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異世界のデウス・エクス・マキナ  作者: 光喜
第2章 旅路編
33/54

第4話 恐怖の館

 屋敷は荒れ果てていた。

 膝丈まで伸びた雑草が屋敷を覆っている。屋敷が草の海に沈んでいるかのようだ。人嫌いの老婆を表したかのような門。仕事をさせまいと蔦が絡み付いていた。

 チネルに残る爪痕とは毛色が違う。

 屋敷を荒廃させたのは時間だ。

 老婆が屋敷にいないのは明らかだった。

 

「寿命かねぇ」


 引っ越しは無いだろう。

 亡き夫との思い出を糧に余生を送っていた。


「だといいが」

「含みの有る言い方だな。何か知ってるのか、ブラス」

「ねぇ。何もねーよ。ただ、思っただけだ。変わっちまった町見ないで逝ったんなら、それは幸せだったのかも知れねーって。あの直後だろ。この様子じゃあ」

「バアさんだったし。大往生だろうよ」


 知り合い。

 そう呼べる程でもない。

 しかし見知った相手だ。殺されるのは堪える。

 最悪の事態も覚悟していた。

 何となく気が抜けた。

 

「町の人とは仲悪かった。俺たちが悼んでやろう。思い出話に花を咲かせてさ」

「おう」

 

 ブラスが神妙に頷く。


「覚えているか、ここで言ったセリフを」

「酒もってこい、だろ」

「台本上はな。でも、言えてなかったから。もってこい、もってこい、ってそれだけ」

「うん? そーだったか? あんま覚えてねぇんだよ」

「ま、テンパってたからな。正直、怪しまれてたぜ」

「それでよくもらえたな。あの酒は美味かったなあ」

「ブラスがクズのお仕事をしたからだな」

「クズのお仕事ってよお……蹴ったアレか」

「そうそう。俺はクズになりたくねぇとか寝言言うしさー。お前はクズだろうって説教してやったな。説教してる間にも酒飲みたそうにするし。思ったね。ほら、お前クズだろうがって。お前全然他人事だったけど。あー。懐かしいよなあ」

「…………お、おぅ」

 

 と、思い出話で盛り上がっていると、


「アンタらが何してたかは分かんない。でもロクな事じゃないのはよぉぉく分かる」


 リスティが半眼になっていた。

 鋭い眼光が俺とブラスを射抜く。

 

「次。やったら……殺すから!」


 ……は、はは。

 い、いやだなあ、故人を悼んでいたダケなのに。た、確かにさ。チョイスしたエピソードは酷いかも知れないぜ。バアさんうまいこと騙してやったぜぇ、ってモンだしな。でも、悼む気持ちがあったのは本当だ。その気持ちまで否定するのは如何なものか。

 俺は――いや、俺達は悪い事はしていない。

 ならば、卑屈になるべきではない。

 ブラスとアイコンタクト。

 ふっ。

 頼もしい。

 同じ事を思っていたか。


「反応があったのは五人だ。周辺にいるのはコイツらだけ」

「おう」


 いい返事。

 その調子だ、ブラス。


「だが、鵜呑みにしてくれるな。俺の加護はアンデッドを捉えられない可能性がある」

「そうなのか」

「要検証だが。少なくともスケルトンは分からなかった」

「構わねぇさ。普通はそうだ。反則だぜ、おめぇの加護はよ」


 リスティが顔を抑えていた。

 

「…………アンタたちが初めて親子に思えたわ」

 

 失礼だな。

 こんな飲んだくれのクズと一緒にしてくれるとは。

 憤慨しているとリスティの笑みが深くなった。

 ……まさか。

 ピンと来た。

 ……ああ、やっぱり。

 ブラスが渋面になっていた。

 多分、俺も似たような顔になっているんだろうな。

 ……はあ。

 何も言うまい。

 これ以上は恥の上塗りになる。

 つか、ブラスよ。マジで心外だ。

 機会を作ってイジろう。慰謝料代わりにさ。俺の心はいたく傷ついた。機会を見つけて――ではなく、作ってというところがポイントだな。

 あれぇ? もしかしてこういうトコかな? 俺のダメなところって。

 

「リスティ。いつまでそうやってる。気合を入れろ。敵かも知れないんだぜ」

「はっ、はあ!? アンタに言われたくない!」

「ブラスを見ろ。気合が入った顔だろ」


 ブラスは精悍な顔のまま、首をふるふる振っていた。

 多分、俺に振るな、という意思表示だな。

 分かってるさ。

 だから、振ったんだ。


「クロスぅ。アンタ、今晩覚えときなさい」

「…………おっ、おぅ」


 今晩覚えとけ、だと?

 やめてくれ。

 エロいだろ。

 いかんな。

 こんな時こそあの呪文だ。

 

 五年後!

 五年後!


 よし。

 頭が冷えた。背筋も冷えた。冷や汗だな。

 ……今晩……ナニ、されるんだろう……

 

 さて。

 そろそろ真面目に行くか。

 リスティが怖いしねっ。


 五人程度に遅れをとるとは思わない。十中八九町民だろうし。しかし、万が一を考えれば、手間暇を惜しむべきではない。

 ただ、一言呟くだけなのだから。


「《魔視(まし)》」


 《身体強化》と一括りにいっても複数の能力を内包していた。解析して見ればバフセットのようなものだった。肉体強化、五感向上、気配探知、鎮痛作用などなど。ブラックボックスになっている部分も含めれば、もっと多くのバフが含まれているだろう。


 魔視も含まれていたバフの一つ。

 効果は魔力や氣が見えるようになる。

 今までは目を凝らせば氣が見えていた。氣闘術を失うのと同時に、この能力も失われていた。

 それを補う為に組んだアニマグラムが《魔視》である。

 接近戦をやらないのであれば氣の見える見えないはあまり関係ないのだが。出来ていた事が出来なくなったというのは、便利な道具を失くしたような喪失感があった。

 喪失感に衝き動かされ《魔視》が出来た。

 まあ、やり過ぎて?

 失った以上のものが返ってきたが。


 人や魔物は誰しも魔力を持っている。

 普段表に出るのは非常に微量で、氣を練ったりしない限り見ることは難しい。

 しかし《魔視》を使えばそれが可能なのだ。

 魔力の総量が多い人ほど強い光となって見える。つまり、魔力の多寡によって相手の力量を推し量れる。

 危機感知センサーだな。

 恐らくだが。

 リスティやブラスはこれを自然にやっているのだろう。


 と、ここまでの説明で矛盾点が一つある。

 分かるだろうか?

 先程の《王貫爪》だ。思い出して欲しい。

 瓦礫に氣が纏われるのが見えていた。

 《魔視》は発動させていない。

 なのに氣が見えたのだ。


 アニマグラムは一度、発動させる事でコードが変わる。恐らく最適化が行われているのだろう。

 問題はそうやって追加された部分は大体ブラックボックスな事だ。

 見た目、インラインアセンブラなんだよな。インラインアセンブラが何かって説明は難しいので、物凄く面倒なコードだと思ってもらえれば問題ない。解析出来なくはないのだが、時間がかかり過ぎるので実質ブラックボックスと変わらないと言う。そのブラックボックスな部分に《魔視》に類するコードがあるのだと思う。

 

「行くぞ」


 屋敷の扉を開く。

 以前入った時も思ったが老婆らしくない。

 一階はホールになっていて、居住空間は二階にあるのだ。階段を行き来するのは大変だっただろうし、一階が来客の為にあると言うのも人嫌いらしくないのだ。

 老婆の夫が社交的だったのだろう。

 夫を通じてチネルと繋がっていたのかもな。

 

「いる?」

「なんだ、見えなかったのか、リスティ」

 

 素朴な疑問だったのだが。

 挑発されたと思ったのだろう。

 リスティは「ふんっ」とご立腹だ。


 扉を開けた時、二階に子供達が見えた。

 もう隠れてしまったが。

 リスティを出しぬけたのはマップと《魔視》のお陰である。

 マップで方向を絞り、《魔視》で光る部分を探すのだ。

 五人の魔力は微弱だった。町民に確定である。

 しかし、なぜ俺達を警戒しているのか。

 盗賊と思われているのか?


「ふむ。幽霊が出そうだな」

「……ゆ、ユーレイ」


 あれは二日前くらいになるか。

 夕食の際、何が怖いかという話題になった。


 ――ブラスの回答。

 

「……クロスだなあ」


 ――リスティの回答。


「母さんね」


 ――クドルムの回答。


「同じ商人ですね」


 ……随分つまらない回答である。

 もっと場を盛り上げろよ。

 そこで俺はウィットを効かせて、


「俺は幽霊だ」


 といってやったのだ。

 代表的な幽霊を二、三語ってやった。


 ブラスは初耳だと言っていた。そりゃあ、この世界の概念じゃないしな。

 トリニメント教国の人から聞いたと誤魔化しておいた。ファウンノッドは情報の伝達が遅れている。外国の人からと前置きをすると、大体そんなもんかで流れる。

 

 リスティの顔が強張っていた。

 俺は笑いながら言う。


「なんだ、リスティ、怖いのか。安心しろ、幽霊は存在しない」


 幽霊に近い存在はアンデッドだろう。でもな。アンデッドは祟るよりも、直接殺しにくるんだぜ。死者にしてはアグレッシブすぎやしないか。

 なんか違うよな。

 幽霊というのはもっと粘着質なナニカだ。


「こ、こ、怖くないっ、わよっ」

 

 リスティが声を震わせながら言った瞬間だった。


 ――ボーン。

 

 時計が鳴った。

 正午を告げる鐘だ。

 食料と酒を恵んでくれた老婆だったが、俺へは愛想笑いの一つも見せなかった。だが、時計を見ている時だけは、老婆の顔が柔らかいものになっていた。

 年季の入った代物だし、思い入れがあるのかも――


 ――ズドン!

 

 時計の文字盤。

 針が増えていた。

 随分とデカい針だ。

 ……うん、剣なんだが。


 リスティはバツが悪そうに顔を逸らし、


「…………驚いただけ」

「…………そ、そうだよな。大きい音だったもんな。驚くよな、ははは」


 乾いた笑みを浮かべる。

 い、意外だ。この間話した時は、平然としていたが。剣で切ればいいとか言ってさ。まさか、幽霊は剣じゃ切れないって今頃気付いた……ははは、そんなハズないよな。

 幾らリスティがおバカな子だからって……いって……

 

「ブラス。外を見張ってて貰えるか。スケルトンが来るかも知れない」

「はー。もっともらしい理由つけてよお」

「……分かるか」

「まあな。長い付き合いだ。知らねーぞ。俺は。どうなっても」

「……分かってる。後悔? ああ、するだろうさ。だが……俺は。俺はっ!」


 デートでお化け屋敷行ってみたかったんだッ!

 お化けに驚いて女の子が抱きついて来たり。離さないでよね、なんて言って手を握られたり。俺に任せて目を瞑ってなよ、といって彼女を先導してあげる。

 そんな甘酸っぱい思い出を作りたかった。

 前世で果たせなかった夢である。

 しかし、何の因果か。

 ここに、あるのだ。

 お化け――幽霊というのはいると思えばいるし、いないと思えばいない。

 そういうアレだ。

 ここに幽霊に怯える女の子がいる。

 ならば、ここをお化け屋敷を呼ぶ事に、俺は何のためらいを持たない。

 リスティは美少女だ。

 申し分ない。

 

 ブラスは屋敷を出ると扉を閉めた。

 気が効くな。

 あ、関わりたくない……だけか。

 そうだよな、リスティキレさせたらおっかないもんな。冗談じゃ無く殺されるかも知れん。昔は斧も避けられたが……今は……うん、無理だな……や、止めとこうかなっ。

 引き返すなら今しかない――


 ――ガタガタタタ!


「…………きゃっ」


 リスティは可愛らしい悲鳴を上げると、俺の腕を掴んだ。

 おお! 夢にまで見たシチュエーション! ――と思えたのも束の間。

 ぶわっと脂汗が額に浮く。

 つ、爪! 爪がッ!

 だが……ふっ。男ってのはバカな生き物なんだろうな。

 

「ま、ま、まさかッ!? ポルター、ガ、ガイスト!?」


 ……フォローする言葉を吐いていた。

 子供が足音を立てただけなのだろうが。

 くっ。俺ってヤツは。

 引き返す最後のチャンスを。

 もう、行くところまで行くしかねぇ。

 

 リスティと屋敷を見て回る。

 マップで子供の方向を把握し、巧みに遭遇するのを避ける。

 デートですし?

 邪魔者をしてもらっては困る。


 寝室についた。

 ベッドの足を踵で蹴飛ばす。

 最初は小さく。段々大きく。

 その度にリスティの顔から色が抜けて行く。

 最後に思いっきり、カツン! とやった。


「きゃあっ!」


 リスティに抱きつかれた。

 夢にまで見た………………見た、かなあ?

 だってさ。

 俺、浮いてる。足ついてない。


「ぐ、ぐおおおおおおぅ」


 やけに息苦しいし。

 うん、呼吸できてないから。

 ダメだ。

 童貞補正をもってしても、これを抱擁とは呼べない。

 ベアハッグだ。

 しかも、このキレの良さ。アイツを彷彿とさせる。

 …………おかしい……リスティが消えた?

 ……俺の目の前にいたハズなのに……ぼんやりとした視界に映るのは…………王だ……王は……俺が倒したハズ…………ああ、そうか……幽霊になって俺を……祟りに来たのか………………………………


「くっ、クロス! どうしたの!?」


 ハッ!

 気付くと俺はベッドで寝ていた。リスティに揺すられていた。


「…………王の幽霊を見た」

「…………」


 リスティは身体をぶるっと振るわせ――一瞬、俺の方に寄って来た。

 抱きつこうとしたのだろうか。

 惜しい。理性が待ったをかけたようだ。

 ……惜しい、よなあ?

 夢の一つが達成出来るのだから。

 でもなぜか……酸欠で脳がやられたのかね?

 一瞬、寄って来るリスティが王に見えた。

 似ても似つかないのにな。

 妙な……話だ……

 ……オチる前の記憶が……曖昧だ。

 

 ……デートを続けないと。

 そんな義務感に衝き動かされ、リスティを連れて歩き出す。


「ね、ねぇ。か、顔色悪いけど……平気?」

「た、祟りかも……しれ……ない……」

「…………ひぃ」

 

 俺も……なんで、こんなに体調が悪いのか……分からない。

 頭もぼぅっとしていて……熱に浮かされたよう。

 ……本当に……祟りが?


 ……ん?

 

 マップに動きがあった。

 今まで俺達を避けようとしていた子供が寄って来る。

 振り返る。


 ――ポタ。


 子供がいた。五人揃っている。

 彼らは青ざめた顔だった。まるで幽霊を見た、とでも言うように。

 ははは、立場が逆転してるな。

 でも、なんでだ?


 ――ポタ。


 雫が滴るような音。

 子供たちは何もしていない。

 ははあ、オチが読めた。

 幽霊が存在しない事を承知でリスティを連れ回したクロス。だが、彼は知らなかったのだ。ここが本物の幽霊屋敷である事を。油断していたクロスは哀れ、幽霊の餌食になってしまうのだった――――そんな、オチだろ。


 しかし、俺の予想に反して。

 女の子がおずおずと言った。

 

「平気なの?」


 あれ? 幽霊は?

 それに、平気って。

 何が?

 

「腕」


 見る。

《魔視》を解除するのを忘れていたので、リスティの氣の流れがバッチリ見えた。

 リスティの右手が光っていた。

 ピカー。

 ピカー。

 

 ……

 …………

 ………………


 ……あ。マズい。意識飛んでた。

 なるほどな。

 氣を纏われたら、そりゃあ、抉れもするよな。

 俺の腕だが。

 骨が見えてた。

 いい白さだ。

 スケルトンに負けていない。

 血がだらだらと滴る。

 

 床に倒れた。

 限界だった。


 痛みってさ。自覚した途端、来たりするよな。

 そう。

 まさに。

 この瞬間。

 キタ。

 

 激痛で意識を失うその刹那。

 リスティが不敵に笑うのが見えた。

 バレてしまったらしい。

 お仕置き確定だ。

 これで満足してくれねえかなあ。

 してくれねえんだろうなあ、と思った。

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