第25話 泡沫の刹那
それは泡沫の夢か。
或いは――
***
緑が濃い。
世界中を飛び回っているがここまで濃密な緑は初めてだ。人の手が入っていない。神の作った原初の自然がここにはある。流石は自然との調和を謳うエルフの縄張りだ。
エルフは自然を荒らす者に容赦しない。
故にこの森は不帰の森と呼ばれる。
薬草の群生地を見つけた時、俺も浅ましい人間の一人だと実感した。
だって、金欲しいもん。
ああ、誤解して欲しくないけどさ。俺は金に汚いワケじゃない。なんでかね。いつも素寒貧になるの。
不作で税を払えない村に迷い込み。かくなる上は娘を売るしかない、と言い争ってる現場に出くわすとか。ふらりと足を運んだ酒場で。この魔道具が動けば村は救えるのに。大量の魔素があれば! と酔い潰れる人がいたり。
そら、くれてやるさ。
だから、金は幾らあっても足りない。
俺の立場って……国王とかでもいいハズなのに。
なんだって日々の食事代に頭を悩ませなきゃならん。
加護を証明出来ないのがいけないんだよな。
冒険者カードの加護が文字化けしていて読めないのだ。
しかも、ご丁寧に使徒の加護だけ、な。
悪意を感じるね。
まあ、敬われたら逃げ出す自信あるし。
今の暮らしが性に合ってるのは確かだが。
ただ、金、金言ってる時には愚痴が頭を過る。
え、小さい?
ああ、そうとも、それが俺だ。
あの神様もなんで俺なんかを使徒に選んだんだか。
戦えないワケではないが、英雄には遠く及ばず。
目の前の人は見捨てられないが、世界を変える意気込みもない。
多少、口は回るが……それだけ。
だが、そんな俺だから良いのだという。
昨日も俺の夢に出てきて、
「やあ、息災かい?」
にこやかにのたまった。
うわ、最悪。宿屋のアンナと仲良くなる予定だったのに。夢で。ああ、もう止めて? お前の顔、美形過ぎんの。嫌でも頭に残るの。デートする夢見てもアンナの顔がお前になってたらイミないワケ。分かる?
「はは。キミも相変わらずだね。僕もキミの恋路を邪魔するつもりはないよ。でも、キミ、アンナに話しかけた事もないだろう」
うるせぇ。童貞をナメんな。
「うん? 僕の可愛い道化師のためだ。運命を弄ってあげようか?」
止めろ。殺すぞ。
「そう、そうだよね、キミはそういう人間だ。だからこそ、使徒の加護を与えた」
そうかよ、クソ神。
「自分の仰神をここまで口汚く罵るのは、世界広しと言えどキミくらいのものだろうね」
はあ? 敬って欲しいの? なら、まともな加護寄こせ。
「それはともかく。キミ、不帰の森に行かないかい?」
おい、クソ神。流すなよ。お前、上級神に根回ししてるだろ。俺に加護を与えないよう。おかしいだろ。名付きの加護一個も無いとか。てめぇのせいで何度死線くぐったと思ってやがる。いいの? 死ぬよ、お前の使徒が。いいたがないが俺は凡人だよ。加護くれないとコロッといくよ。
「キミは死んでない。違うかい?」
それは結果論だろ。
「キミ、悪い癖だよ。都合の悪い事は隠したがる。頭を使って生き延びた。そう自負があるくせに。僕が買っているのは正しくそこさ。生に意地汚い。キミの武器は目に見えるものではないよ」
……全部筒抜けってか。
「この領域ではね……ああ、キミ、いいね。もう出し抜く事を考えてる」
…………
「何も考えないつもりかい? でも、無駄だよ。僕に隠し事は出来ない。些細な思考でも読み取って……はは。驚いたよ。明日の食事の事か。いいよいいよ、キミの器の小ささがよく分かる」
……神様と違って人は食事しないと生きていけないんです。ああ、もう、分かった。降参だ。不帰の森がどうしたって?
「エルフが神への反逆を企んでる」
…………はい?
「僕を殺そうとしていると言ったのさ。聞こえなかったかい?」
…………お前……なに、にこやかに言ってんの? や、いつも笑ってるようなツラだが……自分が殺されるかも知れないってのに。お前が殺されるとは思わないけどな……ああ、そういう? いつものか。本当に救えねぇな、クソ神。
「そう、退屈凌ぎさ」
今度はエルフが遊び相手ってか。
「他人事みたいに言うね。キミが遊ぶんだ」
俺が? なんで? 関係ないし。
「いいのかい? 僕が手を出しても」
………………分かった。俺が行く。
「キミも凝りないね。毎度同じやりとり。どうせ何一つ見捨てる事も出来やしないのに」
……………………俺が好きにやっていいんだな。
「道化師が道化師らしく振る舞ってくれればそれで」
……チッ。エルフを改心させてやる。
「好きにするといい。手に負えないようなら逃げ出しても。その場合は僕が後始末する」
……後始末って……玩具を片付けるみたいに言ってくれるけどよ。エルフを絶滅させるってことだろう。
「キミが遊んでくれないならいらないからね」
……流石は主神様だな。言う事がでけぇや。
「愉しみにしているよ。キミがエルフと関わり、どう変わるのか――」
…………という、今思い出すだけでも腹立たしい経緯を経て、俺は不帰の森へやってきたのである。
世の中の使徒に問い掛けたい。
使徒ってなんなの?
神様の遊び相手なの?
「ん? お迎えが来たか」
近付いて来る気配があった。
一つ……二つ…………三つ、ねぇ。
逃げられそうにないな。
いや、逃げたら本末転倒だけど。
「そこで止まれ、人間」
三人はまとまって現れた。囲まれると思っていたが。
余裕の表れか。エルフの庭だしな。だが、これなら……交渉が決裂しても、逃げ出せそうでホッとする。逃げる事に関しては自信がある。
俺に声をかけたのは青年だった。
エルフだ。
間違いない。
だって、美形だ。
なんでか、エルフは皆美形だ。
俺の敵だ。
「何故、この場所が分かった。答えろ、人間」
「神様のお告げで」
「死にたいか、人間」
「うんにゃ。大真面目なんだけどね」
クソ神のお告げから目を覚ますと、決まって知らない知識が増えている。寝ている間に頭の中を弄ってくれてるってことなんだろうな。一度、知ってしまえば俺が見て見ぬふりを出来ないと分かっているのだ。死ね、クソ神。ああ、いっそエルフに協力しようかな。神殺しに。
「ん? その二人……」
青年の背後に控える女性二人。薄茶の髪。愛らしい顔立ちなのに感情が見えない為人形のように見える。どっちの描写かって? 問題無し。二人は瓜二つなのだ。
双子か。
珍しい。
だが、真に珍しいのは、彼女たちの耳だった。
耳が長かったのだ。
俺の知る限りそんな特徴を持つ種族は存在しない。
なんだ? ……怯えてる? 俺じゃなく……あのエルフに? どういう関係だ?
チッ。
クソ神め。
また情報出し渋りやがったな。
「動くな、人間」
「……あのなあ。いちいち人間ってつけなくても俺しかいねぇんだ。分かるっての。ほんっと典型的なエルフだな、おい。ここ、暗いからそこの陽だまり行くだけ。それがアンタの質問に対する答えになる」
敵意はありませんよ、と両手を上げて陽だまりまで歩く。
エルフは神に最も愛された種族だ。普通は知らない俺の素性も分かるハズ。
「――――ッ」
青年が息を呑んだ。
分かってくれたらしい。
「…………その真っ青な髪。まさか……貴様は……」
俺は仰々しく一礼する。
ゆっくりと身体を起こし、微笑む。
「主神テラの使徒。クロスだ。族長に御目にかかりたい」
***
これは泡沫の夢か。
或いは過ぎ去りし刹那か、
やがて訪れる破滅か――
第2章 旅路編 -了-
次章 家庭教師編
只今、OVL文庫応募用に別の連載をしています。
暫くはそちらをメインに更新しますので、よろしければご覧になってください。
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