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異世界のデウス・エクス・マキナ  作者: 光喜
第2章 旅路編
48/54

第19話 デート5

 ホールヴェッダに夜の帳が下りていた。

 思っていたより酒場に長居していたようだ。

 通りは人通りが無かった。日中の喧騒が嘘のようだ。

 ファウンノッドでは陽が落ちたら外出を控える。

 衛兵が見回っているし、即座に危険に結び付きはしない。だが、街灯が無いと言う事は闇が多いと言う事である。闇に潜むのはいつだって悪意なのだ。

 光が近付いて来る。

 カンテラだ。

 《照明》が付与された魔道具だろう。灯っている光で判断出来る。揺れれば炎で揺れなければ魔道具。

 これを初めて見た時、街灯が作れるなと思った。

 だが、街全体を明るくするのは現実的ではないらしい。

 魔道具は魔素で動作するからだ。

 魔素を得る手段は大別して二種類。

 一つ、人が稼ぐか。

 魔物の討伐や、迷宮で魔晶石の採掘等である。魔晶石は砕くと魔素になるのだ。ただし、変換効率は悪い。原石を持ち帰った方が高く売れる。が、迷宮から石を大量に持ち帰ってこれるはずもなく。魔物に怯えつつ、魔素を冒険者カードに吸収させるのが関の山。

 命がけのワリには見返りは少ない。

 クエスト報酬と比べてしまうと見劣りする。

 しかし、考えて見ればクエスト報酬のほうがいいのは妙な話だ。

 そこで二つ目、神から賜るか。

 詳細は不明。明らかに人の稼ぎを越えた魔素の量が流通しているのだ。神から賜っているのだとまことしやかに囁かれているだけ。その筆頭は勿論冒険者ギルド。

 前世では情報を横流ししても発覚しなければ罰を受ける事は無かった。だが、この世界には神の厳しいチェックがある。人生を棒に振る覚悟が無くては情報の流出はあり得ない。

 前置きが長くなったが。

 魔素は有限なので無駄遣いは出来ないってコト。

 カンテラを持っていたのは酔っ払いだった。

 俺達を見つけ、ギョッと身構えた。

 灯りを持たず出歩くのは危険な相手だからだ。

 夜盗か、冒険者か。

 冒険者は薄暗いところがあって灯りをつけないのではない。夜目がきくから持ち歩く必要性がないだけ。しかし、酔っ払った冒険者は下手な魔物よりも厄介だ。

 酔っ払いは相手が子供だと知り安堵と共に目を疑った。

 ま、子供が出歩く時間じゃないわな。

 そして俺達の様子を見て目を丸くさせた。

 ……ああ。何度も驚かして申し訳ない。


「見て、クロス。星が綺麗」

「見てる余裕はありません」

「なによ。見なさいよ」

「落としてもいいのなら」

「は? ダメに決まってるでしょ」

「なら、無茶言わないでください、姫様」


 なぜか俺はリスティを抱きかかえていた。

 前世では腕がぷるぷるしたら男としての沽券に関わると、夢の一つでありながら現実味が無かったアレである。

 そう、お姫様抱っこ。

 …………嬉しくないとは言わないが。釈然としない思いが勝つ。

 丁寧に運んでやってんのに、文句いうんじゃねぇよ、とか。

 そんなしっかりカドゥリア抱えなくても、取ったりしませんよ、とか。

 そもそもコレ、酔っ払いの介護なのよね、とか。

 甘い雰囲気に浸るには余分が多すぎた。

 

「クロス。連れて来てくれてありがと。楽しかった」


 不意打ちだった。

 顔を見たら返事できなくなる気がしたので。

 真っ直ぐ前を向きながら、


「……《オヴェリオ》は子守唄には向かない。安眠できる歌が欲しかったんでね」

「素直じゃないわね。ま、いいけど。アンタ、すぐ顔に出るから」

「…………マジか」

「案外ね。そう……顔に出るのよ」


 リスティらしからぬ、しんみりとした声だった。

 思わず視線を下に向けると――憂いのこもった眼差しが俺を見据えていた。

 

「…………どうした」

「……ねぇ。アンタ、気付いてる? たまに遠い目してる。今日だって」

「…………いつだ?」

「露店で」

「……ああ」


 思い当たる節があった。

 だから、続くリスティの言葉にも驚愕は無かった。


「レントヒリシュ・レアムンド」


 初めて口にしたのかも知れない。たどたどしい言い方だった。舌噛みそうな名前だもんな。久しぶりに聞いたフルネームは、まるで呪文のように俺の耳に響いた。


「……ナナか。何を吹きこまれた?」

「アンタがレントヒリシュだってことだけ」

「……俺はクロスだ。今も昔も」


 そう、前世でも俺は黒須だった。一貫してクロスという名である。

 レントヒリシュは元々俺の名では無かったのだ。

 だが、ヴェスマリアが愛情を持って。

 リリトリアが礼節を持って呼んでくれた、レンという愛称だけが惜しい。

 

「そういうだろうって母さんも言ってた」

「……じゃあ、言うなよ」


 すると芝居がかった口調でリスティが言った。


「待て待て、早合点するな」

「……それ。俺の真似か」

「似てた?」

「知らんが。イラつく」

「ふふっ。成功ね」

「……その判断基準もどうかと思うよ。いや、ホント……」


 ……本心から言ってる様子なのがまた……ねぇ……俺の心はボロボロよ。

 

「アンタ、ブラスに拾われた頃の記憶あるんじゃない?」

「……なんでそう思う?」

「カン」


 ……言い切った。コイツ、言い切りやがった。


「……また、動物的な。それ、俺が否定したら終わりだから」

「いいのよ。アンタが本当の事言うとは思ってないから」

「……確かに言わないけど。あ、リスティの仮説が合ってたとしても、って意味な」

「否定は? しないの?」

「したところで。信じないんだろ? どうせ」


 言いながら否定しきれない自分に気づく。

 ……やれやれ。女々しいな。

 自分から打ち明ける事は出来ない。

 だが、気付いてもらえたなら――そう思ってるらしい。


 リスティは俺から視線を外し、空の彼方を一心に見詰め出した。だが、目の焦点は星空に合っていない。俺の知らないどこか遠くで結ばれている気がした。

 足が止まった。

 ふと、腕の中にいるのに、リスティを遠くに感じた。

 そうか。

 リスティはこんな気持ちで。

 何も語ろうとしない俺を――

 だから、きっと。

 この時、俺の心を通った隙間風は。

 リスティから吹いて来たものなのだろう。

 

「…………」

「…………ねえ、クロス」


 リスティが俺を見る。

 彼方をさ迷っていた焦点が俺で結ばれていた。

 ドクン、と鼓動が高鳴った。


「アンタがそこ(・・)へ行くなら。あたしも付いてく。邪魔するやつは全部斬ってあげる。神だって(・・・・)


 ――神を殺す。


 宣言した瞬間だ。

 それは兆しなのか。リスティの金髪が輝く。だが、瞬く間に色を取り戻す。月光の歌姫――その二つ名に相応しい、月光に濡れた髪が揺れているだけだった。

 

「……なに、黙ってんのよ」


 呆けていたらしい。

 早くしろと睨まれ、思ったままを口にする。


「…………そこってどこだよ」

「はあ? あたしが知るワケない」


 ……ああ、うん、分かるけど。俺が知ってる、そういいたいんだろ?

 でも、もう少しオブラートに包んだ言い方は無かったのかね。突き放された気分だ。はいはい、分かってますよ。甘い雰囲気を期待した俺がバカだった。俺達の間にある感情は恋愛というにはまだ幼い。リスティは相棒として将来を誓っているだけで――


 ………………だけ?


 いやいや。だけって!

 あ。リスティの誓いが気に食わないんじゃないから。

 むしろその逆。

 俺には四捨五入すれば三十年分の童貞力がある。コレが恋人こそ史上の存在と俺に訴えかける。だからなんだろうな。恋人に対して多大な期待を持っていた。

 でもさ、恋人が俺のために命を賭けてくれるか?

 ここまで力強く共に歩むと誓ってくれるか?

 ……ふぅむ。妄想力は豊かなハズなんだけどな。うん、まるで想像出来ん。

 さっきの言葉、言い直す。

 俺は恋人に対して多大な幻想(・・)を持っていた――だな。

 ……俺は一体、恋人に何を期待してたんだ?

 なんか、幸せはすぐそこにあったのです、みたいな? でも、これを幸せと呼ぶのは……認めたくないと言うか。スナック感覚で俺を殺そうとするのは無くなったが。ここのところ流血するのは決まってリスティ絡みだし……

 ……っと、黙り過ぎか。

 小腹が空きました。

 じゃあ、久しぶりにスナックを――ってなられても困る。


「……大体、神を斬るなんて軽々しく言うな」

「だって、アンタ、神様嫌いでしょ」

「……いや、まー、確かに嫌いだが。一応、これでも使徒だし。そう悪いようにはされないと思う……てか、俺の事はいいんだよ。天罰が下っても知らねェぞ」

「…………だからよ」


 リスティは照れたのか。そっぽを向いてしまう。

 …………だから? だからってなんだ? 俺が神嫌いな事とどう繋がってる? ただでさえリスティの説明は分かり辛いってのに……照れが入ったらお手上げだ。

 ただ、俺の事を思っての発言である事は分かる。

 ……あ~あ。言う、つもりはなかったんだけどな。

 だが、ここまで誓われて何も返さないのは男が廃る。

 ……なんてな。嘘ではないさ。でも、本当でも無い。

 俺の秘密は知っているだけで危険な代物だ。

 俺に触れるな、火傷するぜ、がシャレで済まない。


 ――レントヒリシュが偽物。


 この事実が公になればグアローク王国屈指の公爵家は震撼する。

 ましてやリスティは誘拐事件の当事者だ。

 最早、バレているようなものだが確信を与えるワケにはいかない。


 ――主神の使徒。


 トリニメント教国が知れば俺を殺しに来そうだ。教国ではトリニメント神こそが主神の代弁者とされている。本物の預言者は邪魔に決まってるから。神様はクソ神を立てようとするのだろうが、人がそれに従うかは別問題だ。


 ――異世界からの転生者。


 内政チートは出来ない。と、俺は知っているが周囲はそう見ないだろう。強欲な人物にバレれば俺を取りこもうとするだろう。周りを巻き込むような手を使ったとしても。


 リスティは知ってしまえば態度に出る。

 だから、何も言わないのが最善だ。

 武器屋で見たコードの集合体がまぶたの裏に浮かぶ。

 機械であれば最適解を出し続けることが出来る。

 俺の魂がコードで出来ていたとしても。

 やはり俺は人でしかないらしい。


「…………夢に見た場所がある」


 ――秘密は重い。

 もう一人で抱え込むのに疲れた。

 荷を分かち合うのならリスティがいい。

 見上げれば最早見なれた満天の星空。

 夜を光で照らさないのはこの星空を守るためかもな。

 そんな益体の無い事を考えながら口を開く。

 

そこ(・・)は……なんだろうな、一言で言うと。楽園? ん~、なんか違う。ま、いいか。受験戦争とか言っても分かんないだろうし。争いの無い楽園だと思ってくれ。魔物がいないのさ。だから、冒険者だっていない。子供はみんな学校に通う。面倒臭いとかいいながらな。平和なもんだよ――」


 クラスメイト。仲のいいやつも、悪いやつもいた。今はただ等しく懐かしい。ジイちゃん、俺、魔法使いになったぜ。学芸会じゃない、本物の魔法使いだ。ごめん。親孝行出来なくて。《AGO》は楽しかった。ボス。手強い。死に戻り。また、死ぬ。誰かが笑って言う。なら、新しいアニマグラムを。お祭り騒ぎで開発が進み。やがて討伐。素手でかよ! 神拳は空気を読まない。誰かを救いたかった。でも、誰かが見つからなかった。身体を鍛えた。三日坊主だった。自分を特別だと思いたがる、ごくありふれた少年だった――


 堰を切った思いは奔流と化し。

 言の葉は濁流に弄ばれていた。

 自分でも何を言っているか分からない。


「――漠然とした将来への不安はあった。でも、死を身近に感じる事は無かった。なんとなく……そう、何となくでも生きてられた。指先が踊れば品物が届き、鉄の塊が空を飛び、遠くの人と会話が出来た……ああ、楽園だな。追い出されて初めて楽園だったって気づく――」


 服を引っ張られ、我に返った。

 しまった。語りに没頭し過ぎていた。


「そこへ行くの?」


 リスティの瞳には不安が揺れていた。

 

「…………いや。辿りつかないから楽園っていうんだろうな」


 結局、無い物ねだりだ。

 地球では魔法を欲していたし、ファウンノッドでは機械を望む。人は何にでも不平不満を見つけられる生き物だ。地球は恋しい。故郷である。当たり前だ。だが、今更帰ったところで友人達と親交を温められるとは思わない。俺は死んだのだ。

 ならば、答えは一つ。


「……それに。俺はともかく、リスティが行くのはオススメ出来ない。言ったろ、魔物がいないって。冒険者を廃業したリスティはただの乱暴者だぜ」


 ――アンタが命をかけるならあたしもかけるわ。


 そう言ってくれた少女を置いて別の世界へ行けるハズが無い。

 

「……言ってくれるじゃない」


 一拍置いてからリスティが苦笑した。

 回りくどい答えだが伝わったらしい。

 不安の色は消えていた。

 しかし、なんだかね。

 ちと、語り過ぎたか。

 途中から完璧過去形だし。

 あ~、自分語りとか、ハズかしい。

 土属性のアニマグラム覚えたら。

 まず、掘ろう。

 意味分からんと言われても穴を掘ろう。

 まあね、避けられない展開だったと思う。

 こうして悶えられんのも語ったからなんだろうし。

 言おう――そう思った時、何も考えられなくなった。

 肩の荷?

 ん~~~~。差し引きゼロ、ってカンジか。かなりボカして語ったから、リスティからすると意味不明だったハズ。なのにリスティは満足してる様子なのだ。これさ、途中聞き流されてたんじゃねぇかと思うワケ。キチンと聞かれてたらそれはそれでハズかしいが。ある意味では九死に一生を得たのかも知れないが……うん、なんかこー、ね?

 

「クロス、下ろして」


 言うが早いかリスティは腕から抜け出し、スタスタ歩き出す。


「…………」


 俺は目を丸くして遠ざかる背を見詰めていた。

 リスティが言う程酔っていないのは分かっていた。

 歩み寄るための切っ掛けを欲したのだろう。

 予想を裏切る歩み寄り方だったが、互いの距離は縮まったと思う。

 甘い雰囲気は諦めたが、ここはもう少し……余韻ってモンがさあ。

 ……お前、本当にぶった切るの得意だな。人も、流れも。

 文句を言おうと口を開きかけ――


「クロス!」

「ああ!」


 悲鳴が聞こえた。

 マップは……ああ、そう、いらない?

 リスティは迷いなく駆け出していた。

 《身体強化》を中にして追い掛ける。

 悲鳴の現場は程なくして見つかった。

 

「はなせ!」


 女性が声を荒げた。良く通る声である。

 彼女の両腕を二人の少年が掴んでいた。


「おい、落ち着けって。何もしやしねえって」

「そうそ。灯りを付けずに出歩くのは危険だぜ。俺たちが送ってやるっていってんだ。分かるぅ? この親切心」

「下心の間違い! いいから、はな――」

 

 少年が女性の口を押さえた。

 

「あ~あ。アンタが悪いんだぜ。いうこと聞かねぇから」

「ひっひ、ウケる。それカンペキ悪人のセリフ」

「バッカ。安全な場所まで送ってやるっつーの」

「俺たちの、安全な場所までねー」


 ……う~わ、絵に描いたようなチンピラ。

 十五、六歳くらいか。灯りは持っていない。一人は腰に剣を下げている。冒険者ですよ、アピールだ。度胸があるのか、バカなのか。あれ、諸刃の刃なんだよね。市民には効果的かも知れないが、冒険者に見つかったら半殺しだ。捕捉されていることにも気付かず、ナンパを続行するバカが冒険者とは思えない。

 冒険者は騙りには制裁を躊躇わない。

 悪評が広まって困るのは自分だからな。

 しかし、あの女性……どこかで見た事あるような……?

 て、それどころじゃないか。

 

「リスティ。俺が行く」

「アンタが?」

「説得してみる。無駄だと思うが」


 むしろ、無駄だったらいいな、と思った。

 だって、アイツら殴りたい。

 説得しなきゃいいだけ? 確かにそうかも知れない。だが、チンピラはバカなのだ。善意の行動は恥ずかしいから、悪ぶって見せたい年頃なのかも……なんてな。こんな事考えてるとリスティにバレたら俺がぶっ殺されそうだ。

 は~。殴られなきゃ、殴り返せない。

 この日本人気質、なんとかならんか。

 

「そこの二人! 女性をはなせ!」


 少年達がギクッと固まった。

 だが、声を上げたのが子供だと分かると、あからさまにホッとしていた。小物だなあ、と生暖かい目で見ていたら凄まれた。はは~ん。威圧する事で印象を上書きしようってんだな。でも、上書き出来てないから。上塗りになってるから。恥の。

 リスティは明後日の方向を見ながら肩を震わせていた。

 おい、バレないように笑え。

 この手の輩は図星さされっと逆上すんだから。

 

「なんだ、この坊主。これが見えねぇのか?」


 少年が腰の剣をポンと叩く。


「剣だな」

「ちげぇ。冒険者だっつってんだ」

「あ、そ。ランクは?」

「Bだ」

「へ~~~」


 面の皮が厚いなあ、という感嘆だったのだが。

 勘違いした少年は鼻高々になっていた。


「いいかあ、坊主ぅ。《紫電の槍》。聞いたコトあんだろ。この彼はそこの一員なんよー」


 言ったのはもう一人の少年……いや、もういいな。

 キミらはチンピラだ。

 善意からの行動の線は消えてる。


「…………お前、《紫電の槍》かよ」


 俺の独白に反応したのは帯剣した少年だった。


「おい、ナメた口きいてんじゃねぇよ。様つけろ、様」


 いいのか、それで。《紫電の槍》様だぞ。バカっぽいが。

 ……いや、バカなのか。


「…………騙りじゃなく?」


 一応聞いてみた。


「ぶっ殺すぞ、クソガキ! 俺はリーダーの弟だ!」


 言われて見ればネフェクと似てる。ただし、劣化させたネフェクだ。


「へへぇ。俺はそのお友達ぃ~」


 チンピラがネフェク弟と肩を組む。

 ネフェク弟は鬱陶しそうにしていた。


「…………マジ、かよ」

「ケッ。やっと分かったか。お前の事は兄貴に言っとくから。兄貴、バカにされんのキライだから。殺されやしねーと思うよ。でも、何されっかわっかんねーなー」

「…………」

 

 俺は何も言えずにいた。

 ……うん、知らなかったわ。人ってさ、呆れ果てると何も出てこなくなるんだな。手札を晒してポーカーやってる人を見てる気分っつーか。しかも、役がブタっていう。え、なんでそんな手札で自信満々なワケってな具合である。いや、ブタならまだマシか。ネフェクに言いつけるとかいうけどさ。それ、言ったら終わるのお前のほうだろ。

 

「クロス。もういい?」


 リスティの登場にバカ共が色めき立つ。

 

「おい、坊主。それ、てめぇの姉ちゃんか。すげぇ美人だな」

「ひっひ。これで人数あうじゃん。坊主ぅ、家帰って親に伝えな。姉ちゃん今日、帰れないって」

「なに、これ」


 リスティがきょとんとチンピラを指差す。

 好悪のどちらでもあったなら、違う展開があったかも知れない。

 だが、純粋な疑問である。

 歯牙にもかけられていない。

 チンピラが激昂するのは当然の成り行きと言えた。


「おーおー、これはないんじゃね? なってない、なってないなあ、礼儀ってモンが。今晩俺が手取り足取り教えてやるしか――」


 リスティの肩に手を置こうとしたチンピラが無言で崩れ落ちた。チンピラは腹部を押さえ、口をパクパクさせていた。見上げる瞳には恐怖の色があった。

 ……打たれ弱っ。この程度で恐怖とか。氣ぃ纏ってなかったよ?

 

「で、なにこれ」

 

 リスティがゴミを見る目でいう。


「ナンパだろ」

「はあ? これが?」

「婉曲かつ、強圧的な、ね」

「……えん、きょ……」


 煙を出しそうなリスティを無視して、俺はネフェク弟に向き直る。


「もうお前、帰れ。その女性は俺が送ってく。ネフェクには黙っといてやるから。このバカ共も言ってましたが、女性の一人歩きは危険です。まあ、身に染みて実感してると思いますが。こっちには女性もいますし、安心して貰えるかと」


 後半の言葉は囚われた女性に向けたものだ。


「……なっ、てめっ……兄貴知って……」


 狼狽するネフェク弟で確信する。

 《紫電の槍》の看板に泥を塗る行為を、ネフェクが許す筈がないと思っていた。

 これで納得してくれるといいが……と、手の中で石を弄ぶ。ダメだったら指弾の出番だ。

 もう少しで折れそうだな、と思った瞬間、ネフェク弟の顔が輝いた。


「ジフさん!」


 振り返るとジフが近付いて来るところだった。

 ジフはリスティを見て露骨に顔を顰めたが、ネフェク弟は気付かなかったようだ。


「コイツら、生意気なんです! 《槍》をバカにして! やっちゃってください!」

「よう、ジフ。散歩か?」


 ……うわ。微笑んでやったら唾吐かれた。怖い。普通に。

 ああ、クソ神? この世界ってスキルあるの? もしあるんなら、欲しいスキルがあるんだ。大丈夫、チートなものじゃない。ささやかなスキルだ。強面耐性。

 ……え? 度胸つけろ? ソウデスネー。


「ジフさん! 聞きましたか? コイツ、ジフさんナメてます!」


 ジフは威圧感のある目で俺達を見回すと、


「…………チッ。バカが。勝手やんならテメェでケツ拭け」


 忌々しげに舌打ちした。

 女性をネフェク弟から奪うと、俺に投げて寄こした。

 ネフェク弟は呆けていた。信じられない、と顔に書いてある。以前にも似た事があったのだろう。その時、ジフがどういう行動を取ったのか。ネフェク弟の反応を見れば答えは出る。

 救いようのないバカだな、コイツ。

 ジフを味方だと思ってたのか。

 狂犬は誰にだって噛みつく。

 たまたま噛み付かれなかっただけ。

 その事をネフェク弟は身を持って知ることになる。


「――――ガッ」


 ジフがネフェク弟を蹴り倒した。


「…………じ、ジフさん。やめてくだ――ガァッ」


 身体を起こそうとしたネフェク弟の頭をジフが踏み付ける。

 

「…………胸糞悪ィ」


 ジフは気だるそうに足を持ち上げ――


「ジフ!」


 ピタ、と足が止まった。

 ネフェク弟まで一センチも無い。


「ああ?」

「もう十分だ」

 

 あー、もー、睨むなよ。おっかねぇ。でも、言わなきゃいけない。ジフは躊躇なく足を振り下ろした。止めなければネフェク弟の骨を折っていた。いや、骨だけで済んだか……

 ジフが吐き捨てるように言う。


「……甘ぇな」

「女の人の前でやることじゃねーつってんだよ」

「…………女? ああ……」


 俺の腕の中で女性が怯えていた。

 つっても、傍から見ると俺が抱きついているように見えるんだろうが。

 ……早く背ぇ伸びねぇかな。

 

「それに俺達がやらなくても、罰ならネフェクが与える」

「なっ!? クソガキィ! 兄貴には黙っとくんじゃなかったのかよ!」


 ガバッとネフェク弟が起き上がる。

 ジフが目で「潰すか?」と聞いて来たので「結構だ」と首を振る。


「は~~。確かに兄弟だな。頭に血が上るとバカになる。見逃すハズないだろ」

「くそったれ! このクソガキが! 騙しやがったのか!」

「おいおい、心外だな。俺はお前らの流儀に合わせただけ。図星指されて逆上するようじゃ、立派な悪人にはなれないぜ? ああ、でも、更生の余地はあるのかもな。同じことやり返されて、ズルいって思ったんだろ。罪を自覚出来てるってコトだ。ま、そういう事だから、大人しく断罪されな」

「こんのォ――ゲフぅ」


 煩いと思われたのだろう。ジフは問答無用でネフェク弟を踏んだ。あ~。折れたな。

 ジフがネフェク弟を引きずって歩き出す。

 文句の声は上がらない。

 ネフェク弟気絶してるし。

 俺はザマァって思うだけだ。

 

「こいつはいいのか?」


 未だ悶絶するチンピラを指差す。

 ジフは眉間に皺を寄せ、考え込む。


「……誰だ、それ」


 ふむ。

 チンピラは《紫電の槍》じゃなかったのか。《紫電の槍》の看板欲しさに取り入って来たのかね。そういや、ネフェク弟を立てるような発言してたか。

 まあ、放置でいいか。

 身ぐるみ剥がされるだろうが。

 自業自得ですね。


 ジフの背が遠ざかる。

 ふぅ、と息を吐く。

 緊張していたのだ。

 いつ喧嘩を吹っ掛けて来るかと気が気じゃなかった。

 ジフの剣は驕りで曇っていた。だが、それでも十分強かった。驕りを捨て剣を磨けばどうなるのか。一日二日で何が変わるとも思わない。しかし、才があったからこそ驕っていたのだ。天才と呼ばれる一握りは、何が切っ掛けで化けるか分からない。

 もしジフが再戦を望むのなら。

 事故が起こる事も覚悟した。

 杞憂で終わりそうで何より――

 

「ジフ! 顔を上げろ!」


 凛とした声が夜陰を切り裂いた。

 言わずもがな、リスティである。

 ……ああ、余計なコトを。


「あたし達は弱い!」


 ジフの足が止まった。

 自分を倒した猛者が、自分は弱いと言っている。嘘だと思ったのだろうか。しかし、言葉には真実しか持ちえない重みがあった。当然だ。俺達にはブラスがいる。


「斬れないんなら――」


 リスティはカドゥリアを抜刀し、切っ先をジフに向けた。

 そして、告げる。


「――斬れ!」


 ジフは最後まで振り返ることなく消えた。

 だが、リスティの気持ちは伝わったハズだ。

 叱咤されてジフは肩を震わせていた。一拍置いて噛みしめるように歩き出した。先程までと何が変わったワケでもないのに、近寄りがたい大きさを背中から感じた。

 次会う事があれば手強くなっているだろう。

 敵に塩を送ったリスティはご満悦だった。

 しかし、なんでアレで伝わるのか。不思議で仕方がないね。

 斬れないから、斬る。トンチかよ、と。斬れないなら斬れるまで精進すればいい。そういう意味合いだってのは分かる。が、ジフはノータイムで理解していた。

 頭がぶっ飛んでいるのが天才だというのなら。

 俺は凡人でいいのかもなあ、と思っていた。

 

「…………はなして」


 女性がポツリと言った。


「もう平気か?」

「助けてくれてありがとう。でも、行くところあるから」

「あんな目にあったんだし、今日は大人しく帰ったら……って言っても聞かなそうだな。はあ。分かった。ここで会ったのも何かの縁だ。いいぜ、どこに行きたいんだ?」

 

 女性が無表情に俺を見詰めて来る。

 

「助かる」


 焦りの籠った声を聞いて、場違いだがホッとした。

 アレだけの目にあったのに取り乱しもしないのだ。まさか、感情が無いのでは、なんて失礼な事を考えていた。表に出辛いだけで激しい感情が渦巻いているようだ。

 助けた女性はネーアと名乗った。

 ネーアの先導で歩き出す。

 

「今日、知り合いが妹らしき子を見た。でも、直ぐに見失ってしまって、人違いだと思ったらしい。妹は死んだと思われてたから。あたしがそれを聞いたのはついさっきの事で。こんな時間に」

「へー。妹って家出?」


 ネーアの言葉にリスティが相槌を打つ。

 俺は一歩引いたところから付いていってる。

 あんな目にあった後だし。男が視界に入るのは嫌だろう。

 

「家出だったら良かった」

「違うの?」

「はぐれた。町が魔物に襲われて」

「そっか。それは心配ね。あたしに出来る事なら言って。協力するから」

「ありがとう、リスティ」

「いいのよ。家族は大切だもんね。妹もネーアを心配してるわ」

「……分からない。妹はあたしの事が苦手だから。あたしじゃなく……母さんが来るべきだったかも知れない……」

「はああ? ネーア、バカなの?」


 リスティがネーアの背中を叩く。

 

「ほら、シャキッとして。遠慮してどうするの。家族なんでしょ」

「…………そう、かな?」

「心配したんでしょ。なら、そういえばいいわよ」

「……迷惑だと思われたら?」

「あたしなら……殴られる!」

「……なぐ……えっ? 殴られる?」


 リスティは苦笑すると、自分の家の事だけど、と前置きして語り出す。

 

「ウチ、貧乏でね。ずっと母さんは苦労してた。だから、あたしは冒険者になった。そしたら凄い怒られて。もうボコボコにされて。そしたら母さんが言うのよ。『折角、綺麗に産んであげたのに酷い顔。誰がやったの?』って。あたしは『母さんよ!』って言い返した。なんかよく分かんないけど、おかしくなってきて、二人でずっと笑ってた」

「…………凄い、お母さんね」

「そう、母さんは凄いのよ!」


 リスティが花のように綻ぶ。

 同姓であれ、見惚れずにはいられない、極上の笑顔だ。本日一番良い顔がこれだと思うと、デートの努力が否定されたようで微妙な気持ちになるが……ま、一朝一夕でナナを越える事は出来ないか。

 

「たぶん、母さんはあたしが冒険者をやること今でも反対なんだと思う。だけど、あれ以来何も言わなくなった。頑固さは誰に似たのかしら、って愚痴る事はあったけど」

「リスティは母さんよ、って?」

「そう」

「……妹が分かってくれなかったら……殴ってみる」

「その意気よ。思い切りね。やっちゃえ。母さんが作る回復薬凄いんだから。死ななきゃ平気!」


 そう言って二人は微笑み合う。

 おお、ネーア、笑えたんだな。

 ……つか、シュールな光景。微笑ましいのに……言ってる事は物騒だ。

 俺も赤ポットがあるから平気とリスティに殺されかけた経験がある。その妹とやらの無事を祈るばかりである……というか、妹って絶対アレだろ。

 向かってる方向、俺達の宿の方だし。

 どうりでネーア、見た事があると思った。

 ここ暫く寝食を共にしてる顔だからな。

 能面のような姉とコロコロ表情が変わる妹。

 印象が余りにも違うのでなかなか気付けなかった。

 

 《大樹の梢亭》の前に人影があった。

 大きな人影と小さな人影だ。

 小さな方が猛烈な勢いで俺に突っ込んで来た。受け止めてやると――ニメアだった。

 

「クロス! 遅いぞ! ニメアは待ちくたびれてしまった!」

「遅くなるかも知れないっていったろ、ブラス」


 大きな人影――ブラスはげっそりしていた。


「……クロス、お前ぇは何も分かってねぇ。起きてからずっとこの調子だ。宥めんの苦労したんだぜ」

「起きてから? なんで?」

「ニメアに言ってなかったろ。リスティと出かけるって」

「言って無かったか? てか、それが?」

「…………なんつーかよ。時たまお前が凄ぇ大物なんじゃねぇかと思う事があるわ」

「褒めるなよ」

「……褒めてねー。あー、酒飲んで来ていいか? クロスにゃ分からんかも知れんが、子供の相手ってのは疲れんだ。な、いいだろ?」

「子守の駄賃出すのは構わないが。いいのか。たぶん、これから宴会に……あー? いや、もう遅いし明日か? まー、少し待て。感動の対面を逃すと後悔すると思うぜ」


 不思議そうな顔をするブラスに、にやにや笑いかけていると、


「クロス! ニメアを無視するな!」

「無視、ね。それ、たぶん、彼女のセリフ」


 ニメアを持ち上げてネーアの前に差し出す。

 ネーアの目は潤んでいた。ニメアらしき人物、と言っていた。やはり半信半疑だったのだろう。ニメアが元気なところを見て感情が決壊しそうなのかも知れない。

 ネーアは感極まった様子で一歩踏み出した。

 が、ニメアは逆に後退り、

 

「げっ、姉ちゃん!」

 

 と、言った。

 顔を手で覆う。ない、これはないわ。見ないでもこの後の展開分かる。リスティの入れ知恵が無かったとしても、同じ結果だっただろうな。

 

 ――パシン!


 ほらな。

 ネーアがニメアを叩いたのだ。


「…………バカ」


 そういってネーアがニメアを抱きしめる。相変わらずネーアの表情は変わらない。

 ニメアがネーアを苦手とするのは俺と同じ理由なのかも知れない。

 表情から気持ちが読み取れない。

 だが、今ばかりは気持ちがダイレクトに伝わって来る。抱きしめられているからだ。ニメアは苦しそうにしている。余程の強さだ。ニメアは叩かれた事も忘れたかのように、ネーアの顔をまじまじと見ていた。ほろり、とネーアの目から涙が零れた。

 ニメアの顔がくしゃくしゃに歪んだ。


「…………姉ちゃん。ニメア、悪い子だった」

「……心配させて。この子は」


 泣き声が二つ響き渡るまで、そう時間はかからなかった。

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