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異世界のデウス・エクス・マキナ  作者: 光喜
第1章 流浪編
12/54

第4話 再会2

 一日経った。

 冷静になった。

 気付く事があった。


 あれ……もしかして衆道のお誘いじゃなかったんじゃないかって。


 えっ? それ気づくのに一日?

 そんな冷めた事を言う人は、自分のケツが狙われたワケじゃないから言えるのだ。まっ、勘違いだったんですけど。イヤさー、だって、あの時俺、テンションおかしかったんだもの。

 もしかしたら折ったらまずいフラグだったのかも知れん。

 後の祭りである。

 ケツは差し出さないけどね。

 

 少年達の目的が謎だ。

 格好からユーフの少年だろう。

 だが、俺がユーフに来て接触した人は限られている。おかみさんと受付嬢ぐらいなものである。宿の手配はブラスがしたので、おかみさんは俺の名前を知らない。

 と、なると、受付嬢のセンが強い。

 彼らは俺の外見と名前を知っていたからだ。


 ピーン、と閃くモノがあった。

 ははあ、さてはあいつら、受付嬢に憧れてるんだな?

 俺が受付嬢と談笑しているのを目撃し、嫉妬に駆られたのだ。

 

 鷹揚な気持ちになれた俺は、おかみさんを褒めちぎって、今度こそ大盛りの朝食を平らげ、冒険者ギルドへと向かった。

 

「よォ、昨日はコイツらが世話になったみてーだな」


 冒険者ギルドの前で俺を待っていたのは見知らぬ男だった。多分、二十歳前後。くすんだ金髪が後ろでまとめられ、尻尾みたいになっていた。

 彼の後ろでは昨日の少年四人組が小さくなっていた。


 ……受付嬢ファンクラブでもあったの?

 ケジメ付けるまで日毎違う人が来るとか?

 それなら今からでも遅くないので、誰か俺に会員券を譲ってくれません?


「……ええと、人違いでは?」


 一応言ってみる。

 男は目を細め、俺を観察していた。


「へぇ、ふてぶてしい野郎だ。お前、ブラスだったか」

「誰がニートだッ!」


 ちっ。しまった。

 あんな飲んだくれと一緒にされたくない気持ちが爆発してしまった。


「ニート?」

「ブラスの二つ名です。格好良さそうな響きですよね。響きは」

「聞いたことねぇが……あまり知られてない二つ名か」

「ええ、そうでしょう。何があっても働かない覚悟。子供に養われるのを良しとする性根。この二つがあって初めて名乗れるのですから」

「で、お前はブラスじゃないとしたら、誰なんだ」


 くそっ。流されたっ。

 まあ、元ネタ知らないんだし、仕方がないが。初対面の人に通じないネタを振る俺がどうかしているんだろう。あわよくば煙に巻けないかなあって思ったんだが……あ、ダメだ。この人、微笑を浮かべてはいるが、目が笑ってねェ。

 流石に四人組と同じようにはあしらえないようだ。

 

「……ええ、まあ、僕はブラスではありませんけど」


 この期に及んでまだ名乗らない俺。

 男は不敵に笑うと、

 

「じゃあ、クロスでいいんだな」

「……ええ、まあ」

「よし、ついて来い」

「用件は」

「さあな。俺も連れて来いっていわれてるだけなんでな」

「申し訳ありませんが、知らない人について行くなと言われているので」

「悪いな、それはお前の都合で、俺はそれに付き合ってやる気はねえんだわ」

「せめて目的地を明らかにして頂きませんと。父様に言ってからでないと、心配されてしまうと思うので」


 幾ら暇を持て余していたとはいえ、国会中継を眺めていた経験がここで生きるとは。

 のらりくらりと言質を与えるのを避けていると、面倒臭くなったらしい男が「いいから来い」しか言わなくなってしまった。よし、勝った。


 生産性の無い喜びを噛みしめていると、ようやく冒険者がやってきた。

 これを待っていたのである。


 冒険者は男に目をやると、


「何してんだ、ステン?」

「この余所者を連れて来いってリーダーからのお達しなんですよ」

「ほーか。やり過ぎんなよー」

「それを俺に言われてもね。ま、伝えておきますよ」


 ……あ、あっれぇ?

 随分とあっさり流してくれちゃって。

 調子に乗った余所モンがシメられるだけとでも思っているのだろうか。有り得る。これだから冒険者はイヤなんだよな。俺はお前らみたいに肉体言語で語るタイプじゃないんだよ。なんでもかんでも拳で解決できると思ったら大間違いだぜ。人間なんだから口で話そう、口で。僕? こう見えても口じゃ負けた記憶は無いね。大体さ、相手が「……もういい」っていって消えちゃうから。はは、負け惜しみも大概にして貰いたいよ。


 それから二組の冒険者が来たが、似たような反応だった。


 ……どうも、この男――ステンは信頼されているらしい。

 「依頼か?」と聞かれてもいたので冒険者でもあるようだ。

 

「もういいか? 行くぜ」

「…………」


 正直、ついて行きたくない。

 彼が怖くないからだ。

 片手であしらえてしまいそうだからだ。


 ロリが無双してたってなんら不思議ではない世界である。見た目で強い弱いは決まらず、敵のレベルを教えてくれる便利機能もない。《AGO》ではマーカーで敵のレベルが把握できたのだ。自分よりも上か下か同じかぐらいだが。

 では、どうしようもないのかといえば、ある程度強くなれば敵の強さが把握できるようになるらしい。

 ――こっ、コイツ、強いッ。

 てなもんである。

 その危険を感知するセンサーが俺には備わっていないようなのだ。身体がマトモに動かせるようになってから、折りを見てブラスに鍛えてもらっている。それなりに強くなっているハズなのに、危機感知センサーが働いた試しがないのである。

 いや、働いてはいるが。

 そりゃあ、当然だろ、といった場面でしか働かないのだ。

 ブラスと魔物である。

 ブラスが怖い。これは当然なのだ。

 訓練となれば酒が入っていようとブラスは容赦ない。もう、ボコボコにされる。手加減はされているのだろうが、翌日は身体が痛くて仕方がない。気軽に回復薬が使えない事もあり、ここのところ訓練をサボり気味だ。いかんな、ちょっと反省。

 次に魔物。

 これは強いからとかじゃなく、見た目がおっかねぇというのが大きい。鋭い牙を「イー!」って見せて、食ってやる、食ってやるぞお、と威嚇されたらビビるよ。チビ――チビってねぇよ! あぶねぇな。何言わせんだ。

 

 俺は一つの仮説を立てていた。

 俺が転生者だからじゃないか?

 肉体としてはファウンノッドの人間だ。

 だが、精神は?

 精神がファウンノッドの人間でないから、危機感知センサーも働かないのでは?

 

 と、敢えて誤解を招くいい方で、俺強ぇ風を装ってみたが、要するに俺の危機感知センサーがブラス(ニート)なので、咬ませ犬っぽく見えても物凄く強い可能性があるから、おっかないのでハウスしてもいいですか、ということだ。


「僕の身の安全は保証してくれるんですか?」

「抜け目なく聞いてたろ。ウチのリーダーに聞いてくれよ」

「リーダーって誰ですか?」

「俺のパーティーのリーダーだ。ちと、お遊びが過ぎるトコあるが、悪い奴じゃねぇさ。なあ、そろそろ俺からも質問させろよ。ウチのリーダーに何をした? また、こいつらとのお遊びかと思って放ってたら、俺にまで飛び火してきやがった」

「お遊び?」

「あー。なんつってたか……」


 ステンが考え込むと、女顔の少年が言う。

 

「ユーフ愚連隊です」

「………………はあ」


 愚連隊。

 あまりいい意味ではなかったと思うが……そういうお年頃なのだろう。俺も金銭的な問題さえなければ混ざりたいところだ。ほら、女の子がいるかもしれないし。十歳で知り合えば幼馴染って言っていいと思うんだ。


「そのリーダーですか。年甲斐も無くよくやりますね」


 ステンと少年達とは、一回り年齢が違うだろう。

 ステンは意味ありげに笑っていた。

 

「貴方の質問ですが。申し訳ありませんが、リーダーという人に覚えがありません。せめて名前を明かしてもらえませんと」

「構わねぇさ。もう分かった。オラ、行くぜ」


 何が分かったというのだろうか。

 ステンに問い掛けて見ても、会えば分かるの一辺倒だった。


 道中、会話は無かった。

 ステンは難しい顔で考えごとをしており、少年達はそのステンの顔色を窺っていた。

 ステンの物分かりが良かった事で、すっかり安心した俺は危機感をうっちゃって、ユーフの街並みを眺めながら、彼らについていった。


「ここだ」


 ステンが示したのは倉庫だった。

 

「俺はここまでだ。後はそのガキ共についてきな」

「ついて来てくれないんですか?」

「年甲斐もなくか?」


 くっ。上手く返された。

 そう言われたら引き下がるしかない。


 少年達に促され、倉庫へ足を踏み入れる。

 使われなくなって久しいのだろう。うらぶれた雰囲気が漂っていた。

 いつの時代も――いや、どんな世界でも、ワルに憧れる少年達は、こうした場所を見つけるのがうまいらしい。壁に立てかけてある武器が世界の違いと言えるだろうか。

 倉庫には二十人程の少年、少女がいた。

 十歳から十五歳程度まで。

 

 少女がいた。

 大事なので二度言った。

 出来ちゃう? 幼馴染。

 

「リーダー連れて来ました」


 ユーフ愚連隊に入るには手土産が必要なのかな、とぼんやり考えていた俺は慌ててリーダーに向き直り、


「…………」


 絶句した。

 ステンが会えば分かるといっていた理由が分かった。と、同時にステンが質問を止めた理由も。俺がリーダーと面識がない事が分かったのだ。


「……お、おおぉぉぉォォ」


 なんか不気味な音がする――と思ったら俺の声だった。

 周りの少年・少女達が遠巻きに「なにこのキモイの」と思っているのが分かったが、魂の叫びは止める事がは出来なかった。だって……だって! 仕方がない!

 

「美少女がいるッ!」

 

 そう、美少女だったのである。

 美少女――この響きだけで俺はご飯を三杯はいける。

 それが眼前にいると言うのだ。

 つぶらな眼を見開いて、舐め回すように視姦――じゃあなくて。ゴホンっ。我を忘れて観察するのもやむなし、である。

 彼女は猫を思わせる瞳で俺を睥睨し、威嚇するよう歯を見せていた。金髪のツインテールが揺れるのを俺の目が追ってしまう――っと、これでは俺が猫だな。十五歳くらいだろうか。年齢の割には豊かな胸もまた好印象だ。誰にだって? 勿論、俺にだ。

 いいよ、キミ。

 僕にプロデュースさせてくれないかい?

 

「お譲さん、お名前は?」

「……フザけてんの?」

「いえいえ、滅相も御座いません――」


 ――ドン!

 俺の長い口上が始まるところを、リーダーが足を鳴らして止めた。

 ちぇっ。世のオバサマ方を狂喜させた俺のおべっかが炸裂するところだったのに。

 

「アンタの……その、黒髪に黒目……見たことないわ」

「ええ、珍しいらしいですね」


 元々は銀髪だった。これは間違いない。目の色は分からないが、多分、違う色だったのだろう。それが誘拐された直後から変化を始め、今では前世と同じ組み合わせだ。流石に顔立ちこそ前世と違うが、ジェイドとは似ても似つかないので、何らかの変化があったとみていい。

 レアムンド領に帰るのに、二の足を踏む理由の一つがコレだ。

 受け継いだはずの遺伝子が綺麗さっぱり消えているのだから。

 

「神に見捨てられし色って言われてるみたいですよ、黒は」


 神はそれぞれ己を示す色を持っている。それは貴色と呼ばれ、力の強い神ほど原色に近い。新しく使徒が生まれる度に、新たな貴色が判明するのだが、未だ黒を貴色とする神は見つかっていないという。使徒になると、神の貴色に髪が変化するのだ。

 その事から神に見捨てられし色、というワケだ。

 是非、見捨ててもらいたいね。

 黒髪になった後、リングで見たら加護はあったので、残念ながらせんべい齧りながらのウォッチングは続けていらっしゃるらしい。俺が青髪でないのは理屈に合わないが、その理屈を改竄出来るのが相手なので、まるで理由に見当が付かない。似合わないから、とかその程度の理由かもしれない。

 

「あたしはアンタなんか知らない」

「どれだけ仲睦まじい夫婦でも、出会うまでは他人です。人柄や好みは追々知っていけばいい事で……」


 口ごもる。

 リーダーから熱い眼差しが俺に向けられていた。

 そんな熱っぽく俺を見るなよ――と茶化したいところだが……この眼差しに込められたモノ……これって……殺気じゃね?

 

 お、おっかしいなあ。物凄い温度差を感じるぞ。

 いかん。

 潤いの無かった生活の反動か、ここのところ暴走気味だ。

 落ち付け、クールダウン。

 ふぅ。深呼吸。

 まずは状況を把握して――


 と、その瞬間。リーダーが叫んだ。


「殺せ!」


 いきなりかよッ。

 せめて尋問から入れよ。結論がぶっ飛び過ぎだ。

 見ろ、周りも戸惑ってる。

 こんな時なのに――いや、こんな時だからこそ、ブラスの言葉を思い出した。


「クロス。お前はいつも受け身だ。悪いクセだ。直せ。いいな、でなきゃ死ぬぜ」


 話半分に聞いていて悪かった、ブラス。でもな、命の遣り取りも無い世界で十七年も過ごしてたんだぜ。心構えだからって――違うな、心構えだからこそ、難しいんだ。

 ブラスからすれば呆れるほど眠い俺の生存本能。

 だが、


「…………」


 ビリビリと肌が震える純粋な殺気。

 これを受けてなお寝ていられるほど、安全な旅路ではなかった。

 のそり、と生存本能が覚醒し、生きる為の努力を始める。

 つまり、戦闘の準備を。


 状況が不明瞭過ぎる。

 出し惜しみはナシだ。

 指を鳴らす。

 神眼を――

 ぐッ。

 左目に激しい痛みが走る。思わず左目を閉じる。これが物理的なキズなら、左目から赤い涙が出ていること間違いなし。だが、「お、俺の左目が疼くぜ」なんて中二病を気取る余裕も無い。誠に残念なことだが……どれだけ気取ってても、素に戻される痛みなのだ。

 冷や汗が止まらない。

 これをやるたびに、戦う前に負けるんじゃ、と思う。


「殺さなくてもいい。殺す気でやれ! 生きてりゃ母さんの薬で助かる!」

 

 リーダーの叱咤で、少年達の目に戦意が宿る。

 愚連隊などと名乗っていても、カツアゲ一つ出来なそうな連中だ。いきなり殺せと言われても従えるハズがないのである。しかし、リーダーの一言は彼らの迷いを払拭した。

 その薬ってのに相当の信頼を置いているらしい。

 迷いさえ晴れれば剣に憧れる年頃だ。


「こうなるよなッ」


 一斉に動き出す少年達。手には思い思いの武器。

 流石にこの人数で押し包まれると厄介だ。

 だが、少し遅かったな。

 間に合った。


 ――神眼を開く。

 

 よし、イケる。

 俺は獰猛な笑みを浮かべ、前方へダッシュ。

 正面から迫る少年の胸ぐらを掴み、右後方へと投げ飛ばす。後ろで「ぐえっ」と二人分の悲鳴が聞こえて来る。空いたスペースへ飛び込み、同じ事を二度、三度と繰り返す。

 俺が一人投げ飛ばす度に背後で同士討ちが生まれる。


「どうなってんだ!?」

「ぶべっ……なっ、ななっ。来るなッ」


 掌底。崩れる少年。

 次っ。

 まるでリプレイ。

 フェイクを入れるまでもなく、鳩尾に掌底が吸い込まれる。

 おっと、キミは女顔。

 その顔を歪ませるのは忍びない。殊更優しく倒してやった。

 と思ったら、本当に女の子が来た。よし、キミはまた最後尾に並びなさい。武器だけ没収して横へ。

 最早、作業だった。並んだ少年を悶絶させるだけの作業。でも、女の子は見極めなければならないので、集中力は必要だった。ヒヨコのオスとメスを見極める程度の。

 いとも容易くやっているから、簡単に見えるかもしれない。

 だが、作業に出来ると言う事が凄いのである。

 なぜなら、こうしている間にも、少年達は俺を押し包もうとしているのだから。

 だが、死角から接近する奴には、


「ほらよ」


 手近にいた奴を投げて牽制する。

 こんがらがりやがった。男同士で。ざまぁ。


「コイツ、後ろに目でもついてんのかッ」


 惜しい。だが、ほとんど正解だ。

 俺は周囲の人間の位置をマーカーで把握している。

 マップだ。

 この九年の歳月を俺も無為に過ごしていたわけではない。魔法の習得こそなっていないが、マップのカスタイマイズは進めていた。戦闘において全方位を把握出来るマップの能力は捨てがたいからだ。とはいえ、普通に展開しただけでは、正面がマップで覆われてしまい、視界が塞がれる。そこでマップが表示される座標の変更を思い付いた。一から魔法を組むのは難しくとも、この程度ならば、と。

 まあ、甘い考えだったと言わざるを得ない。

 暗号を総当たりで解くのと同じだからだ。Aが駄目ならB、次はCといった形で延々と試す。Zまで行けば次はAAと文字数が増えていく。リングの言語設定が日本語になっているからか、コードがアルファベットだったのは幸いだ。実は知らない文字が一文字あったとかだったら目も当てられない。座標に関する命令文一つ探し出すのに、一体何年かかった事か。しかし、そこからは早かった。後はマップが表示される座標を変えてやるだけだ。

 そう、俺の左目に。

 リングは展開する際に、意図的に念じてやれば、デフォルトでその項目が開く。これを利用してリングを展開する仕草で、左目にマップを表示する事が出来るようになった。

 これが神眼である。

 三百六十度を把握出来る俺に死角は無い。

 

「敵対するっていうんなら、俺も手加減出来ないぜ。怪我したい奴からかかって来い!」


 吠えてはみたが怪我をさせる気はない。

 彼らの目にはどう映っているかは分からないが、前世の記憶を持つ俺からすると、大人が小学生相手にケンカしているような気恥ずかしさがある。「ふはははは! そんなへなちょこパンチは効かんわ!」てなモンだ。いや、剣で切られれば痛いだろうけどね。でも、当たらないし。この程度なら神眼を開く必要も無かったかも知れん。伊達に四歳からブラスにボコボコにされていない。実力に大人と子供程の開きがあるのだ。

 

「う、うおおおおおおおお!」


 負けず嫌いが一人来た。

 勝てないのは分かっているだろうに。

 だが、ちょうどいい。

 生贄となってもらおう。

 俺と少年が交差。

 すると少年はひとりでにぐるぐる回転し、そのまま地面へ叩きつけられる。この間、俺は一歩も動いていない。まるで魔法を使われたような光景に見えたはずだった。


「…………」

「…………」


 ふふん、驚いて声も無いか。

 ちょっと優越感。

 と、いかんいかん。

 これではかつて見た、小学生相手にカードを自慢する高校生と一緒だ。小学生にすげーすげーって褒められて自慢げだったけど。そりゃあ、あんた、財力が違うんだから、レアカードだって沢山持ってるだろうさ。同じ高校生として恥ずかしかったんだぜ?


 やった事は単純で、少年の足を刈り、腹をこずいて回転を加速させただけ。きちんと少年の頭を足で支えてやったし、見た目ほどの威力は無い。どちらかといえば、少年の手からすっぽ抜けていった剣が、女の子の方に飛んで行きそうになって焦ったくらいだ。剣には一撃入れて軌道を変更済。

 見た目の派手さとは裏腹に、アフターフォローのほうが余程凄いという、本末転倒ぶりである。フォローされている事に、この場の一体何人が気付いたというのか。

 一人か。

 気付いたのは。

 だからか。

 面倒な。

 ちっ。

 念入りに背後から。

 決断が早い。

 くそッ。


「――――ッ!」


 横っとびする。

 直前まで俺がいた位置に斧が突き刺さっていた。

 

「……おっ、お、斧かよ!?」


 死んじゃうよ。それ当たったら死んじゃうから。

 斧を振り下ろした格好のまま、リーダーは俺を睨んでいた。

 はっはー、このにゃんにゃんは、ゴツイ爪を持っているようで。

 何となくナイフ使いだと思ってたよ。

 

「なあ、俺、あんたに何かしたか?」

「何かされてからじゃ遅いのよ」

「つってもな。ステンに連れて来られただけで、俺はあんたが誰かも知らないんだぜ。そりゃあ、あんたは美人だし? お近づきになりたいとは思うが、だからって節操なしじゃあないと思ってるんだが」

「ウソつきは信じない」

「嘘? 俺がいつ嘘を?」

「さっきまでと態度が全然違う」

「ああ、お譲さん。貴女にはまだ早かったかな。人にはペルソナっていって、立場によって己を使い分けて――」


 予定調和のように振り下ろされる斧を回避。

 うん、分かってはいたんだ。

 でも、言わずにはいられなかったというか。

 こういうところがクソ神をして道化師と言わしめる理由なのだろう。

 

 薄々この少女の正体に気づいて来た。

 だが、なんでだ?

 敵対される理由は無いハズだ。

 困った。

 誤解を解きたくても、取り付く島がない。

 毛を逆立てたにゃんにゃんを落ち着かせるにはどうしたら? 猫じゃらし? それともまたたび? ああ、それは本物の猫か。

 う~む。

 女の子にあまり手荒なことはしたくないのだが……


 また、襲いかかって来るつもりなのだろう。リーダーは地面に刺さった斧を引き戻す。

 いやはや、華奢な少女がブラスの胴はある斧を振り回す光景には目を疑うね――


 ……ん?

 

「げっ」


 目を凝らすとリーダーの身体が淡く発光している事に気づいた。

 

「氣闘術か」

「大人しく捕まるなら命までは取らないけど」


 斬りかかる気まんまんでいわれてもなあ。

 しかし、


「天才ってヤツか」


 好感度ダウンである。

 なんでかって? だって妬ましいもん。

 俺が何度ブラスに、


「クロス……あの……その……気を落とさずにな……」

 

 と、言われた事か。

 まあ、俺には才能がないんだってよ。

 チキショウ。

 

 氣闘術。

 読んで字の如く氣を纏って闘う事である。

 コレが出来るか出来ないかで、冒険者として活躍出来るかが決まる。ああ、戦士はと注釈が付くが、今はいいか。氣を纏う事で飛躍的に身体能力が向上するのだ。バフだね。


 氣は見る事が出来る。だが、普通は見えない。見ようと思うと見えるのだ。なんかチャクラ的なものが開くのだろう。

 最初に斬りかかられた時点で気付けと、ブラスなら言うだろう。

 女の子が軽々と斧を振り回しているのだから。

 ブラスは氣闘術で当たり前のようにバカげた破壊力を生み出すので、感覚が麻痺していたのかもしれない。みんな、これぐらい出来て当然、みたいな。

 あれ、もしかして俺って一般常識が欠如してる?

 ブラスって案外強いっぽいし、比較対象としてアレを出すの間違い?

 

 なんて事を考えつつ、リーダーの攻撃をひょいひょい避ける。


「当たれッ!」

「アホかッ! 死ぬわッ!」


 倉庫にクレーターが量産されていく。

 リーダーの攻撃には虚と実がない。直線的なので読みやすい。魔物の討伐に特化した冒険者だと、こういう傾向があるとブラスが前に教えてくれた事があった。

 うむ。

 冒険者としては一人前だとしても、PK(プレイヤーキラー)としては二流もいいところだな。PKをするときはまず状態異常を入れてだな、主導権を握った所を一気に決めるんだ。実力が拮抗していても、状態異常でこっちが有利になる。全くセオリーがなってないな。

 さて、PKKプレイヤーキラーキラーになりたくもないし、どうしたものか。

 リーダーは上位Cランクだ。

 これだけ経っても氣に揺らぎがない。

 リーダーの年齢で氣を纏えるだけでも凄いと思ったのに……その上まで達してるとは……ないわー。これだから天才ってヤツは嫌いだ。ガス欠を待ってやった俺の好意を無駄にしやがって。


 はあ。

 やるか。


「ズルしてるみたいであまり言いふらしたくも無いが。俺も出るトコ出りゃ、神童と呼ばれる男だぜ。この程度で俺を倒せると思ってもらっちゃ困るな」


 ビシっと言ってやる。

 見せ場だ。

 ふふん、と胸を逸らし、指を突き付けて。


「……出るトコ、出れば……?」

「じゃあ、神童って呼ばれたコトないんじゃ……」

「言い訳するなんて女みたい……僕のこと女顔とかいって、アイツのほうが女々しいよ!」

「……ある意味凄いな。自称をこーも堂々と」


 おい、そこの四人組。ちょっと後で校舎裏来い。

 折角の見せ場が台無しじゃないか。


「死んじゃえば関係ないわッ!」


 おっと、次はお前か。

 そこな美少女よ。確かにお前の攻撃は俺にカスリもしていない。だが、お前は知らず知らずのうちに俺にキズを付けているんだぜ? 俺の心にな! ホント、止めて。俺ってば案外打たれ弱いんだから。それが美少女ともなれば……ちょっと後で泣くわ。


 ブレイク寸前のハートに火を入れる。

 足を肩幅に広げる。

 初めてリーダーの攻撃を迎え撃つ構え。

 リーダーの眼光が輝く。猫を通り越して、虎の目だ、アレは。え、何、俺食われるの? どうせ食われるなら、別の意味でにして欲しいんですけど――って言ってる余裕も無しか。

 早い。いや、鋭いと言うべきか。

 氣闘術で強化された岩をも砕く一撃。対する十歳の俺はいかにも頼りなく映る。勝利を確信したリーダーは気色を浮かべ――

 はい、残念。


「えっ」

 

 信じられないものを見るように、地面に刺さった斧を見る。その隣では俺が無傷で佇んでいる。斧の腹を手の甲で弾いて逸らしてやっただけ。技量がなくては出来る芸当でない。だが、技量だけで出来る芸当でもない。


「あ、アンタもっ」


 リーダーが目を見開く。

 俺の身体を覆う氣が視認出来たのだろう。


「遅せぇよ。何もかも」

 

 正気に戻る前にリーダーの腹部に掌底。

 崩れ落ちるのを拒絶せんと、俺の服を掴みながら、リーダーが吐き捨てる。

 

「アンタのほうが……天才なんじゃない……」

「…………」


 氣闘術は技術である。

 才能のある騎士なら一年で習得出来る。四歳からブラスの訓練を受けている俺は、習得に四年かかった。年齢の事を差っ引いても、才能がない事が良く分かる。

 だが、これは毎日朝から晩まで訓練出来る騎士の話。

 冒険者は短期決戦。かつ、毎日戦っているというワケでもない。気の緩みが命取りになる冒険者は休息を大事にしているからだ。

 当然、氣闘術の習得は騎士と比べ遅い。

 しかし、いるのだ。稀に。

 命がかかっているからこそ、劇的な飛躍を見せる人が。

  

 一般的に冒険者はCランクで一人前と言われる。

 だが、同じCランクでも、上と下では隔たりがある。この隔たりを壁と呼んでいるぐらいだ。

 氣を纏う事が出来て下位Cランク、氣を維持出来て上位Cランクと言われる。

 つまり、リーダーはこの年齢で冒険者ギルドにたむろするオッサン連中と同等の力を持っているという事になるのだ。これを天才と呼ばずして何と呼ぶ?


 リーダーは誤解している。

 だが、訂正はしない。

 俺は強いとは言ってもこの年齢にしてはでしかない。才能は無いのだからこれ以上の飛躍も望めない。俺がリーダーを上回っているのは、俺が彼女の年齢に達するまでの僅か数年でしかない。だから、敢えて誤解を解きもせず、キメ顔をしている俺を許して欲しい。

 ……許して欲しい。


「リーダー!」


 おおぅ。ビックリした。

 読めよ、空気を。

 楽しめよ、余韻を。

 無理か。リーダーがやられたんだしな。


 駆け寄ってこようとする少年達。


「来るな!」


 咄嗟にリーダーを盾にする俺。

 悔しげな少年達。だが、怒っているのは俺の方だ。え? 人質を取るなんて悪役っぽい行為をさせられたから? いや、全然違う。盾にする為、咄嗟にリーダー抱えたのだが……腹部を抱えてしまったのである。このドサクサならもっと上でも……くそっ。考えるな。悔しさがこみ上げてくる。

 今更、手の位置を変えるわけにもいかない。

 嫌われたくないしね。身長差があるから、幾らなんでも不自然だろ。

 ちいちぇ?

 ああ、そうとも。

 それが俺だ。

 なんかチンピラが板について来たな、俺も。

 

 リーダーを引きずって壁際に移動する。

 少年達が敵意のこもった眼差しで俺を囲んでいる。

 おうおう、まだやる気満々だな。

 ったく、分かれよ。流血ナシで収めてやった俺の力量をさ。

 一人は身にしみて理解してくれたようで、怯えた眼差しで俺を見て……あ、あれっ。なんか背筋がゾクゾクする。俺は別に何をする気でもないが……向こうからしたら分かるハズないしな。やろうと思えば俺の思うがまま。シュンとしたにゃんこも悪くは――

 なんだ。

 お尻の危機だと思っていたら、Sが目覚めかけてないか?

 我ながら節操ねぇな。

 そんな自分が大好きだ。


 リーダーの斧を使って壁を破壊する。通れる大きさまで工事して、斧をぽいっと。

 

「入口で待機してるステンによろしく。話が違うじゃねぇかって俺が怒ってたって伝えてくれ」


 リーダーは驚いていた。

 伏兵にまで気付かれているとは思っていなかったのだろう。少年達で捕えられるならよし。逃げ出したらステン達による伏兵が待っていた、と。

 たかだか十歳児を取り押さえるのに大げさ過ぎる。

 本当……なんで、こんな警戒されてんだ?

 マーカーはというと……まだ、黄色か。警戒を強めさせただけか。

 中立のはずのヴァンデルが俺をハメ、味方のはずのブラスは俺を助けなかった。マーカーの色は立場を勘案して決まっている訳ではないらしい。敵意に反応するのだ。

 殺す、殺す、いってた人が俺を憎いと思ってないとか言われてもね。

 

「先に仕掛けて来たのはお前達の方だ。俺は降りかかる火の粉を払っただけ。周りを見て見ろ、誰か大けがをした奴がいるか? 分かったなら、武器を下ろせ。なんか勘違いがあったようだが、俺はお前らと敵対したいとは思ってない」


 よし、少年達のマーカーも全部黄色に戻った。

 最後にリーダーにもう一押しすればイケるか。

 彼女の耳元に囁く。


「じゃあな、リスティ」


 反応は激甚。苦しいだろうに、身をよじって俺の手から逃れる。名前がバレたから……だよな。俺がキモかったからじゃない……よな?

 ……マーカーも赤くなった。

 頃合いだ。

 

 俺は脱兎の如く逃げだした。

 ……認めたくない事実から。

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