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異世界のデウス・エクス・マキナ  作者: 光喜
第2章 旅路編
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第22話 撒き散らされたもの1

 かつてルフレヒトへの道程を評するのに京都を引き合いに出した。

 距離感を示そうと思っただけだったのだが、やって来て見れば立地条件も似通っていた。

 三方を山で囲まれた盆地なのである。

 山にはそれぞれ名前が有るらしいが、まとめて風断ち山脈という名で通っている。

 

 眼下に広がるルフレヒトを眺める。

 俺がいるのは山頂付近だ。ミニチュアのような街並み。だが、神の視点に立ってなお、掌で包めない巨大さ。九年も旅をしているがこれ程大きな街を見たのは初めてだ。

 多分、俺の故郷も負けず劣らず大きかったのだろう。

 だが、大きさを実感する前に離れてしまった。


 小休憩中である。

 都合のいい事に切り株があった。誰かが休憩用に切ったのだろう。

 山越えは気力を消耗するからな。まだかまだかと焦れたところに、ルフレヒトが一望出来れば、もう一踏ん張りだと気力を持ち直すことが出来る。

 もう少し上れば山頂。

 そこからは下りになる。

 案外、下りも疲れるのだが。

 ロープウェイがあれば大繁盛間違いなしだな。

 簡単な物であれば作れない事は無いだろう。古代ギリシアのアルキメデスは滑車を設計している。だが、現実として存在していない。山中にロープウェイの小屋を作っても魔物に破壊されるのがオチだからだ。大がかりな機械になるほど魔物の脅威は増す。

 やっぱり魔物がネックなんだろうな。

 魔物が駆逐できない限り、文明の水準は上がらない。

 なら、結論は出てるか。

 冒険者が廃業したと聞いた事がない。

 それが答えだ。

 まあ、機械の発達を妨げているのは魔物だけではないだろうが。ファウンノッドの人々が強靭である事も大きい。冒険者なら重機の代わりを務めるのは容易い。人の手では成しえない事があるから、知恵を振り絞って機械を生み出すのだ。人の手で実現可能な範囲があまりにも広い。


「さて、行くか」

「もう? ま、いいけど」


 ここまで来るのに三カ月かかった。

 日銭を稼ぎつつ旅をする予定だったので、ある程度時間がかかる事は覚悟していた。それでも予想以上にかかったと言わざるを得ない。ブラスの見積もりがそもそも甘いものだったり。旅の合間に訓練したり。ゴタゴタに巻き込まれたり。要因を挙げればキリがないが。

 ようやく見えたルフレヒトだ。

 あそこまで行けば魔法の習得が叶う。

 気が逸る。

 が、反比例するように、


「おい、立て、ロリコン」

 

 テンションを落とすブラスがいた。


「…………お、おお。よっこらしょっと」


 未だブラスはツテについて口を割っていない。

 

「……どうせつけば分かるんだしよお」


 との事だ。

 つけば分かるんなら今言っても変わらないだろ――とは思った。

 でも、オッサンの機嫌を取るとか虚しくない?

 ここのところブラスのウザさはうなぎ登りだ。これ見よがしに腰へ手を当て「よっこらしょっと」とかさ。弛んでた腹も旅路でスッキリ。お前の身体すげぇムキムキだから。心労溜まってますアピールを端々に挟むのやめて欲しい。リスティですらお前の相手面倒臭がってるから。

 

「ルフレヒトついたらリスティはどうする?」

「はあ? あたしがいたら邪魔なの」


 人も殺せそうな視線が俺を射抜く。

 だが、俺は動じることは無かった。「あたしの事、要らないなんて言わせないんだから!」と脳内変換すれば、アラ不思議、立派なツンデレの出来あがりだ。


「言ったろ。ルフレヒトついたら俺は魔法の習得に専念するって。一朝一夕で習得できるとは思えないからな。その間リスティは何をするんだって聞いてるんだ」

「何日もかかるの?」

「いや、かかるだろ」

「なんで?」

「え?」

「アンタ、今までパパッて技覚えてた」

「あ~~。はいはい、そういう事ね」


 これは俺の説明不足だろう。

 魔法とアニマグラムの違いを説明していなかった。ましてやリスティは《墜火葬》を組む場に居合わせたのである。パパッて覚えられると思うのも無理は……ない、かあ?

 いやいや、おかしいって。

 リスティは俺のアニマグラムを氣闘術だと思ってるんだぜ。

 氣闘術は戦士の技で。

 魔法は魔法使いの技だ。

 ……同列に語られてもなあ。コイツ、俺をどんな超人だと?

 しかも、厄介なのは。

 誤認しているのにもかかわらず、真実に辿りついている点だ。

 リスティはカンがいい。口八丁で誤魔化すと、後でしっぺ返しを食らう。

 とはいえ、説明しようにもな。

 リングの秘匿以前に……説明しても理解できまい。つか、丁寧に説明しても怒られる気がするし。難しい言葉で煙に巻こうとしてるでしょってカンジで。理解する気も無いのに納得はさせろってのは、なかなかの悪癖だと思うんだ、リスティさん。

 

「……アレだ。俺って独学だったから。これを機に基礎から学ぶつもりで」

「アンタ、基礎をおろそ……おそろかにしてたの?」

「惜しい。最初であってた。おろそか」

「おそろかにしてたの」

「気付いてる? 難しい言葉使おうとするけどさ。余計バカっぽく見えるぜ」

「……殴るわよ」

 

 すいません、と頭を下げると、リスティがふんっ、と鼻を鳴らした。

 ……ふぅ。危なかった。

 余計、ってなあ。バカだと思ってます、って自白したようなもんだぜ。リスティがバカで助かった。だが、バカでなければ口が滑ることも無かったワケで。

 ……うん? バカに感謝すればいいのか? それとも憐れめばいいのか?

 分からなくなった。

 だが、バカは辛いだろう。会話が理解出来ない事もあるだろうし。バカという事で下に見られる事だってあるかも知れない。ああ、だから難しい言葉を使って少しでも賢く見せようと? ははあ、なんて涙ぐましい努力なんだ……と思ってたら殴られた。

 …………さて、ここで問題です。俺とリスティ、バカなのどっちでしょうか?

 

「ま、分かったわ。基礎は大事ね」

「そうそう」

「……なんか、バカにされてる気がする」

「滅相も御座いません」


 基礎は大事。

 ブラスが口を酸っぱくして言っている事である。

 リスティも納得しやすかったようだ。

 

「魔法を広く浅く習得するつもりでいる。ただ、優先度はつけておきたい。この属性の魔法がいいとかあるのか?」


 浅くというのは言わずもがな、アニマグラムがあるからだ。

 何事も無く魔法の習得が出来れば一番だろう。だが、これまでの騒動を思い返すと、いつ何時トラブルに巻き込まれるとも分からない。


「は? あたしに聞かれても分かんないわよ。好きにすればいいでしょ」

「いやいや。好きにやるさ。それは当然だ。だが、リスティの意見を聞いておきたい。無詠唱が出来るようになればまた別だが……そう簡単に行くとは思えねぇ。リスティが前衛、俺が後衛。暫くはこの形が続くだろう。使える魔法が増えれば連携の幅も広がる。トルウェンいたろ。アイツとはこういう魔法で連携を取ってたとか無いのか?」

「ふ、ふぅん。そ、そう。そういう事ね」

 

 リスティがふい、と顔を逸らす。

 ん、んん? 照れるような事言ったか?

 しげしげとリスティを眺めていると、


「火!」


 と、そっぽを向いたままリスティが言う。

 

「火? 《火炎槍》か?」

「ボンッてなるヤツよ」


 ふむ。

 相変わらず語彙が少な……ま、それはいいか。

 《火炎槍》――汎用性の高い魔法だ。

 俺も第一候補にあげていた。

 だが、リスティが《火炎槍》をあげるのは意外だった。


「トルウェンも言ってたが。あれぐらいの火力出せるだろ。リスティなら」

「そうね」


 …………そう、ね?


「……一応、参考までにウルフエッジがどう戦ってたか教えてくれ」


 語られたウルフエッジの実体は酷いものだった。

 トルウェンの役目は先手を取る時のみ。いざ交戦が始まればリスティとステンで戦っていたと言う。誤射の可能性がある援護は不要というステンの判断らしい。戦士の火力が通用しない敵が森にいれば、また違った戦法をステンは取っていただろうが。

 う~ん。トルウェンも焦るハズだな、こりゃあ。

 ハッキリいってトルウェンはお荷物だ。

 

「でも、アイツ、雷の魔法を使えたろ。使わなかったのか?」

「ああ。一回だけ。見た事ある」

「一回だけ?」

「ダメよ、全然威力ないんだもの」

「おいおい《火炎槍》と同列に語るなよ。流石にトルウェンが哀れだ。あれは用途が違うんだよ。敵の動きを止めるのが主眼だからな。つか、それトルウェンにいったか?」

「言ったケド?」

「…………それ。聞いて……つーか、トルウェン見てステンはなんて?」

「そうだな、って」

「……ステンが? フォローしなかった? ははあ。分かったぜ。リスティが脅してたんだな……って、ウソウソ。冗談です。だから、そんな目で睨まないで、ね?」


 リスティがにじり寄って来る。

 ああ、笑みが黒い。

 ブラスのフォローが後一秒遅ければ、俺は地面にキスしていただろう。


「クロス。今のはリスティが正しい。魔物は常に動いてるんだぜ。そう魔法なんて当てられるかよ」

「その隙を作るのが戦士だろ?」

「それも間違いじゃねぇが。勘違いしてねーか、クロス」

「ん?」

「おめぇの使う魔法……か? まァ、おめぇが魔法だっつーんだから魔法なんだろうが。異常なんだぜ? トルウェンってよ。頼りなさそうな坊主だろ。詠唱破棄出来るとは思えねーが。自分が出来るから他人も出来ると思ってねぇか」

「……その言葉そっくりお前に返したいが……でも、ああ、言わんとする事は分かった」

 

 ふっ。

 こうやって天才と一般人は溝が出来るんだな。

 …………あ、いかん。落ち込んだ。

 くっ、自分の軽口でキズつくとは。

 自覚が有り過ぎると言うのも考えモノだな。

 残念ながら俺は天才ではない。上には上がいる事を知っている。かなり昔の事になるが、喫茶店で《フローティング》のコードを見た時にも同じことを思った。

 

「やっぱり異常か、俺の魔法は」

「詠唱破棄くらいならな。天才で通るんじゃねぇか。でもよ。天才つっても魔法をほいほい生み出せるモンじゃねーわな。加護隠してぇなら魔法生み出すのは止めとけ」

「……つか、分かってたんなら、早く言ってくれよな」

「あん? 何言ってんだ。クロス、気付いてたろ」

「…………うっ」


 釘を刺しただけ。

 そういいたいのだろう。

 確かに理屈の上では分かったつもりでいた。

 だが、ルフレヒトを目前にして、浮かれていたのかも知れない。

 言わずにいい事ばっか言って、リスティ怒らせてるし。

 ……自重しよう。

 

「話を戻すと。なんで詠唱破棄が出来ないと魔法当てられないんだ?」

「機が重ならねーからだ」

「……機?」

「戦士が好機を作ってもよ。詠唱してる間に機は逃げちまう。ま、そこをうまくやるのが連携なんだが。背中を撃たれるリスク背負ってまでやる事かっつーとなあ。どこのパーティーでも一回はこれで揉める。物別れに終わってよ、解散するパーティもある」

「分からねぇな。詠唱終わらせて好機待っときゃいいだけだろ」

「おう、それ。俺も言ったことあるんだわ。なんかキレられてよ。あなたは氣を練ったまま維持し続けられるんですか、ってな」

「……なるほど」


 今はアニマグラムで効率が良くなっているが、以前の俺なら全力で氣を纏ったなら数十秒と持たなかった。完成した魔法を維持するのはそれだけ魔力が必要と言う事か。


「出来るつったらよ、もっとキレられてよ」

「……ああ、そうかよ。お前は出来るかも知れないな」

「おお! まさに今のクロスみてーなこと言われたわ」

「……顔も知らないその魔法使いの気持ちが分かるぜ。これだから天才ってヤツは」

 

 と、憤慨していると、


「ブラス。何か、来る」

 

 リスティが険しい顔で進路を見据えていた。

 マップを展開する。無数のマーカーがある。だが、リスティに言う方向から、近付いて来るマーカーはない。だが、この手の事でリスティの言う事が外れた事はない。

 となれば、近付いて来る魔物は――


「クロス!」


 叫びと共に後方に吹き飛ばされた。

 文句を言おうと顔を上げると、大きな背中が立ちはだかっていた。

 ブラスだ。


「――――ッ」


 息を飲む。

 触れたら弾けそうな濃密な空気は――ブラスが本気で戦う時のものだ。

 漲る気迫は話しかけることすら躊躇わせる。

 こんなブラスを見るのはいつ以来か。

 いや、見たことすらあったか。


「リスティ」


 感情を感じさせないブラスの声。

 どんな表情でそれを言ったのか。


「……なに」

「お前もだ。下がってろ」

「でも」

邪魔だ(・・・)

「………………分かった」


 リスティが渋々俺のところまで下がって来る。

 硬く――硬く剣が握り締められていた。

 気持ちは分かる。

 悔しいのだろう。

 反論しなかったのは……俺を守るつもりだからか。

 ……そう、だよな。リスティを下がらせたいなら、俺を守れと言えば良かった。

 そう言わなかった。言えなかったのは――


「《身体強化・中》」


 えっ、とリスティは驚いたが、直ぐに強張った顔で頷いた。

 《身体強化》は消耗が激しい。放置すれば魔力切れになる。自滅しかねないもろ刃の刃だ。だというのに様子見の弱を飛ばし、中を発動させたのが意外だったのだろう。

 未だ姿形が確認出来ていないとはいえ、ブラスが形振り構っていられない相手だ。

 どれだけ用心してもし足りない。

 カッカッ、と硬質な足音が響く。

 そしてソレは木立から悠然と現れた。

 

 俺達の進路に巨大な塔が建っている。

 踏破不可能と言われる龍級迷宮の一つ。


 ――龍級迷宮レインヴェルト。

 

 涙の帯(レインヴェルト)――不吉な名を持つ迷宮だ。

 アンデッドが跋扈する迷宮であり、別名を不死王の迷宮と言う。

 一見、塔に見えるが実際は真逆の代物だ。迷宮は風断ち山脈に根を張っている。迷宮から魔物の流出を防ぐべく、高く聳える壁が塔のように見せているのだ。

 レインヴェルトを背にソレは立っていた。

 それは何か象徴的な光景に見えた。

 何故ならば――


「ドケ」


 ――骸骨だったのだ。

 風雨に晒されたのだろう。ボロボロのローブを纏っていた。無数に出来た裂け目からは骨が覗く。眼下の奥には知性を思わせる赤い光。右手には髑髏で出来た杖があった。

 《魔視》で骸骨を見て、なるほどな、と思う。

 凄まじいまでの魔力である。

 下手をすればブラスよりも上だ。

 

「……くっ」


 緊張で身体が強張る。

 チッ。初見の相手は苦手だ。

 杖を持ってる。魔法使いか。魔法の属性は? 詠唱は? 破棄? 無詠唱? 遠距離から撃ち合っても勝ち目はない。ならば、近接戦闘に賭けるしか――待て、そうじゃない。

 なに戦おうとしてんだ。

 なまじ魔力を見てしまったせいだろう。加勢しなければ。そんな思いが生まれていたようだ。

 考えて見ればブラスとエーヴァルトの決闘に首を突っ込もうとしているようなモノだ。多少腕がたつぐらいでは足手纏いにしかならない。

 ブラスの負担にならないこと。

 それこそが最大の援護だ。

 方針が定まると、身体が軽くなった。


「貴様ニ用ハ、ナイ。ソコノ男ニ、用ガアル」


 合成音のような声だった。


「てめぇに用は無くてもな。こっちにはあんだわ」


 ブラスが大剣に力を込める。

 骸骨が喋ったのに驚きもしない。

 問答無用――一気に決めるつもりだ。

 だが、骸骨の発言により機は失われた。


「我ガ、同胞、ヨ」


 …………………………………………はあ?


「…………なん、だ……ってぇ?」

「…………ねえ。同胞って?」

「…………空気を読まない発言。感服するぜ」


 俺も。ブラスもリスティも。

 全員が気持ちを一つにしていたハズだ。

 何言ってんのコイツってなカンジで。

 まあ、一名程、違うアレだが……それは置いとくか。

 確かに俺達にも骨はある。だが、まだ肉はついてるし、無くなる予定も無い。


「…………男って……俺の事か?」


 俺が言うと骸骨が首肯した。頭が落ちそうで怖かった。

 消去法だ。

 ブラスでないなら俺しかいない。

 俺は良くて少年、大抵ガキ呼ばわりだ。男と言うから誰の事かと思った。何十年、何百年と生きているだろう骸骨からすれば、俺とブラスの歳の差は誤差だと言うのか。ああ、違うか。あの目に見える光。核なのか。気配で俺達を感知してるってコト。


「……同胞、ねぇ。その話、詳しく聞かせてくれ。心当たりがあるかも知れない」

「クロスっ!」


 俺が口を挟むと、ブラスが声を荒げた。

 だが、ここは譲れない。

 俺が関係しているというのなら。


「頼む。この場を乗り切っても事情が分からないままじゃまたいつか同じことが起こる。そしてその時。ブラス、お前がいないかも知れない」


 ブラスがギリ、と歯噛みする。


「…………俺の前に出るな」


 それがギリギリの妥協点なのだろう。

 頼り甲斐のある背中に、悪いな、と告げる。

 《身体強化》を弱に落とし、骸骨に向き直る。


「なんで俺が同胞だと思った?」

「同胞、デハ、ナイ?」


 骸骨が杖を構える様子を見せた。


「待て待て! 早合点するな! 同胞! 同胞……だッ!」


 口から出まかせにも程がある。

 自己嫌悪に陥るが……は? 骸骨……止まった?

 ……おい、おい。ウソ、だろ……信じた……のか?

 なに、この骸骨。

 チョロすぎじゃね?

 だが、そういう事なら。

 適当に理由をでっち上げれば。

 ったく、焦らせやがって。

 くくく、そういうのは得意なんだよ。


「あ~、アンタ、死んだの何年前? 時代は流れてんの。言われて見ればウチの一族はワケありだって親が言ってた。ただ、伝承に不備があったんだろうな。親も詳しい事は知らなかった。だから、同胞だって言われても何のことやら。だから、アンタが知ってる事を教えて欲しい。分かった?」

「分カッタ」


 ……分かっちゃうんだ。

 物分かりの良さが逆に怖い。

 良くも悪くもこの骸骨は額面通りに受け取るらしい。

 言い方間違えたら即座に襲いかかってきそうだ。

 だが、裏を返せば。

 言葉を選べば幾らでも情報を引き出せる。


「……アンタ、また悪い顔してる」


 呆れたようにリスティが言う。

 おっと、気が緩んでたな。バレないからってポーカーフェイスを忘れるとは。


「……では、気を取り直して。なんで俺が同胞だって?」

「首輪ガ、ツイテ、イル」

「…………首輪?」


 思わず首を触ってしまう。何もついていない。

 骸骨は虚ろな眼窩で俺を見据えていた。

 ……もしかしてこれもアウトか? 動かないってコトはセーフか?

 クソッ。これだから。感情が見えない相手はやり辛い。

 無知だと宣言してあるのだ。詳しい内容を聞いても平気か? だが、あまりにも無知だと思われたら?

 思考が堂々巡りをしていると、骸骨がポツリと言った。


「リング」


 身体が硬直する。

 雷に打たれた様に。

 青天の霹靂だった。

 実を言えば骸骨は転生者ではないかと踏んでいたのだ。それ以外に俺を同胞と呼ぶ理由が思い当たらなかった。だが、骸骨から飛び出た言葉は予想の斜め上を行った。


「…………まさか、他人の口からリングを聞く日が来るとは」


 リングという名称は《AGO》で使われていたものだ。愛着があるから流用していただけで――って、そうじゃない。《AGO》自体、ファウンノッドを模したものだった。ならば、元々リングと言う名称だったとしてもおかしくは無い。

 しかし、リングが首輪だって?

 キナ臭いな。

 リングはブラックボックスだ。首輪とやらが仕込まれていても不思議ではない。

 首輪というのが比喩表現という可能性もあるが……少なくとも骸骨は俺の接近を遠方から察知した。首輪の場所が分かる機能が仕込まれているのは間違いない。否定する材料も無い。マップがある。マーカーは個人情報を持っていた。そこに一つ情報を増やしてやるだけだ。俺だって手間暇かければ一意に人物を特定する事が出来る。

 物凄く便利なアプリだと重宝していたら、スパイウェアが仕込まれてたってカンジか。

 だからと言って、リングに忌避感はない。

 所詮、アプリはアプリ。

 使う人によって善にも悪にもなる。

 大体、俺は元々首輪つきだ。

 位置情報どころか心の中までだだ漏れだ。

 リングの首輪はクソ神が意図したものではない。リングは底意地悪い質問を乗り切って手に入れたものである。失敗すればリング無しでこの世界に放り出されていたのだ。

 だったら首輪は誰が誰を縛るためにある?

 分からない。

 情報が足りない。


「……同胞っていうぐらいだ。アンタもリング持ってるのか」

「当然、ダ。リング、ハ、同胞ノ血デ、贖ワレタ」

「…………血で……贖われた?」


 ……キナ臭いどころじゃねぇな。

 だって、言ったの骸骨だぜ。

 同胞の、と枕詞がついてはいるが。

 そこに骸骨が含まれていても不思議ではない。

 贖われたというからにはリングの作成過程で何かあったか。

 ……何か、ね。確実に血生臭い何かだ。


 ――伝承に不備があった。


 嘘から出た真だったかも知れない。

 骸骨はリングを持つから俺を同胞だと思っている。つまり、リングは一族に代々継承される魔法なのだろう。だが、一族の罪まで子供に継承しようと思う親は稀だ。

 真実、俺がリングの継承者だったとしても、骸骨の言う事を理解出来なかったに違いない。骸骨チョロいとか思っていたが、筋が通っていたから鉾を収めただけかもな。

 推測の域を出ない。

 だが、俺は良く似た話を一つ知っている。

 そこでもリングは一族に伝わる秘儀だった。

 ならば、リングを持ち、

 俺の事を同胞と呼ぶ、

 この骸骨の正体は――


「アンタ、ハイエルフか」


 言葉を咀嚼する間があった。

 だが、次の瞬間、


「ハイエルフ?」


 強烈な殺気が骸骨から放たれた。

 魔物と人は相入れるものでは無かったのだと。

 そう、知らしめるかのように。


「ハァ!? ウソだろッ。ここが地雷かよッ!」


 地雷原を目隠しして歩いていたようなものだ。そりゃあ、いつかは踏む。だが、安全だと思って踏み込んだ場所に地雷が埋まっているとは。

 リングはハイエルフに伝わる秘儀。俺の記憶違いか? いや、クソ神から来た《AGO》のコピペクエストでも、確かにハイエルフに伝わる秘儀とあった。ゲームなんだし差異はあるだろうが、根幹を成す部分は変わらないと思っていた……違ったのか?


「クロス! 下がれ!」


 考え込む俺をブラスが押しのける。


「クロス! しっかりして!」

「………………ああ」


 リスティの言葉に胡乱な返事を返す。

 この期に及んでも俺は考えていた。


「貴様ハ、同胞デハ、ナイ」


 骸骨の赤い瞳が爛々と俺を射抜いていたから。

 瞳は核だ。

 そう分かっていても尚――瞳に宿る光が憎悪に見えた。

 俺は思い違いをしてた。

 アンデッドは知能が低いのだと思っていた。だから、俺の言葉も鵜呑みにするのだと。

 だが、違った。

 たった一言――ハイエルフと言っただけで、俺達の間に決定的な溝を感じ取った。

 人並みに頭が回る。

 恐らくこの骸骨は見た目の通り悠久の歳月を生きて来たのだ。感情が摩耗して機械のような応答しか出来なくなっているだけ。先入観で見誤った。骸骨の気持ちを蔑ろにした時点でこうなる事は必然だったのかも知れない。

 俺は迂闊にも逆鱗に触れてしまった。

 だが、と思う。

 時は全てを洗い流す。

 物でさえ。

 心でさえ。

 そのハズなのに。

 擦り減る事も許されない憎悪とは一体何なのか。

 初めてこの骸骨自身に興味を持った。

 しかし、もう手遅れだった。

 これから交わされるものが――


「――――死ネ」


 言葉である筈が無い。

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