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異世界のデウス・エクス・マキナ  作者: 光喜
第1章 流浪編
13/54

第5話 再会3

「……う、うぇぇ……」


 俺は路地裏で四つん這いになっていた。

 泥酔するブラスとどっこいの無様さである。

 嘔吐だけは、嘔吐だけはっ、と念じながら波が行き過ぎるのを待つ。

 この舞台裏が覗かれたら、上がったばかりの俺の株が大暴落だ。


 気分が悪かった。

 神眼を使った反動だ。

 リングの機能としてはマップは負荷なく使える。しかし、カスタマイズした途端物凄い負荷がかかるようになった。神の力を人が扱おうとしたからだろう。


 どうやらリングは神々の力を使っているらしいのだ。


 そう考えた切っ掛けは冒険者カードとリングの類似点だ。

 ステータス神(名前知らない)は人々の名前、種族、所属やらの情報を管理している。

 ふと、これってアレに似てると思った。

 データベースだ。

 データベースは情報をバンクするだけで、どう利用するかはユーザーに任されている。

 俺のリングはデータベースから名前と種族の情報を、冒険者カードはそれに加え、所属を引き出していると考えると辻褄が合う。加護は加護神(やはり名前知らない)が管理しているとの事。リングにおいてステータスと加護が別項目になっていた事にもこれで説明がつく。

 だったら、他はどうなんだと思うのは当然の事。

 するとアラ不思議。手元にはマップと瓜二つの地図が。

 この時点で確信した。

 少なくともステータス、加護、マップの三つは神の力だ。


 さて。

 ここからが本題だ。

 天気予報を思い出して欲しい。

 天気予報をするにはスパコンが必要だが、結果を得るだけなら簡単である。単に表示をしているだけだからだ。

 神眼は表示される座標を弄っているだけなので、負荷としては変わらないはずなのだが……マニュアルがあるワケでもなし、本来は違う用途の命令文なのかもしれない。拳銃で釘を打つような――結果として釘は打ち込まれるだろうが、過程がどう考えてもおかしい、ってコトになっているのかもしれない。あ、拳銃で撃ったら釘無くなっちゃうんじゃね、ってツッコミは遠慮願います。分かってるんで。

 魔法を習得出来れば分かるのだろうが、その魔法も……


 俺の回復からややして、赤いマーカーが移動を始めた。

 神眼からマップへ切り替えている。

 だって気持ち悪いのヤダもんね。

 でも、また使っちゃうんだろうな。

 なんだか、二日酔いが「もう酒飲まない」っていいながら、ほとぼりが冷めたらまた飲むのと似てる。神眼は俺がファウンノッドへ来て初めてコーディングした魔法のようなものなので愛着があるのだ。

 

 マーカーを追って、俺も移動を開始する。


 俺がリスティのマーカーを赤くしたのには訳がある。

 識別するためだ。

 ユーフで俺に敵意を持っているのはリスティただ一人。

 つまり、赤いマーカーを追っていけば、彼女の家に辿り着く。

 リスティの好感度を下げてまでやる事かと今になって思うが……最初から好感度マイナスだったしね。いいんだ。「おはよう、朝だよ」なんていいながら、斧で叩き起そうとする子はこっちから願い下げだ。

 幼馴染なのにいいのかって?

 ははは、これは異な事を。

 僕とリスティは幼少期、一度も出会ってませんが?


 アレが俺の捜してたリスティに間違いないだろう。

 もし別人なら本当になんで俺が襲われたんだかさっぱり分からない。


 リスティは全力で移動しているようだが、俺は徒歩だ。

 急ぐ必要もないだろう。

 長年の目的が果たされるとあって、少しばかり感傷的になっている。

 心を整理してから会いたい。

 でも、リスティもいるんだよな。また、襲われても面倒だ。ブラスを連れて来るべきか? あ、ブラスとリリトリアを合わせるのはマズいか。もしかしたらアジトで顔を合わせていたかも知れない。かつてのメイドを俺が探していたとバレれば、自我があった事を告白しなければならないだろう。

 ううむ。

 悩ましいが。

 ま、いいか。

 リスティ程度ならあしらえる。

 彼女も母親の前で大立ち回りはしないだろう。

 一人で行こう。

 これは俺の自己満足なのだ。ブラス連れていったらムードブチ壊してくれるだろうし。


「お、おおぅ? 誰……んちだ? ここで酒売ってんのか?」


 とかいうのではあるまいか。

 ……うわ、有り得る。

 つか、想像できちゃう俺がイヤだよ。


「…………」


 辿りついた場所を見て、俺は目を瞠った。

 店だったのだ。

 市街地にぽつん、と一軒だけ店を開いていた。民家だったものを改装しただけ。看板も出ていない。知らなければ前を通っても気付かなそうだ。

 もしかして、と思う。


 店内は無人だった。

 おい、不用心だな。

 好都合か。

 店内を見て見たい。

 置かれているのは日用雑貨と回復薬だけであった。うん、貧弱な品揃え。近所の人が使うだけの店ということか? 住宅街にある店とかこんな感じだった。

 しかし、回復薬か。

 予想は当たりか?


「お客さん?」


 回復薬を棚に戻し、店の奥を見ると――


「…………」


 ――リリトリアがいた。

 歳を取ったようだが、相変わらずの美人だ。

 

「な、なに、驚かせちゃった?」

「……ああ、すいません。お姉さんが美しいので見惚れてしまいました」


 俺は微笑もうとして――うまく出来なかった。


「ふっふー、こう見えても一児の母よ」


 ドヤ顔するリリトリアに笑みを返そうとして――顔が引き攣る。

 ……あ、あれ?


 動揺を押し殺し、言う。


「とてもそうは見えないですよ」

「ありがとう。それで? お使いかな?」

「あ、違うんです。前を通っていたら、回復薬が目に入って――」


 当たり障りの無い会話を交わす。

 回復薬の値段。品揃えについて。こんな場所で店を開いている理由。話題に上がった子供の話。もう十四歳になる娘? それならお姉さんは一体何歳? ああ。確かに女性に年齢を聞くのは失礼でした――

 俺は次々に話題を提供し、会話を途切れさせない。合間にはネタを挟むのは忘れない。

 いつにも増して口は回っていたかもしれない。

 だが――


 ……なんだこれ。


 激しく上滑りする会話が不気味だった。

 九年ぶりの再会だ。感動的な場面のハズ。なのに、なんだ、コレは?

 物凄くキモチワルイ。


 考える。

 リリトリアに話題を振りつつ、考える。


 リリトリアに再会できて嬉しくないのか?

 まさか。

 あり得ない。

 リリトリアが死亡していることだってあり得た。やつれているようだが、目に見える傷も無い。俺がレントヒリシュだと気付いてくれないから? 仕方がないだろう。彼女は入れ替わった事を知らないのだ。抱き合って再会を喜ぶ事は出来ないと、覚悟していたはずではなかったか。ああ、そうだ、寂しくはあるが、不満は無い。

 でも、だったらなんで?

 ああ、そうか。

 分かった。

 原因は俺か。


 ――答えが出た。


 リリトリアが見つかったのは嬉しい。

 しかし、狸に化かされているような気持ちが拭えなかった。

 それが俺の感情を迷子にさせていたのである。


 では、何故、そのような気持ちになったのか?

 それは先日、考えた事が当たっていたのだろう。


 やはり心の片隅では見つかるはずがないと思い込んでいたのだ。

 何しろこの世界にはネットも電話も無いのである。

 地球では知らない事はネットで調べれば良かった。電話をかければ遠方と会話ができた。だが、それは俺が凄い訳ではない。俺は文明の利器を使っただけなのだ。

 考えて見ればネットも電話も物凄い技術である。

 俺はそれを当たり前のように使っていた。

 出来て当然だと思っていた。

 作ったのは俺ではなく――どこか遠くの学者が開発したものだから。

 地球での生活は他人の力で成り立っていた。電気や、水道、ガスといったライフライン。腹が減れば便利なコンビニ。前世のほうが余程俺の出来る事は多かっただろう。だが、果たして自分の力だけで成し得る事が何かあったか?

 いや、無い。

 俺は他人の知識の上澄みをかすめ取り、自分の力のようにふるまっていただけ。

 だから、俺は俺に自信が持てなかった。

 自分に自信がないから目の前のリリトリアでさえ疑ってかかっている。

 俺が捜し出せるハズがないって。

 これは夢ではないかって。

 はあ。情けない。


 でも、そうと分かれば。

 自信は無かった。でも、今はある。

 そうだろう?

 だって俺は独力で成し遂げた。文明の利器がなくたって。

 その証拠が目の前にいるのだから。

 そしてその証拠は両親を除けば、唯一家族と認めた人物。

 これを自信に思わなきゃどうするよ。事実は何一つ変わっていなくても、順序が整理できただけで、全然意味が変わって来る。リリトリアの存在を疑うのは何より彼女に失礼だろう。まあ、自信の在り処に他人を使う当たり、俺が成長出来たのか怪しいところではあるが。いいか。なんか納得できたし。


 あれ。なんだか、凄く懐かしくなってきた。

 今更かよ、と自分にツッコミを入れたい。


 回りに回っていた俺の舌がペースダウンする。わざとそうしたのではなく、感情に合わせて落ち着いただけ。上滑りしていた感覚が消え、カチリとハマった気がした。

 なんだかね。まるで心の整理が出来ていなかった。した気になってただけだった。


 ――ファウンノッドの人々は強かだ。

 何度となくそう思ったものである。

 だが、その感慨は自分とは違う、と思っていたからではないか?

 自分の力だけで未来を切り開く。自分には出来ない芸当だと。

 少しだけ。本当に少しだけ。俺もなれた気がする。ファウンノッドの住人に。

 やれやれ。

 十年間も過ごしておきながら、訪問者気分が抜けていなかったとは。笑えない。そりゃあさ、自分が特別だって思いは大事だ。自分が唯一無二の存在だと思いたい。だからって、俺はこの世界の人間じゃあないっつって、ナナメに見てるのはなんていうか、ちょっとダサくない? あー。思い出すと赤面モノだから、自省はカット。アレだね。アレ。アレってなんだって言うなよ? もう漠然と曖昧模糊とした表現で誤魔化す所存だから。

 はは。

 俺は微笑む。

 リリトリアの顔を見ていたら、自然と口元が緩んだ。

 本当に久しぶりだな、リリトリア。


「ああ、そうだ。お名前を聞いても?」

「ナナマリア」


 リリトリア。

 ナナマリア。

 語感が凄く似てる。

 だが、本名から取ったのではなく――

 

「ナナさんですか」

「マリアって呼ばれるわ、大抵」

「ごめんなさい。僕にとってマリアはただ一人なので」

「私もそう……自分の名前だから」


 おいおい。

 思わず苦笑する。

 うっかりは変わってないな、リリトリア。偽名だってバレるぞ。

 彼女にとってもマリアと言えば、ヴェスマリアのことなのだろう。

 これが聞けただけでも彼女を捜して良かったと思えた。

 

「お客さんはたくさんきますか?」


 クエスト事件でワリを食ったのは誰かと言えば、俺とリリトリアである。

 だから、無事であることを確認したかった。確認出来ればそのまま立ち去るつもりだったのだが……いざとなると欲が出て来た。無事なだけではなく、幸せであって欲しい。

 そう思っての質問だったのだが……


「き、聞いたらいけないことだったらごめんなさい」


 リリトリア――もう、ナナマリアか、の顔が曇ってしまったのだ。

 

「店を畳む事にしたのよ」

「…………は、はァ?」


 なんだよ、そりゃあ。

 捜しあてた矢先に?

 俺が不幸を運んできたみたいじゃないか。


「……なんでか、教えてもらってもいいですか」

「ごめんね、家庭の事情なのよ」

「……そう、ですか……ユーフには腕のいい薬師がいるって聞いていて。ナナさんがそうじゃないかって思ったんですが」

「へえ、噂になってたの」


 この口ぶりからすると、彼女が腕のいい薬師なのだろう。道具屋はもう一軒あるのに、自分の噂だと疑っていない。


「知りませんでしたか?」

「手広くやっているわけじゃないから」

「ここの回復薬を飲めば腕が生えてくるとか、そんな話になってましたよ」

「ふふっ。加護があるとはいっても、そこまではねえ」


 なるほど、加護持ちか。

 薬の効果を高める加護だろう。

 

「もっとお店を大きくしようとは思わなかったんですか?」

「目立つ訳にも……ユーフにはもう一軒道具屋があるから」


 だからうっかりにも程があるぜ、リリトリア。

 そんなだからナナマリアで統一しようと思ってたのに、俺もうっかりリリトリアって呼んじまう。

 

 だが、事情は把握できた。

 豚公爵を警戒して店を大きく出来なかったのだろう。リリトリアは死亡扱いになっているはずで、豚公爵もそれを疑っていないはずなのだ。もし存命が知れていたら、弱みを握っているのだから、妾になれと脅迫しに来ている筈である。

 捜せていないだけだったとしても、もう九年だ。

 とっくに忘却の彼方だろう。

 まあ、今だから言えるのかも知れないが。

 

 取りあえず俺が言えるのは、豚公爵からの追手は無いということだ。

 とはいえ、念の為にもう一度可能性を検討して見る。

 

 豚公爵がリリトリアを捜しだそうとしたらどのような手段を取るか。俺と同じだろうな。冒険者ギルドでリスティをリストアップし、後は虱潰しにしていく。

 ああ、やっぱりワリにあわないよな。

 リリトリアの捜索費用で妾を二、三人は囲える。

 万が一、ここまで辿りついたとしたら?

 リリトリアは偽名を使っているから居場所が分からない。

 となれば、やはりリスティにまずは接触を図り――


「…………あ」

「どうしたの? 顔色悪いわよ」

「お気になさらず。自分の浅はかさに絶望しているだけなので」

「……そ、そう。もし体調が悪いなら回復薬飲む? どーせ店たたんじゃうだし、タダであげるわよ」

「欲しいですが、ダメです。商売はキッチリやってください」

「…………こ、子供に諭されるのはクるわね」

 

 リリトリアがへこむが放置。

 それどころではない。

 まずい。

 ようやく理解できた。

 リスティが敵対したワケが。

 

 リリトリアの信頼を得るにはどうしたらいい?

 それも可及的速やかに。

 いっそ、俺がレントヒリシュ(元)だとバラすか? ダメだ。彼女はレントヒリシュが偽者だと知らない。人の人生を狂わせたという重荷を彼女に背負わせるつもりか? そんな重荷を背負うのは俺だけで十分――ヒュー、カッコイイー。とか言ってる余裕ねぇな。くそっ。俺の株を上げるチャンスだっていうのにっ。


 リスティと接触させない――のは意味がないか。彼女から話を聞いたから、店を畳むことにしたんだろうし。


 あー。

 ダメだ。

 俺の身分を明らかに出来ない時点で詰んでる。

 タイムアップはもう間近だ。

 マップを見れば近付いて来る。

 赤いのが。

 

「母さん、お客さん?」


 奥からリスティが出て来た。

 リスティは俺を見るなり、指差して叫んだ。


「母さんから離れなさいッ!」


 凄まれても手にしたのが箒では可愛らしい限りだ。二度と来るな、とクレーマーを追い返す看板娘といった感じ。嗚呼、何故、この光景をさっき見る事が出来なかった?


「リスティ! 止めなさい、お客さんに!」

「でっ、でも……母さん」

「言い訳しない!」

「ちがっ、違う」


 リスティが首をふると、ツインテールも揺れる。

 猫じゃらしみたいだ。

 和む。


 っと、いけねぇ。

 現実逃避をしている場合じゃなかった。

 あ、またツインテールがゆらゆらと……

 ……和む。

 い、いけねぇ!


「母さん! コイツなのよ! さっき言ってた追手は!」


 ああ、やっぱり、そういう誤解をしていたか。

 そうだよな。リリトリアの様子から追手を警戒していたのは明白だ。そんなところへリスティを捜してやって来る人がいたら? 追手かと思うのは当然だろう。

 でもさ、リスティ。俺はまだ十歳の子供だぜ?


「あなたね……早とちりするのは誰に似たのかしらね」

「母さんよ!」


 だよね。


「あなた、冒険者ランク幾つになったって言ってたの」

「Cだけど……って知ってるでしょ! お祝いしてくれた時に見せた!」

「ステン君からも聞いたけど、あなた、強いんでしょ」

「うん、そう! 信じてくれた? ユーフじゃあたしより強いヤツいないんだから!」


 え? ユーフってBランクいないの?

 あ、実力の話か? その割には対人戦に不慣れだったが……

 ……単なる自称か。俺の神童(笑)と一緒か。

 まだ、子供だもんな。

 でも……こいつ……こうして年相応の顔をしてると……可愛いな……ツンってしてるから……このままデレっとしてくれれば……

 ……ハッ。俺は今何を?

 

「リスティ。よく聞きなさい。あなたの言う通りだとしたら、この子がよ。この子がユーフで一番強い事になるけど? あなた、負けたんでしょ」

「こっ、子供だって強いのはいるの! あたしみたいに!」


 ここだ!

 と思った俺はすかさずリリトリアの裾を掴み、上目遣いになる。


「…………お姉ちゃん、こわい」

「箒を下ろしなさい。怯えてるわ」

「うっ、ウソつき! コイツ、ウソつき!」


 語彙の乏しいヤロウだ。

 そんなんで俺の鉄壁のペルソナを破れると思うな。面の皮が厚いとも言う。


「坊や何歳?」

「じゅっさいです」

「追手が十歳? 馬鹿言ってるんじゃないわ」

「母さん! コイツの親ってのがいるの。宿に泊ってるんだって! ソイツが追手なの!」

「リスティ……子供だけど……あまり人様の前で追手とか言ったら駄目でしょ」

「母さんだっていってたもん!」

「貴女が言ったからよ」

「ナナさん、オッテってなんですか?」

「ええとね……」


 どんな誤魔化しが来るのだろうかとワクワクしていると、


「黙れっ! 黙れ黙れぇ!」


 リスティがキレた。おい、箒折れてんぞ。あ、断面向けるの止めてもらえます? ささくれ立ってて危険なので。まあ、真に危険なのはささくれにささくれたリスティの心か。

 はは、うまいこと言ってしまいましたね。


「コイツの親が怪しまれないようにコイツを使ったの!」

「…………ウチの親は飲んだくれで……働けないんで、その推測には無理があります」

「でも、コイツの親はエントウルフ討伐したって! 強いの! だから、あたしはコイツ捕まえて、親を取っちめてやろうとしてたの!」

 

 その瞬間だ。

 パンッ!


「あっ、貴女って子はッ」

 

 あ、あれ……今度はリリトリアがキレた。

 こ、こえぇ……

 叩かれた頬を、リスティは信じられない、というようにさすっていた。


「私がっ、貴女をっ……人質に取られてっ……どうっ、思った……同じ、事をッ!」


 怒りのあまり、まともに声になっていない。

 だが、言いたい事は伝わった。

 潮時か。

 見ていても全く溜飲が下がらない親子喧嘩が始まりそうだ。

 これ以上放置すると親子関係がこじれてしまう。


「止めてくれ」

「この、この馬鹿娘は! 一番してはならない事をしようとしてたのよ!」

「誘拐されかかった俺がいいって言ってるんだ」

「ごめんなさい。でも、黙ってて。これはあたしたち家族の問題」

「……頭に血が上ってらーな」


 俺が素の口調で喋っても気付きもしない。

 参った。

 いうしかないか。気が乗らないから、やりたくは無かったが。

 土台、リスティを捜していた理由を白状できない以上、落とし所が必要なのだ。

 まあ、いいさ、ペルソナ(笑)をかぶるのは慣れてる。


「リリトリア」

「ごめんね、坊や。少し待ってて――」

「聞けよ、リリトリア。今はナナマリアだったか」


 リリトリアが勢いよく振り返る。見開いたその目は瞳孔が開いていた。

 リスティはというと、場の変化についていけず呆けていた。

 

「……ね、ねえ。キミは誰?」

「クロス」


 リリトリアの目が泳ぐ。

 分かりやすい仕草に笑ってしまいそうになるが、堪える。

 こっからの俺はチンピラだ。

 笑ってちゃあナメられるってぇモンよ。


「思い出そうったって無駄だ。こんな黒髪に見覚えがあったら、会った時にすぐ思い出しただろ」

「…………ええ」

「まず最初に言っておく。俺は豚公爵……名前なんだったか……オルトリ? オルド……オストリット……?」

「オルドストリット」

「そう、それ」


 指を鳴らす。いい音がする。リングで日々鍛えられてますから。


「その豚公爵とは何ら関係がない。プライドが高そうな豚だったから、部下にこんな陰口叩かれてた知られた日にゃ、首切られるだろうな。俺が豚の部下じゃないと証明する事は出来ないが、望むなら何度だって豚公爵と言ってやる。ただ、アンタが昔しでかした事は知っている」


 リリトリアがリスティを庇うように移動した。

 ケンカしてても親子か。

 眩しいので出来れば見たくないが、脅迫者が俯いているのもカッコが付かない。

 リリトリアの目を見ながら話す。


「アンタがユーフにいる事は知らなかった。路銀が尽きてどうするかと思っていたところ、この町にリスティっていう冒険者がいると知ってね。リリトリアの娘の名前だと思ってちょっと探ったら殺され掛けて。まあ、それはいい。金がねぇんだ。それでちょっと助けてもらおうと思ったワケ。ここまではいいか?」

「お金なら幾らでもあげる。あたしも好きにしたっていい。でも、リスティだけは」

「か、母さん……」


 ふと、懐かしいと思った。

 なんだろ、と考えたら、ヴァンデルとリリトリアが似た会話をしていた。

 あの時のヴァンデルの立ち位置に俺がいるのかと思うと微妙な気分だ。

 

「要求は……そうだな、四つある」


 リリトリアの顔が強張る。


「一つ目。俺をここに泊めて貰いたい」

「……リスティに手を出さないと誓ってくれれば」


 ここで「要求出来るような立場だと思ってんのかゴラァ!」と言えたらマフィアになれるのだろうが、俺はチンピラなので、ジェントルマンである事を確約する。


「斧で頭叩き割ろうとする女なんざこっちから願い下げだ」


 リリトリアが本当なの? というように見ると、リスティは目を逸らしやがった。

 

「……二つ目は?」

「店を畳むのを止めろ。金蔓に逃げられたら困る」

「……そうね、もう畳む必要もないか」

「三つ目は犬を飼ってもらう」

「…………犬?」

「番犬ってヤツかね。見境なく吠えたりしない。戦力になるのは保証しよう。犬には酒を与えておいてくれりゃあ、言う事は何も無い」

「…………い、犬なんでしょ。お酒は」

「四つ目は、二つ目と少しかぶってるかもしれない」


 堂々のスルーにリリトリアも戸惑いを隠せない。

 だが、この程度で戸惑っていては、恐らく次の要求は理解できまい。

 

「店を繁盛させろ」

「…………えっ?」

「豚公爵からの追手は無い。だから、名が売れたって問題ねぇ。偽名を使ってるんだから、バレる心配は元々なかった。慎ましくやる必要がないなら、アンタの回復薬は間違いなく売れる」

「待って、待ってよ。店を繁盛っていっても、すぐには難しいわ」

「今すぐ繁盛させろとは言ってない」

「……それだけ、長居するってことね」


 言われてみりゃそう受け取られても仕方がない。

 長居するつもりもなかったが。乗りかかった船か。


「回復薬が有名になれば命を落とす冒険者も減るだろう。それはアンタにとってもいいことじゃないのか?」

「ええ……そうね」

「まず胡散臭い噂を駆逐するところから始めろ」

「……噂なんて人が勝手にいうものでしょ。それもどこか遠くで。何もできないわ」

「そうでもない。俺が思うに、曖昧なのがいけないんだ」

「曖昧?」

「効果が高い回復薬。曖昧だろ。何と比べて効果が高いのかってコト。比べて見るにしても、飲み比べをするようなバカもいねぇ。だから、尾ヒレが付く。そんなに効果が高いなら、腕だって生えて来るんじゃ、って具合に」


 奇しくも青年商人と話した事がここで生きて来た。

 彼との雑談で問題点が明らかになっているから、改善点も出し易い。


「だから、ここの回復薬が効果が高いと、見て判断出来る情報を流す」

「……あなたが言ったんでしょ、回復薬は飲んでみないと分からない」


 言質を取られないよう苦心しているのが分かる。俺を侮ってはいないようだ。秘密を握られていた事が判明した時点で、俺を十歳児として見るのを止めていたか。

 賢明である。

 その賢さをもっと建設的に使ってもらいたいが。

 まー、俺のスタンスからして仕方がないとは思うが、一応真っ当な改善案を出しているのである。難癖をつけているように思われるのは心外だ。

 これぐらい自分で気付いて貰いたいが、今の状況では難しいか。


「持ってるだろ、加護」

「……あっ」

「会計をする時、必ず加護を示すようにしろ」

「……そっか。それが何より回復薬の効果を保証する……」


 ぶつぶつと検討するリリトリアを見るに、今まで考えても見なかったのだろう。目立つ事を避けていれば、売り上げを伸ばす必要もなかっただろうから。


「出来れば瓶も変えたい」

「……個別に頼むと高くつくわ」


 ふむ。

 少し様子が変わったか。ゴネている訳ではない。単に意図が読めていないようだ。


「そこは先行投資と割り切れ。差別化を図る。この町には道具屋が二つある。しかも向こうのほうが見つけやすい場所にある。効果の高い回復薬に釣られ、他の町から冒険者がやって来ても向こうにいってしまう。だが、瓶に特色があれば?」

「……この店を探そうとする? でも、向こうは加護を持ってないわ」

「そこだな。出来ればというのは。前言を翻すようでアレだが……噂は噂だものな。きちんと広まってくれるとも限らない。なんでかってぇと、証言でしかないからだ」

「……だから瓶を? 物証になるから? この瓶の回復薬が効果あるといってくれたら」

「そう。魔力回復薬は作れるか?」

「ええ……材料が高くつくから今は作ってないけど」

「よし。なら回復薬は赤、魔力回復薬は青の瓶を使え」

「赤? 血を連想させない? 不吉だと思われたら。お客さん嫌がらないかしら」

「…………まあ、様式美なだけだから……そこは任せる」


 段々とリリトリアから前向きな意見が増えて来た。

 リスティはと言えば……ああ、ダメだ。アホの子になってる。


「後はリスティに宣伝して貰うか」

「あっ、あたし?」

「回復薬使わせた事あるだろ」

「パーティーと愚連隊には」

「使ったヤツはなんて言ってた?」

「すごいって! あたしの母さん凄いって!」

「それを冒険者連中にも知ってもらう。最初の一本をお試し価格で安く融通してやれ」

「イヤ」


 ……ん? 今なんて?


「おい、バカ。俺が気に食わないからって、なんでも噛みつくなよ、バカ」

「はあ? バカはアンタよ。回復薬作れるの母さんしかいないんだから。母さん倒れちゃうでしょ。あ、もう一回いってたわよね。バーカ、バーカ。これでよし」

「…………」


 アホの子だと思って油断していたら、正論が返って来て言葉もない。

 つか、お前バカが多いよ。でも、ははは、知らないようだな。バカっていったほうがバカなんですー。日を改めて報復させてもらいますけどー。じゃないと話が進まない。


 無理強いするわけにもいかないか、と思っていたら、


「リスティ。あたしはやってみたいと思ってる」

「で、でも母さん」

「聞いて、リスティ。ずっと申し訳ないとは思っていたのよ。あたしの加護はユーフに来る前、旅をしている時に授かった。リスティが病気になってね。次の町までリスティは持ちそうも無かった。当時、薬草の知識もないから、手当たり次第効果が有りそうな草を煎じてリスティに飲ませたわ。リスティは助かった。偶然、効果のある薬草が混じってたんだとその時は思ったけど、違ったわ。ユーフに来て、冒険者カードを更新したら、加護が増えていたのよ。薬草の効果を高め、毒素を無効化する加護。薬草の中には治癒を促すけど、毒を持っているものもある。毒と薬は似てるのよ。だから、こういう加護なんだと思うんだけど……母さんはね、思うの。きっとリスティ、貴女に飲ませた草の大半は毒草だったんだって。だって、母さんだもの。絶対やらかしているに違いないのよ」

「……母さん……説得力しかないのがイヤだよ」

「だからね、加護をくださった神様に恩返しをしたいの。貴女も協力して。ね?」

「…………分かった。でも母さん忘れないで。こいつ、追手なんだから!」


 ……だから、追手じゃないといっているのに。


 だが、脅迫者ではある。

 その事を思い出したらしいリリトリアは俺に疑惑の目を向けて来る。


「どうしてここまでしてくれるの」


 そう、それは疑問に思うよな。

 ここまでの要求はただ一つ。俺とブラスを泊めてください。

 対して業務の改善案は、なかなか筋の通ったものだ。コンサルタント料金取れるんじゃないかと、自画自賛したいくらいには。青年商人には感謝である。彼と引き合わせてくれたブラスのイビキには――怒りしかないが。


 さしずめ今のリリトリアの心境は――強盗に病気の世話をされたようなカンジか。

 ……むむ。確かに不気味だな。

 なので、それなりの理由を付けてやる。

 チンピラらしい理由を。


「そうしないと俺が搾取出来ないだろ?」

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