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第六十二話 「それは邪神ファーストだから その1」

 スー、スー。


 むにゃ、むにゃ。


 ボコ。


 ボコ!?


 うっ!? ここどこだ?


 うっすらと目を開けてみた。


 ボコボコと泡が出ている。


 息を吐くたびに泡がブクブクと、景色もゆらゆらと揺れているのだ――って水!?


 俺、いつのまにか水の中にいるぞ。


 ぬぅおぉおお! 溺れる、溺れる!


 手足をバタバタさせると、こめかみに配線がついているのに気づいた。


 なんだ? どういうことだってばよ!


 いったい俺の身に何が起こったんだ?

 バッチョ部隊に敗れて捕虜になったとか?

 これって、水攻め?


 いや、待て、待て。


 結論を出すのはまだ早い。


 記憶をたどろう。


 確か俺は……。


 中二病患者達に乗せられて、バッチョと一騎討ちをするはめになったのだ。

 そして、黒兎馬に乗って辞世の句を詠んでたら、間一髪、エディムが戻ってきてくれた。

 そんでもって、そのエディムが一騎討ちでバッチョを倒してくれたのだ。


 それから……そうだ!


 エディムの部下のガデリオが部隊を引き連れて戻ってきてくれたのだった。

 ガデリオ部隊が、バッチョ特戦隊を強襲したのである。


 実にタイミングがよかった。


 拍手喝采だよ。


 正義の味方って、こんな感じなんだね。


 バッチョは、特戦隊の精神的支柱であった。


 彼女を欠いた特戦隊は脆く、ガデリオ部隊によってまたたくまに瓦解させられたのだ。


 戦いは勝利したのである。


 うんうん、そうだ、そうだった。


 俺の記憶(・・)に間違いはない。


 じゃあ捕虜にされたわけでもないのに、この状況は一体?


 ん!?


 今更だが俺、呼吸できている。


 口に手を当ててみると、妙な感触がした。


 配線がこめかみに付けられ、口には酸素吸入器がはめてある。


 これは……。


 それに、ここってなんか見覚えあるぞ。


 水槽越しに見える外の風景……。


「あぁ、おいたわしやお姉様。早くご回復していただきたいものだ」


 ティムの声が水槽越しに聞こえた。


 決定だね。


 間違いない。ここは邪神軍地下帝国の一室だよ。


 確か地下三階の奥にあった科学室だった気がする。


 ティムが色々発明した魔法具が置いてあるところだ。よくよく見ると、ヘンテコな機械がところ狭しと置かれてあるもん。


 声も複数聞こえてくる。


 部屋にいるのは、ティムだけじゃない。ドリュアス君も変態(ニールゼン)もオルもいる。邪神軍幹部が勢ぞろいだ。


 そして、しばらくこいつらの会話を聞いてわかった。


 どうも俺は、お店の前で気絶してたらしい。


 バッチョとの戦いで疲労の極限に達してたんだろう。


 不安と緊張の連続だったからね。なんらおかしいことではない。


 おかしいのはこいつらだ。


 こいつらは、そんな衰弱した俺を水槽にぶち込んだのである。


 正気の沙汰ではない。

 普通に犯罪だよ。


 では、なぜこいつらがこんな暴挙に走ったのか?


 それはオルが聞き捨てならない言葉を発して、理解してしまった。


 メディカルマシーンがどうのと……。


 それでピンときたね。


 嫌な予感はひしひしと感じてたけど、これで確信に変わった。


 ふぅ~ある意味、俺の責任でもある。


 メディカルマシーンとは、某野菜人が使用した治療回復装置だ。この中に入れば、どんな大怪我を負っても完治できる。


 もちろん前世、漫画の話だ。ちょっとしたネタだよ。こいつらは、中二言語の会話をすると喜ぶからね。リップサービスの一環で話したにすぎない。


 ただの雑談なのに……。


 ティム達は、本気で開発に取り組んでたようだ。


 おいおい殺す気か?


 ティム達に他意はない。


 俺が慣れない(いくさ)で、体力を消耗し気絶した。それを必死で治そうとしてくれたのだ。


 それは嬉しい。感動もしたよ。


 でもね、悪意がないから余計にたちが悪い。


 普通にベッドにでも寝かせてくれたらよかったんだ。


 というか、ティムの回復魔法でもいいよね?


 なんでよりにもよって、こんな事故を誘発しそうな方法をやっちゃうかな。


 ……まぁ、今更こいつらの言動に注文をつけるのも酷な話か。


 とにかく事情はわかった。


 すぐに外へ出よう。


 こめかみについた配線を引き抜こうとするが……。


 待てよ。これって無理に外して大丈夫かな?


 この水槽は、見るからにメカニックな作りになっている。


 本格的な装置だ。


 電流が流れているかも?


 あいつらどれだけ手の込んだ物を作ってんだ!


 いやね。無理やり暴れて、ドンドンと水槽を叩く手があるけどさ。


 ここ水の中なんだよね。


 配線が切れて感電しないかな?

 あるいは、壊れて水が吸入器から逆流したりしない?


 穏便に済ませるには、外から開けて出してもらえるのが一番いい。


 ただ助けを呼ぼうにも、酸素吸入器が口にはまってて声は出せない。かといって、下手に水槽を壊せば、感電する危険性もある。


 誰か異常に気づけ!


 これが集団心理なのか?


 誰もおかしいと気づかない。


 救助の要は、君達なんだよ!


 思いとは裏腹に、ティム達はピントのずれた会話を続けている。


「カミーラ様、ティレア様はいつお目覚めになられるのでしょうか?」

「我の計算では、あと三時間といったところだな。時間が来たら、メディカルマシーンを開放する手はずになっておる」


 三時間!


 俺が今までどれだけ気絶してたかわからない。


 このまま悠長に水の中にいたら死ぬんじゃないか?

 それとも感電死する危険を考え、三時間大人しく救助されるのを待つか?


 邪神軍幹部がこれだけ勢ぞろいしているにもかかわらず、意見は均一である。


 「ティレア様を大事に」だ。


 水槽の中で大人しく治療されてろってさ。


 誰か早急に水槽から出すという意見は出ないのか?

 常識的に考えて、命の危機だってわかんないの?


 誰でもいい。


 早く助けてくれ!


 必死に祈りを捧げていると、


「カミーラ様!」


 オルが勢いよく前に進み出てきた。


 嫌な予感がする。


「オルティッシオ、騒々しい。お姉様がご休養中だぞ。静かにしろ!」

「も、申し訳ございません。ですが、一言進言します。ティレア様の治療、三時間と言わず、一日、いや、三日は治療しましょう! そのほうがいいです。いや、そうすべきです」

「オルティッシオ、それは何故だ? 我は早急にお姉様にご復帰していただきたいのだ」

「私もそうです。そのご尊顔を一刻も早く拝見しとうございます。ですが、ティレア様には、この機会に徹底的にご休養していただきたいのです。天下覇権は、私達部下が進めておけばよいのです。ティレア様には、万全の体制で天下に君臨していただきとうございます」

「むむ、オルティッシオ、貴様の意見にも一理ある。お姉様は、魔邪三人衆との戦いの傷を隠されておられた。我らに心配をかけまいとするご配慮であろうが、他にも我らの感知しない傷を負っておられるやもしれん」

「カミーラ様、オルティッシオの言うとおりでございます。治療を延長しましょう!」

「うむ。まったくオルティッシオめに教えられるとは……我もまだまだだ」

「まことに。オルティッシオの奴、なかなか味な真似をしおる」

「あぁ、少し見直したぞ」


 なんか不穏な流れになってる。


 何が味な真似だ。


 苦い味しかしねぇよ。


 軍団員達が、オルの意見にうんうんと頷いている。


 三時間でもやばいのに、三日だと!


 ふ・ざ・け・ん・な!


 奴ら、いつもはオルの意見などガン無視のくせに。


 こういう時だけオルの意見に耳を傾けている。


 【オルティッシオもたまにはいい事を言う】みたいな雰囲気になっているのだ。


 ど、どうしよう?


 こいつらあてにできないどころの話じゃないぞ。


 やはり自力で脱出するべきか?


「カミーラ様、再度進言します。考え直しました。念のためです。三日の治療では短いかと。あと一週間は必要です。絶対にそうすべきです!」


 お、おま、それ……。


 さらなるオルの爆弾発言に背筋が凍った。


 こいつらに殺される。


 そう思った瞬間、切れた。


 酸素吸入器を口から外し、手に魔力を込める。


 お、お前ら、いくらなんでも……。


「私の回復力、みくびりすぎだろぉおおおがぁあああ!」


 どこかのM字禿げの如く、叫びながら魔法弾を放ったのだ。


 魔法弾は水槽のガラスを割り、そのまま部屋の外へと放出された。


 はぁ、はぁ、はぁ、死ぬかと思った。


 感電死よりも先に衰弱死するところだったよ。


 こめかみについていた配線をぶちぶち切り、割れた水槽から外へと足を踏み出した。


 で、出られてよかった、本当によかったよ。


 水槽から出ると、俺が放った魔法弾の余波を受けてオルが壁際までふっとんでいた。


 まぁ、許容範囲だよね。


 気絶から目が覚めたら水槽の中って……。


 ある意味、いじめ、いや、拷問されてたって言ってもいい。


 これくらいの処置は勘弁してくれ。


 ふぅ~と深呼吸をして周囲を見渡す。


 ティム達は、俺の登場にあっけにとられていた。


 そして、見る見る喜色に満ちた表情に変わる。


「お姉様! あぁ、ご無事ですか! ご無事ですか!」

「う、うんうん、大丈夫よ。大丈夫だから」


 ティムが慌てて駆け寄ってきたので、優しく頭を撫でてやる。


「ティレア様! ティレア様!」


 ドリュアス君、変態(ニールゼン)達もおくれて駆け寄ってきた。


 皆、一様に心配してくれている。


 俺の復活を心より喜んでいるようだ。


 ここまで熱烈に歓迎されたら怒るに怒れない。


 本当は、非常識なこいつらを叱るつもりだったけどね。


 うんうん、もう大丈夫よ。


 ただ、一言。


 オルが部屋の隅でピクピク痙攣しているのだ。


 誰も見向きもしないのはどうかと思うぞ。


 やった本人が言うのもなんだが、オルにも気を配ってくれ。


 あ、ギル君がまたオルに治療をしてくれた。


 問題無しだね。




 それから、軍団員達に着替えを用意してもらった。


 服を着替え、髪をドライヤーで乾かし、さらに詳しい事情を聞く。


 俺も怒鳴りはしないが、事が事なだけにやんわりと注意した。


 同じ事を誰か他の一般人にしでかして、死人が出ようものなら目も当てられない。


 大人として注意だけはするよ。


「「も、申し訳ございません!」」


 メディカルマシーンの件を指摘すると、軍団員達は平謝りをしてきた。


「我は、決してお姉様の回復力を見くびったわけではございません」


 ティムも申し訳なさそうな顔で謝罪してくる。


 うん、謝るところそこ(・・)じゃないからね。


 一体俺の話をどう聞いたらそうなるのだ?


 別に俺の回復力を百だろうが千だろうが、どう見誤ってもいい。


 ただ、その手段を問題視しているんだよ。


 俺が体力があったから笑い話で済んだ。


 普通に虚弱な奴だったら死んでたぞ。


 わかってる?


 衰弱した人を水中に入れるなんて鬼だぞ!


 前世で例えるなら……。


 『昨夜遅く、十七歳の少女を水中に放り込んで溺死させたとして、住所不定無職のニールゼン・ボ・クラシカルと、同じく無職のオルティッシオ・ボ・バッハ他数名を逮捕しました。

 調べによると、ニールゼン達は少女が衰弱していたので、水の中に入れて回復させたかったと意味不明な主張を繰り返しております。

 加害者の中には未成年者も多数含まれており、他にも余罪がないか警察が調べを進めております』


 こんな感じで捕まってたぞ。


 お前ら、本当に異世界でよかったな。


「そういえばさ、なんでティムは回復魔法を使わなかったの? 魔法を使えば、こんな回りくどい治療をしなくてよかったよね」

「そ、それは……前にも申しましたが、魔族にとって回復魔法のような聖魔法は最も不得意な分野です。魔法に秀でた我ですら、ほどほどの治療しかできませぬ。あの日のお姉様は、大量に体内魔力を消費しておられました。我の見立てでは、数年は目が覚めぬほどの消耗をしておられたのです。我はいてもたってもいられず、研究していたメディカルマシーンを起動した次第です」


 ティムは切実な顔で答えてきた。


 いやいや、本当に俺の回復力を見くびりすぎだぞ。


 俺は、三年寝太郎か!


「あ、あのね。事情はわかったわ」


 言葉もでねぇよ。


「大体そのメディカルマシーンって本当に効果があるの?」


 俺の与太話から、そんな大それた回復装置を作れたのだろうか?


 いくらティムが優秀でも、一介の学生だ。それに、メディカルマシーンなんて代物は、どう考えてもこの時代にとってのオーバーパーツである。


 簡単に作れるはずがない。


「お姉様、それはかなり自信があります。このメディカルマシーンは、我の魔法技術に加え、魔界の七秘宝を使用しております。各地の良質な素材を収集し、我をはじめドリュアス達、邪神軍の最高頭脳が結集して作り上げました。これ一つで魔都ベンズの医療器具数百倍の効果が表れるでしょう」


 ふむ、魔都ベンズねぇ。


 また出てきたよ。


「ティム、あなた魔都ベンズをたびたび引き合いで出すけど、私はそこを知らないのよ。せめてここ王都の科学力と比較して説明してくれる?」

「そうですね。まさに蟻と巨人です。おそらく脆弱で愚かな人間種では、この価値を一バーセントもわからないでしょう」


 ティムは、誇らしげに話す。


 まるで天下に己以上の才能はないと言っているようだ。


 いや、実際、そう言っている。


 一国を代表する王家の宮廷魔導師ですら、原人みたいに扱き下ろしているのだ。


 これはいつもの中二病(ほっさ)だね。


 つまり、このメディカルマシーンは、その発作でできた代物である。


 一体、どれほどの効果があるのやら、再度身震いがしてきたよ。


「……わかった。よ~く理解したわ。私から言える事は一つ。こういう時は普通にベッドにでも寝かせてくれたらいいのよ。研究中のメディカルマシーンにぶち込むって……私死んでたかもしれないんだからね」

「そ、そうでした。いくら自信作とはいえ、大事なお姉様を実証実験もまだな装置に入れるなど。我はなんて愚かな所業を……」


 ティムがわなわなと震えて涙を流す。


 あ、泣かしてしまった。


 これはいけない。


「い、いいのよ。ティムは私を思ってしてくれたんだから」

「で、ですが! 我がもっと早く人間を捕獲して、人体実験をしておれば、お姉様を危険な目にあわさずに済んだのです。この王都には腐るほどの実験材料がいたにもかかわらず……我は情けない」


 う、う~ん、妹がけなげな表情で物騒な言葉を放ってきた。


 俺はなんて言葉をかけてあげようか?


「え、え~と……」

「お姉様、どうされました? 実験なら早急に始めます。とりあえず、王都の市民を千人くらい捕獲します」

「じ、実験はいい! 今後気をつけてくれればいい。それだけよ」

「承知しました。全ては、お姉様のお心のままに。今回の件、本当に申し訳ございませんでした」


 ティムが頭を下げた。

 それに習って他の軍団員達も頭を下げる。


 数十人の大の男達と、可愛い妹まで頭を下げているのだ。


 殺されかけたとはいえ、俺を心配してのことである。


「もう終わったことだからいいよ。それで皆は無事? 怪我はなかった?」


 俺の記憶では、バッチョ部隊は悉くガデリオ部隊に捕縛された。


 軍団員達は()も外に出ず(やぐら)にこもり、全員でその様子を観察していた。


 全員無事なはずだ。


 何分、記憶があやふやなところがある。


 一応確認しておこう。


「ははっ。ご心配していただき、恐悦至極に存じます。されど、あのような雑魚鼠の群れ、準備運動にもなりませんでした」

「まさに。奴らの貧弱な事、この上なし。ちょっとつまむだけで、折れるわ、壊れるわ。追い詰められた鼠ですら猫に一矢報いるというのに。最期の人噛みさえする気概もない。所詮は脆弱種ですな」


 うん、大言壮語は変わらない。


 軍団員達は、バッチョ部隊をいかに勇猛に倒したか、話題に花を咲かせていた。


 本当にいつも通り。


 いつも通りなんだけど、なに捏造しちゃってんの?


「あのさ、バッチョ部隊は、ガデリオ部隊が倒してたよね?」

「なるほど。情報秘匿できゃつらを利用するのですな。お任せ下さい。諜報部隊に命じ、そのように風評を流しましょう」


 変態(ニールゼン)は、決まり顔でそう答えてきた。


 いや、お前、風評を流すも何も実際そうだろう。


 ガデリオ部隊が倒してたじゃねぇか。実際に見たよね?


「いや、あなた何言ってんの?」

「違うのですか?」


 変態(ニールゼン)の心には、捏造しているという意識は欠片もないらしい。


 バッチョ部隊を倒したのは自分自身だと、本気の本気で思っているようだ。


 他の皆も、変態(ニールゼン)の堂々たる嘘に当然のような顔をしている。


 はぁ~お前ら……そこまでして、自分達の手柄にしたい?


 まぁ、でもバッチョ達を俺達が倒したって、嘘の情報を流されるよりはましか。


 エディム達、吸血鬼の存在が世間にばれてもまずいしね。


「……そうね、その通りよ。秘匿を命じます。あなた達がせっかく頑張って倒してくれたのに、申し訳ないね」

「いえ、あの程度の雑魚鼠をいくら屠ろうと誇れるものではございません。全ては、ティレア様のお心のままに。情報秘匿を最優先します」


 変態(ニールゼン)はそう言うと、ドリュアス君と何やらヒソヒソと打ち合わせを始めた。


 いくらでも風評を流してくれ。


 どっちにしろガデリオ部隊がバッチョ特戦隊を倒しているシーンは、大勢の市民も目撃している。


 当然の事を当然に話しているだけだ。


 うん、この件はもういいか。


 それにしても……。


 自分が入ってたメディカルマシーンを見る。


 特殊な培養液と言ってもよい不思議な色の水だ。

 ここが魔法世界でなく科学世界と言われても不思議ではない機械機械した装置もある。

 計測器らしきものもあちこちに設定してあった。


 中二病の妄想産物とはいえだ。


 冷静になり改めて観察する。


 このメディカルマシーン、素人のおもちゃにしては出来すぎだ。


「あのさ、興味本位で聞くんだけど、この装置にいくらかかったの?」


 メディカルマシーンを指差して訊ねてみた。


「ほんの百億程度ですよ」


 ギル君の治療で復活したオルが、気軽に答えてくれた。


「そう、たった百億――ってひ、ひゃ、百億ゴールド!? う、嘘よね!」

「も、申し訳ございません。正確ではありませんでした。ギル!」

「はっ。正確には、百二億五千三百二十万三千七百ゴールドです。詳細は、特殊培養液に五十七億九千万……」


 オルに呼ばれたギル君が、正確にその値をそらんじていく。算盤を弾くが如くだ。


 これは嘘じゃない。

 何度もオルに貢がれたからわかる。


 こと金にかんして、オルはとんでもない額を使っても平気でいるのだ。


 百億ゴールドを越える額を使うって……。


「あ、あなた達、こんなおもちゃにそれだけのお金を使って何も思わないの?」

「はっは、この程度の額、ティレア様のお命に比べられません。いえ、比べる自体おごがましい行為でございます」


 軍団員達はまたもやうんうんと頷いている。


 いや、そうだよ。


 人の命は何よりも尊い。


 俺もそう思っている。


 その信条は大切にしろよ。


 たださ、某実業家は【金は命より重い】って、言い切ったからね。


 別に同意はしていないけどさ。百億ゴールド稼ごうって思ったら、それこそ人生全てを懸けても終わらないぞ。


 それを、このバカはこうも簡単に……。


「オル、百億ゴールドも勝手に使って怒られない?」

「どなたにでしょうか? も、もしや、ティレア様は百億ゴールド消費した件でお怒りなのですか?」


 オルがびくびく震え、お伺いをたてるように聞いてきた。


「いや、私は怒ってないよ」

「ふふ、では何が問題なのです? ティレア様のご許可が下りているのですぞ。皆、納得しております。仮にティレア様の裁可に不平不満をほざく不遜な輩がいたのなら、不肖オルティッシオが成敗してご覧に入れます」


 オルが自信満々に腕まくりをして、力瘤を見せてきた。


 いやいや、問題大有りだろ!


 百億ゴールドも無駄にお金を使ったのだ。


 オルの親父さんをはじめ家族、親戚、オル家の部下達、その他関係者……もろ影響を受けているよね。


 だいたい俺が許可を出せばいいのか?

 というかその物言いだと、俺に全責任を被せてきてるよね?


 これ、絶対オル家の使途不明金になっている。


 いつかその出所を調査されたら俺の名が出てくるよ。


 そうなったらなんて答えよう?


 未来の治療器具(メディカルマシーン)を開発していたと正直に答えるか?

 こんなおもちゃを?


 効果も不明だ。


 少し気持ち良かった気もしないでもないが、普通に寝るか回復魔法をかけたほうがいいに決まっている。


 どっちにしろ俺がぶっ壊してしまった。その残骸しか残っていない。


 この先、どうしよう?


 頭を抱え悩んでいると、


「ティレア様、これを」


 ドリュアス君が一冊のノートを手渡してくれた。


 なに、これ?


 何気なしにペラペラとページをめくって読んでみる。


 こ、これは……。


 顔を上げて、ドリュアス君の顔を見る。

 

 ドリュアス君は、にこりと笑顔で返してきた。


 わかった。わかったよ。


 お前ら本当に俺を悩ませるの好きだな。

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