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異世界のデウス・エクス・マキナ  作者: 光喜
第2章 旅路編
37/54

第8話 脱出行4

「――――待て。お客さんだ」


 前方を窺いながら手で止まるように示す。

 ビタッと子供達が足を止める。ブラスの手に示された線。そこに壁があるかのように。

 子供達が息を呑んでブラスの背を見詰める。

 その視線に後押しされたのか。ブラスが弾けた様に駆け出す。見た目の鈍重さを裏切る野生の獣の如き素早さだった。足場の悪さをものともせず目的地へ到達する。

 木陰から何かが出て来る――と当時にブラスが突きを放つ。

 ようやく姿を現した巨体。アウディベアである。しかし、既に事切れていた。

 子供達が呼吸を思い出すまでの、僅かな時間に成された事だった。


 大剣を肩に乗せブラスは悠然と子供の元へ戻って来る。


「どうだ。見たか。俺の手にかかればこんなモンよ」


 殊更おどけて言ったのは子供達を安心させる為だ。彼らはアウディベアに追われて森をさ迷っていたのである。骨の髄まで染み込んだ恐怖を、少しでも拭ってやりたかった。

 だが、


(クロスみてぇにはいかねーな)


 良くも悪くもクロスは場の空気をブチ壊す天才である。

 目の前で起きた事が信じられない。そんな面持ちで子供達は固まっていた。

 もう一押しかと思いウインクをするもうまくいかず――


「おおっ。難しいモンだなあ」


 顔をしかめているようにしか見えなかった。


 ぷっ。

 子供の一人が噴き出す。そこからは一気だった。笑い声が連鎖した。


「す、凄いです!」


 女の子が歓声を上げた。興奮からだろうか。頬が紅に染まっていた。

 クロスに「平気?」と声をかけた少女である。赤い髪だ。髪の色は授かる加護の傾向を示す。赤は冒険者ギルド絡みの加護を授かり易い。冒険者ギルドの屋根が赤で統一されているのは、運営に携わる神々の貴色だからだ。やや野暮ったいものの、磨けば光りそうな少女である。将来は冒険者ギルドの受付嬢として男達の熱い視線を受けそうだ。


「ありがとうな、フォーロ」


 ブラスが頭を撫でてやると、フォーロは目を大きくしていた。


「うん? どした」

「……あたしの、名前」

「ンなコトか。一回聞きゃ覚える」


 フォーロが口火を切ったせいだろう。

 子供達が口々に「オッサン、凄い!」と褒めたたえる。男の子は興奮してブラスをぺしぺし叩いては、「おお~。硬い~~」と喜んでいた。なぜかその様子をフォーロが羨ましそうに見ていた。顔を更に真っ赤にして、うぅ、と手をにぎにぎしていた。

 称賛に顔を綻ばせていたブラスだが、ある事に気付くと笑みを消し去った。


「…………ニメアはどうした」


 一、二、三、四……何度数えても子供は四人。

 ニメアがいない。

 

「いつからだ?」


 水を打ったように静まり返った。

 ブラスに叱りつけたつもりは無い。

 だが、子供達は打って変わって、怯えた目でブラスを見ていた。

 その態度から察する事が出来た。

 

(……ニメアがいねぇの知ってたってコトか)


 それもそうか、と思った。

 道中、点呼をとりながら進んでいた。ブラスは前方を警戒しなければならない。声で確かめるしかなかった。点呼では五まで声が上がっていた。誰かが二回言っていたのだ。

 全員グルでないと出来る事ではない。

 

「……そうか。俺が信頼出来なかったのか」

「ち、ちがいます!」


 フォーロは大人しい少女である。

 その彼女が大声を上げたのだ。

 ブラスは思わず後ずさっていた。


「お、おぅ。ち、違うのか」

「ブラスさんは……信頼できます!」


 そこまで言ってフォーロは押し黙ってしまう。

 これ以上は言えないと言う事か。

 ブラスはガシガシと頭をかく。

 よく分からない。

 だが、信頼されていないワケではないと分かった。

 ニメアは責任感のある少女だ。四人に対する態度を見れば分かる。不安に押しつぶされそうになっていた四人に、「大丈夫、大丈夫だ」と繰り返し言い聞かせていた。

 考えてみれば四人を託されているのだ。それこそがニメアからの信頼の証である。


 しかし、失態だったという思いは拭えない。

 クロスはブラスが子守のエキスパートであると鼓舞した。一面では真実である。だが、今回はそれが裏目に出た形である。ブラスには守られる側も協力してくれるだろうという先入観があったのだ。先入観を育んだのはクロスとの旅路である。クロスは守り易い位置に陣取り、危なくなったらブラスを待つ。守り易かった。

 しかし、子供は往々にして言う事を聞かない生き物だ。

 心のどこかでクロスを基準に考えてしまっていた。

 あんな子供そうはいないと分かっていたハズだったのに。

 目視で確認すべきだった。気配を探ったって良かった。

 魔物を警戒するあまり、疎かになっていた。

 苦い思いを噛みしめる。

 

 と、ブラスの情けない顔が、急に精悍なモノになった。

 鋭敏な感覚が新手の出現を察知したのだ。

 それもかなり――


「チィ。まじィぜ」

 

 ――厄介な相手そうだ。

 

 気配が高速で移動している。

 それも三体。

 この気配は――エントウルフか。Bランクの魔物だ。

 ユーフに来る途中で討伐したのが記憶に新しい。あの時は二体だった。

 本来、ソロンの森に出没する魔物では無い。前回の遭遇はイレギュラーなものだった。今回はある意味必然と言えるかも知れない。タイミングが悪かったのだ。

 ソロンの森はアウディベアの縄張りだ。

 しかし、現在アウディベアの数は激減している。

 アウディベアの王。

 かの魔物が大勢の同胞を道連れに討伐されたからだ。

 ソロンの森を狙っていた魔物にとっては降って湧いた好機である。


 魔物のランクはパーティーでの討伐の目安として付けられる。パーティーで相対する事で必要な冒険者ランクは下がるのが普通だ。だが、このエントウルフは逆だった。

 ブラスのような手練れであれば、単独での討伐の方がやり易い。

 弱者から確実に仕留めて行く厭らしさがあるからだ。

 エントウルフはまず子供達を狙うだろう。その牙から全員を守り切るのは厳しい。

 落ち付け。

 前回は切り抜けたのだ。

 クロスは強いがエントウルフは荷が重い。

 だが苦戦したという覚えも無い。突破口は過去にあるハズだ――


「…………」


 首を振って回想を打ち切る。

 まるで役に立たない記憶だったからだ。

 ブラスが一体を相手にしている間、クロスも一体と対峙していたのだが……そう、対峙していたのだ。ジッと睨めっこをするかのように。魔物と、である。

 なんだあ、そりゃあ。

 

「裏技だ」


 などとクロスは言っていた。

 今思えばあれも何らかの加護だったのだろう。

 一体どれだけの加護を隠し持っているのか。


 クロスがいりゃあな、と埒の無い事を思う。

 ブラスの見立てではクロスに戦いの才能は無い。

 騎士団にはクロスを越える才能の持ち主はゴロゴロいた。だが、そういった才能の持ち主を相手にしても、クロスは絶対に負けないと確信していた。

 戦わないからである。

 それなら勝ち負けも無い。

 恃むのは己の力のみ。そんな価値観だった昔のブラスであれば。臆病者だと蔑む事はあっても、認める事は無かっただろう。しかし、今は得難い才能であると思っていた。

 彼我の力量を見極め、再起を計るのは悪い事では無い。

 そしてこうも思うのだ。

 戦わなければならないとしたら、やはり勝つのはクロスだろう、と。

 勝てる舞台を整えてから挑むだろうから。

 クロスが非凡だと思うのはその点である。

 手札を正確に把握し、戦う前に勝負を決める。

 彼の才を実感したのは《隠形》からの一撃を見た時だった。自分の長所と短所を知悉していなければ、あの戦い方は編み出せない。脱出行の計画を聞いた時、実感は確信へと変わった。

 クロスの語った殿という概念。

 騎士団や冒険者なら理解出来る。

 算を乱して逃げれば被害は拡大する一方だ。誰かが敵を食い止める必要がある。経験則でそれを知っている。

 しかし、クロスは集団での戦闘を経験した事はないハズなのである。

 なのに、さも当然のように殿の必要性を説いた。

 あたかもこのようなシチュエーションを知っていたかのように。

 身に宿す途方も無い加護。十歳児らしからぬ理知的な判断。どちらを取っても尋常な子供では無い。いずれ、クロスは世界を変えるだろう――そんな予感すらあった。

 いや、ここまで来ると親バカか。


 と、打開策が閃いた。奇策といっていい。クロスが思い付きそうな。

 

「……気は進まねーが。やるっきゃねぇか」


 息を吐いて覚悟を決める。

 

「フォーロ! 持っててくれ」


 ウエストポーチをフォーロに投げる。

 フォーロは大事そうにウエストポーチを胸に抱きかかえる。


「おめぇら。目ぇ瞑ってろ。ちと、な。あー、まー、なんとかすっからよ」

 

 子供達が目を瞑るのと同時にエントウルフが姿を現した。

 二体だ。

 一体は木陰で機を窺っている。

 流石は厭らしさに定評のあるエントウルフである。

 気配を探れるブラスだったから意味は成して無いが。駆け出しの冒険者では目の前の二体に手一杯になったところで、背後からガブリとやられていただろう。

 

「ワオォォゥ?」


 エントウルフが戸惑ったように吠えた。

 ブラスが無防備にエントウルフを迎えていたからだ。

 歓迎するぜ。そんなふうに両手を上げていた。大剣は投げ捨てられていた。取りに行ける距離では無かった。氣も纏っていない。自然体でエントウルフを待っていた。


「グ、ルルルゥ!」

「ウゥゥオゥッ!」


 エントウルフの間で優先度が揺れた。

 魔物は敵の強さを本能で知る。かつてクロスは魔物の襲撃が無いので、小銭が稼げないと嘆いていた事があった。あれは魔物がブラスに怯え、避けられていた為である。

 警戒すべきはブラス。

 獲物は子供達。

 だが、この好機を逃していいのか。


「グルルルルゥ!」

 

 血気逸ったのだろう。一番若い一匹が動く。

 唸り声が上がった。背後から――隠れている一匹だ。若者の愚行を制止しようとしたのだろう。しかし、果たして愚行は英断だった。牙は無事ブラス突き立てられた。左腕に。

 ブラスは呻いただけで振り払おうとしない。

 それどころか早く来いと言いたげに、正面で警戒する一匹を見据えていた。

 ははあ。我が身を捧げ、子供を庇う気か。

 エントウルフに知能があったなら、このように思った事だろう。

 次に牙が突き立てられたのは右腕。戦闘力を奪おうと言うのだろう。

 木陰の一匹。最も老練な狼。嬲り殺す愚は犯さない。即座に息の根を止める。頭を狙った。だが、避けられた。背後からの一撃を。老狼は唸る。言葉になるなら、なぜ今更避ける、とでも言ったところか。頭が駄目なのであればと、老狼は首筋に噛みついた。

 

「ぐっ、ぐぐぅぅぅ」


 ブラスが膝をつく。

 溢れだす血が地面を黒く染めた。

 目が虚ろになっていた。想像を絶する激痛に襲われているのだ。氣闘術は痛みを和らげる。氣を纏わずに三体に噛みつかれたのだ。それも一体は首である。

 朦朧としているのだろうか。

 ブラスはゆっくりとした動きで、エントウルフに触れた。


 ――ゴキッ。


 右腕に噛みついていたエントウルフが地面に転がった。ピクピクと痙攣している。首があり得ない方向へ曲がっていた。


「ワオオオオゥ!」


 老狼が一声吠えて、警戒を促す。

 若狼はジッと近付いて来る腕を見ていた。牙から解き放たれた右腕だ。撫でるようにして――若狼は絶命させられた。

 相当深く噛みつかれたのだろう。力を込め辛かったが、それでも首の骨くらい折れる。

 今や隠すつもりも無く、ブラスは気を纏っていた。

 老狼が目を閉ざす。瞳が最後に映したのは血に塗れた大きな掌だった。

 ゴキ。

 穏やかな空気の中、戦闘が終結した。

 

「…………ぐっ」

 

 ブラスは吐血すると、前のめりに倒れた。

 

「きゃあああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!」


 悲鳴が上がった。

 

「嫌、いや、いや、いやァァァァ!」

 

 フォーロが取り乱していた。

 ブラスはフォーロに手を伸ばす。

 助けを求めていると思ったのか。フォーロの瞳に光が戻った。


「し、しっかりしてください! 死んだら嫌です! お願いします!」


 駆け寄ってきたフォーロは、ブラスに触れようとして――思い留まった。

 身体に幾つもの穴が空いていて、血がとめどなく溢れて来るのだ。

 

「あず――ぶはッ」

 

 ブラスが何かを言おうとするが、吐血してしまい言葉にならない。

 だが、差し出された手で、フォーロはハッと気付いた。

 預けられた物がある。

 フォーロは震える手でウエストポーチを探る。

 出て来たのは赤い瓶が三本、青い瓶が一本だった。ブラスの血を見ているからだろう。フォーロは赤い瓶を禍々しい物であるかのように恐る恐る触れていた。

 ブラスの視線は赤い瓶――赤ポットに向けられていた。

 

「飲むんですか?」


 フォーロの問いに、ブラスは小さく首肯。

 納得した様に頷くと、フォーロは瓶をブラスの口に当てた。

 

「…………………………え?」


 フォーロが目を丸くしていた。

 赤ポットを飲み出して直ぐ。ブラスのキズが塞がり出したのだ。彼女はクロスが赤ポットを飲んだところを見ていた。その効果は知っていたハズである。しかし、致命傷と思われたキズまで回復出来るとは思っていなかったらしい。

 

「……あっ」


 驚く余り赤ポットを落としてしまう。

 が、零れそうな赤ポットを掴んだのは、ブラスだった。まだ、血色は悪いが確かな手つきだった。一気に赤ポットをあおると、ふぅぅ、と深い息を吐いた。

 結局キズが完全に塞がるには、赤ポットが三本必要だった。

 餞別として貰ったのでタダである。しかし、出るところに出れば値がつく代物だ。

 連続で飲むと効果は落ちる。勿体ない飲み方であると言えた。

 身体を回復させる事を優先させたのだ。

 

「…………ありがとうよ。助かったぜ」


 ごく自然にブラスはフォーロの頭を撫でていた。が、血塗れである事に気付くと、すまねぇ、と言って手を離した。

 すると、フォーロはブンブンと首を振り、


「へ、平気です! あたしの髪赤いから!」

「そ、そうか」


 目立たないとは言え、血を塗りたくるワケにもいくまい。

 そう思って撫でるのを止めたら、フォーロは残念そうにしていた。

 フォーロに遅れてやってきた三人に、ブラスは平気だと言って身体を動かして見せる。


「ナナに感謝しねぇとな」

 

 赤ポットがあったから取れた戦法だ。

 難しい事はしていない。噛みつかれたら筋肉を締めて抜けなくしただけ。


「さて。怒らねぇから言ってみな。なんでニメアがいない?」


 子供達は顔を見合わせた。口を開いたのはフォーロだ。

 

「あの子。クロス君? 助けに行くって」

「…………あー。ニメアの嬢ちゃんらしいな。そんな顔すんな。怒らねぇよ」


 説明が足りなかったのだろう。

 クロスは三人で王を倒したと言った。

 それではクロスはその場に居合わせただけとも取れる。クロスのような子供が残るなら自分も――そう、ニメアは思ったのだろう。余計な御世話だとも知らず。

 蛮勇ではある。好ましいが。

 クロスの力量を伝えていたら、この事態は防げただろう。ユーフではクロスを子供だと侮る人はいなかった。だから、周りからクロスを見たらどう思うのか。そんな当たり前の事が分からなくなっていた。


 結果論ではある。

 ニメアが指示に背くと誰が想像できたのか。


 引き返したい気持ちはある。

 しかし、血を流し過ぎた。暫くは安静が必要だ。

 四人を守らなければならない。

 軽率な判断は下せない。

 

「……頼むぜ、クロス」


 出来る事は秘密主義の息子に託す事だけだった。

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