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異世界のデウス・エクス・マキナ  作者: 光喜
第1章 流浪編
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第7話 魔法

 男に生まれたからには魔法を使ってみたい。

 女に生まれていたとしても魔法は使ってみたい。

 つまり、魔法を使ってみたい。


 では、魔法を習得するにはどうしたらいいか?

 《AGO》ではスクロールを読むことで習得が出来た。実際にはインベントリのスクロールを使用すればいいだけだが、設定ではそういうことになっていた。一体、何を読み上げているのかと思い、目を凝らしてスクロールを見てみたらコードだった。

 さて、ファウンノッドでは?

 やはり然るべきモノを読み上げる事で習得する。

 というと、《AGO》でもファウンノッドでも大差がないように聞こえる。

 だが、大違いだ。

 全然違うのだ。

 俺はそのモノを指差す。

 

「少しだけ。少しだけでいいんで、アレ見せて貰えませんか」


 ここは魔法屋である。

 ユーフ到着初日にいつか来ようと思いつつ、そのいつかがなかなか巡ってこなかった魔法屋である。何度も店の前を通ったのに、入ったことはなかったのだ。

 マリア薬剤店の繁忙も一段落したので、存在を思い出したという次第である。

 

 指が指し示したのは一冊の本――魔法書である。

 そう、これこそが違いだった。

 ペラいスクロールではなく、分厚い書で魔法を習得するのだ。しかも、この厚みで魔法一つだというのだから萎える話である。

 考えて見ればスクロール一枚にコードが入るはずもなし、これこそが正しい姿と言えるのかもしれないが、知ったときは騙されたような気持ちになったものだ。

 

「欲しいなら買いな。二十万だよ」

 

 店主のオバちゃんはにべもない。


「…………ちなみにアレは何の魔法ですか?」

「種火だね」


 種火。火を熾すのにあると便利。それだけ。ライターだな。

 ……はあ? んな魔法で二十万だと?

 

「どんな魔法使いでもまずはこれを覚えるんだよ」


 むっとした様子でオバちゃんが言う。

 失礼。今のは俺が悪かった。俺を客と見なしていなくとも、商品をバカにされたらいい気分はしない――


 ……ん? 俺が悪いか? 違うよな。

 ここのところ店員ばかりしていたせいか、知らず心情が店員寄りになっていた。

 だって俺客だ。客って横柄なものだろ。あ。異論は認めません。じゃあないと、日々クレーマーに悩まされている俺が可哀そうだから。

 ふむ。

 いかんな。

 これはアレか。

 俺もデカイ態度で行くべきだろう。ウチの店に来る客なんてホント酷いものな。どいつもこいつもナナナナナナナナ! さて、ナナを何回言ったでしょうか? え? 七回? 残念。ナナと連呼しているので、偶数にしかなりません。ナナって響きに騙されましたね……っとォ、思い出すとイライラするから、ついつい逃避しちまったぜ。

 確かにここのところナナを表に出すのは控えている。

 一度切れた集中力はなかなか復活しない。

 ナナが集中すればその分、利益が出るワケで……なんだって、連日加護の提示をしてやらにゃあかんのだ。ナナの邪魔になるくらいならと引き下がろうとした動けるデブの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。あ、あの人は動けるデブでした。


 それは兎も角として。

 高いな、魔法書。

 アホかよ。

 五万エルあればユーフで一ヶ月暮らせる。四ヶ月分の生活費という事になる。

 ある日、ライターを買いに行って数十万ですとか言われたら、こんな反応になるだろう。

 ライターがダメなら火打石だってあるんだし。

 とはいえ、オバちゃんの言い方だと、種火という魔法自体に価値があるわけではなさそうだ。魔法を使う感覚を養うとか、そういう魔法への導入編としてあるっぽい。


 ううむ。

 でもな。

 ないな。

 高いよ。


 元々、魔法を購入する気は無かった。

 金が無いということもあるが――ああ、いや、そうじゃないな。本当に欲しいなら俺もがむしゃらに働いていただろう。魔法というものが、興味を満たすだけの、価値の無いものになってしまったからだ。故に魔法について情報収集を怠ってきた面を否定できない。


 あー、うん。言いたいことは分かるよ。転生直後に「この世界には魔法があるんだぜぇぇぇ!」とハシャいでた人物とは別人みたいだよな。だが、本人なんだ。

 でもさ、変わったのは俺じゃない。

 世界なんだ。

 みたいな。

 違うけど。


 魔法がある。

 恐らく努力すれば俺にも使える。

 なら、使ってみたいと思うのは人情だろう。


 だが、ここに落とし穴がある。

 深ぁい深ぁい落とし穴だ。


 氣闘術と魔法は両立が出来ないのだ。

 ああ、それは言い過ぎか。出来ないワケではない。

 が、魔法剣士は数少ない。成す事が出来れば一躍名が広がる程に。

 たとえ冒険者ランクがFだったとしても、Aランク相当に名が売れる――と言えば、分かって貰えるだろうか。

 うわあ、ってなる。

 でも、まだまだ絶望への第一歩を踏み出しただけ。

 真に鬼畜なのはここから。

 両立がし辛いというだけなら、試して見ようと言う気にもなる。

 しかし、俺が魔法を使いたいな、と思った時には後戻りが出来なくなっていたのである。

 氣闘術を使える戦士が魔法を習得すると、氣が纏えなくなってしまうのだ。

 ……はあ?

 ってなりますよね。

 俺はなりました。

 ブラスを問い詰めました。

 

「そ、そういうモンだってことしか俺だって分かんねぇよ」


 小一時間後、そういって泣きを漏らしたブラスがいた。

 しかし、イラだった俺はブラスに対し、「使えねぇな、クズ」と暴言を吐いていた。

 今からして思うと……あれ。なんら発言を訂正する必要が見いだせないぞ。

 

 魔法使いが氣闘術を習得する事も可能だ。しかし、一度でも魔法を発動させてしまえば、苦労して習得した氣闘術がパーだ。

 ………………はあ。

 ってなりますよね。

 もう呆れるしかない。

 実に理不尽である。

 だってさ、《AGO》では身体強化は魔法の一種だったんだぜ?

 なんだってその雛型たるファウンノッドだとこうなんだ?

 だが、ここはテラ様がおわす世界である。

 さもありなん、と飲みこんだ。

 その晩、俺は初めて使徒として祈りを捧げた。特にこうしろと決められていなかったので、俺なりに色々と考えて相応しいと思う祈りの言葉を捧げた。


「死ね、クソ神死ね、死ね死ね死ね、クソ神死ね」


 もし今度クエストがあったら、俺は「ですわ」に殺されるんじゃねぇかと思う。


 あ、ちなみに前衛で戦う人の事を総称して戦士というが、魔法を使う戦士の事は魔法剣士という。たとえ斧を使おうとも魔法剣士である。なんでも最初に魔法と氣闘術の両立を果たした人物が、剣を主体に戦っていたかららしい。


 過去には魔法剣士の夢に挑んだ戦士も数多くいた。しかし、有効な手段を見出すことが出来ず、長年の修練の結果を不意にした。そんな話だけはよく転がっている。


 魔法剣士にどう両立したのか聞くと、大抵こう返って来ると言う。


「やって見たら出来た」


 そう、天才の発言である。

 つまり、俺が魔法剣士になるのは……ちょっと難しい、かな?

 ということである。

 俺はあくまで裏事情に通じている一般人でしかない。

 一応、ちょっと検討して見るとして――


 あ、もしもし。事情に詳しいクソ神さんですか? え、あ、はい、そうです。僕が魔法剣士になれるかをお聞きしたくて。あ、そうみたいですね、やはり魔法剣士として、氣闘術と魔法を両立する為には天分に恵まれないといけないんですね。え? それが答え、ですか? はあ。あーあー、なるほど、結構です。もう結構です。分かりましたから。


 ――訂正。

 俺に魔法剣士は不可能だ。

 逆さに振っても天才だと言う自覚は出てこないからな。

 ちっ。夢とロマン溢れるジョブにつけないとはッ。

 

 《AGO》なら当たり前のように魔法剣士になれたのに――とは思わない。俺はファウンノッドの流儀に粛々と従うだけなのだ。まる。まる、ったらまるだ。

 

 世の魔法使いとは違い、俺にはリングがある。

 魔法を一つ覚えれば、そこから派生して無数の魔法を生み出す事が出来るだろう。

 じゃあ、オリンピックに出ればメダル総舐めに出来る身体能力を捨てるのか。


 そこがネックだ。


 幾ら火力が高かろうと、術者をサクっとやられれば終わりである。

 ブラス曰く、魔法使いでは戦士に勝てないとされているのだそうだ。呪文を唱えている間にキュッ、といって、パーンやりゃあ、終わりよ、と言っていた。

 うん、そうだ。ブラスもまた天才肌だ。

 案外、ブラスは魔法剣士になれるのではないかと思う。まー、呪文を覚えられないという致命的な欠点があるように思うが。


 憧れは別として、魔法の有用性には疑問がある。大抵の魔物には氣闘術だけで勝てるからだ。当然、山奥に行けば別だろうが、街道沿いは比較的安全なのだ。

 つまり、人間の生活圏で生きている限り、魔法はオーバーキルでしかない。

 いや、オーバーキル好きだけどね。

 《AGO》ではぶっ放し系のアニマグラムを数多く開発してましたし。


 とはいえ、これは俺が氣闘術を修めた(氣の維持が出来て初めてこう呼べる)から言える事かも知れないが。

 氣を纏えるだけならそこまで火力が出せるわけではないからである。

 氣闘術はまず修練によって氣の総量を増やす。次に増やした分の氣を出力できるようにする。ここまでやって初めて火力が上がるのである。

 俺の氣の総量は少ないらしい。だが、出力は非常に優秀との事。瞬間火力だけならブラスを上回る可能性があるらしい。裏を返せば燃費が激しいと言うことなので痛し痒しだ。

 魔法が使えなくても、俺はぶっ放す運命なんだな、と思いました。


 だから、まっさらな状態で選択肢を与えられたら、魔法使いを選んでいたかも知れない。

 全部、ブラスのせいだ。アイツが最初に教えないのがいけない。魔法と氣闘術の両立が難しいと知ったのは、氣闘術をある程度修めてからだった。氣闘術を捨てるには惜しくなる程度には。

 ブラスが魔法を使えない以上、選択肢はあってないようなものだっただろう。だが、最初に言っておいてくれれば、ここまで絶望せずに済んだのにと思う。


 アレなんだろうな。

 氣闘術を取るのか、魔法を取るのかじゃなくて。

 将来をどうするのかっつー。

 市井に溶け込んで生きて行くのか、冒険者として身を立てるのか。

 普通に生きて行くだけなら氣闘術で十分だし、魔物と戦うなら魔法は欲しいところである。

 どちらを選ぶにしても、メリットとデメリットを熟考する必要があるだろう。

 とはいえ、その選択は今ではない。


 なので、魔法書は当面無用の長物。

 が、見て見たいじゃないか。

 くっそォ。何が書かれているんだろう。


 と、後ろ髪引かれる思いで魔法書を見ていると、店に客が入って来た。


「いらっしゃい」

「やあ、オバちゃん。来たよ」


 眠たい目をした青年冒険者だった。ローブを着た、魔法使いの格好だ。

 

「今日はどんな?」

「魔晶石の交換を頼むよ」

「この間交換したばかりだろ」

「そうなんだけどさ。ホラ」


 カウンターに木製の杖が乗せられる。先端に石が嵌められるようになっていて、その石に大きなヒビが入っていた。コヅいたらコナゴナに砕け散ってしまいそうだ。

 魔晶石とは魔法の威力を高める効果が有ると言われている石だ。

 実際? 知らんよ。魔法使えないもの。ケッ。

 

「なにしたのさ、トルウェン」

「いやあ、魔物を殴っちゃって」

「……なぐ……アンタ魔法使いだろ」

「殴ったほうが早いってウチのリーダーが」

「……呆れた。ハイハイ言うこと聞いたのか」

「ハイハイなんてきかないよ。でも、リーダーが言うと説得力あるんだよ」

 

 ……どっちもどっちだと思う。

 無茶を言うリーダーも、従うこの魔法使いも。

 魔法使いは火力職である。

 ぶっ放してナンボだ。

 魔法使いは氣闘術を使えない。だから、青年魔法使い、トルウェンの強さは見たまま、ということになる。ひょろっとしていて棒みたいな腕だ。これを見て殴らせるリーダーはアホとしか言いようがない。でも、話の流れからしてリーダーは近接か。なら、仕方がないか。脳筋だものな。


「ところでオバちゃん。こっちの彼はいいの?」

「冷やかしだよ」

 

 ……確かにそうだけどさ。決め付けんなよ。

 

「僕はもう帰りますので。店番もありますし」

「…………店番?」


 ふいに、トルウェンの眉間に皺が寄る。目が眠たいモノから、起きたモノになった。よく分からんて? 仕方がない。言い直そう。ふにゃっからキリッってなった。

 

「……ねえ君、クロスって子だろ」

「いえ、ブラスと言います」

「それ偽名だろ。聞いていた通りだ。厄介事の匂いを嗅いだら、まずそう名乗るって。ステンが言ってた」

「ちっ。あいつの関係者か。もしかして」

「同じパーティーだよ」

「て、ことは……はあ。リーダーってリスティかよ。はいはい、脳筋脳筋」


 薄々ね、そうかな、って思ってたんだ。

 魔法使いに殴れとか、リスティならいいそうだから。

 ブラスと同じで自分が出来るから他人も出来ると思うタイプなんだろう。これだから天才ってヤツは。


「それで? 俺に何か用かよ?」

僕は特に(・・・・)

「…………そですか」


 自分から声かけてなんだよ、と思うがスルーする。出来ればここのパーティーには関わりたくない。何かあったら斧が降って来るんだろ? ヤダヤダ。

 邪魔をされるかと思ったが、すんなりと店外へ出れた。

 トルウェンは相変わらずキリッとしきれない目で俺を見ていた。

 すると、


「人の話をお聞き!」

 

 オバちゃんに耳を引っ張られていた。

 ……どうしよう。俺と同じ匂いがする。

 関わったら面倒臭そうな匂いだ。


 へえ、自己分析出来てるんだ、って驚いた人。挙手。よし、今手ぇ上げた人、後で校舎裏な。多分、少年四人組が先に待っているはずだ。彼らも含めて補習を行います。

 なお、補修の後には赤ポットの販売も行いますので財布を忘れずに。

 

「さて、今日も働きますかね」


 マリア薬剤店へ向かう俺の足取りが、重たかったのは言うまでもない。

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