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異世界のデウス・エクス・マキナ  作者: 光喜
第2章 旅路編
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第11話 ホールヴェッダ

 なだらかな丘を登るにつれ、市壁の威容が実感出来た。

 高さ十メートルは有るか。それがホールヴェッダを囲む。

 かつて立ち寄った迷宮都市の市壁と似た作りだが、白い石が精緻に積まれている様は美しく――受ける印象がまるで違う。迷宮都市の市壁は外部からの進入を防ぐ一方、迷宮から溢れた魔物の防波堤となる役目を担っている。無骨なのも致し方がないが。

 一定の間隔で壁塔がある。不埒者にはあそこから射掛けるのだろう。


「はー。圧巻だな」

「……そうね」


 相槌を打つリスティ。

 心ここにあらずだ。


「あれ、全部人の手で積んだんだぜ」

「……当たり前でしょ」

「……当たり前では無いんだけどな」

 

 苦笑する。

 俺とリスティが抱く感慨は似て非なるものだ。

 素直に同意させてくれない前世の記憶が憎いね。

 万里の長城を目の当たりにした観光客の気分。

 重機もないのによくやる、ってな。


 足早に市壁を目指す旅人が目に付く。早く安全な場所に辿り着きたいのだろう。

 俺も同じ気持ちだ。

 ベッドで眠りたい。

 

「通行税。いくらか分かるか?」

「さあなあ。千ってトコじゃねぇか」


 ……ブラスめ。思いっきり他人事だな。

 これだからコイツに金任せられねぇんだよ。通行税ぐらい払えるって高を括ってるんだろうが。宿泊費と食事代も頭に入れとけ。金足りなかったらお前だけ野宿な。


「……ん? あ。先行っててくれ」


 少し離れた場所に商隊が見えた。訓練がてら《身体強化・強》で接近する。

 凄い勢いで来た子供にビビってはいたが、商隊の一人が通行税について教えてくれた。その代わりではないが、氣闘術の師匠を聞かれたので、「ブラス」と素直に答えておいた。

 知らないそうだ。

 ま、九年もニートやってますし。

 かつて名が売れていたとしても忘却の彼方だわな。

 ついでなのであれこれ聞いてから戻って来ると、

 

「どうだ、見たかっ。クロスはすごいんだっ」


 天狗になるニメアに見送られ、少年達が「しんたいきょーか!」と走り去るところだった。

 へえ。

 俺の真似か。

 模倣は憧れの入り口だ。面映ゆいな。まあ、それ以上に釈然としないんだが。キミら、昨日まで俺のことバカにしてたよね? ブラスの言う事は素直に聞くのによ。

 まーね。

 女に説教されて半泣きになったガキが、数百はいる魔物を壊滅させたって言われても? ニメアが話を盛ったって思われるのがオチだよな。なんか、いつもガキには敵視されるしさ。あんまり気にしてなかったが……ニメアは不満だったみたいだな。

 しっかし、この程度で見直してくれるのなら。

 一度目の前でアウディベアと戦ってやれば良かったか。

 エサの匂いを嗅ぎ付けてきたのか。子供たちは知らないだろうが、結構な確立でアウディベアとエンカウントしていた。マップと《魔視》を駆使すれば子供達に気付かれる事無く倒すのは造作なかった。遠距離から《王貫爪》で駆除していたのだ。

 なんでそんな面倒な事をしたかといえば。

 フォーロの為だ。

 ブラスのせいとも言う。

 ヤツが凄惨な戦い方をしたせいで、フォーロが戦いを恐れていたのだ。いや、戦い自体じゃあないんだろうな。ブラスを失うことを恐れているのだ。

 べったりと腕を組むフォーロを見れば恋愛に疎い俺だって分かる。

 羨ましくないよ?

 俺、ロリコンじゃないし。

 ブラスも困り果てている。

 どう言えば傷付けないだろうか、なんて思ってるんだろうな。見当違いの悩みだと言わざるを得ない。へこむのはお前のほうだから。本性バレれば幻滅なんてすぐだ。


「通行税分ったぜ。千二百エルだ。八人で大体、一万エルだな。地味にデカい。一泊一万ぐらいするって話だし、俺の手持ちだと心もとない。と、そこでブラス。エントウルフのエル寄こせ」


 ブラスがギクリと固まる。

 はいはい。酒代にしようと思っていたんですね。分かります。


「な、ナナから五万貰ってただろ」

「あのな、一万ってのは一部屋の値段だ。男女で少なくとも二部屋は必要だろ。五人で雑魚寝も勘弁してもらいたいし。出来れば三部屋取りたい。分るか、もう四万は確定だ」

「……ぐ、ぐぅ」

「バアさんトコから酒かっぱらってたろ。それで満足しろよ」

「…………」

「……まさか。飲んだ……のか?」


 ブラスが俺の目を見ようとしない。

 リスティを見ると、当たり前のように頷かれた。


「夜。アンタが寝てる時に」

「……なんで教えてくれなかった」

「クロスには内緒だっていってたし。いいんじゃない? アンタが気付かなかったって事は、次の日に酒は残って無かったってコトでしょ」


 俺だってブラスが酔っ払って戦えなくなると思っちゃないさ。

 アウディベア蹴散らした時だってべろべろだったしな。

 

「……ブラス。美味かったか」

「う、美味かった」

「そうか。エル寄こせ」

「…………」


 エルの譲渡が行われた。

 三千エル。

 エントウルフ一匹当たり、千エルの計算か。

 シケてんな。

 俺に比べたらマシか。

 あんだけスケルトンを倒したのに、五千エルしか増えてなかった。

 やっぱ魔物はクエストを受けるか、素材を売らないとはした金にしかならんね。

 早くエントウルフの素材を売って足しにしないとな。ベッドが恋しいから冒険者ギルドに行くのは明日にする予定だったが……なんだ。今日行かないといけないのか?


「ちなみにリスティは? いくら持ってる?」

「あたし? アンタから貰ったのまるまる残ってる」

「王の報酬か。それなら一安心か」

「渡しとく?」

「う~~~ん。や、今はいいわ。大きな街にはスリがいるっていうし? 分割して持っておいたほうがいい」


 どっちかっていうと今まで掏る側でしたから。

 少し悩んでしまった。

 掏ったことはないけどな。


「そ。欲しくなったらいって」

「そうだな。足りなかったら借りる。あ、いい機会だからいっておく。今後、手に入れた金は原則三等分するつもりだ。ブラスが仕留めたエントウルフも三等分する。最初は全部俺が管理しようかとも思ったけど、金の切れ目が縁の切れ目ともいうしな。なあなあはよくない。必要経費の支払いは俺が一括でやる。後で徴収するので調子に乗って金を使い込まないように。ただし、ブラスに関しては小遣い制だ。異論は?」

「……ねぇ。ねーよ」

「いいんじゃない」

「本当はもう一枚冒険者カード作って、それを共有財布にするのが楽なんだろうけどな。二枚目以降の冒険者カードの発行は値が張るらしい。いずれ、だな」


 財布の取り決めが決まったところで、ガキ共に視線を戻す。

 すると、ガキ共が力尽きたていた。

 ……はあ。また背負って行くのか。

 何が悲しくて野郎を背負わにゃあならんのか。

 力尽きるのはいつも男なんだよな。

 男なら気張れよと思う。

 女の子は自分で歩いてんだから。

 まあ、ニメアは氣闘術のおかげで。

 フォーロはプチデートが楽しいからだろうが。

 少年は三人いるので、ブラスが二人、俺が一人という内訳。

 ……訂正。ブラスは三人だった。

 フォーロが意地でもブラスの腕を放さねぇ。

 リスティは周囲の警戒という名目でフリーだ。索敵能力が高いのは事実だし。本音は……なんかムカつくからガキおぶらせたくないだけ。

 嫉妬か。

 それもあるかもな。

 だが、一番大きいのはリスティが子供に甘い事だ。

 疲れた~ってガキが駄々こねたら、仕方がないわね、とかいって背負ってやるんだぜ。

 納得いかないよな。

 一応、俺も十歳児だぜ?

 

「お姉ちゃん。ぼく、疲れたの。おぶって欲しいの」


 といったらボコボコにされた。

 一体、何が気に食わなかったのか。

 甘えたから?

 十歳児の喋り方したから?

 お姉ちゃんと呼んだから?

 うん、全部か。

 

 ガキ共のテンションが高いのにはワケがある。

 リスティが口を滑らせたのだ。

 家族が生きているかもしれないと。

 ガキ共の喜びようったら無かった。

 子供は素直だからか。チネルの町並みを見て、自分たち以外は全滅したと思い込んでいたらしい。自分達の身を守るので手一杯だったという事もあるだろうが。

 とはいえ、チネルではかなりの死者が出ている。

 それがガキ共の親ではないとも限らない。

 過度な期待は止めた方がいいと嗜めるべきなんだろう。

 だが、俺はそうしなかった。

 僅かでも可能性があるのなら、縋りたくなるのが人だし。

 何よりもガキ共は他ならぬ俺と出会った。

 ならばあり得なくは無いと思う。

 考えても見て欲しい。アウディベアの襲撃でユーフの冒険者が誰一人死んでいないのがおかしいのだ。惨敗だった。死んでるって。どう考えたって一人か、二人くらいは。

 偶然に偶然を積み重ねたような結果だよな。

 そして偶然を操るのがテラの愛し子。

 クソ神は俺の事をこう呼んだ。


 ――デウス・エクス・マキナ。

 

 言葉としては道化師と言っていたか。だが、なんとなく理解できたのだ。デウス・エクス・マキナという意味を含んでいることを。セリフにルビ振るとか多芸だな、クソ神。

 ラテン語で機械仕掛けの神の意味で、演出技法の一つ。

 登場した神が強引に物語に幕を引く事を言う。

 俺がデウス・エクス・マキナだというのなら。

 物語の結末は当然ハッピーエンドを用意する。

 そう考えると死者が出なかったのも理解できる。

 とはいえ、チネルは壊滅しているワケで。

 運命を改竄できるとしても限度は有るのだろう。

 勿論、単なる偶然が重なっただけ、という可能性は残っている。だが、何の意味も無くクソ神が俺をデウス・エクス・マキナと呼んだとも思えない。

 いずれにせよ、まだまだ検証が必要である。

 機会が巡ってこない事を祈るばかりだが。

 リアクションが薄いって?

 無茶言うな。

 検証するには厄介ごとに巻き込まれないといけないんだぜ。

 やってられん。

 物語の幕を引く事で発動する能力だと思うんだよ。逆説的だが物語に幕を下ろせないようなら、デウス・エクス・マキナと呼べないから。

 なんとなくガキ共の親は生きてるんだろうなあ、と思う理由がコレだ。

 だって、悔しいじゃん。

 神の如き能力を持ちながら、自分だけは恩恵に与れないとか。

 クソ神は俺の嫌がる事に手を抜かないと思うんだよな。

 ……嫌な信頼だが。


 市門についた。

 入門待ちの列は二種類あった。商人とそれ以外である。

 商人が持ちこむ荷には税がかかる。検査に時間がかかる為、検問所が分けられている。

 

「楽しみね」


 独り言だったのだろう。

 市門の奥に見える街並みに、リスティは心を奪われていたから。


「リスティはユーフ以外の初めての街か」

「なによ。田舎者っていいたいの?」

「まさか。からかうなら場所を選ぶさ。こんなトコで騒ぎを起こして見ろ。すぐさま衛兵がお仕事しにやってくるぜ。ああ、リスティが牢屋観光をしたいっていうなら別だけどな」

「アンタ一人で行ってきなさいよ」


 メシが出るならな。入ってもいいかな、って昔は思ってた。寄生するより心痛まないですし。でも、牢屋でメシは出ないらしい。経験者が語ってた。プライバシー保護のため、敢えて人物の名前は伏せる。出たとしてもクソマズく、酒は絶対に出ないと。

 バレバレか。


 ちらほらと商人に混じって並ぶ冒険者の姿がある。護衛だろう。

 ふと、思った。

 

「護衛クエストは受けなかったのか?」

「ステンがまだ早いって。こっちはBランクの魔物も出るし」

「あ~。エントウルフ出たしな」

「そそ。今なら倒せる気がするけど」

「ブラスにあんだけ揉まれてりゃあなあ」

「あれでDランクなのよね。アンタはFだっけ? あたしが一番高いとかイミ分かんないんだけど」

「ブラスはランクが全てじゃないっていうけどな。アイツが言うと言い訳にしか聞こえねぇ」

「なに他人事みたいにいってるの。アンタもよ」

「俺? は? クエスト受けられないのにどうやってランクを上げろと?」

「違くて。実力とランクがあってない」

「まあ、何度も死にかけたからな。多少腕は立つと自負はあるさ。でもな。よく分からん。実際のトコ、俺のランクってどの程度なのかね。Cランクはあると思うが。ユーフのCランクはピンキリだったし尚更なー」

「魔物と比べたら?」

「ん?」

「魔物のランクは推奨パーティのランクでしょ」

「なるほど。アウディベアは…………あ、あれ? アイツ、Cだっけか」

「………………Cね」


 リスティが難しい顔で考え込む。

 アウディベアをザコと認識している事に気付いたのだろう。

 

「アンタ達と一緒にいると常識が崩れていくわ」

「……そのセリフそっくり返してやりてぇわ」


 リスティの場合、才能を生かせていなかっただけ。アウディベアに苦戦していたのがおかしいのだ。

 今では鼻歌交じりにアウディベアの首を落とせるそうな。

 俺も氣闘術で同じ事は出来た。

 だが、そうなるまでに……何年かかったと思っているのか。

 同じ人間に師事していながら、この成長速度の差である。

 まあ、リスティが言うのも分かるのだ。《身体強化・強》はアホみたいに強いからな。氣闘術の初心者がある日突然奥義に目覚めたように見えるだろう。アニマグラムの事を秘密にしているし、凄い才能が俺に眠っていたと勘違いするのも無理はない。

 だが、アニマグラムは技術だ。

 うまく扱えるからといって、俺自身が凄いワケでは無い。

 卑屈になる気も、自重する気もないけど。

 ただ、チートを持つ俺に実力で伍するのだ。

 本当はリスティの方が凄いのにな、と思ってしまう。


「しかし、Cランクの魔物がザコか。ソロで倒せる俺達はなんだってカンジだな。パーティー組めばBランクの魔物もやれるか」

「組む? パーティー」

「組むとしたらリスティとブラスのパーティーになるぜ? 俺、クエスト受けられない」

「……ないわ」


 だよな。

 ニートとパーティーを組む。

 それってソロじゃん。


「ま、実質パーティー組んでるみたいなもんだし。敢えて申請する必要もないんじゃないか。パーティー組んだって特にメリットないんだろ? リーダー一人でクエスト受注出来るぐらいか。ギルドが窓口一本化したいだけだろ、絶対」

「そうなの?」

 

 ……なんで知らねぇんだよ。


「……ウルフエッジはどうしてたんだ」

「ギルドで待ち合わせて。三人で受けてたけど」

「…………」


 ステンだな。

 脳筋にクエスト受注は任せられないか。


 だべっていると、俺達の番が回って来た。


「ホールヴェッダへはどういう用件で?」

「配達クエストで」


 衛兵が目を丸くして俺を見詰める。

 ブラスに話しかけたのに、返事が下から返って来たのだから。


「あ、勿論俺は受けられないんで。受けたのはこっちのデカいのです。ユーフの冒険者ギルドからの親書になります。ホールヴェッダの冒険者ギルドに宛てた」


 職務を思い出したのだろう。衛兵は呆けた顔を引き締めた。


「後ろの子供達は?」

「チネルの生き残りです」


 衛兵が渋い顔になる。

 ふむ。

 チネル壊滅の経緯を知っているんだろうな。

 ホールヴェッダの衛兵は騎士のようだ。身内の罪を目の前にして罪悪感を覚えたか。

 末端まで正しく情報が行き届いているようで何より。騎士団だけなら兎も角、冒険者ギルドも噛んでるからな。情報を握りつぶすというワケにもいかなかったのだろう。

 

「……冒険者カードを確認させてください」


 衛兵はブラスの冒険者カードを水晶玉の手前にセットする。

 占いの道具に見えるアレは魔道具である。

 水晶玉にクエストの受注履歴が出るらしい。

 衛兵はデータベース神の加護持ちなのだろう。

 魔道具とは魔素を消費して、動作する道具の事を指す。この場合、ブラスの冒険者カードに蓄えられている魔素が消費される。とはいえ、多くて十エル。手数料と考えれば安すぎる。

 

「……確認が取れました。では、通行税の支払いをお願いします」

「俺が一括で払います」


 エルの受け渡しは金額を思い浮かべながら、カードを合わせる事で行われる。金額が大きいほど受け渡しには時間がかかる。大体、一万エル当たり一秒ぐらいか。大金になるとカード自体を受け渡しするそうだ。金持ちは複数のカードを持っているそうな。

 

「通行税、確かに。ようこそ、ホールヴェッダへ」

「どうも」


 冒険者カードを仕舞い、顔を上げると何か言いたげにしている衛兵に気付く。

 

「ブラス……いや、リスティ。ニメア達連れて先に行っててくれ」

「分かった」


 リスティが子供達を連れ門をくぐって行った。フォーロがブラスから離れようとせず、ひと悶着あった。ブラスに任せた方が楽だったな、と思ったが後の祭りだ。

 敢えてブラスを残したのは、俺達の中で唯一の大人だからだ。

 俺は傍から見ればただの子供。説得力を持たせられない。

 結局、判断するのは俺だとしても。

 

「すいません。お待たせしました。それで?」

「構わない。彼らがチネルの住民だったのは確かか?」


 職務外ということなのか。衛兵の口調が砕けていた。

 

「先程確認して貰ったと思いますが、俺達はユーフから来てます。チネルで拾ったんでまず間違いないかと」

「そうか。すまない。自称、チネルの住民が増えていてな」

「ああ。騎士団でチネルの住民の保護を?」

「知ってて来たのではないのか」

「ですから、元々の目的は配達クエストです。彼らをここに連れて来たのは……まあ、成り行きですね」


 甘い汁を吸おうと集まって来る連中が多いようだ。発端は騎士団の失態である。強気に出る事も出来ず、対応に苦慮しているのだろう。


「なあ。君はチネルの住民ではないのだよな」

「違いますが。なぜ?」

「チネルの子供達と歳が近いようだから。こう言ったらなんだが……君達の一行はよく分からん。俺も衛兵になってまだ日が浅いが、ここまで想像が出来ないのは初めてだ。どういったこう言う顔ぶれになるのか……いや、忘れてくれ」


 話をして整理出来たのか。衛兵は自己解決したようだった。

 衛兵は俺の話を信じてくれたようだが。

 保護を受けるにはニメア達の身分を証明する必要があるだろう。

 

「ブラス。子供達は冒険者カード持ってたか?」

「金がないのは分かるが……大した額持ってねぇと思うぜ」

「おい、クズ。なあ、クズ。話聞いてた? 身分証明の為に決まってるだろ」

「お~~~」


 目ぇ逸らしやがった。

 コイツ、聞いてなかったな。

 力関係が逆転した光景を目の当たりにし、衛兵が苦笑していた。


「冒険者カードがなくても平気だ。取るものも取らず逃げ出して来た人も多かった。チネルの住民と認められた人物から保証して貰えれば問題ないはずだ」

「そうですか。ありがとうございます。後続を待たせるのもアレなんで。行きます」

「配慮ありがとう。心配してくれなくても平気だ。チネルの住民が来たら案内するよう命を受けてる。これも仕事のうちだ。しかし、本当に子供らしくない子供だな」

「よく言われます。では」


 通行税を収めた商隊に混じり、ホールヴェッダへと足を踏み入れる。

 真っ直ぐ伸びた石畳の道を馬車が行く。速度を落とした馬車に人が群がる。聞こえてくる声から宿屋の呼び込みらしいと分かる。子供が多いから小遣い稼ぎなのだろう。

 俺達に声が掛かればな。

 検討しても良かったが。

 商隊なんて定宿持ってるだろ。

 俺達みたいなのが狙い目なのにな。

 

「リスティ達は?」

「あそこにいるぜ」


 ブラスが指をさすが……見えん。

 視力の問題ではなく、身長の問題で。

 夕刻が近い事もあってクエスト帰りの冒険者が多い。小腹を空かせた冒険者をターゲットに屋台が出ている事もあって、人でごった返していたのである。

 

「ユーフの冒険者とは装備が違うな」


 金属鎧を身につけた戦士がそこここで見られた。ユーフでは皮鎧が主流だった。皮鎧が安いと言う事もあるが、金属鎧を身に付けて一日動けないからだろう。リスティを図に乗らせる連中だ。氣の総量は推して知るべし、である。

 という話をブラスにすると、


「金属鎧だから強いってコトもねぇが。Aランク以上は軽装を好むか。半端な防具よか、自分の身体のが頼りになるからよ。金属鎧は動きづれぇし」

「氣闘術か」

「ま、それも人によりけりだ」

「常に氣を纏ってるワケにもいかないから、だろ?」

「……おうおう、そういうこった。教えがいのない生徒だぜ」

「お前みたいに才能ないんでね。頭使わないと生き残れねぇんだ」


 ブラスの肉体はかなり硬い。

 相当の魔素を吸収して来たのだろう。

 剣を素手で受け止めるとか普通にやるし。


 さて。

 リスティは……いた。

 物珍しそうにきょろきょろしていた。まだ、子供達のほうが大人しい。疲れて観光どころじゃないってだけだろうけども。リスティは興味が引かれた物があると、無意識に足が動いていた。手を繋いだ子供達が引きずりまわされている。

 おかしいな。

 どっちが子守だか分からねぇ。

 

「リスティ」


 声をかけると、リスティがギギギ、と振り返った。


「…………見た?」


 顔を赤くするリスティに俺は苦笑を返す。

 

「宿行こうぜ。もう暗くなる。観光は明日な」

「……う~~。アンタ、ズルい。なんであたしだけ……」

「これでも旅の経験豊かなんでね。この規模の街も何度か見てるから。それに……」

「ん? なに?」

 

 頭を振る。

 それに――


「ほら、行くぜ。ベッドが恋しい」


 ――恥じる必要はどこにもない。とても魅力的な笑顔だった。


 なんてね。

 言えるかよ!

 言えたらとっくに彼女が出来てたってハナシだ。

 顔真っ赤っかなのがバレないように早足で歩く。


 三十分程歩くと《大樹の梢亭》についた。

 商人から聞き出したお勧めの宿である。

 ふぅむ。

 道中で薄々察してはいたが。

 これは――


「いらっしゃいませ」


 店主が朗らかに迎え入れてくれた。

 子供だらけなのに足元を見る様子も無い。

 うん、やっぱりないな。


「二部屋、開いてますか? 出来ればベッドが二つある部屋で」

「開いてますよ。一万エルになります」

「では、泊ります」


 支払いを終えて戻って来ると、ブラスが不思議そうな顔をしていた。


「二部屋じゃ狭くねーか?」

「子供ならベッド一つで二人寝れる」

「……て、ことは俺は床か。まあ、いいがよお」


 苦笑いするブラスに俺は首を横に振る。

 

「ブラスは別の宿取ってくれ」

「…………あん? なんだって」

「な、ブラス。周りの客層見て見ろ。商人ばっかだろ。扉蹴破っても、またか、がははで済ませられる冒険者御用達の宿じゃねぇんだ。来る途中に冒険者が好みそうな宿沢山あったから。そこ泊ってくれ。お酒飲んでいいから。いや、違うか。一人ぼっちは寂しいもんな。酒も飲まずに寝れねぇわな。よし、色付けてやるから、沢山飲め」


 ブラスが唖然としていた。

 悪いな、ブラス。

 冒険者御用達の宿でもいいと思ってたんだけどな。

 《大樹の梢亭》は物凄くいい雰囲気だし。

 なんかこれ見ちゃったら、騒がしい宿行く気ならなくて。

 そりゃ、商人にオススメ聞いたら、自分が行く宿言うよな。

 ちらほら、商隊で見かけた顔あるし。

 

「多数決を取ります。ブラスのイビキで安眠妨害されても構わない人。挙手を!」

「…………」

「…………」

「…………」


 勿論、手は上がらない。

 あ。遠くの方で商人が手を上げてた。くっ、ノリのいいやつはどこにでもいるなあ。あの商人は説教だな。軽い気持ちの挙手で、《大樹の梢亭》は地獄と化すところだったと。

 いや、ワリとマジでね。

 ブラスは悄然としていた。

 ちょっと可哀そうだな、と思わないでも無い。

 でも、ここで甘い顔は出来ない。

 ここにいる商人に一杯奢ったら破産する。

 ブラスは助けを求めるようにフォーロを見た。

 フォーロは気まずそうに目を逸らし、


「……ごめんなさい」


 ……うわあ。目も当てられない。あんだけさ、俺に触れるな。火傷するぜ? みたいな雰囲気出しておいて結局フォーロに頼るのか。もうお前、ロリコンでいい? 己の性癖を自覚すると同時にフラれるたァ可哀そうだけどな。でも、幼女はフォーロだけじゃないぜ。そう俯くな。あっ、違うか、幼女見つける為に下見てるんですね……というツッコミを思い付いたが……流石に言えなかった。


 その夜、ブラスが何杯飲んだかは定かではない。

 翌朝《大樹の梢亭》へやってきたブラスの息が酒臭かった事をここに記す。

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