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第十六話 「エディムの暗躍(前編)」

 ドリュアス様からお呼びがかかったのは、昼食を終えた直後のことだった。伝令の兵士は青ざめた顔で「至急参謀室へ」とだけ告げて去っていった。


 ただ事ではない。まさかまたバカティッシオが何かやらかして私を巻き込んだのか?


 コンコンコンとドアを三回ノックする。


「失礼します」


 参謀室に入ると、ドリュアス様が書類仕事をしている。窓から差し込む午後の光が、広い室内を照らしていた。羊皮紙の束が机の上に高く積まれ、その向こうに鋭い横顔が見える。


「エディム、来たか。座れ」

「は、はい」


 声は普段と変わらないが、何かが違う。ドリュアス様はこちらも見ずに、椅子に座るように促す。


 相変わらずピリピリしている。いや、今日はいつも以上だ。


 魔法学園の入試面談よりもはるかに緊張する。


 一礼して、机の正面に置かれた椅子に座る。座面が冷たく感じられた。


 周囲を観察してみる。他の軍団員がいない。いつもは秘書役のベルナンデス様が隣でせわしそうに働いているのに、今日はその姿が見えない。副官たちの席も空いている。


 人払いしてあった。


 内密の話があるのだろうか? それも、相当重要な。


「あ、あの……」

「少し待て」

「す、すみません」


 忙しいなら呼ばないでほしい。そう思いながらも、口には出せない。


 それからしばらく針の筵のようにじっと座っていた。カチ、カチ、カチと壁に掛けられた時計の針が刻む音だけが、静寂を破っている。


 書類仕事に区切りがついたのだろう、ドリュアス様が顔を上げて、こちらを見てきた。


「エディム、最近のティレア様のご様子をどう見る?」


 その質問は、予想外だった。内心で身構える。ティレア様の話となると、ドリュアス様は常軌を逸した反応を示す。


 ドリュアス様の表情を窺う。眉間に深い皺が刻まれ、普段の冷静沈着な表情に微かな焦燥が混じっている。何かティレア様に関して気に食わないことがあったのだろう。


 ご様子か……。


 はっきり言って私だって超忙しい。不敬かもしれないが、ティレア様ばかり見ていられない。


 「知りませんよ。いつものように料理をされているんじゃないですか? ご本人に聞いてください」と、まあ正直に報告しようものなら、ティレア様至上主義のドリュアス様に何をされるかわかったものじゃない。


「どうした? よもや知らないなどとほざくのではないだろうな」


 ドリュアス様の声音が一段と低くなった。机に置かれた羽ペンを指でトントンと叩く音が、静寂に響く。あの仕草は、ドリュアス様が苛立っている時の癖だ。


「め、滅相もございません。ティレア様の一挙一動、すべて拝見してお仕えしております」

「当然だ。で、どうなんだ?」


 ドリュアス様が身を乗り出す。


 首筋がひやっとした。汗が背中を伝って流れ落ちる。


 バカティッシオの二の舞はごめんだ。あの愚か者は軽率な発言でドリュアス様の逆鱗に何度も触れた。


 私よ、思い出せ、思い出すのだ。最近のティレア様について、何か話題になったことはなかったか。


 え、えっと……うん、いつものように料理をされていた。それは間違いない。ティレア様は料理がお好きで、よく厨房におられる。


 あと……そうだ!


 バカティッシオが拾ってきた獣人チビを昇進させていた。そうそう、あれは話題になっていた。


 准尉だったか? 確か、異例の抜擢だと噂になっていた。


 准尉は、元国王や里長に邪神軍が与えた位である。相当な地位であるから、同じ准尉の者たちが騒いでいた。「なぜあんな出自の不明な獣人が」「我々と同格だと?」そんな声が聞こえてきていた。


「えぇと、あのシロとかいう獣人を特にお気に入りのようですね。いきなり昇進させるなんて――ひぇ!?」


 背筋に氷を当てられたように身震いする。ドリュアス様の声は静かでこそあるものの、明確な怒気を孕んでいた。空気が一瞬にして凍りつく。羽ペンを握りしめる音がギリギリと響く。


 間違えた? 偽情報だったかも?


 ドリュアス様の顔が見る見る険しくなる。


「そうだ。恐れ多くも獣人あれをお気に入りにされておられる」


 ドリュアス様の声に、抑えきれない憤りが滲んでいた。拳を強く握りしめ、机の上の書類が少し震える。


「料理の腕があることを笠に着て、傍若無人な態度だ。恐れ多くもティレア様に指導をしているのだ。決して許せることではない。ティレア様のお気持ちを考えると、胸が張り裂けるばかりである」


 ああ、そういうことか。あの獣人がティレア様に料理を教えている。それが気に食わないのだ。


「すごい腕の料理人とは聞いていますが、そこまでのものですかね?」


 正直、ティレア様の料理の腕もすごいぞ。邪神軍総帥へのお世辞ではない。あの繊細な味付けと美しい盛り付けは、まさに芸術的だ。


獣人あれは規格外だ」


 ティレア様は例外として、基本的にドリュアス様の要求する水準はレベルが高い。そんな辛口のドリュアス様が、渋々ながらも褒めるのだ。相当な腕前に違いない。


「ならいいんじゃないですか。それだけの腕で教えるんですよね。ティレア様の料理スキルが向上するなら喜ばしいことです」

「貴様、ティレア様が教わるなど、下のままでよいと言っているのか!」

「ひぃ、申し訳ございません。失言でした。そうでした。ティレア様がナンバーワンです」


 だから嫌なんだよ。いつも理知的で効率重視のドリュアス様が、ティレア様に関しては熱くなる。まるで別人のようになってしまう。

 

 なんとか取り繕わなければ……え、えっと、そうだ。


「それは事実として、その獣人の腕がよいのなら、ティレア様の料理の一助になるんじゃないですか」

「そう、一助になればいい。そして、それは普通の天才でいいのだ。私が連れてきたジャンこそ、ティレア様のしもべにふさわしい」

「そういうものですかね」

「異常な天才などいらんのだよ。それは困惑を生む。獣人あれのせいでティレア様は料理への自信を無くされておられる。なんと罪深きものか!」


 なるほど、要するにあの獣人が邪魔なわけだ。ドリュアス様の計画に支障をきたしている。だからこそ、こうして密談の場を設けたのだろう。


「エディムよ、ではこの現状、どうすればよいかわかるな」


 来た。ついに本題だ。


「承知しております。私はオルティッシオ様のような馬鹿とは違いますよ」


 オルティッシオは、失態で何度も処刑されそうになった。あの男の軽率さとは一線を画していることをアピールしておく。


「聞こう」


 ドリュアス様が手を組んで問いかけてきた。


 うっ、鋭い視線。緊張するなあ。


「は、はい、事故に見せかけて獣人あれを殺しま――あいたあ!」


 ドリュアス様が机越しに身を乗り出し、私の頭を叩いた。


 素早く力強い手刀だ。吸血体わたしでなければ骨が折れていたね。人間だったら確実に死んでいる。


 ドリュアス様、怖いよ。


「不敬の輩とはいえ、一応奴は邪神軍の所属だ。しかもティレア様はあれに目をかけておられる。あれが死ねば、必ず死因をお聞きするだろう。その場合、どう釈明するのだ?」

「そ、それは事故と――い、痛い!」


 また叩かれた。今度は額だ。


「エディム、恐れ多くもティレア様の御前で虚偽の報告をする気か!」

「い、いえいえ、包み隠さず正直に報告します。獣人チビを殺したと」

「よい心がけだ。ただ、その時はティレア様の持ち物である軍団員に手をかけた罪で、貴様を処分させてもらうぞ」

「ち、ちょっと待ってくださいよ」


 ふざけるな。死んでたまるか! じゃあ、どうしろっていうのよ。ドリュアス様でなければ「ふざけんな」と文句を言っているところだ。


「ふっ、そうにらむな。まあいじめるつもりはない。ところでエディム、忖度そんたくという言葉を知っているな?」

「当然です。私はオルティッシオ様のような無知とは違います」

「何度も言わなくていい。それより忖度そんたく、いい言葉ではないか」

「はい、素敵な言葉ですね」

「うむ、聞くに、あれは他の獣人にずいぶん嫌われているそうではないか」

「はい、獣人風情が、強者の掟を決めているようです。あれは弱いくせに族長になっているから、相当恨まれているようですね」

「そうか。不幸な事故が起きなければよいな」


 忖度ですね。

 ドリュアス様、わかってます、わかってますよ。


 我々は手を出さない。ただ、嫌われ者を嫌っている連中の前に差し出す。あとは勝手に事が運ぶ。ティレア様には正直にこう報告すればよいのだ。「あれは嫉妬と妬みから他の獣人に殺されました」と。


 これなら嘘は言っていない。丸く収まる。我々に責任は及ばない。


「ドリュアス様、承知しました」

「何を承知したのだ? 私は何も命令していない」


 ドリュアス様は、すっとぼけておられる。


 これも忖度ですね。承知しました。表向きは何の指示も出していない。すべて私の独断ということにします。問題ない。こういう政治的な駆け引きは得意分野だ。


「ふふ、そうでした。ドリュアス様は何もご命令をしておりません。ところで話は変わりますが、私も働き詰めでして、休暇を申請したいのですがよろしいでしょうか?」

「よかろう。申請書は出しておけ。受理しておく」

「ははっ」


 完璧だ。これで名目が立つ。

 獣人チビを故郷の村に連れて行けばいい。


 私は、休暇に獣人チビと遊びに行くだけだ。観光という名目で。


 くっく、遊びに行った先でどうなるかは知らないがな。


 これでいいはず……。




 ★☆




 自室に戻り、椅子に深く腰掛ける。


 しかし、私の頭脳は既に次の段階に移っていた。計画には準備が必要だ。


 なにせ私が直接戦闘に参加できない。獣人ジャクシャどもを当てにしなければいけない。獣人たちの戦闘能力は低い。数が揃えば何とかなるか?


 くそ、これもバカティッシオが相当な数の獣人を殺したせいだ。あれほど貴重な労働力だと口をすっぱくして言ったのに。


 村の獣人ジャクシャだけではターゲットに逃げられるかも? 万が一逃げられたらおしまいだ。ドリュアス様の期待を裏切ることになる。


 逃げるのを私が阻止したら、共犯だよな。私が直接手を下すわけにはいかない。あくまで偶然を装わなければならない。


 うん、念のため、近隣の獣人たちも呼び寄せておくべきだな。


 獣人ジャクシャでも数を集めればなんとかなるだろう。包囲網を完璧にする。それが成功の鍵だ。


 まどろっこしいが、自ら手にかけられないからしかたがない。面倒だが、ドリュアス様の覚えがよいほうがいいからな。出世のためには必要な投資だ。


 伝手がいるわね。


 獣人たちのネットワークに精通する者が必要だ。里と里を繋ぐ顔役。そういう人物がいれば、効率的に人員を集められる。


 副長のダルフに相談するか。情報通だ。きっと適任者を知っているだろう。




 ☆★




 翌日、ダルフから報告が届いた。そして、見つけた。


 ガウ・ヴァスコ。


 一見するとただの獣人だが、その人脈だけは使える。


 薬の流通を握り、二十を超える獣人の里に顔が利く男だ。借金や醜聞で有力者の弱みを握り、広範囲な人脈を築いてきた。


 ガウは邪神軍の元伍長。バカティッシオに取り入り、故郷の年貢を十倍に引き上げて出世した。同胞を平然と苦しめる男だ。


 しかし先日、獣人チビに対する暴行が発覚し、邪神軍を放逐されている。


 完璧だ。獣人チビへの恨みは相当なものだろう。軍を追われた恨みもあるだろうし、金に困っているはずだ。こういう獣人は御しやすい。


 何より、あの広範囲な人脈があれば、一度に大勢の獣人を集めることができる。借りを作っている連中に声をかければ、断れる者はいまい。


 机に広げた報告書に目を落とす。


 ガウ放逐の記載者はミレス。


 あの清廉潔白ぶった女め。正義感を振りかざして。


 気に食わない。カミーラ様に気に入られているからといって、偉そうに正論を振りかざしている。いつか必ず立場を逆転させてやる。


 ガウ・ヴァスコ、ミレスが獣人チビへの暴行を理由に追放した獣人か。


 いいね、こいつを拾い上げてやろう。恩を売っておけば、後々使える駒になる。それに、ミレスの判断が甘かったことを証明できる。獣人チビに対する恨みがあるなら、今回の件でも躊躇なく動いてくれるだろう。むしろ喜んで協力するかもしれない。


 私は椅子の背にもたれ、満足げに微笑んだ。すべての駒が揃った。あとは実行に移すだけだ。


 完璧な計画。完璧な口実。完璧な実行者。


 何も知らない獣人チビは、間もなく故郷の土になるだろう。そして、ドリュアス様の覚えはさらに良くなる。


 私にとって、これほど美味しい仕事はない。

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― 新着の感想 ―
自分は邪神様至上主義なので 「あの獣人め、ティレア様に何て不敬な!!」 と思って読んでます笑
何かしようとすると結果大体いつも最前線で戦わされてる気がするこの子・・・
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