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異世界のデウス・エクス・マキナ  作者: 光喜
第2章 旅路編
39/54

第10話 脱出行6

 腕組みして長く伸びる道を俺は眺めていた。

 チネルは商隊の中継地として栄えた町である。

 市壁を作って税を取り立てようと思ったぐらいだ。それなりの交通量があったのだろう。商隊は馬車で来る。道が整備されているのは道理と言えた。

 なのにお膳立てされた気がするのは……おあつらえ向きだからなんだろう。

 いかんね。

 一々疑い深くなってしまう。

 クソ神だって未来を見通せるワケでもないだろう。


「始めてくれ」

 

 一声かけると背後から歌声が聞こえて来る。

 相変わらずの美声だが、どんな顔で歌っているのか。

 ニメアを回収した後、一度歌って貰ったのだ。散り散りになったスケルトンを集めたところで撒いた。戦術上必要な措置だったが、戦うと言った傍から逃げたのだ。

 リスティの心象は如何なものか。

 肩越しに振り返るとリスティは微笑んでいた。

 ん、と怪訝な思いでいると、リスティは顎で前方を促す。

 路地という路地からスケルトンが出現していた。瞬く間に見通しの良かった道に白い壁が生まれた。最前にスケルトンを集めたのは町の反対側だ。まだまだ到達には時間がかかる。とはいえ、壁が迫って来る圧迫感は凄まじく、思わず喉が鳴った。

 怖じ気づく俺とは反対に、リスティの笑みは深くなっていた。

 そして俺の目を見ながら頷いた。


 ――さあ、見せて貰うわよ。


 リスティの力強い視線に後押しされ、改めてスケルトンを見て見れば――的の群れにしか見えなかった。


 ……はあ。やれやれ、だな。

 出来ると思ったから、一人で戦うと啖呵を切ったのだ。

 それがいつの間にか呑まれていたらしい。

 王の討伐を経て成長したつもりだったんだけどな。

 アレに匹敵する事でもなければ、落ち着いて対処出来ると思っていた。

 まだまだ経験不足ってコトか。密度が濃かったとはいえ、命がけの戦闘を一回経験したぐらいで、脳筋になりゃしないわな。

 リスティだって冒険者として何年も経験を積んで……いや、リスティを引き合いに出すのは良くない。アイツ、ホンの数日で俺の境地を通り過ぎてる気がするし。

 ともあれ、俺は俺の速度で成長していくしかないって事か。

 周りに集まるのが天才ばかりだからな。

 自分の成長をまるで実感出来ないのだが。


 《身体強化・弱》を発動させ、ディジトゥスを投擲する。

 狙うのは距離の近いスケルトンだ。雑な狙いなので倒せるのは、五体に一体と言ったところ。一方的に攻撃出来るアドバンテージを捨てるのも勿体無いから攻撃してるだけ。

 魔素の流れを追う余裕すらある。

 全て冒険者カードに流れていた。

 魔素からもザコ認定か、スケルトンよ。

 まあ、ここのスケルトンが格別に弱いのだろうが。エグゾスケルトンは生前の強さを受け継ぐ。ならば、同じアンデッドであるスケルトンにも言えることだろう。

 元になったのは戦う力の無い町民だからな。

 

 つらつらとそんな事を考えつつ、エグゾスケルトンを眺める。

 機動力がウリなハズなのに未だ後方をウロチョロしてるんだよな。

 スケルトンの壁に阻まれて、前に出てくる事が出来ないらしい。

 アイツらが来てくれないといつまで経っても無双が始まらない。

 無双?

 始まってませんね。

 コレは的当てです。

 崩れたスケルトンが後続の足を絡めとる。転んだスケルトンが更に……といった形で、進軍速度はかなり遅い。稀に……俺が何もして無い場所から魔素が漂って来る……核を踏み潰されてるんだろうな。

 倒せたのは二十体くらいか。

 十分の一を倒せたか、ってトコだな。

 数字だけ見れば立派だよな。でも、もう百投近くしてるって事だぜ。これが野球ならもう降板しててもおかしくない。

 ん、具体的な数字出たら……途端に面倒臭くなってきたな……

 あ~。《火炎槍》が欲しい。

 そりゃあ、クドルムもツッコむわ。

 コレ、魔法使いの戦い方じゃねぇ。

 少し早いが次の手を打つか。

 《身体強化》を強に切り替え、思い切り振りかぶる。


「《王貫爪》」


 発光したディジトゥスが飛ぶ。スケルトンの左腕に命中。何事も無くスケルトンは前進する。左腕が地面に落ちている事に気付かずに。貫通力が高過ぎて衝撃が無いらしい。

 すぐにディジトゥスは見えなくなった。

 しかし、王の爪が再びチネルの町民を貪っているのは明白だった。

 縦列になったスケルトン。手前から崩れて行くのだ。あたかもドミノ倒しのように。


 ――王の爪が貫く。


 故に《王貫爪》。

 数時間前に放たれたコケ脅しのアニマグラムは、正しい得物を得て真価を発揮していた。

 数十体は貫通したか。

 一投でそれだけ倒せたのなら、凄まじい戦果と言える。


 ……まー、倒せたんならな……

 数十体を一時的に戦闘不能に追い込んだのは間違いないだろう。しかし、魔素が漂って来るでも無し。精々、倒せたのは二、三体と言ったところではないだろうか。

 ……なんか、思ってたのと違う。

 一直線に伸びた道は《王貫爪》に持ってこいの舞台だ。

 おあつらえ向き過ぎる――と穿っていた事がハズかしい。

 何よりも恥ずかしいのは、クソ神を疑うあまり、思考停止していた事だ。

 もう少し考えれば《王貫爪》の貫通力が仇になることぐらい分かったハズ。衝撃が生まれないという事は、ピンポイントで核に当てるしかないからだ。

 ……《王貫爪》で無双するつもりでいたんだぜ?

 ま、致命的な作戦ミスじゃあないけどな。スケルトン如き、どう片付けてもいい。だからこそ、深く考える事をしなかったって面も……いや、これ以上は言い訳だな。


 もう一発《王貫爪》を放ち、《身体強化》を弱に。

 効果が薄いのは承知の上だ。目的を変えてみたのである。

 スケルトンの殲滅からテストへ。

 折角の切り札も抱えこんだままでは、いざという場面でうまく切れないからな。

 特に《王貫爪》は性質上、テストが憚られる。

 氣による武器強化は武器の損耗を招く為である。

 《王貫爪》はディジトゥスが耐えられる出力に調整してあるが、一発で壊れる寸前のナマクラになってしまい、その戦いではもう使用できなくなってしまうのだ。


 《王貫爪》の雛型を作ったのはユーフにいた頃である。

 その時は《王貫爪》ではなく《凄い投擲》という名だった。一々、《凄い投擲》と叫んで投げるのだ。試し撃ちをしている俺はさぞかし間抜けに見えた事だろう。

 いや、俺だってそんな名前はイヤだった。最初は《投擲(仮)》という名前だったのだ。だが(仮)の部分をどう頑張って読んでも発動せず……面倒臭くなってそんな投げやりな名になった。

 《凄い投擲》で消滅したナイフは浮かばれないね。

 質量が多ければどうだ! と思って瓦礫で試してみたが……同じ結果だったな。

 やはり王の素材か、それに準じるモノでなければ真価は発揮出来ないのだろう。

 なんでも一部の金属や魔物の素材は氣と親和性があるそうだ。

 そんな武器は当然値が張る。

 高価な武器を使い捨てにするアニマグラム。

 ディジトゥスが手に入らなかったらお蔵入りになってただろうな。

 王の執念深さが染みついたディジトゥスは、ナマクラになっても一日放っておけば再生するのだ。

 とはいえ、一時的に使えなくなるのは事実。

 出力の調整が済んでからは、一度もテストした事が無かった。

 

 ……ん?

 ああ、《王貫爪》も全く無駄じゃ無かったみたいだな。


「――――来たな」


 近付いて来る騎影があった。

 槍を携えたエグゾスケルトンだ。

 二発の《王貫爪》で密度の薄くなった部分を強引に突破してくる。騎馬が地面を蹴りつける度、土煙と共に舞うものがあった。魔素だ。その半数は槍騎士に流れていた。残りは俺に流れて来るが――途中で霧散していた。遠距離から魔物を倒した事が無かった為、知らなかったが……距離があると魔素の吸収効率が落ちるのかも知れない。


「……ふぅ」


 胸を叩く。

 奇しくもリスティに叩かれた部分だ。

 熾火のような静かな熱を胸の奥に感じる。

 よし。

 大丈夫、やれる。

 ここからが本番だ。


***

 

 槍騎士がスケルトンの群れから抜け出して来た。

 《身体強化・強》を発動させ、腰を落とす。槍の穂先を凝視していると、今にも額が貫かれそうな錯覚を覚える。眉間を揉み、深呼吸して待ち受ける。

 槍騎士と衝突。

 勢いを乗せて突き出された槍を、ディジトゥスの腹で受け止め――


「うおっ」


 ――吹っ飛ばされた。


 回転する視界の片隅に、切っ先が曲がった槍が見えた。

 勢いを殺すべく、踏ん張ると――意図せず真上に跳ねた。四肢をついて着地する。

 慌てて顔を上げる。ブラスであれば目視するまでも無いのだろうが、俺の気配探知の精度はかなり低く――というか安定せず、ここぞという場面で頼るのは己の五感になる。

 槍騎士が再び接近していた。だが、先程までの勢いは無い。

 転がって槍を回避。

 槍が地面に突き刺さっていた。

 咄嗟に足を出す。抑えつけるダケのつもりが……槍がくの字に曲がってしまった。踏み易いのは確かだが。槍を引き戻す事が出来ず、かといって捨てる事も出来ず、槍騎士が硬直する。隙だらけだ。俺は槍を足場に駆け上がり、槍騎士の懐へ飛び込む。

 蹴り飛ばす。

 《墜火葬》を思い出す。

 手応えが無かったのだ。

 槍騎士は?

 どうなった?

 というか……マズい。

 滞空時間が長い。飛び過ぎだろう、コレは。

 着地するなり身体を回転。追撃に備え――力を抜く。

 砕けた骨が転がるだけで、復活する様子は無かった。

 足元に転がっていた髑髏を鷲掴みにすると――握り潰した。

 大して力を入れたつもりはない。

 ……これは。

 

 思考の海から俺を引き戻したのは蹄の音だった。

 二番手の斧騎士が迫っていた。

 ディジトゥスをしまい、代わりに槍を引き抜く。

 再び受けて立とうかとも思ったが……止めた。向こうが勢いに乗っていようとも、力比べをすれば勝つのは俺だ。槍騎士との衝突で確信した。

 ならば、なぜ吹き飛ばされたのか。

 身体が勝手に避けようとしていたからだろう。

 元々俺は回避を主体としたスタイルだ。常に氣を纏いガチンコした事は無い。

 足りない経験を積むべく、槍騎士は正面から迎え撃ったワケだが……染み込んだ習性というのは生半に拭いされるものではなかったらしい。

 狂戦士スタイルというか。

 新しい戦い方を模索したのだが……気が早かったのだろう。

 まずは《身体強化・強》に慣れてから。

 身体が軽すぎて思い通りに動けない。氣闘術でも同等の氣を練ったことはある。だが、戦い辛さを覚えた事は無い。無意識に動き易いよう氣を分配していたのだろう。

 《身体強化》は良くも悪くも全身を強化してしまう。


 槍を地面に突き刺し横っ跳び。

 斧騎士は俺が消えたように見えただろう。念を入れて寸前に《隠形》を使ったから。

 斧騎士は馬防柵となった槍に激突。空洞だらけの身体に杭は効果的だった。斧騎士の身体が上下に分断される。

 核は腰椎にあった。上半身が這って腰へ向かう。何かを感じたのだろうか。腰に手が届くというところで、斧騎士が顔を上げた。その眼前には俺の足裏。

 核を踏む。

 パキッ。

 斧騎士が崩れた。

 

 顔を上げ――げ、声を漏らす。

 因縁のある相手が目に入った。

 スケルトンの群れから、上半身が出ているので目立つ。

 弓騎士である。

 矢をつがえていた。

 避けようとする衝動を押し殺し、矢を掌で受け止める。

 

「つぅ~~」


 痛い。

 だが、それだけ。

 痕にはなったが血は出ていない。

 強度テストの結果は上々だ。

 ブラスが本気で氣を練れば、俺の剣を手で止める事が出来る。やれるとは思っていたがやはり不安だった。氣を練って攻撃を受けるという事をした事が無かったからだ。魔力の少ない俺にとってもっぱら氣を練るのは攻撃の為だった。

 さて。

 これで安心してスケルトンを無視できる。傷は負わないと言っても衝撃はあるので、攻撃を受けないに越した事は無いが。頭にいいのを食らえば、脳震盪だってあるかも知れない。武器を持ったスケルトンは稀なので、まずあり得ないとは思うが。

 物凄く頑丈な鎧に身を包んでいる感覚だな。

 《AGO》でゴブリンにじゃれ付かれながら、アニマグラムを組んでいた事もあったっけ。

 

 斧を手に走り出す。

 速度は余り出ていない。AGIにパラメーターを振り過ぎて、プレイヤーが操作出来なくなったみたいな。まるで月面を走っているかのようで、逆に走り辛かった。これなら《身体強化・弱》のほうが余程早く走れるだろう。

 

 弓騎士との間にはスケルトンの壁。

 突っ込むか。

 斧なら適当に振り回すだけで、スケルトンを倒せるだろう。

 いや、排除してる隙を衝かれるとマズいか。

 万が一、矢が目に当たったら事だ。

 道が埋まっているなら、別の場所を走るまでだ。

 そう、壁を。

 軽く――軽くを意識し、壁に跳躍する。

 壁を走る。気分は忍者だ。

 これ以上走れそうにない、というところで踏み切り――壁が抜けた。


「げっ」


 斧を一閃。

 着地地点を確保。

 咄嗟に斧を顔の前に。

 カツン、といい音。

 矢が転がる。

 防げたのは偶然だった。顔を庇った結果である。

 だが、斧を構えたのは偶然ではない。

 何か危険なモノが飛んで来る気配を察したのだ。

 矢が風を切る音か。

 はたまた気配なのか。

 そういうナニカを捉えたのだろう。

 これを普段から出来れば不意打ちを受ける事も無いのだが。

 戦闘という極限状態で集中力が増しているから出来る芸当だろう。

 矢をつがえる弓騎士を一刀両断し――苦笑した。

 今までは氣の無駄遣いだと思って、忌避していた行為だったからだ。

 思っていたより興奮しているのかもしれないな――


「あれ」


 おかしい。

 そろそろ魔力が尽きそうだ。

 もう一分半経ったのか? 《王貫爪》を二発放ったから? それを差し引いても枯渇が早い気がする。いや、平時と同じ魔力消費だと思い込んでいたのが間違いか。

 しかし、一旦落ち着いて良かった。

 魔力切れで死ぬところだった。

 魔力の残量は腹具合と似てる。

 満腹と空腹は分かる。

 だが、八文目か九分目かは判然としない。

 空腹にしたって命がかかった場面では忘れるだろう。


 青ポットを取り出し――

 

「はぁっ!?」


 ……割れた。いや、割った……だな。

 しくじった。

 力加減が難しい。

 《身体強化》を切ってから飲むべきだったか。

 

「リスティ!」

「貸しだから!」


 そう叫んでリスティが青ポットを投げる。

 ……投げ……投げるなよっ!

 アホかっ。もう、ああッ! 意外性の女だなッ!

 

 スケルトンを踏み台にして、青ポットをキャッチする。

 群がるスケルトンを無視して、青ポットに口をつけ――ムセた。

 ……痛くはないさ。でもな、腹は止めろ、今は。

 青ポットを飲み干す。

 この間、スケルトンに殴られ続けていた。子供が纏わりついて来るぐらいの感覚だった。はからずともスケルトンは無視して平気とお墨付きが出た格好だ。

 だが、お仕置きは必要である。

 腹パンしてくれたスケルトンにお返し。だが、核は腹にはなかったようで、何事も無かったように復活してくれた。ムカついたので全力で頭から叩き割った。ふぅ、手間かけさせやがってと思っていたら、まだうぞうぞ動いていた。

 ……おい、よりにもよって核は足かよ。

 核を踏み潰す。

 

「最後は剣か。真打登場だな」

 

 腹立ち紛れにスケルトンを倒していると、最後のエグゾスケルトンが姿を現した。

 槍、斧、弓と来たが、剣が一番強そうに見える。

 ナイフ?

 少なくとも勇者の武器ではないな。


 剣騎士は立ち止まり、俺を観察していた。

 イヤな感じだな。

 斧を持つ手に力がこもる。

 今までの骨騎士とは格が違いそうだ。

 先に仕掛けるべきか。

 時間制限があるのは俺の方だ。

 無力とはいえスケルトンは邪魔である。場所を移した方が――と、俺の意識が逸れた瞬間だった。

 ぐん、っと剣騎士が加速した。

 なっ。

 目を疑った。

 乗り手の強さが騎馬に影響を与えるのか。

 剣騎士の加速は俺の想像を超えていた。


「くっ!?」


 剣騎士の一撃を受け止める。

 鋭い打ち込みだった。

 振り上げるよりも、振り下ろすほうが容易だ。馬上の利点を生かし、剣騎士が剣を振るって来る。右に。左に。交互に。リズミカルに踊る剣は、いっそ美しいとさえ言えた。

 打ち合う度に打点が俺に近付いて来る。

 

 ――チィィッ。


 擦れる音がした。

 目の端に黒い細いもの――髪の毛。

 背筋に冷たいものが走る。

 チッ。

 マズい、じり貧だ!

 他の骨騎士と決定的に違うのは、騎馬での戦いに慣れている事だ。

 生前は騎士だったのだろう。

 人馬一体。

 これが本当のエグゾスケルトンか。

 次は右か――と反射的に動くと、その逆で再び左。

 ……そう来るよなッ!


「グッ!」


 咄嗟に頭を腕で庇う。

 代わりに……腕を斬られた。

 怪我の具合を確認したい。が、剣騎士が許してくれない。分かるのは……左腕の感覚が無い事だ……最悪、左腕は無くなっていると思った方がいい――


 ……ん?

 

 十合は打ち合ったか。

 ふと、違和感を覚えた。

 無我夢中で攻撃を捌いていると……両手で柄を握っていたのだ。

 ……あ、あれぇ。腕がある。

 なら、さっき感覚は?

 もしかして腕……痺れてただけ?

 ……なんだ。

 チラと目を落とすと腕は浅く血が出ているだけだった。

 剣騎士の攻撃は致命傷になりえない。

 そう分かると視野が広がり、バカバカしい思いに駆られた。

 ざまァねぇな。

 ノセられてたってか。

 何やってんだ?

 相手の土俵で勝負してどうする。

 自分の土俵に引きずりこむのが俺の戦い方だろうに。

 だが、そう気付けたのならやりようはある。


 しかし、分からない。

 剣騎士の剣技はブラス以上だ。

 明らかに対人向けに鍛えられた剣技である。規則正しく左右に打ち分けていたのは、いずれ逆をつく為だというのは分かっていた。だが、来ると分かっていても、先に動かない事には防ぎきれない速度だった。受けに回った時点で斬られるのは確定していた。

 こんな人物がアウディベアに殺されたというのか。


「アンタ、誇っていいぜ。間違いなく王よりも強い。ただ、出会ったタイミングが悪かったな。王より前に出会ってたら、俺はとっくにお陀仏だったぜ」


 笑みが漏れる。

 獰猛な笑みだ。

 剣騎士のお陰でようやく実感出来た。


 剣と斧が擦れて嫌な音を立てていた。

 捌こうとしたのが間違いだったのだ。

 技術で負けているのなら――

 

「感謝する。俺は強くなった」


 ――力で勝てばいい。

 俺はゆっくりと斧を押し込む。

 剣騎士は押し返そうとするが、俺の腕を落とせなかった時点で、不可能なのは明白だった。だが、流石に片手(・・)では一気に押し切るというわけにはいかなかった。


「じゃあな」


 痺れの取れた左手。

 馬骨の肋骨に突っ込む。

 そのまま手を上へ。

 剣騎士の腰にある核を握り――少し力を込めた。

 糸が切れたように剣騎士は崩れた。

 魔力と言う糸で操られた人形が再び永久の眠りについたのだ。

 手を開く。

 砕かれた核がさらさらと風に運ばれる。


「…………なんだかな。全然無双じゃ無かった」


 結果としては圧勝しているが、課題ばかりが目に付いた。


 ――ガシガシ。


 真に無双出来る日はまだまだ先か。


 ――ガシガシ。

 ――ガシガシ。


 ……黄昏てる場合じゃなかったな。

 取りあえず、周囲のスケルトンを一掃する。剣騎士との戦いに茶々を入れ続けてくれた連中だ。沢山殴られていたと思うが剣騎士に集中していたため覚えてない。

 だが、思い返して見るとスケルトンは俺よりも、剣騎士の邪魔をしていたように思える。勿論、攻撃対象は俺だ。しかし、雲霞の如く押し寄せて来るのである。馬上という不安定な足場の上。地面が揺れているようなものだったとしたら。さぞかし剣騎士はやり辛かっただろう。

 《身体強化》を弱に落とし、肩慣らしにスケルトンを二、三体を倒す。

 ふむ。

 戦い易い。

 かつて氣闘術で戦っていた頃の感覚に近いのだ。

 或いは《身体強化・弱》の方が無双出来たかも知れない。

 ああ、でもそうすると剣騎士に腕を落とされて……いや、無意味な仮定だな。弱だったなら恐らく剣騎士に近付こうなんて思わなかっただろうし。


「スケルトン相手なら無双も出来るんだろうが、感覚としては――」


 山のようにいるスケルトンを眺めていると、うんざりとした気持ちになって来る。


「――大掃除だろ」


***


「よお、無事だったみてーだな」


 呑気に手を上げるブラスに、思わず怒声を浴びせそうになるが、すんでのところで留まった。態度こそ普段通りだったが、ブラスの服が血塗れな事に気付いたのだ。


「……大丈夫か」

「お、なんだ。心配してくれんのか」

「子供達を守るのに支障はないのか、って聞いてんだ」

「ちと血が足りねぇが。なんとかなるだろ。そっちは?」

「全滅させて来たわ」


 なぜか胸を張るリスティ。

 全滅させたの俺なんだけどな。

 一人で大掃除も面倒だったので、リスティに助力を頼んだのだが、「最後まで一人でやれ!」と怒られた。彼女の怒りのツボが分かりません。俺の記憶では戦いたそうにしてたハズなんだがなあ。


「……本当か、クロス」

「……誠に遺憾ながら」


 あらましを説明する。

 言い訳じみたものになってしまったのは許して欲しい。エグゾスケルトンを高く見積もり過ぎてて、消極的な作戦を立ててしまったという思いがあったからだ。

 結果論だけどな。

 戦ってみなきゃ強さは分からなかったワケだし。

 ブラスもそう思っているのだろう。作戦変更を何とも思っていないようだった。

 やたらと強かった剣騎士について俺が言及すると、


「そりゃあ、アレだろ。名のある騎士だったんじゃねぇか」


 と、ブラスは事も無げに言った。


「名のある騎士がアウディベアに後れを取るか? 擁護してるみたいで妙な気分だが、剣技だけならお前以上だったぜ」

「あん? 俺は別に剣うまかないぜ」

「まあ……確かに……そうな……」


 技術がある事と強い事は別物だ。

 俺が剣騎士を破ったように、である。

 とはいえ、ブラスの剣技も十分、達人の域にあると思うが。

 

「騎士が死んだのは不思議な事じゃねぇと思うが」

「ん?」

「騎士ってのはそういうモンだからな」

「ああ。見栄の為に死ぬ人種でしたっけ」


 町民の脱出を最後まで助けていたというのなら、物量に負けて死んだというのも分からないではない。剣騎士は語られることのないチネルの英雄だったのかも知れない。

 と、俺とブラスが美談で納得していると、


「ねぇ。アンタ達、なんで納得してんの? もっと簡単に思い付く事あるでしょ」

「え?」

「お?」


 たぶん、二人して生暖かな目で見てたんだろうな。

 リスティが肩を怒らせた。


「だ~か~ら~! その騎士! おじいちゃんだったんじゃないの!」


 引退した騎士か。

 技術はあっても身体が動かなければ、殺されてしまうかも知れない。

 ブラスと顔を見合わせ頷く。


「「なるほど」」


 ハモった。

 納得したってダケならよかったんだが。

 まさかリスティに諭されるとは、って気持ちが入っちゃったんだろうね。

 リスティが怒りだした。

 お怒りごもっとも。

 粛々と怒りを受け止めるしかないだろう。

 ブラスが。

 思わぬところでブラスの本音が透けて見えたな、と軽く水を向けてやるだけで矛先がブラスに向けられた。

 善人ってたまに悪事働いただけで、物凄い黒い人物に見えるよな。

 なんでかなあ。

 どう考えたって普段から悪い事やってるヤツのほうが悪いのにさ。

 

「……ところでブラス。それ、なんだ?」


 ブラスの回りで子供達が寝ていた。

 愚連隊にも大人気だったブラスだ。

 短時間で子供の心をキャッチしてもおかしくはない。

 だが、「平気?」の女の子がブラスに抱きついていたのだ。その抱きつき方は、どう見たって……

 

「……おぅ。聞いてくれるな」

「……分かった。取りあえず。今日はもう疲れた」

「……そうしてくれ」

「……じゃあ、野営の準備だな。枯木集めてくるわ」

「あたしも行く」


 なぜかニコニコ笑いながらリスティが参加を表明する。

 ……なんか、妙だな。

 一応、氣闘術を失った俺の護衛を自任しているようで、リスティが枯木拾いについて来るのは珍しい事ではない。だが、大抵の場合は面倒臭そうに、グチグチ零しながらついて来る。

 まあ、いいか。

 魔力が心許ないのは確かだ。

 ついて来てくれるというのはありがたい。


 ***


 その三十分後、半泣きで逃げ出して来た俺の姿があった。

 ブラスがすわ敵襲かと剣を構えた。

 何があったのかと問いかけられたので一部始終を語って聞かせた。

 最初こそ真顔で聞いていたブラスだったが、直ぐに興味を失くして夕食の準備を始めてしまった。いつの間にか意識を取り戻していたニメアが、俺の活躍を子供達に語って聞かせてくれていたようで、子供達は俺の話を最後まで聞いてくれていた。

 ただ……段々と冷めた目になるのは止められなかったようだが。

 

「ニメアは分かってる」


 と、ニメアに優しくされ、不覚にもホロリと来た。

 語って聞かせた内容を要約すると。

 

 ――リスティに説教された。


 という事である。

 《身体強化・強》での戦いが危なっかしく見えていたらしい。スケルトンの群れに殴られるリスティを見たら、そりゃあ、俺だって心配するだろう。言っている事はもっともだったので、最初は真摯な気持ちでリスティの説教を聞いていたのである。

 だが、いつまで経っても止む気配はなく。

 段々とわき道に逸れた説教へ代わり。

 俺、頑張ったのに。

 うまく出来なかったけど。

 一生懸命やったのに。

 なんで、怒られてるの?

 と、思ったが最後、何かが決壊した。

 リスティから一目散に逃げ出したというワケである。

 森から戻って来たリスティは、バツの悪そうな顔をしていた。

 だが、俺は頑なに目を合わせようとしなかった。

 

 その夜更け。

 

「クロス。起きてる?」


 リスティが火の番をしており、他は全員寝入っていた。

 俺は疲れていたのだが、なぜか寝つけず……というか、説教がグルグル回ってた。

 返事はしなかった。

 子供みたいな反抗だな……と思ったが、そういや俺子供じゃん、と開き直った。

 無視だ、無視。

 

「ごめん。言い過ぎた」


 リスティはぼんやりと火を見詰めていた。

 俺が起きていようが寝ていようがどちらでもよかったのかも知れない。

 ただ、言わずにはいられなかった。

 そんなふうに見えた。


「……心配した。言いたかったのはそれだけ」


 温かい言葉が胸を満たした。

 説教の言葉はどこかに消えた。

 すると強烈な睡魔が襲ってきた。

 眠りに落ちる直前、何かを言った気がする。

 よく覚えていない。

 ごめんと言った気もするし。

 ありがとうと言った気もする。

 だが、翌朝、リスティにおはよう、というと笑顔が返って来た。

 確かなのはそれだけ。

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