第16話 デート2
老婆から剣を譲り受けた後、リスティが言った。
「服、血塗れね。着替えたら? 剣の代金浮いたし、買ってあげるから」
それを聞いた俺の目には涙が浮かんでいた。
感動?
違う。
傷口が痛かっただけ。
中級自然治癒力向上の検証をしていたのだ。
リスティ、老婆に取られて暇だったから。
――結論。
戦闘時は止血効果以外当てに出来ない。
加護を得て治癒速度は上がったと思う。以前擦り傷の経過を観察していたら、数倍の速度で治っていた。でもな。考えても見て欲しい。怪我を抱えていては戦えない。速やかに回復薬飲む。あ、後、痛いし。コレ、大事な。
検証を終えたら即行で回復薬飲みました。
てか、買ってあげるとか偉そうにいうが。
服こんなにしてくれたのお前だから。
言わなかったけどな。
折角、デートらしいデートイベントだ。
都合の悪い事には目を瞑ろうと思ったのである。
「…………そう、思ってたんだけどな。目を瞑ってもなお目に余るこの愚行!」
連れて来られたのは防具屋だった。
服選んでいいよと言われて、鎧見せられるとは思わねぇよ。
「はっ、はあ!? なによ、いきなり。楽しそうだけど」
「……うっ。興味がない……ワケじゃあないんだ……」
前世ではゲーマーだし、装備を見繕うのは楽しい。
命に直結する部分だ。
見識を養っておくのは大切な事である。
「そうじゃなくて。俺が着れるの売ってない」
「あるでしょ」
「だから、ないって」
「ウソつき」
「……脊髄反射で言うのやめて。服買ってくれるんだろ。自分が損する嘘つくかよ」
「えっ。なら……本当に?」
素で驚くリスティに、俺は思い違いに気付く。
「あ~~。そういや、この服買ったのも防具屋だったな。防具屋で服売ってると思ってないか?」
「違うの?」
「やっぱりそうか。田舎と都会の差だ」
田舎では看板はあまり当てにならない。
マリア薬剤店といいながら日用雑貨も扱っていたのがいい例だな。ポットの販売を始めてからも、以前からの客には日用雑貨を売っていた。
反対に都会では分業化が進んでいる。看板以外の商品はほとんど扱わない。
リスティでも分かるよう噛み砕いて説明すると、
「……クロス、熱でもあるの? アンタが素直に説明してくれるなんて……あっ、あたしが斬っちゃったから……?」
……心配された。
「……勘弁して。素でへこむから。無知を嘲笑うほど腐っちゃいないだけ。知らないのは悪い事じゃない。誰だって最初から知ってるわけじゃない。分からない事があれば聞いてくれればいいから。俺が分からなきゃ、ブラスだっている」
「……いつもあたしをからかってるくせに」
「あれは、お前。背伸びして難しい言葉言おうとするから」
「……うー。ズルい。アンタ、ズルい」
リスティが顔を赤くして、ポカポカ叩いて来る。
痛くない。
可愛い。
やばい。
「……あー。折角来たんだし。リスティは防具見なくていいのか」
あ。いかん。露骨過ぎた。
案の定、リスティは俺を見てにやにやと……笑わないな。
いや、笑ったけど……ふわり、と笑った。
「なんでアンタが照れてるのよ」
「……うるせェな。リスティのためじゃねぇ。自分のためだ。リスティに常識がないと俺にとばっちりが来るから。こう見えても、俺、リーダーらしいから?」
「なっまいきー」
リスティが俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。
手を振り払うと、もう一度言う。
「だから! 見なくていいのかよ」
「クロスは? どう思う?」
「自分のことだろ。自分で決めろ」
「はあ? アンタが言ったんでしょ。分からない事があれば聞けって。あたし、ユーフから出たことないから。どうするのが普通か分からないのよ」
「…………そうか」
自分の事は自分で決めるべきだと思う。
命がかかっている事なら尚更人任せにすべきではない。
だが、アドバイスまで拒むつもりもない。
「防具には重鎧、軽鎧、服。三つの分類がある。消去法でいくか。重鎧。これは論外。全身を覆う。動きが阻害される。リスティの長所は身の軽さ。長所と引き換えじゃワリに合わない。軽鎧。選択肢としては有りだと思う。この街を拠点にするなら。俺達の目的は旅だ。軽装である事にこした事は無い。つまり服だな」
「アンタねぇ……結論出てるなら最初にいいなさいよ」
「自分で決断しないと……ああ、関係ねぇか……リスティだもんな……」
「なに」
「いや、責任重大だな、って思っただけ」
他人が選んだ鎧が原因で大怪我をしたとする。俺なら選んだ張本人を恨む。だが、リスティは恨むまい。信頼して一任してくれたなら、それに応えるのが俺の仕事だ。無理矢理にでもリスティに決断を託すのは、責任逃れでしかないと思った。
「出来れば魔法のかかった服が欲しいとこだが」
「ふぅん。あそこにあるけど。あれ? さっき無いって言って無かった?」
「俺が着れる服は無い、って言ったんだ。魔法のかかった服は防具扱いだからな。あるにはある。だが、防具は冒険者向けに作られているワケで」
「ああ、アンタちっちゃいもんね。ウソつかれたかと思ったわ。また、殴らないといけないかと思った」
「なんで殴るかね。口で言え、口で」
「あたしがアンタに口で勝てるとでも?」
「……ごもっとも」
「でしょ?」
胸張って言う事でも無いとも思うけどな。
リスティの防具はやはり服がいいかも知れん。
なぜそう思ったかは……想像にお任せする。
魔法防具は手の届かない場所に置かれていた。
金の無い生活を続けて来た。魔法防具は見た事がなかった。説明文を読んでいるだけで楽しい。
火口に生息する蚕の糸で編んだ服は火属性への耐性がある。
魔晶石の繊維を編み込んだ服は魔法の威力を高める。
防御力を上げる服は種類が多かった。素材となった魔物によって値段が変わる。
戦力向上には繋がらないのに、冷気を帯びた服が異常に高かった。重装備は蒸す。インナーとして重宝されるのだろう。
魔法が付与されたものもあった。
《矢避け》と《風刃鎧》。
《矢避け》は風で矢を逸らす。
《風刃鎧》は風の刃で反撃する。威力は弱い。皮膚が切れる程度。
物に魔法を付与出来る者を魔道士と呼ぶ。この店に商品を下ろす魔道士は、風属性が得意なのだろう。
驚いたのは加護を与える服があった事だ。
特殊な製法により、素材となった魔物の加護を引き継ぐらしい。
とはいえ、剣闘士の加護や下級自然治癒力向上といった、微妙な加護しかなかった。注意書きで加護は重複しません、と書かれている。駆け出しの冒険者向け。
そのワリには高い。
そして目玉は身体能力を向上させる服。唯一製法が記されていない。と、言うのも迷宮から出たものらしい。既に滅んでしまった古代文明によって作られたものだと。
値段はゼロを数えるのがアホらしくなったのでよく分からない。
神話によれば世界は何度か滅んでいる。
俺も概略しか知らない。
語った使徒によって神話の細部が異なるのである。神が偽証したのか、人が歪めたのか。結果、登場する神は一緒なのに、神話が乱立する事態となった。
自慢じゃないが俺は《AGO》でも神話はスルーしていた。
《AGO》はクソ神監修のゲームだ。
真実に一番近い神話がどれかと言えば言わずもがな。
嘘かも知れない内容を真面目に勉強する気にはなれなかった。
変化に飽いた主神が戯れに滅ぼした、という説もある。
神話を研究する学者からも見向きもされない説だ。根拠がないとされているのである。主神――クソ神に関する記述は皆無と言ってよく、存在を疑われるレベルだから。
……てか、これが正答っぽくて怖いんだが。
取りあえず、主神はネトゲやっとけ。
んで、飽きるな。
いずれにせよ、世界が何度も滅んだと言うのは本当の事だろう。
龍級以上の迷宮からは度々遺物が出るからだ。
現代の技術では再現出来ないモノをアーティファクトと呼ぶ。
しかし、身体能力が向上する服、か。
ラインナップを見て分かった。魔法防具には二種類ある。素材自体に効果があるもの。素材に魔法を付与したもの。
この遺物はどちらか。
後者だろう。
もし素材の問題ならば再現も出来るはずだし……って、世界が滅んだ事で魔物の生態も変わっているとしたら、あり得ない事でも無いのか。
でもな。後者だと思う。
この遺物に付与されている魔法に心当たりがある。
氣闘術――《身体強化》だ。
氣闘術を魔法と捉えるのは限られた人だけ。
ならば、付与したのは――ハイエルフ。
そう考えると辻褄が合う。
――問題は。
この説が正しいとしたら既にハイエルフは滅んでるって事になるんだよな。
一応、ハイエルフと呼ばれる種族は現代にもいる。
果たして現代のハイエルフは古代文明の末裔なのか。
滅んでいるのに末裔とはこれいかに。まあ、滅んだっていってるの神様だし。どの神話でも世界は天変地異で滅んだ事になっている。生き残りがいたとしてもおかしくない。
ハイエルフの情報源はブラス。王討伐後に聞いた。知っているだけでなく、かなり親しい間柄だったようだ。語る表情が柔らかかった。
所在を突っ込んで聞いたものの、
「言えねぇ。約束だ」
と、言われてしまった。
アニマグラムが扱えるようになり、ハイエルフの重要度は上がった。魔法を一から学ぶのも楽しそうだが、手間暇を考えればコードをコピペさせてもらうのが手っ取り早い。
誠心誠意頼めばブラスも理解を示してくれるかも知れない。
メリットとデメリットを天秤にかけ。
何も聞かない事にした。
ブラスの顔を見たら約束がどれだけ大切か分かる。
メンタル弱い男だからな。
約束を破らせたら使い物にならなくなるかも知れない。
へっ、騎士に約束破らせるワケにもいかねぇよな、なんて思って無いですよ?
「楽しい?」
隣から掛けられた声で我に返る。
いつの間にかリスティが横にいた。
「……あー。悪い」
「親子ね。責めてないわよ、別に」
「…………」
「いいの、あった?」
「値段見なきゃ」
「クエストやる? 買えない額でも無いでしょ。クエストボードにウェルトレントのクエストあった。アンタの加護があればおいしい魔物だと思うけど?」
「ウェルトレント?」
「イヤらしいイルトレント?」
「ふむ。相変わらずよく分からん。ま、やらないけどな。《紫電の槍》に絡まれたいか?」
「平気じゃない? 暫く立ち直れないでしょ」
「ジフな。心折れてんのにギルドマスターに突っかけられて。あれは可哀そうだった」
「あ~。思い出したらムカついてきた。ネフェクなら絡まれてもいい」
「返り討ちにするからか」
「そう」
リスティが剣呑な笑みを浮かべる。
人のふり見て我がふり直せと言うが。ネフェクはいい反面教師だった。俺とネフェクの思考回路は似てる。この敵意が俺に向けられる未来があったかもしれないワケで。
……なんか、ネフェクが可哀そうになって来た。
「……やめてやれ。ネフェクはネフェクでよかれと思ってやったんだろうし。元々、ギルドマスターと戦いたがってたのジフのほうなんだよ。ただ、あれはネフェクが止めるべきだった。それは確か」
「ネフェクは何がしたかったの?」
「さてね。ネフェクに聞け……といいたいトコだが。これかな、ってのはある」
「それでいいわよ」
「発端はジフだと思う。ジフは強敵を求めていた。少し前のリスティ状態な、俺に敵うやつはいないぜ、みたいな。お、おい。待て。拳を開こう、な? 本当の事だろ。ゴホン。で、だ。ジフが狙ったのがギルドマスター。ネフェクはジフの希望に沿って動いていただけ。勿論、ネフェクなりの狙いはあった。ギルドマスターのお墨付きが欲しかったんだろう。ジフならギルドマスターに認めてもらえるって自信があったんだな」
自分で言っていて、どうだかなあ、と思う話である。
一応、筋は通っているが、美談にしたてすぎた。
脳筋は何も考えなくていい、と言っていた男だし。
サクラを使う狡猾さもある。
ジフに全幅の信頼を置いていたとは思えない。何しろ相手はSランクだ。
ネフェクが欲したのはジフがギルドマスターと戦ったと言う事実だけ。後は口八丁でギルドマスターに認められたと、吹聴するつもりだったのではないか。
「ま、なんとかの槍はどうでもいいわ。ウェルトレントのクエストやる?」
「ギルドマスターに絡まれたいか?」
「…………イヤ」
「俺も。出来ればさっさとホールヴェッダ出たい」
「そうね。でも、子供達の事もあるし。すぐには無理じゃない。あ。ハインツさん。なんか待ってくれって言ってた。時間あるんじゃない? その間は?」
……騎士団に話を通すまで待っててくれ、だな。肝心な部分を聞いてねぇ。
「いいのか、観光しなくて」
「…………したい」
「ははっ。そうだろ」
時には休息も必要だ。
ましてやリスティはユーフから出たばかり。
貴重な時間をクエストで潰すのは勿体ない。
今が一番世界が新鮮に見えている時期なのだから。
願わくば輝きを彩る一助に俺がなれれば――言う事は無い。




