第20話 祝祭の終わり4
町を離れて行くにつれ、郷愁が胸を締め付ける。
ユーフに滞在したのは僅か四ヶ月足らず。
しかし、濃密な毎日だった。
リスティの斧の洗礼で始まり、王の討伐で締めくくられた日々は、どれも忘れがたい思い出だ。長年探して来たリリトリアが発見出来た。そんな一大事すら埋没しかねないのだから。
ユーフか。
特色の無い町だと思ってたんだけどな。
忘れられない町になった。
近くを通るようなら寄ろう。そんな機会は無いだろうが。
「――ロスっ」
ファウンノッドは広い。
馬車の速度もたかが知れてる。戦士なら走ったほうが早いくらいだ。
騎獣の中には空を飛ぶものもいるらしいが、一介の冒険者が利用できるハズも無く。
前世のように手軽に旅行とはいかないのだ。
旅に出るのは今生の別れを意味する。大抵の場合はな。
そう、だから俺は――
「――クロスっ」
ハッと我に返る。
「気持ちは分かるがよ。どこまで行くつもりだ」
ブラスは笑いながら後ろを指差す。
既に人家はなくなっていた。そろそろ魔物も出るあたりだ。
振り返ると大勢の苦笑した顔があった。
ユーフで俺が関わった人たちだった。
「すいません。見送りはここで結構です」
なんともなしに眺め回し――チクリ、と胸が痛む。
……一人、いない。
俺達が旅に出る事は知っているだろう。ユーフのトップニュースだ。だが、知っているかはこの際、重要ではない。俺が出立を伝えなかったという事が肝要なのだ。
一人だけハブられたらどう思う?
ま、へそ曲げるわな。
短気なお方なら尚更さ。
で?
そこまで分かっていながら……よりにもよってナナと目が合うかね。無意識のうちに面影を追っていたと言う事なのか? あー、やだやだ、考えたくも無い。
ナナが前に出た。
俺の視線に促されたような格好だ。
そんな意図は無かったが、ただ……口火を切るとしたら彼女こそ相応しい。
「別れの挨拶はないわ。もう済ませたと思うから。とゆーか……」
ナナが口ごもる。
少し迷っていたが、ふっ切ると腰に手を当て、
「うん、言わせてもらうわ。きれいに終わらせようかと思ったけど。ヤメた。ねえ、今のあたしの気持ち分かる? 間が抜けてるなー、よ。そりゃあね。ユーフにまだいるとはいってたけど……こんなに長居するとは思ってもみなかったわよっ!」
「えー。悪いの僕ですか。武器屋が悪いと思います」
「いーえっ。悪いのはクロス君です。あたしはこれからもユーフで生活があるのよ。町の人を悪く言うわけにもいかないでしょ」
俺は目をパチパチさせた。
ナナらしからぬ論法だ。大分、俺に毒されたな。
ならば、本家本元として恥ずかしくない態度を取らねば。
胸に手を当て一礼し、
「清々しいまでの暴論。感服いたしました」
心のこもらない声で付け加える。
「すいませんでした。これでいいですか?」
「畏まるとこ違うわよ。しかたがないわねー。許してあげよう」
ナナは全員の気持ちを代弁して言ってくれたのだろう。
なにしろ王討伐から一ヶ月が経っている。
一週間ではない。
一ヶ月だ。
言い訳させてくれ。
俺だって準備が出来次第、ユーフを出るつもりだった。でも、その準備が終わらなかったのだ。悪いのは武器屋である。そろそろ出来ると言われ……気づけば一ヶ月経っていたのだ。武器だぜ。それなしで旅に出るわけにも行くまい。
王の爪でナイフを作って貰っていたのである。
削るだけだろと軽い気持ちでオーダーしたのだが、話はそう簡単ではなかったらしい。削った端から爪が修復されてしまったのだと言う。死してなお再生能力が生きているとは……流石は王と言うべきか。ここがファンタジーな世界だと思い知らされた。
そうだよな。
ただ固いだけなら鉱石から作ったほうが早い。
なのに魔物の素材が高値で取引されるってコトは、プラスアルファがあるって事だ。
なお、全部後日談として聞いた事である。
削るのが難しいと分かった時点でいってくれれば、ここまで長居する事もなかった。もっと腕のいい職人がいる町で、作ってもらえばいいだけだからだ。
むしろ、そういわれたくなかったのか。
王の素材を扱う機会なんてそうないだろうし。
ナイフを持ってきた武器屋はやつれ切っていた。
そのくせ目が爛々と輝き不気味だった。
不眠不休で取り組んでいたのではないだろうか。
その甲斐あっていい仕上がりだった。
炎王の指。
それが銘だ。
片腕の爪全て頼んだので五本ある。
再生能力が生きているので手入れ不要である。致命的なキズでなければ自動的に修復すると言う。
でも、そうなって来ると、加工した方法が気にかかるが。
企業秘密という事だろう。教えてはもらえなかった。
砥石を持ち歩かなくていいのは地味にありがたい。旅の準備はいかに不要なものを除けるかだからだ。
そうそう、冒険者ギルドからの報酬はしめて三十万エルだった。
討伐の報酬と素材を売却した価格である。
十万エルをリスティに渡したので、俺たち親子の取り分は二十万エル。
四ヶ月分の生活費だな。
これを多いと見るか少ないと見るか。
死に掛けたのだ。割に合わない気がする。とはいえ、それは格上の相手に挑んだからであり、実力が伴ったパーティーであればおいしい獲物だっただろう。
報酬は全額旅の準備に注ぎ込んだ。
ナナが餞別として五万エルを融通してくれると言うので思い切ったのだ。
道具は一新できた。町の英雄ということで格安で仕入れられたのは助かった。
靴は作れなかった。王の皮は固すぎて向かないといわれたのだ。いい防具になるらしいが遠慮しておいた。鎧を着けて旅ってなあ。
残念ながら淵狼石は売ってなかった。
道具屋のジジイが言うには「そんな高価なシロモノ誰も欲しがらん」とのことだった。大体、安くて二十万はするらしいので、あったとしても買えなかったが。
ナナに促され五名が出て来た。
マリア薬剤店の店員だ。
「気をつけて」
「ナナさんも言ってけどさ。いまさらーだよね。まー、死ぬなっ」
「ブラスさんの酒量を見ていてくださいね」
「……ナナの事は任された」
ここ一ヶ月で仲良くなった面々である。
武器が仕上がらないこともあって、一緒に店員として働いていたのだ。
ま、俺は在庫の管理とか、荷物の運搬とか、裏方だったけどな。
俺が店いると客が寄り付かないと文句を言われ、店番をやらせてもらえなかったのだ。
新人による先輩イビリである。
俺はナナに泣きついた。
すると店長は大岡裁きを見せる。
「試してみましょう」
結果は……酷かった。
俺が店員をやった日は客が一人も来ないのだ。
いやね、店の前までくるんだよ。でも、帰っちゃう。微笑んだら……泣かれた。筋肉ムキムキの冒険者に。おい、やめろ。泣きてぇのはこっちだよ。
ギルドで冒険者に怯えられたコトあっただろ。あれの理由が分かった。
アウディベア襲撃の際、豹変した俺が印象に残っているそーな。
豹変といっても俺はただ素を出しただけ。まー、虫の居所が悪かったのは確かだけどさ。でも、相手や状況によって態度が変わる。そんなのは誰でもあることだろ。だってのに、冒険者の目には恐ろしく映ったようで? キレたら何されるか分からないと腫れ物扱い。
マリア達は貪欲に仕事を学んだ。
ナナへの恩返しという意味もあるだろう。加護を得る手伝いをしただけでも十分なのに、行く宛のないマリア達を住み込みの従業員として雇ったのだから。
でも、一番の原動力はやりがいだろう。
自分たちの努力で店が大きくなるのだ。面白くないハズがない。
夜遅くまでどうやったらいいか議論しているのだと言う。寝床に入ってまで続けてるんだから困ったものよ、とナナが苦笑していた。気持ちは分かるけど、と付け加えられた一言が印象的だった。
なんで伝聞形式かっていうと、俺はその場にいなかったからだ。
一気に五人も増えたので俺とブラスは宿屋に移ったのである。
俺は僅か一種間で先輩面が出来なくなった。
マリア薬剤店の未来は明るいといえよう。
「本当にありがとう、クロス君。エイサ。お別れの挨拶して」
ルナマリアに背中を押されて少年が出てきた。
視線が自分に集中している事に気づくと、少年はルナマリアの背中に隠れてしまう。
エイサ。
冒険者ギルドで死に掛けていた少年である。
十歳。同い年だ。
でも、親しくはなっていない。一時期は愚連隊に混ぜて貰えねぇかなァ、とか思っていた俺だったが、いざエイサと話してみたら精神年齢に差がありすぎてダメだった。
それにさ、なんか微妙な気持ちになるし。
俺は一体なんなんだろーってね。
これが普通の十歳児だと思うとさ。
冒険者が俺に怯えるのも分からないでも……ない、か? でも、魔物と戦う事を生業とした冒険者が十歳児に怯えてるとか。みっともないと思わないのかねえ。
「エイサ。母さんを守ってやれよ」
こくん、とエイサが頷く。
なぜ連れて来られたかも分かってないんだろうな。命の恩人の旅立ちということでルナマリアが連れてきたのだ。俺はいいと言ったんだが、ルナマリアは義理がたい人だった。
次に出て来たのはステンだった。
「よォ、冒険者なるんだろ?」
「そのうちな」
「どこかで会うことがあったらよろしく頼むわ」
「出るのか、ユーフ」
「出るさ。思うようにはいかなかったけどよ」
「そっか。悪いな」
「よせ。惨めになンだろ」
……んん? 惨め……に?
話がかみ合ってないような……ま、したり顔は続けるんだけどな。一つ思い当たることはある。でも、どうなんだろ。俺は誘ってないし、ウルフエッジ続けると思ってたんだが。
聞かない方がいいか。
いずれにせよ原因は俺なんだし。
最後の締めは仏頂面した男――トルウェン。
悪いな。早起きさせちゃったみたいで。
あ、違うか。いつもの目か。
「……僕は……お前がキライだ」
「それで?」
「えっ……き、キライだって……」
「うん。だから、それで?」
トルウェンは目でステンに助けを求める。
ステンがため息を吐く。
「……あんまイジめてくれんなよ」
「おいおい、どこを見たらそうなるんだよ。イジめられてたのは俺だろ? キライだって言われたんだぜ。繊細な俺の心がどれだけ傷ついたと思ってる」
「……ああ、ああ。分かった、分かった。ホント、ソリあわないんだな、お前ら」
「そうでもないぜ。俺は結構トルウェンの事気に入ってる」
トルウェンがうっ、と呻く。罪悪感を覚えたのだろう。
そう、そういうところだよ。気に入ってるって言うのは。
オモチャ感覚なのを見抜いているのだろう。ステンは渋面だった。でも、何も言わない。流石はステンだ。言わぬが花って言葉を良く分かってる。
「そろそろ行くか」
ブラスが言う。
そうだな。イジってたら日が暮れるか。
と、思いつつブラスを見たら――苦い表情に本音が透けて見えた。
あー、早く行きたいのか。苦言ばっかり言われるから。
予想通り王討伐の翌日からブラスは駄犬と化した。
最初はユーフの英雄として遇していたマリア達だったが、ものの数日で適切な態度を取るようになった。つまり、ごく潰しに対する態度を。
ブラスはマリア薬剤店で飲んだくれている事が多かった。
というのも、宿屋にいると来客がひっきりなしにある為だ。
来客の目的は主にパーティーへの勧誘。ブラスがいればユーフ付近では安泰が約束される。争奪戦は熾烈を極めた。あの手この手で籠絡しようと迫って来る。「結婚させられそうになった……」と情けない顔をしていたのは一度や二度の事ではない。
トルウェンの目を見ていう。
「魔法のコト、教えてくれたのは感謝してる。それは本当だ」
「…………」
ちぇっ。食いついて来なかった。
折角、それはっていったのにさ。
教わったのは魔法の概要だ。
魔法使いには常識との話だったが十分タメになった。魔法とアニマグラムの違いが浮き彫りに出来たからだ。印象に残ったのは魔法の応用力の無さである。
俺が《種火》を習得したとしよう。
出力を上げてやれば火炎槍が出来る。
更に改良すれば最強アニマグラムの一角、イグニスフィアに化けるかも知れない。
厳密には様々なパラメータを弄らねばならず、簡単に改造するとはいかない。
ただ、大枠として発展が望めるってコト。
対して魔法は一つ一つ専用の魔法書があり、そこから習得する必要があるのだそうだ。
面倒くせぇ。
最後に改めて面々を見渡し――
「じゃあな。楽しかった!」
――手を振る。
手が振り返される。
その仕草一つとっても個性が出ていた。
ステンは苦笑するように。
トルウェンは小心者らしくキチンと。
ルナマリアはエイサの手を取って。
店員はそれぞれバラバラに。
そしてナナは噛み締めるように。
歩き出す。
俺は饒舌だ。だが、大事な事ほど口にしない。悪癖だとは分かっている。だが、照れくさい。どうしても面と向かっては言えない。
だから、背筋を伸ばす。
背中で語るなんて言うから。
俺の気持ちが少しでも伝われば。
そう思って。




