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異世界のデウス・エクス・マキナ  作者: 光喜
第1章 流浪編
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第21話 祝祭の終わり、そして

 まずは北上し、チネルを目指す。

 そこから更に北へ向かい、ホールヴェッダへ。

 ホールヴェッダからは一路進路を東にとる。

 ルフレヒトへの経路は複数ある。

 チネルが壊滅している事を考慮すれば、チネル経由を採択する可能性はゼロだった。風向きが変わったのは俺達が旅に出るとユーフに知れ渡った翌日だ。チネルの町民が宿屋に大挙して来た。チネルを一度見に行って欲しいと頭を下げられたのだ。

 俺達がチネルへ行ったところで何が出来る訳でもない。

 そういったのだが、それで構わないから、と言う。

 俺は最後まで渋っていた。

 廃墟となったチネルを見るのは心苦しい。出来れば別の経路を取りたかった。

 決断したのはブラスである。

 町民の懇願に思うところがあったらしい。

 チネルを通ると約束してやると、ホッとした顔で町民は帰って行った。晴れやかな顔の町民とは対照的に、見送るブラスの顔色は冴えなかった。

 ああ、やっぱり騎士だったんだろうな、と思った。

 俺達が出来る事があるとしたら逃げ遅れた人を避難させるぐらいだろう。しかし、事が起こったのは一ヶ月以上も前。避難もホールヴェッダの騎士団がやっているだろう。

 本当に出来る事は何も無い。

 廃墟は見ていて気持ちのいいものではない。

 ましてやまだ死体がゴロゴロしているかも知れず。

 明らかにリスクとリターンが見合っていない。

 だと言うのに、約束するのだから。珍しく俺の意見も聞かなかったし。

 でかい図体に似合わず繊細な男だ。

 そう、繊細な……


「…………」


 チラッ、チラッとブラスが俺を見ていた。

 ……うぜぇ。


「……んだよ」


 不機嫌に言う。


「よかったのか」

「何が」

「分かってるだろ」


 ……ハァ。分かってるさ。

 リスティのことだろ。


 ここ一ヶ月リスティを避けて来た。顔を合せたのは報酬の分配の時ぐらいか。

 わざわざ町中では《隠形》する念の入れ様だ。ちなみに《隠形》は普通に使えた。氣闘術の一種かと思っていたが。かといって魔法の一覧には無い。じゃあ、なんなの? 夜目もそう。相変わらず、目を凝らせば闇を見通せるし。単に順応しただけだったの?

 それはいいか。

 

 リスティには別れの挨拶もしていない。

 顔を合せたら、


 ――一緒にこいよ。

 

 言ってしまいそうだったからだ。

 やりたいようにやるという誓いを破ってしまった。いや、やりたいようにやったからこうなったのか。

 どっちも本当なのだ。

 リスティを連れて行きたい。いやいやそれはダメだ。

 天秤に乗るのは相反する重し。

 綺麗に等分されて釣り合っている。

 そして釣り合っているのなら、最後の重しは外部に求められる。

 ナナだ。

 リスティを助ける為に彼女は犯罪に手を染めた。彼女は罪を贖うべく自分の命を差し出そうとした。確かである。その現場に俺はいたのだから。仔細は忘却の彼方だが。

 つまり、ナナにとってリスティは自分の命よりも重い。

 そんな想いが乗せられて。

 天秤がどちらに傾くか。

 言うまでも無い。

 

「もうリスティの事は言うな。あれが最善だった」


 嘘だ。

 ただ、選択出来なかっただけ。


「…………ん~~。そうか。クロスがそういうなら……でも……なあ。後悔するぜ」

「聞こえなかったか。言うなって言ったろ」

 

 黙々と歩く。

 ブラスは肩を落としていた。リスティを連れて行きたかったのだろうか。リスティに訓練をつけていたみたいだし。弟子みたいに思い始めていたのかもしれない。

 リスティは俺と違って才能あるしな。

 さぞかし訓練はやりがいがあっただろう。


 森の入口が見えて来た。

 ブラスが口を開く。

 なぜか溜息を吐いた後で。


「クロス。お前にお客さんだ」


 それが合図だったかのように森から人が現れた。

 その人物は外套に身を包んでいた。目深にフードを被っている。顔はおろか性別すらも判然としない。ただ、用件は言われずとも分かった。手にナイフが握られていたからだ。


 ……なんだ。盗賊か?


 俺やブラスが報酬を丸々装備に変えたのは周知の事実。だから、盗難には注意しようと思っていた。だが……まさか真正面から来るとは。なぜ金目の物を持っているのか。それを辿って行けばブラスに手を出してはならないと分かるだろうから。

 或いは盗賊ではない?

 陽動にしてはタイミングがおかしいし。

 辻斬りと言われた方が余程しっくり来る――

 

「ほれ、来るぞ」

 

 ブラスが呑気に言う。


 不審者が弾かれた様に動き出す。

 距離が見る見る詰まって行く。

 悠長に考えている暇はないらしい。


「くそっ」

 

 状況が掴めない。

 見るからに盗賊といった風体のほうがやり易かった。だが、不審者は旅装で、しかも、まだ新しい。果たしておろしたての服を返り血で汚そうと思うだろうか?

 これが魔物相手なら心もすぐ決まるのだ。

 しかし、相手が人となると。

 明確な悪意を向けられない限り、手を上げるのは躊躇われる。

 だから、相手の背景を探ろうとしてしまう。

 しかし、分からない。

 どこかで怨みを買ったのか?

 正直、混乱の真っ最中だ。

 だが、ブラスから散々叩きこまれたお陰で自然と氣を纏うべく――

 ……べく?

 あっ、ああああああああああ!

 あ、アホか、俺はッ!

 だから、出来ないんだってば!

 やばっ、もう、近っ。げ、どうするっ。ブラス。なんで静観だよッ。待て、こんな時の為にアニマグラムがある。身体強化もカスタマイズ済み。魔法名を唱えれば発動出来る。


 ……………………魔法名なににしたっけ?


 ……ど、ド忘れした。

 旅の道中でやればいいやと思って、訓練を怠っていたツケだ。

 焦りは混乱に拍車をかける。

 それっぽい魔法名を唱えながら、不審者の接近を見詰める事しか出来なかった。

 結局、身体強化を発動する事は出来ず――


「かはっ」

 

 ――投げられた。


 背中から落ちた。息が詰まった。

 痛みから目を瞑る。


 目を開けると――絶望的な光景。

 不審者が俺に馬乗りになっていた。格闘技ですらマウントポジションからの逆転は難しい。ましてや、こちらはルール無しの一本勝負。勝負は一瞬で決する。

 首筋にナイフが押し当てられていた。

 ご丁寧にも片手は俺の胸に当てられている。起き上がるのを阻止する狙いだろう。

 立場が逆なら「チェックメイトだ」といっているトコだ。


「…………だからいったろーが」


 不審者の肩越しにブラスが嘆くのが見えた。

 ……だから? まるで、忠告していたような言い草。

 まさか、と思う。


「…………」

「…………」

「…………」


 時が止まった様だった。

 三人とも微動だにしないのだ。

 ただ、外套のはためきが、時の流れを伝えていた。


 本当の事を言えば。

 真っ先に考えていた事がある。

 だが、無意識に除外していた。

 あまりにも俺に都合がいいから。


 しかし、これは。

 状況がそれしかないと言っている。

 不審者は俺にトドメをさそうとしない。

 ブラスは俺を助けようとしない。

 そこから導き出される答えは?


 ナイフは突き付けられたままである。

 だが、俺の手はナイフを素通りし、不審者のフードに伸ばされた。我知らず息を止めていた。不審者は微動だにしない。フードを掴むと――一気に剥ぎ取る。

 するとそこには想像した通りの顔。

 いや、想像した以上の――笑顔があった。

 してやったり、と白い歯を見せて。


 ――リスティ。

 

 命が保証されたからか。

 思考が激しく回り出す。


 なぜここにリスティがいるのか。

 ブラスか。

 手引きしたのは。

 俺の客と言っていた。

 チッ。

 知ってて黙ってやがったな。

 ここに来たのは一緒に行くためだろう。

 リスティは旅装だ。

 なあ、ナナは?

 知っているのか?

 いや、知らないハズはないか。

 ステンですら知っていたのだから。

 惨めになる。

 ステンはこれを言っていたのだ。

 パーティーメンバーを取られたと。

 ステンは俺が知っていると思っていたようだが。

 後悔先に立たず。

 突っ込んで聞いていれば。

 しかし、なんだ? このサプライズは。

 喜べばいいのか。

 怒ればいいのか。

 気持ちがまるで定まらない。

 なんでかね。

 リスティと向き合うといつもこうなる。

 行動の予測がつかないからか。


 ふと思う。

 

 俺は人との関わりを避けて来た。寄生をしても踏み込まなかった。別離が前提だったからだ。敵を作らない賢い生き方である。だが、以前ほど正しいと信じられなくなっていた。

 熱情は人から冷静さを奪う。道を誤る事も多くなる。

 しかし、熱情に身を浸して見れば悪いものでも無かった。

 死にかけた教訓を経てもやはりそう思う。

 熱は自分の中からは生まれない。

 いや、生まれるのかも知れないが、一人では実感できない。体温みたいだ。生きているのだから体温はある。だが、普段感じた事はない。それと似ている。胸に置かれた掌から温もりが伝わって来るように――人と触れ合う事でようやく熱は生まれるのだ。

 ユーフを去る寂寥は未だ胸にある。

 一つの祭りが終わった。

 でも、それは終わりを意味しないのではないか。

 そう、使い古された言葉かも知れないが――


 リスティが楽しそうに言う。

 

「アンタはあたしがいないとダメね」


 ダメだ。

 あんまりな言い草に、俺の口元が綻ぶ。

 睨めっこをしていたワケではないが。

 自分で投げておいてよく言う。


 一つの終わりは――


 確信がある。

 慌ただしい旅になる。

 リスティが大人しくしてるハズがない。

 ユーフの祭りに負けず劣らないお祭り騒ぎが俺を待っている。


 ――次の始まりなのだ。

第1章 流浪編 -了-

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