第12話 紫電の槍1
やっぱり領都は違うな。
冒険者ギルドを眺めて思う。
領都とは領主がいる街の事を言う。県庁所在地みたいなものか。
まず冒険者の数から違う。百人はいるのではないか。
クエストボードの前では、幾つかのパーティーが喧々諤々の議論を交わしている。思ったより普段着の冒険者が目立つ。依頼を受けてから準備をするのだろう。クエストの内容で必要な物も変わってくるだろうから。
おっと危ねぇ。目が合うトコだった。
冒険者として生きて行く覚悟は済ませたハズなんだけどな。見るからに冒険者! って人を見ると、気後れしてしまうのは治らなかったらしい。
だって、怖いもん。
カウンターが用途毎に分かれていた。
クエストの受注・報告、素材の買取。
報告のカウンターに並ぶ。
朝ということもあって報告のカウンターは空いていた。
並んでいた冒険者に「ふぅん、子供……えっ、子供!?」みたいに二度見された。
俺の気持ちを代弁してくれて有難う――そんな気持ちを込めて微笑み返す。
ウチのパーティーは三人組である。あまりパーティーという気がしないが。友達を悪友と言いたい感覚と言うか。パーティーと言う以外、相応しい言い方が無いのも確かだが。
適材適所とも言うし。俺が報告するのはいいんだ。ただ……当たり前のように二人してクエストボード見に行くのはどうかと。頼むの一言も無し。
せめてエントウルフの素材売れよ。
脱出行の指揮を執ったのがいけなかったのか。
アイツら俺をリーダーだと思ってやがる。
今後の事を考えればハッキリさせておいたほうがいいのかも知れない。
……だけどなあ。
ニメア達は《大樹の梢亭》に残してきた。
チネルの避難所行こうかと思ってたんだが。
疲労が抜けずベッドから出られないようだったし。
先に俺達の用事を済ませることにしたのだ。
「すいません。ギルドマスターに取次ぎ願いたいのですが」
手紙をカウンターに出す。
受付は獣人だった。猫耳である。だが、男だ。
パチモノ掴まされた気分だな。偽耳だ。や、この獣人が悪い訳ではないんだけど。
「ギルドマスターですか?」
偽耳の胡乱な目を甘んじて受け入れる。
社長との面会に子供を寄こしたようなモンだからな。門前払い食らっても文句は言えない。
「確実にギルドマスターに届けて欲しいとの事でしたので」
「手紙。確認しても?」
「どうぞ」
手紙は二通ある。
封印が施されているため中身を見る事は出来ない。
だが、一通の内容は分かる。
アウディベアの王討伐の報告書だからだ。
ホールヴェッダからユーフの冒険者ギルドに照会があったのだ。
ギルドのデータベースを見れば誰が討伐したかは分かる。しかし、どうやってまでは分から無い為、詳しく知りたかったら書簡でのやり取りが必要となる。
まあ、中身は嘘っぱちだが。
ブラスとリスティで戦った。王は手ごわかった。でも、勝った。そんな内容だ。
手紙必要ねぇ。
リスティを避けている最中に聴取が行われたのでブラスに任せるしかなかったのだ。
リスティは聴取を欠席したので、俺が出ても問題無かったのだが。
ブラスは始終しどろもどろだったという。
不審に思われなかったか、と訊くとそんなことはないとの事。ランクの高い冒険者ほど手の内を隠す傾向があるからと。へぇ、ユーフってDで高ランクなんだ。知らなかった。
冒険者には短気なのもいるし、絡まれる事も少なくないのだろう。奥の手を持っておきたいということか。
手紙の配達は一応クエストという形式だが……報酬は無し。前払いと言うか。
酒の席で配達を頼まれ、気軽におうと答えた男がいるのだ。
武器の件もあって出発はのびのびになっていた。別の冒険者を雇ったら? と提案して見たが、当事者に任せたほうがいいだろうという話だった。もし直接話を聞かれるような事があれば、今度こそ話を盛ってやるつもりだ。
ちなみに王討伐の証拠としてニメアに見せようと思ったのがコレである。
封印を破ったらクエスト失敗になるんじゃないかって?
うん、いいトコをつく。
でもな、俺は思うんだ。
もう、ブラスはFランクでいいんじゃね?
「う~~む」
内容が確認出来たのか。偽耳が唸った。
見下すような態度が消えていた。なんて書いてあったんだか。
「名前を聞いても?」
「クロスですけど」
「パーティーメンバーは?」
「クエストボードに張り付いてる二人です。一番バカ面してるの二人選んで貰えれば、たぶん、それかと」
「あの二人ですね」
えっ。分かったの?
そうか、他人にも分かるバカ面だったか。
手紙に記載があったから分かったんだろうが。
「冒険者カード見せてもらえますか」
「あ、はい。俺のカードで平気ですか? クエストはブラスが受けてますが」
「構いません。念の為ですから」
偽耳は冒険者カードを確認すると、
「はい。結構です。確かにギルドマスターでないと判断できない案件ですね。お二人呼んできてもらっていいですか」
「手紙には何て?」
「……揃ってから説明したほうがいいのでは?」
ん?
間があった。
なんだ。
「呼んできてもいいですが……言葉は慎重に選んでください。あ、腕に覚えは?」
「……あ、ありませんが」
「そうですか。なら、なおさらですね。気をつけないといけないのは女のほう……初対面で俺は殺されかけましたので。沸点低いのでいきなりキレるかも知れません」
偽耳があわあわしていた。
視線を追って振り返れば……般若となったリスティが。
「クゥ~ロ~ス~」
偽耳に向き直り、俺は笑顔で言う。
「このように」
偽耳は唖然としていた。
はて、どうしたのか。
「アンタねぇ。いっつも陰口をこそこそと!」
「バカだな、リスティ。こそこそ言うから陰口って言うんだぜ」
「そっ、そう……って、そうじゃない! なんで! あたしだけ!」
「……お前、酷いやつだな。一緒に旅する仲間だろ。ブラスも貶したほうがよかったとか」
「……言ってない! あたしは! そんなこと!」
……ふぅ。危ねぇ。誤魔化すのに成功。
本心からの忠告だったとバレたらマジでキレかねん。
まあ、矛先は変わってないし、意味があったかは分からん。
騒ぎを聞きつけてブラスがやってきた。
「あー。あのよ。聞くべきじゃねえってのは分かってんだが……俺はなんていおうと思ってたんだ?」
ふむ。
顎に手を当てて考える。
「人だと思うな。犬だと思え。でも、見境無く噛み付かないから安心してね、か?」
「…………聞くんじゃなかったぜ」
「なら、聞くなよ」
「気になるだろーが」
「好奇心は猫をも……あ、何でもねぇ」
ふぅ。危ない。
フラグを立てるところだった。
偽耳でも猫耳。殺されたら困る。
「揃いましたが」
偽耳は「頭が痛いのっ」とこめかみを揉んでいた。
すみませんね。
ウチの連中頭が悪くて。
俺も苦労してるんですよ。
「…………クロス君がリーダーでいいのかな」
「違います」
「……では、ブラスさんですか」
「いや、クロスだ。チネルで指揮取ったろ」
「アレはアレ。コレはコレだろ。いい大人が子供にリーダー押し付けて、恥ずかしくないんですかあ?」
「…………大人を言い負かせんなら。そら、子供とは言わねえと思うがなあ……」
「………………リスティさんでいいですか」
「えー。あたしはイヤよ。クロス、アンタがやんなさいよ」
「今だから言うが。ウルフエッジの討伐見たことがある。正直、感心した。リスティにはリーダーの資質がある」
「アンタねぇ。バカにしてんでしょ。煽てられたってやんないわよ」
本音だったんだが。
ま、タイミングがな。バカにしてると思うか。
本当はブラスが相応しいのだろう。能力面でも人格面でも。だが、クエストに同行できないやつがリーダーやっててもね。
……はあ。潮時か。
「分かりました。俺がリーダーです」
晴れて名実共にリーダーに就任。
しかし、祝福は無く、あったのは冷たい目だけ。
……はいはい、俺だって結論先延ばしにしてただけって分かってますとも。
だけど、リーダーっていってもうまみないしさ。
リスティは常識ないし。
ブラスは常識あってもニート。酒とイビキもある。
ていのいい苦情処理係だろ、リーダーって。
学級委員の押し付け合いを思い出した。
「……では、クロス君に話させてもらいます」
「あ、はい」
あれ、話してくれんのか?
さっき話すのを躊躇ってたのは……リーダー知りたかっただけか。
先程の言葉を意訳すると、「坊や、大人の話があるからね。お父さん呼んできてもらえる?」といったとこだったのかね。
「その前に場所を移しましょうか。ギルドマスターの部屋――」
「待ってくれないか」
偽耳の言葉を鋭い声が遮った。
「……またあなたですか」
偽耳がげんなりとした顔になる。
いつの間にか列を割って、洒脱な青年が現れていた。
イケメンだ。
「ボクだって言いたくはないけどね。ギルドマスターへの面会はボクら《紫電の槍》が先に申し込んでいたはずだ」
「……いってるでしょう。ギルドマスターは忙しいと。あなたがたはギルドマスターと会ってみたいだけでしょう。彼らは違います」
「そう嫌そうな顔をしないでおくれよ。ボクが悪者みたいに見える。納得いく説明が欲しいっていってるだけさ。ウチのメンバーで納得してないのがいるから」
イケメンの背後から目つきの鋭い青年が現れた。
「おい。それって俺のことかよ」
「そうだから黙っててくれ。キミが口を挟むとややこしくなる」
「ややこしくしてんのは誰だ。アン? 人をダシに使うんじゃねぇ」
イケメンが小声で諭す。
「ギルドマスターに会う為だといってもかい?」
「……会えんのか」
「キミが余計なマネをしなければ。ギルドも組織だからね、趨勢には流されざるをえまい」
「くっくっく。悪かったな、ネフェク。好きにやれ。ようやくヤれんのか。引退したジジイなんざ、直ぐに片付けてやるぜ」
目付きの悪い青年が剣呑な笑みを浮かべ、イケメンの肩を叩く。
……うわ、関わったらいけない人種の人だ。
つか、なに、ギルドマスターと戦う気なの?
良からぬ事を考えているようだが。取っ掛かりに利用しただけで、俺たちの事なんて眼中にないんだろうな。俺が聞き耳たててんのに気づきやしねぇ。
イケメンの名がネフェク。
目付きの悪い青年の名がジフ。
当事者そっちのけで盛り上がってるからな。
マップで名前を確認していても不審に思われることもなかった。ネフェクが十八歳、ジフが十九歳か。貫禄あるからもう少しいってると思ったが。意外と若いな。
ネフェクが声を張り上げる。
「それに納得してないのはジフだけじゃない。説明、してもらえるかい?」
これは偽耳の旗色が悪いか。カウンター一つ潰しているのに、クレームが上がってこない。誰もがネフェクと同意見ってことか。興味がある様子も隠してないし。
俺達が事件の中心のハズなんだけどなー。
置いてけぼり感が半端ない。
「なあなあ。なんでこんな騒ぎになってんだ?」
ぼっち仲間のブラスに問い掛ける。
「気に食わねぇんだろ。ぽっと出の冒険者がギルドマスターに会うのが」
「んなこたァ分かってる。な・ん・で、気に食わねぇのかって聞いてんだ」
「……なんでっつわれてもよお」
「俺が何に引っかかってるかも分からないって? なら、質問を変えよう。《紫電の槍》がギルドマスターに面会を申し込んだって言ってたよな。アレはなんでだ?」
「会ってみてぇからだろ」
「ふむ。会ってどうする」
「話を聞くんじゃねぇか」
「話を聞いて?」
「満足すんだろ」
……チッ。こいつ、質問の意図を考える気ねぇな。
二、三、質問を追加してみるも、求める回答は引き出せなかった。
「では、納得の行く説明を」
「そうだそうだ、説明しろー、説明ぃ」
「そいつら見たことねぇぞ!」
「ギルドマスターに会わせるなんざ、言語道断だ!」
ネフェクに呼応して野次馬から声が上がる。
俺が実りのない会話をしている間に、ネフェクが場の支配を確立していたらしい。
「……やめてください。あなたたちの品位を下げますよ。彼らは我々の尻拭いをしてくれたんですから」
押し殺した偽耳の怒りも届かなかったようだ。
むしろ、煽り立てる結果となってしまった。
「ぐははは。尻拭ってもらったヤツ誰だよ。名乗り出ろ!」
「お~~。見てみろよ、別嬪の姉ちゃんもいるぜ。ケツ拭いてくれよ、なあ!」
「てめぇの汚ねぇケツなんざ見たくねぇってよお!」
……あ~あ。知らない、っと。
よく笑っていられるモンだぜ。
自分達が何の尾を踏んだか知らないんだろう。
顔色変えて口噤んだヤツは賢明だな。
リスティが振りまく殺気から、力量を感じ取ったのだろう。
バカ笑いしてる連中はザコだ。半殺しになろうが知ったこっちゃ無い。
が、一人だけ……好戦的な笑みを浮かべたやつがいた。
ジフだ。
そのジフはネフェクと肩を組み、小声で何か話をしていた。ジフがチラチラとリスティを見ている事、ネフェクが苦い顔をしている事から、言ってることの想像はつく。
ジフってのは狂犬だな。
エサを与えなければ飼い主にでも噛み付くだろう。
「尻拭い、といったかい? 彼らがアウディベアの王を討伐した。そういうことかい?」
「ええ、そのとおりです」
「信じられないな」
食い気味でネフェクが言う。
「で、ですが、ユーフからの報告書がこうして!」
「ユーフ? 知らないな。どこの田舎だい? 誰か知ってる人いる?」
「聞いたこともねーな、ぐふははっ」
「俺、分かるぜ。色町の名だ。間違いない」
「あんなキレーな、ねーちゃんがいるなら行ってみてぇよな!」
…………うぉぅ。なんか、キタ。鈍いって凄いな。コレを感じ取れないのか。
「そこで提案だ。彼女とウチのジフを戦わせたい。彼らの実力を測るにはうってつけだろう。《紫電の槍》のジフを知らないモグリがいるとは思えないしね」
「ギルド内での私闘は禁じられています」
「分かった。それなら外でやるよ」
「ネフェクさん、そういう問題では――」
「分かってないな。そういう問題なんだよ」
偽耳が苦い顔をしていた。
他のギルド職員は見て見ぬフリだ。
ま、彼らが口を出したところで火に油を注ぐだけだろうし、賢明だが。
あのネフェクってのかなり頭がいい。
場の総意みたいなツラして、提案をねじ込んできた。
偽耳が助けを求めるように俺を見ていた。
首を横に振る。
この流れは俺にとっても都合がいいのだ。
「それじゃあ、外へ行こうか。そこの美しいキミ。キミもいいだろ?」
「イヤよ。アンタの喋り方、ウソつく時のクロスみたいでキモいのよ」
「き、キモっ」
ネフェクの顔が歪む。
ざまァ。よく言ったリスティ。俺も傷ついたけどね。
「そもそもしで……しでの?」
「お嬢様。《紫電の槍》。雷の槍という意味でございます」
「……なんとかの槍って聞いたことないけど。強いの? クロスは後でぶっ飛ばす」
……ああ、しまった。
道化の血が騒いで、つい。
「《紫電の槍》。Bランクのパーティーですよ。今、ホールヴェッダで一番勢いがあるパーティーと言っていいでしょう」
偽耳の説明に冒険者が頷いていた。
ふぅん、勢い、ねぇ。ネフェクがリーダーだろうし、若いパーティーなんだろう。Fランクから初めて一躍Bランクまで躍り出たとかそういう感じか?
「ボクらの事を知らないとは本当に田舎から来たようだ」
「……それ、本気で言ってる? うわあ、本気っぽいな。じゃあ、面倒くさいし、突っ込むのやめるけど。田舎に名が知れてない時点でお山の大将だよな。っとォ、すまん、ウッカリ口が滑った」
ネフェクのコメカミがぴくぴくしていた。
彼が口を開こうとするタイミングでリスティに向き直る。スカされたネフェクは口をパクパクさせていた。
「リスティはどうしたい?」
「あそこの三人潰す」
「ああ、シモネタいってたやつらな。じゃあ、ジフってのと合わせて四対一でいいか」
リスティが意を得たり、と笑う。
指名された三人はへらへらと笑っていた。
「クロス。アンタにしちゃいいこというじゃない」
「ま、ムカついたのはリスティだけじゃないってコトだ。俺は平和主義のハズなんだけどな。リスティと一緒にいると主義を返上する機会が多くて困る」
「キミは《紫電の槍》をバカにしているのかい?」
「ええと、ネフェク、だっけ? アンタ、頭に血が上るとバカになる人? 見ろよ、ジフは分かってるみたいだぜ。たぶん、この条件で問題ないって言うと思うけど」
「ジフ! 四対一だ! 勝って当たり前の戦いだ。ボクらに益は――」
「黙れよ、ネフェク。これは俺の戦いだ。口出しすんじゃねぇ。何も分かってねぇやつがよ」
ジフが一喝すると圧力が増す。
へえ、とリスティが目を細めていた。
「じゃあ、外行くか」
「いいんですか」
先陣を切って歩く俺に、偽耳が耳打ちしてきた。
「ああ、丁度よかった。聞きたいことがあったので。ケンカ売って来たの向こうのほうですし、叩きのめしても罪には問われませんよね?」
「それは……問題ありませんが」
「なら、心配無用とだけ言っておきます」
思っていた以上に《紫電の槍》は強いのかも知れん。
偽耳は王討伐の報告書を読んでいるのにこの心配ぶりだ。
ケンカが日常茶飯事という証左か。指示を飛ばすまでもなく人垣が出来た。
中央のリングに取り残されたのは、俺、リスティ、ジフ、ネフェク、生贄のザコ三人だ。
「ごほんっ。ではこの場はユーフから参りました私こと、クロスが司会進行を務めさせて頂きます。あ、俺が仕切ってもいいよな? こっちは一方的に絡まれてるんだぜ。盤外で勝負を決められたらたまったもんじゃない」
「…………」
ネフェクが悔しげに唇を噛む。
あ、やっぱ仕切りたかったワケな。
くくく、こんな晴れ舞台譲れるかよ。
「お集まりの皆様。事の起こりはこうです。我々がアウディベアの王を討伐したと聞きつけ冒険者がイチャモンをつけてきたのです。こういったらなんですが、いさかか我がパーティーはバランスが悪い。メンバーは三名。私とそこの美少女、リスティ。後、そこの人垣で係わり合いを避けようとしてる大男、ブラス。つか、ブラス。お前はこっちこい。私はこの目で王が討伐されるところを目撃しています。我がパーティーが王を討伐したことに疑いはありません。ですが女子供がいるパーティーで王を倒せるのか! そう疑問に思われるのは無理からぬこと……だから、ブラス、こっちこいって!」
どっと笑いが弾けた。
「さて。話がこじれたところ仲裁を申し出てくれた人がいました。《紫電の槍》のネフェクさんです。強さが証明できればいいのなら、ジフさんと戦ってみればいいと」
そこここから《紫電の槍》の名が漏れていた。
ふぅむ、勢いがあるってのは本当なんだな。
評判は好悪半々と言った様子だったが。男は苦い顔になり、女は目をハートマークにしていた。たぶん、女はネフェクの熱心な信者なんだろう。色男っぽいし。
イケメンはむかつきますし? 《紫電の槍》を持ち上げて落とそうかと思っていたが、止めておいた方が良さそうだ。女の怨みを買うと後が怖い。《紫電の槍》の胸を借りるという体裁がいいか。
流石ですね、と信者から声をかけられ、ネフェクは鷹揚に微笑んでいた。
内心では疑問が渦巻いているだろうに、ポーカーフェイスがうまい。
俺は別に嘘をついているワケではない。
ただ、イチャモンをつけてきたのと仲裁を申し出たのが同一人物だという情報を隠しているだけ。ギルドマスターのくだりは意図的に省いた。話がややこしくなるだけだからな。俺たちが一方的にケンカを売られたと言う事が分かればそれでいい。
「ルールは素手……はないようなので、得意な獲物を使って構いません」
素手といった瞬間、リスティとジフが「お前から殺ってもいいんだぜ」と見てきた。
……お前ら相思相愛だな。
「殺しさえしなければ何をしても構いません」
「何をしても、か」
言ったのはザコの一人だ。
間違ったフリして胸揉むつもりか。
「ええ、何をしても」
できるモンならな。
「ブラス。危なくなったら止めてくれ」
「決闘に手出しすんのは好みじゃねえが。というか、平気だろ」
「逆だ、逆。リスティがあの三人を殺さないように止めてくれってコト」
ザコの顔が一様に真っ赤になる。
「ボウズ! ナメた口聞いてくれるじゃねぇか、おおぅ!」
ザコの一人……あ、ダメだ。顔の見分けがつかん。何をしてもいいのか、げへへ、つってたの、コイツだったかな。なんて思っていると、太い腕に胸倉を掴まれ、持ち上げられた。ゆだった顔が眼前にあり……タコ食いたいな、と思った。
「おろせ」
「謝んのが先だろうがよ!」
「あっそ。忠告したからな」
ザコの腹部にケリを入れる。
ぐおっ、と呻き声を上げ、ザコが崩れ落ちた。
周りから失笑が漏れ聞こえてくる。
俺は襟を正しながら、
「悪いな、リスティ。三対一になったみたいだ」
「ん? なんかもういいわ。後二人やってもいいけど」
言いながらもリスティはジフから目を離さない。
……あ、そう。ザコにはもう興味がないってか。
「……相手にならんとは思うが、鬱憤晴らしにはなるだろ。遠慮しとく」
悶絶するザコをつまみあげ、人垣に放り投げる。
シン、と静まり返った。
大人を軽々と投げるなど、子供に出来る芸当ではない。
「言っておくが。リスティは俺よりも強いぜ。えーっと、アンタらさっきなんていってたっけ? ケツ拭いてくれよ、姉ちゃんだったか。良かったな、願いが叶うかもしれないぜ。リスティ、手加減とか苦手だから。ん? どうした、アホみたいに口あけて。ああ、話が繋がらないって。すまん、余りにも見え透いた未来だったもんでな。全身の骨砕かれたらそれこそケツ拭くのすら自分じゃ出来なくなる。リスティも自分が仕出かしたことの尻拭いぐらいしてくれるだろう。なあ?」
真っ赤だったザコの顔が真っ青になる。
ようやく誰にケンカを売ったのか分かったらしい。
「リスティ、好きにやって構わない。何でもアリって了承得てる」
「ばっ、バカ! 言ったのはコイツだ! 俺はいいなんていってねぇ」
「くそっ、聞いてねぇぞ! やってられるかッ!」
「あっ、おっ、おい、待てっ!」
我先にとザコが逃げ出そうとする。
「逃がすかよ」
《身体強化・弱》を発動させ、ザコに向かって飛ぶ。二人の首根っこを掴み、地面に引きずり倒す。往生際悪く暴れるので、地面にキスをさせてやる。
「俺はさ、アンタらに感謝してないこともないんだ。自分の気持ちってのに鈍いらしくてね。大事なものでさえ自分じゃよく分からない。直せればいいんだろうが、どうにも死んでも直らない類の物らしくて? きっと、壊れてからやっと気付くんだ。ああ、大事だったんだって。だから、俺に大切なものを教えてくれてありがとう」
カタカタカタ。
ザコの歯の根は噛み合って無かった。
「これに懲りたら二度とユーフをバカにすんな」
ザコ同士の頭をぶつけて気絶させる。
あ。少し早まったか? 事情を聞いておくべきだったかも……いや、いいか。どうせ何を喋ったところでネフェクが言いくるめるだろうし。
――くそっ、聞いてねぇぞ!
そうザコはいっていた。
ネフェクを見ながら、である。
サクラだったのだろう。
だが、サクラに追従したものも多かった。
あれが場の総意と考えていい。
ほじくり返しても無用な恨みを買うだけ、か。
「はあ。結局俺が片付けちまったな」
「ザコが得意って言うだけある。追い詰め方がえげつないわ。ま、よかったんじゃない?言ったのあたしだけど。気乗りしなかったから。クロスの気持ちも知れたしね」
……う。俺だって柄にもない事言ったなって思ってるさ。
からかわれるかと身構えるも、リスティから追及は無かった。
前座が終わり、ジフがゴングを待っている。無駄話する余裕は無いようだ。
魔力の総量は強さと比例する。俺のように出力だけは立派ということもあるので、目安でしかないが。それでもザコと呼んで差し支えない程度の魔力しかあの三人は持ち合わせていなかった。その点、ジフの魔力はリスティを上回っている。
格上だ。
「答えは分かりきっているが。ジフもこれでよかったんだろ?」
「ハッ。いたか? 誰か」
ま、お前はそういうわな。
最初から一対一にするつもりなのは分かってた。
でも、言質を取っておくのが大事なんでね。
示し合わせたようにリスティとジフが剣を抜く。
冒険者でなくても感じ取れるのか。殺気が高まるにつれてざわめきが消えて行く。
寒くも無いのに腕を撫でる観客。
冒険者は唾を飲み込むのすら躊躇っていた。
場を包む膨れ上がった殺気が、観客でいることを許してくれない。リスティとジフの決闘である。頭では理解していても、リスティの――或いはジフの前に立っているのは自分なのだ。だから、目もはなせないし、立ち去るなど論外だった。
遠くから売り子の声や、馬車の音が聞こえる。
生と死の狭間で耳にする日常の音は非現実的だった。
固唾を呑んで見守る人々をよそに、リスティとジフは白い歯を見せ合っていた。
楽しみで仕方がない、というように。
「では、はじめてください」




