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第十三話 「天才料理人シロ 出世する(中編)」



「ど、どうして……?」


 僕の声は、地下帝国の薄暗い廊下に震えながら響いた。まさかあの男に再会するとは思ってもみなかった。


「どうしてって、そりゃ出世したからですよ」


 ガウの口元に、あの忌まわしい薄笑いが浮かんでいる。村での日々を思い出す。ガウは常に弱者を見下し、特に僕のような非戦闘員を蔑んできた。

 村の食料配給の時、ガウはいつも戦士たちを優先し、僕や老人、子供たちは最後回しにされた。「弱い者から死ね」が彼の口癖だった。


 出世?


 僕は困惑しながらガウを見つめた。灯火の明かりが胸元のバッジを照らし出している。その金属の輝きが、この薄暗い地下帝国の中で異様に目立っていた。


 伍長!?


 確かに、ガウの胸には伍長のバッジが輝いていた。ガウの階級は一等兵で、食料生産部隊所属だったはずだ。


 ジャシン軍では厳格な階級制度が敷かれており、特に獣人は下士官以上には昇進できないはず。つまり、ジャシン軍の中枢である地下帝国に立ち入ることなど、本来なら不可能なはずだった。ここは邪帝ティレアの居住施設で、一般の兵士が立ち入るには特別な許可が必要な場所だ。


「なぜここにいるって、顔をしてますね?」


 ガウの声には、傲慢さが滲んでいた。その声を聞くだけで、村での屈辱的な記憶が次々と蘇ってくる。


 僕の疑問をよそに、ガウは遠慮なく近づいてきた。その足音が石畳に響く度に、僕の心臓は激しく打った。ガウの体臭が鼻につく。汗と獣臭の混じった、あの嫌な匂いだ。


「どうして?」

「簡単ですよ!」

「あぐっ!?」


 突然、ガウの太い腕が首に回された。獣人特有の怪力が、僕の細い首を容赦なく締め上げる。指が喉に食い込み、呼吸が困難になる。


「ちょっとこっちに来てください」


 有無を言わせず、僕は暗がりへと引きずられていく。足が地面を擦り、膝が石畳にぶつかって痛みが走る。なぜか地下帝国の構造を知っているガウは、迷うことなく人目につかない場所へと向かった。


 廊下を曲がり、さらに奥へ進む。ここは本当に人気がない。警備兵も通らないような場所だ。誰も使っていない空き部屋だった。

 かつては倉庫として使われていたのだろう、埃っぽい匂いが鼻をつく。古い木箱や使われなくなった武器が散乱している。


「こちらへどうぞ」


 乱暴に押され、僕は部屋に押し込まれた。背後で扉が重く閉じられる音が響く。まるで墓石が閉じられるような、絶望的な響きだった。鉄の留め金がかかる音が聞こえ、完全に閉じ込められたことを理解する。


 部屋に入った途端、ガウの口調が豹変する。


「へっへっ、なぜ俺が出世したか教えてやるよ。くっく、あのバカをおだてたら、簡単だったぜ」


 バカ……オルティッシオのことだろう。ジャシン軍の暴将として名高い男だ。オルティッシオは切れやすく暴力的だが、策略には疎い。

 扱いやすいタイプといえば扱いやすい。単純な性格ゆえに、一度激怒すると見境がなくなるけど。

 

「何をしたの?」

「な~に、次に治める年貢を十倍にするって約束しただけさ。簡単だろ?」


 僕の心臓が止まりそうになった。


「なっ!? それじゃあ村の食糧はどうするんだよ!」

「知ったことか。飢え死にする奴は死ね。弱いのが悪いんだ」


 僕の血の気が引いた。十倍の年貢など、とても支払えるものではない。元々貧しい土地で、作物の収穫も決して豊かではない。僕たちの村は山間部にあり、平地が少なく農業には不向きな土地だった。それでも村人たちは必死に働き、痩せた土地から少しでも多くの作物を育てようと努力していた。


 現在の年貢でさえ、村人たちは必死に納めている状況だ。収穫期には朝から晩まで働き、それでも足りない分は狩猟や山菜採りで補っていた。冬場は特に厳しく、僕の料理の腕が村人たちの命綱だった。限られた食材で栄養価の高い料理を作ることで、なんとか飢饉を乗り切ってきたのだ。


 それが十倍になれば……。

 副族長のくせに……村民のことを欠片も思いやれないのか。


 村の戦士たちは腕力至上主義で、弱者を軽蔑する風潮があった。それは獣人社会の宿命でもあった。力こそが正義、弱い者は淘汰されて当然という考えが根深く根付いている。


 僕はその中でも特に嫌な奴が多いと感じていたが、ガウは輪をかけてひどかった。弱者を嬲ることに快楽を見出す、真性の加虐者だった。僕が料理をしていると嘲笑い、作った料理を地面に叩きつけたことが何度もあった。


 ただでさえ食料は強者が独占しており、戦闘能力の低い者や高齢者、病弱な者には十分な食料が行き渡らない。年貢が十倍にされたら、村の半分は餓死してしまうだろう。


 特に心配なのは、僕と同じような弱者だ。織物師のミラおばさん、木工職人のベンじいさん、そして多くの子供たち。彼らは戦士ではないが、村の生活に欠かせない存在だ。しかし、ガウのような者たちにとっては「無用の長物」でしかない。


「ひどい!」


 僕がガウを睨んでいると、ガウから強引に腕を掴まれた。その瞬間、激痛が走る。ガウの爪が食い込み、皮膚を傷つけた。


「ぼ、暴力は禁止のはず」


 ジャシン軍の軍規では、軍団員同士の私的な暴力は厳しく禁じられている。発覚すれば処罰の対象となる。だが、ガウは気にも留めない。


「はっ、確かに軍団員同士の私闘は禁止されている。ただね~これは私闘じゃない。お遊びだ」


 ガウは掴んだ腕をきりきりと締め上げていく。関節が軋む音が聞こえそうだった。指の力が徐々に強くなり、骨まで痛みが響く。


「あぐっ!」

「あれあれ? たかがお遊びで痛がっているのか? 俺は少ししか力を入れていないんだぜ」


 嘘だ。これは明らかに本気の力だ。ガウは僕を痛めつけることに快楽を感じている。その表情が物語っていた。


「お、お遊びって力じゃない……骨が折れるよ」

「口答えか? 村にいた頃は考えられなかったなぁ。弱虫の下級戦士が調子に乗りやがって。あまり調子こいていると、あのばばあのようになるぜ」


 おばあちゃんのことか!


 脳裏に、あの悲劇的な光景が蘇った。誰よりも優しく賢いおばあちゃんが、なぜあんな残酷な死を遂げなければならなかったのか。

 

「おっ、生意気にも睨んでるのかよ?」


 ガウの声で現実に引き戻される。僕は無意識のうちに彼を睨んでいたのだろう。


「に、睨んでなんか……」

「おぉ、そんなに反抗的ならどうしようか?」

「な、何をするの?」

「くっく、上官である曹長様には手を出せないからな~。物に当たるとするか?」


 物? 別に構わない。いくらでも八つ当たりすればいい。料理機材はジャシン軍の台所に置いてある。壊せば、ガウが罰を受けるだけだ。

 それ以外に、僕の所有物なんてものはない。身一つでこの軍に参加したのだから。


 だけど、嫌な予感がする。ガウの目つきが、物理的な破壊以上の悪意に満ちていた。その目は獲物を見つけた肉食獣のように光っている。


「何をする気?」

「大した事じゃないぜ。里に帰って、あのばばあの墓でもぶっ壊そうってな」


 その瞬間、僕の世界が止まった。


「なっ、なっ、なっ!?」


 声にならない叫びが喉から漏れる。まさか、まさかそんなことを。


「ひゃっはっは! やっとらしくなったな。そうさ、この屈辱は墓に返してやる。あのくそばばあのように、ばらばらにぶっ壊してやるよ」


 その言葉が僕の心を貫いた。おばあちゃんの墓は、僕にとって最も神聖な場所だった。祖母が眠る小さな石の墓標は、僕が手作りしたものだ。村を出る前、最後に手を合わせた場所でもある。


「やめろぉお!」


 理性が吹き飛んだ。僕はガウを押した。叩いた。


 やめろ、やめろ、やめろぉお!


 おばあちゃんは無残に殺された。お前たちに殺された。さらにお墓まで壊すなんて、おばあちゃんを死んでからも侮辱する気か!


 心の中が悲しみと憤りでいっぱいになる。普段は争いを避ける僕だったが、さすがにこれだけは許せなかった。怒りで視界が真っ赤に染まった。許さない!


「はぁ、はぁ、はぁ、や、めろ」


 我を忘れて、僕はガウの胸をぽかぽかと叩いてしまった。もちろん、非力な僕の拳に威力などない。ガウの厚い胸板に当たっても、まるで岩を叩いているようだった。


「くっく、終わりか? 蚊でも止まったかのような腑抜けた拳だったぜ」


 ガウの嘲笑が部屋に響く。その笑い声は、村にいた頃と何も変わらない。相変わらず弱者を見下し、他人の痛みを楽しんでいる。


「腑抜けたパンチだったが、それでも叩いたのは事実だよな? 先に手を出したのはそっちだぜ。痛いなぁ、勝手に私闘を始めた。軍紀違反だ。違反には制裁が必要だな」


 罠だった。最初から僕を挑発し、手を出させるつもりだったのだ。


「手を出したって……ちょっと押しただけで私闘なんてもんじゃない」


「うるせぇ! 御託はどうでもいいんだよ。この野郎が、弱ぇくせに俺様にでかい口を叩きやがって。しかも弱虫のお前が族長だと! 許さねぇ、殺してやる。ぶっ殺してやるからな!」


 まずい。本当に殺される。


 弱者に楯突かれた。それだけで、プライドの高いガウが激高するのに十分な理由になる。しかも、僕が族長になったことで、彼の中では立場が逆転したと感じているのだろう。


 ガウの目が狂気に満ちていた。殺意という名の炎が、その瞳の奥で燃え盛っている。獣人の本能が剥き出しになった状態だ。理性よりも感情が勝っている。


 僕は死ぬわけにはいかなかった。村のため、そして祖母の想いを継ぐためにも。おばあちゃんが遺してくれた「至高の料理」のレシピを完成させなければならない。


「じ、ジャシン法で、上官の僕を殺したら罪になる」


 暴力ではとてもかなわない。ならばそれ以外の方法で対抗するしかない。軍紀は絶対のはずだ。ジャシン軍では階級制度が厳格に守られており、上官に手を出すことは重罪とされている。


「へっ、小賢しい。無駄だ。言い訳ならいくらでも考えつくぜ。逃亡した、謀反を起こした、陰でティレア様を侮辱をしていたってな」


 ガウは既に筋書きを考えていた。僕を殺した後の言い訳まで用意している。


「そ、そんなこと、でたらめだ」

「お前のような弱者の言い分を誰が信用する? なにより、あのバカをおだてたら、でたらめだろうと何とでもなるさ」


 オルティッシオのことだ。確かに彼は単純で、ガウの言葉を信じるかもしれない。

 捕まれた腕がぎりぎりと逆に曲げられる。さっきよりも強い力だった。関節が限界を超えそうになる。


「ぐぅあああ!」


 激痛が全身を駆け巡る。骨が軋む音が聞こえ、筋肉が引き裂かれそうになる。


「まずは腕だ。次に足。全身の骨という骨を叩き壊して殺してやるぜ」


 ガウの声に興奮が混じっている。他人を痛めつけることに快感を覚えているのだ。これが彼の本性だった。


 痛い、痛い! 関節が外れそうになる激痛が全身を駆け巡る。


「へっへっ、まずは一本……」


 骨が折れる。その瞬間を覚悟して、僕は目を固く閉じた。


 しかし、その痛みに耐えていると、


「ぐはぁ!」


 突然、ガウが悲鳴を上げた。きりきりと締め上げられていた腕の痛みが引く。


 いったい何が?


 うっすらと目を開けると、ガウが室内の端まで吹っ飛ばされていた。壁に背中をぶつけ、苦痛に顔を歪めている。


 誰かが助けてくれたの?


 ハイキックをしている人影が見えた。女の子……髪を束ねた美少女だ。彼女は軽やかに着地し、こちらを振り返った。


 軍団員?


 制服を着ているから間違いない。しかし、よくよく観察してみると、胸元のバッジには堂々と光輝く大鷲の証があった。


 大将!!


 僕の心臓が跳ね上がった。ジャシン軍に三人しかいない最高位の一つ。ジャシン三大将。ニールゼン、ドリュアス、ミレス。


 その紅一点は、ミレス・ヴィンセント。


 じゃあ、この人がミレス?


「い、いきなり何をしやがる!」


 ガウが起き上がり、怒鳴ってくる。しかし、その声は先ほどまでの傲慢さを失っていた。壁にぶつかった衝撃で、少し意識が朦朧としているようだ。


「何って、蹴ったのよ」


 凛とした女性の声だった。その声は驚くほど冷たく、まるで氷の刃のように空気を切り裂いた。しかし、どこか上品さも感じられる。育ちの良さが窺える話し方だった。


「てめぇ、ふざけた真似――はっ!?」


 どうやらガウも胸元に輝くバッジに気づいたようだ。大鷲の紋章、それはジャシン軍最高位の証だ。ミレスが三大将の一人であること、自分よりもはるかに上の身分であることを理解した瞬間、ガウの顔から血の気が引いた。


 保身に長けるガウが、気軽に反発できる相手ではない。ジャシン軍二万人を統括する大幹部を前に、ガウの口調からも荒々しさが消えている。


「……不当な暴力だ。いくら上官でも、ジャシン軍の軍規に違反してますぜ」


 しかし、それでもガウは食い下がった。プライドが傷つけられたことへの怒りが、恐怖を上回っているのだろう。


「残念ねぇ。軍紀? 私の地位だと、どうとでもなるのよ」


 ミレスの返答は実にあっさりしていた。事実、大将の地位はそれほど絶大だった。


「なぜです!」

「大将だから」


 シンプルすぎる理由だった。しかし、それが真実でもある。


 ミレスの目は冷やかだった。ガウを心底軽蔑しているようである。


 三大将の地位がいかに絶大なものか、僕にも想像がついた。邪帝ティレアの直属であり、軍の運営において事実上の全権を握っている。一介の伍長など、彼女にとっては虫けら同然だろう。


「なっ!? 問題発言だ。軍紀を軽んじるなんて、オルティッシオ様に訴えますよ」


 ガウは最後の手段に出た。オルティッシオの名前を出すことで、ミレスを牽制しようとしたのだ。


「オルティッシオさんねぇ。いいよ、訴えてみて。無駄だから」


 しかし、ミレスは全く動じない。


「本気ですぜ」

「えぇ、やってみなさい。あんたに大将という地位がどんなにすごいか実感させてあげる」


 高位の者の絶対的な地位。保身に長けたガウが反発できるはずもない。慌てふためくガウの様子が滑稽ですらあった。


 僕は状況を整理しようとした。


 なぜミレス・ヴィンセントがここにいるのか?

  なぜ僕を助けてくれたのか?

 偶然通りかかったのか、それとも何か理由があるのか?


「くっ、な、なぜですか。なぜ俺にこんな真似を?」


 ガウの声に困惑が混じっている。自分より強い者には媚びへつらうのが彼の処世術だった。しかし、ミレスの態度は彼の予想を超えていた。


「わからない? あんたをいじめているのよ」


 その答えは意外だった。


「はぁ? ふ、ふざけるな!」

「あんたの得意分野でしょう? 権力をかさに着た傲慢な振る舞いは」


 ミレスはガウの本性を見抜いていた。


 ガウの眉間に青筋が立っている。いじめをしても、されたことがないガウだ。自分がいじめられている現実が受け入れられない。


 いつも軽んじている人族の、しかも女性からの屈辱だ。保身以上にプライドがずたずたに引き裂かれたに違いない。


 よほど腹に据えかねているのだろう。荒々しさが戻ってきた。


 ガウはきょろきょろと辺りを見渡し、下卑た笑みを浮かべた。密室で誰もいないという状況を確認しているのだ。


「へっ、ここは誰もいない。何をしようが、いくらでも言い訳ができる。痛い目に遭いたいか?」


 ガウの本性が露わになった。地位や立場に関係なく、暴力で解決しようとする獣人の本能だ。


「いいよ。次は暴力ね。あんたの流儀に合わせてあげる」


 ミレスは全く動じていない。むしろ楽しんでいるようにも見える。


「不意打ちかましたぐらいでいい気になってんじゃねぇ」

「ふふ、不意打(あれ)ね」

「なんだ?」

「あれ、あんたの血で床が汚れるのが嫌だからかなり手加減して蹴ったのよ」

「なめやがって。いいだろう、俺の本気を見せてやる」


 そう言うと、ガウは気合を入れたように力をためはじめた。身の丈が大きくなった気がする。


 筋肉が膨張し、獣人特有の戦闘形態への変化だ。体毛が逆立ち、爪が伸び、牙が鋭くなる。完全な戦闘モードに入ったのだ。


「へっへ、どうよ」


 すごい闘気だ。空気が重くなり、部屋全体に威圧感が漂う。


 村の長だったギガント様より強い。ひょっとして、族長だったベジタブル様に近い力があるのかもしれない。

 

 ガウがここまで強くなっているとは思わなかった。


 でも、どうして急に?

 はっ、まさか!?


「シンセイジュの薬?」

「察しがいいな、ミソッカス。そうさ、毎度毎度くすねて食らってきたのさ。本当はギガントかベジタブルを殺るためにとっておいた秘策だったが、奴らは俺が殺すまえに死んだ。くそっ、てめぇらに披露することになろうとはな」


 それでガウの急激な成長が説明できた。


 そうか、いきなり力が上がったら盗んだことを疑われる。だから実力を隠していたんだ。


 シンセイジュの薬は獣人の能力を上げる獣人にとって貴重なもの。それぞれの働きに応じて族長から寄与される仕組みだ。それを盗むのは大罪だが、バレなければ問題ない。狡猾な彼らしい手口だった。


「シンセイジュの薬を食べ続けてきた俺にかなうと思っているのか!」


 ガウの自信は本物だった。実際、その戦闘力は以前とは比べ物にならない。


「ミレス様、逃げて」


 僕は思わず叫んでいた。いくら大将でも、強化されたガウは危険だ。


 僕の警告にもかかわらず、ミレスは微笑みを浮かべるだけで余裕の表情だ。その微笑みには、まるで子供の戯れを見るような余裕があった。


「ながながと講釈垂れてたけど……終わった?」

「くっく、いいね、その生意気な面。恐怖でひきつらせてやるぜ」


 ガウの殺気が最高潮に達している。しかし、ミレスは全く動じていない。


 ガウの気勢をものともせず、ミレスは人差し指を一本立てた。その仕草は実に優雅で、まるでお茶会で指摘をするような軽やかさがあった。


「……何の真似だ?」

「あなたには指一本で十分だからよ」


 何という自信だろう。いくら大将でも、相手はシンセイジュの薬で強化されたガウなのに。


「……ふざけてるのか」

「違ったわ。正確には十分どころか過剰ね。指一本でもお釣りが大量に出てくるわ」


 完全になめきっている。しかし、その自信には根拠があるのだろうか?


「くそが、人族の女如きに舐められてたまるかぁ!」


 ガウの咆哮が石壁に反響した。その瞬間、彼の巨体が床を蹴る。石畳が砕け散り、破片が宙に舞った。シンセイジュの薬で強化された脚力は、獣人本来の身体能力をはるかに凌駕している。 


 空気を切り裂く風切り音。ガウの巨大な拳が、ミレスの華奢な体めがけて振り下ろされる。

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― 新着の感想 ―
ミレス、ただの学生だったのに いつの間にか完全に邪神軍に染まっちゃって、、 しかも大将笑
ミレスきてくれてよかった! シロが平穏に暮らせることを祈りつつ(邪神軍では無理かもしれませんが!)…怒涛の勢いで投稿されていて、毎日読めてすごくうれしいですありがとうございます!
ガウは知りませんね。 自分の愚かさに気付かない奴は、大抵悲惨で惨めな末路をたどることを。
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