第17話 デート3
「ほう。呪われておるな」
ディジトゥスを一目見るなり、ドワーフは事も無げに言った。
《魔視》を発動させると、ドワーフの目が光り輝いていた。何らかの魔法が発動しているのだろう。リスティの歌然り。本人は魔法と思っていないのだろうが。
「分かるのか?」
「おうおう、よくぞここまで呪われたもんだ」
ドワーフは感心したように言うと、ディジトゥスを手に取った。
「あ、おい」
「安心せい。ちと、坊主を殺してやりたくなるだけだ」
「そのセリフのどこに安心出来る要素があるんだよ」
「ああ? 冗談に決まっとる。オタオタするな。こいつが浮かばれん。坊主に打ち取られたんだろう。思い出したぞ。少し前に騒動があったな。こいつはアウディベアの王か」
「……自分で言うのもなんだが。よく俺が討伐したって思ったな」
「呪いは坊主だけに向けられとるからな」
そう言ってドワーフが語ったところによれば。
呪いは討伐した対象に向く事が多いのだと言う。無差別に呪いを振りまく武器は稀らしい。指向性のある呪いを辿れば、討伐した対象が浮き彫りになるということだ。
武具に精通したドワーフならではの観点だ。
ここは武器屋である。
四件目になる。
思っていた以上に呪いの武器の見極めは難しいのだろう。見せても魔法武器か、といわれるだけだった。呪われていると見抜いたのはこのドワーフが初めてである。
「呪われた武器はよくあるのか?」
ドワーフがリスティに見惚れていたので、話を振って意識をこちらに戻す。
ドワーフが見ていたのは、容姿ではないだろうが。
リスティは武器の素ぶりをしていた。
剣、槍、斧、大剣、刺剣――種類を選ばず。
弘法筆を選ばずと言うが。
どれも様になっているのは才能か。
もう嫉妬なんかしない……少ししか。
それより頼むから、ワンピースを鉤裂きにしてくれるなよ。
「……呪われた武器……素材は少ない。ワシも見たのは……一年ぶりか?」
「素材が持ち込まれないだけじゃなくて? ユーフの武器屋は王の素材加工するの初めてだって言ってたぜ」
「数えられんぐらい加工しとるわ」
「……両手の指でしか計算できないとか、そんなオチは……」
「阿呆か! 計算できないで店やってられるか!」
「そりゃあ、失礼しました」
ふむ。
余計な念押しだったか。呪いを一目で看破したのだ。腕が良いのは間違いない。
と、なれば一発でレアドロップを引いたってコトになるのか。レアドロップ向上なんて加護もってなかったハズなんだが。まー、モノが呪いですし? これから俺が討伐した素材は押し並べて呪われていました……とかでも全然不思議ではない。
「ところで店主。大事な事を聞きたい。種族は……ドワーフでいいのか?」
「なんだ。真面目な顔して藪から棒に。見れば分かるだろうに」
「…………いや、分かったんだけどね」
髭がもじゃもじゃで、筋肉隆々なのである。
特徴は正しくドワーフだった。
しかし、ファンタジーな種族を目にしても……こう、猫耳を見た時のような感動が湧きあがってこない。
冒険者ギルドでドワーフらしき人物を目撃した事はある。
だが、貴方はドワーフですか、と聞いた事は無かった。
だから、ずっと思っていたのだ。
アレはドワーフなのか……それともただの小さいオッサンか、と。
…………そうか、ドワーフだったか。
「どうすると呪われるとかあるのか」
「分からん。というか、坊主。冷やかしなら帰れ。嬢ちゃんは残っていいぞ」
苦笑する。
「呪いをどうにか出来るなら頼むつもりでいる」
「ほうほう、そうだろうな。だが、高くつくぞ」
「出来るのか」
「腕が鳴るわ」
「ちなみに幾ら」
「ふむ。そうだな。十万」
「それ、一本で?」
「なんだ。まだあるのか」
「五本ある」
「なら、五十万だ」
「…………」
「余った素材でもいいが」
「……全部売っぱらった。つか、報酬よりも高けぇって」
……あれ。もしかして……王の報酬少なかった? 報酬と言うか、素材の買い取り価格か。ディジトゥスの値段がおかしかったのも? ユーフの町は王の討伐と無縁で来たから、相場が分かってない……? ま、まあ、可能性の問題であって、真実と決まったワケじゃない。うん。だから……そう、これ以上考えるのは止めだ、止め。
「リスティ」
「なに」
リスティが素ぶりの手を止める。
薄らと汗をかきワンピースが肌に張り付いていた。
「……金貸してくれ」
目を逸らしたのはチキンだからではない。
紳士だからだ。
「いくら?」
「五十万」
「アンタの給料なんだし、あげても――」
「貸しでお願いします」
服の支払いで発覚した事実。
リスティは金持ちだった。
その額、百万エル。
目も眩むような大金である。
知らぬ間にナナが入れていたらしい。リスティのためにナナが溜めていた金だと言ったのだが、リスティは俺への給料だと言って聞かなかった。
「だって、あたしへなら母さん何か言ってるはずだし。そもそもアンタ一回でも給料受け取った事あった?」
「俺の給料はブラスの酒代に消えた」
「……あのねぇ。酒代ぐらいで消えるわけないでしょ。母さんがどれだけ稼いだと思ってんの」
「知らない」
「は~~。そうよね。そういうやつよね。アンタ、さく……搾取に来たんじゃなかったの」
よく出来ました、と拍手したら睨まれた。
出納帳の管理は店長のナナの仕事だ。
ポットの原価知ってるし。稼いでるんだろうなあ、とは思っていた。作れば作るだけ売れてたからな。
「儲けてるのは分かった。でも、それが俺の給料にはならないだろ。店員は薄給でコキ使ってナンボだ」
「……はぁ。アンタ頭硬い。意味分かんないトコで。誰もアンタをただの店員だなんて思って無いから。いい? アンタいなかったら、赤ポットは無かったの」
「…………あれは俺の自己満足でやった事だ。それで報酬を貰おうとは思わない」
「は? 自己満足? なにそれ。ていうか、それが本音?」
「……みたいだ」
意識して金を受け取らなかったワケでは無い。なんとなく受け取ったらいけないような気がしていただけ。たぶん……慰謝料代わりだと思ってたんだろうな。
人生を狂わせてしまったことへの。
ナナにいわせりゃ、逆なんだろうが。
ま、相手の言い分無視して我を通すから自己満足というワケで。
頑なに貸しでというのはその為だ。
あ、ちなみに服は一番安いやつを買った。
着ていた服は修繕を頼んだ。血塗れだというのに受け取ってくれた。
うん、イヤな顔はされた。
「ん? 嬢ちゃん。その剣を見せてくれんか」
「これ? いいわよ」
リスティはご機嫌にカドゥリアをドワーフに渡す。
あ~。宝物を見せびらかしたい気分なのね。
ドワーフは剣を抜くと、ハッと息を呑んだ。
「――――カドゥリア」
おお、凄いな。
一発で銘を当てた。
「有名な剣なのか?」
「は? なぜ知らん。坊主、本当にこの国の人間か?」
「リスティは? 知ってるか?」
「知らない」
「……嬢ちゃんもか。オヴェリオに出て来る剣だぞ」
「……オヴェリオ?」
「あたしが歌うあれよ。でも、剣なんて出て来た?」
「歌? ああ。ワシが言っておるのは童話のオヴェリオだな。オヴェリオはこの国の英雄だ。色々な創作物の元になっておる。戦士が出てくるのは知っとるだろう。あの戦士が使っていた剣。それがカドゥリアだ」
オヴェリオ。
実在した英雄の名前である。
彼を題材とした創作物は数知れず。ジャンルも小説、童話、歌など多岐に渡る。
リスティの歌ではグアローク王国に英雄として迎え入れられるところまでだった。
それを一番とするなら二番も三番もある。
龍級迷宮へ挑み、生還する話がある。
そこで手に入れた剣こそ――カドゥリアらしい。
「その話だけ聞くと、伝説の剣って事になるけど。反応が薄いな。ま、なんとなく理由は察しがつく」
「坊主が想像する通りだ。カドゥリアは星の数ほどある。若い職人は氣装術に特化した武器の総称だと勘違いしとるものもおる」
「ま、真贋には拘らないさ。いいカドゥリアか、悪いカドゥリアか。知りたいのはそこだ」
「或いは――」
ドワーフは目を細め、別れを惜しむように刀身を鞘に戻した。
「――本物のカドゥリアか。ワシが言えるのは悪いカドゥリアではない。そこまでだ」
「ああ、鑑定料が必要?」
「いらんわ。ワシが見せて欲しいと言ったんだぞ。ワシの鑑定眼で言えるのは、そこまでだというだけだ」
「そうか。助かった。ためになった。真偽の程が明らかになるのはまだ先か」
「なぜだ」
首を傾げるドワーフに、肩を竦めて見せる。
「リスティ、氣装術使えないから。ブラスが試せば分かるんだろうが」
「あげないわよ」
リスティがカドゥリアを抱きかかえる。
「と、いうことみたいで」
「並みの戦士であれば勿体ないというが。嬢ちゃんなら」
氣装術は氣闘術を修めていれば習得は容易だという。
なのに普及していないのは金がかかるから。
玩具を手にいれたら遊びたくなるのが人の常で。
リスティが氣装術を習得するのはそう遠いことではない。
「坊主。時間はあるか。呪いを解いていくんだろう?」
「あるけど。俺……いる必要あるの?」
「いるのといないのとじゃ、雲泥の様が出るわ。おう、その前に説明しとかんとな。呪いを解くのに失敗した場合、最悪ナイフはナマクラになる。それがイヤだというんなら、ワシは手を出さん。熱烈な求愛で坊主が死のうがそれは自由だ」
「失敗する確率は?」
「坊主が余計な事をしなけりゃ、成功させて見せる」
武器屋の見立てによっては処分も考えていた。
使い続ける事が出来るのならそれに越した事は無い。
「分かった。頼む」
「よし、工房へ行くぞ。くくく、腕が鳴るわ」
ドワーフは破顔し、店じまいを始めた。
***
工房と聞いて無意識に鍛冶場を想像していたのだろう。
通された部屋が目的の工房だと気付くのに時間が掛かった。
「……実験室みたいだな」
壁沿いには棚が並び、器具と素材が詰め込まれている。
座って待ってろ、といわれたので、遠慮なく椅子を引っ張り出す。ドワーフを待ちながら、ぼんやり思う。俺達が夜目きかなかったら、どうするつもりだったんだろ、と。
いやさ、部屋、真っ暗なんだよね。普通の人は何も見えないと思う。
ドワーフの準備が終わると、円の真ん中に立たされた。
ん? この紋様。
へぇ、魔法陣か。
と、目を輝かせていると、
「おい、触れるなよ。失敗しても知らんぞ」
「……触れてどうにかなるようなもんなの?」
魔法陣は床に刻まれているんだが。
「ふん、そんなヤワにゃ作っとらん。ワシの気分の問題だ」
「……さよですか」
気が散るから止めろってコトね。
素人が道具に触れていい気分になる職人はいないか。
「コレって何の魔法陣なの?」
「神威魔法を安定させる効果があるといわれとるな」
「――ッ!? アンタ、加護持ちか!」
「おお! 我こそは鍛冶神ペリュマトラーナ様の使徒……といいてぇとこだが。分不相応な加護を頂いた一介の職人に過ぎん。魔法陣は使徒が広めたものを模倣したものだ」
――神威魔法。
神の扱う魔法のことである。
原則として使えるのは神だけ。
ただし、例外がある。
一部の神威魔法は加護で得られる。
迷宮を作る魔法もコレに当たる。
このドワーフ。思ったよりも凄い人なのかも。かなりレアな加護だ。
真実なら、だが。
疑いたくは無いが、自称神威魔法の使い手は多い。レアな加護って事は誰も知らないってことで。マイナーな魔法を神威魔法だと言って詐欺を働く連中がいる。
騙される方もどうかと思うが。
簡単に確認出来る方法があるのだから。
ふむ。
冒険者カードを確認させて貰うか?
いや、ドワーフに託すと決めたんだし。
腕を疑う真似は慎むべきだろう。職人の機嫌を損ねると面倒だ……って、ああ、そういう。こうやって詐欺が横行するワケね。
加護の登録が義務付けられてるのは、こういう詐欺を警戒してなのかも知れない。
「ナイフを寄こせ」
「全部?」
「そうだ」
ドワーフはディジトゥスを俺の対面にある魔法陣に置いた。
「あれ? 五本とも? もしかして一回で?」
「普通は一つずつやる。だが、このナイフは……五本で一つの魂だ」
「なら、まけてくれよ」
「腕を安売りはせん。誰のためにもならん」
「……そうか。忘れてくれ」
「ふん、ガキのくせに道理を弁えてるな」
神威魔法を扱えるというのなら。
一本十万ですら破格の値段だろう。
相場を外れた値付けは軋轢を生む。
「手順を説明する。まず坊主とナイフの繋がりを強化する」
「繋がりを? なんか、危険そうなんだけど」
「神威魔法で魂を剥離してから行う。危険はない」
「……魂ね。なあ、ディジトゥス……ナイフに宿ってる魔力は魂なのか?」
「それは神のみぞ知る、だな。所詮、神威魔法は借り物だ。ワシらにも正確なトコは分からん。剥離された魔力から意思を感じるからそういっとるに過ぎん」
自嘲気味にドワーフが言う。
職人として白旗を上げるのは悔しいのだろう。
「本来、魂は繊細なものだ。剥離しても手出しできん。だが、繋がりを強化する事で、ワシでも扱えるようになる。坊主に向けられとる呪いを断つだけだ。まず失敗はない。ワシはな。ここからが本題だ。坊主は何もするな。何が起ころうともだ。剥離された魂は脆い。坊主が触れただけで、魂は砕け散る恐れがある」
「なるほどな、随分簡単に手の内を明かしてくれると思ったぜ」
「目を瞑らせた事もある。だが、人は好奇心には勝てん」
どうせ神威魔法がなければ再現は出来ない。
そう確信しているから開示しても問題ないのだろう。
「つか、魂って誰でも触れられんの?」
話を聞いていると魔力操作の極致だ。
誰でも真似出来るとは思えない。
「繋がりを強化すると言ったぞ」
「あー、はいはい。悪いな、根掘り葉掘り聞いて」
「あん? まー、なに、構わん。理解してくれるだけマシだ」
ドワーフの声には苦渋の色があった。
ああ、そうか。
解呪に来るの戦士だろうからな。
毎回、説明に苦慮してるんだろね。
かといって説明を端折れば好奇心から魂に触れられ……解呪は失敗する、と。
「納得したか? 始めるぞ」
「頼む」
ドワーフが魔法陣に液体を流す。
溝に液体が溜まったところで、また別の液体を数滴垂らした。
「おお」
魔法陣が淡く発光し出したのである。
ドワーフは目を閉じ、大きく深呼吸をする。
再び目が開かれると、雰囲気が一変していた。
鍛冶屋というより、神官のような厳かさ。
……これは、本物かもな。
わくわくして来た。
盗めるものがあるかも知れない。
こっそりと《魔視》を発動させる。
「鉄の原風景よ・奇禍は人の形に・血は大地へ帰れ・救いなる破壊・業はもろ刃と知れ・照覧あれ、鍛冶の神よ、賜りし御技を――」
凄まじい魔力がドワーフから吹き荒れ――
「――――ッ!」
世界が白く染まった。
咄嗟に目を閉じたが……瞼越しに光が抜けて来る。
…………クッ。間抜け!
微弱な魔力ですら《魔視》は感じ取る。
神の力を直視すればこうなるのも当然だったのに。
ドワーフの実力を越えた魔力の奔流だった。ペリュ……なんとかって神が力を貸しているのだろう。神威魔法は借り物だって言ってたが……本当に言葉通りの意味だった。
初めて神威魔法を目の当たりにした興奮は既に無く。
早く終わってくれ、と願っていた。
なんか《魔視》を解除したのに目がおかしくて。目の奥が白く焼き付いているみたいに……ああ、太陽を長時間直視したカンジ。プチ太陽と化したドワーフは、目を閉じていても眩しい。後ろを向ければいいのだろうが、うっかり足元の魔法陣に足をかけてしまったら、何が起こるかも分からないし……歯を食いしばって耐えるしかない。
五分か、十分か。
ドワーフの詠唱は長かった。
詠唱が終わる頃には焼きつきも消えていた。
恐る恐る目を開け……おお、見える。よかった――と、息を呑んだ。
ディジトゥスの上に……光る球が浮かんでいた。
「繋がりを強化するぞ」
パッと見、《照明》で生み出された光源に似てる。だが、目を凝らせば微小な光の集合体である事が分かる。なるほど、魂とは言い得て妙だ。ナイフのほうは抜けがらか。ディジトゥスから感じる悪意を、あの魂から感じるようになっていた。
と、その時だった。
ディジトゥスの魂が膨張し――解れた。
「――――ロス?」
「――ってる!? ――るな!」
リスティとドワーフが何かを言っていた。
だが、意識する余裕は無かった。
目の前の光景に心を奪われていた。
ひも状になった光が俺の周囲を乱舞していた。いや、紐では無い。高速で飛んでいるので、そのように見えるだけ。目で追えば光が形を持っている事が分かる。
見覚えのある形。
だが、目を疑う。
だって、これは――
「………………コード」
そう、どう見てもコードだった。
読み切れる速度では無い。だが、漠然と意味が分かる……というか。知らないのに……知ってる? あれか、繋がりを強化した影響か。ディジトゥスのコードが……魂が怒涛の如く流れ込んでくる。死ね? ああ、そう………………うぜぇ!
「どうなっとる!? これは! 記号? いや、文字か? くっ、ワシの目はどうかしちまったのか!? 坊主! 迂闊に触れるな! 何が起こるか分からん!」
ドワーフが焦っていた。
初めて見る光景らしい。
本来、どんな事象が起こるハズだったのか。
これを見てしまっては、想像する事も出来ない。
魂を剥離するっていうんなら、こうなるのは当然だよな――と納得してしまったから。
――魂に刻まれたもの。
示唆に富む言葉だ。
俺はアニマグラムを扱える。《AGO》の経験もあり、そういうものだと鵜呑みにしていた。だが、考えて見ればどうやってアニマグラムを発動させていた?
プログラムに置き換えてみれば、実行するには必要不可欠なモノがある。
OSだ。
そしてOSだって元を辿れば……プログラムで出来ているのだ。
ならば、魂がコードの集合体である事は自然である。
……ゾッとしない考えだ。
俺の魂もコードで成り立っていると言う事だからだ。
と……人外になった気がして怯んで見たが……脳は優れたコンピューターとも言う。電気信号で思考しているのなら、それってプログラムと何が違うのか。
おや、案外大したことじゃなか……ああ、もう! ディジトゥスうるせぇ! 死ね? バカか、死なねぇよ! 考えごとしてる時ぐらい黙っとけ!
……ええっと? つまり、この光はディジトゥスのOSか。OSなんて本来ブラックボックスなものだが。それを難なく引きずりだす辺り神威魔法という事か。これが真似出来れば魔法武器から魔法を抜きだすのも夢じゃないが……発動には膨大な魔力を必要としていた。コードが分かったとしても、人の身では再現は不可能だろう。
「クロス。それ、斬る?」
リスティがカドゥリアに手をかけていた。
「……気分は悪いが……まあ、なんとかする」
頭の中で延々と怨嗟が響いていた。
顔をしかめずにはいられない。
だが、まだまだ甘い。
鬱陶しいが耐えられない程でも無い。
俺がクソ神に捧げる祈りを見習え。
見方によってはこれは好都合だ。
ディジトゥスが俺に干渉出来るのなら。
その逆もまた然り。
コードの一部を集め、それを掴み取る。
ディジトゥスの核と言うべき部分だ。俺への怨み辛みを抱えている部分。破壊すれば魂は死に、機能――再生能力だけが残る。引き寄せる機能は失われる。俺が憎いから刺しに来るんだしな。カドゥリアの銘を持つ、ただのナイフに成り下がるワケだが……ここまで牙を剥かれては容赦する気にもなれない。
ディジトゥスも俺の決意が本物だと分かっているはずだ。
だが、ディジトゥスは命乞いをせず、最後の瞬間まで怨嗟の声を上げようとする。
いい覚悟だ。
握り潰そうと力を込め――
――ふと、青い髪の青年が脳裏に浮かぶ。
指の隙間から光が抜け出す。
ナイフに逃げ込む光をぼんやり眺めつつ、
残ったコードを握り潰した。
それで解呪は幕だった。
魔法陣に灯っていた光が消える。
「……ふぅ」
煩い声が聞こえなくなり、クリアになった思考で、汚染されてないか確認する。
とはいえ、確認と言っても何をすれば……ああ、アイデンティティを確認する良い方法があった。敬愛する神への祈りを問題なく言えれば汚染は無いと断言できる。
死ね、死ね、クソ神、死ね。
うむ、問題ないようだな。
分かってたけどね。
ディジトゥスの残滓は残って無いって。
つか、綺麗サッパリ消え過ぎた。理解したハズのディジトゥスのコードも……消えていた。勿体ない。初見の関数もあった。もうやんないが。次も無事に済むとは限らない。
さて。
試して見るか。
一度俺に殺されただけでは飽き足らず、もう一度殺されようとするとかマゾなの――っと。来た来た。次々に飛んで来るディジトゥスを受け止め、ホルダーに戻す。
相変わらずのディジトゥスさんで何より。
「…………失敗か」
「いや、成功だ」
ドワーフが肩を落としていたので断言してやる。
「コイツが人を操る事は二度と無い。それで十分だ」
「いいのか? 坊主が望むなら、もう一度試して見てもいい。金はいらん」
「見たろ? 引き寄せたの。これ、便利なんでね」
ドワーフがニッと笑う。
「一端の冒険者のクチきくじゃねぇか、坊主。そうよ、武器なんざ所詮凶器。騎士は痒くなる事言うが。人を守るための剣とかよ。凶器は凶器らしく、よく斬れりゃそれでいい。がはは、坊主が扱いを間違えなきゃいいだけの事だな」
したり、と頷く。
ドワーフがいう程の覚悟はさらさらないが。
もし一人だったなら、あああ、やっちまったあ、と頭抱えてる。
ディジトゥスが暴走したのはまず俺の加護の影響だ。
だが、それを説明出来るハズも無く。
ドワーフが落ち込んでいたから、納得しやすい材料を与えただけ。
「クロス」
「ん?」
「アンタ、見逃したでしょ」
思わずリスティをマジマジと見てしまう。
まさか、バレてるとは思わなかった。
「やっぱりアンタはあたしがいないとダメね」
にやにやと笑うリスティに、俺は肩を竦めて返事とした。
ディジトゥスにはニメアを操った前科がある。
断罪するのに躊躇いは無かった。
魂を鷲掴みにした時、一息に握り潰すべきだった。
なぜそうしなかったのかは定かではない。
だが、その一瞬で俺の心に魔が忍びこんだ。
生かすも殺すも俺次第――そう思ったら覚えてしまったのだ。
――愉悦を。
吐き気がした。
掌で運命を弄ぶのなら、それはクソ神と変わらない。
俺は運命を弄ぶやつを許さない。
例えそれが神であっても――
「…………え?」
呆けた声が出た。
ディジトゥスが震えたのだ。
まるで笑ったかのように。
――くくく、神殺しを望むか。身の程を知らねぇ野郎だな。手ぇ貸してやってもいい。そのほうが早死にしてくれそうだ。
そんな風に言われた気がした。




