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異世界のデウス・エクス・マキナ  作者: 光喜
第1章 流浪編
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第6話 ポット

 目に入れても痛くない一人娘が誘拐され。

 時を巻き戻したとしても、娘の為に全てを投げ打つだろう。

 だからこそ、悔やみきれない過ち。

 

 ソレをチラつかせ、卑劣なる脅迫者となった俺は――


「いらっしゃいませ」

「ん。ナナさんは?」

「店長は薬を作っています」


 ――道具屋の店員として働いていた。

 

 ……何かおかしいだろうか?

 うん、おかしなところは無いよな。脅迫者が俺を雇えって売り込み来るなんて珍しい話じゃないだろうし。ただ、俺の場合は少し熱を入れて働いているだけ――

 あっ。ちょっ。待って!

 痛っ! 石は投げないでください。石はっ!

 分かってるから。俺だって妙だって。

 この話を他人から聞かされたら「なんでやねん!」とツッコまずにいられる自信がない。あ、大阪人じゃないですけどね。最上級のツッコミって感じしますよね、大阪弁。

 

 流石に初日はチンピラとして振る舞った。

 だが、二日目に厳しい現実と直面した。


 寝てたらメシが出て来るのだ。

 ぼぅっとしてたら小遣いが。

 番犬のイビキうぜぇと思ってたら酒が。

 出て来るのだ。出て来ちゃうのだ。

 そして欠伸したら寝床が用意される。

 ははは、いたれりつくせりですね。

 

 そう、分かっただろうか。

 良心の呵責に耐えかねたのである。

 寄生スキル持ちの俺が僅か一日で音を上げるだとッ、と驚愕した。でも、考えて見ると寄生は限界を超えて施してくれる事は無い。脅迫は……あるのだ。ナナは酒を飲まないらしい。だが、番犬用にと酒が出て来た。はて、これが意味する事は?

 ぼく、じゅっさいだから、わかんない。

 と、いたいけな子供のフリをして、「おいそこの番犬。お酒は遠慮しなさい」とアイコンタクトを試みたが、物凄く気まずそうな顔しながらも受け取っていやがった。目ェ逸らすってことは、懐事情は察しているのだろう。でも、酒は取る、と。クズだね。

 余談だが番犬とナナとの間に面識は無かったらしい。宿代を惜しんでの番犬導入だったが……リスクと天秤にかけるものではなかった。何もかもを暴露したい気持ちが俺にあったのかも知れない。まだまだ俺も甘い。とはいえ、事前にブラスに質問して、会わせて平気か確かめていた。


「今まで見知った中で一番美人のメイドは?」


 俺の知らない名前が出て来た。

 これで二人に面識がない事を確信した。

 だって、ウチのメイドは世界一だもんね!


 そんなワケで三日目から従業員として雇ってもらった。

 どうせいつかは切り出そうと思っていたのだ。

 回復薬は技術で作れる。だが、品質を決めるのは愛情――ではなく加護なので、ナナが作る事が大事なのだ。ナナが働ける環境を作ってやるのは当たり前の事だった。

 それが早まったのは俺にとってもナナにとってもいいこと。

 そう思う事にした。

 自分の小物っぷりに落ち込んだのは内緒だ。

 いざ働いてみるとコレが全然苦にならない。むしろ汗水たらして働くのが気持ちいい。

 足を洗ったチンピラってこんな気持ちかも知れん。


 ――母様へ。

 俺も随分と薄暗い道を歩んできた。人の顔を見りゃ善意に付け込む事ばかり考えていたよ。でも、当時はそれがおかしいことだとも思ってなかったんだ。だけど、今ならおかしかったって言える。分かったんだ。俺、足洗って就職したんだ――


 泣けるね。

 あ、手紙送りたくなってきた、ヴェスマリアに。

 でもさ、何を書けっていうんだ?

 そこだよな。結局そこで躓く。


 やってきた客は冒険者だろう。小太りだが魔法使いだろうか。でも、たまに動けるデブもいるらしいので、断定はできない。

 むむ、どっちだ、と見ていると、あれ、と俺は首を傾げた。

 なんか、見覚えがあるな。

 どこで見たんだ?


「これを」


 回復薬がカウンターに置かれた。


「はい、回復薬一点ですね」

「ナナさんを呼んできてもらえる?」

「品質の保証をご希望ですか?」

「ああ」

 

 あっ。

 思い出した。

 ステンにドナドナされる時、俺を見捨ててくれた御仁の一人ではありませんか。これはこれは……是非、あのときのお礼を返さなければなりませんね。

 

「冒険者ギルドからこられたんですよね? 品質はご承知のはずでは?」

「で、でもナナさんが加護持ってんの見たほうが安心だろ」

「仰るとおりですが……回復薬作りというのは集中力が必要なので。出来れば……」


 これは本当の事だ。


「それに以前、一度見た事があるのでは?」

「…………」


 だと思ったよ。

 初日か、二日目に来てたんだな。三日目からは俺が出ずっぱりだ。リスティが回復薬を冒険者に広めて、すぐにやって来たということは、こう見えて腕がいいのだろうか。

 

「な、なんなら待ってても……」

「待たせていると思うだけでも集中は乱れてしまいますので」


 美人を見てぇだけだろうが。

 本心が透けて見えてんだよ。

 なんて、本心はおくびにも出さず、冒険者の顔をじっと見つめる。


「な、ならいいんだ。迷惑かけたくないしね」


 そそくさと冒険者はカードを出そうとする。


「待てよ」

「…………え?」

「ああ、待ってください。一応、ナナさんの様子を見てきます。本当に集中してたら、ごめんなさい、諦めてください」

「あ、ありがとう」


 ちっ。

 そんな初心な態度を取られたら思い出しちまったじゃねぇか。

 好きな人に話しかけたいけど、話しかける勇気も無かったあの頃。

 迷惑をかけたくないといった冒険者の気持ちに嘘は無かった。

 

「でも、応援はしませんから……て、おい」

「な、な、な、に、かな」

「緊張しすぎ。深呼吸。落ち着いて。じゃあ、見てきますから。それまでに何とかしてくださいよ」

「あ、あ、あり、がとう」


 ……ダメかな、こりゃあ。俺の知ったこっちゃないが。

 

 仕切りとも呼べない入口をくぐればそこはもう家屋だ。ナナは……と。いた。

 緑色がついた手を洗っていた。休憩か。タイミングがいい。


「冒険者が加護の提示を求めてます。二度目だと思いますけど、イヤな顔しないで下さいね」

「分かっているわよ。冒険者だったら確認したいのは当然でしょ。加護がなくなる事だってあるんだし。それよりその口調。止めてくれない。ぞわぞわっ、ってする」

「ナナさんは店長で俺は従業員ですから」

「あら、じゃあ首にしちゃおうかしら」

「もう少し発展を見ていたい気はありますけどね」


 ナナは唖然と口を開いた。

 苦笑しつつ俺の頭を撫でると、店へ行ってしまった。

 ……な、なんだったんだろうか。


 と、今ので分かるように、俺とナナの関係は良好だ。

 一応、俺は脅迫者なんだけど……と、戸惑ってしまうぐらいに。店員を始めてから態度の軟化が始まり、十日目となった本日ではあの様子である。俺がすっかりペルソナ(笑)をかぶるのを止めた為だろうが……でも、油断しすぎもどうかと思う。

 

「……いたの」

「よう、おはよう」

「…………フンっ!」

「おいおい、挨拶も返せないのかよ。侮られるのはお前じゃなくて母親なんだぜ、リスティ」

「オハヨウ! これでいいッ」


 ……警戒剥き出しなのもどうかと思うが。

 俺の悪い癖というか、サガというべきか、求められた事には応えたい。リスティは俺をまるでチンピラのように扱う。失敬なことだ。だから、応えてやっている。俺は悪くない。リスティからしたら、俺は二重人格のように見える事だろう。とても楽しい。


 しかし、幼馴染フラグか。

 惜しいとは思うが。

 その程度でしかない。

 今となっては。

 出会ったこともない人物をあまり美化するものではないですね。コレ、教訓。

 

「母さんに何かしたら殺すから」

「物騒だな。売り上げに貢献してると自負してるが?」

「さ、さく…………アンタがガポーって持ってくためでしょ!」


 搾取な。

 リスティは本を読まない。だから、語彙がこんなでも馬鹿にするつもりは無い。俺の場合は前世の教育と、貴族生活のおかげだし。後者は一年で終わらされたが。

 しかし、「ガポー」という表現は大いにバカにしたい。

 切羽詰るととりあえず思いついた言葉をいうクセあるよな、リスティ。

 

 暫く「ガポー」といってからかっていたら、斧に手が掛かったため諦めた。

 こいつ、どうせ当たらないんだしって、スナック感覚で人を撲殺しようとしやがるんだよ。完膚なきまで叩きのめした事で過剰な信頼感を与えてしまったようで。

 くそっ。

 それでも誤解を解かない俺が憎いっ。


「それにアンタはウソついてる」

「……ウソ?」


 首を傾げる。なんだろう。


「母さん言ってたんだから。お金がないって」

「……金ない人が夕食を一品追加すると思うか? お前、美味しいつって食ってたろ」

「…………」


 リスティは冒険者ギルドへ出かけた。

 いってらっしゃい。挨拶をした。当然無視された。

 

 確かにナナは金がないといっている。

 だが、それは瓶を特注するだけの金が工面出来ないという事。トータルで言えば資産は着実に増えている。冒険者連中にお試し価格で回復薬を売ったことが大きい。

 数日試しただけで、回復薬の効果を実感したやつが何人も出たのだ。

 連中はいう。

 凄いと。

 この回復薬は凄いと冒険者は言う。

 だが、俺は冒険者が凄いと思う。

 たった数日で一体何人が大怪我負ってんだよ、と。

 でも、リスティが怪我をして帰ってきた事はない。本当にリスティがユーフ一だったらどうしようと思う今日この頃である。

 

 暫く時間を潰してから店内に戻ると、まだナナと冒険者が話していた。

 俺が真横を通ってるのに気付かない冒険者を尻目に店外へ。

 店を見上げる。

 店といっても大した構えでもないが、俺の身長からは巨大に見える。

 不恰好な看板が掛かっていた。

 

 ――マリア薬剤店。


 店の名前に店主の名前を冠するのは普通だ。ただ、何故かナナの字が抜けている。

 リスティは平凡だと口を尖らせていたが、


「平凡だからいいのよ」


 の一言で納得してた。

 いいのかよ。

 

「いつかちゃんとした看板も作らないとな」


 目指せ、ドラッグストアー。


***


 さて、ドラッグストアーを目指すに当たり、

 前世の知識をフル活用して店を大きくしてやんぜ!

 と、意気込んだ時期が俺にもありました。


 すぐさま挫折した。

 だって、考えて見たら《AGO》だけが取り得のただの高校生だったわけだし。その《AGO》にしたってリング一つ、十年かけても解析できていない有様なのだ。

 とはいえ、俺がドラッグストアーの店長だったとしても、同じだったとは思うのだが。

 いや、自己弁護とかではなくてね。

 こっちには機械がないのだから。

 似たモノならある。冒険者ギルドの仕組みなんて、まるまんまパソコンだ。だが、あれを実現させているのは神様なのである。そして、ここが大事なのだが、神様の力を利用するためには、その神様の加護が必要なのだ。つまり、パソコンオペレーターなんて誰でも出来るような事ですら、ファウンノッドでは技能職となってしまうのである。リスティの事を教えてくれた受付嬢も当然加護持ち。

 薬作りだってそうだ。

 頑張れば全自動回復薬作成機が作れるかもしれない。

 だが、加護がないのでナナの作る薬に劣る。

 何をするにしても人に依存するのだ。

 裏を返せば個人の努力でどこまでも飛躍出来るという事なのだ。


 ああ、なんと、素晴らしい。


 この枠組みを作ったのがクソ神でなければ素直に感動できのだが。


 俺はブランドを作ろうと思っている。

 マリア薬剤店印の回復薬である。

 加護を見せて品質を保証するのも、瓶を特注して差別化を図るのも、最終的な目標はブランド化だ。一旦、ブランドが出来てしまえば、同じ品質で同じ値段のものがあれば、購入されるのはブランド品になる。そうなってくるとパチモノが出回ったりと、ネズミごっこが開始されるのだが……そこまで考えるのは取らぬポンポコのなんとやらだろう。

 意図して提案したわけではなかったが……言語化されていないだけで目指しているのはブランドだったのだろう。ブランドを作ると思うと、指針が明確になった気がした。


 ブランドには柱が必要だ。

 回復薬一本では心もとない。

 材料が高騰したら危険だからだ。

 リスクは分散すべし。

 ナナには魔力回復薬の試作も頼んでいる。


「腕が鳴るわあ」

「あ、ほどほどでお願いします」


 暫く一緒に生活してみて分かったが、ナナのウッカリ発動率はやる気と比例している。頑張ろうと力んでしまうのだろうか。ブラスと足して割ると丁度いい気がするがどうだろう。いや……ダメだな。普通に足して割るだけじゃ、ナナまで働かなくなってしまう。

 くそっ、どんだけだよ、ブラス。


 まずはユーフに土台を作る。

 さて、自己を高めるのも大事だ。

 だが、競合他社を忘れてもいけない。

 そう、道具屋だ。

 道具屋とは代理店契約を結んだ。マリア薬剤店の回復薬を置いてもらい、一つ売れれば二割の謝礼を渡す事になった。マリア薬剤店のブランド化が進めば、道具屋の回復薬は売れなくなるのだから、もっと強気に出ても大丈夫だとも思ったが、ナナが事を荒立てるのを嫌った。

 というか。

 道具屋の店主はジジイだったのだが。

 このジジイが尾ヒレをつけて噂を流していたフシがある。

 ナナの冒険者カードの確認もせずに契約を結ぼうとしていたのだ。

 

「品質がいいのは知っておるからな」


 と、嘯いたので、


「他の人にもきちんと事実が伝わって欲しいものですね」


 と、釘を刺しておいた。

 食えないジジイだが店の立地はいい。

 暫くは持ちつ持たれつやって行くしかないだろう。

 帰り際、ナナにやり過ぎだと怒られた。

 狭い町だ。やりすぎても反感を買う。

 いわれて見ればその通りだったので反省した。

 俺はいつかこの町を出て行くだろう。だが、ナナはこの町での生活があるのだ。

 

***


 ブランド化戦略は軌道に乗りつつある。

 ユーフの隣町でマリア薬剤店の噂を聞き付け、商人がわざわざ買い求めに来たのだ。販路を開拓したいのは山々だったが、具体的な話をすることは出来なかった。

 生産量の見極めが出来ていなかったからだ。気兼ねなく腕をふるえるのが嬉しいのか、ナナの腕は日増しに良くなっていくのだ。嬉しい誤算というやつである。

 取りあえず安い価格で卸して、再訪を約束して貰った。

 

 瓶の色は俺の要求が通った。

 不評だったら変えればいいわ、と店長の言。

 決断力のある店長になって来た。

 頼もしい。

 

 試作品を見て、「赤ポっ、青ポっ」と無邪気に喜ぶ俺を見て、「赤ポ?」とナナが首を傾げていた。赤ポットの略だと教えてやると、今度は「ポット?」と首を傾げていた。あ、可愛い。大丈夫です、ナナさん。まだまだ現役でいけます。

 この世界の――というか、少なくとも人間の言語は英語に似ている。稀に英語そのままの単語もあるが、ポットは通じなかった。

 じゃあ、ポットってなんぞ、って言われると俺も良く分からない。多分……瓶、的な……何か、ということしか……いや、ほら、英語とか苦手……だったし……

 リングの言語設定で英語もあった気もするから、日本語と英語を切り替える事で英語の勉強は出来そうな気もするが……もう使わない言語を勉強してもね。

 「ポットはポットなの!」とごり押ししていたら、「じゃあ、赤ポット、青ポットって呼びましょう。差別化を図るなら、容器だけじゃなくて、名前も。ね?」との事。

 こうしてノリで単語が一つ生まれた。

 今はただの商品名。だが、これが流行ればいつかは回復薬の事を指して、ポット、ポットと呼ぶようになるのかもしれない。想像すると笑えるな。


 忙しい日々は飛ぶように過ぎる。

 気が付けば店員となって一ヶ月が経っていた。

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