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異世界のデウス・エクス・マキナ  作者: 光喜
第2章 旅路編
32/54

第3話 眠らぬ死者

 遠目ではチネルの町は無事に見えた。

 四か月前にチネルを発った時の光景と綺麗に重なっていた。財政を圧迫する原因となったという市壁は壮健だったし、一際目立つ赤い屋根――冒険者ギルドも変わらずあった。

 しかし、近付けば否応なしに見えて来た。

 無数に刻まれた爪痕が。

 

「…………」


 家の壁に残る赤い染み。

 染みの上には五個の穴。

 染みがなんで。

 穴は何を意味するか。

 王と死闘を繰り広げたのだ。嫌でも想像出来てしまう。

 最後の瞬間が瞼に浮かぶ。

 知らず拳を握り締めていた。


「あんまりよお、期待するもんじゃねぇわな」


 いつの間にか隣に来ていたのだろうか。

 ブラスが頭をかきながら言った。


「…………でかい独り言だな」

「お前にいってるんだぜ、クロス」


 俺が期待してただと?

 バカな。

 あらゆる情報がチネルの壊滅を伝えていた。一見無事に見えたからといって、期待を抱くハズがない。


 ブラスを睨む。

 すると何を思ったか頭を撫でられた。振り払ってやるとブラスが苦笑した。

 ムカつく。見透かしたような顔しやがって。

 

「こうなってたかも知れなかったのね、ユーフも」


 辺りを見渡しながらリスティが言う。


「ああ。お前さんはユーフを救ったんだ。胸張っていいと思うぜ」

「救ったのはブラスでしょ」

「アウディベアを片付けはしたが。誰が救ったかつったら、ユーフの冒険者全員だろ」

「役に立たなかったって聞いたケド?」

「命を張っても得るモンがねぇ時もあるさ。だがな、命を張った事に価値がないとは思わねぇ」

「価値ぃ? なにそれ。助けられなきゃ意味ないわ」

「なら、強くなりゃいい」


 リスティは目を瞬かせた。そして朗らかに笑った。


「そうね」


 ……切り替え早ぇな。

 でも……俺も……見習うとするか。


「……仇は討ってやった。それで勘弁してくれ」


 拳を壁に当てる。

 コツン、と空虚な音が返ってきた。


 冒険者と騎士の違いをこう評する事がある。

 冒険者は命を助けようとし、騎士は誇りを助けようとする。

 それが垣間見えたブラスとリスティの会話だった。

 誇りに価値を見いだせるのは明日の食事が約束されている者だけだ。

 大抵はその日の食事を得るためなら誇りを売る事に躊躇いはない。

 大雑把に言えば平民と貴族の差か。

 冒険者に平民の出が多く、騎士に貴族の出が多いのは確かだ。


 ここにいるのは三人だけだ。

 クドルムとはチネルの手前で分かれた。

 口を濁していたが壊滅した町に行くのが嫌だったのだろう。俺も心情としてはクドルムに近い。無理強いする事も出来なかった。以前と同じように馬車を見送って分かれた。


 チネルは思いのほか綺麗に残っていた。

 壁に血痕や爪痕が残っていたり、失火からか燃えた家屋もあるが。

 魔物は人以外相手にしなかったからだろう。金目になりそうなものも手つかずのまま残されていた。襲撃されたのは夕食時だったのだろうか。干からびた肉がテーブルに置かれたままになっていた。あたかも突然住民が消えてしまったかのようだった。

 住民さえ戻ってくれば復興は出来そうだ。

 でも、どうだろうな。

 トラウマのある町に戻ってきたいと思うのだろうか。

 

「なあ、ブラス。略奪された形跡がない。なんでだ?」

「ん? どういうこった?」

「見ろよ。金品がそのまま残されてる。盗賊には絶好の猟場だろ」

「あん? 一緒にやられちまったんじゃねーか、盗賊もよ。後はそうだな――」


 ブラスは大剣で土を掘り返す。骨が出て来た。人骨ではない。


「騎士団が駐留してたからだろ」


 見れば土の色が変わっている部分が何か所もあった。

 大勢が食事をしていた形跡だろう。

 つか、分かってたんなら最初からそう言え。

 

「へぇ。よく略奪しなかったな。騎士といっても玉石混淆だろ。一皮むけば欲望だってあるだろうし? ホールヴェッダの騎士団は規律が厳しいのか」

「あー、たぶんなんだが。お目付役が大勢来てたんだろう。こうなった経緯がなあ」

「ああ、これ以上恥の上塗りは出来ないって事ね」


 騎士団の横槍でチネルは壊滅したのだから。


 そういえば、と思う。

 大勢が命を落としたはずだが、亡骸は見当たらなかった。

 騎士団が埋葬したのだろう。

 ありがたい。

 人の営みが無い町は不気味だ。

 そこへ人骨がゴロゴロしていたら。

 たぶん、逃げ出していただろうな。


「騎士団は町民の保護を?」

「後は周辺の魔物を討伐か。冒険者にはいい顔されないんだがなあ。一応、名目としては治安維持で、必ずしも嘘ってワケでもねぇんだが……新米に経験を積ませてーってのがあんだよ。騎士は魔物とはまず戦わねぇから」


 なるほどな。

 難しい問題だ。

 冒険者からすれば飯の種が奪われる事になるが、騎士が魔物戦の経験無しでも困る。魔物が大挙して押し寄せ、冒険者の手に余ったなら、騎士が最後の砦となるからだ。

 チネルに駐留する名目は揃っている。

 町民が戻ってくる可能性があるからだ。

 ならばその間新兵の訓練を――と考えるのも分かる。

 新兵の訓練としても適した森だし。出てもCランクの魔物止まり。


「保護した町民はホールヴェッダに?」

「そうじゃねーか」

「ホールヴェッダで……どうなる?」

「さてな。分からん。領主次第だ」


 聡明な領主である事を祈っておくか。

 思ったより騎士団が働いてくれたようだし。

 悪いようにする事も無いだろう。


 広場に出た。

 再び土が掘り返された形跡。だが、食事の痕跡ではないだろう。簡素な棒が何本も刺さっていたからだ。その根元には酒が供えられていた。

 墓地か。

 何も町の真ん中に作る事はないだろう。

 と、前世の記憶を持つ俺はそう思うが、然程珍しい事でも無かったりする。郊外の一目につかない場所だと、魔物に掘り返されるかも知れないからだ。

 キチンと埋葬されなかった死者は生者を祟るのだ。

 それも呪いなんて曖昧なモノではなく――

 

「クロス」

「ん? どうした、リスティ」

「イヤな感じ」


 リスティが剣を抜く。

 油断なく周囲を窺っている。

 

「…………ブラス、分かるか」

「おっ、俺か? リスティに聞け」


 ふむ、ブラスも何も感知してないか。

 念の為、マップで周辺を探る。付近にいるのは俺達三人だけ。

 リスティの勘違いだと結論付けた瞬間だった。


「クロスっ! 来るぞっ!」


 ブラスが鋭い声を上げた。

 その声に呼応するかのように――地面から手が生えた。

 白い手だ。

 白すぎる。

 不健康だな。

 もっと沢山栄養を取りなさい。

 ただ、カルシウムは不要ですが。

 

「スケルトン!」


 思いがけず二つ明らかになった。

 一つ目は感知能力はブラスよりもリスティが勝っている事。イルトレントの擬態も難なく見破っていたし、何らかの加護を持っているのではないかと疑うレベルだ。


 二つ目はマップの欠点。相変わらず俺達三人しかいない事になっていたのだ。アンデッドはマップに映らないのかも知れない。


「チッ、バカ野郎共がっ。浄化サボりやがったな!」


 ブラスが毒づく。

 珍しい。

 でもさ。

 お前、昔墓地から酒かっぱらってきてなかったっけ?

 

 浄化とは死者の蘇りを防ぐ為、清める事を言う。浄化には聖水が一番である。酒でも近い効果は出るが聖水には一歩及ばない。聖職者が祈祷してやればなお良し。

 ただ、ここまでやってもアンデッドが生まれる事がある。

 なのでサボっていたかは分からないのだが……まあ、そう思いたくもなるよな。

 続々と白い手が生えて来ていたのだから。

 ……げー。夢に出て来そうだ。

 

「ブラス、対策は?」

「赤く光ってる部分を狙え。そこが核だ」


 生まれるスケルトンを観察すると、核の有る場所はまちまちだった。

 人型を取っているからなのか。胸に核があるものが多い。しかし、足先といった狙い辛い個所にあるものもいる。無いように見えるのは……骨の裏側にあるのか。

 どうするか。

 俺の武器はディジトゥス――ナイフだ。

 核をピンポイントで狙うのは骨が折れる。

 相手が骨なだけに。


 ……ごめん。忘れて。


 ないわー。今のは酷いわー。

 思い付いても言っちゃダメなヤツだよ。

 よ~し、やろう。

 一匹やろう。

 お礼をしないとな。

 試したいアニマグラムもあるし。


 俺は瓦礫を拾い上げ――


「《王貫爪(おうかんそう)》」


 ――投擲する。


 さながら一条の光線。

 光を帯びた瓦礫が飛ぶ。


 《王貫爪》――《墜火葬》を参考に投擲用に作り上げたアニマグラムだ。《墜火葬》をベースにすると漏れなく魔力切れがついて来るので一から組み上げた。

 投擲物に氣を纏わせる事で貫通力を高めている。

 氣闘術が使えなくなった。ので接近戦は分が悪い。

 遠距離から攻撃出来るアニマグラムが欲しかったのだ。

 

 瓦礫はスケルトンに命中!


 結果はといえば――


「…………」

「…………」

「……アンタ、なにがしたかったの?」


 リスティの感想が全てを物語っていた。

 スケルトンは傷一つ負っていなかった。

 当たったように見えたのは見せかけだけ。実際は命中する前に瓦礫は消滅していたのだろう。武器に氣を纏わせるというアイデアはいい。武器の威力が増すのは間違いない。発想としてはポピュラーな部類らしい。ブラスに聞いたらあれこれ教えてくれた。欠点も。そう、欠点だ。威力と引き換えに武器を破壊するという重大な欠点があるのだ。

 ふ~~む。

 実験は失敗だな。

 大きな瓦礫を選んだんだが。


「二人に任せていいか。俺とは相性が悪い」

 

 澄まし顔で言う。

 失敗?

 ありませんでしたとも。

 露骨にリスティが嫌な顔をした。

 

「いいわ。あたしがやる。ブラス、武器交換して」

「おう」


 単純に持ち運ぶ重さを嫌ったのか。力任せの戦法に限界を感じたのか。

 リスティが持参した武器は剣だった。


 大剣を手にしたリスティ。

 スケルトンの群れに突っ込む。

 二度、三度と無造作に大剣を振るう。

 まず上半身が、次いで下半身が分解される。

 カラカラと骨が地面に落ちる。

 十体は薙ぎ払っただろうか。

 しかし、倒せたのは一体だけ。

 狙いが適当過ぎるのだ。


 ――んんぅ?


 疑問を抱く。


 なんだかおかしい。出会った当初みたいだ。あの頃は力任せだった。でも、最近ではブラスから手解きもあり、技術もついて来たはずだった。スケルトン相手に技術は必要ないだろう。が、もう少し狙いを定めてれば、後一体か二体かはやれていた。

 訓練でブラスにやり込められてるし。

 ストレス発散なのかね。

 なんて思ってたら度肝を抜かれる光景が。


 核がある場所を見つけるのは簡単だ。骨が集まる場所を追えばそこにある。赤く光っているので間違えようもない。


 その核をリスティは――

 

「…………ああ」


 ――踏んだ。


 アリを踏み潰す感覚で、スケルトンはやられて行く。

 一応……魔物なんだけどな。害虫駆除にしか見えない。

 

「はー。うめぇモンだな」

「ブラスが教えたのか」

「チラッとな」

「なあ、スケルトンのランク幾つだっけ」

「D? Cか?」

「なんか……最近ランクってなんだろって思うようになって来た。分かるか、お前のせいだぜ、ブラス。あんだけアウディベアやったってのにDランクってどういうことだ」


 そう。

 あれだけ活躍をしておきながら、ブラスのランクはDで据え置きなのだ。

 昔ブラスはBランクだった。それが度重なるクエスト未達成でDランクまで落ちたと言う経緯がある。なので一山当てたからといってランクを上げるわけにもいかないらしい。

 ペナルティだな。

 説明してくれたギルドの受付嬢は申し訳なさそうだった。


「簡単なクエストを連続で達成して貰うだけでいいので」


 そう言われたが俺が毅然と断った。

 Eランクまで落ちるのが目に見えてたからな。


「お、おう。で、でもよお。あれは違うぜ」

「なんだ、言い訳か。やめてくれ。これ以上失望したくない。あ、すまん。このいい方だとまだお前に期待しているように聞こえるな。ごめんな、重いよな、期待は」

「……クロス……お前、最近容赦なくなってきてねーか。そう言われたら何言っても言い訳になっちまう。あれはスケルトンが武器持ってねぇから出来る事だって言いたかっただけなのによお。はあ……こんなんなら俺がやっときゃよかったぜ」

「……それもなんだかね」


 かたや害虫感覚で駆除するリスティ。

 かたや説教より魔物のほうがマシというブラス。

 魔物ってさ。

 もっとこう、人々の敵!

 そういう存在だったハズだろ。

 

 とはいえ、ブラスの言にも一理ある。

 スケルトンが武器を持っていたら、ここまで圧倒する事は出来なかっただろう。反撃を受けても大した事が無いと分かっているからこそ無造作に武器を振るえるのだ。

 そう信じたい。

 

「どうだった? って……はあ? なんでブラス落ち込んでるの」


 戻ってきたリスティが首を傾げる。

 彼女の背後には無数の骨。

 かつてはチネルの町民だったモノだ。しかし、悼む気持ちは無かった。生前の面影が残るゾンビだったら、討伐する事に躊躇いを覚えたかもしれないが。

 しかし、何体倒したのか。

 いかんな。ブラスイジりに夢中になり過ぎた。途中から見てなかった。

 

「ク~ロ~ス~。アンタ、なにしたの」

「おいおい、決め付けてくれるなよ。もしかしたらリスティの戦いぶりを見て、俺の教える事はもうないなとかって落ち込んだのかも知れねぇだろ」

「だって、アンタでしょ、悪いの」

「根拠は」

「カンよ、カン」

「…………はあ」

「謝っておきなさいよ」


 肩を竦める。

 リスティは分かってないんだろうな。

 これが親子のコミュニケーションだってことに。

 うん、ブラスは否定するだろうけどな。


「クロス。加護で人探してもらえるか」


 立ち直ってまずブラスが言ったのがそれだった。


「……無駄だと思うけどな」

「約束したからな」

「……寄る事を、だろ。ま、分かった」


 ブラスは拡大解釈しすぎだ。

 生き残りを探してくれとは言われていない。

 約束は果たされているのだ。

 この義理堅さがいつか裏目にでなきゃがいいが。

 頼まれたからにはやるが。

 ブラスの頼み事は珍しいのだ。あ、酒くれってのを除けばね。

 マップを拡大していくと――


「……いた」


 驚く事にマーカーがあった。


「向こうの……郊外の……」


 指をさし――ふと思い出す。

 この方角、この距離は。


「ブラスにはこう言ったほうが分かり易いか」


 マップと記憶を照らし合わせる。

 やはり、間違いない。


「お前が無様な演技晒してくれたバアさんちだよ」

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