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第六十四話 「それは邪神ファーストだから その3」

 一週間が過ぎた。

 

 ドリュアス君達、どんな感じかな?

 

 オルが盗んできたお金は、王都復興のための資金である。


 通称、復活資金だ。


 復活資金の運用は、ドリュアス君率いる参謀チームと、オル達第二師団チームで、計画書を練り上げてもらっている。


 もともとは、オル達第二師団に任せるつもりだった。奴らが撒いた種だからね。


 窃盗という罪を犯した以上、最後まで責任を持つのが筋だ。皆のために働き、少しでも罪を清算できればいい。

 

 これに、ドリュアス君を始め全員が反対した。オルなんかに任せるとお金をドブに捨てるようなものだって。

 

 皆に攻められ、オルは涙目状態。

 

 特に、ドリュアス君の非難は辛らつだった。オルもドリュアス君に対しては敵愾心を剥き出しで、これでもかってぐらいくってかかってたけどね。

 

 オルに責任を取らせる。

 

 それは、けじめを取る意味もあるが、オル自身のためでもあるのだ。今は、高揚してなんともないようだけど、いつか大金を盗んだ罪悪感に苛まれる可能性だってある。

 

 王都市民のために働けば、少しは罪悪感も軽減できるだろう。

 

 ただね、オルはよく暴走する。


 ドリュアス君達の心配もあながち間違いではないのだ。責任は取ってもらいたいが、復活資金を無駄にしたくない。

 

 で、考え抜いた結果……。

 

 ドリュアス君達参謀チームにも計画に参加してもらった。二つのチームで競い合えば、よりよいものができるんじゃないかってね。


 オルもやる気に満ちてた。案外うまくいったかもしれない。


 まずはオル達がいる第二師団を視察しよう。


 邪神軍地下帝国の階段を降りていく。

 

 第二師団の駐屯室に着き、ドアノブに手をかける。


 そっと二十センチ程度ドアを開き、中を覗く。

 

 ん!?


 おぉ、すごい。

 

 まるで戦争だ。


 ワーワーと指令が飛び交っている。

 

 報告書を何枚も手元に置き、何やら難しい会議をしている者達。

 魔法電話を使って、通話している者達。


 ホワイトボードには、びっちりと難しい図式が書き込められている。

 さらに付箋がやたらめったについたファイルがどかどかとテーブルに置かれていた。

 

 ニューヨークのウォール街、はたまた東京株式市場のような体を見せている。

 

 なに、これ?

 

 確かに俺が総指揮を執るといったら、皆やたらとテンション上がってたけどさ。

 

 本格的すぎる。

 

 視察するつもりだったけど、俺がいたら邪魔になるよね?

 

 そっと扉を閉め、外へ退散しようとする。

 

「これはティレア様」


 オルが、入り口から出てきた俺を目ざとく見つけて挨拶をしてきた。

 

「やぁ、オル」


 来たのがばれたならしょうがない。


 片手を少し上げて挨拶を返した。


「ティレア様、今日はいかがされましたか?」

「うん、なんか様子を知りたくて……ちゃんとやれてる?」

「お任せください。皆、ティレア様が提唱する死民ファーストを頭に叩き込んでおります。ティレア様がお住まいになるに相応しい帝国を作ってご覧に入れます」


 これだよ。


 だから確認したかったんだ。

 

 お前まだ市民ファーストわかってねぇな。なんで市民ファーストを主張してんのに、俺の帝国になるわけだ。

 

 オルは自信満々な顔つきだ。


 自分が間違っているという認識は微塵もない。

 

 また説教するか?

 

 いや、皆頑張っているのは事実だ。


 ここで水を差すわけにはいかない。

 

 やる気はあるのだ。まずは出来上がった計画書を見てからにしよう。

 

 褒めてやらねば、人は動かじ。


 有名な偉人の言葉だ。

 

 ただ、あまり舐めた計画書を持ってきたら怒鳴っちゃうかもしれない。


「そう、がんばってくれて嬉しいよ。でも、無理はしないでね」

「ティレア様、まだ徹夜七日目です。この程度で音を上げるような軟弱者はここにはおりません」


 寝てないアピールはいいから。

 

 ってか絶対ちょい俺スゲー話を入れてくるな。

 

 こいつらの事だ。七日徹夜はともかく、一昼夜徹夜とか二、三時間しか寝てないとかありえるかもしれない。


「本当に無理しないでね。休息を取るのも大事なんだから」

「はっ、勿体無きお言葉です。ティレア様のお心遣い、皆が感激に打ち震えるでしょう。不眠不休で頑張りますので、どうぞ吉報をお待ち下さい」


 オルが深々と頭を下げた。


 うん、だから休めって言ってんだよ。


 本当、こいつは何を聞いてるんだ?

 

 ふ~まぁ、でも今更か。

 

 オルだしね。

 

 とりあえず頑張っている皆にお茶でも淹れてあげよう。


「せっかくだからお茶でも――」

「お茶だぁああ! ティレア様はお茶をご所望である!」

「あ、ちょ、ま――」

「エディ――ム、いるか! とくとこい!」


 オルは俺の制止を待たず、部屋の奥に走っていく。

 

 この猪突猛進野郎め!


 話を聞けって。

 

 慌ててオルの後を追いかけると、オルはエディムといた。


「ここにいたか、エディム」

「オルティッシオ様、ご要望の報告書です。サインをくだ――きゃあああ、何するんですか!」


 オルはエディムが持ってきた報告書を乱暴にひったくり、そのまま地面に叩きつけた。


 書類はインクを馴染ませたばかりのようで、衝撃で滲んでいる。


 これでは、判別不可能だ。


「それどころではない。ティレア様がお茶をご所望だ。すぐに淹れてこい」

「えっ!? いや、でも、酷い。それ作るのに七時間もかかったんですよ!」

「貴様、ティレア様のご命令を無視する気か?」

「……いえ、すぐに淹れて参ります」


 エディムは無機質な声で返答し、そのまま給湯室へと向かった。


 あ~完全に邪魔しちゃった。

 

 オルは暴走する。


 言動には注意しなきゃいけなかった。

 

 エディムに悪いことをしたなぁ。

 



 それから……。

 

 エディムがお茶を淹れて持ってきてくれた。

 

 まずは俺の分。

 

 豪華なティーカップに超高価な茶葉で淹れたティーが注いである。

 

 そして、ギル君や他の第二師団の面々の分もついでに淹れてくれたようだ。


 皆、長時間頑張っているから、喉がかわいてたと思う。

 

 エディム、気遣いができる子。

 

 ただし、オルの分はない。


 さきほどの件が相当頭にきたみたいね。


 オルは気にしていないようだけど、自分の分がないとわかったらまたトラブルになる。

 

 仕方がない。


 オルの分は俺が――あ、ギル君が自分の分をオルにやった。

 

 ギル君、まるでオルの女房だ。


 甲斐甲斐しすぎる。

 

 その様子を見て、エディムが気まずそうにしていた。

 

 そうだよね。


 必然的にギル君の分だけお茶がない事になった。


「ギル君の分は私が淹れてくるよ」

「い、いえいえ、そんな! ティレア様のお手を煩わせるわけにはまいりません。私が淹れてきます」

「当然だ! エディム、ティレア様をやきもきさせるとは何事だ。さっさと行ってこい。このトンチキ、人数もまともに数えられんのか!」


 またもやオルの罵声が飛んだ。


 エディムはオルを一瞬睨みつけると、そのまま給湯室へと走っていく。

 

「オル、あまりエディムに酷い事言っちゃだめだよ」

「なんとお優しい。半魔族如き掃いて捨てるほどの存在でも、ティレア様はお気遣いをされる。これほど慈愛に満ちた君主に仕えられ、このオルティッシオ感涙に耐えませぬぞ」


 オルの言葉に軍団員達もうんうんと頷いていた。

 

 そして、これほど偉大な君主のお手を煩わせようとしたエディムに非難が集まっていく。

 

 何かがおかしい。

 

 こいつらの感覚は今だに慣れない。

 

 ただ俺のせいで、エディムの立場が悪くなったみたいだ。


 エディムが淹れてくれたお茶をすすりながら、いたたまれなくなってくる。

 

 よし、もう黙ってよう。


 俺の行動でいらぬトラブルを起しているみたいだ。せっかく王都市民のために頑張っているこいつらの邪魔をしてはいけない。




 そして、休憩も終り皆仕事に戻った。

 

 もちろん軍団員達に「私の事はいいから、仕事に戻って」と何度も命令した後だ。


 本当に面倒くさい奴らである。


 それから皆の様子を見ていく。


 俺が見ているせいか、皆のテンションが高い。

 

 特に、オルだ。


 できる奴だとアピールしたいのかやたらと声を上げている。


「エディ――ム! 貴様、田園調布の開発報告書はどうなっている? 早く提出しろ!」

「……オルティッシオ様、わかってて言ってますよね? それとも天然ですか? その報告書ならさっきあ・な・た自身でぐちゃぐちゃにしました」

「ん?」

「んじゃないです。あなたがさっきから足で踏んでいる書類ですよ!」


 エディムに指摘されて、オルが足を上げて書類を拾う。


「ふむ、見えぬな」

「くっ、そりゃそうでしょ。あんなに叩きつけたら当然、字は滲むわ。わ、私が何時間もかけて作った書類を!」

「そうだったか。では、原紙でなくても構わん。コピーでいいぞ」

「コピーなんてありませんよ。あの納期の短さでどうやってコピーまで用意するんですか!」

「馬鹿者がぁ! 【保存用】【使用用】【貸出用】三つ作るのは常識だろうが! 貴様はティレア様のお言葉をなんと心得ている!」


 いや、それ違うから。

 

 オルの言葉を聞けば聞くほど、ツッコミたくなる。

 

 エディムは、プルプルと肩を震わせていた。


 爆発寸前、怒り心頭の様子である。


 これは止めたほうがいいかな?


 いや、俺がでしゃばると余計なトラブルに発展するかも。


 俺の葛藤をよそに、オルとエディムの会話は続く。


「ちっ、仕えぬ奴だ。仕方が無い。口頭でいい。それで田園調布の土壌は、本当に肥沃だったのか? 邪神国の穀倉地帯を決める重要な起点だ。開発資金も無駄にはできん。つまずきは許されんぞ」

「わかってます」

「本当か? ちゃんと確かめたか!」

「勿論ですよ。有識者に調査させました。土壌調査書でも二重丸の結果が出てます」

「貴様、人間如きが作った書物が信用できるか! 直に確かめて来い」

「一応、視察はしました。自分の目である程度は調査してます。肥沃でしたよ」

「では、ちゃんと土の味を確かめたか?」

「はぁ?」

「土の味を確かめたのかと聞いている! 見るだけでは不十分だ。五感で確かめろ。開発資金は、ティレア様の大事な資金であらせられる。常時もそうだが、今回は特にティレア様からの訓示があったのだ。一銭たりとも無駄にするな」


 オルがチラチラと俺を見ながら、熱弁する。


 国を愛する烈士の如くだ。

 

 俺がお金を無駄にするなって言ったから、アピールしてるんだろう。

 

 言った手前、仕方がない。


 コクリと頷いてやる。


 オルは満面の笑顔で嬉しそうだ。


 それよりお前さ、前提条件の市民ファーストを守ってないだろうが!

 

 やっぱり説教したくなってくるな。

 

 いやいや、だめだ、だめだ。

 

 叱ってばかりでは人は成長しない。


 この一年でよくわかった。俺が何度注意しても、こいつらの中二病は一向に治らなかった。今年の俺は、スタイルを変える。


 そう、山本五十六流で行くのだ。

 

 今回の田園調布の開発だっけ?

 

 富国の一環なのだろう。

 

 これも豊かな穀倉地帯になれば、王都市民にとって大きなプラスとなる。

 

 オルの「五感で確かめろ」は言い過ぎだが、調査はじっくりやるべきだ。


 開発予算は有限である。安易に決めて無駄にしてはいけない。

 

 続けてとばかりに腕を組み、二人の様子を見守る。


「オルティッシオ様、土の味ってなんなんですか! ふざけないでください。こっちは名のある農学博士を集めて調査したんです。田園調布は王都で一番肥沃な土地です。納得してください」

「貴様は本当にティレア様を蔑ろにしているな。以前ティレア様が仰っていただろうが! 肥沃な土地は【あるかり性】だ。【じゃくさん性】では作物は育たんのだぞ。いいか、田園調布が【あるかり性】の味か、その小汚い舌で調べて来い!」

「い、いや、意味わかりませんって。大体【あるかり性】ってどんな味なんですか?」

「そうか。無知な貴様にはそこから教えねばならんか」


 オルはギル君に命令して、何やら土を持ってこさせた。

 

 ……なんかまずい雰囲気になってきた。

 

 それも俺が考えなしに話した雑談のせいである。


「さぁ、食べろ」


 オルが土を鷲掴みにして、エディムの口の前に持っていく。


「じ、冗談ですよね?」

「私は冗談が嫌いだ。さぁ、ぐずぐずするな。これが【あるかり性】の味だ」

「な、何するんですか! やめ――ひぃ、べっ、べっ! 酷い。つ、土が口の中に」


 やばい。


 これは完全にアウトだ。

 

 オルは持ってきた土を無理やりエディムに食べさせようとしている。

 

 すぐに止めよう。

 

「オル、いい加減にしなさい! エディムが困ってるでしょ」

「ティレア様、申し訳ございません。お恥ずかしいところをお見せしました。このような不手際、ティレア様がお怒りになるのも最もでございます」


 オルが再び深々と頭を下げた。


 いや、俺に謝られても困る。


「違う違う。私に謝るんじゃない。さっきから見てたら、エディムが可哀想でしょ。皆、仲良くして」

「承知しました。不甲斐ない半魔族とはいえ、ティレア様の手駒の一つです。どうか今しばしのお時間をいただきたい。必ずやこのダメ吸血鬼を少しはマトモに仕上げたく思います」


 おいおい、まだそんなに煽るか。

 

 さすがのエディムも切れるんじゃ……。

 

 吸血鬼のエディムが暴れたら、尋常でない被害が出てしまう。

 

 ちらりとエディムを見る。

 

 エディムは下を向いてうつむいたままだ。


 小刻みに揺れていた肩の震えが止まっている。


 ただ、これは怒りが治まっているというよりも……。

 

 あ、嵐の前の静けさ?

 

 表情が見えないからなんともいえない。


 だけど、これは導火線に火がついているかもしれない。少しばかり、落ち着かせるような言葉をかけてあげるか。


「エディム、聞いて」

「ティレア様!」


 エディムが堪えきれないように口火を切ってきた。


「え、えっと何かな?」

「ティレア様、どうかお聞き下さい。臣エディム、ティレア様、カミーラ様の天下覇権のため、ここにオルティッシオの更迭、いや、死刑を進言します」


 片膝をついて、すごい迫力で進言を奉ってきた。


 とうとう切れたみたいだね。

 

 クールダウンさせるのが遅かったみたいだ。

 

 エディムの真剣な表情、これは本気かもしれない。


 死刑は言葉どおりの意味じゃないとしても、もう友達づきあいできないという意味だ。


 絶交宣言はしてるだろう。

 

 どうしようか?

 

 オルとエディムの喧嘩の仲裁は幾度となくやってきた。


 今回はけっこうやばいかもしれない。

 

 それにしてもオルの奴……。

 

 普通は吸血鬼に嫌われたら、びびるというか恐怖してもおかしくないのに。

 

 当の本人はケロッとしている。

 

 ただ、エディムの直訴にかんしては、目を丸くして驚いているようだ。


 そして、状況がわかったのか、見る見る顔を紅潮して怒りの形相に変化していった。


「エディム、貴様、恩を仇で返すか!」

「恩? ふざけないでください。何度でも言います。あなたには貸しがあっても決して恩などありません」

「き、貴様! 能無しのお前に仕事を与えてやったのはこの私だぞ。何たる言い草だ」

「寝言も大概にしてください。私には私の仕事があるんです。それなのにアンタに奴隷のようにこきつかわれて大迷惑しているんです」

「何が奴隷だ! 奴隷なら奴隷のように働いてから文句を言え!」

「いや、働いてるじゃないですか! 二十四時間、休む暇もなくですよ!」

「ふん、何当然の話をしておる。吸血鬼は睡眠不要だろうが!」

「だからって一日は二十四時間しかないのに。アンタの仕事の振り分けは無茶苦茶だって言ってるのよ。これだと二十七時間働いても追いつけない」

「貴様ぁあ! たかが三、四時間オーバーしたぐらいで情けないぞ。気合だ。忠誠心が足らんからそんな泣き言をほざく。悪鬼討伐でもそうだった。貴様は役立たずの腰抜けだ。少しは、私を見習ったらどうだ」

「……喧嘩を売ってますよね? いや、もう売ってなくても買います」

「ふん、貴様如きが喧嘩を買うだと? 面白い。どこからでもいいぞ。かかってこい。殺して魚の餌にしてやるわ!」

「上等!」


 エディムが何やら魔力を高め始めた。

 

 わ、わ、わ、本当にやばいぞ。


「エディム、落ち着いて」


 慌てて二人の間に入り、仲裁をする。

 

「テ、ティレア様……」


 拳を下げたエディムと目があった。

 

 そして……。

 

 いきなりエディムがこちらに向かってきたのだ。

 

 もしかして矛先が俺に向いてる?

 

 オルの暴走をずっと黙ってみてた俺に腹を立てたとか?

 

「あ、あの、少し待って」

「ティレア様ぁああ!! こいつ殺してください。もう限界なんです。うんざりなんです!」


 エディムが俺の胸に飛び込んで、わんわん泣き始めたのだ。

 

「き、貴様、無礼だぞ」

「オル、いいから」

「ですが!」

「オル! 私の言う事が聞けないの?」

「は、はっ」


 不承不承に従うオル。

 

 エディムの頭を良し良しとなでながら、エディムが落ち着くのを待つ。


 エディムはえぐぅ、えぐっと嗚咽を交えて話をする。


 オルティッシオが酷いだの、

 オルティッシオがバカだの、

 オルティッシオが卑劣だの、

 

 出るわ、出るわ。


 愚痴の嵐。


 俺がどんなにオルのいいところを話してもわからない。


 いいオルティッシオなどいない。

 いいオルティッシオは死んだオルティッシオだと言う始末だ。


「わかった、わかったから。落ち着いて」

「ひっく、ひっく、えぐっ」


 エディムが嗚咽する。


 しばらく頭を撫でてやる。


 すると落ち着いたのか、泣き声は止まった。

 

 そして、


「ティレア様、お願いがあります」


 エディムは俺から離れると、居住まいを正し頭を下げてきた。


「な、なにかな?」


 あれだけ興奮してたエディムのお願い……嫌な予感ビンビンである。


「私を殺すか、あいつを殺してください」


 とんでもない要求をしてきやがった。


「冗談だよね?」

「本気です」


 エ、エディムさんの殺気が怖いよ。

 

 もう目で人を殺せそうなぐらいにオルを睨んでいる。

 

 や、やめて。そんな顔をしないでくれ。

 

 俺に殺気を向けていないのはわかっているのに、ちょっと怖いぞ。


 そんな眼で、エディムが究極の選択を迫ってくるのだ。


 思わずうんと言いたくなってしまう。

 

 これだけのエディムの殺気だ。


 当のオルはブルって失禁してもおかしくない。

 

 オルを見てみる。

 

 オルは、しばらく静観を決めこんでいた。


 そこに動揺は微塵もない。


 平然としていた。

 

 それどころか、

 

「はっは、半魔族め! 何をほざくかと思えば、片腹痛いわ!」


 憮然とそう言い放ったのだ。


 エディムの発言を鼻で笑っている。


「オ、オル、あなたね」

「ティレア様、一人ぐらい雑用が消えたところで任務に支障はございません。どうぞ私の事はお気になさらず、この不忠者をばっさりとご処断ください」


 本当に普段通りだ。

 

 吸血鬼を恐れない。それどころか馬鹿にしている節さえある。


 大物なのか小物なのかわからなくなってくるよ。


 とにかくそんなオルだ。


 当然の如く、エディムを処刑しろと言う。

 

 いや、なにその自信。


 この究極の選択で、お前を選ぶって思ってんの?

 

 オルよ。俺は基本的に子供と女性の味方だからね。エディムは女の子だから、どちらにも当てはまっている。


 別に究極の選択をするわけではないが、この場合はエディムを……。


「テ、ティレア様?」


 俺がすぐに返答をしなかったのを不安に思ったのか、オルが子犬のような情けない顔に変貌した。

 

 いや、なにその顔。

 

 そんな捨てられた子犬のような顔をされても……。

 

 俺は、女性の味方だ。


 断固としてポリシーは変えない!

 

 うっ。なにその哀愁溢れる表情。

 

 オルの眉は下がり、半泣きの様相を見せていた。

 

 お、俺は、子供の味方なんだ。

 

「うっ、うっ、テ、ティレア様」

 

 はい、見捨てられないね。

 

 大の男が涙している。


 ここまで哀れだと女子供は関係なかった。オルは邪神軍の皆から邪険にされている。ここで俺まで袖にしたら自殺しちゃうかもしれない。


「よ、よし、二人の気持ちはわかったわ」

「「では、こいつの処刑を!」」

 

 オルとエディムが同時に声を発した。


 同時に互いを指差している。

 

 いや、二人して身を乗り出してこないでよ。


「二人とも落ち着いて」

「ティレア様、お願いです。どうかオルティッシオを殺してください。こいつの存在は、百害あって一利無しです。ティレア様、よくよく思い出してください。こいつが今まで役に立ったことがありましたか? ないです。皆無です。私の記憶する限り、皆の足を引っ張っぱる姿しかありません」


 エディムが怒涛の勢いでまくしたててきた。


「ティレア様、こういう口だけの半端者は邪神軍に必要ありません。知力、体力ともに劣っている愚図でございます。どうかこのオルティッシオめに一言ご命じ下さい。邪神軍のミソッカスを掃除してご覧に入れましょう」


 オルもエディムに負けじと言い返す。


「体力はともかく、アンタに知力うんぬんを言われたくないわね」

「ほほぅ、では力が無いのは認めるのだな? 少しは半端者としての自覚はあったか」

「くっ、そういう意味ではない。とにかくアンタみたいな馬鹿が邪神軍にいたら、ティレア様、カミーラ様にご迷惑だって言ってるのよ」

「なんだと! 半魔族如きが、私を馬鹿者扱いする気か!」

「だからそう言ってるでしょうが! 言葉もわからない?」

 

 エディムとオルの言い合いはヒートアップしていくばかりだ。


 俺はどうすればいい?

 

 あちらを立てれば、こちらが立たず。


 あ~困った。本当に困ったぞ。

 

 俺が困った、困ったと頭を悩ませていると、


「お姉様、いかがされましたか?」

「あ、ティム」

「ティレア様、ご機嫌麗しゅう存じ上げます」

「ドリュアス君も」


 ティムとドリュアス君の登場だ。

 

 ティムは、銀髪を靡かせて相変わらず可愛い。


 ドリュアス君もイケメンボイスは健在だ。


 この二人、本当に絵になるね。


 貫禄もある。


 さっきの登場シーンもズゥーンと重厚音が響くぐらい迫力があった。


「お姉様、何かお困りでしたら、我にお申し付けください」


 どうしようか?

 ティムにも相談してみる?

 

 ティムも二人の友達だしね。


「いやね、オルとエディムがさ――」

「ん? お前達、もしやお姉様を困らせるような愚かで不埒な真似をしでかしたのではないだろうな」

「「め、め、めっそうもございませんっ!!」」


 二人は、ティムの問いに高速で首を横に振った。

 

 いや、そんなに首を振ったらもげてしまうよってぐらいにぶんぶんと横に振っている。

 

 あれれ、あんなにいがみ合ってたのに。

 

 息あってるね。

 

 ミレスちゃんも言ってたけど、この二人似たもの同士だ。


 今はボタンの掛け違いで仲たがいしているけど、本当は馬が合うのかもね。


「お姉様、この愚か者共が何かしましたか?」

「いやね、二人の仲が悪くて困ってるのよ。どうにか仲直りさせたいんだけど、何かアイデアない?」

「そうでしたか。お姉様を困らせるなど、言語道断です。本来であれば、拷問の上で処刑するところですが、お姉様たってのご希望です。我にお任せください」

「どうするの?」

「はい、これ以上ごちゃごちゃ文句を言うようであれば、少しは仲良くなれるように互いの背中を縫い付けてやろうかと思います」


 二人は、ティムの過激発言を聞いてガチガチと震えている。

 

 うん、やっぱり息があってる。


 震え方の振動まで一緒だ。


「ティム、冗談にしては笑えないよ」

「お姉様、我は本気です。どうもこやつらはお姉様に対し、馴れ馴れしい気安さを持ち合わせております。偉大な主君を貶めるこやつらを許せません」

「カ、カミーラ様、お待ちください。決して、決してティレア様を貶めるような真似はいたしません」

「いい訳か? 今もくだらない諍いでお姉様に直談判してきておろう?」

「ち、違います。誤解でございます。諍いなどありません。私はオルティッシオ様を尊敬してます。仲は良好でございます。ね、ねぇ~オルティッシオ様」

「お、おぉ、そ、その通りだ。カ、カミーラ様、私とエディムは無二の親友でございます」

「本当か?」

「ぎ、御意。今もエディムと刎頚の友として交わろうとしていたところでございます」

「ほぉ~そうか。刎頚の友と来たか! 面白い。その信頼見せてもらうぞ。お姉様、こやつらを少しばかりお借りします」

「えっ!? でも……」

「お姉様、どうか我にお任せください」


 ふむ、愛する妹からの問いにどうしてノーと答えられようか?


 もちろんイエスだ。お任せしよう。

 

 俺の許可を得たティムはエディムとオルティッシオの襟首を掴んで居室を出て行った。

 

 エディムとオルは、ティムに連れて行かれる。


 その顔は、真っ青だ。


 まるでドナドナに連れて行かれる小牛のようである。

 

 これは追いかけたほうがいい?


 後ろで涼やかな顔で見送っているドリュアス君に聞いてみよう。


「ドリュアス君、ティム達大丈夫かな?」

「問題ございません」

「そ、そう、ならいいんだけど」


 ドリュアス君は太鼓判を押すが、中二病患者の暴走は時に予測がつかないこともある。


 後で見に行ってあげるか。

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