第9話 討伐
冒険者の朝は早い。
日が沈むまでに帰って来るためだ。
冒険者といいながら冒険しないんですね、といったらそれがいい冒険者の条件だと言われた事がある。とある酒場で知り合った冒険者の言である。
ブラス用の酒をゲットしようとしたら、俺がゲットされた格好だった。
一人で飲むのも寂しいから付き合えとの事。メシも飲み物もオゴって貰えた。俺は遠慮なく食って飲んだ。冒険者は半泣きになっていた。はは、好きなのを頼め、といったのが命取りだったな。値段も分かるまいとタカをくくったに違いない。
俺は警戒心が強い。
なのに、なぜこうも遠慮が無かったのか。
簡単である。
冒険者の魂胆がミエミエだったからだ。
酒場の看板娘。
彼女にイイところを見せようと必死だったのだ。
見ているこっちがヤキモキするほど、冒険者は看板娘に話しかけられない。オーダーの時に一言添える程度である。好きな子とすれ違う時だけ声が大きくなる中学生かよ。
いい冒険者ほど冒険しない。
至言である。
でも、日常にまでそれを持ち込むのは止めような。
ってことで、「このオジチャンがオネエチャンのことダイスキなんだって!」と暴露しておいた。そしたらやんややんやの大盛り上がり。好きだよな、冒険者、こういうの。
看板娘は顔を真っ赤にしていたが、満更ではなさそうだった。
え、ああ。何の話だって?
冒険者は冒険してナンボでしょって話ですが。
何か?
トルウェンが家から出てきた。
眠そうな目だ。あ、いつもか。
俺は眠い。
昨日は少し興奮しすぎて、眠れなかったのである。モンスターの攻略方法を検討し過ぎて、翌日の学校で居眠りしたのはいい思い出である。
今日もそうだ。
シュミレーションはバッチリ。
トルウェンが足を止めた。お、気づいたらしい。彼の足元には巨大な葉っぱ。
本当は紙が良かったのだが、ジョークで使うには値が張る。
トルウェンは暫く葉っぱを見ていた。長い。そんな難しい事書いたか? あ、あれ。もしかしてアイツ文字読めないの? 魔法使いはみんな読めるって聞いたけど。
葉っぱがくしゃくしゃに丸められてポイされた。
お。イラっとしている?
よしよし、読めたか。
葉っぱにはこう書いてある。
「ごめんなさいって三回言うまで許さない!」
え、子供のイタズラみたいだって?
言うな。
だって「殺す」とか書いたら怖いだろ?
さて、粘着の開始だ。
男に粘着って……って思わないでもないが、怒りの前には些細な問題だ。
百歩譲って雷をビリビリってやられたのはまー、いい。油断してた俺が悪い。本当は悪くないけど……いつか油断から死を招きそうなのでいい戒めだったと思おう。
イラっと来るのは俺をビリっとさせた理由である。
なに? 俺がリスティよりも強いのが気に食わないって。お前、絶対リスティの事が好きだろ。しかも、キミ、二十歳とかそんぐらいだよね。リスティは十四歳ですよ。
ロリコンですね。
では、何か。
俺は逆上したロリコンにやられたと?
はー。もー。俺の立場なくない?
この苛立ちをトルウェンに返してやらにゃー俺の気が……うん? 俺、署名忘れて……う、うん。忘れてるね……アイツ、俺からだって気付かないんじゃあ……
……ま、いっか。
謎の脅迫者。
それもオツだろう。
おや、いい匂いが?
ここは……巨乳(嘘ではない)のおかみさんがいる宿屋。そうか。朝メシの時間か。出かけに少し腹に入れたが……育ち盛りだもんな。カネ出せば食わせて貰えるだろう。居候だからカネ使わないし。
腹が減ってはなんとやら。
ううむ、ここで朝食を取るのは合理的な行為。
行き当たりばったりではない。
臨機応変と呼ぶのだ。
***
ウルフなんたらは北の森にいた。
あれ、なんたらウルフだったか? う~ん、思い出せない。俺の記憶力の問題ではない。丁度、その話をしているあたりで、ビリビリっとやられたので、脳細胞が死滅してしまったのだろう。そうか、脳細胞の仇でもあるのか。罪が増えていくな。
ウルフエッジ(思い出した。が、罪は消えない)はアウディベアの討伐クエストを受けていた。冒険者ギルドで「ナナさんが気にしていて」といったら一発だった。冒険者というのは話を盛るか、なかった事にするかなので、家族からの問い合わせは多いらしい。
「やー、今日は沢山薬草取れた。はい、いつもよりも多い額だよ」
「なに言ってるんだい。エントウルフを討伐したって聞いたよ。もっと出しな!」
なんて将来があったかも知れない。
先に知れて良かった。
あ、朝食は美味しかったです。
アウディベア。
Cランクの魔物である。魔物のランクはそのまま討伐パーティーの推奨ランクを示しており、ウルフエッジの選択は無難なものである。とはいえ、ユーフ付近にCランク以上の魔物なんて滅多に出ないらしいので、上限のクエストを受けただけともいえる。
非常に獰猛で縄張りを荒らすものに容赦がない。しかも、縄張りは拡大する為、討伐クエストが発行される。
「足跡が続いてるのはコッチだな」
ステンは足跡から茂みの向こうを指差す。
「ふぅん」
リスティは無造作に茂みを越える。
あらかじめマップで魔物がいない事を確認していなかったら、声を上げていたかも知れない。度胸があるってレベルじゃねえぞ。ステンも動揺した様子はなかった。
アレもまた嗅覚か。
三人は俺の尾行に気付いていない。
俺は気配を消すのが上手い。自慢できる数少ない特技である。「ああ、この世界は俺を受け入れてはくれないんだ。ああ、ならばいっそ俺がこの世界から消えてやる」的な気持ちを全開にすると、ブラスでも驚愕するほど気配が希薄になるのである。
珍しい技術ではないそうだが、俺ほど巧みに扱うのは知らないという。
妙な話だ。
だって、みんな思ってる事だろ?
反面、自分が特別だと思いたい。この技術を《隠形》と名付けた。固有スキルだといいな、うん。
「リスティ待った。薬草がある。いただいていこう」
「ギルドに収めるの?」
「まさか。マリアさんには世話になってる。勿論、姫様にお渡ししますとも」
「す、ステン。ぼ、僕もそう思ってたんだから。言おうとしてた事取るなよ」
「そっ。ありがと」
リスティは微笑むと、ステンから斧を受け取る。
採集をしている間、警戒に当たるのだろう。というか、斧はリスティのものだと思うが。
氣を温存しているのだろう。純粋な腕力ではステンが一番だろうから。
リスティは剣も使える。斧を持ってきているのは、アウディベアが相手だからだろう。
毛は針のようで、筋肉は金属のよう。それがアウディベアなのだ。
真正面から戦う事を考えると、火力の高い武器が選択されるのだ。
「リスティ……悪いンだが……」
アウディベアの追跡を再開から、十分経ったところでステンが言った。
「……ぜぇっ……ぜぇっ」
トルウェンが肩で息をしていた。
「休憩しましょ」
リスティは怒るでもなく淡々と決めた。
正直、短気なイメージがあるので意外である。つか、本当にリーダーだったんだな。
「……ごめん、リスティ。僕、足手まといだね」
「そうね」
「……うぐっ」
何を当たり前のことを、と言わんばかりのリスティ。
おい、止めてやれよ。女の涙は武器だって言う。でも、男は言わない。なんでか分かるか。涙を流さないからだよ。男は黙って心の中で涙を流すんだ。
「トルウェン。役割ってのがある」
「火力だって言いたいんだろ。でも、その火力だってさ。最近のリスティならっ」
「……どうしたんだ、トルウェン。らしくないぜ」
トルウェンは俯いてしまう。
へこませたリスティは気にした様子もない。
俺はトルウェンの背後に回ると、文字を書いた葉っぱを投げる。
「ん?」
トルウェンはいぶかしむが、やがて嬉しそうに読み出した。リスティからだと思ったのだろう。
……恋は盲目とは言いますが……リスティが気を回すわけないでしょうに……
「はひっ、いっ、一回目ぇ?」
「あはっ。ヘンな声ぇ。どしたの」
「な、なな、ななっ、なんでもない」
……シャクだが……実にシャクだが……どもるトルウェンの気持ちが分かった。
リスティの笑顔はとても魅力的だった。
……なんであの笑顔を俺には向けてくれないかな。あ、俺のせいか。
俺が葉っぱに書いたのは、「一回目! 後二回!」である。
悩んでる、悩んでる。
葉っぱの手紙は二度目だ。
トルウェンは確実に二件を繋げて考える。
しかし、答えは出ないだろう。
ごめんなさいなんて、言った覚えはないだろうから。
まあ、ノリというか。
ビックリするかなって思って。
リスティへの謝罪を一回としてカウントしたのである。
「いきましょ」
行進が再開された。
俺はつかず離れずの距離を保つ。
なんだかなあ、と思いながら。
だってさ、俺が手ぇ出すまでもないんだ。
トルウェンは足手まといだね、っていいながら、違うよって言ってくれるのを期待してたのだろう。それが裏切られたからって……フォローしてくれたステンにまで噛み付く始末である。チラチラとステンを見ているのは……謝ろうとしているんだろうな。
……哀れすぎるだろ。
***
「止まって!」
リスティの号令で行進が止まる。
「イルトレントよ」
イルトレント。
枯れ木に擬態したDランクの魔物である。いや、枯木が魔物になったのか? 油断して近付いてきた獲物を、枝で絡め取って圧死させるのだ。えっ、大地から栄養が取れない? なら、別なところから取ればいいじゃない、てな具合だ。やだもう、木ですら雑食ですか。絡め取られると厄介だが、動きは非常に鈍い。索敵に成功したらタダの枯木だ。
魔物の生態は謎に包まれている。
魔素が溜まると出てくるとか。迷宮が生み出しているとか。神々の悪意の産物とか。
色々な説があるらしいが、証明できた人はいない。
「…………アレか。よく分かるモンだ。言われるまで気付かなかったぜ」
「………………本当だよ。流石はリスティだ、うん」
おい、トルウェン。見栄張るな。お前、見つけてないだろ。
「んー。どうしよっか。アレ、動きがキモいから嫌いなのよね」
くそっ。俺があそこにいたら「貴女の持っている武器は何ですか?」と言ってやったのに。斧はな。木を切るものだ。決して人の頭を柘榴にする為にあるワケではない。
「無視するのも手だが」
ステンが提案する。
「素材になんないの?」
「杖の素材になる」
「じゃあ、やる?」
「アイツの核がある場所分かるか?」
「んー。殴って見れば分かるかも?」
「そうか……なら、微妙だな。俺の予想だがな、リスティ。核を見つける前に、大量の薪が出来あがる。杖として使うなら長さが必要だからな。多分、売れん」
トルウェンそっちのけで会話が進む。
魔法使いは知恵でもパーティーを助けるようなイメージがあったが……こういうモノなのだろうか? はじめてクエストに出てる魔法使いを見たから判断がつかない。俺のイメージは漫画やラノベあたりから来たものだしな。
ステンが優秀なだけか?
「決めた。倒すわ」
「いいのか」
「次来た人は気付かないかも知れないから。でしょ? 冒険者は助け合わないと」
「分かった。リスティがやるのか?」
「え? トルウェンじゃダメなの?」
「あー、鬱憤晴らしにイイと思ってな……動かないマトはよ……」
「平気なのっ、今日はっ」
リスティが唇を尖らせる。
なるほど。からかわれた日はこうしてストレス解消していたのか。
「いけるだろ、トルウェン」
「お、おう。任せて、くれっ」
「気楽にやればいいわよ。失敗してもあたしがいるんだから。ちょっと疲れるけど、本気を出せばあんなの一発なんだから」
「…………う、うん」
なんとも噛み合ってない。ステンは溜息を吐いていた。
……アイツも苦労してるんだな。
うん、ステンへの制裁は勘弁してやろう。
前に出たトルウェンが杖を構え――
「トルウェン?」
――明後日の方向に。
「イルトレントはあそこだぞ」
「わ、分かってるよ。少し力んだだけ」
……まだ、見つけられてなかったのか。
トルウェンが詠唱を開始する。
攻撃魔法を見るのは初めてだ。正直、興味がある。害のない魔法なら酒場で見せて貰えたが、やはり攻撃魔法ともなるとおだててもダメだった。
だから、このまま見てても――
……いや、ダメだ。
こんな美味しい場面、スルー出来ない。
「赫灼たる赤の王オートアよ。トルウェンの名において勧請す。真紅に燃ゆ腕を――あ、イタっ!」
杖の先に集まっていた魔力が霧散する。
詠唱失敗だ。
「も、もう一回やるから」
トルウェンは焦った様子で杖を構え直す。
「赫灼たる赤の王オートアよ。トルウェンの――いぃ、ったァ」
ジト目で見て来る二人から目を逸らし、トルウェンは三度目の正直で――
「赫灼たる――イタっ、痛いッ!」
――今までで一番早く失敗した。
「なにやってんのよ、トルウェン」
「……お、驚かないで聞いて欲しいんだ……」
トルウェンはきょろきょろと見渡す。
そして、こそこそと、
「……誰かがいるんだ」
ステンはリスティに目配せ。それを受け、リスティは首を振る。当然、横に。
「トルウェン……遊ぶなら愚連隊とやれ」
「違うんだ! いるんだよ、誰かが……脅迫状があったんだ」
脅迫状。
コレが届くと一流の冒険者とも言われる。イヤなバロメータだ。
流石に捨て置けないと思ったのか、ステンが真面目な顔になった。
「今持ってるか」
「こ、こんなことなるとは思ってなかったから……す、捨て……ちゃった……んだよね」
「はっ?」
「イタズラだと思ったし……」
「なんでだ」
「………………葉っぱ、だったんだ」
「……脅迫状が……葉っぱ?」
「そう、そうなんだ」
はぁぁぁぁ、とステンが溜息を吐く。
真面目に聞いたらこれかよ。その顔が雄弁に物語っていた。
「……知らなかったぜ。いつの間にか愚連隊と仲良くなってたんだな」
「ちっ、違うっ」
ふうむ。紙が勿体ないから葉っぱを使ったのだが、こんな効果をもたらすとは。
でも、そうか。トルウェンも最初は愚連隊のイタズラだと思ってたのかも。だったら、話の持っていき方を考えるべきだったな。誰が聞いたってステンが正論だ。
トルウェンは墓穴を掘るのが好きなのだろうか。
あ。墓穴を掘る。オケツを掘る。響きが似てる。
とか、思ってたら、
「ほ、ほらっ、見てよっ」
トルウェンはズボンを下ろした。
「えっ。ホントに? えっ、掘るの?」
やべっ。思わず声が出た。
……あ、あぶねぇ。
意外性の男だぜ、トルウェン。こんな手段で俺のストーキングを見破ろうとするとは。
なんか愚連隊って聞くと、ケツがピリってする。
だから、ついつい連想してしまったワケだが……まあ、そんなワケないですよね。
トルウェンの太もも。赤い点が出来ていた。
そこが見せたかったらしい。
「……それが……どうした」
「ここっ、ここに当たったんだ。石だと思う。詠唱にあわせて。何度も。み、見えるよねっ!」
「もうよせッ」
ステンが強く言う。その視線はリスティに向けられており――あっ、とトルウェンが悲鳴を上げた。気付いたらしい。
リスティが真っ赤になっていた。
俺はと言えば笑いを堪えるのに必死だった。
バカだろ。もう、バカ過ぎだろ。
あ~。ウケる。
俺、今度からトルウェンの事、友達って紹介しようかな。だって、一緒に遊んだら友達っていっていいんだろ。遊んでるもんな、トルウェンで。
「…………もういい。ステン」
「……な、なんだ」
「斧」
「お、オウ」
「うっぷ……うぷぅ……? もー! もう知らないっ!」
多分、鬱憤だな。
溜まったんだな、鬱憤。
そしてウブだな、お前。
かくして鬱憤を込めた一撃がリスティから放たれた。哀れ、イルトレントは真っ二つ。核を直撃したらしく微動だにしなかった。微量の魔素がリスティに流れて行くのが見えなかったら、枯木に八つ当たりしただけに見えたかもしれない。
いや、枯木じゃなくても八つ当たりか。
なるほど、どっちが魔物か分からない。
コレですね、ステンさん。
トルウェンが焦る理由も何となく見えて来た。
このパーティーに魔法使い要らないわ。
***
先頭をピリピリしたリスティが、
真中を悄然としたトルウェンが、
最後尾を倦怠感を漂わせたステンが行く。
この森においてアウディベアは最上位に位置する魔物だ。
自然、その縄張りには他の魔物の姿が消える。
糞や足跡からステンは既に縄張りに入ったと結論を出していた。
「来るわ。トルウェン。構えて」
斧を受け取りつつ、リスティが指示を出す。
俺はリスティのリーダーに懐疑的だった。あんな短気で平気かと思っていたのだ。しかし、ここまでくれば彼女にリーダーを任せたステンの決断が理解出来る。
野生のカンか。
索敵能力が高いのだ。
勝てるなら戦うし、危険なら逃げる。
一瞬の判断が生死を分ける。
リスティがリーダーなら、魔物発見の瞬間に決断が出せる。
「群れなら逃げるわ。いい?」
「あいよ。群れなら種火頼む」
「うん」
三人の後姿を見ながら、俺に冒険者ってムリじゃないかなあ、と思っていた。
向かって来るのは一匹。交戦中に乱入される恐れも無し。マップで確認済みだ。
しかし、三人はそれを知らない。
よくぞ立ち向かおうと思えるものだ。
ステンが何か丸薬を取り出していた。導火線が付いているので煙幕か何か。群れが来るならアレで逃亡時間を稼ぐのだろう。でも、しけって火が付かなかったら? 気負った様子もないことから、いつものことなのだろう。予備もあるハズだ。
でもな。
怖くないの?
下手したら命がけの鬼ごっこだぜ?
「グガァァァ!」
咆哮と共にアウディベアが現れた。
「赫灼たる赤の王オートアよ。トルウェンの名において勧請す。真紅に燃ゆ腕をここに顕せ! 火炎槍!」
杖の先から灼熱の槍が飛び――命中。
ボン、と弾けるような音が響く。
もうもうとした煙が晴れると、
「やったっ!」
トルウェンが自慢げに叫ぶのも宜なるかな。
両腕を失い、膝をついたアウディベアがいた。
流石は火力職か。
――火炎槍。
確か初級魔法である。消費も少なく、場所を選ばない。
あれは……酒場だった。強力な魔法をブチかませば苦労せずに魔物を倒せたんだ、とキレる戦士に対し魔法使いがそう反論していたのだ。どういう事かと当時は首を傾げていたが、ようやく理解できた。
ゲームではないのだ。火を放てば森は燃える。
魔物を倒しました。火災で死にました。
笑い話だ。
その点、火炎槍は燃え広がる恐れがない……のだと思う。いや、どう見たって火属性だし? なんでと言われても俺には分からない。ただ、ステンも止なかったので、結論としては間違っていないハズだ。
しかし、赤の王オートアか。神の名だろう。
神の力を借りて魔法を発動させている? これが加護で得られる魔法なら分かるが……初級魔法だしな。同一ではないだろうが同名のアニマグラムが《AGO》にあった。自身の魔力で発動できていた。何から何まで《AGO》の常識に当てはめるつもりは無いが――
神への不信だろうな。この場合。
神様ぁ力貸してくんない? つっても、助けてくれるとは思えないのだ。
なら……単なる中二病なだけか。
確かに格好良かったし。トルウェンのくせにな。
呪文かあ。アレを唱えれば誰にでも使えるってモノでもないんだろうな。どんな訓練をすれば習得する事が出来るのだろうか……って、待て。それ以上はダメだ。
魔法使いたくなっちゃうからね。
でも、解析くらいなら……だから、待てと……
あ、無理?
はあ、無理ですか。ですよね。
ようやく目の当たりにした攻撃魔法である。
興奮しないほうがどうにかしてる。
ああ、羨ましいな、魔法使い。
ああ、妬ましいな、トルウェン。
「トルウェン。めんも……やじょ……よくやったわ!」
面目躍如な。
難しい言葉を使いたい年頃か。よく分かる。俺もかつてはそうだった。あんな馬鹿じゃなかったと思うが。年頃をこじらせて名付けたアニマグラムを思い出す。《羅喉招來》や《赫鼎八卦》……あれっ。格好いい。あ、センス変わってないのか。
リスティがアウディベアに飛びかかる。
振り下ろしの斧。
見事に頭部を粉砕――では、飽き足らず、胴体の半ばまでめり込んだ。
追撃を目論んでいたステンがたたらを踏むようにして止まる。手持無沙汰に剣をくるくる回す。どう見たってアウディベアは事切れていたからだ。
ステン、出番なし。
役割がある。
そう語った彼だが自分の身に起きて見ると、やはり複雑な思いがあるらしい。
結局、戦闘には一切関与していない。
だが、報酬は等分なのだ。
ステンがいなければアウディベアを発見すら出来ていないと思うが……そう思ってしまうのは俺が部外者だからなのだろう。
「クエスト成功ね」
「どうする。これから」
討伐証明の腕を切りながらステンが言う。
「そーね。んー。帰りましょ」
「えっ。もう」
「リーダーがいうなら従うさ。俺はな」
「だっ、だから僕の台詞を取るなよ」
活躍出来たからだろう。トルウェンは残念そうだ。
「どうした、リーダー。血の匂いを嗅ぎつけて次が来るかもしれねぇ」
腕の切り落としは終わっている。既に撤収が出来る状態だった。
しかし、リスティは鋭い目でアウディベアを眺めていたのである。
半壊した死体を。
何を考えているのか。寂しげに見えるが。
「……そうね」
三人は足早に場を離れる。
血が他の魔物を呼び寄せる。他のといってもこの場合、アウディベアは確定。
群れを相手にする愚を理解している。
いいパーティーだ。バランスが取れている。
しかし、釣り合っているかというと――
「今日はごめん、リスティ」
「……なにが」
「イルトレント。迷惑かけちゃって、ごめん」
「……いいわよ、倒せたし」
リスティは上の空だ。
アウディベアを倒してからこうだった。
「リスティはこのままでいいの? ずっと……ユーフで……」
「……また、そのハナシ?」
リスティがイヤそうな顔になる。
「だって、最近リスティ、アイツの話ばかりだし」
「……今日はしてないもん」
「それは僕らが何度も言ったからで――」
「トルウェンっ。止めとけ。まだ森を抜けてねぇんだ」
「…………」
「リスティはナナさんの為に冒険者やってんだ。同じ話を何度も蒸し返すな」
叱咤を受けてトルウェンが項垂れる。
リスティも一緒に落ち込んでいるようだが……何故だ?
パーティーの不和はカップルが出来るから。
冒険者は口を揃えてそういう。
ウルフエッジの場合は……うん、リスティに相手にされてないよな。
「アイツ」ってのは俺の事だろう。でも、一体何を言ってるんだ? 愚痴? ってワケでも無さそうだし。しかしなあ。リスティと顔を合わせたって言い争いしかしてないんだが。褒められているなら嬉しいが……んなハズないし。も一回天才っ、って言ってくれないかな。
よし、考えるの放棄。
分からない時は考えない。
コレ、俺がばあぶうスタイルで学んだ事。
さて、撤収するか。
ごめんって三回言ったし。全部リスティにだけど。
葉っぱに伝言を書き書き。石を包んで投擲。
当然、トルウェンに。
「イタッ」
トルウェンは葉っぱを見るなり、鬼の首を取ったようにはしゃぐ。
「ほらっ、葉っぱ! 葉っぱだよ!」
間抜けな台詞だが、実際にモノがあってはステンも否定できない。
「……あー。愚連隊……じゃねぇな、これ。分かった。全部お前が悪い、トルウェン」
「……え? なんで?」
「……分かれよ。昨日の今日だぜ」
ステンは誰の仕業か分かったみたいだ。
トルウェンが気付かないのは付き合いの差だな。
「なにが書いてあるの?」
「読めるか、リスティ」
「……これくらいなら……でも、イミ分かんないんだけど」
リスティは怪訝そうだ。
ま、分からないよな。
だからこそ、そう書いたワケなんだが。
「がんばれって……なに?」