第九話 「ティレアの至高のメニュー作り 壱」
本日、料理屋ベルムは定休日である。
朝から特にやることもなく、地下帝国の自室でごろごろしている。
料理の仕込みもない。普段なら朝の四時から市場に足を運び、その日一番の食材を選び抜く。魚の目の澄み具合、野菜の葉の張り、肉の色艶まで、すべてに妥協はしない。それが料理人としての矜持というものだ。
仕込みの後はいつもであれば、邪神軍地下帝国の厨房にいる。俺が後出しで追加設計してもらった、こだわりの厨房だ。火力の強いコンロ、大容量の冷蔵庫、そして何より、調理台の高さまで俺の身長に合わせて調整してある。
そして日頃お世話になっている皆にお礼の意味で、ご飯を作ってあげていた。朝は軽めのスープと焼きたてのパン、昼は栄養バランスを考えた定食、夜は一日の疲れを癒やす温かい料理。
軍団員たちの好みも覚えている。ドリュアス君は甘めの味付け、変態は香辛料の効いた料理。オルは意外にも繊細な味を好むことがわかった。
ここで、お世話になっている?
お世話しているの間違いだろ?
とつっこむかもしれない。確かに毎日三食、時には夜食まで作っているのは俺だ。
だがしかし、だがしかしだ。
この地下帝国は、オル父の所有物だ。それを長期にわたり無料で使わせてもらっている。
さらに言えば、料理屋ベルムは開店資金から材料費まで、多額の資金をオル家から援助してもらっている。奴隷騒動やオークションの件まで含めたら、トータルで軽く【億】を超える額になる。考えるだけで頭がくらくらする。
普通に頭が上がらない。
もちろんオル家だけではないよ。軍団員たちには、妹のティムがとても仲良くしてもらっている。最初は「カミーラ様、カミーラ様」と慕ってくれることに、多少思うところもあった。俺の妹なのに、なぜか俺より彼らに懐いているような気がして、少しだけ寂しい思いもしたものだ。
それを差し引いたとしてもだ。
妹が見知らぬ土地で頑張れたのも、気心の知れた仲間がいたおかげである。
ティムが悪役令嬢のエリザベスともめた際には、命懸けで戦ってくれた。あの時の結束力と必死さは、今でも胸が熱くなる。
照れくさくて本人たちの前では言わないけれど、彼らには心から感謝しているのだ。
中二病で困らせる時もあるけれど、大切な仲間だ。オルの「ティレア様最強伝説!」という謎の雄叫びも、変態の「鉄壁のニールゼンここにあり!」という決めポーズも、今では愛おしく思える。
だから、ご飯ぐらい作らせてってね。
それなのに……。
今日は、俺の代わりに軍団員たちが料理をしてくれるらしい。
以前「素人が料理するものではありません。食材の無駄でしょう」って注意したことがあった。あの時は本当に見ていられなかった。オルが卵を割ろうとして殻ごと混ぜてしまったり、変態が塩と砂糖を間違えて甘いスープを作ったり。
それから俺が料理するのに何も文句は言わなかった彼らが、今日はなぜかしつこかった。
「ティレア様のお手を煩わせない。ティレア様の舌にご満足いただける食事を提供できます」って自信満々に言い放つのだ。
オルはもちろん、ドリュアス君や変態、軍団幹部たちが、一同揃ってそんな感じだった。
いつもなら「ティレア様の料理が一番です!」と言ってくれる彼らが、今日に限ってこの自信。一体何があったというのだろう。
お前ら、なかなか言うじゃない?
俺の代わりに料理をするって、どういう意味かわかっている?
それって、俺以上の料理を作れるって言っているようなものだよ。あまりプロの料理人を舐めてもらったら困る。
とまぁ、むむむってところもあったが……時間とともに、徐々に考えを改めた。
あまりつれなくしても彼らが可哀想だ。きっと俺一人で料理をするのは大変だと、俺のためを思って行動してくれたのだ。特に軍団員の数が増えてからは、一度に百人分以上の料理を作ることもある。
料理人の矜持も大切だけれど、今日ぐらいは彼らに甘えるか。
俺を驚かすために、ひそかに料理の練習をしてきたみたいだし……。きっと夜中にこっそり厨房で練習していたのだろう。そう考えると、なんだか微笑ましくなってくる。
さっきから、オルがやんややんやとアピールしてくる。第二師団が一番だと、他に類を見ない最上級の料理を用意しているってね。手振り身振りを交えながら、子供のように興奮している。
料理担当の軍団員同士で、料理を競い合っているんだろう。各師団のプライドをかけた戦いというわけか。
そうであるならば、練習の成果を俺に見せたいに違いない。
オッケイ、オッケイ。
皆の気持ちを汲んであげよう。
素人が高級食材を扱うのは、正直まだ抵抗はある。アマンダ牛の最高級部位や、幻の魚と言われるセレス鮭など、一食材で金貨数枚もする代物だ。ただ、もともと俺がどうこう口出しする権利はなかったのに気づいた。食材は、オル家の資産で購入しているのだから。今日ぐらいはいいだろう。
たまには、誰かに作ってもらった料理を楽しむのもありだな。料理人だって、食べる側に回りたいものだ。
★☆
地下帝国の大広間に設けられた長卓の上座に着き、料理を待つ。左右には軍団幹部たちが控え、テーブルの奥までずらりと席が続いている。
さてさて君たちは、何を作ったのかな?
目玉焼き?
それとも卵焼き?
素人料理だから期待はしていない。でも、大丈夫。焦げていても食べるよ。きっとオルあたりは火加減を間違えて、真っ黒こげの何かを持ってくるかもしれない。それでも笑顔で「美味しいよ」と言ってあげよう。
皆の気持ちが嬉しいからね。
ただ、味の批評はする。作った人もプロの料理人からどう評価されるか気になるだろうし、具体的にアドバイスしてあげたい。
採点は、甘めにする。プロ目線で評価すると、だめ出しばかりになるからね。まずは良いところを見つけて褒めてあげよう。
そして……鐘の音がゴォーンと鳴る。
食事の時間だ。
軍団員たちが次々と皿を運んできて、テーブルがみるみる埋まっていく。
麻婆豆腐、チンジャオロース、炒飯、パエリア、パスタ、ニース風スパゲッティ、だし巻き卵、ササキエビの天ぷら……。
和洋中揃ったラインナップ。麻婆豆腐の真っ赤な色合いは食欲をそそり、チンジャオロースの緑のピーマンと茶色の牛肉のコントラストが美しい。炒飯は一粒一粒がきれいに立っている。
……うん、やるな。
素人が作ったにしては上出来だ。いや、上出来なんてレベルではない。これは本格的な料理だ。
見た目は、立派そのもの。器の選び方から盛りつけ方まで、すべてが行き届いている。
パエリアのサフランの黄色とエビの赤が絶妙に映え、パスタに振りかけられたパルメザンチーズの量も完璧だ。
ほぉ、ほぉ、驚きモモノキ、なかなかやりやがる。
季節感や風情をかたどった飾り包丁までしてあるよ、にくいねぇ~。だし巻き卵の表面には、桜の花びらを模した切り込みが入っている。こんな細かい技術は、相当な修練を積まなければできない。
本当に上手だ。
下手したら俺より上手かも……。
生意気にも料理人のプライドを刺激してくる。心の奥底で、嫌な予感がし始めた。これは本当に軍団員たちが作ったのだろうか?
ま、まぁ、形は真似できても味が大事だからね。見た目がどれだけ美しくても、味がともなわなければ意味がない。
いただきまぁ~す!
手近にある麻婆豆腐をスプーンですくって食べる。
ん!?
これは……。
思わず顔を上げると、テーブル脇に並んだオルやドリュアス君と目が合った。
「もしかして、いや、確実に板前変えたでしょ」
「「はっ」」
「しかも、新しい軍団員はプロの料理人ね!」
「「御意にございます」」
見た目からすげーって思っていたけれど、一口食べて確信した。
絶対に素人さんが作った料理じゃない。この味の深さ、豆腐の絹のような食感、香辛料の絶妙なバランス。長年の経験と技術に裏打ちされた味だ。
プロの味は、真似できない。舌の肥えた俺が、一口でわかってしまうほど明確な差がある。
こ、こいつら……。
そうだよ。こいつらはニートだが、いいところのボンボンだった。オル父にハワイで弓の射ち方を習うぐらい裕福な家庭である。いざとなったら家の専属料理人を集めるぐらいわけないだろう。
「ティレア様、どうでしょうか?」
「うん、なかなかだね」
内心では驚愕していたが、表面上は冷静を装う。
「そうでございましょう。これでティレア様のお手を煩わせることはないかと」
「そうですな。これで我らも肩の荷が下りましたぞ」
軍団員たちが満足げに頷き合っている。
えっ!? こいつら本気で俺の賄いをやめさせようとしている?
プロの料理人なんか連れてきて、邪神軍での俺のポジション取らないでよ。料理は俺の生きがいなのに、それを奪われてしまったら、俺はここで何をすればいいというのだろう。
いやいや賄い作らせて!
ここで作らせてと頼めば、作らせてくれるだろう。皆、俺に甘いから。でも、それではプライドが許さない。
俺もプロの料理人だ。
情に訴えるよりも、味で勝負する。
邪神軍では、料理が一番できる人が軍団員たちの賄いをするのだ。
以前、素人の出る幕ではないとぴしゃりと言ったからね。いみじくも俺自身が言った言葉に責任を持つ。自分で決めたルールを、自分で破るわけにはいかない。
俺こそが邪神軍のコックさんだ。
他の料理人なんて認めない。認めないんだから、プンプン!
とまぁブリッコしていても始まらない。
ここからは本気だ。
プロの料理人相手なら、俺もプロ目線で厳しく評価するよ。甘い評価は一切なし。辛口で、容赦ない批評をしてやる。
先ほど食べた麻婆豆腐をもう一度スプーンですくって食べる。
麻婆の風味を鼻で嗅ぎ、舌で転がすようにして食感を確かめていく。豆腐の水分量、調味料の配合、火の通し方、すべてを分析する。
「まぁまぁね。でも、少し火の通りが荒いかな。豆腐が少し崩れている。それに香辛料も微妙ね。もっと柔らかいパナパの葉を入れていたら、味がマイルドになって、よかったね。うん、八十五点」
本当はもっと高い点数をつけたいところだったが、プライドが許さない。
同じ調子でチンジャオロース、パエリア、パスタを審査する。どれも一口で唸りたくなる出来だ。ただし口に出すのは粗探しの結果だけ。
う~ん、ティスティー♪ ……八十二点、八十八点、八十点だね。
本音を言えば、どれも九十点以上の出来栄えだ。でも、ここで素直に認めてしまったら、俺の立場がなくなってしまう。辛口で評価しても、八十点オーバーの高得点が続いていく。
いや、ロゼッタ・プラトリーヌことお嬢と料理特訓していなかったらやばかった。あの厳しい修行があったからこそ、この程度で動揺せずに済んでいる。
こいつら間違いない。全員B、いやA級の料理人だ。王都に来る前の俺ぐらいの実力を持っている。よくもまぁ、こんだけエース級を揃えてきたよ。
というか待て。
これだけの料理人だ。自分の店を持っていてもおかしくない。邪神軍のお遊びにいつまでも付き合えるはずがないよね。
一日署長ならず一日邪神軍ってやつだきっと。
「あなたたち、今回の料理人って今日だけ特別に呼んだのよね? それなら結局、今後も私が料理しなければならないじゃん」
「いえ、奴らは邪神軍の【軍曹】【伍長】の地位に就かせ、ティレア様に永久の忠誠を誓わせております。ティレア様のお眼鏡に叶えば、今後も継続して邪神軍の台所を預からせる予定でございます」
「さ、さいですか」
永久就職!? それでもA級料理人かよ。
だいたい軍曹? 伍長だぁ? 俺が前に雑談で適当に作っただけの、何の意味もない称号だ。その地位で納得しているなら、それでよい。
ただ、そんな不真面目な料理人に負けてたまるか!
A級料理人の諸君、残念だったね!
今日のティレアちゃんは、一味違う。美味しいなんて一言も言ってあげないんだから。
俺は同情されて料理はしたくない。
邪神軍の料理番は、自力で勝ち取るのだ。
ひととおり食べ、評価を繰り返す。
次に、黄金に輝いている炒飯を食べた。
「うっ!? 美味――な、なかなかの炒飯ね」
危なかった……。
思わず美味いと言いそうになった。これはやばいくらい美味かったぞ。口の中で米粒がほろほろと崩れ、卵の甘味と醤油の香ばしさが絶妙に混ざり合う。
パラパラで、ふわっと口の中に濃厚な香りが広がっていく。軽やかさと、しっかりとした旨味を併せ持つ。
お米一粒一粒が均等に立っていて、見ていて気持ちがいいぐらいだ。
炒飯は、料理の基本が詰まっている。
【炒】【燻】【焼】【蒸】のサイクルをきっちり抑えていないと、上手くできないのだ。
正直に言おう。
ここまで完璧な炒飯を作るのは、俺でも厳しいかもしれない。これほどまでに安定した品質で仕上げるのは至難の業だ。
はっ!?
待てよ。この味、どこかで食べたな。
確かお嬢と一緒に、食べ歩きをしていて……。そうだ、あの時王都の中華街を練り歩いた時に食べた味だ。
そうだ!?
これって老舗【楽々汎】の炒飯だぞ。
【楽々汎】は、連日繁盛している王都でも超有名な中華飯店だ。総料理長がSランク料理人のモチキチで、王室御用達の料理をいくつも抱えている。予約を取るだけでも一苦労の、超人気店だ。
「あなたたち、Sランク料理人まで連れてきていたの? これを作ったのはモチキチよね?」
「はっ。ティレア様のご推察の通りにございます。きゃつは、このニールゼンが連れてきました」
変態が一歩前に出て、自信満々に胸を張った。
「ニール、モチキチと知り合いだったの?」
「はっ。モチキチめは、脆弱な人間にしてはなかなか気骨がありましてな。何度か戦士の心構えをレクチャーした縁がございます」
「レ、レクチャーねぇ……」
「御意。この度の料理人募集の機会に、ティレア様に推薦した次第でございます」
変態が俺の弟分を連れてきたぞ風に紹介してくる。
本当に怖いもの知らずだな。
Sランク料理人は、単純なお金では動かない。その人のハートにがっつり響かないと、絶対に料理なんて作ってくれないのだ。
あるSランク料理人が王様の命令を無視して、料理を作らなかったなんてよく聞く話だ。王命に従わなければ死罪もありえるのに、Sランク料理人は自分の矜持を決して曲げない。
味王モチキチの逸話に至っては、食のマナーがなっていなかった高位貴族の跡取り息子を廃嫡に追い込んだなんて話まである。料理を粗末に扱ったその息子を見かね、その場で料理を取り上げて一喝したのだ。逆恨みしたバカ息子と護衛を相手に、愛用の中華鍋一つで大立ち回りしたっていうし。
モチキチは武闘派料理人なのだ。
本人の前で脆弱なんて言おうものなら、お鍋でペシャンコにされるだろう。
「ニール、あなたモチキチをよく連れてこれたわね」
「ティレア様のご懸念は、承知の上でございます。確かにきゃつの戦闘力は、我らと比べれば塵芥のようなもの。ただ、料理の腕前は確かでございます。邪神軍の台所を預けても問題ないかと。なぁに、仮に敵に襲撃されたとしても、私がフォローをしますので」
変態がどんと胸を叩き、どうか面倒を見てやってくれといった顔をしている。モチキチの戦闘力を塵芥呼ばわりするとは、本当に命知らずだ。
うん、もういいや。
相も変わらずの中二っぷりに、何を言っても無駄だとわかった。こいつらが何か失礼を働いていたら、俺が代わりに謝っておこう。
とにかくだ。
いくらあのモチキチとはいえ、そう簡単に邪神軍の台所を渡せない。
いい機会だ。
モチキチの料理は、いずれ越えようと思っていた。王都の料理人として、いつかは超えなければならない壁だった。
やってやるよ。モチキチ以上の料理を作ってやる。
手始めに、この炒飯を分析してやろう。
目を皿のようにして観察する。
今まで培ってきた料理スキルをフル動員して探った。米粒の大きさ、火の通り方、調味料の配合、すべてを記憶に刻み込む。
こ、これは……うん。
コホンと咳払いをする。
「さすがモチキチ。完成度の高い炒飯だった。でも、ほんの少しネギに熱が加わっていなかったね。炒飯は、具材に均等に熱を入れなきゃだめ。九十五点だね。いや、惜しかった。百点じゃないよ」
これだけ炒飯をパラパラにするには、強火で一気に水分を飛ばさないといけない。タイミングが大事。一瞬でも気を抜けば、べちゃっとした炒飯になってしまう。
さすがは炎の料理人と言われた男だ。焼き加減も完璧、ほとんど粗がなかった。
ネギに火が通っていないって言ったけれど、本当は誤差の範囲である。むしろ、ネギのシャキシャキ感を残すための計算された加熱だったかもしれない。
いちゃもんに近いけれど、一応粗は粗だ。
俺が邪神軍の料理番となるため、なりふり構っていられなかった。
「それではこちらの料理はいかがでしょうか?」
モチキチの批評を終えると、ドリュアス君がテーブルの端から一皿を俺の前に滑らせてきた。
ガラガラ鳥のソテーである。
胸肉がしっとりと仕上がっており、その温かな湯気で食欲がそそられていく。添えられた野菜の色合いも鮮やかで、全体のバランスが見事だ。
いいね。俺も一目見て、気になっていたのだ。
一口食べてみる。
「美味い。美味いじゃない! あっ!」
つい言ってしまった。
ドリュアス君がにんまりと笑みを浮かべている。
これは、見た目以上に美味かった。口の中に広がる複雑で深い味わいは、一体どうやって作ったのだろう。
それにこの香り……完璧だ。
アンチョビとオリーブを足して、胸肉に圧を加えている。しかも【燻】と【焼】が絶妙なバランスで行われているおかげで歯ごたえも抜群だ。肉の繊維が崩れることなく、しっとりとした食感を保っている。
美しい。
力強さと優雅さを併せ持ち、食べる者の心を鷲掴みにする味だ。
切り方や添え方も洗練されている。ソースのかけ方一つとっても、隙がない。
見れば見るほどわかるよ。
これは粗がない。完璧という言葉がふさわしい料理だ。
味王モチキチを超えた料理と言って良い。
うん、そうだね。プロの料理人は、素直に認めるべきものは認めるのだ。
俺の負けだ。
でも、すがすがしい負けだ。悔しさよりも、こんな素晴らしい料理に出会えた喜びの方が大きい。
世の中には、こんな凄い料理人がいるってわかっただけでドキドキしてきた。
「ドリュアス君、この料理を作った料理人について教えてくれる?」
「はっ。名はジャンと申します。人族の少女で、歳は十六です。彼女は肩書こそAランク料理人でございますが、実力はSランクと言ってよいでしょう」
十六歳の少女?
俺より年下ですごい才能だ。この年齢でこれほどの料理を作れるなんて、天才という言葉以外に表現のしようがない。
父さんに匹敵する料理人を見つけたかもしれない。
ふっ、邪神軍で一番の料理人って、今後は言えなくなっちゃったね。
でも、いい。
この子となら料理を一緒にしても楽しいかも。お互いに技術を教え合い、新しい料理を開発できるかもしれない。
勝負で負けた。ならば情で訴えよう。
「さすがドリュアス君ね。この料理は【百点】よ。文句のつけようがないわ」
ついに百点を出してしまった。でも、これは本当に完璧な料理だった。
「恐縮にございます。彼女なら邪神軍の台所を預けるに相応しく、十二分に活躍できるかと」
「うんうん、そうだね。で、私からのお願い。最初の趣旨を曲げちゃうけれど、私も賄いをするね、というかしたいの! 彼女と一緒なら高みに上れそう」
手を組みお願いをすると、ドリュアス君は一瞬目を丸くし、「ティレア様がそれをお望みとあらば」とうやうやしくお辞儀をした。
よし、決まり。それにしてもこのソースは脱帽だ。私ならシャマの葉かパララの実で代用していたところよ。うんうん、彼女は天才だ。
ガラガラ鳥のソテーをパクパクと食べながらべた褒めする。一口食べるたびに新たな発見があって止まらない。
そして、この料理大会、ドリュアス君が連れてきた料理人ジャンの優勝で締めくくろうとしていると、
「ティレア様ぁああああ!」
テーブルの反対側からオルが身を乗り出し、悲痛な叫びをあげた。絶望的な表情だ。
「ど、どうしたの?」
「わが、わが――」
「わがの何?」
「我が第二師団代表の、空前絶後の料理はいかがでしたかぁああ!!」
空前絶後って……。
どこかの芸人かよ。まぁ、俺が前にちょくちょく使っていた言葉だけれど。最近の俺の口癖を真似したがるオルらしい反応だ。
まぁ、いいけれど。
ドリュアス君ばかり褒めると、オルがすぐにむくれるからね。
オルの顔も立てないといけない。
えっと、えっと、オルが連れてきた料理人の料理はどれだっけ?
でも、もうあらかた食べたよね? ほとんどの料理を試食し終えている。
他に食べていない料理……。
「あ~もしかしてあれ?」
テーブルの隅に置かれたまま、ぽつんと手つかずの深皿。あえて食べずにいたアライのスープを指さす。
「はっ、さようにございます。参謀殿推薦の小物料理人とはわけが違います。我が第二師団が見つけた、はるかにすぐれた空前絶後の料理人でございます」
オルがドリュアス君を挑発するような発言をする。ドリュアス君は苦笑いを浮かべているが、特に反論はしない。
「はいはい、わかったわかった。空前絶後はもういいわ。でもね、残念だけれど、これは失敗ね」
「失敗ですとぉお!!」
「うん、食べなくてもわかる。アライを煮るのはご法度なのよ。この手の失敗は、プロになりたての頃によくやっちゃうのよね。でもね、プロ中のプロは見逃さない」
素晴らしい数々の料理の中で、これだけは失敗作だった。一目見てわかったから、食べずに後回しにしていたんだよね。
「そ、そ、そんな失敗作だったとは……」
オルががっくりと肩を落とす。
「いやいや、全部が全部完成された料理を持ってこられてもね。こういうのもないと面白くない」
オルを慰めるように言うが、効果は薄そうだ。
オルががくりとうなだれる中、
「ティレア様、お待ちください。オルティッシオ隊長の言葉に偽りなし。これは優れたスープでございます」
オルの背後に控えていたギル君が、一歩前に出て反論をしてきた。いつもは控えめな彼が、珍しく強い口調で異議を申し立てる。
「いやね、あなたがオルに入れ込むのもわかる。でも、これは失敗よ。プロだからわかるの」
「ティレア様、申し訳ございません。一口だけでもご賞味いただけないでしょうか?」
失敗だって言っているのに、ギル君がすごい真面目な顔で食い下がってくる。
「ギルよ。お姉様が失敗とおっしゃっているのだ。それ以上は、お姉様を侮る不敬とみなす」
ティムが厳しい口調でギル君を制止する。
「そこを曲げてお願いします。どうか一口、一口だけでも」
おいおいギル君がしつこく食い下がってくるぞ。いつもはオルとは違い控えめなのに、珍しい。今日のギル君は何かが違う。
あ、ティムの瞼がぴくぴくと痙攣を始めた。
これは怒っているな。ティムが本気で怒ると、結構怖い。
「ギルバート・ボ・バッハ! 貴様がそこまで愚かで不忠だったとはな。失望したぞ」
ティムがギル君をフルネーム呼びで怒鳴る。大広間の空気が一瞬で凍りついた。
「ギルよ。貴様はオルティッシオとは違う。有能な戦士と思えばこそ、少将の中でトップに位置する【上級少将】の地位につけたのだ。頭を冷やせ。ティレア様、カミーラ様の顔に泥を塗るではない」
変態も会社の上司の如く叱咤した。
それでもギル君の態度は変わらない。
膝をつき、額を床にすりつけたまま微動だにしない。
「カミーラ様、ニールゼン様、不敬は承知で申し上げます。どうか一口ご賞味ください。口に合わないようでしたら、腹を切り自害します」
「ふふ、我の言葉に従わぬか……よかろう。切腹するに及ばず。我自らお前のそっ首を狩り取ってやる」
椅子が甲高い音を立てた。ティムが席を立ちあがり、その手にオーラを集め始める。紫がかった光が指先に灯り、周囲の軍団員たちがさっと身を引いた。
ギル君は、そんなティム相手に一歩も引かない。
額を床につけたまま、ひたすらご賞味くだされと繰り返している。その背中は、むしろ静まりかえっていた。
オルだけが、二人の間でおろおろと視線を泳がせている。ティムの形相を見てはびくりと肩を震わせ、ギル君の伏せた背中を見ては「大丈夫なのか?」と声を絞り出す。
ギル君は顔だけをわずかに上げ、オルに「大丈夫ですから」と母親の如き慈愛の眼差しを見せた。
うん、これは収拾がつきそうにない。俺が仲裁するしかないだろう。
「あ~もうわかった、わかった。君たちケンカはしないの。食べればいいんでしょ。食べれば」
「お姉様、よろしいのですか?」
「いいよ、いいよ。確かにギル君の言う通りよ。せっかく私のために作ってくれたのに、口をつけないのは失礼だからね」
あ~思い出す。
俺も昔同じ失敗をしたよ。料理人になりたての頃、アライという食材の扱い方がわからず、普通に煮込んでしまった。結果は散々で、苦くて臭い汁物ができあがった。あの時の失敗は、今でも鮮明に覚えている。
先達者としてきっちり批評して、これを作った料理人にアドバイスをしてあげよう。
アライのスープを手に取り、口元に近づける。
スープの香りがスゥーッと鼻孔をくすぐった。
ん!? 変だな。苦い匂いがしない。
それどころかこの香り、心地よい風が吹いているかのようだ。清涼感のある、不思議な香りが漂っている。
あれ、あれ?
このスープ、香りだけではない。見た目も凄く整っていないか?
具材が調和しているというか、うまくできている。スープの表面には美しい油の膜が張り、具材の色合いも鮮やかだ。
うん、うまくできているよな?
なんか綺麗だ。これは本当に失敗作なのだろうか?
あれ、なんでそう思う?
失敗作だよね、これ?
まぁいい。
食べてみればわかる。
スプーンでスープをすくい口に入れた。
「うっ!?」
あまりの衝撃で言葉につまった。
「う、う、う……」
「ティレア様、どうされましたか?」
「お、お姉様?」
「う、うめぇええええええ!! めちゃくちゃうまいじゃないのぉおおお! なにこれなにこれ! 信じられない。信じられない」
なんだこれは……。
舌が味を拾った瞬間、脳が追いつかなかった。料理人の本能が、反射的に食材を分析しようとする。出汁の種類、調味料の配合、加熱の温度帯――いつもなら勝手に答えが浮かぶはずの回路が、沈黙している。
わからない。何一つわからない。
わかるのは、舌の上で起きていることだけだ。旨味が一層、二層、三層と重なるたびに、味の奥行きが底なしに広がっていく。
口の中に、小さな宇宙でも生まれたのか?
このスープ、料理の常識を覆す一品だ。
この世には、ここまで美味で至高なスープが存在したのか! アライの苦味は完全に消え去り、代わりに深く複雑な旨味が口の中に広がる。
革命だ。産業革命ならず料理革命きたよぉ!!
もう一口、二口すする。
うまい、うますぎる!
「ティレア様、我が第二師団で用意した料理はいかがでしたか? 空前絶後だったでしょうか?」
「いや、空前絶後すぎるわぁあああ! なんじゃこりゃあああ! あなたは、本当に私を驚かせてばかりだよねぇえ!」
オルの問いに全力で叫び返した。
この規格外の料理……。
俺は料理を口にしたら、だいたいの食材や組み立て方がわかる。それが料理人としての経験だ。
これはほとんど料理の構成がわからない。使われている食材、調理法、すべてが謎に包まれている。
正直、俺はこの世に父さん以上の料理人なんていないと思っていた。
モチキチはいい線言っていたけれど、まだ背中が見えている。ジャンの料理も素晴らしかったが、まだ父と比較できるレベルだった。
なんだよ、なんだよ。
王都に来て料理力は上がった。お嬢というライバルと呼ぶべき存在とも出会えた。
お互いが刺激し合い、切磋琢磨してきた。
味王モチキチのようなSランク料理人を越え、いつか父さんのような料理人になるって、料理の高みを目指してきたのに。
いきなり冷や水をぶちかけられた気分だ。
この衝撃、どう例えたらいい?
自分が富士山になってイキっていたら、エベレスト山が「よぉ!」って現れた感じ?
あるいは、自分が超野菜人に目覚め宇宙一だってイキっていたら、「オッス!」って破壊神が現れた感じ?
気づけば椅子を蹴るように立ち上がっていた。自信を失い、ふらふらと立ち眩みを起こしながらも、聞かずにはおれない。
「これを作った料理人は誰よ!」
蓬莱山から味仙人、いや天界から料理神を連れてきたって言っても信じられるぞ。
オルに鼻息荒く問い質してみる。
「はっ。これは家畜の中でも特に料理に秀でた家畜でございます。この家畜を見出した我が第二師団の功績を――」
「えっ? 家畜? 意味がわからない。ふざけないでちゃんと説明して」
「御意。では順に説明いたします。わが第二師団は、ご存じの通り獣人の集落周辺を制圧しておりました。今回の料理人を見つけてきた背景は、黄金世代と抜かす脆弱な獣人共を蹴散らしたところから始まります。獣人共め、私の戦闘力に恐怖を抱いたようで、情けなくも次から次に降伏を――」
話にならん。
オルに聞くより、直接厨房に乗り込んで聞いた方が早い。
オルの口上途中だが、無視して歩き出す。
片手にアライのスープを持ち、いざ出陣だ。スープの温もりが掌から腕を伝い、まだ胸の奥で暴れている衝撃と混ざり合う。
ダイニングを出て、厨房に小走りで向かう。
背後からオルの「ティレア様、ティレア様、どうなされましたか?」という声が追いかけてくるが、もう耳に入らない。
厨房の扉を押し開け、声を上げる。
「このアライのスープを作ったのは、誰よぉお!!」




