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異世界のデウス・エクス・マキナ  作者: 光喜
第2章 旅路編
38/54

第9話 脱出行5

 アニマグラムを得たのを契機に再度マップのカスタマイズを試みた。

 すると気付いた事がある。

 もしかしてマーカーから個人を特定出来るのではないのか、と。

《身体強化》で判明した命令文で総当たりをかけたところ、マーカーが構造体を持っていた事が判明したのである。構造体ってのはパラメーターを格納する箱みたいなモンだな。

 箱には個人情報が詰まっていた。名前や所属といったお馴染みの情報から、冒険者カードには載っていない年齢まであった。冒険者カードのように《名前》クロスと言った分かり易い形で情報を抜き出す事が出来ず、中身を確認する作業は難航した。

 知り合いの情報を片っ端から表示し、照らし合わせる事で判断を下した。

 年齢は本人の自己申告と食い違う事もあった。ナナなんかは引き出した情報よりも三歳若い事になっていた。数え間違えているのか、サバを読んでいるのか。歳を訊ねた時、ナナの目は据わっていた。後者だと思う。


 個人を特定するのに必要な情報は二つ。

 種族コードと個人コードである。

 《種族》を抜ければ話は早かったのだが、残念ながら保持していなかった。

 代わりにあったのが種族コードである。

 人間は一律0x0007だった。十六進数で七という意味である。種族データベースを参照すると、七番目の《種族》は人間と判明するのだと思われる。

 思わず唸ったものである。

 ファウンノッドは剣と魔法の世界だ。

 だというのに、一皮むけばシステマチックな管理がなされているのだから。

 滅多にある事ではないと思うが、人間の種族名を変更しなければならないとする。個人で《種族》を保持していると、全世界の人間の《種族》を弄る必要がある。だが、種族データベースを参照する形にしておけば、種族データベースを変更するだけで事足りる。

 実に合理的である。


 《名前》や《所属》が文字で保持されているのは、冒険者ギルドで変更可能だからだろう。データベースの一部を貸し出してやる代わりに管理は勝手にやれと言う事かね。

 個人コードは種族コードと並んで保持されていた。数日経過を見守っていたが個人コードは変動せず、かつユニークな数値を保っていた。

 これを利用すれば特定の魔物の居場所を把握出来る。

 とは言え、熊子や熊代を特定したから何だと言うのか。結婚のお誘いから逃げられるぐらいか。魔物に関して言えば種族が分かれば十分である――と、気付いた時には粗方解析を終えていた。

 あれぇ、個人コード要らなくない?

 遭遇する魔物を判別する為のカスタマイズだったハズなのだ。

 プログラマーのサガと言うか。

 目的と方法が入れ替わる事がある。あれが出来るのではないか、と思ったら試さずにはいられなかったというか。途中からは個人を特定するのに躍起になっていた。

 ともあれマーカーに魔物の種族を表示出来るようになった。

 自前の種族データベースに登録している魔物に限られるが。

 しかし、折角解析したのに個人コードを使わないのも悔しい。

 と言う事で個人コードの検証を兼ねてブラスとリスティを登録した。

 常に一緒に行動しているのだ。

 役に立つ機会は無いだろうな――と思っていた。


 ***


 衝撃から覚めて見れば……マーカーの正体に心当たりがあった。

 先入観で決め付けてるのかも知れない。でも間違ってないと思うんだよなあ。町民がまだ残っていた可能性もあるけどさ。う~ん。そうだな、まずは裏付けを取ろう。

 じゃないと、気持ち良く罵倒出来ないもんな。

 マップを拡大する。北方に人を示すマーカー。ブラスの名があった。

 ……ダメだな。重なってて何人いるか分からねぇ。

 これだけ拡大すれば当然か。


 つか、アレだな。失敗した。

 個人情報パラメーターから名前が抜けるのだ。魔物以外は名前を表示するようにしておけば良かった。そうすれば接近するマーカーが誰かも分かったのだ。

 名前は同姓同名がいるかも知れない。ユニークに表示しようと拘った結果だ。考えてみたら同姓同名が一堂に会する事なんてないよな。

 よし、今度直そう。

 検証に苦労した個人コードが無駄になったのは虚しいが……プログラムなんてトライアンドエラーだ。フェニックス(笑)と比べたら失敗のうちに入らない。いつか使える機会が来るかも知れないし。


 もう、いいか。

 これ以上の裏付けは取れない。

 イライラを抑えるのも限界だ。

 違ってたら謝ればいいんだし。

 

 ニィ~~メェ~~ア~~~~~ァァ! なんで戻ってきたぁぁぁぁ! お前が来たら俺の作戦台無しじゃねぇかぁぁぁぁ!


 っと、いかん。

 クールになれ、クールに。

 まずはニメアの確保だな。スケルトン目掛け突っ込んで来る。このままだと五分もせずにアンデッドと遭遇する。マップで俯瞰している俺からすると、自殺志願者にしか見えない。ああ、歌声であらかたスケルトン集めてるからか。少し離れた場所から見れば安全な町に見えるのかも。


「俺は少し離れる。歌は続けてくれ」

 

 リスティは俺を一瞥しただけ。

 喋れたら「好きにすれば」と言っていたのだろう。

 なんだかやましい気持ちになって、「すぐ戻る」と言わずもがなの事を言った。妻に内緒で愛人に会いに行く夫の心境ってこんなかね。

 

「《身体強化・強》」


 屋根から屋根へ。

 跳躍を繰り返す。

 振り返るとスケルトンが俺を追い掛けて来ていた。

 約半数が。

 ……釣られ過ぎじゃね?

 はあ。ブラスの推測は当たりだな。やはり俺を王だと認識しているのだろう。王の魔力が俺に染みついてるとかそんなカンジかね。ずっとディジトゥスを携帯していたワケだから。とはいえ、ディジトゥスに群がる事は無かったし。

 どうも作為的な匂いがするな。

 パッと思い浮かぶのは……テラの愛し子だな。

 あれって……クソ神が運命を改竄出来るって意味で捉えてたが。

 パッシブでも発動してないか?

 クソ神が一枚噛んでるなら、クエスト出て来そうだし。

 

 骨の群れを引き離したところで《隠形》。

 スケルトンがバラバラに動き出すのを見届け、《身体強化》を切る。

 頭部を失ったスケルトンは俺を正確に把握していた。十中八九、スケルトンは気配感知だ。気配というが実際は魔力の事である。《隠形》には魔力を隠す効果もあるのかも知れない。

 

 視覚感知でないなら遠慮する必要は無い。

 堂々と屋根を渡ってマーカーへと距離を詰める。距離があってもひとっ飛びだ。氣闘術を使わずともこれぐらいの芸当は出来る。

 前世の俺が目撃したなら目を疑うだろうな。

 たぶん、高校生走り幅跳びの記録を更新してる。

 重力は地球と変わらない。

 この身体の性能が高いのだ。

 とはいえ、愚連隊の身体能力は前世と比べても大差なかった。

 氣闘術の影響か。或いは……魔素か。

 魔素っぽいんだよな。

 王を討伐してから身体が軽くなった気がするのだ。

 もし魔素だと言うのなら魔物を倒して得られるエルが人によって異なる事にも説明がつく。ブラスが倒した魔物の魔素は、大半が冒険者カードに吸い込まれていた。俺はその反対だな。ほとんどエルを得られない。魔素が俺自身の経験値になっていたからと考えればしっくり来る。


 もう一つ裏付けがある。

 ブラスから聞いた騎士と冒険者の話だ。

 実務経験三年の騎士と冒険者がいたとする。

 どちらが強いのかといえば同じぐらいだと言う。

 氣闘術の習熟は騎士の方が早いのにも関わらず、である。氣闘術はバフだ。素のステータスに係数をかけるモノ。折角のバフも素のステータスが低くては効果が薄い。冒険者が騎士に拮抗出来るのは、素のステータスで上回っているからだと考えられる。

 というか、俺が考えつくぐらいだ。

 既に騎士団では検証が終わっているだろう。

 秘密にしなければならない事でも無し。

 騎士団の門戸を叩けば、簡単に教えてくれそうだ。

 ブラスが知らなかったのは脳筋だからだろう。アイツ、良くも悪くも強すぎるんだよな。なまじ自分でどうにか出来るものだから、細かい理屈とかどうでもいいと思ってる。

 ん? もしかしたら――ああ、ここまで行くと邪推か。

 こう思ったのだ。

 だからこそ、俺の子守に選ばれたのではないか、と。

 ファウンノッドに隠された謎を俺自身で紐解けるように――


 風を切る疾走感に身を浸す事暫し。

 マーカーに接近した。マップを閉じて、屋根から飛ぶ。

 

「――――なっなななななっ!」


 予想通りニメアがいた。

 突如俺が現れたものだから泡を食っていた。

 倒壊した家屋の木材か。それを木刀のように構えていた。やや腰が引けていたものの――意外や意外ニメアの構えは堂に入ったものだった。

 

「…………はあ」

「なっ、なんだ! 失礼なやつだな! ニメア見て溜息なんて!」

「……お前、何しに来たの?」

「加勢だ! ニメアは剣の心得がある!」

「………………はあ」

「まっ、また溜息をついたな! お前から成敗してやる! そこに直れ!」

「あ。気に障った? そら、すまん。少し思ってさ。スケルトン相手に尻尾巻いて逃げ出した分際でよく加勢なんて言えたもんだな。バカなの? アホなの? って」

「あれはフォーロ達がいたからだッ!」


 へぇ。

 顔の違和感が取れた。ん? なんでだろ。ああ、眉間の皺が取れたのか。

 ニメアを見直した。ほんの少しだけ。

 

「お前氣闘術出来んの?」

「出来る。これだろう」


 むんっ、とニメアが唸る。


「いや、知らんが」

「なんだとっ」


 何も発動させてないしな。見えねぇよ。

 だが、氣闘術が出来ると言うのなら。

 スケルトン一体だったか。

 倒そうと思えば倒せたのかも知れない。ま、返り討ちにあう可能性は高いが。

 

「む! 来たか。ニメアの実力を――」


 スケルトンが一体現れたのだ。

 気を張るニメアだが、直ぐに剣先が震えだした。


「――ど、どういうことだ! 沢山いるぞっ!」

「一匹みたら三十匹いると思えって言うだろ」

「言わない!」

「そーか」


 スケルトンの群れが居るって言ったハズなんだがなあ。大げさに言っていると思われたのか。でも、それって俺の言葉を信用出来なかったってコトだろ。信用できねー人間を助けに来るとか……なんつーか、面倒臭いヤツだな。


 幸いな事に現れたのはスケルトンばかり。

 十体もいない。

 ちょいちょいっと骨に分解してやる。え? 描写が雑だって? だって、ザコなんだもん。一々、キリッと描写してたら肩が凝るし、こんなもんで良いと思う。

 とはいえ、それでもニメアにとっては一時大事だったようで、


「お、お前! 凄いな! か、かっこいいぞ!」

「……ニメア。俺、お前の事誤解してたわ。いいやつだったんだな」


 誰だ、チョロイとか言ったやつ。

 俺だって安すぎるとは思うさ。

 でもな、ブラスやリスティに揉まれて見ろ。アイツら期待高いところに置きすぎなんだよ。あれ……俺って大したことないのかな……ってなるから。

 

「く、くくくく! ニメアもようやく俺の凄さが分かったようだな!」


 調子に乗って後続のスケルトンを粉砕する。

 一々、ニメアが歓声を上げるので、俺のテンションも青天井だ。

 

「――――ッ」


 歌声が止まった。

 まさか、リスティの身に何かが?

 マップを開く。リスティは……あ、移動してる。こっちに向かって。

 ふぅ。焦った。

 歌の効果が薄れたからか。合流するつもりらしい。

 

 ニメアに向き直り……なんだ?

 ニメアが呆けた顔をしていた。

 ……ま、いいか。時間が惜しい。

 骨の山は今も蠢き、元に戻ろうとしている。

 

「俺の実力は分かっただろ。キツい言い方になるがニメアは足手纏いだ。なんとかならない事も無いが……ちと厳しい状況になったのは確かだ。これからは俺の言う事に従え。いいな?」


 ニメアがコクコクと頷く。

 ……やけに素直だな。

 テンションの落差が激しかったからか? 俺の真顔怖いって言ってたし。

 こういうとリスティの事滅茶苦茶心配してたみたいだけど。心配してなかったよ? リスティがどうにかなると思えなかったし。ただ……それはそれとして心配はするというか。あ、なんか墓穴掘ってる気がするわ。

 

「なっ、なあ! ニメアのこと……キライになったか?」

「いや、別に」

「そっ、そうか! なら、いいんだっ」


 ニメアの浅薄な行動は後で説教する。だが、俺が呆れている事があるとしたら、ニメアの気持ちを推し量れなかった自分にだ。俺は強いと言っていたつもりだったが、言葉が足りなかったかも知れない。ディジトゥスを見せたが、あれは魔法武器が凄いだけ。ニメアからしたら同年代の俺が死地に向かったように見えた事だろう。

 でも、なんでキライとか?

 お灸が効きすぎたのかね。


「見捨てるつもりはないから安心しろ」

「分かってる!」

 

 ……はい? 分かってる?

 ごめん。逆に俺が分からない。

 

「ニメア。俺の後ろにいろ」

「分かった!」


 新手のスケルトンと復活しそうな骨に投擲する。

 よし、最後に一本――あれ、無い。

 ディジトゥスは腰のベルトに差している。右に二本、左に三本。左から交互に投擲する。右にまだ一本残っているハズだった。それが無かったのだ。間違って右から投擲してしまったのか。たまにあるのだ。暗殺者を廃業して、盗賊スタイルになって日が浅い。

 僅かな違和感を覚えたまま、左の一本を投擲した時だった。

 

「クロスッ!」


 天から声が降ってきた。

 焦った声だった。

 なんだと顔を上げれば、予想通りリスティの姿。しなやかに躍動する肉体に見惚れたのも一瞬、今まで見た事のない必死の形相に警戒が沸点に達する。

 なんだ?

 敵か?

 周囲を窺うが、見当たらない。

 リスティは着地と同時に蹴りを放つ。俺の後ろに。

 なっ。

 肝が冷えた。

 いつの間に。そんなトコに。

 忸怩たる思いがこみ上げて来た。

 くそっ。《身体強化》が咄嗟に出て来なかった。

 苦い思いを噛み殺しつつ、敵の姿を拝もうと振り返ると、俺の目に飛び込んで来たのは――吹っ飛ぶニメアの姿だった。


 …………は?

 

 もんどりうって転がるニメアに、思わず顔をしかめてしまう。うわ、アレは痛い。

 熊には何度も吹っ飛ばされたからな。当時の痛みが蘇って来たのだ……って、呆けてる場合じゃねぇ!


 ――ニメア!


 リスティが何か鈍い光を放つ物をキャッチする。それを横目に捉えつつ俺はニメアに駆け出す。


「はァ!? バカっ! もうバカ!」


 リスティは罵声を上げ、俺を追いかけて来た。

 先程もそうだが、こういう時氣闘術を失った影響が出る。瞬く間にリスティに追いつかれ、腕を掴まれた。

 

「はなせっ!」


 ニメアに手を伸ばす。届かない。狭まった視界に映るのは、ぐったりするニメアだけ。拘束を振り解こうとするが、氣を纏っているらしく、リスティはビクともしなかった。


「クロス! 落ち着いて!」

「落ち着いてられるかッ。いいからはなせッ」


 自由な左手を振り回す。パンッと音がした。ふっと拘束が緩む。

 その隙を逃さず、ニメアの元に駆け寄る。

 

「……う、うぅ」

 

 ニメアを抱き起こす。

 服をめくる。腹部に痣が出来ていたが……気絶しているだけ。リスティの四肢は凶器だ。殺してしまったかと思ったが。リスティが手加減していたのか、ニメアが拙いながら氣を纏っていたのか。いずれにせよ、命に別条は……ない。あったら困る。

 痛みを訴えるようなら、赤ポットを与えよう。

 ……良かった。

 

「リスティ!」


 リスティは俯いていた。頬を手で抑えていた。ふるふると震えていた。

 何に耐えていたのかは分からない。だが、ギリギリで踏みとどまっていたのだろう。俺が怒声を上げた事で決壊したらしい。頬に添えていた手を拳に変え、壁に叩きつけたのだ。

 ぽっかりと壁に穴が開く。

 穴が。

 

「あたしは……悪くない!」


 頭が真っ白になった。

 次の瞬間、激情が吹き荒れた。

 ……おい、リスティ。なに俯いてやがる。見ろよ、ニメアを。お前がやった事だぜ。自分の罪と向き合うのが怖いってか。ふざけんなよ。お前はいつだって堂々としてて……チッ。そうじゃねぇ。今問題にすべきはニメアの事で……

 ……クッ。なんだ? 怒りの矛先がおかしい。


「…………」

「…………」


 リスティは押し黙ったまま。

 反省の色は見えない。

 台風一過――不思議と穏やかな気持ちで、リスティを眺めていた。

 怒りは押し流されていた。更に強い感情――失望によって。


「…………ハッ。俺も人の事言えねぇな。勝手に思い込んでたぜ。リスティは言い訳しないってよ」


 皮肉にリスティが震えた。が、動揺を殺し、彼女は顔を上げた。


「……え」


 目を疑った。

 リスティを傷つけるつもりで言葉を放った。

 幾つかリスティの反応を予想していた。それに合わせ更なる皮肉も用意済。だというのにリスティは俺の予想を裏切る顔をしていた。

 あたかもここが死地であるかのような――思い定めた顔。

 この顔を見たのは一度しかない。

 アウディベアの王とやり合っている時だけ。


 ……待て、待てよ。

 おかしいだろ、どう考えたって。

 だってさ。

 この場に脅威となる魔物はいないんだぜ。

 それに……あの顔をさせているのは……俺、なのか?


「クロス。そいつから離れて」

「……分かるよう説明してくれ」


 頭ごなしに否定する気は無くなっていた。

 ただ、リスティは無理難題を吹っ掛けられたような面持ちになった。


「……あたし説明ヘタだから」

「……リスティ。理由があるなら言ってくれ。頼む」


 俺の懇願に心を動かされたのか。言葉を探そうとするリスティ。だが、ほんの一瞬で諦めたようだった。説得する気があるのかと疑ってしまうレベルである。

 確かにリスティは説得を諦めたようだった。

 自分では。

 彼女はこう言ったのだ。


「アンタならこれで分かるでしょ。というか、分かれ」


 リスティが先程キャッチしたモノを掲げた。

 それは俺に示すだけでは無く、もう一つ意味を持っていた。

 リスティは投擲出来るように構えていたのだ。

 俺を狙うハズが無い。

 だとすると、アレが貫くのは――ニメアだ。


「なあ、リスティ。一体何を警戒して――」


 最後まで言う事が出来なかった。

 遅まきながら事態が飲み込めたのである。

 リスティが掲げたのはディジトゥスだったのだ。

 では、ディジトゥスがどこにあったのか。それを考えればすぐに答えが出た。ニメアが手にしていたのだ。投擲の際、一本足りなかったのはニメアがディジトゥスを抜いていたから。

 ニメアはディジトゥスでどうするつもりだったのか。

 護身の為ではないだろう。


「……クソッ。そういうことか……」


 目をきつく閉じた。

 自己嫌悪がぐるぐると腹で回る。チクチクとした痛みを消化して目を開く。

 リスティの怒った顔があった。でも、こういうふうにも見える。

 理不尽によって傷ついた顔にも。

 

「……すまない。リスティ。すまない」

 

 子供じみた謝罪である。取り繕う余裕も無かった。


「……助けてくれたんだな。俺、殺されそうだったのか」


 リスティは深く息を吐くと、ディジトゥスを投げて寄こした。

 ニメアが無力化されている事には気付いていたのだろう。だが、肝心の俺が事態を把握出来ておらず、警戒を解く事が出来なかったらしい。


「……痛かったんだから。叩かれたトコ」


 リスティが頬をさする。赤く……はなってないな。氣を纏っていたハズだし、蚊に刺された程の痛みも感じて無かっただろう。まあ、無粋な突っ込みはいれないが。

 叩かれて痛むのは身体だけじゃない。

 

「……あー、なんというか……すまん」


 ……へこむ。

 こう言う時に限って口が回らないのだから。

 本気で心配してくれたんだろうな。リスティならニメアを取り押さえるのは容易かったハズなのだ。あの蹴りは俺から引き離そうという一心から出たのではないだろうか。

 自惚れだったら笑い話で終わるんだが。

 ……違うんだろうな。

 我を忘れて心配してくれたリスティを皮肉る始末だし。

 ……最低ですね。

 ……なんだかなあ。

 カッとなるとダメだな。俺さ、自分じゃ冷静な性格だと思ってた。でも、案外頭に血が上り易いのかもな。ナナが言ってた自分の気持ちに鈍感ってのもコレかね。

 しかし、何と言ったらいいものやら。

 気持ちを吐露出来ればいいのだろうが……気恥ずかしい。今にして思うと俺は必ずしもニメアの為に怒っていたワケではなさそうなのだ。リスティが人を傷つけた事がイヤだった……みたいなんだよな。いや、ホント、人の事いえねェ。リスティに理想を重ねてたってコトか。


「…………」

「…………」


 互いに言葉が出てこない。

 湿っぽい雰囲気が漂う。

 あー、こう言う雰囲気苦手だ。

 思い付いたセリフはあるんだ。

 でも、コレって言っていいのか……悩む。

 むしろ怒られそうな……いいか、言っちゃおう。

 悲しまれるよりは、怒られた方がマシだ。


「ま、まー。アレだ。傷物になったら責任取るよ」


 ようやくリスティがこっちを見た。暫く耐えていたようだが、やがて堪え切れず噴き出した。たったそれだけの事なのに、雰囲気が明るいものへ変わった。


「気が早い。五年後だって言ったでしょ」


 笑った事で気が多少は晴れたのか。リスティが腰に手を当てた。怒りが再燃したようである。

 ……予定通り……ではあるけども。

 前言撤回していいかな?

 尻に敷かれる未来しか見えなくてさ。


「大体ね。アンタ、簡単に殺されそうになってるんじゃないわよ。あたしが見てない間に、その子と随分仲良くなったみたいじゃない」

「はい? なんでそんなハナシに?」


 真面目な忠告のようだった。

 なんだ、嫉妬じゃないんだ……と、残念に思う俺がいて……少し嫌気がさす。

 喉元過ぎればすぐコレだ。


「そうじゃなきゃこんなコトになってない」

「……というと?」

「アンタは気を許すと……すぐ油断するから」

「…………油断っつーより、王の執念に一本取られたって言うか……まさか人を操れるとは思ってなかった。予兆があれば俺だって気付けたぜ。でも、一回ニメアが持った時は平気だった」

「そうじゃない。あたしが言いたいのはそういう事じゃない。アンタ、疑り深い。何でもかんでも疑ってかかる。あー。何も言わないで。殴りたくなるから。でもさ、アンタ、考えたことあるの? ブラスやあたしが裏切るかもしれないって」

「……え、裏切るの?」


 明日から太陽が逆から登ります――そんな戯言を聞いた気分だった。

 リスティが首を振る。ツインテールがぴょこぴょこするのに和むが……そんな場面じゃないですよね、はい。


「……はぁ。それよ、それ。あたしがいいたいのは。そりゃあ、信頼してくれるのは嬉しいけど……なんでもない。あー、もうっ! 分かった!?」

「……ああ、うん……良く分かんないけど、すまん」


 なんかブラスみたいだな、と思いつつ取りあえず謝る。


「分かったの!」

「……分かった」

 

 まるで分からないが。

 確かに俺は疑り深い。だが、何もかもを疑ってかかっていたら疲れ果ててしまう。だからこそ、懐に入れた人は信用しようと思っているだけ。もしそれで裏切られるのなら、俺の見る目が無かっただけだと思い、甘んじて刃を受け入れる事だろう。

 ふむ。

 何がいけないのだろうか?


 ふんっ、とリスティは踵を返す。


「……鬱憤晴らして来る」


 折しもスケルトンの新手が現れていたのだ。

 走り出そうとしたリスティの背に声をかける。


「リスティ! 助かった! ありがとう!」


 声は届いたのか。分からない。

 リスティは洗練された剣技でスケルトンを葬って行く。俺が倒したスケルトンの核を踏みつぶす余裕まであった。鬱憤晴らしでイルトレントを叩き割った事が思い起こされる。力任せの一撃だった。それとは反対の光景がリスティからの返答に思えた。

 

 ニメアを見る。

 穏やかな顔だった。

 俺を殺そうとした人物とは思えない。

 王の魔力に操られていたのだろう。ユーフの武器屋もそうだったのか。やつれ切っているのに目は爛々と輝いていた。誰彼構わず操れはしないのだろう。武器屋はずっと王の爪と向かっていたから。ニメアは……チネルの町民だ。

 死者を扇動するだけでは飽き足らず、人の古傷まで抉ってくれるか。

 吐き気がする。

 王め。

 死んでからも祟ってくれる。

 ディジトゥスを握る手に力がこもる。もし氣闘術が使えたらそのまま折っていた。

 

「これからどうするの」


 リスティが戻ってきた。まだ不機嫌そうだった。

 ま、力任せに暴れたワケじゃないしな。

 だからか俺が、

 

「戦う」


 と告げると、


「ふぅん」


 と、リスティの機嫌が回復した。

 剣の握りを確かめて……わっかりやすいなあ。

 参った。言いだし辛くなった。


「まず、言っておくが。作戦立てた時点ではあれが最良だった。エグゾスケルトンがいた。俺達の手に余る可能性があった」

「あー。あれ。ザコだったわね」

「そうだな。アウディベア程の硬さも強さも無い。それでも最低ランクがCなのは、生前の技術が生きているからだろう。だが、その技術も底が知れた。加えてニメアというお荷物が増えた。ならば、作戦を練り直すのは当然の――」

「話長い」


 ……ま、確かに。そんな場面ではない。

 ただ、時間のある時に語っても、話が長いと一蹴されそうな気がする。

 ブラスもリスティも俺の長口上を子守唄だと思っているフシがあるんだよな。

 ……あれ?

 俺の長台詞を喜んで聞いてくれるのクソ神だけ?

 ……うわ。ルフレヒトついたら友達増やそう。


 ……ん?

 いや、待て。

 もう逃げても良くないか?

 王への怒りで好戦的になっていたが。

 やって来るのはスケルトンばかり。散発的にやって来る事からも、物量に任せて探しているだけなのだろう。スケルトンよりも機動力に優れるエグゾスケルトンは未だ町のどこかをさ迷ったまま。これ、逃げ切れるんじゃね?

 あー。クソ神の怨み事が聞こえて来るな。


 ――それはないよ。ここはキミの見せ場だろう?


 ハッ。見せ場?

 知ったこっちゃない。

 残念でしたね。

 貴方がデバガメしてる番組は打ち切りです。盛り上がりに欠けるって視聴者から苦情が入ったので。新しい番組は豚公爵の日常とかオススメです。相当ゲスなヤツみたいですから。同じゲス同士波長が合うものがあるだろ。な?


 よし。最後にマップを確認して……って、おい、どういうことだ!

 ブラスのマーカーの位置が変わってない。

 何かあったのか。

 生きてはいる。マーカーがある。深い傷を負ったか。

 いずれにせよ、早急な合流が望ましい。ブラスの戦力がアテに出来ないとしたら、尚更後顧の憂いは断っておく必要がある。つか、俺が見つからないからって、エグゾスケルトン街道に行ってないよな。


 あーーーーーー。もーーーーーー。そうかよ。俺の人生はクソ神プレゼンツだもんな。そりゃあ、テコ入れも来ますわ。見せ場を作るまで退場は許しませんって?

 死ね!

 クソ神マジ死ね!

 時に。

 天罰とかあったら俺とっくに雷に打たれてると思う。

 それがないって事はこんな呪詛もゲラゲラ笑って見られてるってコトか。

 くそったれ!

 でも言うけどね。

 死ね! クソ神死ね、死ね!


「クロス?」

「ん、ああ。悪い。考え事」

「また来たの。使命」

「……なんでそう思った?」

「前と同じ。イー! って顔になってた」


 リスティが白い歯を見せる。

 ……なんか噛みちぎられそう。


「……へ、へー。いや、使命じゃ……」


 いいかけて思い直す。

 これ、使えないか、と。

 

「戦う。ただし、俺一人でだ」

「えー」


 ほらな、不満が出た。そこで神頼みだ。


「使命なんだ」

「……えー」


 リスティの語気が弱まる。

 俺には害悪しかないクソ神だが、他の人には神通力が通じる。


「他にも理由はある。ニメアを守ってもらいたい。見たろ。歌よりも俺を優先するやつらだ。わらわら来られたら俺じゃニメアを守りきれない」

「……んぅ。投げとけば。そこらへんに。平気よ、きっと」


 戦えないのが不満なのか。かなり雑な意見だ。とはいえ……スケルトンの索敵能力はかなり低い。俺もそれで大丈夫なのではと思いつつあるが……そこは表に出ないようにポーカーフェイスを維持。

 

「リスティにしか頼めないんだ」


 俺とリスティしかいないからな。

 そんな言葉のトリックに気付く様子も無く、リスティは満更ではなさそうに、


「そ、そう。いい? 貸しなんだから!」

「そのうち返すさ」


 何かを思い付いたのか。ふとリスティが破顔した。


「いい機会かもね。アンタの本気を見る。いっつもウソばっかついて、本気出そうとしないから」

「……そういや、リスティの前で本気で戦ったことって無かったな」

「そーよ。アンタ訓練じゃ本気出さないし」

「それは違うって言ってるだろ。リスティが強くなっただけ。俺は本気で――」

「ムリなのよ」


 確信のこもった声で、リスティが切って捨てる。


「アンタはもうあたしに本気出せないの。さっき分かったって言って……うぅ。あたしの説明が悪かったってのは……いい! 手ぇ抜いたら許さないんだから!」


 リスティが俺の胸をトンと叩く。


「勝つだけじゃダメ。あたしだって出来ると思う。だから、アンタは圧勝するのよ。できるハズよね? 魔法は大勢を相手にするのに向いてるって言ってたんだから。アンタは弱くなんてなってない。強くなったのよ。それをあたしに証明して」

「……ああ。任せとけ」


 自然と笑みが浮かぶ。

 リスティはいつもこれぐらい出来るでしょって顔で無茶を言う。最初はアレだけ気持ちよさそうに投げていたクセに、最近の訓練では「なんで真面目にやらないの!」と怒るようになっていた。氣闘術を失った以上、相手にならないと言っているのに。

 共に旅をする以上、過度の信頼は危険を招く。氣闘術と《身体強化》の違いについて説明してある。ただ……強くなったとも言えるし、弱くなったとも言える――みたいなカンジで曖昧な説明になったのは否めないが。うん、見栄ですね。

 だから、俺が実力を隠してると思ってる……のかなあ?

 かつてそう仕向けた事があったし……ねぇ?

 ……う~~ん。やっぱ違う気がする。

 今まではそうだと思っていたんだけどな。

 ほら、さっきのいい方だとさ。

 まー、なんだ、いいや。

 言いたいのはそこじゃないから。

 要するにだ。

 期待される事は嬉しい。

 だが、期待に応えられないのは苦しいってコト。


 ――そして今は期待に応えられる。


 胸の奥が熱かった。何かに火が付いた。

 闘争心か。

 柄じゃ無いと思うんだけどな。

 ……なんか最近、こんな事ばっかり言ってる気がするが。平穏な毎日はどこに消えてしまったのか。クソ神に目ぇつけられた時点で無くなってたんだろうけども。にしてもだ。厄介事が立て続けに来すぎだ。あ、逆か? 今まで見逃されていただけ? 俺が成長するのを待ってたのか。すぐ死ぬのはつまらないっていってたし。

 ……いやいや、結論を出すのは早い。もう少し様子を見てからな?

 今後はコレが平常運転だってのは……ちょっと認めたくないなあ。


 青ポットに口をつける。

 たった一口で魔力が全快だ。ナナの腕が良いと言うより、これは俺の魔力が少ないからなんだろうな。リスティですら俺の魔力の五倍はある。魔力を数値化する事は出来ないので、アウディベアを殴り殺すとしたら何体行けるか、という形で計算したのだ。

 ブラス?

 あれはダメ。

 ヤツは素のステータスでやれそうなので計測不能だ。

 成長期になったら魔力も増えないかな、と願う今日この頃だ。

 

 回収したディジトゥスをベルトに差す。

 出来れば折って捨ててやりたい。だが、そんな事をしても解決しない。クソ神を笑わす事が出来るぐらいだ――って、ああ、なるほどな。なんでこんなにディジトゥスにイラついているのか分かった。ニメアを操ったのは腹立たしい。が、こう言ったらなんだが、ニメアは今日知り合ったばかりで、親交が深いと言うワケでもない。

 操った。

 この事実がクソみたいに業腹なのだ。

 運命を捻じ曲げて?

 右往左往する道化師見るのは楽しいか?

 なあ、クソ神よ。

 

 さて。

 クソ神の掌で踊っているようでシャクだが。

 これが最善だと俺も納得したのだ。見せ場を作ってやる事に異論は無い。

 ただ、いつもいつも死にかけると思うな。スカした顔に張り付いた笑みを、引っぺがしてやる。

 言ったよな。

 ゲームでチートは嫌いだが、リアルならしたいってさ。

 あるんだぜ、ここには。


 最強には程遠い、だが、限りなくチートなアニマグラム――リングが。


 クソ神に感謝している事があるとすれば、約束を違えずリングを与えてくれた事だ。いや、テラは俺にリングを与えたかったのか? 正しく正解に辿り着いた。リングを選んだ俺にそう言ったものな。ま、お前の意図なんて知ったこっちゃないが。

 

 なあ、俺がチートを嫌いな理由知ってるか?

 勿体ぶる程の事でもないんだが。

 つまらなくなるからだよ。

 ゲームバランス崩れて無双出来るようになるから。

 そう、チートがあれば出来るんだよ。

 悪いな、クソ神。

 これから始まるのは面白みの欠片も無い――


「――無双だ」

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