第六十八話 「ミレスとエリザベスとの決着」
ティムちゃんに邪神煉獄室を案内してもらった。
そこはやはりアレな場所だったね。
エリザベスは、そこにいた。
よほど地獄を見たのだろう、げっそりと死人のような顔をしていた。
ティレアさんは、この事を知っているの?
腹芸なんてできないティレアさんだ。
おそらく知らない。それでいい。言う必要もない。
とにかくティムちゃんのおかげで煉獄室の場所は把握した。
今日のところは……。
チラリと二人を見る。
「ひゃあああ、ち、違うのです。エディムが、無能なエディムのせいなのです!」
「あ、アンタはどこまで――い、いい加減にしろ! し、死ね、オルティッシオ! お、お願いです。私はどうなっても構いません。どうかどうかこのアホだけは極刑の中の極刑でお願いします」
叫び声を上げる二人。
うん、今日のところはエディムとオルティッシオさん、この哀れな二人を救出して終わりにしよう。
数日後……。
再び邪神軍の地下帝国に向かう。
今日は、地下帝国の底の底。
エリザベスがいる邪神煉獄室に用がある。
地下帝国の階段を降りて、独りでそこに向かった。
咎める者はいない。
財務大臣という肩書きは、それだけの権力を有している。フリーパスでどの部屋も行き来可能だ。
一歩一歩階段を降りていく。
次第にエリザベスの叫び声が大きくなっていった。
あの時は、ティムちゃんが傍にいたから、エリザベスの所在を確認するだけであった。
今日は違う。
決着をつけてやる。
そして……。
邪神煉獄室に到着、格子窓から中を覗く。
中にはエリザベスと男が一人いた。
男の顔をよく知っている。
今日の尋問役は、オルティッシオさんのようだ。
オルティッシオさんはエリザベスに怒鳴り散らしながら、拳をふるっていた。
「貴様ぁああ! 制裁! 制裁! 制裁!」
「ぐはっ! げぇえ! ぐがぁあ!」
エリザベスが悶絶した。血反吐を吐いて痙攣している。
オルティッシオさんが、エリザベスの顔面目掛けて正拳突きを連続で食らわしたのだ。
エリザベスの顔面は陥没して原型を留めていない。
普通ならここで死んでいる。
だが、邪神軍の特別なポーションに浸しながら殴っているので、殴ったと同時に傷も回復していた。
おかげで死なない。
邪神ポーションだっけ?
すさまじい回復力だ。
オルティッシオさんの拳一発一発が致死量に達しているのに、それを上回るスピードで回復していっている。
あれでは、肉体的な損傷はほぼゼロだ。
痛みだけが永遠と続いていくだろう。
「はぁ、はぁ、はぁ、あ、あぐぁああ!」
エリザベスが呼吸を荒げて、虚空を見上げている。
そんなエリザベスの髪をオルティッシオさんが無造作に掴む。
そして、エリザベスの顔を覗き込むようにして尋問する。
「もう一度聞くぞ。罪を認めるか?」
「はぁ、はぁ、認める。認めます! さ、さっきから、そう言ってんのにアナタはなんなの!」
「このぉお! まだ認めぬかぁ。貴様が認めるまで殴るのはやめんぞぉおお!」
「ぐはっ! げぇえ! ぐがぁあ!」
オルティッシオさんは、エリザベスの顔面を叩く、叩く、思いっきり叩く。
そして、邪神ポーションで回復、回復、超回復していく。
ずっとこの繰り返しである。
ふぅ~オルティッシオさん、何がしたいのだろう?
煉獄室のドアを開け、中に入った。
「もう一度聞くぞ。罪、認めるか?」
「はぁ、はぁ、み、認めるって。あ、あなた頭がおかしいじゃないですの? 話が通じな――」
「おのれぇええ! どこまで貴様は強情なのだぁああ!!」
オルティッシオさんが拳を振り上げる。
これずっとループするんじゃないかな?
「オルティッシオさん!」
埒が明かない。思わず声をかけた。
「おぉ、人形ではないか!」
私に気づいたオルティッシオさんが、振りかぶった拳を止めた。
向き直り拳についた血を布で拭き、少し口角を上げて応対してくれた。
……ティムちゃんの折檻から、ずいぶん助けてあげたからね。
多少は好感度は上がったみたいだ。
今までのように敵愾心をむき出しにして、話すらできないという状態ではない。
普通に接してくれるようになった。
いつまでも敵対されたら、この先やりにくくってしょうがない。
私の能力をフルに使って頑張ったよ。
その成果が出た。
他の師団員と同程度には態度を改めてくれたようだ。
あれだけ助けてあげてこの程度って……。
釈然としないけど、まぁいいや。
オルティッシオさんを見る。
「どうした、人形?」
オルティッシオさんはニコニコと笑顔で近づいてきた。
「いえ、別に。それよりさっきから何をしているんですか?」
「見てわからんか? この大罪人が強情でな。制裁に熱を入れてたところだ」
「え、え~と強情っていうのは……」
「こやつはな、なかなかに罪を認めぬ。自分がどれだけの事をしでかしたのか一向にわかっておらんのだ」
オルティッシオさんは憤懣やるせない顔をしている。
「あの、仰る意味が……エリザベス、罪認めてましたよね?」
「人形、あまり失望させるな。こやつは認めておらん。認めておるのなら、すでに自害しておるわ。己がしでかしたあまりの罪の大きさでな。ティレア様への反逆、これだけの大罪を犯したのだ。本当に認めておるのなら、『どうか死なせて下さい。いや、永遠に罰を与えてください』ぐらいは主張するだろうが!」
「なるほど。一理ありますね」
「だろ」
オルティッシオさんの物言いは極端だが、言いたいことはわかる。
エリザベスは反省していない。口先だけの言葉だ。
とにかくやるべきことをやらねば。
「オルティッシオさん、あとは私がやります。どうぞ休憩してください」
「おっ、人形、貴様もこやつに制裁したいか!」
「はい、ティレア様に逆らった愚か者に私も罰を与えたいです」
「その忠誠評価する。よかろう。じゃあ少しばかり休憩してくる。後は頼んだぞ」
オルティッシオさんは煉獄室を後にした。
オルティッシオさんが完全に出て行ったのを確認し、煉獄室のドアの鍵を閉める。さらにセキュリティ魔法で二重にロックをかけた。
これで二人きり。
たとえティムちゃんが侵入を試みても、多少の時間は稼げるだろう。
ぜぇはぁと呼吸を荒くしているエリザベスに駆け寄る。
「久しぶりね」
「あ、あなた……ミレス! 生きてましたの!」
「えぇ、なんとかね」
「あの拷問を受けてまともに生還するなんて――いえ、ここの異常なほど効果があるポーション、これを使えばなんとかなりますわね」
「エリザベス、聞きたい事がある」
「なんですの? 私は俘虜となった身ですのよ。ただでは動きませぬ。何かしらの見返りはあるんでしょうね?」
「交渉はしない。そんな悠長にしている暇はない。時間は、オルティッシオさんが帰ってくるまでだからな」
「そ、そうでした。あのバカ! わ、ワタクシが何を言おうと聞く耳持たない大バカです。ミレス、あなたから言ってください。ワタクシ、あなた達に逆らう気は一切ありません」
「……」
「ほ、本当です。本当ですから。信じてくださいまし」
エリザベスは嗚咽交じりに訴える。その顔は憔悴しきっていた。
何度も生き地獄を味わっている。逆らっても勝ち目が無い事は、骨身に染みているだろう。
本当に救ってほしいのだな。
あれだけ強気だったエリザベスの面影はない。
邪神軍の特別なポーションを使っているとはいえ、精神の磨耗までは抑えられない。
「エリザベス、あなたに質問がある。正直に答えれば、私がアンタの懇願を伝えてやる。私の言葉なら聞く耳をもってくれるだろう」
「ほ、本当ですの?」
「あぁ」
「……情報だけ吐かせて、そのまま知らぬ顔する気ではありませんよね?」
「私はお前のような恥知らずではない。約束したのなら必ず守る」
「……そうですね。あなたはそういう人でしたね。わかりました。ワタクシに答えられるものならなんでも答えます。だ、だから早くここから出してくれまし!」
エリザベスが身を乗り出して主張した。
「エリザベス、私を監禁してたな」
「え、えっと、それはワタクシの意図とは……」
「言い訳はいい。真実が知りたい。その時、私に何をした?」
私が高位人間になった切っ掛けを知りたい。
私の記憶は、エリザベス邸に侵入してからぷっつりと途切れている。
そこで何かあったのは間違いない。
「も、申し訳ございません。もう二度とこのような――」
「反省も釈明もいらないといっただろ。事実を言え!」
「そ、それが、あなたへの仕打ちはエビーンズに任せてましたので」
「エビーンズ?」
「わ、我が家のお抱えの拷問官ですわ」
「どんな奴だ。私に何をした?」
「エビーンズは、嗜虐趣味の変態ですわ。それは拷問されたあなたが一番ご存知でしょう?」
「……その辺の記憶はあいまいだ」
「そうですか。まぁ、そうでしょうね。あれを記憶に留めておけば正気でいられないでしょう。何せエビーンズはワタクシがほれぼれするほどの腕前でしたから」
「……それでどういったことをした? お前は知ってるのだろう?」
「えぇ、もちろん」
それからエリザベスから拷問内容を聞いた。
これといっためぼしい情報はなく、反吐が出そうな胸糞悪い話を聞いただけである。
「ふふ、あなた、よく正気でいられましたわね? あぁ、だから記憶を無くしたのですね。手足の欠損は……このポーションの凄まじい効果で治したのでしょう?」
「もういい。他に情報は?」
「これで全部ですわ」
「そんな事ないだろ。話せ」
「……本当に全部です。まぁ、エビーンズの事です。ワタクシの知らない奥の手をいくつか持っててもおかしくはありません」
奥の手?
それが原因なのか?
エリザベスはこれ以上は本当に知らないようだ。
それは、こいつの呼吸音、脈拍から虚偽ではないと察せられる。
あとは、本人に聞いてみるのが一番か。
「そいつは、どこにいる?」
「死にましたわ。死体は見つかりませんでしたが、オルティッシオ達にやられたのでは?」
くっ、死人に口無しだ。
おそらくエリザベスの言う通り、オルティッシオさんが殺したのだろう。
あれだけの騒ぎを起こしたのだ。オルティッシオさんならやりかねない。
「それで、話せることは話しましたわ。あなたはティレア様、ティム様にとても親しいですわね。どうかワタクシを放免するように口利きなさってくださいまし」
エリザベスが媚びた声で言う。
そうだな。これは知ってれば勿怪の幸いという話だ。
本題はここからだ。
私が最も懸念していることを終らせる。
「あなた反省している?」
「な、何を藪から棒に――」
「反省しているのかって聞いている!」
「え、えぇ、もちろんですわ。金輪際、あなた達には逆らいません。忠実な部下としてお仕えすることを誓いますわ」
「そうじゃない。あなたが殺した無実な人達に対して、なにか申し開きがないのか聞いている!」
「……えぇ、申し訳ないと心より思っております。この後の人生全てを懸けて償うつもりです」
「……そう」
エリザベスの枷を外す。
エリザベスは、ふぅ~と息を吐き出した。
よほど手枷がきつかったのだろう。しきりに手首をなでてている。
「その薄っぺらな言葉をとりあえずは信じてあげる。あなたは一生償わなければならない。遺族にどんな目に遭わせられても、文句は言わせないわ。大丈夫、ここのポーションならどんな大怪我でも治してくれる」
「そうですわね。それは拷問で何度も死に掛けたワタクシが効果を保証します」
「さぁ、行くわよ」
「どこに?」
「もちろんあなたから被害を受けた遺族全員のもとによ」
「ちょっとお待ちになって」
「なに?」
振り向くと、エリザベスが隠し持っていたナイフを首筋につきつけてきた。
「きゃははは! ばかめ、油断しやがったな!」
「……そのナイフ」
「えぇ、そうですわ。あのバカが拷問の時に置いてったものですの! こういう一瞬のチャンスをものにするため、隠しもってました」
「そう、やっぱり反省なんて嘘なのね。まぁ、知ってたけど」
「くっく、何を余裕ぶってますの! ワタクシ、このポーションのおかげで体力は全快ですのよ。これであなたの顔面をぐじゃぐじゃに切り刻んであげましょうか?」
「まだ地獄を味わいたいんだ」
「くっ、あなたは銀髪の小娘達に重宝されてますわ。十分に人質の価値があります。あなたを人質にして、逃げて逃げて逃げ抜いてやりますわ!」
エリザベスは勝ち誇った顔で叫ぶ。
その貌は醜悪で、その性根をそのままはりつけたようだ。
「その腐った性根は死んでも治らなそうね」
「くっくっ、何を勘違いしてますの。あなたは虎の威を狩るただの狐です。そして、今、あなたを守るその虎はいないんですのよ」
「だから?」
「鈍いですわね。確かにあなたは人質ですので、殺せません。ですが、殺せなくてもこうやって痛めつけはできるんだよぉおおおお!」
そう言うや、エリザベスがナイフを私の太ももに突き刺そうとしてくる。
……なんてのろい動きだ。
ナイフが突き刺ささるまでに千回は殺せる。
向かってきたナイフを指で止めた。
「なっ!?」
エリザベスが大口を開けて驚愕する。
指二本でナイフが止められたうえ、両手を使って奪い返そうとしてもピクリとも動かないからだ。
「な、なんて力」
「終わり?」
「な、舐めるぁああ! 死ね、死ね、死ねぇええ!!」
エリザベスはナイフの柄から手を離すと、狂ったように魔法弾を連続で放ってきた。
それを片手で受け止め、手のひらで魔法弾ごと握りつぶす。
「な、なんじゃ、そりゃぁあああ!!」
エリザベスは信じられないといった表情をみせる。
その顔には恐怖も映っていた。
まぁ、私は邸宅で普通に捕まっていた。私が強いとは欠片も思っていなかったのだろう。
「言ってなかったね。私、あれから強くなったの」
「つ、強く、ど、どうやって?」
「それはわからないわ。でも、これだけは言える。今の私ならバッチョが百人いたって軽く殺せるよ」
「ざ、戯言ですわ」
「本当に戯言だと思う?」
エリザベスの瞳を見て威圧する。
エリザベスの膝はがくがくと震えていた。
私をティムちゃんやオルティッシオさんと同質にみなしているのかもしれない。
「エリザベス、私がここにきた目的は二つ。一つは私のこの力について情報を引き出すため。それは空振りだったようね。まぁ、これはいい。重要なのは二つ目、あなたの処分よ」
「ま、待ってくださいまし。こ、これは……」
「もう言い訳は十分」
「あ、あなた勝手にワタクシを殺してもいいんですの!」
「いい。多少叱られるかもしれないけど、それだけよ。あなたがいう通り。私は、あの二人から重宝されているから」
「ま、待って。ゆ、許して……」
「許さない。この場所、あなたの存在がティレアさんを苦しめる。あなたは、この世にいてはいけない」
「な、な、何をする気ですの?」
「地獄へのカウントダウン」
闇魔法を発動させ、大きな門を召還した。
門を開けると、
そこは……。
血の池に針の山、棍棒を持った鬼達が奇声を上げて吠えている。
「こ、これは……な、なんですの?」
「地獄よ」
「地獄!? ま、まさか……う、嘘ですわよね?」
「あなたには地獄すら生ぬるいけどねっ!」
そう言ってポンと肩を押して、エリザベスを扉の向こうへと突き出した。
「ぎゃあああああああ! な、なんですのぉおおおお!! こ、ここはどこですのぉおおおお!!」
エリザベスが絶叫する。
「さようなら。反省したのなら出してあげる。まぁ、無理でしょうけど」
そっと地獄の門を閉じる。
ふぅ~勝手に処分してしまった。
だけど、ティレアさんがここにまかり間違って入室したら、どれだけ心を痛めるか。
それだけが気がかりであった。
軍団員達は、首実検とか言ってティレアさんを招待しそうだったしね。
制裁は地獄でやってもらえばいい。




