第五十九話 「ミレスと覚醒(後編)」
エディムが呪詛を吐きながら、東方王国の宝矛を突きつけてきた。
「エディム、落ち着いて」
「殺す。ぶっ殺す。舐めやがって。ミレスのくせにミレスのくせに。脆弱なクソ種のくせによくも!」
は、話を聞いて……。
よほど腹に据えかねているのだろう。私の言葉に耳を傾けてくれない。
しょうがない。
まずは、相手が興味をひきそうな話題を提供しよう。
「それにしてもすごい武器だね、それ」
エディムが持っている宝矛を指差す。
すると、エディムの目に正気が戻った。
口を綻ばせ、少し嬉しそうだ。
やっぱり。
とても大事そうに抱えているからわかる。
その宝矛、エディムのお気に入りに違いない。
「本当に凄いよ。これほど素晴らしい武器見たことがない。王家の秘宝ですら霞んでみえちゃう」
「ふふ、当然だ。これは方天画戟といって天下の名矛だ。しかも、カミーラ様、御自らが魔法補正をおかけになられたのだ。そんじょそこらの三流品と一緒にしてもらっては困る」
「そうなんだ。そんなにすごい武器、なんでエディムが持っているの?」
「それはな、この前の戦で勲功第一として賜ったのだ。ティレア様直々にお褒めいただいたのだぞ」
エディムが嬉しそうに説明してくれる。
よしよし、作戦は上々だ。
人間、自分の気に入っているものを褒められて悪い気はしない。
とりあえず会話をしてくれるようになった。
「ところで、勲功第一って? エディムどんな手柄を立てたの?」
「ふふ、何をかくそう、この私がバッチョを一撃のもと斬ってすてたのだ」
「エディムがバッチョを?」
「そうだ。一騎討ちでばっさりとな。そして、見事、ティレア様、カミーラ様のご信頼に応えたのだ」
エディムが饒舌に語る。
そうなんだ……。
エディムは吸血鬼化している。
ただの学生ではない。
霊長類最強と唄われるバッチョを倒したとしても不思議ではない。
エディムは、得意げだ。
ここは褒めたほうがいいだろう。
「バッチョを倒すなんてスゴイジャナイ」
「……ミレス、凄いというわりに全然、気持ちがこもっていないぞ」
「そ、そうかな。本当にそう思っているよ」
あれ? なんでこんなに乾いた声になるんだろう?
王都の守護神にして霊長類最強、生涯無敗といわれたバッチョを倒したんだよ。
凄い成果だ。
エディムを褒めてあげたいのに。
それが何? その程度?
って気持ちが先行してしまう。
やっぱり、この身体すごく変だよ。
「ミレス、正直に言え。私を馬鹿にしているだろ?」
「そ、そんなことない。気のせいだよ。それよりその時の状況を詳しく聞かせて」
とにかくエディムが会話をしてくれているのだ。
この流れを切りたくはない。
話の続きを促す。
「……そうだな。じゃあ少し近くによれ」
「えっ!?」
「えじゃない。話をするんだ。近くに寄らないと話ができないだろ?」
「う、うん」
ああ、これは……。
一応、エディムの言うとおり近くに寄る。
「ミレス、夕日が綺麗だな」
「……そうだね」
エディムは、私からみて死角になる位置にさりげなく移動している。
「ミレス、疲れただろう? そこに座れ」
「……」
「ミレス?」
「あ、はい。座ります」
言われるがままその場に座る。
唯々諾々と従う私を見て、エディムがほくそ笑む。
あぁ~ばれないと思っているのかな?
筋肉の動きとか殺気とかで丸わかりなのに。
「ミレス、夕日が綺麗だ。よく見ていろ」
「エ、エディム、悪いんだけど――」
「あぁ、心が洗われる。こんなに夕日が綺麗ならば……とりあえず死ねぇええ!」
不意打ち来たよ。
いや、いいんだけどさ。
丸わかりだったし。
エディムが私の首を狙って矛を振るう……。
全然だめ。
なってない。なってないよ、エディム。
そんな拙い抜矛では、筋や骨まで絶てないよ。
武器の性能がいい分、振り回されている感がある。
背後からの強襲に動じることなく、余裕で避けた。
「なっ!? お前、本当なんなんだよ!」
「いや、それは私が一番知りたくて」
「あ、ありえんだろ? 振り返りもせずに」
エディムがショックを受けた顔でこちらを見つめている。
驚愕、疑念、嫉妬、色々な思念が錯綜しているね。
ただ、私を害することは諦めていないらしい。
しっかりと矛を掴んでこちらに構えたままだ。
「エディム、もうやめようよ」
「だまれ!」
「あ、あのさ、正直に言うね。そんな腕じゃあ百年かかっても絶対に無理だよ」
「うるさいうるさいうるさい!」
エディムは興奮し、やたらめったに矛を振り回してきた。
しょうがない。
もう話し合いでは無理だ。
実力行使しないとエディムは止まらないだろう。
どうしようかな?
気絶させたり怪我を負わせたりするのは可哀想だ。
ここは、武器破壊一択ね。
「えい!」
振り回してくる方天画戟に狙いを絞る。
持ち手の柄に向けて、ピンポイントで蹴りを放った。
柄は刃ほど硬化していない。
私の蹴りを受けて、柄はポキリとまっぷたつに折れてしまった。
エディムは、硬直している。
「ごめんなさいね。こうでもしないとエディムやめてくれないと思って」
エディムは無言のままだ。
「エディム?」
「どうしてくれんのよぉおお! ひどい、ひどいよぉお! うぅ、わあぁあああん、せっかく、せっかくカミーラ様お手製の、栄誉ある宝矛をいただいたのに……」
エディムが小さな子供みたいに大泣きしている。
しゃくり上げて、涙を流して。
うっ、可哀想。
でも、怪我させるよりはいいかなと思って。
「あ、あの」
「ミレスの鬼! なんで壊すのよ。なんで避けるのよ!」
無茶言わないで。
普通の刃物ならともかく、それは当たったらやばい。
当たり所が悪ければ、骨折どころの話ではない。大怪我を負うだろう。
まぁ、今の私なら他にいくらでもやりようがあったかもしれないけど。
エディムの大切にしている武器を壊さずとも、よかったかな。
親友に不意打ちで躊躇なく殺されそうになって、少し頭にきていたかも。
こんな手段を取ってしまった。
私もまだまだ人間ができていない。
「ご、ごめんね。何でもするから許して」
手を合わせて、エディムに許しを乞う。
「ぐすっ、ひくっ、じ、じゃあ、完全に元通りに直しなさい。そして、私に殺されなさいよ!」
いや、本当に無茶を言ってくれる。
「それは勘弁して」
「ひっく、許さない。絶対に許さない!」
エディムは声高に叫び、癇癪は収まりそうにない。
なんとかエディムをなだめていると、ティムちゃんがやってきた。
銀髪を靡かせて、相変わらず美しい少女である。
エディムがティムちゃんに気づき、ひぃと悲鳴をあげた。
「カ、カミーラ様に殺される。ティレア様に賜った大切な、褒美の品を、こ、壊すなんて。ど、どうしよう?」
癇癪から一転、今度はすごく狼狽している。
いやいや、いくら女王様なティムちゃんでも殺すなんて……あるね。
ティレアさんがからむとティムちゃんはすごく苛烈になる。
エディムは、壊れた方天画戟を持って右往左往していた。
その様子は見ていて忍びない。
しょうがないな。
「私に任せて」
エディムから方天画戟を受け取る。
壊したのは私の責任だ。
二、三発殴られるのを覚悟して、許してもらおう。
今の私なら殴られても大丈夫だよね?
多分……。
「カミーラ様」
声をかけると、ティムちゃんが興味深げにこちらを観察してきた。
「むむ、ミレス」
「な、なにかな?」
「育っておるではないか!」
育ってるって……胸じゃないよね?
まぁ、ティムちゃんの性格は知っている。
そのままの意味なんだろう。
それからティムちゃんは嘗め回すように見つめた後、べたべたと私の身体を触り始めた。
「あ、あのカミーラ様?」
「くっく、興味深い。実に興味深いぞ。なんということだ。我の知的好奇心は、久方ぶりに満たされている」
「そ、そう」
ティムちゃんの目が怖い。
ティムちゃんは、何か新しい玩具を見つけたかのように興奮していた。
そうだね。前会った時は、ティレアさんが倒れてて、それどころではなかったもんね。
改めて私を見て、思うところがあったのだろう。
「どれ、ミレス、こっちに来い。色々実験に付き合ってもらうぞ」
「え、それはちょっと。それよりこれなんだけど」
折れた方天画戟をティムちゃんに見せる。
「なんだ、こんなガラクタがどうした?」
「ガラクタ? いや、これ相当の業物でしょ」
「ふっ。これはな、お姉様に献上したのだが、装備不要と仰られた。お姉様がそう判断した時点で、これに価値はなくなった。せいぜい使えぬ部下に下賜するぐらいが関の山だ」
すごい言い様だ。
天下三大武器に匹敵するぐらいの業物なのに……。
いくらティレアさんがいらないって言っても超レア物だよ。
というかティレアさんの性格ならどんな武器でもいらないっていうよね。どうせプレゼントするなら包丁にしておけばいいのに。
「とにかく、私の不注意でこれ壊しちゃったのよ。直せるなら直して欲しいんだけど」
「わかった。その辺に置いておけ」
「えっ!? そんな簡単に?」
「我ならいくらでも直せる。それより来い!」
ティムちゃんが無理やり腕を引っ張ってきた。
「ち、ちょっとカミーラ様」
「なんだ? 抵抗する気か?」
ティムちゃんはさらに力を入れてくる。
私も負けじと力を入れる。
ティムちゃんは、私が抵抗すればするほど力を込めてきた。
こ、これは骨が折れる。
反射的に力を受け流し、ティムちゃんを地べたに転がした。
「あ、ごめん」
頭を下げて謝る。
投げられたティムちゃんは、しばしあっけにとられていた。
その後、狂ったように笑い出す。
「くっくっ、あっあははははははは! 我を転ばすか!」
「いや、本当ごめんね。そんなつもりじゃなかったの」
「ではどんなつもりだ?」
「え、えっと、何も考えてなかったというか、無意識というか」
「何も考えずに我を転ばしたというのか! 面白い。その極地、見せてもらうぞ」
ティムちゃんが好戦的な顔をして、私の奥襟を掴んできた。
こ、これは……。
「も、もしかしてじゅうどうかな?」
「その通りだ」
「本気なの?」
「あぁ、手加減はせんぞ。今の貴様なら死なんだろ?」
「ち、ちょっとま――きゃああ!」
ティムちゃんが私を背負うようにして、投げてきた。
ティムちゃんに懐に入られて、潜り込む様に体を沈められている。
腰のバネを使った投げ技だ。
この勢いで地べたに叩きつけられたら、死んでしまう。
本気にならないと。
自身にかけられてくる技を解析する。
対応策を素早く考えるのだ。
見切った!
投げられながらも、ティムちゃんの手首を掴む。
そして、重心を調整。
投げられる勢いを利用して着地し、逆にティムちゃんを投げ返した。
「あ!」
勢い余って、ティムちゃんの手首の関節を外してしまった。
ティムちゃんは、外された手首の関節をじっと見つめている。
そして……。
「ほぉ~~~~~」
そ、そんなに語尾を延ばさないでよ。
ティムちゃんは感心したかのような声をだし、三日月のように口を歪めた。
怖い。まじで怖いから。
ティムちゃんの殺意の波動がむくむくと膨れ上がっていくのがわかった。
やばい。すぐに謝罪をしなきゃ。
「ご、ごめんなさい。許して!」
「かまわんぞ。ますます気に入った。一瞬で我の関節を外すか! ふむ、ミレスがここまでやるとはな。実験内容を修正するか」
ティムちゃんはぶつぶつ独り言を言っている。
その内容は……ぶっそうすぎて聞き返すのが怖い。
実験ってなんなの!
身の危険を感じたので、すぐさま逃げ出す。
地下の階段を降り、手近にあった部屋に駆け込んだ。
はぁ、はぁ、はぁ。
私、ちゃんと恐怖を感じるじゃない。
相変わらずティムちゃんだけは怖いよ。
そっとドアを開け周囲の様子を観察すると、ティムちゃんが私を捜しているのが見えた。
「ミレ~スゥ、どこに隠れた? つれないではないか! 我の心をここまで高ぶらせておいて……もっと遊ぼうぞ」
ティムちゃんが捜している!?
気配だ。気配を消すのよ。
大丈夫。
身体チェックの時にやった要領だ。
発散する魔力を抑え、自身に流れる魔力を隠蔽していく。
そして、風景と同化するかの如く気配を消した。
「おぉ、凄いぞミレス! 気配が完全に消えた。ここまでの隠行は、部下はおろか我でも難しい」
あ、ティムちゃん見失ったんだ。
よかっ――
「ただ残念だったな。少しばかり気配を消すのが遅かった。お前の魔力の残照が残っているぞ」
「えっ!?」
「ふっ、突き当り右だ」
わっ、わっ、見つかった。
ティムちゃんは私が隠れた部屋のドアの前まで移動して、ドアノブに手をかける。
「は、入ってます」
言っても無駄だった。
ドアノブが右に回りドアが開こうとする。
とっさに内側からドアノブを掴み、させじと反対側に強引に回した。
この手のタイプは、ノブを回転させることによって、ドアとドア枠を結びつけている空錠が外れ、ドアが開くようになる。
要するに反対側に回していれば、ドアは開かない。
このまま開かせないわよ――って、ティムちゃん力強い!?
ぐいぐいとドアノブは右に回っていく。
私も本気を出さないと!
思い切り力を入れる。
右に回りかけていていたドアノブが左に回されていく。
「おっ! おっ! おっ!?」
ドアの外からティムちゃんの驚愕の声が聞こえた。
「話し合いをしましょう。暴力反対!」
「くっくっ、あははははあははあははは! そのパワー、我にも匹敵する膂力だぞ。ミレス、貴様はどこまで驚かせれば気が済む」
「あ、あの……」
「我は楽しい。この造物主孝行者め!」
いや、何言ってんのこの人。
とにかく私の抵抗が、ティムちゃんの戦意をますます高揚させたようだ。
どうしよう? このまま生きて帰れるのだろうか?




