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異世界のデウス・エクス・マキナ  作者: 光喜
第1章 流浪編
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第18話 祝祭の終わり2

 あっれぇ。場所間違えた?

 素で思った。


 役所然とした冒険者ギルドはそこには無く、見事なまでに酒場となっていた。冒険者がギルドを占拠して、勝手に酒盛りしているのだとばかり思っていたのだ。しかし、真ん丸に開かれた俺のおめめには、機敏な動作で料理や酒を運ぶギルドの職員が映っていた。

 酒はまだ分かるけど……料理はどっから?

 

「いらっしゃい。あ、クロス君」


 出迎えてくれたのは受付嬢だ。

 いやあ、エプロンが良く似合っていますね。


「凄い騒ぎですね」

「報酬出したから。取り返さないと」


 冗談では……なさそうだな。カモを見つけた捕食者の目だ。

 哀れだな、冒険者よ。アウディベアの猛攻から命からがら帰ってきたら、既に新たな捕食者に目を付けられてるとは。こんだけ可愛い捕食者だと、俺も咎める気がしない。


「父さんへの支払い。終わっちゃいました?」

「まだよ。査定に時間がかかるから。お酒に変えられても困る、のよね? 大活躍してくれたのは嬉しいけど。こっちは大変ね。明るくなったら職員総出で討伐数を数えなきゃ。王も倒したって言うんだから、報酬は期待してていいわよ」

「…………王も?」

「違うのかしら。詳しく聞いてないのよ、酔っ払いから話を聞いてもねぇ」


 受付嬢は冒険者に呼ばれ、「はいはーい」と軽やかに去っていく。

 

 ふむ、ブラスが王を?

 脳内でブラスと王を戦わせて見る。


 ……圧勝だった。ブラスの。


 ブラスが苦戦する絵がまるで浮かばない。

 実際に戦ったから分かる。王は弱者には無敵だが、強者には圧倒的に弱い。再生を上回る火力を出せるかが勝負を分ける。あ、いや、再生は違うのか。あの個体の特性だろう。王となった個体は何かしらの特性を持っている事が多いと言うから。でも、結論は同じだけどな。リスティですら腕一本折るのがやっとだった。結局は火力だ。

 俺が非力なのは冒険者に見せている。

 俺が倒したって言っても信じられないよな。

 ましてや王は真っ二つ。

 ブラスの大剣で倒した考えるのがしっくり来る。

 誤認されるのも無理は無い。

 事実より余程信憑性あるし――

 

 ……ん?

 待てよ。

 もしかして……俺の活躍っておおっぴらに出来ない?

 王の討伐はリング無しには成り立たなかった。マップ、アニマグラム、クエスト報酬。加護だって言って誤魔化しても、じゃあ登録しましょうとなるだろうし。

 ……うおぅ、詰んでねぇ?

 何よりも俺の性格を考えたらさ。ほら俺ってば煽てられたら舞い上がってしまうでしょう? 武勇伝ねだられたらポロっと何を口走るか分かんないから。

 ……はあ。

 手柄を横取りされるのはシャクだが、秘密が漏れるよりは余程マシか。


 ……あっ。

 とある事に思い至り、顔が引き攣る。

 慌てて周囲を見渡し――いた。

 リスティ。

 目が据わっていた。手に持ったコップの中身は……酒なんだろうな。酔っているようだ。頬を上気させ、頬杖をついている。

 瞠目する。

 なんて……なんて……色気のなさだ!

 リスティよ。お前……ナナの遺伝子をどこに置いて来た……って、ソレはいいんだよ。

 まずい。

 丁度、王討伐の話をしているところだ。

 止めるのも不自然だ。

 どうしたらいい――

 

「ピカっ! ピカー! ってなったワケ。そんで王は真っ二つ!」


 ……放置でいいかな。

 いいよね。

 知り合いだと思われたくないし。

 素面でも説明ヘタクソだもんな。酒入ったら尚更支離滅裂になるか。

 なんて思っていたら、冒険者はコップを掲げ、

 

「ピカー!」

「ピカー!」

「ピカー!」


 と、叫び一気に酒を煽る。


 ……えぇ。なにこのノリ。

 冒険者は陽気な連中が多い。にしてもこれは……うぜぇ。

 アウディベア如きに蹴散らされてた連中だぜ? ナニやり切った! みたいな顔してるワケ? お前らがしっかりしていれば、俺も苦労しないで済んだのに。

 決して混ぜて貰えなかった僻みではない。

 白い目でバカ騒ぎを眺めていると、

 

「そうだっ。斧はどうだ?」


 などと、ワケの分からん事を冒険者が言いだした。


「イヤ。カワいくない」


 反論したのはリスティだ。

 ……なんでリスティが?


「尻尾は? その髪」

「イ~~ヤっ」


 怒ったリスティがテーブルを叩く。

 すると、あら不思議。

 パカッと割れた。

 テーブルが。

 ……割れないよ、普通は。


「…………」

「…………」


 シン、となった。

 ……顔を手で覆う。

 空気が読めないな、とは思っていた。

 けど、ここまで酷くもなかったハズ。

 これが酒の力か。


 ……俺ね。大人になっても酒は飲まないと思う。

 俺の周りにいる連中、みんな酒癖悪いんだもん。

 ブラスとか。

 ブラスとか。

 

「…………リスティ、これは……ちと……なあ……」


 盛り下がった冒険者達を、リスティはとろんとした目で見回す。

 厄介者と化したリスティだが、本日の主賓である事は確か。

 邪険にするのも気が引けるのだろう。どうしたものか、という空気が漂う。

 そんな中、果敢にも空気を変えようとしたオヤジがいた。


「……す、すんげぇ、力だな。なっ」


 オヤジがリスティの肩に手を置く。


「ベタベタした手で触んないで」

「…………腕がッ、腕がッ」

 

 すげなく手を払われたオヤジは、腕を抑えて転げまわる。

 コミカルな動きに周りから笑いが起こる。

 ……よかったな、オヤジ。身体を張って笑い取れて。冒険者やめて芸人になれよ。


「テーブル。ボロかっただけだもん」


 口を尖らせ、リスティが言う。


「ボロ……?」


 一人が言うと、


「……ボロ?」


 二人目、三人目と続き、


「…………ボロ、ボロ?」


 再び冒険者はコップを掲げ、


「ボロー!」

「ボロー!」

「ボロー!」


 笑いが弾けた。


 ……もうついていけん。

 場の空気が出来あがってるトコに素面はキツいものがある。


 テーブルはボロくない。リスティが氣闘術使ってただけ。

 つかさ、転がってるオヤジ、本当に骨折れてるから。手を払いのける時、リスティ氣ぃ練り込んでた。ん、オヤジが酒飲んだ。なんだ? 酒で痛みを紛らわせようと……あ、ちげぇや。赤ポットだ。うん、勿体ないだろうけど、勉強代だと思って諦めてくれ。


 え、場が白けた?

 いえいえ、そんな事ありませんでしたけど?

 そんなカンジで宴会は続行。

 続行?

 違うな。

 悪化した。

 力自慢がこぞってテーブルを割り出したのだ。

 ……明け方にギルドが更地になっていたとしても俺は驚かない。ふむ、家を解体したいなら、冒険者を呼んで酒を振る舞ってやればいいってことなのかな。

 

 こめかみを引き攣らせた受付嬢が何かをメモっていた。

 ……明日、請求するつもりなんだろう。

 この中には家庭を持っている人も多いだろう。明日、請求書を見た奥さんはどう思うだろうか。酒。料理。分かる。でも、テーブルって。「あなた! テーブル食べたの!?」ってなるのかね……ちょっと見てみたいな。


 なあ、ここには脳筋しかいないの?

 いるだろ、魔法使い。得意の頭脳は? 酒に浸されたか?

 一緒になって盛り上がってないで、少しは場をコントロールしようぜ。

 受付嬢が可哀そうだ。

 あ~~~。もう手遅れ、かな。

 受付嬢の笑みが黒い。

 これだけベロベロだ。何を飲み食いしたかも分かるまい。注文してないオーダーが入っていたとしても多分気付けない。コイツら水増し請求の餌食に決定だな。

 ご愁傷様。

 ケツの毛まで受付嬢に毟られてしまえ。


 ……なんか、どっと疲れた。

 ……何しに来たんだっけ? ああ、特に理由は無いのか。そっか、なら、帰ろうかな。


 踵を返そうとして――ふと、視界に何かが引っ掛かった。

 改めて眺めて見ると、ブラスが目に入った。

 大勢に囲まれているので、いるのに気付かなかった。

 楽しそうだ。酒を飲む事に負い目を持たずに済むからかね。あ、つい感想が皮肉げに。

 ブラスが喋り出すと周囲は聞き逃すまいと口を閉ざす。そりゃあ、あれだけの活躍をしたのだ。若手の冒険者のブラスを見る目は英雄を見るソレだ。

 ただ、毛色が違うのが何人かいる。率先して酌をするのは……Dランクはお呼びじゃないって言ってた連中だな。掌返すの早ぇな。チッ。なんだ、あの甘いヨイショは。キレがない。ヨイショは信じてない事でも真顔で言いきるのがコツなのだ。


 ……明日になったら犬小屋を撤去しないとな。

 あの様子だと何人かはマリア薬剤店まで押し寄せて来そうだ。

 憧れの人物が全裸で酒飲んでたら。

 しかも、犬小屋で。

 そんなん見たら……グレるかもね。

 

 そこまで考え、はたと気付く。

 この騒動は大勢の価値観を変えただろう。

 ユーフを救ったのは紛れもなくブラス。

 だが、俺はまるで疑っていなかった。

 ブラスが更生しない事を。

 ……イヤな信頼だなあ。


 いい機会だ。

 ブラスと話すか。

 これからのこととかね。

 今のブラスなら、犬ではなく父親代わりとして話が出来る。

 

 ブラスの元へ向かう。

 人をかきわけていると、足に引っ掛かった。

 

「あァんッ。いてェな。誰だっ」


 青年冒険者が凄む。


「あ。すいません」


 心の底から悪いと思っての謝罪だったのだが――


「ばっ、バカっ。見ろっ」

「マリアんトコの……坊主だっ!」

「は、早く謝れっ!」


 ……はい?

 いいたかないが……本当にいいたかないが……誇らしげなブラスを見ていたら足元が疎かになっていたのだ。あんな清々しい顔をしているのは久しぶり……いや、初めて見た。

 だから、悪いのは俺であって彼じゃないよ。

 なんて口を挟む事も出来ない雰囲気だった。

 

「す、すいませんしったぁ」


 青年冒険者は小さくなっていた。

 

「…………なんだか分かりませんけど、これからは気をつけてくださいね。長い脚をこれ見よがしに出されたら、嫉妬してしまうかもしれませんから」


 小粋なジョークを飛ばす。

 すると、ザザザと冒険者が移動を開始。

 瞬きする間に俺の前に道が出来ていた。


「…………」


 ……俺、何かしたっけ?

 ……分からん。

 小声でぺるっ、ぺるっ、と聞こえてくる。ぺる? なんか俺見ながらいってんだけど……新しい乾杯の音頭か。問い掛けようにも目が合う端から、顔を背けられちゃうとね。

 いいけどさ。

 お前らと仲良くなるつもりないし。

 

「ブラス」

「おう、クロス。来たか」

「話がある。抜けられるか」

 

 ブラスがいいか、と問うと、周りは凄い勢いで首肯する。

 ……首取れんぞ。


「クロス……おめーなんかしたか?」

「……俺が聞きてーよ」

 

 ブラスと連れだって外に向かう。

 息を潜めるような静けさが、ギルドを支配していた。

 俺達の姿が消えた途端に、


「うおおおお~~~~。飲むぞ~~~~~~~~」

「イィィィヤァァ~~~ホゥ!」

「ぺる~~。ぺるぺる~~~!」


 ……ホント、俺なんかしたかなあ。

 まるで思い当たらない。

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