第6話 脱出行2
気持ちを落ち着かせ、屋敷に戻ると――
「おう、酒あったぜ」
――ホクホク顔のブラスに出迎えられた。
足元には酒瓶が三つ。
いい意味でも悪い意味でも……気が抜けた。
「まだ、手ぇつけてないみたいだな」
「出るんだろう、町を。リスティのカンはバカみてーに当たるからなあ。なんか加護もってんじゃねーのか」
「本人は無いって言ってたけどな。ホールヴェッダついたら加護の更新させるか」
と、そこまでいったところで思い付く。
「そうだ、ブラス。冒険者カード見せてくれ。加護を確認しておきたい」
「うん? 見せたことあったろ」
「大昔すぎて忘れたよ」
ブラスから冒険者カードを受け取る。
さて。何か便利な加護があるかね。
+――――――――――――――――――――――――――+
《名前》ブラス
《ランク》D
《種族》人間
《所属》グアローク王国
《加護》戦士の加護、剣闘士の加護、下級自然治癒力向上。
+――――――――――――――――――――――――――+
「戦士の加護と剣闘士の加護ってのは?」
「ん? 力が上がんのと、一対一だと力が上がんのだな」
「……はー。つかえねーな」
なぜブラスの加護を忘れていたか思い出した。
だからなに? って加護ばっかりだったからだ。
自然治癒力向上はブラスがキズを負う事なんて無いし、
戦士の加護、剣闘士の加護に至っては実感がないらしい。
ああ、正確には大昔は実感出来ていたんだと。
ただ、自分が強くなるにつれ、分からなくなっていったと。
カンストしたキャラにLV1のバフかけて何が変わるかってハナシだな。
加護は増えてもいないみたいだ。
この九年何もしてないしね。
「ニメア達は?」
「荷物まとめだ。上で」
「つか、あんの? 荷物」
指示しておいてなんだが。
「一回、家に帰ったんだとよ。そん時持って来たんだろう」
「……よく知ってるな」
「おお。聞いといた。クロスはよお。子供に嫌われるからな」
「……向こうが勝手に嫌うんだ」
「子供らしくねーからなー。クロスは」
「誰のせいだと思ってる?」
「おおっとォ。藪蛇だったか」
ワザとらしく身体を小さくするブラス。ビビって巣穴に駆けこんだ熊。でも尻だけは出てました――みたいな愛嬌があって怒る気も失せた。
「行先はどうすんだ?」
「そうか。ユーフでもいいのか」
地図を広げて確認する。
「ユーフもホールヴェッダも似たような距離だな」
どちらを選んでもメリットがある。
ユーフを選べば通って来た道だ。土地勘がある。
屋敷はチネルの北に位置している。ホールヴェッダへの街道が近い。
「なら、当初の予定通りホールヴェッダかね」
「おう」
「いいのか、俺が決めて」
平時ならいざ知らず、危機が迫っているのだ。
戦闘経験ならブラスの方が上だろう。
「おめぇがどう思ってるかは知らねぇが。あると思うぜ、クロスには。人を率いる資質ってヤツがよ。その点、俺はからっきしダメだ」
「今は素面だろ」
「いや、酒じゃなくてよ……まー、それもそうだが。資質がないんだよ。真っ先に俺が飛びだしちまう」
それも一つの形だと思うが。
勇ましく闘うブラスの背を見れば、後続も雄々しく闘うだろうから。
ブラスなら後ろから人を率いる事も出来ると思うが。とはいえ、ブラスの真価が指揮ではなく戦闘にあると言うのはその通りなのだろう。
「……ふぅ。分かった。失敗しても苦情は受け付けないぜ」
「なーにいってんだ、クロス。言うと思うか? 俺やリスティが」
「……分かった、分かりました。降参だ」
俺が両手を上げていると、戻ってきたニメアと目があった。
「準備できたぞ!」
気炎を吐くのはニメアだけで、背後の四人は不安そうな顔だ。
俺は努めて笑顔を作り、
「これからホールヴェッダへ向かう。でも、心配しないでいい。俺達三人がいればアンデッドの大群も一蹴だ。本当だ。俺達はアウディベアの王を討伐している」
ニメアから聞いていたのだろう。子供達に反応は見られなかった。
信じたいが信じられないと言ったところか。
ムードメーカーのニメアが信じてないからな。
「この中で文字が読めるのはいるか?」
「いるはずがないだろ」
「ふむ。そうなると証明するのが難しいな」
王討伐の証拠があったのだが。
他に証明出来そうなものと言えば……ああ、あれがあったか。
「これ、何か分かるか」
ディジトゥスを一本ニメアに渡す。
「ナイフ……でも、なんだか、不思議な感じだ」
「へー。分かるか」
《魔視》で見た時、ニメアだけ魔力が大きかった。何か才能があるのかも知れない。
しげしげとディジトゥスを眺めるニメアに告げる。
「王の爪から作った武器だ」
「なっ、なんだとっ」
騙したな、と言いたげにニメアが手を放す。ディジトゥスが床に突き刺さった。
「ただのナイフじゃない証拠にこうして――」
恐る恐るディジトゥスを窺うニメア。
その眼前でディジトゥスがぐらぐらと揺れ出す。
「うわっ!」
ニメアが尻餅をつく。
目が丸くなっていた。
ディジトゥスが飛び立ったのだから。
「――どこにあっても俺の手元に帰って来る」
ひらひらと戻ってきたディジトゥスを振る。
ニメアは震える指で、ディジトゥスを指す。
「ほ、本当に王の爪なのか」
ブラスに目配せ。
「おう。俺が保証する」
すると子供達にホッとした空気が流れる。
助かった。納得してくれて。証明したのは魔法武器という事だけで、王の素材かどうかは分からないのだ。あー、俺が信頼されてないだけな気も……ま、いいか。
現金なもので。
子供達は和気あいあいと騒ぎ出していた。
そんな彼らに背を向け、俺は額の汗を拭う。
……お、おっかなかった。
手元に返って来るナイフ。便利なように思える。だが、実際のところは違う。どこにあっても俺を殺そうとするナイフ――それが正しい。どんな刺さり方をしていても、戻ってきた切っ先は俺の方を向いているのだ。しかも、正確に心臓を狙って。
へへへ、来いよぉ、と挑発する感じで念じると飛んでくるのだが。
試して貰ったらリスティとブラスは出来なかった。
……コレ、王の呪いだと思うんだよな。
トドメ刺したの俺だし。
ま、便利だから使うんだが。
「見て来たわ」
リスティが戻ってきた。
見たところ外傷はない。ただ、かなり汗をかいていた。
「交戦したのか?」
眉根が寄る。
心外だ、とリスティが顔をしかめる。
「撒くのに時間かかっただけ」
「氣闘術は?」
「使ったに決まったでしょ。馬よ。馬がいたの」
「……馬に追いかけられたのか」
「そうだっていってるでしょ」
う~~ん。失敗したかな。
リスティは説明が壊滅的に下手なんだった。
牧場でリスティが馬と戯れてるイメージしか浮かんでこない。追いかけられたら逆に馬を締め落としそうだしさ。全然危機感が伝わってこないのである。
子供達がリスティを見て怯えていた。
氣闘術まで使わされたと言う事は、かなりの危険が迫っていたと言う事だ。まだ気持ちが切り替わっていないのだろう。触れたら切れそうな気配がリスティから漂っていた。
子供達には二階に行って貰う。
子供達が見えなくなるとブラスが言った。
「エグゾスケルトンじゃねえか。骨で出来た馬にのったスケルトン」
「だ~か~ら~。そういったでしょ!」
「……いや言ってないし」
「……な、なあ?」
「ムカつく! アンタたち! 親子!」
「……いや、親子だし」
「お? おう!」
「違う! こんな時だけ! 親子なの!」
プリプリ怒るリスティを宥めるのに時間がかかった。
最終的には後日、俺が謝罪する事で手打ちとなった。しかし、一体何について謝ればいいのか。問いただして見ると「アンタは謝ればいいの!」との事だった。
心のこもっていない謝罪会見を開いてやろうと思う。
というか、何を謝ればいいのか分からないので、そうするしかないと言うか。
分かった事はエグゾスケルトンがいる事。
その他、有象無象のスケルトンで溢れている事だった。
大雑把な偵察だが、交戦禁止では仕方がないだろう。
ブラスが言うにはエグゾスケルトンのランクはA~C。生前の強さによって変わるらしい。アウディベアの襲撃で命を落としたのだ。まずCランクである。
リスティの話ではエグゾスケルトンが一番厄介だったと言う。
数は兎も角として。
個別の魔物は処理出来る強さだ。
迎え撃っても勝てるだろう。
足手纏いが五人も居なければ、だが。
「なあ。思い付いた事があるんだが。いいか?」
おずおずとブラスが言った。
「なんだ。煮え切らない。言えよ」
「アンデッドの連中よお。クロスのこと王だと思ってねぇか? ほれ、その武器。魔物に滅ぼされた村の連中がよ、アンデッドになって復讐したって逸話があんだわ。ホラだと思ってたんだが。こうなってくるとよ、ホントにあったんじゃねーかってな」
「…………」
ディジトゥスには王の意思がある。
俺を殺そうとする意思が。
とはいえ、自発的に出来る事はほとんどない。
手元に返って来るのも俺が念じてやる必要がある。
ならば――とアンデッドを使って俺を討たせようと?
うわ、嫌だなあ。あり得そうだ。
条件が整っていたから出来た事だろうが。
チネルには王に怨みのある死体がごまんとある。
クソ神が手を貸している可能性も否定できない。
「よく分かんないけど。どうでもよくない? 何かやること変わるの?」
あっけらかんとリスティが言う。
その潔さに今は救われた気分だ。
お前のせいだと後ろ指を指されてもおかしくないのだから。
「そうだな。議論しても始まらない。作戦を伝える」
俺が告げると二人の顔が引き締まる。
「と、その前に。事後承諾になってすまない。俺はあの五人を助けるつもりだ。いいか?」
「好きにすれば」
「お前ならそうすると思ってたぜ」
はは、頼もしい。
世の冒険者の気持ちが少し分かった。この一体感はクセになるかも知れない。
俺も大概だな。
平和主義者を標榜しておいて。
いざ事が起これば血が滾るのだから。
「まず二手に分かれる。ブラスと子供達。これを引率組としよう。引率組はホールヴェッダを目指す。ただのスケルトンの群れだったら、全員で移動してもよかったんだが。エグゾスケルトンだったか。リスティが撒くのに苦労したくらいだ。逃げても追いつかれるだろう。そこで俺とリスティで殿を務める。ここまでで何かあるか?」
「ないわ」
リスティは即答。
ブラスは少し悩んでから、
「逆でもいいんじゃねーか。俺が殿で」
「さっきの仮説が正しいとしたら、エグゾスケルトンは俺を狙う。幾らブラスでも機動力のある相手に無視されたら、足止めするのは難しくないか?」
「まあなあ。ならよ。いっそのことナイフ捨てていったらどうだ?」
「それをしない理由は三つある。一つ、俺が丸腰になる。二つ、その程度で騙されてくれるとは思えない。三つ、勿体ないから」
「……最後みみっちくなったわねー」
「たかがアウディベアとはいえ王の素材だぜ? 勿体ないだろ。俺と相性がいい武器なのも確かなんだよ。ま、話が逸れたが。俺が殿組なのはこれが理由だ。リスティがこっちなのは、魔物を集めるのに定評があるから」
「ふぅん。歌うの?」
「心おきなく歌ってくれ。もう一つ言えばブラスが引率組なのは人を守るのに慣れてるからだ。伊達に俺の子守をしながら旅してきてない。だろ? 俺は何度も命の危険に晒された。だが、ブラスがいれば死ぬことは無いと思ってた」
「……ど、どうした、クロス。え、本当にクロスか?」
ブラスがうろたえる。
恐る恐る手を出すのやめろ。本物だから。
「……うるせぇなァ。やる気になったろ」
「……は、はは。おかしいと思ったぜ。急に持ちあげるからよお。なんだ、そういう事か」
「…………面倒くせぇヤツだな。嘘じゃねーよ、本心ですよ。これでいいか」
「見て、ブラス! クロスが照れてる。これは本心ね」
「お! おお! やる気出て来たわ」
くそっ。
ブラスの士気を上げようとしただけなのに。
二人してニヤニヤしやがって。
なんでか俺の士気が下がったよ。
「二人とも、作戦は分かったな」
「おう」
「アンタについていけばいいんでしょ」
「……約一名分かってないよーだが、俺がどうにかするからもういいや。目的はあの五人をホールヴェッダに連れて行くこと。頃合い見計らって俺達もそっちに合流する。ブラスはリスティの歌声が聞こえたら行動を開始してくれ」
「任せておけ」
俺とブラスは同時に手を前に突き出す。
ビシッ!
決まった。
いつもの挨拶である。
「これ、なんの合図?」
リスティが怪訝そうに言う。
あれ? リスティの前でやった事はなかったか。
「友よ。ここで俺達の道は分かれる。いつか再び道は交わるだろう。その時こそ力を合わせて苦難に挑もうではないか。そういう願いが込められてるとか、いないとか」
「いないのね」
「だな。今思い付いたんだし」
「アンタって……息するみたいにウソつくわね」
「褒めるなよ。照れるだろ」
「褒めてない!」
「要はまたなって事だ。さよなら、じゃなく」
「ふぅん」
うん?
リスティが横目で見ていた。何かを訴えかけるように。その頬は赤らんでいた。
はて、恥ずかしがるような事なんてあったか?
……ああ、なるほどね。
ブラスも分かったようだ。笑みを深くしていた。
やれやれ。
これで三人目か。
ブームには程遠い。
「またな」
まず俺が。
「おう」
ブラスが続き。
「ふんっ」
リスティが腕を突き出す。
三人の腕が重なり合っていた。
ふと、毛利元就の三本の矢の話を思い出した。
一本の矢だとすぐ折れるが、三本の矢になれば……やっぱり折れるよな。どう考えてもさ。枝を三本束ねてごらんなさい。簡単にパキッとやれるから。
うん、今の無し。
不吉だからな。
三……三ねぇ。何かあったか。
三人寄れば文殊の知恵?
ダメだ。俺しか知恵だしてねぇ。
女三人寄れば姦しい。
……俺、性転換した覚えないなあ。
毛利元就の三本の矢。
いい話だよな。加えて俺達は鉄製の矢だ。一本でも折れないのだ。三本も束ねれば曲がることすらない。よし、綺麗に収まった。
え? ループしてる?
大丈夫。
公共の電波に乗せる時は、不都合なところはカットします。クソ神だけは生中継で見てるけどな。いいんだ。いつか、討伐クエストやるつもりだし。神様討伐の。
二人が俺を見ていた。
最後に何か言えってか。
ふぅむ。何かいい言葉があるか――
少し話は変わるが。
恥を忍んで言おう。俺はニメア達が邪魔だと思っていた。
彼女達が居なければ三人で余裕で脱出出来たのだ。
俺にブラスみたいな騎士道精神は無い。
だが、見捨てられる強さも俺にはない。
結局、中途半端なんだろう。
だが、今回に限って言えば然程問題でもない。
洞窟でチネルの町民を見捨てようとしたリスティ。
彼女が何も言って来ないからだ。
スケルトンの大群が攻めて来る?
ふぅん。
それで?
そんなカンジで流せてしまう程度。
そう、これは日常の一コマ。
だったら、飾る事も無いか。
いつも通り――
「生きるぞ」




