第19話 祝祭の終わり3
喧騒に背を向けて何分歩いただろうか。
人通りは疎らになっていた。大体、見かけるのは衛兵だ。盗人を警戒しているのだろう。
戦闘には関与しなかった彼らも、功労者であるブラスの顔は知っていた。出会う度に握手を求められた。ブラスは照れくさそうに握手に応じていた。
「冒険者も悪かねーな」
「なら、働いてくれよ、父さん」
良薬口に苦しと言う。ブラスは苦い顔だ。
とはいえ俺の処方箋はキズを抉るばかり。症状は一向に改善されない。昔は純粋に忠告だったんだけど。今じゃあ、もうただの皮肉だな。働くトコ想像できないし。
関係が出来上がっちゃったんだよな。
そこに俺もブラスも胡坐かいてる。
誰かいないモンか。
ブラスにガツンといってくれる人。
横にいるブラスを見上げ……あれ? いない?
どこへいったかと思えば、ブラスは先に行っていた。振り返り……なんとも怪訝そうな顔をしていた。多分、俺も同じような顔になっているハズだ。
「…………」
「…………」
顔を見合わせ――同時に苦笑した。
「なんつーかよ。時の流れってぇの? 感じたわ」
「よく言うぜ。食っちゃ寝してたダケのくせして」
九年間一緒にいたのである。
何をするにしても阿吽の呼吸。
歩幅を合わせるなんてお手のモノ。
それが僅か数ヶ月でコレだ。
「なあ。クロス。次はどこ行くんだ?」
「…………」
……頭をくしゃくしゃかく。
会う人みんなに見抜かれてるな。
そんなに俺って分かりやすいか?
「ブラスはユーフに残ってもいいんだぜ」
「まーな。居心地は悪かねえ。が、長居したら腐っちまう」
「だろうな。でも、腐るのも含めてお前の人生。だろ?」
いつまでもブラスと一緒に歩んでいくとは思っていなかった。しかし、思っていた以上にブラスは俺に合わせていたらしい。乱れた足並みがそれを教えてくれた。
俺の保護者という任を解かれた時、ブラスの心はどこを向いていたのか。
「おう、これが反抗期ってヤツか」
「それは九年前から」
お前は知らないだろうがな。喋れない頃からツッコんでたから。
「邪魔か。俺が?」
「どうした、ブラス。らしくないぜ。お前を邪魔だなんて……」
「……クロス」
ハッとブラスが俺を見る。やめろよ、そんな目で見られたら――
「うぜぇと思ってるだけだよ。あ、落ち込まないでくれます? もっとうざくなるから」
「…………」
――オチつけたくなるだろ。
「ま、冗談だよ。一割くらいは」
「……本音っつーんだぜ、それはもう」
「分かった、分かった。最近、あんま話もしてなかったしな。ついイジっちまっただけ。折角のいい気分に水を差すつもりは……あるけど、あるけども、止めとくわ。ブラスへこますのは楽しいけど、一応相談に乗ってもらう身だしな。ヘソ曲げられても困る。腹割って話そうぜ。ブラスも俺に聞きたい事あるだろ」
リングの事を打ち明けるつもりだった。
今まで話さなかったのは切っ掛けがなかっただけなのだから。
敢えて言う必要もないと思っていた事もあるが。
活用できるのはマップだけだったからだ。
しかし、これから俺は驚異的な速度でアニマグラム――ブラスから見ると魔法を習得していくことになる。何らかの加護が無ければ出来ない芸当だ。
勿論、アニマグラムを封印すれば、目立たず生活出来るだろう。
しかし、それは無い。
自重する気はさらさら無し。自重出来るなら尻尾巻いて王から逃げてた。
明らかな異端を目にした時、人はどういう反応を取るのか。こればかりは当人は想像する事も出来ない。極力、リングは隠すつもりだが、反応の予測がつかないと何を隠したらいいのかも分からない。当たり前だと思っていたら――実は異常でした、となる。
そうなってからでは遅い。
客観的な意見が欲しいと言うのが、打ち明けようと思った理由の一つだ。
ああ、そうそう。
アニマグラムと魔法は同じ意味合いだ。
だが、俺は自分の魔法をアニマグラムと呼ぼうと思う。
数少ない前世との繋がりだし。
何よりカッコいい。
俺だけに許された技――みたいで。
ハイエルフ?
そんなチュート族は知りません。
「いい機会だし聞いとく。ブラスは? やりたい事はないのか」
「ねーな」
「そうか。ならいい」
余裕が無かったからだろう。ブラスを振り回すのに迷いは無かった。
しかし、目的を達成して余裕が生まれたら……ふと疑念を覚えた。ブラスは目的もないと言っていたが、俺を慮ってそういっていただけではないのか……と。
でも、本当に無目的だったらしい。
少しホッとした。
それが顔に出ていたのだろう。
ブラスが呆然としていた。
「な……なあ。お、俺の勘違いだったら笑ってくれてかまわねェ。俺の人生がなんだっつってたのって……俺のこと考えてくれてのコトか?」
「…………悪いかよ」
「いやいや! 悪くねえさ。ありがとうな、クロス。嬉しいぜ」
「…………チッ。礼なんて言うな」
礼を言わなきゃいけないのは――いや、何でもない。
ブラスは晴れ晴れとした顔で言う。
「そーか、そーか。てっきり俺はよお。リスティの嬢ちゃんと旅してーから俺が邪魔になったのかと」
「……おい、なんでそこでリスティが出てくる」
ブラスがきょとん、とした。
こういう顔をすると、途端に愛嬌が出てくる。
普段は和むが、今はイラッと来た。
続く言葉が想像出来たからだ。
「惚れてんだろ――ぐおぅ」
ブラスの腹に突き。
違和感は覚えていたのだ。
俺がリスティを助け行く時、思わせぶりな事言ってたから。
「惚れてねぇからッ」
「お、おう。そ、そうか」
分かったのか?
分かってねぇよな。
くそっ、俺の顔真っ赤だろうし、照れてるようにしか見えねぇ。
氣を練ろうとして――あれ、練れない?
そうだった。
氣闘術は失われたのだった。
へこむ。
いやもうそれも……ブラスのせいってことでいいかな。
いいよね?
よし。
怒りを込めた飛び蹴りが炸裂。
路上に人影が転がった。
「…………」
「…………」
ブラスが俺を見下ろしていた。
そう、転がったのは俺のほうだった。
申し訳なさそうな目が、俺の柔らかいトコを抉る。
――《墜火葬》ぶっ放してやろうか。
チラッとそんな考えが過る。
いやいや、短気はいかん。
クールになれ。
困ったから暴力ではリスティと一緒……ああ、うん。頭冷えたわ。
立ち上がる。砂を払う。
ふぅ、と息を吐くと、
「分かったか?」
「お、おう。惚れてねぇんだな」
「違う」
澄ました顔で首を振る。
ブラスはえっ、と絶句していた。
「ブラスよ。いつもお前が言ってる事だぜ。洞察力を養え。それは何も魔物に対してだけ言えることじゃねぇ。対人関係においても言えることだ。違うか? 思い出せ。俺はお前に何をした?」
「殴られた」
「そうだな」
「蹴られた」
「そうだな」
「す、すまん」
「バカ野郎ォ! 分かんないからって、取りあえず謝んな!」
「すまっ……おう」
「改めて問おう。分かったか?」
「……いや」
「はあ。呆れるぜ。これだけヒント出してもダメとはね。おい、やめろ。謝ろうとすんなっつってんだろ。それは思考停止だ。考えろ。考えて、考えても分からなかったら、謝れ」
ブラスが難しい顔で考え出す。
負い目には事欠かないブラス君である。
あれかな、これかな、と考えては、顔色を悪くさせていた。
……やばい。見てて楽しい。
でも、これからの事を考えたら落とし過ぎてもダメ。
と、なると、ここらへんが潮時か。
「よし、最大のヒントをやろう」
「……頼むわ」
「飛び蹴りカマしたよな。本来、倒れるべきだったのは誰だ?」
「……俺、かあ?」
「あ。待て。違うからな。倒れる演技しとけっつってんじゃねぇから」
「そ、そうか。助かるぜ。やられたあ、とか言わなきゃいけなかったのかと思ったわ」
「やめて? チネルでお前の演技の下手さ見てるんだから。そんな演技されたら逆にバカにされてる気分になるから。ホント、《墜火葬》ぶっ放したくなるわ」
「ついか、そー?」
「魔法だよ。俺の」
「………………ウソ、だろう」
「王を倒したの誰だと思ってる」
「リスティの……まさかっ、お前なのか、クロスっ!」
「言ってなかったか。リスティ」
「……聞いたが」
「いや、いい。それ以上は言うな。気持ちは分かる」
ギルドで聞いたあの調子でブラスにも説明したのだろう。現場にいた俺ですら首を傾げたのだ。後日俺から詳細を聞こうと思っていたとしてもブラスを責められない。
「つまりだ、ブラス。俺が言いたかったのは、そういうことだ」
そういうことってどういうこと?
俺の中のピュアな部分が囁く。
うん、普通は分からないよな。
でも、無視。
「俺は氣闘術を失った。それをあのやり取りでお前に伝えたかった」
「…………そ、そうだった……のかあ?」
チッ。
プチ洗脳失敗か。
クロス君、顔真っ赤っか事件の隠蔽に失敗した。
でも、まあホントは必要なかったんだけどな。
なぜなら特大の爆弾を投下済みだ。
ブラスをイジったのは……趣味だ!
「氣闘術を失ったって……それ、冗談じゃあ……ねえ、のか……」
ブラスは顔色を失っていた。
見ているのが辛く、顔を背ける。
「……悪い。訓練無駄にした」
「あん? なんだあ、クロス。かわいいトコあんじゃねーか。気にしてねーよ。驚きはしたがなあ。お前が魔法に憧れてたのは知ってる。いつかよ、来ると思ってた。こういう日が。リスティの嬢ちゃんを守るために魔法使ったんだろう。お前はそういうヤツだ」
「…………結果的、には?」
半分は自己満足だ。
恐る恐るブラスを見ると――笑っていた。
本当に氣闘術が失われた事を嘆いている様子は無い。
「でもよお。なんだって魔法が使えた?」
「そこら辺を含めて相談したい。俺が魔法に興味を持ってるって気付いてたんなら話は早い。もう遠慮をする必要ないんでね。魔法を学びたい。どうしたらいいと思う?」
「うぬぅ~~~」
ブラスが唸る。
考えているというよりも……なんだ? 何か躊躇っている?
やがて、ブラスは諦めたように息を吐く。
「アテがある」
「おおっ。マジか」
ぐっ、と拳を握る。
ツイてる。
ブラスは戦士だ。分からんと一蹴されるかと思っていた。
「魔法学校か?」
「俺の……知り合いっつーか……でも、あれだぞ。ここから遠いが」
「旅なんて慣れたモンだろ」
「……向こうがどう出るか……」
「構わない。可能性があるだけで。つか、なに、行きたくないの?」
「…………」
渋るブラスを説き伏せ、話を詳しく聞く。
が……分かったのは地名ぐらいのモノだった。
どういうアテなのかすら教えてはくれなかった。ブラスに恩義がある魔法使いというのなら話は簡単なのだが……詰めかけても断られる可能性もあるようだ。
そもそも場所が特定出来てるってのもな。不動に思える騎士だって転地があると聞く。なのにその場所にいるとブラスは確信しているようだし……よく分からん。
どんな知り合いなのか気になるが……顔色読んで質問するのを避けた。
旅路は長いんだ。
おいおい聞いていけばいいさ。
ブラスが行きたがらない理由は分かるのだ。堕落した自分を見られるのは嫌だろうからな。ま、それもこれも昔のブラスは立派だったって言う前提になるけど。
しかし、渡りに船ってカンジだな。
ブラスの性根を叩き直す、いい機会かも知れない。
昔を知っているなら尚更。
ガツンといってくれれば、ブラスも発奮する……かなあ。
いずれ俺は一人立ちをするだろう。でも、ブラスを一人にしたら野垂れ死にそうだ。死ぬと分かっていて放置する事は出来ない。
かといって、保護者同伴の冒険者なんてだせぇ真似……あ、いや。同伴できるならまだマシなの……か? 保護者っていうとアレだけど。パーティーメンバーとして見たら?
ブラスは戦力としては飛びっきりだ。今回の件でよく分かった。ランクで言えばA相当。ひょっとしたらSかも。連携を取るのも容易い。パーティーメンバーとしては、申し分ない……っと、妄想が行きすぎたな。
まずはブラスの病気を治す事だ。
そこから。
魔法を習いに行くんだか、病気を治しにいくんだか。
なんだか分からなくなって来たが。
さて。
行き先が決まったし。
次はリングの事を相談する――お、おぅ?
「……どうした」
ブラスが膝を折っていた。
顔色が悪い。汗も凄い。脂汗か。
「…………クロス。すまねぇ」
そういうとブラスは、
「うげえぇぇぇ」
……吐きやがった。
ちょっ、汚ねっ。見えないトコでやれよ。
二日酔いじゃねーけど、こっちも魔力切れで気分悪いの。当てられたらどうすんだ。
……まあ、文句言うのも筋違いかもしれないけど。
ブラスの腹、殴って蹴ったのって俺だし。
あの後から顔色が悪くなっていった気がする。
でもさ、話題の内容が内容だった。衝撃を受けているんだとばかり……違ったのね。単に吐きそうだっただけか。早く言えよな。いえねーか。真面目な話だったもんな。
……はあ。結局リングの相談出来なかったな。
今日はもう使いものにならないだろうし。
え? 明日すればいい?
バカ言うな。
明日になれば駄犬が復活しているのだ。
腹見せてハッハッしてる犬に、相談を持ちかけられるか?
ムーリー。
物凄い昔に……やはり相談しようとして、こんな感じで流れた事があった。
タイミングの悪い男だ。
アレかね。
クソ神が運命をイジイジしてくれてんのか?
……ん、んんっ?
軽いジョークだったんだけど……それほど的外れな推論でもないな。
リングはクソ神の加護みたいなモンだし。
バレたらマズいとか思ってるのかもな。
そこんとこどうよ。
なっ、クソ神!
「…………」
……リングがでねェ。
かつてない程朗らかに話しかけてやったのに。
ははあ、渾名で呼んであげたから、照れて返事が出来ないんだな。
もー。仕方がねぇなァ。
照れ屋なクソ神の為にもう一回呼んでやるか。
テラ~~! テラ~~! お前の使徒がお呼びだぞ~~~!
「…………」
チッ。
分かってはいたが、でねェ。
一応……一応、主神だ。気付いてはいるだろう。いや、気付いてる。だって、一人でボケ突っ込みしてる痛い人じゃないからね、俺は。
ホラ、耳を澄ませ。
そしたらテラさん家からテレビの音が聞こえてくるだろ。
お笑い番組か。
聞いた事の無い声だが……ん? 内容に覚えがある。
なあ、知ってるか。自分の声って他人には全然違う声に聞こえてるんだぜ。詳しい理由は知らないが、試すのは簡単だ。録音した声を聞いてみな。誰? ってなるから。
そっかー。
クソ神が視聴してる番組は……俺か。
そら、聞き覚えがあるわな。
居留守か。
いい度胸だ。
ピンポンダッシュすんぞ!
って、ダメだよ。ダッシュしたら。
出てきても気付かないから!
「…………」
……こんだけボケてみてもダメか。
空気読めない子だもんな、クソ神。
いらない時だけ話しかけてくる。
リングを通じて意思疎通が出来ると言っても一方通行のものらしい。リングのカスタマイズが出来るようになったら、クソ神コールを作ってやろう。連打してやろう。
――閑話休題。
ルフレヒトか。
目指す都市の名だ。
イフレート男爵領のルフレヒト。
うん、知らん。
ひたすら行くなら一ヶ月程度との事。
前世に照らし合わせると東海道が分かり易い。江戸、京都間は徒歩で二週間かかった。つまり、往復出来る距離ということだ。そう考えると確かに遠いかも知れない。
日銭を稼ぎながらの道中になるので、数倍の日数がかかるのは間違いない。
旅の準備をしないとな。
王討伐の報酬も出るし……色々揃えられそうだ。
どこから手をつけるべきか。
武器かね。命を預ける大事な部分だ。俺の使ってた剣は……多分、森の中だし。二束三文の安物だ。買い直した方が早い。王の素材がある。爪なんか武器の素材に出来そうだ。
そうだな。
まずは素材で装備を整えたい。
靴、作れないか? オーダーメイドで。高くつくが仕方が無い。地味だが靴は大事なのだ。長い旅路になると、サイズがあっていないだけでも結構キツい。
報酬が幾らかにもよるが。
今まで手に入らなかったところにも手を伸ばしたい。
淵狼石とか。淵狼という魔物の胆石だ。石を浸けておくだけで、毒水だろうと飲み水に変えてくれる優れ物だ。
魔物の生息地は水すら飲めたものではない劣悪な環境だ。そんな環境に適応する為に、淵狼の胆汁は優れた浄化の機能を持っているらしい。
出来れば魔法書も欲しい。
本格的に魔法を習うのは、ルフレヒトに行ってから。
でも、旅の最中に魔法を習得出来るならそれに越した事は無い。
高いし。魔法書だけで習得できるかも分からないから……冒険者ギルドに行って魔法使いを掴まえて聞いてみよう。
魔法使いに魔法を習おうとしたら多額の謝礼が必要になる。しかし、質問するぐらいならいいだろう……誠心誠意話し合えば分かってもらえるハズ。なんか俺に怯えてたみたいだし。
でも、高望みをする前に。必要な道具を揃えないと。
外套はボロボロだから変えないと。鍋も。素材を剥ぐナイフも変えたい。
鞄も欲しい。今はズタ袋に詰め込んでるだけだからな。
ステンが使ってた丸薬。飴玉も。あれ、売ってんのかね。使って見たら便利だった。
氣闘術を失ったので、逃げる為の手段は確保しておかないと。
あ、そうすると火を付ける手段も必要だな。逃げようっていうのに、悠長に火打ち石は使っていられない。ウルフエッジには《火種》があった。俺はまだ使えないし……ライターみたいな魔道具ってあった気がする。ユーフに売ってんのか知らないが。
なんかわくわくして来た。
実際に旅に出たら辛い事も多い。
あれやこれやとリストアップしているだけでも楽しい。
まあ、でもまずは――
「うぐっ、うっ、うええぇ」
……水だな。




