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第十七話 「円満解決に向けて(前編)」

  母さんがオルにナイフを突きつけている。母さんは顔面蒼白だ。ナイフを突きつけている手も小刻みに震えているし、平静でない。


「母さん、この状況はいったい……?」

「ティレア、あなたはやっぱり騙されていたの。こいつは人のいい面をかぶっているけど、恐ろしいとても危険な人物よ」


 母さんが興奮し、まくしたてている。


 この状況って……ティムを悪魔だの魔族だの言ってたときと似ていないか? 母さんは、考えすぎて思いつめるときがある。たぶん、今回もオルが大貴族かつ中二病だから伝説の悪鬼と重ねちゃったんだろう。実態は天と地ほどかけ離れているというのに……。


「母さん、落ち着いて聞いて。オルが危険人物なんてありえないよ」

「ティレア、素直で純粋なあなたにはわからないのよ。だけど母さんにはわかる」

「母さんは勘違いしている。オルはね、悪鬼とはまるっきり別物。悪鬼とオルには格段の差があるんだから」

「あなたって人はもう……」


 母さんがこめかみに手を当ててイラついている。そんなに怒ると、小皺が増えるだろうに。


「母さん、まずは落ち着こう。オルはただの――」

「いい! こいつは力を隠し持っている。げんに見なさい! 私が短刀をつきつけているのに平然としているわ」


 平然と……?


 まさか。虚弱体質のオルがナイフをつきつけられて平然としていられるはずがない。そもそもなんでこんな状況になっているんだ? 母さんってかなり温厚な人なんだよ。それなのにナイフを取り出すって……。


 オル、あなたはどこまで母さんを怒らしたんだよ! あれだけ母さんに敬意を払うように念を押していたにもかかわらずトラブルを起こしやがって!


 おのれ! 恩を仇で返しやがった。あまりにオルが哀れで俺だけは何かと庇ってきたというのに。


 俺は、ぶっ殺すぞという思いでギロリとオルを睨む。


「ひぃ。テ、ティレア様!」

「オ~ル~裏切ったわね?」

「め、め、めっそうもございません」

「じゃあ、どうして母さんはナイフを取り出すまで怒っているのよ。あなた、さっき地下で私やニールが言ったことをちゃんと覚えてる?」

「も、もちろんです。セーラ様に粗相のないように心がけたつもりです」

「で……この結果?」

「ひ、ひぃ。ま、誠に申し訳ございません」


 オルは脂汗だらだらでガクブル状態である。そんなに後悔するならもうちょっと注意して行動しろよ。まったくこんな昼ドラのような修羅場を作りやがって。


 はぁ、もうなんとなくこの騒動の原因がわかっちゃった。予想するにオルは人がいい母さんの性格に付け込んで調子に乗った言動をしていたんだろうね。そこに大貴族というだけでオルを悪鬼と勘違いした母さんがオルをどう判断するか……。


 もうわかりきっているじゃない。悪鬼の色眼鏡で見ていた母さんの逆鱗に触れるのは当然の成り行きというものだ。


「母さん、もういいでしょ。ナイフを下ろして」

「えっ!? で、でも……」

「母さん、これのどこが悪鬼だよ」


 俺は、涙目ガクブル状態のオルを指差す。もう、オルの奴、近所のいじめっ子に泣かされて帰ってきた子みたいになっているよ。許してあげて。


「そ、そんな嘘でしょ。さ、さっきまであんなに……そ、そうだ! ティレア、聞きなさい。さっき私とオルティッシオが二人で話し合いをしていたとき、本性を現したの。私にすごい殺気を放ってきたのよ!」

「オルが母さんに殺気を……?」

「そうよ。母さん、殺されるかと思ったわ」

「オル! とうとう私を怒らせたわね」

「めめめめ、め、めっそうもございません。そ、そんな殺気だなんて、ちょと睨んだ程度――」

「オル! 母さんを睨んだの!」

「ひ、ひぃ。な、なにとぞお許しを!」

「ふぅ。オル、謝る相手が違うんじゃない?」

「そ、そうでした」


 オルは、母さんに向き直る。オルの表情は真剣そのものである。どうやら母さんに誠心誠意、謝罪するみたいだ。


「セーラ様、度重なるご無礼申し訳ございません。どうか、どうか、このとおりお許しくださいませ」

「な、何を白々しい! さぁ、そんな演技はいいわ。本性を見せなさい!」


 母さんは持っているナイフをぐぐっとオルの腹に突き刺そうとする。


 おいおい、母さん、やめて! まじで犯罪者になるつもりかい。


「ちょ、母さん冷静に――」

「ひぃ――っ、や、やめてください。セーラ様、さ、刺さないでください。お願いします。ひぃ、やめて!」

「あ、あなた、これぐらい何ともないはずでしょ。何を命乞いしているの!」


 オルが涙を流しながら命乞いをしている。そんなオルに母さんが「何を演技している。本性を見せろ!」とナイフで脅す。


 母さん、やめてあげて。もう本性出てますから。オル、ビビリまくりじゃないですか。大の大人にここまで涙させるなんて……。


 母さん鬼だぞ!


「母さん、もうその辺にしておいてあげて。オルが可哀想だよ」

「ティレア、待って。違うのよ。これは何かの間違い。こいつはこんなたまじゃない。あの悪鬼以上の何かを感じたはずなの」

「母さんは疲れているんだよ。色々あったからね。勘違いするのも無理ない。だからね、すこし休もう」

「あぁ、もう! またあなたの思い込みがはじまったわね。ティレア、私は疲れていない。確かにオルティッシオは裏の人間なの!」


 だ、だめだ。取り付く島もない。母さんが自分の間違いを認めないよ。どうしたらわかってくれるのだろうか……。


 俺が頭を抱えていると、


「お姉様、母上とのお話は終わりましたか? そろそろオルティッシオの処刑を始めたいのですが……」


 ティムがやる気満々で魔法弾を手の平から放とうとしている。


 あぁ、そうだった。母さんだけじゃない。ティムの問題もあったね。まったく、これ以上現場をややこしくしないで欲しい。


 ティムは、獲物を前に舌なめずりしているみたいだ。オルはオルでティムの様子にますますブルっている。


「ティム、処刑はしないよ。良い子だからおとなしくしていようね」

「ですが、オルティッシオの造反は明白です。事もあろうに我らのお母上に暴言を吐くなど忠誠心を疑われても仕方が有りません」

「い、いや、お待ち下さい! これには深い、ふか~い事情がありまして」

「オルティッシオ、言い訳は見苦しい。大人しく制裁を受け入れよ」


 いかん、ティムの怒りのボルテージが上がるにつれ魔弾がどんどん大きくなっていく。最初は直径十センチくらいの球体だった。今では五十センチぐらいまで膨れ上がっている。


 あれをくらったら……。


 オル、死亡確定だね。まずい、止めないと。


「あ、あなた達、それ以上、オルティッシオを刺激してはだめ。殺されるわ!」


 母さんは母さんで見当違いな勘違いをしている。


 オルに殺される(笑)って……。


 オルにそんなすごい力があれば、ここにいる皆すでに殺されているから。


 ティムはオルに罵詈雑言を浴びせ、魔弾をぶつけようとしている。母さんは「止めなさい、殺されるわ」と必死でティムを止めている。


 何、このカオス状態?


 というか母さんが突き刺そうとしているナイフが一番危ないっての! いい加減に下ろして欲しい。


 とにかくまずは母さんから説得する。ティムにはこの場を退場してもらおう。ティムのせいでこの場が収拾つかなくなってきているからね。


「ティム、あなたしばらく地下の部屋にでも行ってなさい」

「し、しかしお姉様、我は不出来な眷属のケジメをつける必要があります」


 ティムは何がなんでもオルを抹殺したいようだ。しょうがない。ここは実力行使しよう。俺は、ティムの首根っこを掴む。


「な、何をお姉様……? 我は今からオルティッシオめの首を――」

「はいはい。これ以上、物事をややこしくしない」

「お、お姉様、ま、待って」

「母さん、オル、ちょっと待っててね」


 ティムの首根っこを掴んだまま部屋を出ると、なぜか部屋の外に変態(ニールゼン)が待機していた。よく見るとそのほかにも親衛隊の皆さんが数人ぐるりと部屋を囲んでいる。


 な、なにしているんだ、君達? まぁ、いいや。


「ニール、ちょうど良かった。ティムを地下帝国まで連れて行って」


 「はい」とばかりにティムを変態(ニールゼン)に手渡す。変態(ニールゼン)は恐縮しながらそのままティムを連れて行ってくれた。



  ■ ◇ ■ ◇



  オルティッシオは自問自答している。


 なぜ、このような事態になったのだ?


 ティレア様は、先ほどからこの人間(セーラ)とあれこれ会話をされている。この人間(セーラ)は私に恨みでもあるのか、やたらと私とティレア様との仲を裂こうとしてくる。その度にティレア様から不審な目つきで睨まれ、私は身も縮む思いをしているのだ。


 あぁ、どうしてこうなる!


 崇拝するティレア様からは不審な目つきで睨まれ、敬愛するカミーラ様からはとめどない殺気をもらっている。特に、カミーラ様からはいつ魔弾が飛んできてもおかしくはない。まさに一触即発の状況。私はいつ死んでもおかしくないのだ。


 つい小刻みに足が震え、歯がカチカチと鳴る。傍から見たら私は死に怯えるピエロみたいに映っているだろう。


 だが、誤解しないでほしい。私は死が恐ろしい訳ではない。逆賊の汚名をかぶって死ぬのが恐ろしいのだ。崇拝するティレア様、カミーラ様に誤解をうけたまま死ぬなどあまりに不本意、辛すぎる!


 だが、私の思いとは裏腹に事態は悪い方向に進展していく。


 このままでは逆賊の汚名を受け処刑されてしまう。非常にまずい。


 なぜだ? なぜ皆私をそんなに疑うのだ! はっきり言って私の邪神軍への忠誠は最大マックスといっていい。ティレア様、カミーラ様の為なら命を捨てる事など安いものだ。


 それなのに……。


 なにゆえ、いつもいつも裏目裏目に出るのだ!


 この人間(セーラ)がティレア様をあまりに侮辱するから、つい頭にきただけの話だ。それがなぜ我が忠誠を疑われるのだ?


 では、逆に聞こう?


 あの場合、忠臣としてどう動けば良かったのか。人間(セーラ)の言うことなど無視すれば良かったのか。たかが人間の言うことだと。


 ありえぬ! 偉大なるティレア様を侮辱されて黙っていられるかぁ!


 今すぐにでも自分の胸の内をブチまけたい衝動に駆られる。だが、恐らく私の言い分はまかりとおらないだろう。私にはわかる。現状、悲しいかな。私の邪神軍での信頼度は、


 カミーラ様>邪神軍幹部>エディムほか吸血部隊>人間(セーラ)>……>越えられない壁>地下帝国のお店>オルティッシオ


 といったところだろう。ティレア様がよくおっしゃっていた「越えられない壁」という意味がよくわかる。いかんともしがたいこの状況に得てして見事当てはまる言葉だ。私の信頼度は、この人間(セーラ)にすら劣っているのである。


 く、悔しすぎるぞ!


 だが、現状を憂いている場合ではない。このままでは逆賊の謗りを受けて終わってしまう。事態は抜き差しならぬところまで差し迫っているのだ。


 私がなんとかこの状況の打破を模索していると、


「そ、そんな嘘でしょ。さ、さっきまであんなに……そ、そうだ! ティレア聞きなさい。さっき私とオルティッシオが二人で話し合いをしていたとき、本性を現したの。私にすごい殺気を放ってきたのよ!」


 人間(セーラ)が爆弾を投下してきた。


 な、なんてことを言いやがる! 会話の内容から大体わかってきた。ティレア様はどうやらこの人間(セーラ)をとてもお気に入りにされているようだ。そんなティレア様お気に入りのおもちゃに私が暴言を吐いたと知られてしまった。


 ま、まずい……。


「オル! とうとう私を怒らせたわね」


 ああああ、やばい。やばい。案の定、ティレア様が不審な目つきに殺気まで込められはじめた。私は無我夢中で弁解する。


「めめめめ、め、めっそうもございません。そ、そんな殺気だなんて。ちょと睨んだ程度――」

「オル! 母さんを睨んだの!」

「ひ、ひぃ。お、お許しを!」


 全身から滝のような汗を流しながら謝罪する。もう体中の水分が全て蒸発してしまう勢いだ。どうかどうかこの思いを忠節を信じてください。祈るようにティレア様を見つめる。


「ふぅ。オル、謝る相手が違うんじゃない?」


 だが、ティレア様は人間(セーラ)に謝罪しろとおっしゃる。


 うぅ、たかが人間如きにへりくだる理由がわからない。最強種族である魔族がなぜ劣等種族である人間に……。


 はっ!? そうだった。


 ニールゼン総司令からもご忠告を受けていた。人間とはいえセーラはティレア様のかりそめの親である。

 ニールゼン総司令が「忠臣であれば主が履いていた靴にさえ忠誠を捧げよ」と。


 私はなんと愚かな男なのだ。セーラ、いや、あの方はティレア様がかりそめとはいえ胎内におられた場所である。そう、いうなれば「御所」だ。これからセーラ様は「御所様」と呼ぼう。


 そう御所様との会話で俺は御所様を人間のそれとおなじと見てしまった。だから、私は表面では笑っていたが、心の奥底では下等生物と馬鹿にしていたのだ。こんな心づもりではトラブルが起こるのは当たり前である。 


 なんたる事!


 御所様の脆弱な魔力や身体をみて、ついつい人間と馬鹿にしてしまった。だが、それは大きな間違いであった。


 私は居住いを正し、御所様に向き直ると、


「セーラ様、度重なるご無礼申し訳ございません。どうか、どうかこのとおりお許しくださいませ」


 深々と御所様に謝罪した。腰を直角に折り曲げ、平身低頭したのである。


「な、何を白々しい! さぁ、そんな演技はいいわ。本性を見せなさい」


 だが、御所様は私の謝罪を受け入れてくれない。そればかりか、突きつけていた短刀をさらに押し付けてくる。 


 まずい。このまま、御所様が短刀を刺してきた場合、かなりの確率で御所様が怪我をする。いくら私が極限まで魔力を押さえていたとしても、あのような脆弱な力で短刀を無理やり刺そうとすれば、逆に御所様の手がいかれる。魔族の肉体の強靭さは伊達じゃない。鋼の筋肉が短刀を弾き返し、その反動は御所様の脆弱な手にぶつかるのだ。


 まずい、まずい。それではどうする?


 短刀を手刀で弾くか……?


 いや、御所様の魔力はあまりに脆弱すぎる。叩き落とした衝撃で手の骨が砕けるかもしれない。人間の強度がよくわからぬから加減が難しいのだ。


 では、短刀を避けるか……?


 いや、すでに避けるタイミングは逸している。


 くっ、だめだ。打つ手がない。このまま御所様に怪我を負わせたら私は終わる。ティレア様から見放されてしまうのだ。


 あぁ、そんな事になったら終わりだ。


「ひぃ――っ。や、やめてください。セーラ様、さ、刺さないでください。お願いします。ひぃ、やめて!」


 私は恥も外聞も捨てて、御所様に懇願した。

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