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異世界のデウス・エクス・マキナ  作者: 光喜
第2章 旅路編
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第23話 撒き散らされたもの2

 ブラスの姿が掻き消えた。

 強烈な踏み込みは土煙を生む。点々と昇る煙が進路を示していた。

隣から「え」と声がした。リスティにもブラスの動きが捉えられなかったらしい。

 先手を取って詠唱する間を与えない――これが対魔法使いのセオリーだ。

 意表を衝かれたワケでは無い。

 ただ、ブラスの初速が予想を超えて速かっただけ。

 リスティが悔しげにブラスの背中を見詰めていた。近付いたと思ったのに――こんなにも遠い。


 骸骨が後退していた。

 ありふれた戦士と魔法使いの構図である。魔法使いが距離を取り、戦士が詰める。瞬く間に距離が詰まって行く。詠唱する暇が骸骨に与えられる事は無い。

だが、骸骨にはリングがある。

 詠唱する必要は無いのだ。

 魔法は危険だ。ブラスを心配する気持ちはある。しかし、自分は偽れない。興奮もしていた。俺のようなにわかリング使いでも無数の魔法を生み出せたのだ。骸骨は気の遠くなる年月を魔法の研鑽に費やしているハズなのだ。一体、どんな魔法を――


「――――なる火の矢」


 ――使うのか。


「……………………え?」


 頭が真っ白になった。

 我を忘れて生まれる火の矢を見詰めてしまう。

 火の矢という可愛らしい名前だが、出現したのは可愛げのない炎の槍だった。

 見覚えがあった。

 ……そんな、バカな。


 俺の声が聞こえたと言うのか。ブラスが振り返っていた。

 

「馬ッ鹿野郎! なに呆けてるッ!」


 ブラスが舌打ち。土砂を蹴りあげる。速度を緩めて直進する。突っ切る気なのだ。ブラスの手前で土砂の幕と炎の槍が衝突し、爆発した。

 爆炎から何かが――ブラスが飛来する。

 全身から煙が上がっていた。

 

「はあッ!」


 大剣を地面に突き刺す。

 三メートルは滑ったか。掻きだされた土砂が足元で山になる。

 ブラスの生死を確認するでもなく。骸骨は二の矢を既に番えていた。

 

原初なる火の矢アグニ・オ・レイセイル


 ……間違いない。

 見知った魔法だ。

 何度も煮え湯を飲まされた。

 だが、あの魔法は《AGO》の――


「クロス!」

「ブラスッ! クロスはあたしがッ!」

「チィッ!」


 ブラスが再び土砂を蹴り上げる。迎撃に専念し、爆風には逆らわず飛ぶ。三度、四度、と繰り返されると、ブラスが俺の隣まで押し戻されていた。


 ――ガッ。


 硬い音を聞いた。と、思ったら倒れていた。

 殴られたのだ。

 

「目ぇ覚めたか」


 ブラスの声が降ってきた。押し殺した声だった。


「………………あ、ああ」


 口を開くと鉄の味がした。


「てめぇがあの骸骨とどんな繋がりがあるか知らねぇ。が、今は敵だ」


 口を手の甲で拭う。赤い線が出来た。

 ふらふらと立ち上がる。ブラスの顔が見れない。


「…………ごめん」

「………………心配させんじゃねぇよ」

「……っ」


 絞り出すような声に、ブラスの顔を見てしまう。瞳に浮かぶ失望を見て、胸が痛くなった。だが、すぐに気づいた。失望は俺に向けられたものではなかった。

 ……くそっ。どうかしてた。本当に。叱られるより堪える。

 俺は未熟だ。まだ十歳。精神は大人でも肉体が成熟していない。時として自制が出来なくなる。心構えが出来ていない事がそれを助長していた。


 リスティがブラスの焦げた服を引く。


「ブラス。クロスはあたしが守る」

「……分かっちゃ……いる、つもりだが……」


 リスティの静かな怒りを受け、ブラスは苦い顔だった。

 差し迫った瞬間、身体を動かすのは理屈ではない。


 骸骨が杖を構えていた。

 ディジトゥスを投擲――命中。

 骸骨は避けなかったように見えた。


「へぇ。よく当てたわね」

「……この距離で外すかよ」

「アンタ、心弱いから。引きずるかと思った」

「…………」


 ……そうだな。

 完全に立ち直ったとはいいがたい。

 落ち込んでる暇はないと気を引き締めただけだ。


「ま、効果なかったみたいだケド」


 流石はスケルトンの上位の魔物か。欠けた部分の修復が終わっていた。


「いい。牽制だ」


 詠唱(・・)は潰せる。

 それを知らしめるためにやったのだ。

 骸骨には厄介な魔法がある。発動したら最後。狙いが俺かリスティなら死ぬ。

 防ぐにはやっても無駄と思わせる事が一番だ。

 ディジトゥスを引き戻す。《王貫爪》でも良かったか? いや、牽制で魔力を使うのは勿体ない。ディジトゥスの損耗も痛い。ディジトゥスは五本しかない。魔力があっても一日に撃てる《王貫爪》は五回が限度なのだ。


「そんで、クロス。何に気づいた?」

「……汚名返上といきたいが。大したことじゃない。アイツ、詠唱破棄出来る」

「……それだけか」

「……ああ、それだけ」

 

 見透かすようなブラスの目。長い付き合いだ。言わないではなく言えない、と分かってくれている。だが、先程の負い目もあり、白状してしまいそうになる。

 しかし、出来ない。

 ディアスポラに気付かれるワケにはいかない。

 

 ――撒き散らされたもの(ディアスポラ)


 それがあの骸骨の名だ。

 《AGO》に出て来るモンスターである。

 魔法で確信した。あの独特な魔法名はプレイヤーの間で古代魔法と呼ばれていた。古代魔法を扱うモンスターは数あれど、髑髏の杖を持った骸骨はディアスポラだけ。


「アレに勝てるか分からねぇが。足止めならなんとかなる。クロス、おめぇ逃げてろ」

「……悪いな。そのほうがブラスが戦いやすいってのは分かってる。けど、アイツ、俺の位置分かるみたいなんだよね。ブラスと合流する前にはち合わせるのが怖い。上手く逃げられたとしても付け狙われるのは目に見えてる。相手は眠らないアンデッドだぜ。快眠の為にもここで仕留めておきたい。安眠妨害はお前のイビキだけで十分だ」


 ブラスが歯を見せて笑う。


「はっ。もう平気みてーだな。そんだけ減らず口叩けりゃ」

「……頭の回転がウリでね。時たま空転するのが欠点だ」


 ……歯がゆいな。本当の事が言えない。

 足止めなんて口だけ。

 ブラスは倒す気だ。

 だが、一人では絶対にディアスポラには勝てない。

 ディアスポラは序盤のボスである。序盤と聞くと弱そうに思えるだろうが、《AGO》ではレベルがサクサク上がったし、終盤ともなれば神を殺す事もあった。《AGO》での強さは物差しとして通用しない。Sランク相当のブラスで互角なのがいい証拠だ。

 ただでさえ強いのにディアスポラは初見殺しの罠を二つも持っている。

 知らなければまず回避出来ない。

 俺が残る理由はコレだ。

 とはいえ、《AGO》とファウンノッドは似て非なるものだ。


 ――《AGO》の攻略法が通用するのか?


 懸念はある。

 だが、俺は通用すると思っていた。

 バカ面晒してパーティーを危険に晒しただけではないのだ。一応。

 だが、打ち明けようにもディアスポラの警戒を煽り過ぎるワケにもいかない。

 本来、ディアスポラは引くのが最善なのだ。仲間を連れてくるでもいいし、闇討ちを仕掛けるでもいい。一方的に仕掛けられるアドバンテージを放棄するのは勿体無い。

 俺への憎しみで目が曇っている。

 しかし、手札が全て知られてるとなれば、ディアスポラだって目を覚ます。

 それは困る。


「行くぜ。リスティ、クロス任した」

「……分かってる」


 なんだ?

 煮え切らない返事だ。珍しい。リスティは認めた人物には案外素直なのに。

 ……ああ、そうか。


 ――邪魔だ。


 あの一言か。

 ここまで大味の展開だった。あたしだって戦える――そう思っているらしい。

 まだディアスポラの強さを認めていないのか。


「リスティ。アイツは手札を全て明かして無い。ブラスに任せようぜ」

「…………分かってる」


 ……分かってねぇな。

 俺がいなければ加勢にいってそうだ。

 心配はしていない。今に思い知るから。

 初見殺しの罠が無くても、ディアスポラは十分に強い。

 

原初なる火の矢アグニ・オ・レイセイル


 ブラスは炎の槍を一顧だにしない。当たらないからだ。炎の槍の狙いは俺である。何がそんなに憎いのか知らないが、ディアスポラは俺を殺す事に固執している。

 俺をリスティに託すと決めたからか。ブラスは射線に入らないよう迂回して走る。

 ブラスの背中が「今度は避けろ」と言っていた。

 爆発するところを何度も見た。かなり距離を取ったつもりだったが、炎の槍の爆風は俺にたららを踏ませた。倒れる事は無かったのだが……リスティに支えられた。

 ……戦力外通告された反動か。なんか過保護になってる。


 俺達が二発避ける間にブラスは接近を果たす。

 ここまで接近されたらディアスポラもブラスを相手取らざるを得ない。


峻烈なる風の剣(レイミオ・ラ・ダスク)


 不可視の風の刃が生まれた。いや、風の、というが実体は魔力なのか。《魔視》を発動させた俺の目には、無数の刃がブラスに向かって飛ぶのが見えた。

 

「おおぅ!」


 ブラスが驚きの声を上げる。

 範囲魔法だ。逃げ場がない。

 被弾覚悟で耐えるのが結果的に傷が浅くなるか――と、思っていると、ブラスはあろうことか不可視の刃に身を投げた。よっ、ほっ、と軽妙な掛け声で、身体を躍らせる。スパイ映画を見ている気分だった。アレだ。迫り来る赤外線をかわすシーン。映画ではCGが使われていたが、ブラスは生身でやってのけた。


「んな、バカな」


 不可視と言っても正体は魔力。ブラスなら感知出来ても驚きは無い。衝撃を受けたのは避けきった事だ。無属性魔法なのに風と付くのは詐欺もいいところだが、名に風と冠せられていたのは伊達ではない。俺が今まで見た中で最速の攻撃だった。

 威力だって申し分ない。

 ブラスの背後には丸太が量産されていた。

 アレが俺に向けられたら。

 ゾッとする。


「…………」


 リスティが険しい顔になっていた。

 ああ、さっそく思い知ったか。

 避けきれる自信があったなら加勢を口にしただろう。

 

豊満なる土の壁(グリント・ジ・ラヴド)


 地面が隆起して壁となった。ディアスポラの姿をブラスから隠す。

 

苛烈なる光の剣(ルシス・ジ・ダスク)


 ディアスポラから光の帯が飛びだす。

 光の帯は杖の先端で収束し――刃と化す。あたかも薙刀のような形状である。

 ブラスからは光ったとしか分からなかったに違いない。

 どうするべきか。ブラスが躊躇っていた。


「邪魔ダ」


 ディアスポラが光の刃を横薙ぎにする。

 光の刃は土壁を易々と切り裂く。


「しゃがんで!」


 リスティが叫ぶ――が、遅かった。

 光の刃はブラスの眼前にあった。


「うおおおおおォ!」


 ブラスは大剣で防ごうとする。

 はあああああァっ!?

 なっ、バカ! 止めろ!

 大剣は二束三文の代物だ。土壁と同じ運命を辿る。

 しかし、断ち切られたのは――光の刃のほうだった。


「……は?」


 ブラスは返す刀で土壁を切り裂いた。斜めに裂かれた土壁が倒壊する。

 杖を突き出す骸骨がいた。

 

原初なる火の矢アグニ・オ・レイセイル

 

 ブラスの足元を狙ったものだった。

 ブラスは咄嗟に飛び、直撃を避ける。だが、爆風でブラスの身体が宙に浮く。


「《原初なる火の――》」

「おおおお!」


 ブラスが大剣を投擲。

 大剣がディアスポラの右腕を切り落とす。地面に刺さった大剣を見て、光の刃が防げたカラクリに気付く。大剣は見るも無残にボロボロになっていたのである。

 氣を纏わせたのだ。

 

原初なる火の矢アグニ・オ・レイセイル


 ディアスポラは杖を拾わず、左手をブラスに向けた。

 威力より当てることを重視したのだ。

 ブラスはまだ空中にいる。

 避けられない。

 だが、忘れて貰っては困る。

 俺もいるのだ。


「《王貫爪》!」


 ディアスポラは上体を逸らし、ディジトゥスを回避した。

 事前にただの投擲を見せている。アレでは核を砕けない。油断してくれているなら、あわよくば――と思ったのだが。《王貫爪》の威力が見抜かれたか。

 だが、目的は達成している。

 ディアスポラの体勢を崩した。

 炎の槍がブラスの横を通り過ぎる。


「貴様ァァ!」


 ディアスポラが激高する。

 骨なのに表情が幻視出来る。

 ……ホント、アイツ、俺にだけ感情豊か。


「てめぇの相手はこっちだ!」


 着地するなりブラスは土壁を蹴り飛ばす。

 さながら散弾銃だ。

 

「ガッ、グガッ!」


 核が狙えないなら面で狙え。

 スケルトン対策をブラスは実践していた。

 

「ほれ、もう一丁!」


 時間差で着弾する礫がディアスポラの身体を踊らせる。泥臭い攻撃ではある。しかし、穴だらけになったディアスポラのローブが攻撃の凄まじさを物語っていた。だが、そんな目にあいながらも。磁力でもあると言うのか。落ちていたディアスポラの右腕。浮き上がると本体に接続した。当然、握り締めていた杖も一緒に、である。

 

原初なる火の矢アグニ・オ・レイセイル

「くッ」

 

 ブラスが横っ跳び。

 爆風で体勢が崩れかけるが、地面に手をついて転倒を避ける。致命的な隙を生むのは避けられた。しかし、小さくとも隙は隙だ。

 杖の先端がブラスに向けられ――


「グゥッ」

 

 吹き飛んだのはディアスポラだった。

 

「すっげぇ!」

「……凄い」


 感嘆の声が漏れる。

 攻防一体とはこのことだ。

 吹き飛ばされたブラスは地面に手をついた。体勢を崩さない為だと思っていた。だが、もう一つ意味があったのだ。ついでに手ごろな石を拾っていたのだ。

 そしてそれを投擲した。

 興奮が抑えられない。

 本気で戦うブラスを初めて見た。

 強いとは思っていた。

 しかし、ここまで強いとは。

 リスティも戦いに魅入っている。不満は払拭されたらしい。

 アレは俺達が介入出来ない戦いだ。


豊満なる土の壁(グリント・ジ・ラヴド)


 再び土の壁が生まれた。

 また、同じ手か?

 そう思ったのだろう。ブラスの足が止まる。

 大剣は新しい壁の向こう。先程と同じ防ぎ方は出来ない。

 ブラスの意識が始めて守りへと転じた瞬間だった。

 無理も無い。豊満なる土の壁(グリント・ジ・ラヴド)からのコンボで、殺されかけたばかりなのだ。ディアスポラの狙いを看破するのは前情報なしには不可能だ。

 豊満なる土の壁(グリント・ジ・ラヴド)は――


「ディ・トゥーンドラント・エエレ・ティグアス・デグ・スゥラ――」


 ――詠唱の時間を稼ぐため。


「――レイセイル・アントゥリ・ノフ・ディモニウム――」


 血の気が引く。

 まずい、アレだ!


「ブラ――ッ!」


 慌てて口を噤む。

 ディアスポラを警戒させては。

 あ、いや、俺にはリングが。

 なら、詠唱は危険だと?

 

「ああ、ダメだ、分からん!」


 手元が震える。だが、ここで外すというのなら。一体何のために訓練して来たのか。

 土壇場でも確実に当てるためだ!


「間に合えッ!」


 よし! 当たった!

 手元の感覚で確信する。

 訓練の成果が出た。だが、訓練は所詮訓練か。

 実戦では思いもよらぬ事が起こる。

 大抵は悪い方向で。


「………………は?」


 ディジトゥスがディアスポラを通り抜けたのだ。

 ……おいおい、どういう事だよ。確かに胴体に当たって……そういう事かッ。

 相手は骨だ。

 隙間を抜けたのだ。

 そうある事では無い。

 よりによってこの場面でか。思わずにはいられない。

 …………って、後悔してる場合か! 二発目! チィ。手遅れか……


「《身体強化・強》」


 リスティを抱えて一目散に逃げ出す。

 

「はっ、クロスっ!? なにすんのよッ」


 幸か不幸か。ここは森だ。木に事欠かない。誘導するまでも無い。逃げ回るだけでいい。あの魔法の悪辣さを逆手に取る。一本では無理でも、二本、三本と続ければ。万に一つ命を拾うかも――なんてな。そんな生易しい魔法じゃないって知ってるさ。

 だが、一縷の望みをかけて走り――


「――傲慢なる六条の光鞭セタ・ルシス・オ・ファナティオ


 ――魔法の発動を聞いた。

 足が止まる。

 ……光鞭、だって?

 ある光景が脳裏に過る。

 光の刃を斬ったブラスの姿。

 刹那の閃きは《AGO》の知識と結びつき対策を見出す。

 あった。手はあった。魔力は魔力で相殺出来る。より強い魔力をぶつければ。出来るか? ディジトゥス。《王貫爪》。手札は揃っている。問題は時間か。ディジトゥスは持って数秒。ディジトゥスを使いきる覚悟。いや、待て。ディジトゥスよりもうってつけの――

 

「クロス! ブラスが!」


 リスティの声で我に帰る。

 振り返ると戦況が激変していた。

 ディアスポラが膝を付いて祈っていた。《AGO》でも見た事がある。傲慢なる六条の光鞭セタ・ルシス・オ・ファナティオの反動だ。一時的に魔法が使えなくなるらしい。その間、ああして祈りを捧げるのである。一体、何に祈っているというのか。

 《AGO》では攻撃のチャンスだったが。

 残念ながらそれは叶わない。

 ブラスは六条の光に襲いかかられていた。焦りの色があった。ああ、あの様子だともう何回か避けたな。あの魔法はチートだ。俺も《AGO》時代、初見で殺された。

 くそっ。

 失敗した。

 狙いがブラスだったなら。

 距離を取るんじゃなかったか。

 こんなに距離があっては核が狙えない。

 焦ってたんだろう。

 何もかもが裏目に出て――いや、そうでもないか。どうせ当たらなかった。ディアスポラは動けないワケではないのだ。ブラスに襲いかからないのは、光鞭に巻き込まれるのを懸念して。俺達に接近戦を挑んで来た可能性もあるワケで。裏目でもないのか。

 《身体強化》を弱にして、リスティを下ろす。

 

「ウソッ!?」


 リスティが悲鳴を上げる。

 傲慢なる六条の光鞭セタ・ルシス・オ・ファナティオがチートたる所以を目撃したのだ。避けたはずの光鞭がブラスの背後から舞い戻って来たのである。

 この追尾に終わりは無い。

 一度発動すれば必ず当たる。

 それが傲慢なる六条の光鞭セタ・ルシス・オ・ファナティオだ。

 避けられないならば、とブラスが土砂を巻き上げる。

 

「チッ」


 光鞭が土砂を貫通する。全くの無意味ではない。威力は確実に落ちている。しかし、消し去るまでにどれだけかかるのか。ブラスなら達成出来るだろう。だが、ディアスポラの魔法がいつ回復するか分からない。悠長にやっている暇はない。


「ブラス! 剣で斬れ!」


 光鞭の正体は魔力だ。

 氣装術で斬れる。


「そーしてぇが――よッ!」


 ああ、避けながら大剣を取りに行くのは難しいか。

 

「戻るぜ。距離が開きすぎた」


 この距離ではサポート出来ない。


「ハァ? なに偉そうにいってんの。アンタが余計な事しなきゃ」


 リスティが怒りをあらわにする。

 なるほど、ディアスポラは無防備に見える。だが、見た目ほど好機ではないと俺は知っている。俺とリスティなら魔法なしでもあしらえる自信があるから、傲慢なる六条の光鞭セタ・ルシス・オ・ファナティオの使用に踏み切ったのだ。

 リスティは分かっていない。

 アレは魔法使いでは無い。

 リング使いだ。


「あれ……平気なの?」


 リスティの視線の先では、ブラスが光鞭を避け続けていた。


「たぶんな」


 傲慢なる六条の光鞭セタ・ルシス・オ・ファナティオは凶悪な性能だ。

 だが、一つ欠点……というか救いがある。


「仕方がねェ!」


 ブラスが歯を噛みしめる。

 そして光鞭を――握り潰した。

 

「ッ! いてェなッ、チクショウがッ!」


 愚痴りながら次々と光鞭を握り潰す。

 そう、傲慢なる六条の光鞭セタ・ルシス・オ・ファナティオは威力が低い。

 他の魔法と比べて、という意味だが。

 

「……真似しようと思うな。俺達がやると死ぬ」

「……やんないわよ」


 ブラスは簡単そうにやっているが、《王貫爪》程度の威力はあるハズなのだ。

 籠められた魔力の量で威力が推測出来る。

 俺の最強の技を食らって、「痛てぇ」で済ませられる硬さ。呆れるしかない。攻撃力に目を奪われがちであるが、ブラスの真骨頂は防御力にあるのかも知れない。


「コレマデ、カ」


 詠唱破棄の魔法では足止めにしかならず。

 千載一遇の好機を掴み取り、放った最強の魔法は――


「くそったれッ! これで最後だッ!」


 ――今まさに真っ向から砕かれた。


 ディアスポラの眼窩が俺を見詰めていた。

 最早命は風前の灯火だ。だからこそだろう。瞳に憎悪が燃え盛っていた。

 激しい殺気を受け、俺の身体が強張る。

 呑まれたのは一瞬だ。

 だが――


「原初なる――」


 迫りくるブラスを顧みず、ディアスポラは杖を俺に向けた。

 悪手だ。

 この距離なら避けられる。

 つまり、詰んだ。

 そのハズ。

 だというのに焦燥が拭えない。

 ブラスが俺を見た――気がしたのだ。

 

「ブラスッ! やれッ!」


 敵前でよそ見だ。

 冒険者であればこの隙は逃さない。

 だが、トドメを刺さんとしていたのは――


「――なる火の矢」


 火の種が生まれた。くべたのは魔力か。或いは憎悪なのか。瞬く間に燃え盛る。杖の先には髑髏がある。赤く伸びた炎。髑髏の舌に見えた。舌舐めずりしている。

 愚かな獲物を嘲笑っているのだ。


「――――チィッ!」


 ブラスが射線に飛び込む。

 炎がブラスの顔を照らす。驚いた顔だった。自分の行動に自分で驚いていた。避けられない。纏う氣が輝きを増す。炎の槍が弾ける。炎の舌がブラスを舐めまわす。腕、胴、足、最後に顔。

 一瞬の出来事だ。

 だが、確かに見た。

 炎に飲まれる寸前――ブラスは誇らしげに笑っていた。


 ――あンのバカ野郎がッ!


 胸に炎が灯る。

 青い炎だ。

 赤の炎よりも熱く。

 冷徹さを秘める青。

 

「ブラスッ!!」


 リスティの悲痛な叫びを合図に――

 

「《王貫爪》!」

原初なる火の矢アグニ・オ・レイセイル


 ――魔法が交わされる。

 

 土煙の向こうで爆音が響いた。

 誤爆ではない。

 牽制は間に合わなかった。狙いをブラスに切り替えたのだ。

 凄まじい精神力である。一度生を手放した。自暴自棄になっていたハズだ。

 なのに下した判断は適切なものだった。


「…………うっ、ぐぅ……」

 

 煙からブラスが転がり出て来た。

 生きていた。ホッと胸を撫で下ろすが、楽観視出来る様子でも無かった。

 全身血塗れだったのである。火傷も酷い。

 左腕でガードしたのか。特に左腕の損傷が激しい。赤く濡れた中に白が見えた。

 至近距離から魔法を二発食らったのだ。しかも、ディアスポラ最強の魔法を。原初なる火の矢アグニ・オ・レイセイルは単純であるが故に威力は高い。

 リスティがブラスに駆け寄るのを横目に、俺は新たなディジトゥスを構える。


「ディ・トゥーンドラント・エエレ・ティグアス・デグ・スゥラ――」


 そう来ると思ったッ!

 土煙が晴れずとも《魔視》があれば位置は分かる。


「《王貫爪》」


 当たれ!

 俺が死ぬならまだマシだ。

 命に変えても俺を守ろうとするバカが多くて困る。

 誰もそんな事を望んでいないのに。

 果たして――詠唱が止まった。

 よし。

 流石に詠唱しながら攻撃を避けるのは無理だったか。呪文は言えばいいというものではない。僅かにでも集中が緩めば魔法は発動しない。

 リスティがブラスに赤ポットを与えている。

 俺がすべきことは時間を稼ぐ事だ。

 考えろ。

 ディアスポラの身になって。

 どの手札を切って来る?

 胃が痛くなる。

 俺がディアスポラなら勝てる。

 そう思ってしまったのだ。

 敵が使って初めて痛感する。

 リングはチートだ。


「…………」

「…………」


 土煙が晴れた。

 ディアスポラは先程より離れた場所に立っていた。遠距離から安全に仕留めようってコトか。イヤになるな。慢心が無い。先程の《王貫爪》は杖に当たっていたようだ。杖の根元が欠けていた。ムカつく髑髏に当たっていれば言う事はなかったのだが。


豊満なる土の壁(グリント・ジ・ラヴド)


 土が隆起するのを見ながら、俺は不敵に笑う。

 今度こそ悪手だ、ディアスポラ。

 ディアスポラに勝ち目があると言っても、それは互いの手札を知っている俺だから言える事だ。未だ俺は《王貫爪》以外の手札を晒しておらず。リスティに至っては未知だ。

 俺を確実に仕留めようと思えば切れる手札は一つしかない。


「ディ・トゥーンド――」

「《王貫爪》」


 《王貫爪》を甘く見たか。土壁ぐらい貫通出来る。

 いや、目くらましだったのか? 確かに土壁で一度見失った。

 《魔視》で見る魔力は光と似てる。カーテンがあれば遮る事は出来る。だが、強烈な光はカーテンすら透過する。魔法を使うべく魔力を高めれば――答えは見ての通り。


「俺に同じ手が通用すると思うな」


 ハッタリだ。

 冷や汗が止まらない。

 だが、牽制としては十分のハズ。

 リングがあるにも拘らず、傲慢なる六条の光鞭セタ・ルシス・オ・ファナティオは詠唱を必要とする。


 ――大魔法なのだ。


 誰も彼もがアニマグラムを使えた《AGO》だが、詠唱が無かったかと言えばそんなことは無かった。コードが膨大になると何故か詠唱破棄が出来なくなるのだ。

 公式は仕様と言い張っていたが、プレイヤーはバグだと思っていた。

 コードは正しいのに誤動作を起こす事はC言語でもある。全く同じコードを打ち直せば正常に動作するのだからバグとしか言いようがない。OSだってプログラムだ。バグを内包していてもおかしくはない。

 一旦はお蔵入りとなった大魔法だが、一人のプレイヤーによって日の目を見た。

 関数に引数を与えてやる――つまり、詠唱する事で発動出来る事を発見したのだ。

 MPの消費は概ねコードの量に比例する。

 大魔法はその性質からMPの消費が甚大だ。

 魔法は発動に至らずとも魔力を消費する。

 知性を持つディアスポラだからこそ消耗戦になる愚は犯さない。

 そう踏んでのハッタリだったが……成功してくれたらしい。

 魔法が飛んでこない。

 束の間、達成感が心に満ちた。

 格上の相手に駆け引きで勝ったのだ。

 そんな場面じゃねぇよな、とすぐに戒めたが。

 窮地を脱したワケではないのだ。

 未だチェックメイトは続いている。

 再び奇跡的な確率で骨の隙間を抜けるとも限らない。遠距離から詠唱を止めるにはディジトゥスが二本は欲しい。が、現状俺は丸腰だった。緊急事態だからと言って《王貫爪》を連発しすぎた。カドゥリアを投げるという手もある。だが、ナイフと剣を同じ感覚で投げても当たるまい。確実に詠唱を潰そうと思えば、接近戦を挑むしかない。

 しかし、その接近戦こそ俺が最も恐れている事だ。

 時間は稼げると思うが命がけになる。

 命を賭けるなら勝ち目がある時だ。

 一見、静かな光景である。

 しかし、水面下では手札の読み合いが続いていた。

 均衡は長く続くまい。ディアスポラは頭がいい。いずれ俺のハッタリに気づく。

 ディアスポラのリングはチートだ。だが、それは俺にも言えることである。なまじリングの脅威を知っているからこそ、過大な警戒を呼び起こす。だから、そう、俺が切った最大のハッタリは俺がリング使いであること――と言えるかも知れない。

 ハッタリが見抜かれるか。

 ブラスの治療が終わるか。

 どちらが先に訪れるか。

 これはそういう勝負だ。


「…………おう、待たせたな」

 

 ブラスの治療が終わった。

 深々と息を吐く。額の汗を拭う。凄い量の汗だった。

 ブラスの近くに赤ポットの瓶が三つ転がっていた。三本飲んだらしい。傷が深すぎたのか。多少、火傷の痕が残るが傷自体は塞がっていた。左腕が不自然に垂れていた。

 だが、そんな事よりも――


「……なに笑ってやがる、ブラス。分かってんのか。決定機を逃したんだぞ」

「……すまん。はは、返す言葉もねぇ。だが、嬉しくてな。俺は――」


 ブラスが大剣を杖代わりに立ち上がる。

 俺を庇うように立つその背は、誇り高い男のものだった。


「――騎士だった」


 人の本性は分からない。

 騎士道を謳う騎士も、命がかかった場面では、自分を優先するかもしれない。

 だが、ブラスはディアスポラを倒すのではなく、身を挺して俺を助けることを選んだ。

 ブラスの本性が騎士である証拠だ。

 しかし、そんな事は――


「……バカがッ。知ってるっつったろーが! お前が騎士じゃなきゃ誰が騎士だってんだッ!」

「ねえ、ブラス。あたし、バカだから難しい事は分かんない。でも、チネルがあんな目にあったのは騎士団のせいだって知ってる。ユーフだって危なかった。だけど、騎士は人を守る存在だってあたしは言える。アンタを見て来たからよ、ブラス」

「……そう、言ってくれるか」

 

 ブラスは選択を誤った。それは間違いない。

 だが、ブラスは悪くない。俺のせいだ。不甲斐ないトコを一度見せたから。俺を信頼する事が出来なかった。

 ぐっ、と拳を握る。

 強くなりたい。

 

「やれるか、ブラス」

「左腕が動かねえが」

「もう一本ポット飲め」

「無駄だ。たまにあんだわ。治ってんのに動かねぇコト。この戦いの間は使えねーな」


 回復薬も万能ではないと言う事か。土台、短時間で治癒するのがおかしいのだ。ならば、こう言う事もあるだろう。痛みはサインだ。動かすな、という。強烈に発せられたサインが唐突に消えたとして、果たして脳は身体が治ったと判断するだろうか。

 

「ま、片腕でもやって貰うが」

「容赦ねぇなァ」

「俺が容赦したことあったか」

「ねーな。まー、やるさ。可愛い息子の頼みだ」

「止めろ。鳥肌立つ」

「…………マジで容赦ねぇわな」


 ……チッ。なに真に受けて項垂れてんだ。俺のメンタルの弱さをナメんな。謝ってしまえば俺の心は崩れる。今、守られるだけの子供になるのはごめんだ。

 それぐらい分かれ。

 俺の父親だっていうんなら。


「振り出しに戻ったわね」


 リスティの言うとおり、奇しくも立ち位置が最初と一緒だった。

 戦闘開始と同時に放ってあった荷物がそばにあった。

 ディアスポラは隆起した土壁の前に出てきていた。土壁越しに使える唯一の傲慢なる六条の光鞭セタ・ルシス・オ・ファナティオが封じられ、隠れる意味が無くなったからだろう。土壁消せよ、と思うが……土壁には魔力がない。魔力で維持しているワケではないので、消すに消せないのだろう。


「全く振り出しってワケでもないさ」


 ディアスポラが仕掛けて来ないのがいい証拠だ。

 簡単な追尾アニマグラムは《AGO》にもあった。

 だが、完全な追尾となると使えたのは一部のボスだけ。

 そんな大魔法を未遂も含めれば三度も行使している。

 牽制する魔力ですら惜しいのだ。

 ブラスの負傷中に攻撃しなかった事を悔やんでいる事だろう。

 こうなるとブラスが片腕を使えなくなったのは僥倖と言えるかも知れない。完全に治癒してしまえば、ディアスポラは仕切り直しを選ぶかも知れない。

 俺の魔力もそろそろ底だが。

 青ポット飲むのは止めた方がいいか。

 《王貫爪》撃てて、後二発か、三発。

 互いに満身創痍。

 

「次の攻防で幕、だな」

「クロス、策はあるのか」

「三方から同時に突っ込む。誰か一人でも辿りつければ勝ち」

「……それ。策っていわねぇと思うがよ」

「分かりやすくていいじゃない」


 苦い顔のブラスとは対照的にリスティには好評だ。

 ここまで何も出来なかった。リスティは力が有り余っている。是非とも鬱憤を晴らしてもらいたいものだ。ディアスポラに辿りつくのはリスティになるハズだ。

 

「いいんだな、クロス?」

「言いたいことは分かってる。その上でこれが最善と判断してる。リスティ、カドゥリア貸してくれ」

「……壊したら承知しないんだから」


 そう言いながらもカドゥリアを貸してくれた。ディジトゥスを貸そうと思ったが……手元になかった。どうするか、と思っていたら、リスティは荷物からナイフを取り出した。素材を剥ぐのに使うナイフだ。

 ……心許ないが……ないよりはマシか。

 

「俺は正面から行く。ブラスは左、リスティは右。いいな」

「おう」

「ええ」

「行くぞ!」


 号令と共に三人で駆け出す。

 同時にディアスポラも動く。

 杖が向けられたのは――俺だ。

 ブラスが懸念していたのはコレである。ブラスの守りが無くなれば俺が狙われる。しかし、手の届く距離に俺の命がある限り、ディアスポラは逃げ出すまい。

 チネルでも骨に追いまわされたし。

 アンデッドに好かれる加護でも持ってんのか。

 

峻烈なる風の剣(レイミオ・ラ・ダスク)


 チッ。

 最悪の展開だ。

 でも、予想外でも無い。

 その為にカドゥリアを借りたのだ。


「《王貫――」


 瞬間、幻視した。干乾びた心臓を。カドゥリアだ。何故か分かった。氣はカドゥリアたるために必要なモノ。ああ、だから心臓なのか。主を持たぬまま何十年と眠っていた。乾いていた。そこへ血が巡って来た。心臓が激しく脈打つ。渇きを癒す為には、俺の事など知らない、と言わんばかりに。なるほどな、リスティの愛剣だわ。

 持ち主に似てとんだじゃじゃ馬だ!


「――爪》」


 アニマグラムは成った。

 白銀に輝く剣が俺の手にあった。

 出来た。

 ぶっつけ本番になるが出来ると信じていた。

 神威魔法の使えるドワーフの見立てだ。

 氣装術は武器を傷つける。それが常識。だというのにこれは何だ? 氣に負けるどころか、むしろ取りこんで輝きをしている。もう確定だな。

 これがオリジナルのカドゥリアだ。


「ハッ!」


 飛来する風の刃を見据え――斬る。

 

「グッ」


 俺の身体に無数の裂傷が出来る。だが、致命傷は一つも無かった。


「ナニ」


 ディアスポラが驚いていた。

 ハッ。手札は見せてたハズなのに、俺には出来ないと思ってたか。ナメられたモンだな。

 《王貫爪》はただの氣装術。投げるのは邪道で、本来は手に持って使う。


峻烈なる風の剣(レイミオ・ラ・ダスク)

 

 再び放たれた風の刃を斬る。

 傷が増える。

 右足が深く切れた。

 走れそうにない。

 が、構わない。

 時間稼ぎだ。

 まずディアスポラの元に辿り着いたのはブラスだった。

 

放埓なる風の壁(レイミオ・ジ・ラヴド)


 ――バン!

 

 大気が爆ぜる音がした。


「がああああああッ」


 ブラスが吹き飛ばされる。

 異常な威力だ。ディアスポラの魔法名はアテにならない。だが、今のは間違いなく風属性魔法だ。微量の魔力しか含まれていなかった。属性魔法は魔力の大部分が属性に変換されるのだ。トルウェン曰く風属性魔法は総じて威力が弱い。あんな暴風を生めるならもっと多用してもおかしくない。カラクリがある。少なくともデメリットはあるのか。

 膝は付かなかったものの……ディアスポラの動きが止まった。

 演技か?

 迷う。

 だが、本当だとしたら。

 この機を逃すのはあまりに惜しい。

 声をかけようとした瞬間だった。

 リスティが加速した。速度を抑えていたのだ。全速だと魔法を避けられない。

 ははっ、流石だな。思い切りがいい。正念場が分かってる。

 どの道、峻烈なる風の剣(レイミオ・ラ・ダスク)は避けられない。ならば、この機会に賭けるしかない。

 リスティが辿りついた。


「これでッ」


 核を狙って突き出されたナイフをディアスポラは紙一重でかわす。

 惜しい。

 ギリギリ復活したか。

 リスティが攻める。ナイフの利を生かし、様々な角度から。下手したら俺よりも上手い。だが、決定打は生まれない。ディアスポラは杖を使い、巧みに攻撃を捌いていた。


「ハァッ!? 魔法使いじゃないの!」


 リスティの文句は俺の耳にも痛い。

 俺は魔法使いを名乗りながら、戦士としての力量の方が高いのだ。

 普通、魔法が使えれば魔法使いを目指す。魔法を覚えるのは苦難の道だからだ。だが、リング使いは自在に魔法を操る。なにも魔法は特別なものではないのだ。

 やはり、戦士としても修練を積んでいたか。

 とはいえ、ディアスポラの力量はリスティと同程度。

 いずれリスティが押し勝つ。

 ディアスポラに魔法がなければ、だが。

 

豊満なる土の壁(グリント・ジ・ラヴド)


 まず俺の方向に壁が生まれ、


豊満なる土の壁(グリント・ジ・ラヴド)


 次いでブラスの方向に壁が生まれた。

 吹き飛ばされたはずのブラスがもう戻って来ていた。

 なるほどな。この目くらましはそういうコトか。まず密室でリスティを殺し。次にブラスを初見殺しの罠で殺す気か。

 おい、カドゥリア。ご主人様がピンチだぞ。まだ、行けるだろ?


「《王貫爪》」


 氣装術の重ねがけ。カドゥリアは輝きを増すばかり。まるで堪えた様子は無い。

 

「ご主人様のトコに行って来い!」


 片足で跳び上がる。角度をつけて投擲。カドゥリアが壁を突き抜ける。


「リスティ、使え!」

「これ、あたしの!」


 壁に光が走った。

 ずず、と重たい音がして、壁が斜めに落ちた。

 壁の向こうの光景が明らかになる。剣を振り下ろした体勢のリスティ。変わらぬ威容を誇るディアスポラ。二人は微動だにすることなく、至近距離で顔を突き合わせていた。

 

「リスティ! トドメを!」

「終わってる」


 止まっていた時が動きだす。まず杖が切れた。根元を残し、地面に落ちる。次いでディアスポラの頭蓋がずれ、隙間から魔素が噴き出す。リスティの身体を包む魔素は、見たことのない濃密なものだった。ただの骨と化したディアスポラの身体が一斉に落ちた。

 

「倒せたみてぇだな」


 大剣を拾いあげながらブラスが言う。


「……なんとかね」

「あん? どうした。浮かねぇ顔で」

「……何も出来なかった」


 ブラスはきょとん、とした後苦笑した。

 過程がどうであれディアスポラを倒したのは間違いなくリスティなのだ。リスティが何もしていないというのなら、突っかかっては追い返されたブラスはどうなのか。


「おう、強くなれ」

「……強くなる」


 そこでブラスは振り返り、


「…………クロス?」


 怪訝そうに声を上げた。

 険しい顔をする俺に気づいたのだ。

 ディアスポラが俺を同胞と呼んだ時、強烈な仲間意識を感じた。深すぎる憎悪で誤解しそうになるが、根底にあるのは亡き同胞への思いなのだ。理由も分からず一方的に怨まれた。殺されかけた。しかし、ディアスポラが悪だったとは思えない。

 憎しみの螺旋を終わらせる為――そんな綺麗事を言うつもりもない。


「許せとは言わない。でも、理解出来るだろ? 仲間の命にゃ変えられねぇ」


 ディアスポラには初見殺しの罠が二つある。

 一つは通称、土遁の術。これは発動する事が無かった。リスティを倒した後で発動させるつもりだったのだろう。土壁で姿を隠し、本体は土中に隠れる。地上には精巧な人形を残して。人形を破壊して気を抜いたプレイヤーに本体が土中から襲いかかる。

 そしてもう一つ。

 それは傲慢なる六条の光鞭セタ・ルシス・オ・ファナティオ――では無い。

 

「ズルしてるみたいで気が引けるが」


 俺の手にディジトゥスが現れる。勿論、心臓を狙って戻って来た。

 気を許してくれたと思ったのは幻想でしかなかったらしい。

 ディジトゥスで《王貫爪》を放ったのは四発。

 まだ、一本あった。

 ディアスポラをすり抜けたアレだ。


「《王貫爪》」


 強烈な吐き気がした。

 魔力切れか。

 気が遠くなるが――やる事をやってから。

 投擲。突き刺さる。リスティの足元。リスティがハッとした。視線を落とす。ディアスポラが生きていた。そう思ったのだろう。だが、ディジトゥスが。何に刺さっているか。確認出来ると、キッと俺を睨みつけて来た。リスティの口が開かれる。

 しかし、響き渡った声は――

 

「ガアアアアアアアアアアアアァァァァァ!」


 リスティのものでは無かった。

 断末魔の悲鳴を上げるのは――


「杖が!?」


 そう、杖だった。

 杖に付いた髑髏はカタカタと口を震わせ――やがて、口を閉ざした。

 これこそ初見殺しの罠の二つ目。

 ディアスポラの本体が死ぬと周囲を巻き込んで杖が自爆するのだ。

 やはり油断した瞬間を見計らって、である。ならば杖は俺が近付いて来るのを待つハズだ。しかし、俺にバレていると感づけば、リスティとブラスを道連れに爆発する可能性があった。だからこそ、ギリギリまでディジトゥスを引き戻すのは控えていたのだ――と言うと全て狙っていたように聞こえるが。回収するのを忘れていたのを利用しただけ。

 感知能力に長けたリスティが気付かなかったところを見ると、杖は魔物ではなく呪われた武器の一種なのかも知れない。だが、俺は思うのだ。ディアスポラとは二体で一組の魔物だったのだと。なぜなら、あの髑髏もまた――

 そんな事を考えながら、


「クロス!?」

「おい、クロス!!」


 俺は前のめりに倒れた。

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