第二話 「魔将軍カミーラって誰?」
「ティム……」
最愛の妹が突然、中二的言語を発したのだ。ショックで固まってしまう。
「ふん、まぁいい。今日は全ての眷属が覚醒した記念すべき日だ。情けで命は助けてやる!」
ティムはそんな上から目線なセリフを吐いた後、さも興味を無くしたようにそのまま外へと出ていった。
これはまずい。
ティムはなんて言った?
魔王! それに六魔将だと!
また絶妙につぼを突くポジションに自分を設定しているみたいだ。俺の経験上、ティムはけっこう深みにはまっている。これは早急に手を打たねばティムの将来が危うい。俺はティムを追いかける為、急いで外に飛び出した。
どこに行ったのか?
周囲をぐるりと見渡す。
いた! ずいぶん遠くにいるなぁ~。
ティムは既に町の外に出ようとしている。すぐに外に飛び出したつもりが違ったらしい。ショックで気づかない間に時間がたったのだろう。そう結論付けティムを観察する。ティムはどこかに移動しているみたいだ。
追いかけて声をかけるか?
いや、待てよ。確か我と眷属がどうたらと言っていた。
誰かと会うのかな?
もしかしたらティムに同じ中二病にかかった友達ができたのかもしれない。むしろ、その新しくできた友達のせいでティムが影響されたのかも……。
うん、きっとそうに違いない。
俺はこっそり後をつけることにした。同じような友達がいるのならティムだけ説得しても無駄だからね。その友達も一緒に更生させてあげないと!
ティムに気づかれないように数百メートル後方を追跡する。ティムがときおり振り返るので見つからないようにするのが大変だ。たえず建物の陰に隠れながらの移動である。
それにしてもティムは足が速いなぁ~。
つかず離れず追いかけているうちに、いつのまにか山を一つ越えようとしていた。ベルガ山を越えたところなんて今まで来たことが無かったよ。
これはいくらなんでも速すぎないか?
車でいうなら時速六十キロくらい出ているような気がする。もしかして、これはすごいことなのでは――いやいやいや、そんなことはない。またやっちゃうところだった。
う〜ん、どうも前世からの癖で中二的な考え方をしてしまう。
これはあれだ!
ここでの移動は基本徒歩だから足は鍛えられて当然である。それに時速六十キロといっても体感での話だ。実際に機械で測ったわけじゃない。本当は常識的な速度なのだろう。前世の感覚があるから速く感じているのだ。そう自分で納得しティムの後を追いかけていく。
それでもティムはこの世界で足が速いほうに分類されるだろう。ティムは、十四歳であまり運動していないにもかかわらず、料理人として日々鍛えている俺と同じように走っているのだ。練習すれば陸上選手として身を立てられるかも。
ただこの世界にスポーツという概念があるのかわからない。なにぶん、俺は料理一択の生活だったからこの世界にかなりうといのである。両親も料理一筋だし、小さな町、むしろ田舎といっても良いこんな場所ではろくな情報も入ってこない。
もし、この世界にスポーツがあるのならティムにやらせたい。健全な運動をする事でティムの中二病が治ると思うから。
そうこう考えているうちに目的地に着いたようだ。ティムはそのまま正面の大きな洞窟の中に入っていく。
へぇ~こんなところに洞窟があったんだ……。
一見、ただの洞窟のようである。違うのはその正面に豪華な扉が鎮座しており、左右に禍々しい像が置いてあることだ。
う〜ん見るからに中二くさい場所である。これはティムに仲間がいるのは間違いない。しかも、その仲間はどうやら金持ちらしい。
金持ちの道楽……。
きっとワガママな奴だ。説得には骨が折れるだろう。
だが、弱気になってはだめだ。ティムの為、意を決し洞窟に入る。洞窟の中はうす暗くいかにも魔物の住処といったところだ。よくこんなベストチョイスな場所を見つけてきたものだ。中二病患者の行動力を素直に賞賛するよ。
さらに洞窟奥を探索する。奥へ進むと数百人といったところか、大勢が一人の男の前に整列していた。皆から注目を浴びているその男は全身を鎧で覆っており、これまたいかにもな恰好だ。俺はこっそり全身を鎧に包んだ鎧男の声に聞き耳を立ててみる。
「皆の者、待ちに待った日がようやく訪れた!」
「「「ウォー!!」」」
鎧男の言葉に周囲の者達が一斉に興奮の雄叫びをあげる。
なんだ? なんだ? 今日はもしかして何かのイベントの日だった?
この熱狂ぶり、俺は前世でいうライブの類と判断する。この世界でもこんなコスプレパーティーみたいなものがあるんだね。
洞窟内を見渡すと獣人や鳥人等色々な面容をした者達で溢れていた。それにしてもティムはいつの間にこの集会を知ったのだろう? このところ俺は料理に没頭していたからなぁ。ティムの変化に気付いてあげられなかった、反省。
……
…………
………………
さらに鎧男の演説が続く。
「ゾルグ様復活は近い。一刻も早い軍団の再建が必要である」
「「その通りでございます。どうかご指示を!」」
「うむ。では行け! ゾルグ様に生贄を捧げろ! 人間共を滅ぼすのだ!」
「「ははっ。偉大なるゾルグ様の為、マイロード!!」」
演説が終わると鎧男の周囲にいた大半の者達が外へと出ていった。残ったのは鎧男とティム他十人ほどである。
「ヨーゼ。現在、六魔将の状況はどうなっている?」
「はっ。いまだ六魔将中、ルクセンブルク様、ポー様が覚醒されておりません」
「ふむ。覚醒には個人差がある。やむをえまい。王都殲滅はカミーラ隊で行う」
「我の隊だけで十分よ!」
ティムが覇気溢れる発言をする。その発言、口調、何より銀髪をなびかせ妖しげに微笑む姿は周囲を魅了の渦に巻き込んでいく。
――はっ、いかん、いかん!
あまりにリアルに話をする面々に、ついつい聞き入ってしまったよ。なんか面白そうなイベントをしているなぁ。この世界では魔法があるし、前世よりも楽しめそうである。
ティムもなんかノリノリだったし、一瞬、本当にティムでなく魔将軍カミーラかと思っちゃった。ティムは女優の才能もある、ある。
……だけど、ここは姉としてきっちり叱らなければならない。お店のお手伝いをさぼり、こんな時間まで遊びふけるのは問題だ。やはり中二病が過ぎるとろくなことにならない。
俺は岩陰からティム達が集まる広間へ颯爽と躍り出た。
「あ〜どうもティムの姉のティレアです。なんか近頃、ティムとよく遊んで頂いているみたいで」
「……」
鎧男に軽く会釈し、感謝の念を伝える。そして、ティムのほうへ振り向くと、
「ティム! お店のお手伝いはどうしたの! 何も遊ぶなとは言ってないのよ。でもやるべきことはやらないと!」
そうきっちりと言い放ったのだ。