第2話 ANIMAGRAM
《ANIMAGRAM ONLINE》
キミの魔法はキミが作る――という謳い文句のVRMMO。通称《AGO》。オーソドックスな剣と魔法の世界で、時に人を助け、時に魔物を倒し、冒険をする。
VR技術が開発されたことにより、VRMMOは雨後の筍の如くタイトルが乱立した。元々、MMOとしてリリースされていたタイトルを、VR対応にしたものが大半だった中《AGO》は完全新規としてリリースされた。
《AGO》は独特な魔法システムにより、他のVRMMOと一線を画していた。
それがキャッチフレーズにもある、キミの魔法はキミが作る――という言葉だ。
実はコレ、そのまんま、である。
魔法は自分で作るものなのだ。
《AGO》の魔法はアニマグラムと言う。ラテン語で魂を意味するアニマと、ギリシャ語で書かれたものを意味するグラムを組み合わせた造語だ。プログラムが「予め書かれたもの」という意味なら、アニマグラムは「魂に刻まれたもの」というニュアンスか。
そう、魔法の正体はプログラムなのだ。
極端な話をすればLV1だろうが、最強のアニマグラムを組むことが出来る。MPの関係で発動できるかは別として。C言語に近い構文であり、プログラムを齧っている人間であれば、初歩のアニマグラムを一から組む事も出来た。ハローワールドを表示する感覚で火矢を出せるのだ。世のプログラマーは狂喜して新しいアニマグラムを日夜作り上げていった。
と、こういうとじゃあ、初心者には荷が重いんじゃ? と思うかもしれない。
だが、それは大間違いだ。
アニマグラムは魔法屋で購入が可能なのだ。
ちなみにウェブサイトでプログラムが公開されていることもあったが、チートツールを使わないとコピペは出来ず、手打ちしなければならない為、簡単なものが大半だった。
さて、魔法屋ではNPCが売っているラインナップに加え、プレイヤーが自作したアニマグラムの委託があった。で、この委託が問題を引き起こした。価値を考えれば捨て値としか思えない金額でアニマグラムが販売され、初心者でも簡単に購入することが出来たからだ。理由? 簡単だ。プログラマーって人種は、「すげぇ」って言われるのが大好きだからだ。
単純だと思うだろう。
だが、大事なのだ!
すげぇって言ってくれる事。プライスレス!
最強アニマグラムが回復薬よりも安いのはどうかと、値段改正を求める声が上がった事があるが、断固としてプログラマーが認めなかった――という、逸話もある。
まあ、俺のことだが。
豚もおだてりゃ木に登る。
最盛期の俺は日々、ぶーぶー言ってたものだ。
趣味程度だったプログラムの知識が、「仕事ですか?」と言われるレベルに昇華したのもこの時期だ。高校の授業そっちのけで、アニマグラムの開発に勤しんだものだ。
……テストじゃあ、散々だったが。
お陰で価格の下落は留まる事を知らず。
ゴブリンを狩ってりゃ、最強のアニマグラムが揃っちゃうっていうのは、幾らなんでもゲームバランス崩壊じゃね、と運営も思ったのだろう。一部のアニマグラムは運営が審査して、値段が定められることとなった。
金なんていらないから、褒め言葉をくれ!
と最初こそ思っていたのだが。とあるプレイヤーに言われて気づいたんだが。欲しい物が簡単に手に入ってしまう状況は、いささか俺にも都合が悪い。ゲームの寿命を削るに等しいからだ。
遅まきながら活躍の舞台を自分達で破壊しようとしていたことに気づいた廃プレイヤーならぬ廃プログラマー達は、適切な金額で委託するようになったのである。
めでたし、めでたし。
***
「ふ、ふん、ゴブリン程度じゃ試金石にもならないか」
新しく開発したアニマグラムを試すべく平原に来ていた。
試したのはフェニックス(仮)という。火の鳥が飛んでいくと言うまんまなものだが、玄人に見せたら驚愕間違いなしのアニマグラムであった。
何故なら実体のない炎は形を整えるのが非常に難しい。整えることが可能だとしても、維持することは不可能ではないだろうか。そこで発想の逆転。実体が無いなら、実体を与えてやればいいじゃない、と。
やり方は簡単だ。
① 鳥を飛ばす。
② 鳥に炎を纏わせる。
フェニックス(仮)の完成だ。
一見、誰でもできるように思えるかもしれないが、無駄に――本当に無駄に高度なプログラムで組まれている。《AGO》ではフレンドリーファイアが有りだからだ。
アニマグラム初心者が同じことをやったならこうなる。
① 鳥を飛ばす。
② 鳥に炎を纏わせ――ようとして、焼き鳥が出来あがる。
③ 焼き鳥を食べる。HPが回復する。うまうま。
そう、分かっただろうか。③は冗談だ――ではなくて。
俺のフェニックス(仮)はその名に恥じず、物凄い耐火能力を得た鳥なのである。消費MPの九割が耐火の為だと言う本末転倒ぶりだが――微塵も後悔は無い。
だって、カッコいい。
……だろ?
いやね、分かってるよ。実用的じゃあないって。
……でもな、これは無い。
俺の眼前に見るも無残な光景が広がっていた。
フェニックス(仮)が首を地面に突き刺したまま、翼をバタバタさせていたのだ。しかも、炎が消えているのでフェニックス(笑)になってしまっていた。
……どっかしくじってんな。なんで消えてないんだ?
しかし、ネタ魔法としてフェニックス(笑)で委託したら、結構売れそうでイヤだな。
ネタ魔法もニーズがある。
希望された文字を夜空に打ち上げる事が可能な、通称花火職人というプレイヤーは、リアルマネートレードで食っていると言えば分かって貰えるだろうか。日本で生きていたらまず行けないような秘境で、恋人と見る花火はオツなものだろう。そりゃあ、財布の紐も緩もうってもんさ。花火職人はもう愛とかラブとか見たくないって嘆いていたっけ。
ジュテーム。
いってみたいもんだぜ。
指を鳴らし、リングを出す。
リングを出現させる方法は幾つか用意されている。指を鳴らす、リングと声に出す、指で輪を描く。デフォルトは輪を描くもので、主流もこのタイプだ。
だが、俺は指を鳴らす。
格好いいからだ。
例え音感知のモンスターを呼び寄せるとしても!
アニマグラムのアイコンをタップ。幾つか表示されたフォルダの中から「開発中」を展開し、フェニックス(仮)の編集画面を出す。問題箇所を洗い出そうとして――
じたじた! ばたばた!
更に十センチはめり込んだフェニックス(笑)が目に入る。
……ふむ。
バーチャルキーボードの上で指が踊った。
なに、ちょっと一文字書き変えただけさ。あ、フェニックス(笑)が消えた。まさか、名前が気に食わなかったから――ではないだろうが、気に入ることもないだろうな。
さらば、フェニックス(笑)。
お前は完璧な仕事をした。当初の意図とは違ったが。
改めてフェニックス(仮)――改め(笑)のコードに目を通す。
コードとはプログラムを形作る文字列の事だ。
検証してみなければ確実なことは言えないが、モンスターへの衝突を切っ掛けに炎も鳥も消えるようコーディングしていたのが問題だったのだろう。
ゴブリンは最弱のモンスターだ。HPも低い。
だからフェニックス(仮)が纏う炎で倒されてしまい、炎が消えた鳥が残されたのだろう。更にモンスターに当てること前提だったから、地面に突っ込んでも鳥は消えなかった。
案外、強いモンスター相手なら、想定した動作をしたのではないだろうか。フェニックス(仮)のダメージは鳥がメインの予定だったのだから。要は炎ダメージでモンスターが倒されなきゃいいのだ。とはいえ、プレイヤーのレベルによって炎ダメージは変わって来るだろうから、根本的な解決にはなっちゃいないが。
あー、良かったわ。誰も居ない場所で。
もし見られてたらログアウトを連打してたね。
勘違いするといけないので補足しておくと。
アニマグラムが意図しない動作をするのは想定内である。実際のプログラムもそうだが、コーディングよりもデバッグ作業のほうが時間がかかるものだ。じゃあ、何が恥ずかしかったかっつーと、大真面目に作っていた魔法がネタ魔法になってしまったからだ。
小学校の頃、ジイちゃんに「見て見て、先生に褒められたんだー」と絵を見せたら、「おやまあ、熊かい。うまいもんだねえ」と言われ、「……パンダなんだよ」と言えなかった時の心境というか。
いつの間にかじゃれ付いて来ていたゴブリンを蹴りで倒しておく。高レベルのアバターはアニマグラムを使わずとも十分に強い。
当然、俺はカンストしている。
レベルキャップ解放はまだだろうか。
などと考えていたら左手の刻印が赤く輝いた。メールの着信を示す色だ。
恐らく値下げ交渉のメールだろう。
運営の手によってアニマグラムの値段が改正されたといっても、それは委託に限った話だ。直接交渉して購入する分には規制は無い。だから、安く売ってくれませんか、というメールが良く届く。だが、とあるプレイヤーから余り値段交渉には応じないほうがいいとアドバイスされた事もあり、心の琴線に触れない限りは断りのテンプレメールを返すことになるだろう。
名前が売れるってのも辛いぜ。
と、ワリとマジでへこみつつ、リングを呼び出しメールを開く。
「……あれ」
思わず声を出してしまう。
意外な送信者だったからだ。
値下げ交渉ではなかったらしい。
ゲーム寿命が縮まるから、値段交渉には応じないほうがいいとアドバイスしてくれたプレイヤーだった。いや、プレイヤーっつっていいのかな。なんつーか、自由気ままにやってるが、GM並の権限を持ってるっぽいし。本人はGMだと公言したワケではないが……
捨て値でアニマグラムを売ると、ゲーム寿命がこんだけ縮まりますよー、とアドバイスしてくれた際、色々なグラフを見せて説明してくれたのだが、どれもプレイヤーが手に入れられるような代物ものではなかった。プレイヤーの資産をグラフにしたものとかね。
グラフでは貧富の差は少なかった。これがリアルなら「いいことじゃん!」で済むのだが、ゲームにおいては致命傷だ。金に価値がないゲームってねぇ。カンストしたらホントやることないってことだろう? で、誰が悪いのかっていうと、俺だよという。
だから感謝してる。
何度かパーティーを組んだこともある。
でもね……いい人だろうと、合う合わないは有るワケで……
まあ、なんかいけ好かない野郎って話なんだが。
何の用だろう?
メールを開く。
テラからのメールを。
直接会いませんか、という内容だった。
五分悩み、返信する。
いけ好かない野郎ではあるが、テラも廃プログラマーだ。得るものは有るだろう。だから、会おう、と返しておいた。
《AGO》をやっている友人は多いが、残念なことにプログラマーはいない。魔法を使って冒険が楽しめりゃいいやっていう人間ばかり。
アニマグラムの事ばかり語ってきたが、純粋なゲームとしても《AGO》は面白い。運営はコアなプレイヤーだけを取りこんでも、長続きしないと分かっていたのだろう。自作する魔法に惹かれて始め、すぐに「げげぇ、案外面倒臭いもんだな」と、自作は諦めるものの、ゲームとして面白いからついつい続けちゃう。コレが一般的なプレイヤーの流れ。だから、友人のプレイスタイルを否定するつもりはない。
だが、プログラムの話題で盛り上がって見たい、と思っていたのも確かだ。
VRMMOではネカマはNGだ。だが、アバターを裸にムケるワケでも無し。性別を判断するのは顔や声だ。それにしたって男っぽい顔や、女っぽい声もあるワケで。
テラの事を野郎と呼んでいたが、本当の性別は分からない、のだ。
だから、俺は。
――やべぇ、オフで会うなんて初めてだよ。すげぇ美人が来たらどうしよう。
なんて、呑気な事を思っていた。