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異世界のデウス・エクス・マキナ  作者: 光喜
第2章 旅路編
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第24話 撒き散らされたもの3

「おう、気付いたか」


 ブラスが俺を覗きこんでいた。

 ……ふむ。お前とは一度、話合わないといけないな。

 勢いよく起き上がる。嘔吐しそうになった。魔力切れ……じゃないな、うん。キモチ悪さがそうさせたのだ。だって、男に膝枕されてたとかさ。

 リスティが「気付いた?」と近付いて来る。足を凝視してしまった。

 俺を責められる男はいまい。つか、責められたら男じゃねぇ。

 ブラスを睨む。


「……おま……夢を潰した……代償は、でけぇぞ」

「……気持ちは分かるぜ。ただ、なあ……」


 ブラスが申し訳なさそうに語ったところによると。

 最初、ブランケットを敷いて木陰で休ませようとしたのだという。だが、リスティに反対されあえなく断念となった。だって、寝ゲロされたらイヤでしょ、と。

 ……………………リスティ。


「……聞きたくなかった。聞きたくなかったぜ。怨むからな、ブラス」

「……おぅ、どの道怨まれんのな」


 ははは、夢を壊された分、怨みは深くなったっての。

 奮闘したのはブラスだし、トドメを刺したのはリスティだ。俺の活躍がかすむのはまー、仕方がない。でもね、頑張ったの、俺だって。傷心を癒して欲しいワケ。女の子の膝枕なんてうってつけじゃないですか。それがなんで罰ゲームになってんの。

 正味な話、峻烈なる風の剣(レイミオ・ラ・ダスク)が後二、三発来てたら死んでた。弾丸を刀で斬るような芸当だぜ。二回も斬れたのが奇跡だな。

 …………あ。怖くなってきた。今頃。なんで……あんなコトやろうと思ったんだろ。もう一回やれと言われても成功する気がしない。戦闘中って恐怖心が麻痺するからなあ。気が大きくなっていたのかね。もっと身の程を弁えた策を……ああ、そうだった。立てられなかったからか。

 

「青ポット飲む?」

「ああ」


 リスティに差し出された青ポットを飲む。

 最後の青ポットだ。勿体ない思いもある。しかし、ディアスポラを退けたとはいえまだ山中である。戦える体調に戻さないといけない。

 魔力切れも以前経験したものと比べれば軽い。

 暫くすれば落ち着くと思われた。

 

「……あれ、傷が」


 足の傷は結構深かったが。いつの間にか治癒していた。


「アンタが寝てる間に赤ポット飲ませた」

「……俺がな」

「……ですよねー」


 リスティが口移しで――なんて期待してなかったもん。


「しっかし、アンタ、よくアレに気づいたわね」

「アレ?」

「杖よ」

「ああ、予習は大事だってね」


 ブラスがチラチラ俺を見ていた。予習とは何か問い質したいのだろう。

 俺がディアスポラと知り合いだと勘違いしてるみたいだし。

 聞いたら俺を傷付けるかも知れない、とか思ってるんだろうな。

 秘密を明かすべきか。

 決断は慎重に。

 明かすにしても後日だな。

 九死に一生を得た直後だ。冷静な判断は出来ない。後、ブラスがうざいから。

 コイツ、俺の父親を自任してるんだよな。でも、この反応は父親ってより……ああ、親代わり、って言ってたっけ。てことは矛盾してないか。ただな、ブラス。父親の座はくれてやってもいい。だが、母様の代わりになれると思うな!

 キッとブラスを睨んでやる。

 そそくさと顔を背けられた。

 ……キモい。


 予習とは言ったが。

 俺も《AGO》の知識が生きて来るとは思っていなかった。

 《AGO》が単なるゲームだと思っていたからだ。いや、それも真実なんだろうけどな。この世界にHPやMPは無いし。ゲームとして味付けされていたのは間違いない。

 《AGO》とファウンノッドでは大きな差異がある。

 同じ部分より相違点を探す方が簡単だ。

 氣闘術が魔法でないと思い込んでいた事も誤解を助長した。

 所詮はゲームだし。

 違いをそう片付けていた。

 だが、ディアスポラに出会い目からウロコが落ちた。

 《AGO》のモンスターはいるのだ。ならば何故今まで出会わなかったのか。厳密に言えばスケルトンはいた。馬に乗ったスケルトンもいた。しかし、ポピュラーというか、ファンタジーの定番すぎて、いてもおかしくないよなと自己完結していた。

 少なくとも同一の存在だと確信を持って言えるのはディアスポラだけ。

 では、ディアスポラと他の魔物の違いはどこにある?

 生きて来た年月ではないか。

 そう思った時、視界が開けた。


 ――《AGO》は滅んだと言う一つ前の世界がベースなのではないか?

 

 植生が違うのも。

 魔物が違うのも。

 滅んでしまったから。

 ディアスポラは滅びを免れた数少ない魔物なのだ。


 ――恐らく《AGO》は俺を鍛えるためにあった。


 道化師が簡単に死なないように。

 ならば、モンスター――ディアスポラの攻略法が通じるのは道理だ。

 模すなら今の世界にしろよと思うが……底意地の悪さがクソ神たる由縁だろう。

 知識を生かすも殺すも俺次第。

 いつ気づくのかな、とほくそ笑んでいた事だろう。

 ……クソ神は一体幾つ隠しゴトしてんのかね。まだまだあんだろうなあ。

 どうかな、リングさん?


「…………」


 ……あ、そう。ホント、使えねぇな。お前。

 いらない時だけ出て来て――


「……………………え」


 ……出て、来た、だとぉ。

 お久しぶりです、リングさん。お元気でしたか?

 ……そうか、無視か。お前……尻尾振んのクソ神にだけか。

 …………絶対、いらないっていったからこのタイミングで出て来たんだろ。

 も~ヤ~ダ~。転生直後、そんなべったり張り付かれたら魔法使えないでしょ、母様! って思ったモンだが。それより先にプライバシーって言葉教えてやらなきゃいけないヤツがいたな。

 はいはい、分かってますよ。

 見りゃあ、いいんだろ。

 クエストをタップする。


+――――――――――――――――――――――――――+

【クエスト】

《名称》死との婚姻

《説明》ルフレヒトに深窓の令嬢がいる。

 蝶よ花よと育てられた彼女は父親の期待を超え立派な淑女に成長した。

 幼少のみぎりから圧倒的な魔法の才覚を見せた。貴方のような借り物ではない、本物の天賦の才だ。レインヴェルトを踏破するのは彼女だとまことしやかに語られた。だが、実現しないと誰しも知っていた。彼女はルフレヒトの未来そのものであったから。

 二年前から彼女は人々の前に姿を現さなくなった。

 公には病気の療養のため、と言われている。

 実態は違う。

 彼女は未だ死の渕にいた。

 手を尽くしても原因が分からない。

 身を苛むのは病魔なのか、或いは一族の宿痾なのか――それすらも。

 彼女の一族には秘された歴史がある。

 歴史を紐解き真実に至った時、貴方は再び選択を迫られる。

 今度こそ賢明な道を選んで欲しいものですわ。

 それがテラ様の御心に添う……いえ、テラ様が望むのは……なればこそ、やはり貴方が選択すべきなのでしょう。

《達成条件》深窓の令嬢を救う。

+――――――――――――――――――――――――――+


 ……うわあ、懐かしい。「ですわ」だ。

 お前のクエストで名前失ったの忘れてないぜ。とはいえ、クソ神の使い走りなんだろうし、「ですわ」自身に恨みはない……無かったが。

 イラつく。

 再び選択を迫られる、だあ?

 再びってナニ?

 前回選択肢あった?

 ははー、幾らでも選択肢あったでしょってか? 流石、高いトコから見下(みくだ)してる神様はいう事が違う。あー、あー、あったのかも知れませんね。《静寂》食らう前に泣いてりゃって俺も思うし。言葉を喋れたらブラスに助けて貰えたかも。だがな、それ全部たらればなんだよ。誘拐に備えてなかった俺が悪いのか? ブラスのお友達のヴァンデルが《静寂》使えると思うか? 人は神様と違ってな、全てを見通す事は出来ねェんだよ!

 苛立ちを込め、リングをタップ――というか、殴った。


「…………」

「…………」


 リングは半透明だ。しかし、文章を読もうとすれば、自然と焦点がリングにあう。

 何が言いたいかと言えば。

 リングを消した途端、リスティと目があった。

 …………頭冷えたわ。

 傍から見たら虚空に向かってプルプルしてたんだもんな、俺。虫けら見るような目で見られても仕方がない。だから、新しい扉を俺が開いてしまっても、それはリスティのせいではない。ああ、安心して欲しい。まだ、ノックされたぐらい。開いてはいない。

 ……いや、なにいってんの。ああ、混乱してるな。


 しっかし、令嬢を救え……ねぇ。

 

「なあ、ブラス。お前のツテってイフレート男爵?」

「……なっ、えっ……お、おぅ……なんで……分かった?」

「なんとなく」


 そうだろうな、とは思っていたのだ。

 ツテがルフレヒトにいるとブラスは確信していた。手紙のやり取りもしていないのに、である。居住地を移せず、かつ、魔法に詳しい。この条件でかなり絞り込める。中でもブラスの「アイツならもっとルフレヒトを大きく」発言を満たせるのは領主くらい。

 クエストにも「令嬢がルフレヒトの未来そのもの」という一文があったし。

 なぜ今確認したかと言えば、考えたい事があったからだ。

 イフレート男爵家が目的地だったのなら俺はいずれ深窓の令嬢と出会っただろう。死病に侵されていると知れば助けようとしたハズだ。クエストがあってもなくても俺の行動は変わらない。つまり、クエストは俺の行動を束縛するものではない。

 認めない訳にもいかない……か。

 クソ神は案外公正なゲームマスターだ。

 理不尽は赤子の誘拐事件だけ。

 しかし、それも取りようによっては問題ない。

 貴種流離譚という物語の形がある。要は高貴な血を持つ者が、国が滅ぶとかして流離う話だ。一応俺も貴種流離譚に当てはまる。一応、と付くのはニメアに鼻で笑われる程度の高貴さしか俺は持ち合わせていないからだ。うん、勝てるなら卑怯上等だしな。

 ええと、何が言いたいかというと。

 先程の例で言えば国が滅ぶから主人公の物語が始まるのだ。

 クソ神主催のクソゲーが始まったのは、誘拐された後からだったとしたら?

 ホラ、公正。

 まー、辻褄合わせてるだけかも知れないさ。不可避のイベントならクエスト発行してんじゃねぇよと思うし。ただ、掌でコロコロされてると思うより、精神衛生上よろしいのでこの案を採用したい。

 

「また、神様から使命来てたの?」

「分かるか」

「イーって顔になってたから」


 リスティが歯を剥く。ちょっと可愛い。和む。


「使命? は? お、おい……おめぇ、使徒……なの、か」


 ブラスが俺の肩を揺する。瞳孔が開いていた。

 その取り乱しように「お前も、そうか」と思ってしまう。

 捨て鉢に「ああ」と答えてやると、ブラスは天を仰いだ。

 

「……そうか、使徒か。ああ……言われてみりゃ……ははっ、クロス様って呼ばねぇとな」


 誇らしいような、残念なような、複雑な声音だった。

 カッと頭の芯が熱を持つ。

 ああっ、くそっ。感情のコントロールが効かねぇ。未熟な証拠かも知れない。だが、ここで怒らないのが大人だというのなら、俺は一生子供のままでいい。


「いいか、俺が使徒であろうと! なかろうと! 俺は、俺だッ!」


 ブラスを突き飛ばす。


「俺を育ててきたのは誰だ! 今日だって! 誰がいたから生き延びられた! 神じゃねぇ! てめぇだ、ブラス! つまらねぇコトいわすんじゃねぇ!」

「…………」


 ブラスが目をパチパチさせていた。

 夢から覚めた時に、そうするように。

 

「………………………………すまん」

「……謝るくらいなら最初からいうんじゃねぇ」


 半ば八つ当たりである。

 この世界は神で成り立っている。魔素の流通もそうだし、身近な例で言えば加護だ。今でこそ無用の長物と化したブラスの加護だが、駆け出しの頃には重宝したに違いない。

 神がいるから人は生きていられる。

 神とはそういう存在なのだ。

 使徒は神の代弁者として知られる。

 へー、で流せるリスティのほうがおかしいのだ。

 ちなみに敬われるのは神様全般であり、特定の神を信仰するのはむしろ珍しい。日本で言えば学問の神の菅原道真公だけを祀って宗教を立ちあげるようなものだ。

 素晴らしい剣を打ちたければ鍛冶を司るペリュマトラーナに祈る。

 洪水の被害を減らしたければ水を司るアクエルカに祈る。

 場面によって祈る神が変わって来る。


「……なんだよ」


 リスティがニヤニヤと肩を組んできたのだ。

 ……ああ、いじめっ子の顔だ。


「アンタってホント、ブラス好きよね」

「……謹んで奢らせて貰おう」

「口止め料? ま、いいけど。素直になればいいのに」

「…………うるせぇよ」


 リスティはナナが大好きだからな。理解に苦しむのだろう。


「…………な、なあ。クロス。仰神。なんて神だ?」


 先程の事が後を引いているのだろう。ブラスのいい方は他人行儀だった。

 仰神――使徒が仰ぐ神の事である。


「クソ神だ」

「……クソカミ? 聞いた事ねえな」

「そらーよー、引き篭もってー? 働きもしねー神だ。有名なはずあんめー。ん? おお、誰かにそっくりだと思わないか、ブラス」

「……ぐっ、なんで矛先が俺に……」

「語るに落ちたな。誰もお前のこととは言ってねぇ」


 いつものやり取り。

 こき下ろされたというのにブラスは嬉しそうだった。

 おいおい、ニート、ロリコンと来て、マゾまで増やすか。節操ないな。

 ……リスティの生暖かい目が痛い。


「でもよお。おかしくねーか。クロス、黒髪だろ。黒を貴色とする神はいねーってのが通説だぜ。ああ、クロスの言葉を疑ってるワケじゃねーんだが」

「それが常識だな。だから助かってる」


 ゲームマスターにルール違うよ、と言っても仕方がない。

 玉虫色の髪にされなかっただけマシだろう。


「リスティは? 知ってたのか?」

「王討伐の時に聞いた」

「驚かなかったか?」

「まあ、クロスだし」

「……ああ、クロスだしな」


 ……えぇ。なにその納得の仕方。

 まー、秘密を小出しにしてたら、こんな反応にもなるかね。

 

「で。仰神はなんて言って来たんだ?」

「あ~。内緒だ」

「いえねぇか」


 ブラスは納得した様子だったが、俺は首を振って否定する。


「口止めされてるワケじゃないぜ。ただ、どうも情報があやふやでな」

「あやふや? 神なのにか」

「……あるんだ、色々と」


 ブラスは神を過大評価している。神と言っても全知全能ではない。不確定な情報しか開示出来ない事だってあるだろう。とはいえ、それは並の上級神の話だが。

 クソ神の場合は……言うまでも無いな。

 

「な、ならよ。魔法覚えんのは後回しか」


 嬉しそうにブラスが言う。


「は? それ、最優先」

「……い、いや、だってよ、使命があんだろ。それ先にこなさねぇと」

「……言われて見ればそうだな。使徒として使命を果たさないとな。だが……なんでかなあ。使命を果たす事より、お前の嫌がる顔が見たいんだ、ブラス」

「…………ま、マジか」


 魔法を覚える過程で使命を果たす事になるのだろう。

 だが、それを教えてやるのは勿体ない。

 ブラスがボケてくれたんだし。ツッコんでやらないとね。

 

 イフレート男爵家で一体何が俺を待つのか。

 病気を匂わせているが……一族の宿痾か、とも言っている。

 イフレート男爵家を恨む者が令嬢を狙っているとも取れる。

 食事に毒を盛るとかしてな。表面上は病気のように見える。

 ただ、簡単な怨恨でも無いのだろう。

 イフレート男爵家の歴史を紐解いた時、選択肢を得るらしいし。

 さてはて、歴史か。どんな血塗られた歴史があるのやら。ある程度想像が付くが。ディアスポラを倒したタイミングで発行されたクエストだからである。

 いずれにせよ――

 

「神様の言う賢明な道、ね。俺には選べないんだろうな」

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