第十一話 「ジェシカと最終ゲーム」
魔族達が戦慄している。何せ勝って当然と思っていた矢先に、このような結果を突きつけられたのだ。
一方、ティレアさんは笑みを浮かべている。増長している。すごく自信に満ち溢れた態度を取っていた。
「ティレアさん」
「ジェシカちゃん。ふふ、奴ら全然大したことないよ。皆単純な思考だね。最初はデスゲームと聞いてびびってたけど、これならなんとかなりそうだ」
「そ、そうですか……」
「えぇ、安心して。今の私には、かの賭博士アカギンが乗り移っているわ。見える、見えるぞ。奴らの思考などお見通しなのだ。ふっふっはっはっはは!」
ティレアさんは自信満々に言い放っているが、私の予想は違っている。とりあえず、予想が当たっているか調べてみよう。魔族達が唖然としている中、こっそりと戦場部屋に入る。
うぅ、血生臭い。そこには信じられないといった表情をしたまま死んでいる魔族達の死体があった。鼻を襲う悪臭を無視しながら、魔族がかぶっている兜、そして刺さっている剣を調べていく。
うぅ、気持ち悪いよ~。
でも、真相を知りたい。吐き気や眩暈を我慢しながら一つ一つチェックしていく。死体のひとつひとつがぎょろりとこっちを凝視しているように見えてくる。直視するだけで倒れそうであるが、必死に我慢し調べた。
結果――
一回戦。ティレアさんが火属性の剣、魔族が火属性の兜。同属性で無効化のはずなのに……ティレアさんは一撃で倒していた。
二回戦。ティレアさんが火属性の兜。魔族が水属性の剣。最大優劣属性なのにティレアさんは無効化している。
属性強化された攻撃を防ぐなんてどれだけ硬いんだろう。
同様にして三回戦、四回戦と調べていく……。
そして、ティレアさんは守備で最大優劣属性を三回、攻撃で同属性を二回されており、読み比べでは惨敗していることがわかった。
はは、もうティレアさんの前ではルールなんて無用なんですね。予想していたとはいえ、これはでたらめすぎる。
ティレアさんって何者なの?
人族ではないことは確かだ。それじゃあ獣人、エルフ、それとも竜人? いや、姿形はそのどれにも近くなく、規格外すぎる戦闘力は魔族に近い。
それじゃあ、魔族?
う~ん、でもティレアさんは闇というより光に近い属性を感じる。やっぱり勇者の末裔? 本人は否定していたけどそれが一番納得いく。頭の良さはともかくその力は伝説と言ってもいいくらいだ。
今まで何度も感じた疑問を抱えながら小部屋を出ると、ティレアさんが魔族達を挑発していた。
「さぁ、どうするの? 次の相手は誰?」
「い、言わせておけば! こうなれば副将の私が……」
「ギルガント待て。久々に心震える敵が現れたのだ。私の敵としてこやつはふさわしいではないか!」
「それではホルス様、自らご出陣されまするか?」
「うむ。こやつには、この私自ら鉄槌を与えてくれよう」
「そう、とうとう親玉のお出ましって奴ね」
「ふふ、小娘、名を聞いておこうか?」
「ティレアよ」
「それではティレアよ。次の勝負は魔力吸引器を使ったゲームを行う」
「魔力吸引器?」
「あぁ。魔力吸引器とは、その名の通り魔力を吸い取る装置だ。次のゲームからはそれを使う。魔力をチップとしてゲームをしようではないか!」
魔力をチップ!?
どんなゲームでもチップの多寡が勝利に貢献するのは疑いようがない。魔族の魔力はただでさえ高い。それはスタート時点から相当のハンデを背負わされることになる。私の魔力なんて論外だ。すぐになくなるチップではゲームにはならない。一方、ティレアさんは魔力だけなら他を圧倒している。
ただ、頭のほうが……。
ふんだんの魔力がみるみるなくなっていく光景が想像できる。
「ティレアさん、この勝負は私達に不利です」
「そ、そうね。いくらなんでも魔力をチップなんて相手が有利すぎる」
「ふむ、不満はもっともだ。よし、その代わりゲームの内容はお前達で決めろ。それならうまい具合にルールを考えれば、お前達にも勝機があるというものだ」
「へぇ~、ゲームの内容を決めていいのか。それはどんなゲームでも?」
「あぁ、そのゲーム内容に破綻がなければなんでも構わん」
「そう……それなら麻雀で勝負よ!」
まーじゃん!? それどんなゲームなの?
突然、ティレアさんが私の知らないゲームについて提案してきた。私自身、世に出回るゲームを全て知っているわけではないが、「まーじゃん」とはあまりに聞きなれない言語である。
いつものティレアさんの暴走でなければいいのだけど……。
「『まーじゃん』だと? あらゆるジャンルに精通している私が聞いたことがない代物だ。面白い。それはどんなゲームだ? 我ら知の部隊を圧倒してきた貴様が提案するゲームだ。興味をそそる」
ホルスの言葉にティレアさんが「まーじゃん」のルールを説明し始めた。
話を聞くに「まーじゃん」は四人対戦。四人のプレイヤーがテーブルを囲み、百三十六枚の牌を引いて役を揃えることを数回行い、得点を重ねていくゲームらしい。勝敗はゲーム終了時における得点の多寡で決定されるみたいだ。
す、すごい。
ティレアさんから話を聞く限り「まーじゃん」はよく作り込まれたルール、そしてその戦略性を活かせるゲームだとわかった。ギャンブルとして非常にゲーム性が高く面白そうである。王都でも「まーじゃん」が普及したら皆が熱中しそうだ。
それにしても、ティレアさんが「まーじゃん」のルールをそらで暗記しているのも驚きだ。頭を使うのが苦手なティレアさんには珍しい。
ティレアさん、故郷で「まーじゃん」にはまっていたのかな?
「ふむ、実に面白いゲームではないか! よし、次のゲームは『まーじゃん』だ」
「でも提案しといてなんだけど、牌とかマットといった道具はどうするの?」
「我々の魔法を使えば造作もないこと」
ホルスはティレアさんが説明した「はい」や「りぃち棒」など「まーじゃん」に必要な道具を魔法で生成していく。すごい高度な生成魔法である。属性付与の剣や兜もそうだが、魔族は人間が使うレベルとは比べ物にならない魔法を使う。
そして……。
「よし、できたぞ。『まーじゃん』は四人でするもの。これよりタッグ戦を行う」
「ジェシカちゃん、私がフォローするからゲームに参加してくれない?」
「は、はい」
「ありがとう。あと、麻雀のルールはわかってくれた?」
「はい、大体理解できました。ただ『やく』と点数計算が少し不安なので後で紙に書いてもらえませんか?」
「了解。あんた達はいいの?」
「誰に向かって聞いておる? 知の将を侮るでない! この程度のルール、一度、聞けば頭に入っておるわ」
知の将ホルスさすがである。「まーじゃん」の戦略性に気づき、早速作戦を立てているようだ。いけない。ルールぐらいで止まっていたら勝負にならない。私はティレアさんが書き記してくれたメモを必死に頭に入れていく。
「そうだ。ちょうどいい。この『てんぼう』を魔力にしようではないか!」
「えぇ、構わない」
「くっくっ、その度胸は褒めてやる。だが、いいのか? 人間の魔力などあっという間になくなる。魔力がなくなれば生命力だけになり、それもなくなれば死だぞ」
「私は一向に構わないッッ!」
「ち、ちょっと、ティレアさん、いい加減にしてください! あんまり調子にのっていると痛い目にあいますよ」
「ふふ、ジェシカちゃん、他のゲームならともかく麻雀で私に負けはないわ。これでも『脱衣の塩田』ってゲーセンでは有名だったんだから」
だついのしおだ? げーせん? 何言っているんだろう? また、ティレアさんがわけわからないことを言っている。
「ティレアさん、自信があるようですけど、今度は相手が違います。いくら相手が『まーじゃん』の初心者だからって……」
「ジェシカちゃん、心配ご無用。さっきのゲームで確信したわ。魔族なんて恐れるに足らず。私の魔力が少なかろうと要は勝ち続ければいいのよ」
あぁ、だめだ。さっき魔族相手に連勝したと思っているせいで、ティレアさんの暴走がひどい。
どうしよう? このままティレアさんにゲームをやらせてもいいのかなぁ?
うーん、まぁ、いいか。ティレアさんの魔力は尋常ではない。「まーじゃん」に自信があるようだし、よほど負けを重ねなければ大丈夫だろう。それに今度はタッグ戦で私もゲームに参加するし、何かあったら私がフォローする。
そして、知の将ホルス、副将ギルガントがテーブルにつき勝負が始まった。じゃらじゃらと「はい」をかき混ぜながら戦略を構築していく。最初はティレアさんが「とん」で親である。
ティレアさん、最初の親は重要よ。
だが、私の願いは虚しくあっという間にティレアさんの親は流れてしまった。
現在、「しゃあ」のホルスが親である。それにしても、この数順で理解したのは「まーじゃん」は奥が深いということだ。ルールを聞いてなんとなくそうなんだろうとは思っていたが、実際にやってみると痛感してしまう。相手が張っている時は、下りるのが基本だが、どこまで強気でいくのか駆け引きが重要なのだ。相手がいつ「てんぱい」になるのかその予測が難しい。
「しゃあけ」のホルスの「すてはい」を見る。「まーじゃん」では、この「すてはい」が相手の重要な情報となるのだ。「すてはい」と相手のこれまでの手配、表情などあらゆる方面から観察する。五巡目でこの「すてはい」なら「てんぱい」していると判断するには微妙だ。「てんぱい」前提と考えてもせいぜい「たんやお」ぐらいしかできていないと思うのだが……。
うぅ、だめ。確証が持てないよ。ホルスはその虚虚実実を巧みに混ぜ、私達を翻弄していく。さらに、副将ギルガントも私の上をいく理知の持ち主だ。徹底的にその効率を求めた「はい」捌きを見せる。
だから、相手側は手も速いしスキがない。私も必死に相手の手を読み、こちらの情報を隠そうとするが、相手側が一歩も二歩も上を行く。
うぅ、この局も相手のペースにはまっている。私が頭を抱えていると、
「きたきたきたぁあああ、よっしゃあ!」
ティレアさんの独り言が聞こえてきた。だ、だめだ。丸わかりだよ。きっと「てんぱい」したのだろう。ティレアさんの「すてはい」を見るに……当たりは「りゃんまん」と「うーまん」っていったところかな。
あぁあぁティレアさん「まんず」の上下を直しているから、どこに何があるかばればれだよ。ホルス達も最初はティレアさんを賢者だと認識していたから、ティレアさんの実態を演技と思っていたかもしれない。
だけど……もうばれたよね?
属性予測攻守も、戦略というよりただ強運で勝ったとか思っているのかな? 本当は違うけど。
「ふ、これはリーチせずにはいられないね」
そして案の定、ティレアさんが「りぃち」宣言。だが、その数順後、ホルスの直撃をティレアさんが受ける。
「『ろぉん』『ぴんふ、たんやお、いぃぺぃこ……』『まんがん』だ!」
「がはっ!」
ティレアさんが叫び声をあげ、がくっと肩を落とす。私は、ティレアさんの耳元に顔を近づける。
「テ、ティレアさん、大丈夫ですか?」
「は、は、だ、大丈夫、大丈夫。ふふ、なぁに、は、ハンデはこれくらいで十分かな。あはは、ははは」
ティレアさん、目が点になっているよ。ホルスが親になってから、ティレアさんは狙い撃ちされている。だいぶ「てんぼう」もなくなってきているようだし、ここは私がなんとかしないと!
そして、次局……。
数順目、ホルスから「りぃち棒」がテーブルにだされる。
「『りぃち』だ!」
親の「りぃち」である。直撃を受けたくない。念入りにホルスの「てはい」を観察する。なかなかの大物の予感だ。「まんがん」いや「はねまん」級の「やく」になりそうだ。
悔しいが、ここは下りよう。
ティレアさんもこの局は下りてほしいのだけど……。
「カン!」
え!? 我が耳を疑った。突然、ティレアさんが「かん」をしたのだ。
ティレアさん状況、わかっている? 相手は「りぃち」しているんだよ。
そういえば、どうもさっきからティレアさんは意味もなく「かん」をしているのだ。何か戦略があって「かん」しているのならいいのだが……。
「もういっこカン!」
え? え? 何をやっているのこの人? もうわけわからないよ。まずい。このままじゃ、ホルスにあがられちゃう。
そして、私の危惧した通り……。
「それだ『ろぉん』『りぃち、たんやお、ぴんふ……どらぁ二』さらに……ほぉ『うらどらぁ』まで乗ったわ。『ばいまん』だ」
「がはっ!」
「がはっ」じゃありません!
たまらずタイムを宣言し、ティレアさんをテーブルから引き離し詰め寄る。
「ティレアさん、いい加減にしてください。ちゃんと考えているんですか!」
「え、えぇと……う、うん、いちおう」
「じゃあ、なんで『かん』するんですか! 相手は『りぃち』しているんですよ。何故戦略性もないただ危険度が跳ね上がるだけの『かん』をわざわざするんですか。それとも、ことあるたびに『かん』しているのは何か理由があるんですか?」
「い、いや、リンシャン使いとしてつい……」
「はぁ? リンシャン使いって『りんしゃんかいほう』って役ですよね? なんでそんな安手のために危険を冒しているんですか!」
「ジ、ジェシカちゃん、ちょっと目が怖いよ」
「本当にもう現状がわかっているんですか? ティレアさん、このままだと『はこわれ』しますよ」
「ま、まずいかな……?」
「……ティレアさん、非常にまずいです。現段階でマイナス三万点は確実です。つまりこの時点で魔力が三万ほど失われるんですよ」
「そ、それって……もしかして現役冒険者並みの魔力が失われるってこと?」
「ティレアさん、認識が甘いです。魔力が万を超える冒険者なんてこの世に数えるほどしかいません」
「え? そうなの?」
「はい、Sランクのレミリア様で約二万です」
「そ、そんな……ど、ど、どどうしよう?」
「それにですね、このままの調子だと、ゲーム終局には少なくともマイナス十万点はいくと予想しています。マイナス十万点ってどういう意味かわかります?」
「ど、どういう意味なの?」
「それは伝説の魔法体系の始祖といわれるカミーラクラスの魔力ってことですよ! ティレアさん、後、言いにくいんですが、ホルスは、自分の部下が負けてプライドが傷ついてます。このゲームで徹底的に勝とうと思っていたとしたらマイナス十万点どころの話じゃないですよ!」
「あばばばばばばばばばばばばばば!!」
あ、いけない。ちょっと脅かし過ぎたかな。ティレアさんが壊れかけている。でも、実際、ティレアさんの魔力総量はどのくらいなんだろう? 万越えは確実。十万ぐらいはあるような気がする。私自身が未熟だから万を超えたあたりのレベルは桁ちがいすぎてわからない。もしかしたらゲームで負けてもティレアさんは無事なのかもしれない。だが、やはりティレアさんにゲームは無理だ。戦闘に切り替えるように説得しよう。
「ティレアさん、もうこのゲームを続けるのは無理です。あきらめましょう!」
「あわわわ、そ、そうね。ジェシカちゃんの言うとおりだ。このまま普通にしていても負けるのは目に見えている」
「はい、ですので戦闘に――」
「や、やるわ。やってやる。こうなれば最終手段、燕返しよ!」
燕返し? 何かの技名のようだ。とりあえず、戦闘に切り替えるように決心がついたのかな?