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異世界のデウス・エクス・マキナ  作者: 光喜
第1章 流浪編
24/54

第16話 炎毛の王5

 森は静かだった。

 異常だ。

 前世ではインドア派だった俺も、今生では生粋のアウトドア派である。僅か一歳で家から追い出されましたから。食料を調達するべく森に入る機会は多かった。

 森は音に満ちている。

 藪を抜ける音、求愛の泣き声、樹上からの足音。そこここに潜む、生命の息吹。

 それらが無い。

 息絶えたかのように。

 不気味だ。

 アウディベアによって住処を追われただけ。

 そう分っていても悪夢に迷い込んだような錯覚がぬぐえない。


 悪夢ね。

 嘘から出た真と言うか。悪夢を終わらせてやるとはいったよ。でも、ステンに大見得切った時点では、リスティを助けてやんぜ、ってそれだけのイミだったんだが……

 アレか。フラグを立てたのか。

 ま、どういう経緯を辿ったにせよ、こうなるのは運命だったんだろう。

 だったら格好つけといたほうがお得というものだ。


 お得ってナンセンスじゃね、って思った貴方。貴方はプログラマーには向いてません。すげぇって言ってもらえるチャンス逃すようじゃ、プログラマーにはなれないのだ。

 極論過ぎだって?

 少なくとも《AGO》にいた連中は自己顕示欲の塊だった。


 神拳・零夜を見ろ。


 《二つ名》神拳

 《プレイヤー名》零夜


 だと思うだろ?

 違う。


 《二つ名》無し

 《プレイヤー名》神拳・零夜


 なのだ。

 神拳に倣うとしたら俺は「大魔法使い・クロス」となる。

 どんだけ自己顕示欲があるんだって話である。

 こんなヤツとパーティー組みたいか? 神拳のアニマグラムはソロ向けとして重宝されていた。が……開発の裏事情にはこうした悲しい理由があったそーな。


 《隠形》しながら進むと、不意に視界が開けた。

 邪魔な木がなぎ倒され、道が出来ていたのだ。


「…………げぇ」


 ……王がいた。

 向こうはこちらに……気付いているな。

 ……なんてこった。段取りが狂った。離れた位置で開戦のタイミングを見計らうつもりだったんだが……道が出来ているなんて誰が思うかよ。

 ま、事前に《隠形》が効かないと知れて良かったと思おう。


 王は俺を待ち受けている。

 ……待ち受けて……いや、眼中にないダケだな、うん。

 ありがたいが……なんか、悔しい。


 ふと、デジャヴを覚えた。


 《AGO》だ。

 ボスエリア。

 一部のボスは定点から動かずにプレイヤーを待ち受けるのだ。そこへ至る道はモンスターがポップしなかった。安全地帯で装備を確認したり、アニマグラムのカスタマイズを行うのである。


 そうだな。

 俺のステータスを《AGO》風に言うならこんな感じか。


+――――――――――――――――――――――――――+

【装備】

《武器》無し

《身体》旅人の服

《頭》無し

《足》旅人の靴

《アクセサリー》無し


【アニマグラム】

《アニマグラム1》身体強化

《アニマグラム2》墜火葬


【道具】

《道具1》無し

+――――――――――――――――――――――――――+


 ……あ、あれぇ。酷いな。

 なんて縛りプレイ? 初期装備でボスって。

 命がかかってない《AGO》でも、こんな酷いプレイヤーいなかった。


 比べることに意味は無いが。


 《AGO》はゲームなのだから。いやね、所詮はゲームだしって、ナナメに見ようってんじゃあない。オンラインゲームの宿命といいますか。オンラインゲームはプレイヤーがいないと終わるんだよ。サーバー代がかかるから。となると、万人でも楽しめる……いや、口を濁しても無駄だな。ハッキリ言おう。ヘタクソなプレイヤーでも楽しめないといけない。どうするかというと、そういう方々にはステータスの底上げをしてもらう。装備で。課金装備は正にそうな。かくして世にも無様なドラゴン殺しが誕生する、と。

 何が言いたかったかっつーと、《AGO》の装備は救済措置の面があるってコト。

 翻ってこの世界ではプレイヤースキルが全て。

 凄まじい切れ味の名刀だって、技量が無ければただの棒切れ。

 頑強な鎧に身を包んだって、タコ殴りに合えば衝撃で死ぬ。

 まあ、でもちょっとヒイた。

 カネ溜まったら装備整えよう。


 剣はリスティに渡してある。墜火葬は無手でしか発動できない。リスティが持っておくべきだと思ったのだ。


「よう、デートかい?」


 月光を浴びて佇む王の姿は神々しい。

 これから始まる大魔法使いの物語。その序章の相手に申し分ない。


「待ち人じゃなくて悪かったな。毛深い男は好みじゃないってさ。フラれたな。ま、俺も五年後って言われたし? フラれた同士、不本意なデートとしゃれ込もうぜ?」


 チッ。今頃テラは「いいよいいよ、洒落た台詞で盛り上げてくれる。流石は僕の道化師だ」とかいって手を叩いてるんだろうな。お前のためじゃねぇといってやりたいが……観客はテラだけなのだ。傍から見ればテラを喜ばせるために台詞を吐いたとしか思えない。テラのかどうかはさておき――俺が道化師だってのは……認めなくは無い。

 でもさ、無言で開戦ってのも味気ないだろ?

 《隠形》が効くならあわよくば闇討ちを……なんて思ってたけどな。


 しかし、アレだけヘイト煽ってやったのにリスティを所望とはね。余程リスティとの殴り合いがお気に召したらしい。リスティももっと王と戦っていたかったとか、耳を疑うようなコトを言っていたし。脳筋どもめ。どうせ俺の戦い方は邪道だよ。

 まあ、いいさ。

 王が俺をナメているというなら、その隙に付け込むだけだ。


 さて、そろそろかな。


 ――来た!


 勇壮なBGMが森に流れる。リスティの歌だ。

 いいね。テンション上がる。


「ボス戦が無音ってのは盛り上がりに欠ける。だろ?」

「グオオオオオーーーーーーーーーーーーーー!」

「おっと。見解の相違か」


 王の様子が変わった。

 歌でヘイトを集めるとか眉唾だと思っていたが……ホントだったらしい。話を聞いたときは大音声で歌っていれば魔物だって集まって来るだろと思っていたのだ。しかし、明らかに王は俺を無視して歌声の主に敵意を燃やしているのが分かった。


 多芸だな、リスティ。

 歌って戦えるアイドルを目指すつもりか。


 リスティは戦士だけができる裏技のようなものだと言っていた。

 多分、魔法なんだろうな。氣闘術の応用の。でも、戦士は魔法を使えないという先入観から裏技扱いされているってトコか。物凄い音量も複式呼吸ではなく氣を使っているのかもな。


 魔法の勉強をしたわけではないからなんともいえないが……

 この世界における魔法の理論は遅れているのかも知れない。

 魔法だと気付かれていない魔法が山ほどあるのだとしたら?

 う~ん、夢が膨らむね。

 

 ま、とりあえずは、


「ヘイトを稼ぐとしますかね」


 指弾。指弾。指弾。

 道中で拾ってきた石を全て撃つ。

 

「お前の相手は俺だって言ってんだろ」

「オオオオアアァァッァ!」


 王が俺を見た。

 ……に、睨むなよ。腰が引けた。

 いざ戦いが始まってしまえば平気になるのだが……相変わらず気持ちの切り替えが下手だな。

 飲まれるな。気持ちを強く持て。

 

 王の攻略法はリスティから伝授されている。

 シュミレーションは済ませた。

 爪をメインで使って来るというなら、そこを注視していれば――


「――――っ、はあァ!?」


 王が跳んだ。

 あの巨体で。

 軽やかに。


 暗くなる。影だ。

 氣を纏う。前方へ。

 背後に王が着地。振り返らず前へ。

 後ろ髪になにかカスった。


 おいおいおいおい!

 ぎっ、ギリギリだったぞ!

 

 やばい。

 やばい。

 やばいっ!

 真っ白な頭で駆けていたら、木立まで辿りついていた。

 恐る恐る振り返ると、

 

「……は、はは」


 王は四足になっていた。

 当然、その体勢から繰り出されるのは――突進。

 地面が揺れた。そう錯覚した。それ程の迫力。


 はた、と気付く。

 なんで走れるの?

 

 なあ、腕折れて無かった?

 まさかもう直ったって?

 ……走るのに支障は……なさそうですね。

 はあ!? なんだよ! 汚ねぇっ!

 戦闘終わったら完全回復とかゲームかっ。

 

 後ろに飛ぶ。それを見た王は更に勢いを増した。目算を誤った。そんな風に王は思ったのだろう。足裏に確かな感触。木だ。三角跳び。王の頭上を飛び越える。

 

 ――メキメキ。


 肩越しに仰ぎ見ると巨木が倒れるところだった。


「…………」

 

 唖然とした。

 王の突進を食らったのだ。木が倒壊するのは分かる。だが、まさか――


「……いやそれ武器と違うから」


 王が巨木を構えていた。


 でも、振れるの?


 疑問は行動で答えられた。

 巨木を横薙ぎにしたのだ。


「マジかよッ!」


 流石に重いと見え、王は腰を落した構え。股の間を駆け抜ける。ついでに膝裏を氣を込めた拳で殴打。ダメージはあった。俺に。痛てぇ。なにこれ。鉄ぶっ叩いたかと思ったよ。


 木々の密集地に逃げ込む。

 王は巨木を投げ捨てた。

 命がけの追いかけっこが開始される。リスティに向かわないよう、時折石を拾っては指弾を繰り返す。王とぐるぐる回るが、残念ながらバターにはならない。


 逃げながら考える。

 後手後手だった。温存しようと思っていた氣闘術も使わされた。王の学習能力を侮っていた。

 ったく、誰だよ、並みのアウディベアよりも、戦い方下手だったっつったの。

 リスティだな。

 ったく、誰だよ、だったって過去形を軽くスルーしたの。

 俺だよ。

 くっ。アニマグラムを手にして舞い上がってたな。


 活路は――ここか。木々の密集地。

 氣闘術は使っていない。しかし、逃げ回れている。

 障害物の多さに王が慣れていないのだ。


 やれるか?

 ……いや、自問するまでもねぇな。

 こんなの大した事じゃない。

 リスティの苦労を思えばね。歌声は途切れる事が無い。だが、決して楽ではありえない。途方も無い数のアウディベアに追いかけられているハズなのだ。

 ここにお供が現れないのがその証拠。

 俺が王を倒すのに手間取った分だけ。

 リスティに危険が迫るのだ。

 まだ彼女に死んでもらっては困る。デートして貰ってないからな。

 我ながら安い理由。

 だが、それぐらいがいい。

 なら、やるしかない。

 カチリ、と頭が切り替わる。

 ようやくか。

 ブラスが見ていたら嘆息モノの緩さだな。

 さて、醜態を見せたが、ここからは俺のターンだ。


 王に向かって駆ける。

 思い出す。

 ステンの戦い方を。

 

 俺は魔物相手のまともな戦闘経験が少ない。戦うなら一撃で決めたし、無理なら逃げの一手だった。逃げていればいずれブラスが片付けてくれるからである。

 だから、手本となる戦い方が必要だった。

 リスティの話も聞いた。参考にならなかった。ガチンコって。

 だから、ステンの戦い方なのだ。

 障害物を利用して相手の力を発揮させない。

 非力な俺には丁度いい。

 それをベースとして《AGO》の経験を加味。ただの戦闘を戦術へと昇華させる。

 

 意図的に隙を作る。

 王は右腕を振る。そうだよな、そう来るよな。しかし、腕を振るおうにも木が邪魔だった。ならばと突きを放って来る。オーケー、いい子だ、そうするしかないよな。

 突きが横薙ぎに変化。

 おっと。

 しゃがんで回避。

 叩きつけ。

 サイドステップで回避。

 

 よし、やれそうだ。

 俺がやろうとしているのはいわば詰将棋だ。

 最終局面に向けて相手を誘導していく。言うほど易しいことではない。気に食わなければ王は盤ごとひっくり返すだけの力を持っているのだ。あくまで追い立てられる獲物を演じながら、王の一手を引き出していかなければならない。


 ――魂魄支配(アニマコントロール)


 《AGO》ではそう呼ばれていた。

 ボスをソロ狩りするための技術だ。ボスの行動を支配し、ノーダメージで倒す。そこまで出来て初めてアニマコントロールと認められる。縛りプレイでは何度もお世話になった技術である。


 常に先手を取る必要がある為、初見の相手に仕掛けるのは難しい。だが、所詮はデカくなったアウディベア。ステンの戦い方を参考にして先読みするのだ。

 《AGO》のモンスターは決まった行動パターンを持っていなかった。

 本当に生きているのではと思う程に。

 だからこそ、技術の名に(アニマ)の名が冠せられた。

 魂を支配する。

 戦闘を愉しむワケにも行かない今世では、実践した事が無かったが……当時出来ていた事だ。

 だから、やれるハズ。

 そう思った矢先に、


 ――ミスった。

 

 爪が服に引っ掛かった。ピンで留められたように動きが止まる。服を掴んで引き裂く。自由になった。だが、致命的な隙。反射的に氣闘術を使って逃げ出そうとする。それを強引に止め――身体が硬直。更に墓穴を掘った。だが、殺せそうで殺せない。これを維持する必要があるのだ。前へ出る。ベアハッグが襲い来る。王の腕を蹴って上へ飛ぶ。が……逃げ切れなかった。


「ぐっ、あぁぁァァ!?」


 全身の骨が軋む。

 ベアハッグに捕まった。

 俺が自由に出来るのは右腕だけ。


「オオォーーーーーーーッ!」


 王の顔面を殴る。何も考えず殴る。


「グオオゥゥゥゥッ!?」


 力が緩んだ一瞬を逃さず、ベアハッグから逃げ出す。

 距離を取って乱れた呼吸を整える。


「…………ノーダメージはムシが良すぎたか」


 肋骨が何本か折れた。動くと激痛が走る。

 動きが鈍るのは避けられそうにない。

 だが、


「グルゥゥオオオオオオォォーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 プラマイゼロかな。


 王が天に向かって吼えていた。


 取るに足りないと思っていた羽虫から、反撃を受けて怒り心頭のご様子だ。ハッ。ナメてっからこうなる。顔を真っ赤にさせちゃってさァ。あ、最初からでしたね。

 でもな。

 ムカついてんのはお前だけだと思うな。

 痛かった。

 死ぬかと思った。

 チャンスを作り出すのに後何手かかるかも分からない。そんな先の見えない行為を続けるよりもまずはブン殴りたい。そんな衝動に衝き動かされそうになる。

 しかし、


「――――――――――――――――――――――っ」


 微かに聞こえるリスティの歌声。


 ……ああ、分かってる。

 リスティに諭されているようでシャクだけどな。

 果てが見えなくとも。

 決定機がその先にしかないなら続けるさ。

 なに、忍耐力には自信がある。

 十年間、アニマグラムをお預けされていたのだ。

 それと比べればたかだか数分自制するぐらい容易い。後でまとめてお見舞いしてやればいいのだ。何倍にも利子をつけて。


 だから、今はそう。

 怒りを殺せ。

 怒りは思考を鈍らせる。

 王のように。

 攻撃が大ぶりだ。

 研ぎ澄ませ。

 手で。

 目で。

 誘導しろ。

 そう。

 ダメージを負った事すら利用して。

 か弱い兎。

 爪がかかれば死ぬ。

 殺す。

 攻撃は大雑把。

 構いやしない。

 反撃は無い。

 当たれば死ぬ。

 もっと早く。

 

 誘導する為には相手をよく知る必要がある。何度も盤面を逆向きにし、王の身になって考えていたからか。自身があたかも王であるかのような錯覚を起こしていた。

 

 ――殺せる。

 

 そう、思った。

 俺が思った。

 だから王も思った。


 ――トドメ!


 ザクッ!

 王の放った爪が深々と抉った――木を。

 確かに王は俺の動きを見切っていた。だが、それは素の動きでしかない。当たる寸前、氣闘術で避けていた。

 アニマコントロールといっても完全に支配するのは不可能だ。そういった場合は自身でカバーする必要がある。とはいえ、カバーするのも限度がある。

 だが、頑なに氣闘術は使わなかった。

 何の為にわざわざアドバンテージを殺し続けた?

 そう。

 この瞬間のためっ!

 

「グオオオっ」


 木が倒れる。王の頭上に。

 

「おおおおおおおおおぉぉぉ!」


 跳躍――王の頭上に到達。


 ――殺った。


 確信した。王は気付いてない。直撃させられる。

 一流の棋士は棋譜を見ずとも一局を再現できるという。

 終局だと思ったせいだろう。これまでの局面が蘇って来た。

 王。危険な存在だった。次に戦えば確実に死ぬ。勝負は綱渡りだった。一手間違えれば即座に積みだ。飛車角抜きで名人戦に挑んだようなモノ。二度とやりたくない。

 王への怒りは既に消えていた。

 それよりももっと大事な事があった。


 氣闘術。


 アニマグラムを使えば氣闘術は使えなくなる。消え去るワケではないが、一秒を争う窮地で魔法名を唱える暇があるとは思えない。実質、失われると見ていい。

 お別れだ。

 今まで有難うな、氣闘術。

 慣れ親しんだ武器を手放そうというのに、気持ちは晴れ晴れとしたものだった。

 むしろ、興奮が勝っていた。

 なぜならば――


 さあ、魔法使いの誕生だ――


 ――歌が止んだ。


 ……………………………………………………………………リスティ?


「ガ、ガオオオオオオオァァァッァッ!」


 王と目が合った(・・・・・)


 ……しまっ。

 千載一遇のチャンスがっ。

 呆けてる場合かっ。

 大丈夫、間に合うっ!

 いや、間に合わせるッ!

 

「――――――墜火葬っ!」


 瞬間、闇が払われた。太陽の如き輝き。輝くのは俺の右拳。

 派手好きな俺だが光るようなロジックは組んでない。熱も無い事から練り上げられた氣なのだろう。しかし、ここまでの輝きは見たことも聞いた事も無い。

 途方も無い高効率で氣が練り上げられているのだ。

 唇の端が持ち上がる。

 ようやくアニマグラムが使えたのだ。

 《AGO》でも同じ事が出来ていたが、所詮はよく出来た仮想空間。死んだって復活するし、ログアウトすれば魔法なんて使えない現実が待っていた。

 この世界ではログアウトは無い。

 先程死にかけた。

 死んでたら復活は無かった。

 それはつまり生きてるってコトで。

 寝ても覚めてもここが現実。

 ありがとう、母様。俺を産んでくれて。

 すまん、ジェイド。遺伝子どっかいっちまった。

 転生させてくれたテラ。いつかお礼参りいくわ。

 だから……あー、もー、いいや。御託なんてどうだっていい。

 目の前に敵がいて。

 アニマグラムが発動してる。

 ならば、やる事は一つ。

 万感の思いを込めて――


 ――ぶっ放す!


 王と激突!


「グオオオオオオオオオオオオオォォオオゥ!?」


 王の悲鳴を聞きながら、俺は地面に墜落した。

 

「ぐっ、ぐあっ」


 受身も取れず転がる。

 

「…………う、ぐぅ」


 ……王はっ!? どうなった?

 手応えはあった。いや、無かったというべきか。やすやすと貫きすぎて、逆に空気を殴っているような感覚だった。王の堅固さを実感しているだけにバカげた威力が良く分る。正しく俺のアニマグラムだ。

 王が気に掛かるが……指一本動かせない。


 ……なんだ、コレ。

 実は墜火葬には欠陥があった。MPを使い果たしてしまうのだ。

 ロジックは弄っていないので、この欠陥も再現されているハズ。

 ああ、どうだろうな。ある意味では完成しているのかも。威力の凄まじさは神拳・零夜も脱帽していた。いい気になった俺は神拳にコードを提供したのだが……改善したという話はついに聞かなかった。MPを使い果たすからこそ出る威力なのかもしれない。


 ……と、なると……魔力切れか?

 でも、なんで? 身体が動かなく?

 あ。

 指が動く。

 ……徐々に……回復しているみたいだな。

 なるほど。デバッグなしの一発勝負だったからな。コードをミスったのかとも思ったが、魔力だけではなく体力も使い果たした……そう考えるほうがしっくりくる。

 どれだけ氣を練ったところで撫でただけではダメージは無い。

 全身のバネを使って放つから威力が出るのだ。

 魔力と体力を使い果たすアニマグラムという事か。

 ……なんて推測してはみたが……コレが正しいなら状況は厳しい。要するに極度の疲労で動けなくなっているのだ。疲労は時間経過でしか回復出来ない。

 戦闘可能になるまでに、一体どれだけの時間がかかるか……

 ステン、飴玉プリーズ……と思ったが、やっぱナシで。

 ……吐きそう。魔力切れ。話には聞いた事があったが……キツいな。

 まず魔力切れになる事は無いという。人間の肉体が全力を出せないのと同じで、リミッターがあるらしいのだ。

 そうか。リミッター無視か。アニマグラムはそこまで出来るのか。使い方を間違えると……恐ろしいな。

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 ……なんか、聞こえた。

 最悪だ。

 そう思った瞬間、俺は吹き飛んでいた。

 

「かはっ」


 王が先程倒した木は梢に引っかかっていた。ナナメになったその木に俺は衝突した。

 服がズタボロに裂けていた。外傷は無かった。爪の先に服が引っかかったのだろう。

 

「グルルルルルゥゥウ、オオオオオオオオオオゥゥウ!!!」


 王が怒り狂っていた。

 手当たり次第爪にかけている。俺を見失っているのだ。

 見えるハズないよな。顔の半分が吹き飛んでいるのだから。目も鼻も消し飛んでいる。

 ……マジかよ。なんで生きてんだよ。素直に死んどけ。

 

「くっ」


 絶不調の身体に鞭打って木をよじ登る。

 この位置はマズい。王の爪が届く。

 ……うぅ。気持ちワルい。でも、吐いたらバレる。


 ――リングが開いた。

 

 目を丸くする俺の前で次々にリングが展開していく。

 

 ――QUEST COMPLETE!!


 ……枝に足をかけ、よじ登って行く。なるべく太い枝を選ぶ。パキっと折れて王にコツンっていったら……考えたくもねぇな。葉がパラパラと落ちているが……頼む、気付いてくれるなよ。

 

 ――QUEST COMPLETE!!

 

 ……あっ、ぶねぇ。幹を掴み損ねて、バランスが崩れた。

 何故か。視界を塞いでくれてる画面のせいだ。まあね、全く見えなくなるワケではないんだよ。たださ、九年ぶりの再会が嬉しいみたいで? 画面が左右に揺れたり、光ってみたり。手を変え品を変え、「もー、構ってよー!」とやって来るのだ。

 うぅぅぜぇぇぇぇぇっ。半端無くうぜぇ!

 見て分かんねぇかな?

 ピンチなの。

 一秒が惜しいの。

 タップする時間すら。


 ――QUEST COMPLETE!!


 分かったから!

 安全地帯までいったら相手してやるから!

 だから、いい子にしてなさい。ね?

 

 ――画面が横にふるふる。


 ……目の、錯覚か。

 試しに問い掛けて見る。

 もしかして今すぐに構えつってる?


 ――今度は縦にふるふる。


 あーーーーーーーーーもーーーーーーーーーー。

 マジで! マジで何なの、リング! てめぇ、いつもそうやって大事な場面になるとテラに尻尾振ってくれやがって! 分かってんだろうな。俺がてめぇを使いこなした暁には作ってもらうぜ。神殺しのアニマグラムをな!

 

 すると文字列がシャッフル。同時に幾つかの文字が弾け、残ったのは――


 ――USOTTE!!


 ……うそて……?

 ああ、そうか。


 ――ウソって!!

 

 嘘じゃねぇよ!

 ボケんのやめろよな!

 ツッコんじゃうから!

 決めた! 今決めた! 絶対に組んでもらうからな! つか、リング。僕に犯罪の片棒担がせないでくださいよぉ、みたいに言ってんだ。おまっ、中身はクソ神だろうがよ!

 はー、もう、イライラする。

 久しぶりだな、クソ神よ!

 だ~か~ら~、返事するんじゃねぇよっ、リング!

 

 チッ。

 はいはい、押しますよ。

 お前が急かさなくてもな、クエスト確認するつもりだったんだよ。必要になるからな。


 ん? 画面の揺れが止まった。ははあ、思考読んでるのか?

 一人暮らしの人間が得てしまうという「画面と会話出来る」スキルを発揮して、クソ神の代理人たる画面と会話した結果分かった事がある。クソ神は俺の心が読める。しかし、思考を読み取るのは意識をしなければならず、普段は表層だけ読んでいるらしい。


 物言わぬ画面からクソ神の驚愕が伝わってくる。


 ハッ。驚いたか? え? 縦揺れの後に……横揺れ? どっちだよ! クイズやってる場合じゃねぇんだよ。驚いたのは驚いたんだよな? ああ、凄く驚いたってコトか? あ、惜しい? もっと? 凄く? 凄く凄く凄く凄く……ああっ、うッぜぇなッ! 神様を驚かせる事が出来て俺も嬉しいですよッ!


 ――やはりキミは僕の想像を超えてくれる。


 そんな声が聞こえた気がした。

 

「グルルルアァァl!!!」

 

 王が断末魔の声を……となれば良かったが違う。歓喜の声だ。自分を傷つけた相手を見つけたのだから。


「………………………………は」

 

 思わず手のモノを取り落とした。それは王の足元に転がった。

 

 王が俺を睨んでいた。

 両目が復活していたのだ。

 ……おいおいおい、どうなってんだよ。致命傷じゃなかったのかよ。

 王がくたばるのが先か。俺が見つかるのが先か。そういう勝負だと思っていたが……

 気色の悪い光景だった。肉が盛り上がったかと思うと王の顔面が修復されていく。

 コイツ、回復速度が異常だ。もしかして加護持ちか?

 ただでさえバカみたいに硬いのに、一撃で息の根を止める必要があるとかって。

 全力を振り絞った直後である。

 逆転の目は無い。

 無かった。

 つい先程までは。


 王が俺の真下に来る。


 ――パキっ。


 何かが割れた音がした。

 俺の落し物を王が踏んだらしい。


 瓶だった。

 中身は空だ。

 勿論、俺はこの戦いに瓶なんて持ちこんでいない。


 では、どこから現れたのかといえば、

 

+――――――――――――――――――――――――――+

【クエスト】

《名称》魔法を作って使って見よう。

《報酬》最下級MP回復薬

+――――――――――――――――――――――――――+


 クエストの報酬である。

 チュートリアルのクエストの報酬だ。大したものでもない。ゴブリン狩ってれば買える代物。ただ、今この瞬間は金にも勝る。

 さすがは神様の作った青ポット。普通は連続して回復薬を飲むと、効果が著しく落ちると聞くが、魔力が完全回復したのを感じ取っていた。


 王が近寄って来てくれてよかった。木から身を投げるだけでいい。

 歯をむき出しにして笑う。

 さあ、悪夢の終幕だ。

 

「――――墜火葬っ!!!」

「グオオオオゥ!」


 恐怖を感じたか。王は両手を顔の前へ。でもね、意味無いよ。


「グゥゥゥ、オオオゥゥォォーーーーーーーーーーーー!」


 光り輝く手刀は易々と王の両腕を引き裂く。

 あたかも伝説の剣が振るわれたかのように。

 しかし、それを振るった俺は――

 

「げふっ」


 ――潰れたカエル見たいな格好で墜落。

 ……くそっ、地味に痛てぇよ。氣を使い果たしてるから、氣闘術で防御も出来ない。ぶっ放す度にジャングルジムから放り投げられているようなものだ。いつか改良してやる。


 目線を上げる。足しか見えない。

 ……どっちだ。

 倒したのか。

 倒してないのか。

 僅かな時間だっただろう。だが、数分にも感じられた。

 やがて、俺に流れてくるものがあった。

 黒い靄――魔素だ。

 かなり濃い魔素だった。

 

「…………っ!」


 拳を突き上げ――ようとして、気持ち悪くなった。

 ……しまらねぇな、マジで。


 ――ズドっ。


 王が倒れた。


「…………ふぅぅぅ」


 知らず息を止めていたらしい。

 魔素が流れて来たのだ。倒したと思ってはいたが。

 見て確認できるとまた違う。

 王は死んだ。

 間違いない。


 王は真っ二つになっていた。

 

「…………うぇ」


 達成感を得るよりも早くリングが開いた。

 ……もう勘弁してくれ。

 そう願う俺の眼前でリングは展開していく。

 

+――――――――――――――――――――――――――+

【加護】

《名称》テラの愛し子

《名称》中級自然治癒力向上

+――――――――――――――――――――――――――+


 ……お、おやぁ。

 クソ神を罵倒する準備してたってのに……まさか、まさかの……吉報だと!?

 お、おおおおおおおおおお!

 う、おおおおおおおおおお!

 増えてる! 加護増えてる!

 これは素直に嬉しい。

 ゆ、夢じゃない、よな。

 目を閉じて……開く。

 ……よかった。ある。見間違いじゃない。


 自然治癒力向上。

 読んで字の如く自然治癒が早くなる加護だ。

 この加護を持っている冒険者は多い。ま、下級だけどな。

 中級は珍しかったハズ。下級でさえ中々の効果だ。戦闘中に出血が止まるのである。出血は体力を失わせるからな。忙しいさなかに出血を塞ぐ必要が無いというのは大きい。中級ともなれば如何ほどか。効果を検証してみたいが……止めとこう。マゾじゃないんで。ま、この擦り傷だらけの身体がどの程度癒えるかか。


 王もこの加護を持っていたんだろう。中級か上級かは知らないが。まー、あの不死身っぷりじゃあ、中級ってことは無いか。

 加護には取得条件がある。

 チネルの町民がナナと同じ加護を得られた時点で確信した。

 と、なると……今回の取得条件は……

 王から奪ったのか? 全力を尽くして魔物を倒す?


「…………お」


 さっそく加護の恩恵を感じられた。

 身体を起こす事が出来たのだ。

 明らかに先程と比べて体力の回復が早い――


「………………う、ぇぇ」


 吐き気。

 眩暈も。

 起こした身体をさっそくダウン。

 ……魔力切れか。

 しかも、立て続けに魔力を使い果たしたせいか、先程よりも症状が重かった。


 ……一難去ってまた一難……か。

 運を天に任せないといけないみたいだ。

 アウディベアが暴れたおかげで、周辺から魔物は一掃されている。だから、危険なのはアウディベアだけ。王が倒れた事でお供が逃げ出すなら良し。復讐に燃えるというのなら――終わりだな。


 藪を駆ける音が聞こえて来た。

 思わず逃げ出そうとする。まるで身体は動かないが。

 終わりだな――なんて達観した風を装って見たが、全然諦められてなかったようだ。

 藪が開く。

 そこから出て来たのは――

 

「クロスっ!」


 リスティだった。駆け寄って来る。

 ホッとしたのも束の間、リスティは真っ青な顔で俺を揺する。


「ちょっと! はぁハァ……しっかり! はぁっ。しっかりしなさいよ! クロスっ!」

「…………………………………………吐く」

「クロスっ……よかった……ハァ。フゥゥ……生きて……はっ、はあ? 吐く?」


 悪鬼の形相でまた揺すりだそうとするリスティに、言葉少なに魔力切れで気分が悪い事を伝える。

 

「バカっ。もー、バカっ。アンタってホントに……バカねっ!」


 プンスカ怒られた。

 王の死体と一緒に俺が倒れていたのだ。最悪の状況を想像したのだろう。

 ……すまん。

 心の中で謝っておく。

 口には出せない。恥ずかしくて。つか、口を開いたら別のものが……おっと、失礼。想像したくもないよな。俺もそうだし。うっかり想像すると……おえぇ、ってなる。

 ああ、でも、聞かないとな。


 リスティの息が整ったのを見計らい訊ねる。


「…………アウディベア……は?」

「そろそろ来るんじゃない」


 ………………は、はぃ?

 嘘だろ?

 そんな思いを込めてリスティを見るが、残念ながら訂正される事は無かった。

 

「なんかピカってなったから来たのよ」

 

 ああ、なるほど。王がいた場所から離れているのによく見つけられたと思ったのだ。一回目のピカっで走り出し、二回目のピカっで方角を察知したのだ。

 当然、アウディベアを撒く余裕なんて無かっただろう。


「ね、動ける?」

「………………ムリ」

「実はあたしも。疲れちゃったわ。歌いながら走るの」


 ……よくよく見ればリスティの顔色が悪い。体力も限界だろうしとも思ったが、どうやら様子が違う。もしかすると……魔力切れか。歌が魔法ならあり得る。

 でも、リミッターが……ああ、いや。

 そこまで無理をしてくれたって……コトだよな。


「おあっ」

 

 なっ、なんだっ!?

 リスティが俺に覆いかぶさって来た。抱き合う格好だ。

 

「王、倒せたんだ。やるじゃない」

「…………」


 褒められるのは好きだ。でも、これ程嬉しくない褒め言葉は初めてだった。

 だっておかしいだろ、その言い草は。まだ、終わってないんだぜ。

 リスティを睨む。

 するとリスティはバツが悪そうに苦笑した。


「まっ、あたしが認めたんだから。これぐらいやってくれないとね」


 ……チッ。バカがっ。

 コイツ、一緒に死ぬ気だ。

 嬉しくねぇよ、そんなの。


「……………………逃げろ」


 リスティも魔力切れだったとしても俺よりも軽度だ。逃げに徹すれば或いは。

 返答は、


「いっ、つぅ」


 頭突き。

 

「二度目」

「…………あン時とは違う」

「同じよ」


 返す言葉は無かった。

 説得するのは無理だと分かったからだ。

 リスティの身体は震えていた。隠そうともしなかった。ここにいるのは冒険者のリスティではない。ただ一人の少女として、死の恐怖に震えているのだ。

 それでもこの場を離れようとしない。


 胸の奥が熱くなった。

 死ねない。

 リスティを死なせるわけにはいかない。

 考えろ。

 逆転の目を。

 もうすぐアウディベアがやって来る。

 それまでに。


 しかし、現実は残酷だ。

 アウディベアの群れが現れた。


 ……何も思いつかなかった。

 当たり前だ。

 策は手札があって初めて成り立つ。

 手札はすべて切ってしまったのだ。


 最後の望みは王の死体を見て退散してくれる事――


「グオオオオオォ!」

「グルウオオォォォ!」

「グゥゥゥゥウォオッ!」


 ――だったが、そうは甘くなかったようだ。

 むしろ「おお、王よ。変わり果てたお姿に。仇を貴方の墓前に捧げます」と戦意が高まったようだ。


「………………リスティ。悪かった」


 ぎゅっと抱きしめられた。い、痛い。


「バカにしないで」

「……俺が巻き込んだから――」

「それがっ! バカにしてるっていってんのよ……」

「…………」


 リスティの静かな怒りに触れ、俺の頭も冷えた。

 …………ああ、ホント、俺はバカだ。間抜けだ。怒られて当然だ。だせぇな、俺は。謝って何になる? 俺の気が楽になるだけ。リスティの覚悟を侮辱してまでやる事じゃねぇ。


 我先にとアウディベアが駆け寄って来る。


 嫌だ。

 こんな冴えない終わりは認められない。

 リスティに謝っていない。

 アニマグラムが使えるようになった。

 魔法学校にも通ってみたい。

 冒険者として世界を巡ってみたい。

 これからだ。

 全てこれからなのにっ。


 その瞬間だった。


 ――ボンっ!


 破裂音が響いた。

 頭部を失ったアウディベアが、何歩かそのまま進み――崩れ落ちた。投石だ。アウディベアの頭部と一緒に石が砕け散っていた。

 王の仇が眼前にいる。

 だというのにアウディベアは一斉に振り返った。

 王を失いアウディベアに野生が戻った。だからこそ、本能の警鐘を無視する事が出来なかった。


「そいつに触れんな」


 ブラスだった。

 見た事の無い険しい顔で大剣を構えていた。

 

「クロス、生きてるか。嬢ちゃんも」


 ……不覚にも涙ぐみそうになった。

 ありがとう。助かった。

 そう言おうとしたのに、口から飛び出して来たのは、


「………………お前、これぐらいで……今までのツケ……払えたと……思うな」

「…………お、おお。はっ、はははっ! クロスゥ。お前ってやつはよ。ぶれねーな」


 呵々大笑するとブラスから険しさが消えた。


「……男相手に……デレて……たまるか」

「あん? まーいい。そこで寝てろ、色男」

「…………コレ……そういうのと……違うから」


 ブラスによる蹂躙が始まった。見るまでもない。つか、見たくない。ブラス気合入ってるっぽいし、そんなのを間近で見せられたら自信を喪失してしまう。

 程々に酒代稼いでくれればいよ。程々にね。

 戦果上げ過ぎて王討伐が前座みたいに思われても困るから。

 

「リスティ」

「…………なに」


 ……怒ってる。めっちゃ怒ってる。

 女の子と抱き合って……夢のようなシチュエーションなのに、ナイフを突き付けられているような感覚が拭えない。あっ。返答しくじったらホントにありえる……のか。

 ……リスティだもんな。斧ブン回してた子ですよ。

 でもな、何も言わないワケにも。

 謝っても聞き入れてはくれないだろうな。リスティが聞きたいのも謝罪ではないだろう。

 普段だったら口先でなんとかしようとか思ったかもしれない。

 しかし、もう疲れ果てた。

 素直に気持ちを口にすることしかできない。

 誓おう。


「俺は……俺がやりたいようにやる」

「…………そっ。好きにすれば」


 突き放した物言い。でも、ピリピリした雰囲気が消えた。

 素直じゃないな。

 俺も。

 リスティも。

 

 温かい。

 リスティの体温だ。

 生きてる。

 生き残った。

 いつしかすやすやと寝息が聞こえて来た。

 まだ、ブラス無双続いてんだけどな……

 ……ホント、豪胆だな。真似出来ねぇ。


 リスティが退いてくれないので、空を見上げることしかできない。

 あの日と同じ満天の星空。

 リスティが傍にいるのも同じ。

 だが、あの時あった距離が今は無い。

 思えば遠くへ来たものだ。

 また、同じ感慨を抱く。

 だが、根幹にある思いが違う。

 遠く離れた場所を想うのではなく。

 長い旅路を経てようやく辿りついた――そんな想いがあった。


 こうして、ユーフを騒乱の渦に巻き込んだ大事件は幕を下ろした。

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