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異世界のデウス・エクス・マキナ  作者: 光喜
第1章 流浪編
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第8話 勧誘

「よォ。店番やってるってマジだったんだな。似合わねぇわ」


 挨拶代わりに失礼な台詞を吐くと、ステンは店内を物珍しげに見渡す。


「おい、ステン。お前よくも俺の前にツラだせたな。お前を信用してついてったのに、リスティに殺されかけたぞ。この落とし前、どうつけてくれるつもりだ。ああ?」

「知らねぇよ。リスティに言え」


 くそっ。他人事だと思いやがって。こっちを見やしねぇ。


「リスティが俺のいうこと聞くかよ」

「いうこと聞かせるんだな」

「……えぇ……少しからかっただけで斧が降って来るんだぜ、ムリムリ」

「ウチのリーダーは素直なんだから、あんまからかってくれるなよ。つかよ、こっちまで飛び火して来るんだわ。機嫌悪ィリスティと討伐行ってみな、どっちが魔物か分かりゃしねえぜ」

「なあ、ステンよ。お前、呼吸せずに生きていられんの?」

「あ? ムリだろ」

「だろ」

「何が……だろ、って……ああ……おま……お前、バカかよ」

「お褒めにあずかり光栄の至り」


 ようやくこちらを見たステンに、大仰な一礼をして見せる。

 呆れ顔のステンに続ける。

 

「で、俺に何の用だ?」

「お前に用があるって言ったか?」

「言われなくても分かるさ。簡単な消去法だな。ポットは今や冒険者御用達だ。だから、冒険者ならばポットを求めてやって来てもおかしくは無い。だが、お前は一度も来た事がない。リスティが配布するから、自分で購入する必要がないんだ。で、そのリスティも出かけた。となれば、俺に用事だってのは自明の理だな。以上、証明終了ってね」

「へぇ……お前、貴族か」


 ステンが目を細める。

 くくく、我輩の高貴なる血が感じ取れたようだな――って、やりたいですが、ダメですか? ダメですね。

 コイツ、目ェ笑わないよな。


 この世界じゃ教育は遅れてる。俺みたいな考え方は貴族が多いのは事実。だが、いないワケではない。理論だてて喋っただけで貴族疑惑とか短絡的すぎる。


「孤児だよ」

「…………そうか」


 束の間ステンが見せた敵意は、孤児だと告白する事で薄れた。

 なんだろね。腐った貴族に煮え湯を飲まされた経験があるのか。

 つか、なんで名探偵気取ってみたぐらいで、ビビらせられなきゃならねぇんだ……あ、ウソウソ。ビビってなんてないし。ちょっとイヤな汗かいただけ……いやあ、今日は暑いですねっ。


 もうなんなの、このパーティーは。

 全員勘違いスキル持ち? しかも、パッシブ? 止めてくれよ。

 

「父親が飲んだくれだとな、子供は賢くなるんだ」

「孤児じゃなかったのか」

「道に落ちていたんだと」

「……ま、よくある話だな……俺も似たようなもんだ」

 

 バツが悪そうにステンは一言加えた。


 この様子だと分かってはいるんだな。一概に貴族だと言う事で、悪だと決めつけられないってことは。だが、感情が付いて来ないと言うところか。

 根が深そうだ。

 でも、残念だったな。クロス教会の告解室は女の子限定なんだ。美少女ならなお良し。

 てことで、忘れよう。

 ステンも追及される事を喜びはしないだろう。


「それで。賢くて強いこの俺様に何の用だ?」

「……自分で言うかよ」


 ステンが苦笑する。

 

「だが、ありがとよ」

「はて? お礼を言われる事なんてした覚えがありませんが? ああ、どうしてもお礼をしたいというのなら、僕の代わりにリスティに文句を言って貰っても構いませんが?」

「殺されちまうよ」

「……リスティってステンよりも強いの?」

「二年前。母親の助けになりたいといって、荷物持ちを買って出た時は弱かった。誰よりもな。それが今じゃウチのリーダーだ。あの嗅覚だけはマネできねぇ」

「嗅覚?」

「どんな窮地からでも勝ちを嗅ぎ分けんだ」

 

 ああ、と納得する。

 倉庫で俺を襲った時もそうだった。俺ですら自覚していなかった、僅かな警戒を見てとってすぐさま「殺せ」と命令した。それだけでも大した決断力だとは思うが、「捕縛」ではなく「殺害」を命じたトコもそうだ。

 躊躇いが命取りになる冒険者としては、得難い資質といえるだろう。

 殺されかけた事をチャラにする気は無いが。

 

「店、抜けられるか」

「……ここでいいだろ」

 

 前回はリスティの暴走だったワケだし、ステンに罪があるワケではないが――なんかね、コイツがフラグを立てている気がしてならない。


「マリアさんに顔合わせづらいんでね」

「なんで」

「一人娘に冒険者やらせといて、いい顔する親はいないだろ」

「はあ? ステンが引きずり込んだワケじゃああるまいし」

「さてね。荷物持ちをやりたいといったリスティを拒まなかったのは確かだ」

「……ナナさんは気にしてないと思うが。話ってのは長いのか?」

「お前が混ぜっ返さなきゃすぐ終わるが」

「分かった。行こう。少し待っててくれ」


 呆れた顔のステンを尻目に踵を返す。


 ナナはポットを作っていた。申し訳なかったが店番を頼むと、


「クロス君は働き過ぎ。遊んで来たっていいのよ。店番はあたしも気分転換になるんだから。あ、お小遣いいる? またまた~。遠慮しないで、ねっ」


 むしろ嬉々として言われたので、


「……そうですか。じゃあ、お言葉に甘えて。帰りは遅くなるかも知れませんが、心配しないでください」


 と、言ってやった。


 くそっ。なんだよ。晴れ晴れとした顔しちゃって。

 俺が店番やってるから、ナナは朝から晩まで部屋に篭って、会話なんて煩わしいモノにかかずらう事もなく、乳鉢と葉っぱとかをお友達にして、ゴリゴリと、ひたすらゴリゴリとしていられるというのに。

 何が不満だっていうんだ?

 俺には分からん。

 いいさ、そんなに言うなら、遊んできちゃうもんね。

 用事が五分で終わっても、遊んできちゃうんだから。


 ……俺友達いないけど。


 な、泣いてなんていないんだからっ。

 取り合えずステンの用事を混ぜ混ぜする事を決めた。


 店舗の裏手に移動する。

 挨拶する人物がもう一人いたからだ。

 

「…………お前、何やってんだ」


 自分でもビックリするぐらい冷たい声が出た。

 すまない、訂正がある。人物じゃあなかった。コレは犬だったんだ。

 

「……お、おおぉぉう、クロスかあ」

 

 おや、再びビックリです。この犬は喋るんですね。

 うとうとしだしたので蹴っておきます。ちっ。起きろ、クズ。蹴る、蹴る。クズがっ。

 動物に酷い事をしないでという人もいると思います。ですが、ここは私を信じていただきたい。動物というのは愛情だけではダメ。キチンと躾けてやらないと、人に迷惑をかけてしまいます。そう、これは躾けなのです。昨今の犬は頑丈なので、ウッカリ氣闘術を使ってしまっても問題ナシ。てか、マジで起きろ。どんだけ飲んだんだよ。

 

 流石に痛かったのか、犬は犬小屋に隠れてしまった。

 犬小屋。

 比喩ではない。

 本当に犬小屋。

 俺とリスティ率いる愚連隊の手によって作成された。


 涙ナシでは語れない、こんな経緯があった。


 ――同居生活一日目。

 リスティはブラスを警戒していた。俺はただツレと紹介したのだが、普通に考えたらブラスのほうがメインの脅迫者になるのだ。当然の警戒だといえた。リスティは毛を逆立てた猫みたいだった。少し可愛いなと思ってしまったことをここに記す。

 ――同居生活二日目。

 ブラスのニートがバレた。ブラスの冒険者カードがチェックされてしまったのだ。Dランクということに衝撃が隠せない様子だった。エントウルフを仕留めた事で、何やら誤解されていたらしい。「母さん見習ってクエスト受けてきなさいよ!」と言われた。適当に誤魔化しておいた。中間管理職の悲哀を感じたことをここに記す。

 ――同居生活三日目。

 ブラスのクズがバレた。「アンタ、働けないのは心の病気だっていってたじゃない!」と言われた。俺が働き出したから疑問に思ったようだ。しまった。適当に誤魔化し過ぎた。働けないのはブラスだけだと説明したら、「クズね」と言われた。同意しておいた。あんまりにも激しく同意するものだから、リスティがちょっとヒイていた。店番中にイビキが聞こえてくるとキレそうになったことをここに記す。


 さて、考えても見て欲しい。

 リスティの立場に立って。

 真面目に働いている母親の傍に、グースカ酒飲んで寝る男がいる。そりゃあ、キレる。だが、キレてそれで終わりか? 更に一歩思考を進めるのだ。彼女の母親は何をしてる? そう、商売だ。その商売にだって支障が出る。「あ、すいません、イビキがうるさくて聞こえなかったので、注文もう一度お願いします」みたいなことになりかねないのだ。幸い、ナナが店番に立ったときは平気だったようだが、一日中店番をやっているならそういう機会の一度や二度あってもおかしくは無い。そう、ただクズなだけではなく、迷惑をかけてくれるクズなのだ――

 彼女の気持ちを汲んだ俺は、犬小屋の制作を提案したのだった。

 

「……アンタの頭どうなってんの。父親を犬小屋にって」

「ははは、またまたリスティさん。これは貴女がいいだしたことでしょう」

「ハァァ!? 言ってない! 言ってないから!」


 あれ? 言ったよな。うん、言った言った。

 じゃないと、こんな鬼畜な所業を俺が考えたってことになっちゃう。


 そんな経緯があって犬小屋が作られたのだった。言われるがまま、ホイホイ犬小屋に入って行ったブラスを見て、心底どうしようもねぇな、と思った。


「出てこい。頭のほうからな」

 

 もそもそとブラスが頭から出てきた。かたくなに目を合わせようとしない。

 ……はあ。こめかみを指で揉む。頭が痛い。

 

「……で。なんで全裸(・・)なんだ?」

「いっ、色々……あったんだけど……よ。はっ、話すと……長く……」

「簡潔に言え。分かるか、クズ。俺はかつてないほど怒っている」

「の、飲むっ、か? イヤなこと、忘れ……」

「いいか、クズ。二度はいわねェ」


 これでもしゴネるようなら半殺しにしようと誓う。

 なァに、近くにポットあんだし、死にゃあ死ねえ。

 

「……犬は……犬らしく……しとけ、ってガキが……よ。したら……くれっ、酒……くれるっていう……から……犬は……服、きねえだろって……なあ……その、なんだ、すまん……」

「……頼むからさ、家主に迷惑かけんのやめよ。な?」

「…………ああ。でも、でもよお、クロス。こんなことゆーのいい訳みてぇで、俺も言いづらいんだが……これやったの、リスティの嬢ちゃん、なんだが……よ?」

「…………」

 

 声にはせず、胸中で叫ぶ。

 家主に迷惑かけるなっていったばっかりだったしね。


 リスティィィィィィィィィィィィィィ!


 もう、なに、なになに。バカなの。ちょっとは風聞って考えて。全裸の男を飼ってるって知られたら、どんな目で見られると思ってんの? ははあ、分かった。ガキって愚連隊ね。ホント、ロクなことしねぇ集まりだなっ。そりゃあ、こんぐらいやるよな。リスティが言えば人殺しも辞さない連中だ。はー。無邪気さと残酷さって紙一重だよね。


 しかし、リスティも見たのだろうか。


 ブラスのアレを。


 アレを標準だと思っていたらどうしよう。ほら、リスティって父親が早くからいなかったし? 性教育って遅れてると思うんだよね。刷り込みってあるじゃん。あんな感じでコレが普通なんだって思われてたらさ。イザって時に、「小さいのね」なんていわれたら? はー。縮んじゃうよ。それ見て「へー、もっと小さくなるの」なんていわれたら? 再起不能だよ。男として。いやいや、俺の成長期はこれからだけどね。現状負けてるってだけ。俺、そのうちブラスに勝つって言われたし……氣の出力のハナシだけど。


 ……いこう。

 ぼくはなにもみなかった。

 さそってくれた、すてんくんとあそびにいくんだ。


***


 ステンに連れて行かれたのは、見覚えのある倉庫だった。

 はは……待て待て。倉庫なんてどこも似たような……あっ、剣が立てかけてあるわ。

 回れ右をして帰ろうと思った。でも、帰ったところで待っているのは、晴れ晴れとした顔をしたナナと、真の意味で番犬へと堕したブラスのみ。再び回転。あ、斧のクレーターまだあるわ。回転。いや、でもなあ、遊ぼうにも俺友達いないし――

 と、ぐるぐるしていたら、おええぇ、ってなった。

 

「おい、行くぜ」


 気は済んだか、といわんばかりのステン。

 文句も言わず後に続く俺。

 というよりも、口を開けば文句以外のものが出てしまう為だ。

 回り過ぎた。

 千鳥足だ。

 真っ直ぐ歩けない。

 でも、たまに歩ける。

 楽しくなってきた。

 ふと、思う。

 俺、何やってんだろ。

 悲しくなった。

 

「クロス、ウチのパーティーに入る気ねぇか」

「俺、クエスト受けられないぜ」

「俺達が受けりゃいい。リスティもそうやってた。金は等分する」


 冒険者カードは何歳からでも作れる。財布として使われる為だ。

 だが、クエストの受注となると、十三歳からと定められている。

 身の程を知らない子供の自殺を防ぐ為らしい。自殺とはいったが単にクエストを受けるだけ。とはいえ、身の丈に合わないクエストに挑むのは自殺と変わりない。

 もっとも年齢なんて自己申告。

 余りにも若く見える場合は、受注を断られるだけだ。

 十三歳に満たない子供が荷物持ちと称して、討伐クエストについて行くのは珍しい話ではない。デメリットは自分では受注できない為、ランクが上がらないことだけ。

 

「等分かよ」

「うん? 不満か」

「うんにゃ。随分俺を高く買ってくれてるんだなと思っただけ。俺の実力見てないだろ」

「リスティに勝った。それが何よりの証明だな」

「買ってくれるのは嬉しいが、冒険者としてならリスティのが上だぜ」

「……へえ、驚いたわ。まさか、自分で認めるたァな」

「まー。確かに……なに真面目に答えてんだよ……とは、俺も思うが……」

 

 おかしい。

 俺は混ぜ混ぜしにきたハズなのだ。

 真面目に答えてどうする? コレだと五分で用事終わるぞ。夕暮れまで友達いない無情を噛みしめる気か? 相手はステンなのだ。話にならないと思われたら終了だ。手札を一枚切って、混ぜて、一枚切って、混ぜて……とやるべきなのだ。


 何故なんだ――と自問してみると、前向きに検討してたから、と返ってきた。

 本当にパーティーに加わるとすれば、命を預けあうことになるわけである。見栄を張ってパーティーを危険にさらすなど、あってはならないことだと思っていたらしい。


 でも、なんでだ?

 なんだってこんな前向きに?

 リスティのパーティーに魅力があるから?

 いや、ないね。ないない。

 むしろ、一番入りたくないパーティーと言える。

 とすると、パーティーの勧誘自体に惹かれたのか。

 パーティーを組んで。

 冒険者ギルドでクエストを受注し。

 魔物を七転八倒しながら討伐して。

 町に戻ってきて報酬を山分け。

 そのカネで朝まで騒いでいたり。

 そんな光景が目蓋に浮かぶ。

 手を伸ばせばその光景に手が届く。


 そうか。

 届くのか。


 腑に落ちる。


 俺はもう旅をする目的がないのか。

 リリトリアを見つけた出したのだから。

 定住しても構わないのだ。

 

「つか、ステン。これはパーティーの総意か?」


 ステンは皮肉げに唇を歪めた。


「いい質問だ。前向きなのは俺だけだね」

「……おい」

「ま、口だけさ、口だけ。リスティだって、言えねぇだけで強さは認めてる。言ったらなんか大事なモンが崩れちまいそうだから、減らず口を叩いちまうのかもしれねぇな」

「ステンのリスティ評は当てにならん」

「無理に信じろとはいわねぇさ。俺には俺の、お前にはお前の考え方がある」


 だな。

 価値観を押し付けられることほどムカつくことは無いからな。

 実に話しやすい。

 なんでステンがリーダーじゃないんだろ。

 やはり実力主義なのか。

 

 しかし、冒険者か。

 冒険者として身を立てるのは怖い。

 ブラスからは向いていないといわれた。

 常在戦場の精神がないからだ。

 分かりやすく言うと、不意打ちに物凄く弱い。


「何か質問あるか」

「パーティー名聞いてないけど」

「リスティから聞いてないのか。ウルフエッジだ」

「人数は」

「三人」

「げぇっ」

「なんだ」

「いや、もっと大人数のパーティーかと思ってた。全員と面識あるわ」

「こんなもんだ。ユーフなら」


 ユーフなら? 含みのある言い方だな。

 四人パーティーにしようとしてるお前達はなんなんだ?


「ま、俺を本気で勧誘したいってんなら出直して来い。パーティー内で意見を一致させてからだ。三人中二人から反対されてるとかさ、なに。ヤだよ、ギスギスした職場は」

「あー。それはだなー。俺も、思ったんだわ」

「なら、最初から説得しとけよ」

「当人同士で話し合ってもらいたくてな」

 

 当人。

 この場合は俺とトルウェンということになるか。文脈からして。

 おかしいよな。ここにいるのは俺とステンだけ。

 実は倉庫に入るのは気が乗らなかった。もやっ、とした何かを感じたのだ。前回でトラウマになったから、気後れしているのだろうと思い直した。

 でも、違ったんだな。

 ははあ、アレが敵意ってヤツか。

 うん。

 今更分かっても遅いんだけど。

 さっき言ったばかりだが、つまりはこういうことだ。

 不意打ちに弱いというのは。

 

「ぐ、グアァァッ!」

 

 横から飛んできた雷が俺を打った。

 バッカ野郎! なんだよッ! もうッ!

 痛い。全身でこむら返りが起きたら、こんな痛みになるだろうか。痛みに反して威力はたいしたことが無い。ただ……真価は威力には無かった。


 くそっ。

 身体が動かねぇ!

 パラライズか。


 緑ポットがあれば。あっても飲めないが。あ、緑ポットは状態異常を回復する薬ね。

 《AGO》じゃどうやって、身体動かないのに緑ポット飲んでたんだろうな。所詮はゲームか。リアリティを追求すると、麻痺が入った瞬間にタコ殴り決定だもんな。ストレスを感じさせない事を優先したと言う事か。麻痺が入るのも確立だったし。食らってみて分かったよ。これね、当たったら絶対麻痺するって。ビリビリってきた。

 随分余裕に見える?

 違う、違う。

 余裕は無い。

 でも、身体が動かないからさ、考えるくらいしかできないだけ。

 それも下らない事を考えてないと、


 あああッ。倒れる……倒れる!


 つー、現実と直面しなきゃいけないの。


 徐々に地面が近づいてくるのだ。怖いって!

 おい、ステン、助け……って、なにビビってんだ!? しないから。感電しないからっ。もう、お前……二回も。二回もだッ。またこんなんかよ!? 分かった! やっぱ、お前がフラグを立てて――


 ――ゴスっ。


 ……いい音がしましたね。

 とても痛く……はなかったです。シビれているからですね。はは、ありがたい。なんていうかと思ったか!

 

「見たかい、ステン」


 倉庫の奥から現れたのはトルウェンだった。


 ……待て、待てよ。

 登場シーンやり直してくれない?

 お前さ、キリッってしてるつもりかもしれないけど、全然出来て無いから。その眠たげな目、なんとかなんないの? 不意打ちとは言え俺を倒した相手がそれだと……俺の格まで下がるようで……止めてもらえます?

 

「は、はあ……こりゃあ……お前……えぇ? どういうこったあ、こりゃあ」


 ステンが壊れていた。

 彼も知らなかったようだ。

 俺達を引き合わせて、話し合せようと思っていたのだろう。それがまさかの不意打ちと。パーティーに勧誘していたステンの面目丸潰れである。


「リスティなら避けてたよ。こんなの」

「……かもな」

「なにかの間違えだったんだ。リスティが負けたなんて、さ。僕は反対だから。コイツをパーティーに誘うの」


 そういってトルウェンが去っていく。

 ステンはトルウェンと俺を交互に見て、


「……ツイてなかったと思って諦めてくれねぇか……オウ、ダメか。見てて分かっただろ、俺は知らなかった。睨むな。もし仕返しをしたいっつーんなら、相談ノるぜ」


 俺の目がイッちゃってるのが分かったのだろう。

 ステンは嘆息すると、そそくさと去った。


 俺は高笑いを上げる。

 声になんないけど。

 気分だ、気分。


 く、くくくくくくくくっ。

 フゥワァァ~~~ハッハッハッハァァァ!


 いいぜ、トルウェン。このケンカ買ってやる。憎悪に心を浸すのが心地いい。だって、俺悪くないもの。全力で憎んでいいんだぜ。ここまで一方的にケンカを売ってくれちゃったのは、クソ神以来かも知れない。クソ神は殴りたくてもいないので、心の中で罵倒するに留まっていた。しかし、トルウェン。ヤツはいる。この町に。殴れる場所にいる。

 殴らないけどね。

 一発殴ってスカっとする?

 そんなんじゃつまらな――おっと、間違えた。弱い者イジメになってしまうでしょう? 俺はね、嫌いなの。冒険者達の流儀が。殴り合えば互いの気持ちも分かる、みたいなの。


 ――仕返しがしたいのではないのだ。


 トルウェェェェンッ。覚えてろよォォォ!


 ――だが、彼に口で言っても伝わるまい。


 この世界には亜空間牢屋はねぇんだッ。


 ――だからそう。俺はただ――

 

 粘着してやるゥゥゥ。

 粘着してやるからなァァア!

 

 ――俺の受けた痛みを知ってもらいたいだけなのだ。

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