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異世界のデウス・エクス・マキナ  作者: 光喜
第2章 旅路編
42/54

第13話 紫電の槍2

 決闘開始の合図を受け、リスティとジフが同時に動く。

 鏡映しのような光景だった。踏み込みの速度といい、歯が剥き出しの笑みといい。十メートルの距離が瞬く間にゼロへ。計った様に中心で二人の剣が激突した。

 金属音が弾け――鍔迫り合いへ。

 リスティが剣を押し込む。真剣である。触れれば切れる。だが、ジフは眉一つ動かさず、迫りくる剣を見詰めていた。首筋まで後わずかというところで、遊びは終わりだとばかりにジフが押し返す。一気に形勢が逆転。先に剣を引いたのはリスティの方だった。


「やるなあ、女。名は?」


 ジフは愉悦を隠さず問い掛ける。

 気の弱い人物なら目があっただけで卒倒してもおかしくない。

 だが、ジフが認めた人物が怯むはずもなく、


「リスティよ」


 と、つまらなそうに名乗る。


「そうか、覚えた。誇れ。俺は認めた相手しか名を覚えねぇ」

「あっそ。興味ないわ」

「くっくっく。気の強い女は嫌いじゃないぜ」

「アンタ、思ったより喋るわね。戦士ならコレで語ったらどう?」


 そういってリスティは剣を掲げる。

 

「ハッ。いいぜ、いいぜ、その通りだ。それが分からねぇ野郎も――」

 

 ジフの口上を遮ったのは、リスティの剣閃だった。

 一瞬、激昂しかけるジフ。だが、本当に無粋だったのは誰なのか。己の矜持と照らし合わせ、答えが出たらしい。唇の端を自嘲で歪め、リスティの剣を受け止める。

 脳筋ならではの会話である。

 傍から見るとアホ以外の何物でも無いが。

 本人達は至って真剣なのだ。

 だから、

 

「ふん、野蛮な連中だね。考える頭もないんだ。黙ってボクのいう事を聞いていればいいものを」

 

 ネフェクの侮辱は捨て置けなかった。

 ま、俺も似たような事は思うけどな。リーダーってのは迷惑をかけられるものだ。とはいえ、共感は出来ないが。仲間を導くのと思い通りにするのは違う。


「そういう台詞はジフの手綱を握ってから言えよ。負け惜しみにしか聞こえないぜ」


 ネフェクは俺を一瞥しただけだった。決闘は続いているのだ。無駄話をしている暇はないと態度で示していた。しかし、侮られたままはプライドが許さなかったのか。

 やがて、ポツリと言った。


「握っているさ」

「どうだかな。この戦いは不要だったと思うが。ジフにせがまれて仕組んだんだろ」

「知ったような口をきくね。せがまれてお膳立てしたのは認めるよ。でも、結果的に目的を達成できれば手綱を握っていることにならないかい?」

「アンタがそう思うならそうなんだろうさ」


 ネフェクが俺を睨む。

 その瞬間だ。歓声が湧いた。


 リスティの膝が落ちていた。反撃出来る体勢では無い。観客の中には目を瞑っている人もいた。決着がついたと思われているのだ。だが、彼らの予想は裏切られる事になる。

 体勢が崩れたならばいっそと、リスティが倒れ込んだのだ。

 振り下ろされる剣を意にも介さず、リスティは強烈な蹴りをジフの足に放つ。

 

「ぐっ」


 動きが止まったジフをリスティは前蹴りで吹き飛ばす。

 怪訝そうに腹部を抑えるジフを見据え、リスティは悠々と立ち上がった。

 

「……妙な女だ、リスティ。今の蹴りが一番鋭かった」

「あー、分かる? まだ剣に慣れてなくて」

「慣れ……だと? いつからだ。剣を学んだのは」

「一ヶ月前?」


 驚きの声を上げたのは冒険者達である。


「一ヶ月!? バカな! あり得ない!」

「ハッタリだ! 決まってる!」

「バカ! どっちだっていい。彼女がジフと互角に戦っているのは事実なんだ!」


 リスティが眉根を寄せる。

 

「なんか勘違いしてない? 剣を使い始めて一ヶ月って事なんだけど。三年は冒険者やってるんだから」

「な、な~~んだ。それなら納得……出来るかァ!?」

「アレが一ヶ月の剣ってのはマジなのかよ!」

「…………天才か。冒険者止めて田舎に帰ろうかな」


 リスティは不機嫌そうに、剣を冒険者に向かって振る。


「ああ、もうっ! 文句があるならアンタ達が来れば!」


 ……なんでそうなるかな?

 関係ない人まで怯えさせてくれちゃってまあ。

 悪気なくトラブルを起こしてくれるよな。

 

「待て待て、リスティ。お前は勘違いしてる。彼らは褒めたんだ。一ヶ月で身につく剣技に見えないって。凄いって」

「そ、そうっ。なによ、それならそうと分かるよういいなさいよ。でも……悪かったわね」


 世界は違えどもツンデレの破壊力は一緒だと言うのか。

 騒ぎたてていた冒険者達が、リスティにぽ~となっていた。

 ……くそっ、フォローするんじゃなかった。なんかムカつく。

 

「話は終わったか」

「待たせたわね。いつでもいいわよ」

「いい。気にするな。俺とした事が。ハッ。そうだよな、剣を学んだのが一ヶ月だろうと、一年だろうと要は強ぇかどうかだ。有象無象と同じ考えにとらわれるたァな」

 

 戦闘が再開される。

 野獣のような印象とは裏腹に、ジフの剣技は流麗なものだった。騎士の剣か。基本に忠実で奇を衒わない。一撃で決める派手さはないが着実に相手を追い詰める。

 

「止めなくていいのかい?」


 にやつくネフェクが隣にいた。

 先程の意趣返しのつもりか。

 だとしたら、残念だったな、としか言いようがない。


「止める必要あるか? リスティが勝つのに」

「キミの目は節穴かい? 押しているのはジフだよ」

「その言葉そっくり返すぜ。勝負はもうついている。ああ、こう言うと誤解を招くな。勝敗の行方が見えたとかそんな曖昧な事じゃない。本当ならリスティの勝ちで終わってていいんだ。俺が司会じゃなく審判やってればもう終わらせてる」


 死ななければ赤ポットがあるとはいえ、不測の事態は幾らでも起こり得る。

 リスティの勝利を疑っていないが……掌に嫌な汗をかいている。

 エグゾスケルトンとの戦いを見守っていたリスティもこんな気持ちだったのか。

 今すぐ止めたいのはやまやまだが、それでは二人が満足してくれない。


「負け惜しみじゃないぜ。暇だしな、説明してやる。あ、その前にネフェクは魔法使いでいいんだよな?」

「そうとも。戦士にリーダーは務まらないからね。キミもそうかい?」


 やはりそうか。

 ネフェクの魔力はジフよりも高い。なのに睨まれても恐ろしくなかった。普通の格好されると、戦士と魔法使いの見分けつかないんだよ。


「リスティの師はブラスって言うんだが。ブラスが言うには大事なのは基礎だそうだ」


 ネフェクの目が細まるのを見て、先手を打って言っておく。


「何言ってんだと思うかもしれないが。ま、騙されたと思って聞いとけ。最後には分かるよう話すから」

「…………」

「戦士にとって基礎とは氣闘術を指す。氣闘術を修めて一人前って言われるのがその証拠。剣技も勿論大切だ。だが、土台となる肉体が貧弱じゃ技術を生かしきれない。鍔迫り合いから相手を押し返す訓練がある。ちなみに失敗すれば本当に斬られる。俺も何度斬られた事か。剣もボロボロになるし。ま、それは愚痴だな。で、だ。この訓練で何が鍛えられるかと言うと、瞬間的に練れる氣の量だ」


 リスティとブラスは暇があればこの訓練をしていた。正直に言えばマゾじゃないかと思うレベルで。珠の肌が傷つくのを見過ごすわけにもいかない。もう十分ではないかと言って見た事があるが、王を一撃で倒せるようになるまでやるといって聞かなかった。

 どうもリスティは《墜火葬》を氣を練ったパンチだと思っているのだ。

 俺が出来るのなら自分だって――みたいな。

 そんな勘違いもあり。

 リスティの氣の瞬間出力は軽くCランクを凌駕していた。

 先程の結果を見るとAランクに近いのかも知れない。


「俺の見立てではジフの方が氣の総量が多い。最大出力も高い。だが、一点だけリスティが勝っている部分がある。それが瞬間出力だ。最初の鍔迫り合いで押し込んだのは誰だった?」

「ふん、話の筋は通ってるかも知れないね。でも、本当だという証拠がどこにあるんだい」

「ない」

「ほら、見た事か。大体、押し切れなかった。この事実は揺るがない」

「押し切らなかったんだ。って、いってもやっぱ証拠はないけどな」


 鍔迫り合いの最後、リスティは力を抜いたように見えた。ただ、口で言う程確信があるわけでは無い。あのレベルの攻防になると、俺の才能では理解しきれない。

 

「いいかい? キミの発言は矛盾している。力で勝てるなら彼女が苦戦する道理がない」

「いいや、矛盾してない。剣技じゃリスティはジフの足元にも及ばないからな」

「ジフの方が強いと認めたようだね」

「……アンタも大概人の話を聞かねーな。何を持って強いとするかにもよるだろ。冒険者として総合評価すれば、そりゃあジフに軍配が上がるさ。ただな、最初から言ってるようにこの決闘で勝つのはリスティだ。いや、決闘だと思ってるから理解できねぇんだな」

「……なんだって」

「リスティにとってこれは訓練だ。ブラスだけ別の宿屋泊らせたからな。朝の訓練なかったんだわ。渡りに船だと思ってるんじゃねぇかなあ」

「馬鹿な! あのジフを相手に訓練! あり得ない!」

「信じろとは言わないさ」


 わざわざネフェクに説明しているのは、ジフの手綱を取ってもらうためである。

 リスティが勝利を収める。これは確定事項である。だが、圧勝する事はあるまい。訓練だからだ。辛勝だったという印象が強ければ、ジフの性格からしてリベンジを挑んできかねない。

 

「おいおい、決闘から目ぇ離していいのかよ。そろそろ勝負が決まりそうだぜ」


 俺の指摘でネフェクは決闘に目をやり――驚愕の表情を浮かべた。

 ジフと互角に打ち合うリスティの姿があった。

 ネフェクが俺の胸倉を掴む。


「どういうことだ! 貴様、何をした!?」

「なにも」


 リスティの稀有な才能は最適化だ。

 長い間ダベっていたからな。騎士の剣に適応出来るようになっていても何ら不思議では無い。ただ、最適化にも弱点がある。実力の離れた相手には効果が発揮されない。最適化とは戦術の向上でしかないからだ。どれだけプレイヤースキルが優れていても、ボスと戦うには相応のレベルが必要になるようなモノか。

 しかし、面倒だな。

 ネフェクは頭に血が上っている。

 俺が細工をしたと吹聴されたらたまったものではない。


「思い当たる事が一つある。先日、リスティは騎士の剣を見てる。それもジフよりも優れた剣技だ。攻略法を考えながら見てただろうし。ようやく思い通りに身体が動かせるようになって来たんじゃないか」


 チネルで戦った剣のエグゾスケルトンの事である。

 ネフェクを説得する為こじつけたのだが。

 案外、的を射てるのかも知れないな。

 ま、ネフェクは……聞いてないんだが。

 もう俺の事そっちのけで決闘に見入っている。

 

「馬鹿な! ジフが押されている? あり得ない。あったらいけない!」


 はあ。

 癇癪起こしたガキかよ。

 挫折を味わって来なかったのだろう。この手の増長した人は冒険者によくいる。

 あ、優秀な冒険者が多いってのとは少し違う。鼻っ柱を折られるのは、クエストを失敗した時だ。だが、クエストの失敗は死で報われる事が多い。成功し続ける冒険者は珍しいものではないってコト。


 一進一退の戦いが続いていた。

 リスティは慣れない騎士の剣を使い、ジフは肉を切らせて骨を断つ冒険者の剣を。冒険者の剣といっても、流派があるワケではない。ただ、勝利を追い求める剣、という意味だ。

 これが本当のジフのスタイルなのかもな。

 騎士の剣と冒険者の剣のミックス。

 最初の激突も騎士らしくなかったし。

 騎士の剣で戦っていたのは、ネフェクからの入れ知恵か?

 冒険者の戦い方ってのは見栄えが良くないからな。

 ジフがネフェクの言う事を聞くとも思えないが……対人に限れば騎士の剣は非常に有効だし、最適な戦術を選んだだけか。

 騎士の剣を使うジフのほうが強いと思うし。

 ただ、今の剣のほうが……怖い。凄みと言い換えてもいい。

 何をして来るか分からない。だから、迂闊に踏み込めない。隙は大きいはずなのに攻め辛くなり、知らず主導権を奪われる。とはいえ、並みの相手だったらと注釈がつく。

 やれやれ。

 俺の気持ちも知らず。

 生き生きと剣を振るってら。

 ジフは笑みが消えてるってのに。

 

 そして決着の瞬間が訪れた。

 リスティが剣を横に薙ぐ。

 ジフがバックステップでかわし――体勢を崩した。

 ネフェクと衝突したのだ。

 暗黙の了解として、二人は輪の中心で戦っていた。しかし、押され始めた事で、周囲に気を配る余裕を失くした。遅かれ早かれこうなる事は必然だった。ぶつかったのがネフェクだったのは運命の気まぐれ――ではなく、あのままだと女性に直撃コースだったので、俺がネフェクを突き飛ばしたのだ。

 

 絶好の好機。

 しかし、リスティはふぅっと息を吐くと剣を鞘に収めた。


「てぇぇンめぇぇ。どういうつもりだッ!」


 憤怒に身を震わせ、ジフが吠えた。

 リスティは顔色一つ変えず、汗を拭う。


「もう終わりでいいんじゃない?」

「まだだッ! 終わってない!」

「うるさいわね。アンタ、バカ? あたしの実力が見たかったんでしょ。勝負付くまでなんて誰も言ってないし。これ以上やったら怪我人出ると思うケド?」

「怪我人!? 知った事か! 俺が勝ってねぇ!」


 ………………いかん。呆けてた。

 ネフェクも相当だと思ったが……上には上がいた。

 リスティは……うおぅ、ゴミを見る目。結果は見えたな。もう手加減すまい。

 決闘を続けさせる気はないが。

 観客に怪我人を出すのは《紫電の槍》も望まないだろう。狂犬の手綱を握っていると豪語してくれたのだ。ネフェクに仲裁をさせて……と考えていたが遅かったらしい。

 ジフが激発した。


「なんだ、その目は! アァ!? ふッざけやがってぇ! 見下していいのは俺だけだッ!」


 ジフの踏み込みで石畳が爆ぜた。

 憎悪に駆られた狂犬がリスティに迫る。


「――――なっ!?」


 目を疑う。

 短気過ぎだろ。

 リスティが抜刀した。後ろを一瞥し、腰を落とした。迎え撃つ構えだ。


「ブラス! 止めろ!」


 分が悪い。

 氣を練る時間は十分にあった。リスティじゃ受け止めきれない。かといって避ける事も出来ない。観客を巻き込まない為だ。全ての要素がジフに味方している。

 リスティとジフが衝突するその刹那――

 

「待てぇぇぇいっ!」


 ――大音声と共に割って入る人物がいた。

 豊富な髭を蓄えた大男だ。額には十字の傷があった。四十歳と言ったところか。全身から覇気を漲らせ、見る人に強烈な印象を残す。


「おもしれーことやってるじゃねーか。オレも混ぜろよ。ガハハハハ!」

 

 ………………誰?

 過った疑問にざわめきが答える。


「ギルドマスターだ」

「……デカイ地声。間違いない」

「声で確信するとか、どんなだよ! あの十字傷のが目立つだろ!」


 歓声が上がる。ギルドマスターを褒めたたえる声だ。

 体裁としては決闘だが、殺し合いになるところだった。誰もが止めるべきだと思っていたのだ。だが、止める実力がなかっただけ。そこへギルドマスターの登場だ。

 しかし、讃えられるギルドマスターは不機嫌になり、


「うるせぇぇぇ! 褒めるな! 俺は遊びに来ただけだ! チッ。型にハマった冒険者ばっか増えやがってよ。つまんねーんだよ!」


 遊びに来た。

 ジフの自尊心を傷つけただろう。

 だが、彼は何も出来ずにいた。

 剣を動かす事が出来なかったからだ。ギルドマスターが掴んでいた。ジフの乾坤一擲の一撃を――一滴の血も流すことなく素手で受け止めていた。


「すごい! すごいや! 見て! 痛くないのかなあ!?」

「…………これが、Sランク冒険者か。誰だ引退したなんていったやつ。化物だ……」

「…………あの。いいですか。冒険者って……みんなあれぐらい出来るんですか?」

「………………フツーは無理。あ、お姉さん、そんな残念そうに。ジフだって無理だから」

「……ん。上には上がいる。いい勉強になった」


 ったく。

 騒ぎすぎだろ。

 俺の隣の子供に至っては英雄を見る目だ。

 まー、凄いっちゃあ凄いぜ。

 でもね。

 あれぐらいウチのニートだってやれますし!

 

 ネフェクが進み出た。


「お初にお目にかかる。ボクは《紫電の槍》のリーダー、ネフェク。ギルドマスターにお願いがある。ジフと立ち合って貰いたい」

「ジフ?」

「知らないかな。貴方はこの街の冒険者から絶大な人気を得てる。その貴方に刃を向けたとあっては、明日から生活もままならない。過去は取り戻せない。ならば、合意の立ち合いだったということにしてくれないか、ということさ」

「分からん! 分かるように言え!」

「なんで分からないんだよっ! 貴方に刃を向けてるのがジフだっ!」

「コイツか」


 ギルドマスターがジフを一瞥する。

 すると……ジフが目を逸らす(・・・・・)


「どうかな。ボクのボクのお願い聞いてもらえるかい?」


 ギルドマスターがつまらなそうに鼻を鳴らす。


「おめー、リーダー失格だ。だが、いいぜ、戦ってやっても。ただし、この女を倒せたならだ」

「え、あたし?」


 突如指名され、リスティが戸惑う。

 

「いいけど……あたしが勝ってもアンタと戦わないわよ」

「いいじゃねーか。やろうぜ」

「イ・ヤ・よ」

「そーか。しかたがねー。戦える方に勝ち残ってもらうか」


 言うが早いか。ギルドマスターはジフを解放する。

 観客の誰もが呆気に取られている。ギルドマスターともあろうものが、こんなこすい真似をするとは思うまい。相手が俺だったなら、勝負は決まっていたかも知れない。

 だが、相手はリスティだ。


「…………」


 リスティの姿が忽然と消えた。

 舞台にいるのは当事者だけ。

 隠れられる場所など限られている。

 そう、ギルドマスターの背後だ。


「待て!」


 予想外の展開だったか。ギルドマスターが手を突き出す。


「おおおおおおおお!」


 ジフが吠える。我武者羅に剣を振るう。ギルドマスターごと斬る気だ。

 

「ばっ、くっ、がああっ、ぬおおお!」


 ギルドマスターは奇声を上げながら剣を手ではらう。

 先程のように掴み取る事が出来ないので、連撃に身を晒し続けしかない。

 理由?


「ふふん。高みの見物なんて許さないんだから」


 と、仰るお嬢様がいるからだ。

 ジフの剣に合わせギルドマスターの膝裏に蹴りを放つ。ヒザカックンだな。いかなSランクと言えども、前後に挟まれてはあしらう事も出来ないようだ。

 しっかし……楽しそうだな、リスティ。

 冷静に見る機会がなかったが。

 俺に訓練(オシオキ)してる時もあんな顔になってるのかね。

 Sだな。

 リスティは怒らせないようにしよう。

 ………………うん、出来ない誓いはしない。

 

「クソッ、クソッ、クソォォォォ!」


 ジフの剣が力任せになって来た。

 冴え渡っていた剣技が見る影もない。

 酸欠か。目が虚ろになっていた。

 それでも斬るのを止めない。

 果たして何を斬ろうとしているのか。

 リスティか。

 ギルドマスターか。

 それとも――

 

「無様ね」


 沈痛な声音でリスティが言う。

 《魔視》は発動させてない。訓練で何度も目にした技だからか。リスティの掌が光るのを確かに見た。


「バカ――」


 氣の高まりを感じたか。ギルドマスターが焦りの声を上げる。

 だが、遅い。

 無防備な背中にリスティの掌底が叩きこまれた。

 

「ガッ――」


 巨体がジフを巻き込んで転倒。ジフが苦痛に顔を歪め、喘ぐ。

 うわ、えげつねぇ。あ、ギルドマスターのオヤジね。ジフの腹に肘を落としながら倒れやがった。ただでさえ酸欠気味だし。呼吸が出来なくなれば……ま、気絶するわな。

 

「ジフ! ジフ!?」


 ネフェクがジフを揺する。白目剥いてんだ、止めてやれ。やるなら人工呼吸でも……あ、ダメだ。うっかり想像しちまった。アー、な趣味は俺無いんだよね。

 

 何とも冴えない幕切れだ。

 途中までは金が取れそうな決闘だったのに。

 いや、まだ幕は下りてないのか。ギルドマスター次第だ。もしリスティとの戦いを望むなら、口八丁で誤魔化すしかない。リスティの勝利じゃない、とか言ってな。決め手はリスティの掌底だが、ギルドマスターが自分の意思でジフの意識を刈ったんだし。

 リスティがやりたいなら、戦って貰ってもいいんだが。

 手を出したらマズい相手なんだろうな。

 ……思いっきり出してたけどもね。

 あの狂犬ジフでさえ、ひと睨みで心を折られていた。

 相変わらず俺の危機感知センサーはニートなので、声のでかいオヤジにしか見えないのだが、強者にしか分からない凄味があるのだろう。試しに《魔視》で見て見ると……お~ぅ。凄いな。ジフも相当なものだと思ったが、まるで相手にならない魔力総量だ。

 でも、この程度か。

 強がりでなくてね。

 ブラスと同等と言ったところだったのだ。

 これで確定だな。

 ブラスの実力はSランク相当。

 まあ、分かったからなんだ、という話ではあるけども。


「なあ、女。本当にやらねーのか」


 胡坐をかいたギルドマスターが言う。


「はあ? やらないっていってるでしょ」

「ケッ。見込みあると思ったのによ。てめーもそこらの冒険者と一緒か」


 安い挑発だ。

 そんなのにのるのは……そう、だよな。いるんだよ。

 リスティの手が剣の柄に掛かっていた。ギルドマスターはバカにした笑みを浮かべ、リスティを見上げていた。だが、緊迫した空気は訪れと同様に唐突に去った。

 リスティはふっと肩の力を抜くと、

 

「斬れないし、止めとくわ」

「ガハハハ。それがいい」


 呆けている観客に混じり、顔色を変えているのが何名かいた。ただ睨みあっているだけに見えて、凄まじく高度なやりとりが行われていた事に気付いたのだ。

 まずリスティが氣を練った。

 ギルドマスターも合わせて氣を練る。

 恐らくは……リスティの攻撃を無傷でしのげる量を。

 ならばと、リスティが出力が上げればギルドマスターも上げる。

 先に天井へ達したのはリスティだった。

 我慢比べでギルドマスターも満足したようだし。

 これでようやく幕だな、と思っていたら、


「じゃあ、お前の番だな、坊主」

 

 ……なんで、俺に矛先が向くかな。

 俺の気の総量は微々たるものですし? 戦闘狂の眼鏡に叶うとは思えない。自分で言ってて少し悲しいけどな。げ、目が合った。カンペキ、ロックオンされてる。

 これだけはやりたくなかったが。

 一応、要職に就いてる人物だ。

 手荒な真似はしないと信じよう。

 

「そこのキミ、ギルドマスターが呼んでるよ」


 隣にいた少年に声をかける。

 少年は興奮で顔を赤くして、ギルドマスターに手を差し出す。

 

「あ、握手してください!」

「おお、オレをぶっ殺せるぐらい強くなれ、坊主」


 少年とギルドマスターがガッチリ握手する。

 誰が想像できるだろうか。ここが歴史の転換点だと。

 この少年の名が轟くのは十年後。尊敬するギルドマスターがいる、このホールヴェッダで頭角を現す。少年はカリスマ性でもって、類まれな才能を持つ仲間を得る。幾つもの迷宮を踏破し、やがて彼は冒険者の枠を超え、世界を変革――


「って、ちげーよ! 坊主違いだ!」


 チッ。騙せなかったか。

 折角、ここで終わってもいいように、モノローグ突っ込んでおいたのに。


「そこの坊主だ! え、俺? はは、まさか、え、嘘、本当に! って、ツラで言ってる坊主だ。芸が細けぇな! おい!」

「ふむ、そこまで言われたら、知らん顔も出来まい。俺の歳でそこまで顔芸出来るのは俺ぐらいのものだろうからな。それで? 俺に何の用だ?」

「オレと――」


 口を開くギルドマスターを、俺は全力で抑えにかかる。


「待て待て待て! 言わないでいい。分かってるから。流石はギルドマスター。慧眼だ。感服する。外見に惑わされず、よく本質を見抜いた。そう、この俺こそ、《神様に見放されたい十歳児と、森の熊さんズ》改め、《やはり神様に見放されたい十歳児と、トラブルメイカー》のリーダー、クロスだ」

「勝負――」

「みなまで言うな! リスティを引き抜きたいっていうんだろ? 分かるぜ。今はCランクだがな、Sランクも狙える逸材だと思ってる。引き抜きたいと言われても、はい分かりました、とは頷けない。ただ、何一つ決まっていないウチのパーティーだが、一つだけ暗黙の了解がある。それは自主性を尊重すると言う事だ。結構、マジで。だから、リスティがホールヴェッダに残りたいと言えば、それを引き留める言葉を俺は持たない。俺が居たら混乱させるだけだろうからな。後は当事者同士話し合ってくれ」


 あ~、早口でまくしたてたから、ちと息切れ。

 でも、その甲斐があったな。

 ギルドマスターは鳩が豆鉄砲食らったような顔になっていた。

 よし。

 逃げよう。

 リスティですら尻込みする化物となんで戦わにゃならんのだ。

 

「うおっ」


 輪の中心に押し出された。

 振り返ると……剣呑な笑みを浮かべたリスティ。


「アンタ、ウソつきだし。何も考えずにいったんだと思うけど。なんか、ムカついた」


 あ、あれぇ? 何か、気に障るコト俺言ったかな?

 思考よりも先に口が動く、みたいなカンジだったから。何言ったんだかイマイチ覚えてないんだよ。

 

「クロス。観念しとけ。そうなったリスティはテコでも動かねー。つーかよ、俺達ギルドマスターに会いに来たんだろ。今避けたってなあ。また、後で会うんだろ。逃げ続けるワケにもいかねーだろが」

「うぐっ」


 ブラスに正論を言われると堪えるな。

 腹を括ろうとした時だった。

 ギルドマスターがニタァ、と笑った。


「逃げてーなら、逃げても構わねぇぜ」

「……では、お言葉に甘えて……って、雰囲気でも無さそうだな。なんだ?」

「てめーが持って来た手紙読んだ。チネルの町民に援助をしてくれ、って書いてあったぜ」

 

 ユーフに逃げて来たチネルの町民に?

 援助を?


「嘘だな」

「ウソじゃねぇ」

「へぇ。冒険者ギルドが人助けをするって? 聞いたことねぇな」


 冒険者ギルドが人を助ける義務は無い。

 だが、義理はある。ユーフのような地域密着型の冒険者ギルドなら分かるのだ。

 その点、ホールヴェッダの冒険者ギルドがチネルの町民を援助する義理は無い。


「あ~~、ゴチャゴチャうるせェ! 騎士団に話を通せって書いてあった! だが! 俺が握り潰せば同じ事だ!」

「……握り潰す、だァ?」

「お? やる気になったか。てめーがオレに勝ったなら、取り消してやろう」

「……本気か?」

「おうよ!」


 ギルドマスターが嬉しそうに立ち上がる。

 背が高い。間近で見ると、かなりの威圧感。

 本気か?

 いや、こう問うべきだったか。

 正気か、と。

 俺を挑発する為に無関係の人を巻き込む。

 組織の長が取っていい態度では無い。

 沸々と怒りが湧きあがって来る。

 チッ。

 俺もか。

 こんな安い挑発に。

 でも、許せるか?

 マリア薬剤店に雇われたマリア達は幸福だ。衣食住が保証されている。給料だってかなりいい。だが、彼女達は決して裕福ではなかった。得た給金をそのままチネルの知り合いに渡していたからだ。マリア薬剤店に金の無心に来る人を何度も見かけた。

 チネルを通るだけでいい。

 そういった人達の顔が蘇って来る。

 

「……分かった。やろう。俺が勝ったらさっきの言葉は取り消せ」

「いいだろう……ん、なんだ?」

 

 ギルドマスターが怪訝な顔になる。

 俺が手を差し出していたからである。

 

「握手だ。勝っても負けても恨みっこなし。正々堂々やりましょうってな」

「よく分からんが」


 握手を交わす。

 俺は顔を上げる。ずっと俯いていた。顔に出てしまうからだ。だが、もう構わない。獰猛な笑みを、ギルドマスターに向けてやる。

 チェックメイトだ。


「《魔封冠(まふうかん)》」


 ギルドマスターの顔色が変わる。繋いだ手を凝視していた。

 腐っても、Sランクか。

 気付くのが早い。

 手を振り解こうとするが、ギルドマスターと比べたら、小さすぎる俺の手は離れない。

 こっそり《身体強化・強》を発動させていたからだ。

 

「悪ぃな。正々堂々って言ったの。アレ、嘘。握手した時点でアンタの敗北は決定してた。だから、アンタに言いたかったのは、負けても恨むなってことだけ――だッ!」


 ギルドマスターの足を刈る。

 巨体が軽々と宙を舞う。落下するまで間がある。とはいえ、一秒にも満たない間。だが、その一瞬すら俺にはもどかしい。このクズを一秒でも早く地面に叩きつけたい。

 《身体強化》を強から中へ落とす。

 ムカつくが。

 殺したいワケでは無い。

 Sランクともなれば、生身も硬いのだろうが。

 氣を纏わずに(・・・・・・)アウディベアよりも硬いとは思えない。

 ギルドマスターの腹部に拳を当て――そのまま一気に地面へ突き落す。


「――――クハッ」


 ギルドマスターの巨体が石畳に縫いつけられる。

 俺が拳を引くと、ギルドマスターが吐血。

 ハッ。白目剥いてやがる。ジフも白目になってたし、因果応報だな。

 俺?

 俺は平気です。

 だって、悪い事してないし。

 

「ふぅ」


 すっきりした。

 と、辺りを見渡し、


「……………………あ、あれ」


 心なしか輪が……広まってる、ような……

 やけに怯えられている気もするし……

 リスティだけが満面の笑みで……って見惚れてる場合じゃない。

 あー、そうか。

 俺がギルドマスターを倒せたのはハメたからで。

 マトモにやれば勝ち目は皆無だったんだよな。

 でも、傍から見ていて分かる筈も無し。

 Sランクの冒険者を赤子の手を捻るように倒したように見えるワケで。

 ふむ。

 そうだな。


「…………やりすぎた」

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