなのだ。この地下を知っていると言う事から、親分の知り合いというセンが強いと思うが……ああ、でも、どうだろう。知り、合い……かあ?

 だって、なあ?


 誘拐の真っ最中に大酒かっくらって。

 ぐーぐーとイビキをかく。

 

 あり得ないだろう。

 俺が親分だったらキレてんね。

 知り合いなら最初からこんな奴使わない。

 だが、髭面の目的も謎であり、それが親分知り合い説を補強する。

 

 まあ、いいか。

 大事なところはそこじゃない。

 敵なのか、味方なのか。

 そこだ。

 

 幸い俺には強力な敵味方判別ツールがある。

 

「だあっ!」


 そう、マップだ。

 さて、髭面のマーカーは……マーカーは……


「……ッ!」


 息を飲む。

 ま、まさか……

 信じられない、と髭面を見る。

 そこには瓶を抱えて寝息を立てる髭面。

 再びマップに視線を戻す。

 や、やはり……

 拳を握る。

 机を叩く。叩く。

 憤りを込めて。

 ぺちん。ぺち、ぺち、ぺちっ!

 

 ……ふ、ふぅ。落ち着いたぜ。

 

 ちょっとこれ、運営にクレームあげます。

 えっとですね、子分のマーカーに隠れて、髭面のマーカー分かりませんでした。

 

 運営(クソ神)に向けた、クレームの文面を考えていると、地下室に新たな客人がやってきた。


 おい、貴様。俺を誰だと思ってる。レアムンドを知らんのか。

 ノックもなしとは、躾がなっていない犬だな。飼い主の顔が見て見たいわ。

 くはは。


 親分だった。

 一瞬、呆れた顔をした後に、髭面の腹にケリを入れた。

 

「ぐおっ!」


 飛び上がる髭面。冬眠してた熊が起きたみたいだった。

 

「お、おお? ……ヴァンデルかよ。眠ぃんだ、寝かせてくれ」


 号外! 号外! 親分の名前が発覚!

 ヴァンデル!


「寝るな。貴様のイビキは騒音だ。いいぞ。イビキをかけないようにしてやっても」

「おうおう、頼むわ。お前の十八番見るなんざ、何年ぶりかねえ」

「殺す」

「だよなあ」

「……分かってていったのか」

「まっ、ちょっとしたな、旧友を温めようっていう、そういうまー、なんだ……ぐぉ……」

「寝るな」

「……てっ、てめェ……蹴らんでもいいだろが」

「ふん、これが俺なりの挨拶だ。貴様の言葉を借りればな」

「お前も言い訳を覚え……うん? おー、おう! 昔っからこうか」

「……全く、お前が連中に混じってるのを見た時は目を疑ったぞ」

「ああ。絡んで来たヤツのしてやったら、な~んか気に入られちまってな。集会出てくれって言われてよ? 最初は酒が出るっていうんで、出ただけなんだが。吠えてるだけならよかったのによ。お前だ。お前が来たせいで妙な雰囲気になっちまった。酒も出なくなっちまったし」


 どうやら二人は旧知の間柄らしい。

 それにしては殺伐としているが。

 親分――改めヴァンデルが「殺す」と言ったのは冗談ではなかったと思う。

 髭面の相槌が遅ければ、何かをしていた事だろう。

 無手なので……何らかの魔法か。

 

 なにこれ、怖い。

 当たり前のように殺す、殺さないとか。

 俺もいつかはこう言うのに慣れて行くんだろうか。

 前世で俺も殺すとか言ってたけど、はー、随分軽い言葉だったなあ。

 

「それで。通路は?」


 ヴァンデルが問う。


「おう、通れる。墓地に繋がってた」

「情報通りか」

「の、よーだな」

「で、貴様、酒はどうした」

「これか? 置いてあった」

「墓地にな。供え物だろう」

「お前さ、酒作んの大変なんだぜ? 飲んでやらなきゃ一生懸命作った人がかわいそうだろう。な~んでそれが分からない」

「味も分からんクズに飲まれるよりはマシだろうさ」


 ヴァンデル……毒舌だな。

 てか、ねえ、この世界、アンデッドいるんじゃないの?

 供え物持って来て平気……なの?

 

「あー。まあ。酒の事はいいだろ。な? ヴァンデルよ。お前がここ来たってことは」

「ああ、公爵家が動いた」

 

 二人して声のトーンを抑えた。

 階上に気付かれないようだろう。まあ、子分達は一世一代の大勝負に盛り上がっていて、こっちの声が届くとは思えないが。

 しかし、こんな配慮が出来るとは、やはり髭面は酒に呑まれていなかったのだろう。


「動きが早いな。流石は音に聞くレアムンドか」

「元々、この屋敷はマークされていた。上の連中が集会に使っていたようだからな」

「てんでバラバラだった連中の動きが、組織だったものに変わったとなりゃあ、指導者が出来たと考えるのも簡単だったか。そこに誘拐だものな」

「ああ」

「上の連中に勝ち目は?」

「ない」

「おいおい、薄情な親分だ」

「俺は子分を持った覚えは無いが」

「親分って呼ばれてるじゃねえか」

「俺は認めた覚えは無い」

「はいはい、分かりましたよ。で、よ。大丈夫なのか? 連中は」

「何がだ? 公爵家に逆らった者の末路は決まっている。本懐を遂げて死ねるんだ。満足だろうさ」

「ヴァ~~ンデル。よせ。お前が今更悪役ぶろうと罪は変わらん。ホラ、言えよ。スラムで飲んだくれてた俺だ。何聞いたってどうこうしようなんてねえ」


 ヴァンデルは居心地悪そうだった。

 い、意外だ。


「恐らく命までは取られん」

「オルドストリットの領民だからか」

「そういうことだ」

「はー。こいつぁ。連中も哀れなことだぜ。知らないんだからよ。レアムンドは助けようとしてくれてたのになあ。配給止めたのもオルドストリットなんだろ? 逃げ出した先までオルドストリットが祟ってやがる」

「オルドストリットの領民は独立不羈だそうだ」

「…………?」

「助けなど不要」

「ああっ……ああん? 言うか、それを、オルドストリットが。領民を助けられなかった野郎がよ」

「レアムンドの膝元を掻き乱したいのさ」

「政治のコマか。なんだかねえ」

「そうだ。そして、コマを一歩進めるべく、俺が来た」


 不意に、くくっ、とヴァンデルがくぐもった笑い声を上げた。


「お、おい、止めてくれよ。お前の笑い声不気味なんだからさ」

「…………」

「すまん。悪かった。どうした?」

「……俺もコマの一つだと思ったまでだ」

「……コマはコマでも上の連中とは違うコマだろう。大事なっつーかよー」

「下手な慰めはいらん。本当に大事ならこんな事で騎士を使い潰さん」


 ヴァンデルは余程命令に腹を据えかねていたのだろう。

 髭面が少し水を向けてやるだけで喋る喋る。

 

 オルドストリット。恐らくはどこかの領主。きっと無能。なもんで、領内が乱れて、領民は流民として、レアムンド公爵領へ。その流民が上の子分と。

 子分はやってきた新天地で邪険にされたのだろう。ジェイドは手を差し伸べようとしていたようだが……オルドストリットがそれを邪魔をしたようだ。

 そりゃあ、子分達も鬱憤がたまる。しかも、オルドストリットの関与は秘匿されているので、怨みはレアムンドへと向けられる。そこへオルドストリットの騎士たるヴァンデルがやって来て、憎きレアムンド家の一人息子の誘拐計画を吹き込んだ。

 一も二も無く子分達が飛び付いた光景が目に浮かぶ。


 しかし、流民か。

 普通は国家間で生まれるものだと思うが……大体、何を持ってどこの領民とかって分かるんだろう。あるのか? 住民台帳が?

 

「なー。俺の頭が悪いだけかも知れんが……オルドストリットの目的は何なんだ?」


 そう、それは俺も気になった。

 親分自ら失敗すると言ってしまっているのだ。


「血を汚す事だ」

「…………?」

「そうか、お前はみてないのだったな。トーピア。分かるか」

「どっかの伯爵にそんなんいたな」

「先日没落した。今では平民だ」

「それで?」

「一人息子がそこのガキと瓜二つだそうだ」

「それで?」

「ガキを取りかえる」

「なんで?」

「ちっ。鈍い奴め。平民より貴族として育てたいんだろう」

「お、おぅ……じゃあ、このガキは……トーピアさんのお家の子になんのか?」

「我が子と同じ顔の子供は育てられんそうだ」


 二人の話を聞きながら、貴族の発想だなあ、と感想を抱く。

 子供を交換したとして、オルドストリットにどんなメリットがある? くくく、バカな奴よの、他人の子と知らず、育てておる、ふはははは――とほくそ笑むくらいだ。

 この世界は世襲制っぽいし、血が大事なのだろうか?

 あまりピンと来ない。

 将来、この事実で脅迫するにしても、何をもって血の繋がりを証明するのか。DNA鑑定もないし。自分が企んだからそうなのだ、というのは自白と変わらんし。


 公爵家一人息子が誘拐される!

 朝刊の一面になる大事件だ。

 しかし、実体は、「上履き隠したった、やーいやーい」というのと同じレベル。もしライターがこの事実を知ったら、余りのお粗末さに揉みつぶすだろう。

 

「なんだってこう七面倒なことになったんだ?」

「発端は流民問題の話し合いに、オルドストリット公爵がレアムンド公爵領を訪れた時だ。帰りしなにトーピア夫人を拾った」


 優雅な暮らしに慣れ切っていたトーピア夫人――首実験をした元美人である――は、子供を抱えて親戚を転々としていた。どこの親戚を訪ねても、凋落した夫人はすげない態度を取られたのである。そうして当てども無くさまよっているところをオルドストリット公爵に保護される。


「保護かよ。どんだけツラの皮が厚いんだ。馬車で轢いちまったから、治療のために連れて帰ったんだろ。すぐにはトーピア夫人だって気付かなかったっていうじゃねえか」

「公爵の言葉をそのまま言ったまでだ」


 オルドストリット公爵は驚いたそうだ。

 レアムンド公爵の一人息子と同じ顔立ちの子供を、トーピア夫人が連れていたからだ。最初、誘拐して来たのではないかと、強く疑ったそうである。しかし、子供がよく泣くのでトーピア夫人の息子だと認めたらしい。誘拐して来たのだとしたら、とっくに追手がかかっていなければおかしいと思ったのもあるだろう。

 

 と、ここで、俺には思い当たる事があった。


 ……アイツか。


 数日前にヴェスマリアが嫌々、本当に嫌々俺に引き合わせた豚が――おっと、失礼。丸々と肥えたオヤジがいた。ヴェスマリアを見る目が不快で、早々に寝たので交わされた会話は知らない。その際に、俺は滅多に泣かないと言っていたのだろう。


「公爵は計画を立てた。この計画を。公爵の計画はまず破綻する。思い付きで行動するからだ。だが、不思議な偶然があった」


 何故、豚公爵の計画は破綻するのか。

 簡単だ。ロクに準備もさせないまま、性急に結果を求めて来るからだ。

 第一、幾らヴァンデルが優秀な騎士だったとしても、あくまで騎士の本分とは守ることである。畑違いの命令を受けて、最高のパフォーマンスを発揮できるはずが無い。

 だが、今回に限っては偶然が味方した。

 

 リリトリアの娘、リスティを手中に収めていたのだ。

 なんと先見の明がある――などと思ったらいけない。かなりどうしようもない話なのだ。

 俺の屋敷でリリトリアに目を付けた好色な豚は、彼女を妾にと欲したらしい。そこでチンピラを雇い、彼女の弱みを握るように指示したのだそうだ。

 ところがそのチンピラが何を勘違いしたか、リスティを攫ってきてしまったのだ。

 

「は~~~。偶然ってーのは、重なるモンなんだな」

「悪運が強いんだろう」

「お前にとっちゃあ不運だったな。成功させられる材料が揃っちまってたんだから」

「そうだな。出来ないなら出来ないといえたか。もう一つ偶然を付け加えよう。俺だ。俺を疎む公爵が、今回に限って俺を護衛に連れて来た事だ。切り捨てても構わないコマがいた事は公爵にとっては幸運な事だっただろう」


 ……こいつら、何言ってんだ?


 至極真顔で語る二人に、俺は困惑を隠せない。


 偶然、俺と瓜二つの赤子を保護し、

 偶然、トーピア夫人と利害が一致し、

 偶然、計画に必要なリスティを手中にしていて、

 偶然、計画を任せられる捨て駒が近くにいた。


 ……なんだ、それ。

 ざっと数えただけでこれだけの偶然が重なっている。探せばまだいくつか出てきそうだ。

 なのに、この二人は……


 冗談を言ってる……様子じゃないな。


 ……ど、どういうことだ? なんで気付かないんだ?


 偶然なんて一言で片付ける前に、余程疑う存在があるだろう。


 ――神だ。


 地球なら兎も角、ファウンノッドには神がいるのだ。


「キミの運命は僕が好き勝手出来るからね、テヘ」


 って言っちゃう神がいるのだ。

 なのに、なんでこいつ等はあっさり偶然と考えて――


「ばぶ!」


 ……分かった。かも知れない。

 難解なパズルも基点となるピースが一つ判明するだけで完成するように。バラバラに存在していた情報が、とある絵図を描き出していた。あんまり見たくない絵図を。


 運命を弄ばれているのは、お、お、お、お……待って。

 ごめん。

 心落ち着かせるから、ちょっと待って。

 信じたくない事実だったから。テンパっちゃって。

 よし。


 ――運命を弄ばれているのは、俺だけかも知れない。

 

 もしかすると、神は人間に関与しないものなのかも。

 ううん、そう考えると、そうかもしれないと思えて来た。

 少なくとも《AGO》の設定ではそうなっていた。だが、稀に特定の人間に関与することがあり、その人物は使徒と呼ばれる。使徒には印となる加護が与えられるのが通例で――

 あっ!

 ああ!

 お、思い出した。


 ~~の愛し子。


 ……コレ。使徒の加護だ。

 

 ……おおぅ。マジかよ。


 つまり、俺はテラの使徒だった……らしい。


 《AGO》では使徒の加護は重要度が低かったので、すっかり忘れていた。クエストを進めるのに必要な加護で、パラメーターが上がるでもなかったのだ。一応、メインクエストを進める為に必要なので、重要な加護である事は確かなのだが……くそっ、お使いクエでゲットさせられた加護なんぞ覚えてねえって。

 

【テラの愛し子】

 この加護を得た者は数奇な運命を辿る。揺蕩う運命はテラの意思に沿い改竄される。


 改めてみてみると、別の感慨が湧く。

 

 使徒は神の代弁者だ。

 国を興すも宗教を作るも思うがままであったハズ。

 それだけの権威を得ながら俺は無自覚だったのである。


 こりゃあ「ですわ」も一言いいたくなるわな。

 

 とはいえ、だからなんだという話でもある。

 はいはい、理解しました。

 で?

 そんなカンジ。


 俺は使徒の権威を振りかざすつもりは無い。性に合わないと言うこともあるが、我が身一つでさえこの有様なのである。人が増えた分だけ加速度的に厄介事が振りかかって来るのが目に見えている。

 そもそも俺が使徒だと証明するすべが無いし。


 しかし、一つ謎が解けたところで、また新たな謎が湧く。

 神が運命に関与しないのであれば、このような偶然が何故起こりえたか。

 

 う~~~~~ん。

 

 ぼ~~~~っと考え込む。ふと、加護が目に入った。ああ、リング展開したままだった。


 リングを消そうとして、ある一文が目に留まった。

 ハッとした。

 消そうとしていた手が止まる。いや、震えていた。


 ――揺蕩う運命はテラの意思に沿い改竄される。


 ……そう、か。

 揺蕩うとは、確定していないという意味。

 逆に言えば、確定した未来は覆せないと言うこと。

 ならば、この一文の本当の意味は。

 

 ――確立操作だ。

 

 確率がゼロでなければ、テラはそれを百に出来るのだろう。どんな可能性だってゼロではないだろうから、事実上俺の運命はテラが思うがままというのは以前も考察した通り。

 だが、今回は一段階考察が進む。

 テラの愛し子を持っているのは俺だけ。

 でも、様々な偶然が重なって本日の仕儀となっている。

 ならば、テラが改竄したのは――


 ――俺の運命なのか。

 

 これなら二人が神の関与を疑わない事にも説明がつく。

 

 でも、そうすると……


 目の前が真っ暗になった。本日二度目だ。


 ……なんだ。ふざけんな。くそったれめ!

 

 テラが操った運命の糸は一本のみ。だが、その一本が様々な人の運命を絡めとり、悲劇の舞台を生み出した。観客はテラ。手を叩いて喜んでいるところを幻視する。

 

 なら、これは。

 リリトリアを巻き込んだのも。

 リなんとかを巻き込んだのも。

 俺のせいってことか?


 なあ、この鬱屈した感情をどこにぶつけりゃいい?

 

 くそっ。リリトリア……と、リ、リ……リスティだ。二人は無事だろうな。


 赤子の肉体で良かったと思う。

 でなければ、きっと俺は自分を傷つけていただろうから。

 

 一瞬でもテラの道化師たる運命を受け入れてしまっていたのを思い出したからだ。

 金輪際、テラの道化師の立場に胡坐をかかないと誓う。

 そうだよ。俺を殺したのクソ神じゃん。そんな奴の温情期待してどうする?

 くそっ。上等な両親の元へ転生させられた事から、警戒心が緩んでしまっていたのか。

 殺されたのは論外だが、ヴェスマリアに出会えたのは、望外の喜びだったのだ。


 待て待て。シリアスになり過ぎるのも良くない。

 また、あー、ってなる。ウィットをね。忘れずにね。

 

 テラめ!

 飴と鞭の使い方がうまいぜっ。

 あ、飴なら幾らでもくれてもいいんだからねっ。

 

 よし。これでいい。


 俺が思索にふけっていたら、二人は会話を終えていた。


「行くのか」


 髭面が言う。

 

「俺が捕えられる訳にはいかん。報告もしなければならんしな。貴様は?」

「酒飲んで寝る」


 豚公爵が誘拐を企んだ事が明白でも、証拠が無ければ領民が勝手にやった事として、知らぬ存ぜぬで通すつもりなのだろう。だが、ヴァンデルは騎士の本分を――ああ、元騎士か。リリトリアに顔を見られている以上、騎士に戻る事は無理だろうから。自身も切り捨てられたと言っていたし。それでも最後の忠義ということなのか、最後まで命令を遂行するつもりらしい。


 ヴァンデルが蝋燭を手に奥の通路へ向かう。

 あ、待って、それ持ってかれると真っ暗に……た、タイル数えないといけない事に……

 あれ? いつの間にか、もう一つ蝋燭がある。ああ、髭面が持って来たのか。


「そうだ。忘れていた」


 ヴァンデルが髭面と俺に手を突き出した。慌てた様子で髭面も手を出したので、挨拶だったのか?

 俺? 勿論、無視だ。

 

 ヴァンデルの姿が見えなくなり、ホッと一息をつく。

 ……ふぅ。

 バレなかった。

 また、猿ぐつわをされたら危ないところだった。

 子供を取りかえると言う事は、例の子供は階上に居るのだろう。ヴェスマリアが見間違うとは思いたくないが、そいつを先に見つけられると厄介だ。


 大人しくしていたのが功を奏したようだ。

 早く来てくれ、ジェイド。

 子分の制圧が終わり次第、号泣する所存であります。


 マップを開く。

 拡大すると青いマーカーが接近して来るのが分かった。

 かなりの数だ。

 着々と輪を縮める青いマーカーとは逆に、足早に去っていく黄色いマーカーがあった。

 多分、ヴァンデルだ。


 ……アイツ、中立だったのかよ。


 なんて、複雑な気持ちを抱えつつ、俺は突入の瞬間を待っていた。

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