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第十一話 「ティレアの至高のメニュー作り 参」

「ねぇ、あなた今からこのスープ作ってみてよ」


 俺の要求を受けて、シロは戸惑いがちに首を縦に振った。

 

 よし、こうなったら、直接見て理解するしかない。

 俺がシロに再び作らせようとしたその時だった。


「あ、あの、そいつは国指定の免許も持っていないみたいです。失敗するのも当然かと」


 一人の男が横から口を出してきた。年の頃は四十代半ば、料理人特有の日焼けした肌と、長年の火仕事で鍛えられた太い腕をしている。

 白いコックコートには「山屋」の刺繍が施されており、胸元には誇らしげにA級料理人の徽章が光っていた。


 あ、この人知っている。


 確か山屋の看板料理人で、A級の称号を持っていたはずだ。名前は確か......ミツサダだったか。


 王都の老舗料理店「山屋」は、三代続く名門中の名門。


 俺も山屋の料理を食べたことがある。特に名物の「麺麺椀」は絶品だった。スープの奥深さ、麺の絶妙な弾力、具材との調和、全てが計算し尽くされた、まさに職人の技だった。

 

 普通に美味かったよ。腕の立つなかなかの料理人だ。


 ただ、勘違いしてるね。

 俺が失敗をあげつらっているように見えるのか?

 

「あなた、今すげー勘違いをしている。私は別にまずくて問い質しているわけじゃないの。その逆よ、とてつもなく美味しかったから聞いているの」


 俺の言葉に、会場が静まり返った。

 

 石造りのホールに、針を落としても聞こえそうな静寂が訪れる。数十人の料理人たちが、一斉に俺とシロを見つめていた。


 わかる、わかるぞ。そんなわけねぇだろ?

 アライを煮込んでいるんだぞ。黴臭くなるに決まっている。

 まったく料理のいろはも知らねぇな、お嬢ちゃん。


 みな、そんな顔をしているね。

 

 料理人たちの顔には、明らかに「この素人が何を言っているんだ」という表情が浮かんでいる。中には鼻で笑う者もいた。


 確かに常識的に考えれば、アライを煮込んでまともな料理になるわけがない。アライの肉は独特の臭みがあり、相当な技術がなければ食べられたものではないのだ。

 

 一応、俺は邪神軍のリーダーをしている。彼らの雇い主だから遠慮して反論しないのだろう。


 ふぅ~舐められているね。完全に舐めてやがる。俺を馬鹿舌と思ってるらしい。


 失礼な! 俺はプロの料理人だぞ。

 味の良し悪しぐらい普通にわかる。

 こと料理に関して舐められるのは勘弁ならない。

 

 実力を見せてあげましょう。


「あなた、山屋の料理人ね。知っているよ。今回あなたが提出した麺麺椀もなかなかだった」


 俺は腕を組み、ミツサダを見据えた。彼の顔に驚きの色が浮かぶ。

 

「お、恐れ入ります」


 ミツサダは慌てたように頭を下げた。まさか自分の料理を覚えられているとは思わなかったのだろう。

 

「でも、仕上げの火力が弱かったね。麺の弾力が少し損なわれていたよ」

「そ、それは......」


 ミツサダの顔が青くなる。


 図星だったようだ。俺の指摘は的確だった。


 あの麺麺椀は確かに美味しかったが、最後の仕上げで火力が不足していた。そのせいで麺の表面が若干ふやけ、本来の弾力が失われていたのだ。

 

「麺の風化防止にババロアを加えて弾力を出しているけど、まだ足りない。あなたも課題と思っているんじゃない?」

「わかるんですか!」


 ミツサダの目が見開かれる。ババロアを使った技法は、山屋秘伝の技術だ。それを一口食べただけで看破されるとは思っていなかったのだろう。

 

「当然、これでもプロだから」

「おみそれしました」


 欠点を指摘されて驚いている。

 

 どうよ、俺の審査眼は?

 

 会場の雰囲気が変わり始めていた。最初は素人扱いしていた料理人たちも、俺の専門的な指摘を聞いて、ざわめき始めている。

 

 ふふ、ようやくわかってくれたかな、俺は料理人であって【邪神】だの【魔王】だのではないってことよ。

 

「でね、麺麺椀も美味しかった。けどね、このスープはそんな次元じゃないのよ。ほら、飲んでみなさい」


 俺はシロが作ったスープの椀を、ミツサダに差し出した。

 

「いや、そんな失敗作なんて飲めません」


 ミツサダは顔をしかめて首を振る。A級料理人としてのプライドが、獣人の作った料理を受け入れることを拒んでいるのだ。

 

「失敗料理じゃないから」

「失敗です。口に入れるまでもありません」

「だから違うって言っているでしょ」

「俺にもプロとしての意地があります。それは失敗です。しかも無免許の獣人が作ったスープですよ。絶対に飲みません」


 ミツサダの頑なな態度に、俺は少しイライラしてきた。

 

「いや、そんな偏見はその辺のゴミ箱にポイしなさい。獣人だろうと美味い料理を作れるの。差別しないでちゃんと料理に向き合いなさい」

「嫌です」


 こいつ頑固だ。


 いや、A級料理人なんて、プライドの塊のようなものだ。自分が納得しないことは絶対にしないだろう。特に、料理に関してならなおさらだ。大金を積まれたって矜持を曲げない。


 それに、この世界では獣人に対する差別意識が根強く残っている。人間と獣人の間には見えない壁があり、特に料理のような文化的な分野では、その差別は顕著に現れるのだ。


 いいだろう、こっちも料理人としての意地がある。


「いいから飲んでみなさい。世界が変わるよ」

「い、嫌です。たかが獣人が作った素人料理を、なんでA級の俺がテイスティングしなければならないんですか!」


 ミツサダの声が上ずっている。しかし、その頑なな態度を見て、俺はある切り札を思い出した。


「あぁ、もう意固地ね。しょうがない。あなたミュー......ミュッヘンの紹介で来たのよね? ミューに言ってその態度を改めてもらおうかしら?」

「ミュッヘン様!? も、申し訳ございません。飲みます。飲みますから。どうかミュッヘン様へはご内緒に」


 ミツサダの顔が一瞬で青くなった。ミュッヘンの名前を出した途端、その頑なな態度が嘘のように消え去る。

 

 ミューの機嫌を損ねるのが怖いのか?

 

 さすがは凄腕冒険者のミューだ。なんちゃって軍曹のオルとは違う。王国でも指折りの実力者であり、その名前は料理人たちの間でも畏怖の対象となっているのだ。


 ミツサダは慌てて椀を受け取り、恐る恐るスープをすすっていく。

 

 その瞬間だった。

 

「はぁ、はぁ、そんな馬鹿な......し、信じられん」


 ミツサダの手が震えている。椀を持つ手が、小刻みに振動していた。彼の顔は驚愕に歪み、目は見開かれたまま固まっている。

 

「でしょ、でしょ。多少なりとも腕があるならわかるでしょうが!」


 俺は得意げに胸を張った。やっとわかってくれたか。

 

「は、はい、これに比べれば俺の料理なんて素人以下のクソ料理だ」


 威勢のいいこと言ってたのに、百八十度意見が変わったね。


 うんうんわかってくれて嬉しい。

 

「よかった。でも、そんなに自分を卑下しなくていい。クソ料理は言い過ぎだって。あなたの料理も十分に合格点だから」

「いや、俺の料理なんてクソだ。くその中のくそ料理だ。ちっ、俺は今まで何をしてきたんだ」


 ミツサダが悔し涙を流している。


 A級料理人としてのプライドが、根底から覆されたのだ。今まで自分が積み上げてきた技術、経験、全てが無意味に思えてしまったのだろう。


 まぁ、そう言いたい気持ちは十分にわかる。衝撃よね。


 俺だって最初にこのスープを飲んだ時は、同じような衝撃を受けたのだから。

 

「気位の高いあいつがそこまで言うのか......お、俺も飲んでいいですか?」


 別の料理人が恐る恐る手を上げた。痩せ型の中年男性で、彼の胸にもA級の徽章が光っている。

 

「いいよ、いいよ」

「そ、それじゃ失礼して――ってうまぁあああ! 美味い、うますぎるぞ」


 その料理人も、口に含んだ瞬間に絶叫した。

 

「「本当かよ。俺も飲む」」

「「UMaaaaaai!!」」


 料理人たちが次々とスープを口にし、そして絶叫している。

 

 そうそうこうなるでしょ、やっぱり。

 

 皆、目を白黒させ、UMA発見した如くの驚きだ。会場が騒然としてきた。最初は懐疑的だった料理人たちも、仲間の反応を見て興味を示し始めている。


「アタイもいいですか?」


 ジャンも興味が湧いたのだろう。興味深げにシロのスープを見ている。普段から冷静沈着、感情をあまり表に出さないタイプにみえたけど、さぁどう反応するか。


「いいよ、いいよ。じゃんじゃん飲んじゃって」


 飲み終わった料理人からスープを受け取り、ジャンに渡す。

 

 ジャンは受け取ったスープにスプーンで一匙すくい、慎重に口に入れる。彼女の動作は常に丁寧で、無駄がない。


 ジャンの目が大きく見開く。

 

「う、美味い。嘘だろ? どうやったらアライを煮てここまで洗練した味になるんだ」


 うん、ジャンも驚いてる。


 そうだろ、そうだろ。驚かないわけがない――ってか冷静だね。ツンデレかと思いきや、クーデレの属性もあるようだ。


 もっとリアクションしてもいいのよ。


 俺とか他の料理人は部屋中に響き渡るぐらいに絶叫したんだから。


 そんなに冷静だと、騒ぎまくった俺達がバカみたいじゃん。


 でも、ジャンの冷静な驚きが、逆にこのスープの凄さを物語っている。普段動じなそうな彼女が、ここまで動揺しているのだから。


「ふむ、私もいいですかな」


 ある程度、料理人たちが試飲したところで、モチキチがずいっと場に乗り出してきた。さすがに名のある料理人たちが絶賛したからね。モチキチもぐいぐいと興味を引かれたのだろう。

 

 味王の登場に空気が一変する。誰かが小さく息を呑んだ。

 

 黒のコックコートに身を包み、背筋を伸ばした男がゆっくりと歩を進めてきた。本名モチキチ・ルガノフ。王都で「味王」と呼ばれる男だ。S級料理人の中でも別格の存在で、彼の作る料理は芸術の域に達していると言われている。

 

 足音は硬く、確かで、どこか舞台の幕開けのようである。彼が歩くだけで、会場の空気が張り詰めていく。

 

「来たぞ......味王だ」

「モチキチさん、本気だ。本気の目だよ。下手な料理を出すと血を見るぞ」


 料理人たちがささやき合っている。その声には明らかな畏怖が込められていた。

 その声に誰もが手を止めた。


 誰もが知っている。彼が鍋を振るえば、素材は覚醒する。炎を操れば、味が変わる。彼の料理は、芸術ではない。闘いなのだ。


 料理に妥協はなく、そのプライドを傷つけようものなら暴力も辞さない。過去には、自分の料理を侮辱した者に包丁で刺したこともあるという。

 

 そんなモチキチが、現在王都No.1の料理人が、本気でこのスープを見極めにきたのだ。

 

 これは胸熱な展開だ。

 

「さぁ、飲んでみて」


 俺は緊張しながらも、モチキチにスープを渡す。

 

 モチキチは、受け取ったスープをじっくりと見て、その風味を鼻で十分に嗅ぐ。彼の鼻は、長年の経験で鍛えられた名器だ。香りだけで、料理の良し悪しをある程度判断できるのだ。


「むっ!?」


 モチキチからむっ!?と声にならない声が漏れた。

 

 にひひ、驚いている、驚いているな。

 

 このスープは、香りだけでも凄いのだ。アライの臭みを完全に消し去りながら、逆に上品な香りを引き出している。それは魔法のような技術だ。

 

 モチキチの目が鋭くなっている。普段の穏やかな表情から一転、真剣そのものの顔つきになった。

 

「この風味......すべてが完璧に調和していて、モチキチともあろうものが、一瞬ついていけなかった。はは、これは香しいという言葉では足りない。もはや、これは革命だ。香りだけでここまで人を揺さぶれるとは、これは一本取られたな」


 モチキチが絶賛している。

 

 そうだろ、そうだろ。

 

 だがな、味わえばまた別格の驚きだから。

 

 モチキチは満足げな顔をした後、気を引き締めるように険しい表情を作りスプーンを持つ。彼の手は微動だにしない。さすがは味王、その集中力は並ではない。

 

 最後は肝心要のお味だ。

 

 モチキチは慎重にスプーンでスープをすくって、舌先で転がすようにゆっくりと口に含んだ。その様は、熟練のソムリエが超高級ワインを試飲しているかのようである。

 

 彼の動作一つ一つが、まるで宗教的な儀式のように神聖に見える。会場の全員が固唾を呑んで見守っていた。

 

 さぁ、どうだ?

 

 味王といえども、この究極スープの前には驚きを隠せないに違いない。

 

 モチキチを見る。


 あれ、止まった!?

 

 モチキチは、一口スープをすすったと思ったら、ピクリとも動かない。まるで時が止まったかのように、完全に静止している。

 

 お~い、モチキチさん?

 

 声をかけるが返答がない。彼の目は虚空を見つめ、意識が飛んでいるようだ。

 

 ならば

 センパ~イ?

 

 昔懐かしき某CMの後輩のように、モチキチの目の前で手を振ってみるが、これも反応なしだ。

 

 あまりの美味さにショック死した?

 

 まさかね......いや、完全に否定しきれないところがこのスープの凄いところだ。


 会場の全員が息を殺してモチキチを見つめている。誰も声を出そうとしない。味王の反応に、全員が戦々恐々としているのだ。

 

 そして......。

 

「か、神よぉ!!」


 モチキチが号泣している。

 

 数分微動だにしていなかったモチキチ、突然起動した。

 静から動への変化が凄い。まるで機械のスイッチが入ったかのような豹変ぶりだ。


 モチキチは、感激のあまり大粒の涙と鼻水を床にまき散らしている。おぉ、モチキチが一番リアクションしている。ありすぎるぐらいだ。


 某議員の記者会見なんて目じゃないくらい号泣しているぞ。

 

 モチキチ......S級料理人で料理界の時代を切り開いた男。前世でいう人間国宝に位置している人だ。

 

 その彼が、子供のようにおんおん泣いている。

 

 前言撤回、やっぱりオーバーリアクションだめ。

 

「か、神よぉ! こ、このスープは......な、なんという完成度だ! 我が生涯を賭しても到達できなかった境地......料理の神髄、ここに極まれり!」


 モチキチの声は嗚咽で掠れている。彼の中で何かが崩壊し、そして新しい何かが生まれたのだろう。

 

「え、えっ!? ち、ちょっと待って」


 シロも引いている。

 

 そりゃそうだ。いい年をしたおじさんに迫られてもうれしくないよ。シロの獣の耳がぺたりと頭に貼り付いている。完全にびびってしまっているようだ。

 

「お願いします。看板ならいくら差し上げます。この神髄を、わしをどうか弟子にしてください」


 モチキチが、シロにお辞儀をしている。

 

 腰が九十度、いや、百二十度、いやいやもっと曲がって......って、その勢い凄いぞ。もう土下座だ、これ。

 

 モチキチは、地べたに頭をごしごし擦り付けている。王都で最も尊敬される料理人が、獣人の男の子に土下座をしているのだ。この光景は、まさに世紀の奇観と言えるだろう。


 おいおいこの勢い、シロの靴の裏まで舐めそうだぞ。

 弟子入りしてもらうまで絶対に譲らない。鬼気迫る表情だ。

 

 いや、わかるけどさぁ。

 

「モ、モチキチさん、味王とまで称えられたお方が土下座なんてやめてください」

「そ、そうです。確かに凄いスープでしたが、まぐれですよ」

「たまたま食材の配合がうまくいっただけかも......獣人如きが料理の神髄なんてありえません」


 モチキチの卑屈な態度を料理人たちがたしなめている。

 

 うん、止めてやってくれ。シロも引いているから。


 ただ、お前たち、まだシロの腕を認めてないのか? 獣人差別もいい加減にしろ!


 プライドの高さが悪いほうにいっちゃってる。彼らにとって、獣人が人間を上回る技術を持つなんて、受け入れがたい現実なのだろう。それが差別意識を助長している。

 

「ええい、黙れ黙れ黙れぇ! 神の御業を......このスープの奇跡が、この素晴らしさが、わからんのかぁああ!」


 モチキチが激昂している。彼の怒りは、シロの技術を認めない料理人たちに向けられていた。

 

「お、落ち着いてください。俺たちだってプロの料理人です。そりゃ料理の良し悪しはわかりますよ」

「そうか、欠片もわかっていないようだ。貴様たちは全く理解をしておらん。全員頭こうべを垂れろ。これからも料理人を名乗りたければ、神に土下座して教えを乞うのだ」

「い、嫌です。いくら腕がよくてもレベル外の獣人ですよ」

「そ、そうです。料理の腕は認めますが、頭は下げられませんよ」

「......これ以上わが師匠を貶めるのなら容赦せぬぞ」


 モチキチが包丁を構えて興奮している。

 その包丁は彼の愛用品で、ドワーフの名匠が打った逸品だ。切れ味は抜群で、料理以外の用途にも十分使える代物である。



「や、やめてください」

「そ、そうですよ。あなたほどのお方が獣人なんかに頭を下げてはいけない」

「いや、やめぬ。わが神を侮辱したのだ。その腕を切り落として償ってもらおうか!」


 モチキチは、シロを侮辱した料理人たちに包丁を向けて威嚇している。

 

 この興奮状態だ。いつ切りかかってもおかしくない。

 シロも事態の深刻さに顔をしかめているようだ。彼女の尻尾が不安げに揺れている。

 

 モチキチがじりじりと料理人たちににじり寄っていく。

 

 まずい。このままでは料理場で血の雨が降る。

 

 お願い、この事態を収拾するにはシロにかかっている。

 

 シロにアイコンタクトを投げる。

 

 シロは口を引きつらせながらもこくりとうなずいた。

 

「わかりました。料理教えます、教えます。ですからもう、やめてください」


 シロがモチキチの弟子入りを許可した。彼の声は震えていたが、決意は固いようだった。


 よかった。大惨事になるところだった。シロの英断に感謝したい。

 

「おぉ、神よ、感謝します」


 モチキチは膝をつき、手を組んでシロに祈りを捧げている。


 モチキチがシロの狂信者と化してしまった。王都一の料理人が、獣人の少年を神として崇拝している。

 

「それでは早速ですが、このスープについてお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 モチキチが恐縮してシロに尋ねる。弟子が師匠にお伺いを立てている図そのものだ。

 

 還暦の爺さんが新米の少年のように畏まっている。シロも引いているぞ。

 

「は、はい、ではまず出汁ですが......」


 根負けをしたシロが料理の説明をしていく。彼の声は小さく、時々言葉に詰まりながらも、丁寧に手順を説明していく。

 

「ブラックナスのヘタを取って、山椒と刻んだゼンマイと一緒に交互に湯の中に入れていきます。この時、投入するタイミングが重要で、湯が沸騰してから三分後、気泡が小さくなったその瞬間に入れるんです。そして赤茶に変化したタイミングでさっとヘタの中心部をすくいます。この時注意したいのは、絶対にかき混ぜてはいけないということ。自然対流に任せて、静かに色の変化を待つんです」


 シロが続ける。

 

「次に、アライの肉の下処理ですが、これが一番難しいところです。まず、肉を細かく切って塩水に三十分漬けます。普通の塩ではダメで、岩塩を使います。それも、できれば純度の高いものを。その後、沸騰したお湯で一度茹でこぼし、冷水で締めます。これを三回繰り返すんです」


 なるほど毒消しから風味を出すまでの手順が斬新だ。斬新でありつつも理にも適っている。舌を巻くってこのことだね。

 

 料理人たちも、シロの説明に聞き入っている。最初は馬鹿にしていた彼らも、その技術の高さに圧倒されているようだ。

 

「そして最も重要なのが、火加減です。最初は強火で一気に温度を上げ、アクが出始めたら中火に落とします。アクを丁寧に取り除いたら、今度は弱火でじっくりと煮込みます。時間は約二時間......でも、時計を見てはいけません。肉の色と香りの変化で判断するんです」


 シロの説明は具体的で、実践的だった。教科書的な知識ではなく、実際に何度も試行錯誤を重ねて身に付けた技術だということがよくわかる。

 

「味付けは最後の最後です。塩、胡椒、そして独自の調味料......これは、森で採れるアビノキノコを乾燥させて粉にしたものです。このキノコは普通の人には毒ですが、獣人には薬になります。それを人間でも安全に摂取できるよう、特殊な方法で処理したものです」


 やっぱりこの子、天才だよ。

 

 獣人特有の知識と、人間の料理技術を融合させている。これは革命的な発想だ。

 

「小僧共、聞いたか? 神のお言葉だ。心に刻め」


 モチキチもその手法の凄さを実感しているようだ。最上級に褒めている。いや、もうどんなキャラだよ。モチキチのキャラ崩壊が始まった。

 

 変態ニールゼンの仲間なだけあるね。


 なんでこの二人が知り合いって思ったけど、いや、ちゃんと共通部分あったじゃない。どちらも極端で、一つのことに異常なまでの情熱を注ぐタイプだ。


 変態ニールゼンもいつの間にか追いついてきたようで、この喧噪を見ていた。

 

 うん!?

 

 変態ニールゼンのこめかみがぴくぴくと痙攣しているぞ。

 

「ニール、どうしたの?」

「申し訳ございません」

「何が?」

「まさかモチキチめが、ティレア様を差し置き、有象無象の愚物を神呼ばわりするなど」


 ニールの声は低く、怒りを押し殺している。

 他の軍団員も到着して「あってはならない。即刻処刑だ」とわめいている。

 

 いやいや、これ以上混沌とさせないで......。

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― 新着の感想 ―
おお、更新されてる! 変態と軍団ぶれなすぎて相変わらず超面白いです! 次も楽しみにしてます
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