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第五十二話 「エディムと一騎討ち(前編)」

「ふ~やっと終わった~」


 エディムは、ほっと一息つく。


 希少調味料デラートの(しずく)三ガドン、

 ライ麦畑の紺若馬鈴薯五十キロ、

 超柔肉のコーベ牛三頭等等。


 これらは、ティレア様がお望みになった一級品の食材の数々だ。オルティッシオから命令を受けて、今しがた邪神軍地下帝国食料庫へそれらの搬入を終えたところである。


 想定より早く終わった。


 吸血御陵衛士隊のメンバーがカノドの町に在中していたためである。奴らが手伝ってくれたおかげで、食材調達、移動の手間が大幅に省けたのだ。


 それはいい。


 一人でやってたら、まだカノドの町にいたはずだ。


 ある意味、助かったと言えよう。


 だが、大きな問題が一つあった。明らかに奴らは軍規違反をしている。


 本来、邪神軍総帥のティレア様のご命令で、吸血鬼は私以外全員遠征していなければならない。


 王都近辺には、一人として吸血鬼がいてはいけないのに、なぜかいた。


 理由を問い詰めると、ジェジェが原因らしい。


 あのティレア(バカ)の言う事は聞かなくて良いと命令されたそうだ。


 もう開いた口が塞がらなかった。


 とんでもない不敬を言い放った御陵衛士の眷属達……。


 一瞬、殺そうとしたが、キッカが止めにきた。


 巧みな弁舌でジェジェ達を庇う。キッカは、忌々しいことに私の弱みを握っている。今は手が出せない。


 くっ、早くどうにかしないと。


 まだ、ティレア様はよい。大らかなお人である。自分のご命令を聞いていない配下がいても、お気にされないと思う。


 だが、カミーラ様であったら……。


 ぞくぞくと寒気がした。


 眷族達の忠誠が、ティレア様に集中していない。この問題は、至急解決する必要がある。


 それともう一つ。


 キッカ達の問題ほどではないが……。


 少し散らかってるな。


 食糧庫を見渡すと、各地方で集めた色とりどりの食材が乱雑に並んでいた。


 フラン地方の葡萄酒、九島鳥の干し肉、シャクシャン川のシャンパン、東方米。


 酒は酒、干し肉は干し肉、米は米と種類別にしていたのに、食品棚に一緒くたに混在している。


 バカティッシオの仕業だ。


 副隊長のギル様がいないと、バカティッシオはすぐに散らかす。


 ギル様がせっかく食材整理のルーチンワークを作っているのに、バカティッシオはその日その日の気分で食料庫を整理する。


 どこに何を置くか、私達でさんざん話し合っただろうが!

 あいつには脳みそが入っているのか!


 いらいらする。


 ピキピキと青筋が立っているのが自分でもわかる。


 ……こんな些細で神経を尖らせたら身がもたないな。


 これは、バカティッシオの被害ではまだ軽いほうだ。


 食品棚を見ながら溜息をつく。


 次に、れいぞうこをチェックする。


 コーベ牛のロース、ブラック豚のハラミ、双互ソーセージと生の食材が入れてあった。


 一応……かろうじてだが、バカティッシオはれいぞうこに入れる食材だけはわかっているようだ。


 まぁ、ティレア様が口を酸っぱくして仰ってたからな。


 生の食材は、れいぞうこに即入れるべしと。


 さすがにそれぐらいは守ってるようだ。だけど、それは最低限の最低限だ。食材を腐らせたら、首が飛ぶぞ。文字通りの意味でな。


 お前がそうなるのは、とても嬉しい。


 祝杯をあげてやる。


 だが、バカティッシオのことだ。絶対に私に責任転嫁してくる。もう、そういうとばっちりを受けるのはまっぴらごめんだ。


 最近、気づいた。


 バカティッシオのミスは、指摘するより尻拭いしたほうがまだ被害が少ない。


 その法則に従えば、ここで食材の整理整頓をしておくべきだ。


 ただ、今は一大イベントの真っ最中だ。


 そう、あのエリザベスが無謀にもティレア様、カミーラ様に反旗を翻し、攻め込んできたのである。


 なんと愚かで浅はかな女だ。


 カミーラ様にさんざんにおもちゃにされたくせに、まだ勝つ気でいるらしい。


 バッチョ特戦隊を呼び寄せて、襲撃をかけてきたのだ。


 カミーラ様がお力を隠しているとはいえ、その醸し出された力をまったく理解していない。身の程知らずにもほどがある。


 エリザベス……。


 人間だった頃、学生時代は恐怖の対象であった。


 皆が皆、エリザベスの権力と強さに怯え、身を縮めて生活をしていた。


 私も、エリザベス本人ではないが、その取り巻きに酷い目に遭った記憶がある。大貴族の横暴、その理不尽な振る舞いに、いつか復讐(リベンジ)したいと切に思っていた。


 バッチョ・ザ・バトウ……。


 王都の守護神にして霊長類最強の肩書きを持つ。


 名のある猛者を幹部に、たくさんの戦功を挙げた伝説の女。王令も無視して、我が道を生きるその姿にちょっぴり憧れていたのも事実。


 ふっ、失笑だ。それ以外ない。


 今を知ってしまえば、なんとも小さな世界で生きてたと思う。


 ぶっちゃけ、バッチョ特戦隊など我が吸血部隊だけで仕留められる相手だ。霊長類最強と唄われるバッチョとタイマンしても、倒せる自信がある。


 そんな私が吸血部隊を率いても、邪神軍の幹部お一人にも敵うかどうか……。


 いわんやカミーラ様と戦う?

 さらに言えば、ティレア様と?


 どれだけ隔絶した力の差があると思っているのだ。エリザベスの言動全て、トチ狂ったとしか言いようがない。


 天に唾を吐く行為だ。


 エリザベスよ。邪神軍に逆らうなど、どれほど愚かで無謀な挑戦をしたか、身をもって知れ!


 現在、エリザベス達は五千の兵力で西通りを囲んでいるとのこと。


 相手がただのボウフラ集団とはいえ、それなりに数を揃えている。


 久々にカミーラ様かティレア様の殲滅技を拝見できるやもしれん。


「エディム!」


 高揚する自分が抑えられない。


 あぁ、やっぱり食料庫の整理整頓は後だ。


 ティレア様、カミーラ様が脆弱な小虫共を優雅に潰していく様を見逃せようか!


「エディム、エディ~ム!」

「くっ!」


 さっきから酷く不愉快な雑音が耳に入ってくる。


 無視はできない。


 この声の持ち主が、しつこい性格なのは十分に知っているからだ。


「エディム、聞こえてるか!」


 聞こえてるよ。


 くそ、いい気分が台無しだ。


「……オルティッシオ様、いかがされましたか?」


 顔をひきつらせながらも、なんとか応答を返す。


「至急、馬が必要になった。急ぎ手配しろ!」

「えっ!? 今から馬を準備するんですか!」

「そうだ。早くしろ」

「うっ……」


 私は、今しがた食材調達から帰ったばかりなんだぞ。しかも、戦の準備で手が足りないと泣きついてきたあんたの尻拭いだ。


 それなのに、まだ働かす気か!


「後ほどでもよろしいですか? 私はやることがありますので」

「だめだ。馬の手配が最優先だ」

「私、食材調達を終えたばかりなんですよ」

「そうか。意外に早かったではないか。では、馬の手配も早くできるな」


 相変わらず、殺したくなるほど身勝手な意見をほざいてくる。


 今から馬の手配?


 このバカ、何がしたいんだ?


 相変わらず背景なしで説明するから、意味がわからない。


「オルティッシオ様、いきなり馬を手配しろと仰られても……ちゃんと上の許可を取ってるんですか?」

「ティレア様が馬をご所望されておられる。それ以上必要か?」

「ティレア様が?」

「そうだ。エディム、二度も言わすな。すぐに手配しろ!」

「わ、わかりました。すぐに手配します」


 ティレア様のご命令であれば、迅速に対応しなければならない。


 バカティッシオも早くそれを言え!


 それにしても、なぜ馬が必要なんだろうか?


 ティレア様のお考えがよくわからない。


 ティレア様は、いつも突拍子もないお話をされる。


 私はついていけないときが多々あるのだ。


 あ、待てよ。


 前にお話したタケダの騎馬隊のことかな?

 それとも、武力の高い者に贈る名馬の話なのかも?


 騎馬隊を編成するなら大量の馬がいる。

 敵を寝返らせるための景品なら、良質な馬を何頭か見繕えば良い。


 どういうコンセプトか理解しないと手配の方法にかかわってくる。


 もっと詳細な情報が必要だ。


「急げ、急げ!」と繰り返すバカになんとか説明を促して、わかった。


 どうやらティレア様とバッチョが一騎討ちをするらしい。


 それで馬が必要なのか。


 確かに一騎討ちは、見せ場だ。


 騎乗したほうが見栄えがいいのは頷ける。


 ただ、バカティッシオは牧場の馬を全て連れて来いと言う。一騎討ちなら、ティレア様用の愛馬、黒兎馬だけでいい。


 全ての馬を連れてくる必要はない。


「オルティッシオ様、ご命令の内容はよくわかりました。では、黒兎馬だけで十分です。全ての馬を連れてくる必要はありませんよ」

「馬鹿者がぁ! この機会に邪神牧場の成果も一緒にお見せするのだ」


 また、こいつは余計な事を……。


 手柄を少しでも大きく見せたいという心根がすすけて見える。


 その足りない頭でよく考えてみろ?


 全ての馬を連れてくるのに、どれだけ準備がかかると思っている。


 邪神牧場から馬を連れてくるのに三十分。

 ブラシで毛並みを整える、馬一頭につき一分として三百分。

 鞍と轡をつける、同じく三百分。


 頭の中で概算を見積もった。


 どう考えてもすぐには無理だ。


「オルティッシオ様、無理です。時間が足りません」

「否定は許さぬ。ティレア様のご出陣なんだぞ。一頭だけでは華が足りぬ」

「ですが、無理なものは無理です。それこそティレア様を長らくお待たせしてもいいんですか!」


 ティレア様専用の愛馬、黒兎馬の用意もできなかったら本末転倒である。


 そこを押して必死の説得をしてみた。


 結果、一番時間がかかるブラシがけは勘弁してもらった。馬を連れてくるだけであれば、三十分あれば十分である。


 ただ、黒兎馬だけは連れてくることはできない。ティレア様専用の愛馬だからと、この世話だけはオルティッシオが一人でやっていたのだ。


 私にも世話をさせて欲しかったのに……。


 このバカは、本当に美味しいところだけを持っていく。


 そして……。


 邪神牧場から三百頭あまりを連れ出した。


 バカティッシオは、黒兎馬の轡を取って移動している。


 すごい。


 ここからでもわかる黒兎馬の禍々しいオーラー。


 ただでさえ伝説の駿馬だ。それをカミーラ様が魔改造したという。黒兎馬は、覇王の熱気をムンムンに漂わせている。


 世界最強のティレア様の愛馬にふさわしい。


 ティレア様はバカティッシオから黒兎馬を受け取ると、その背に騎乗される。さらにティレア様がご所望されて、天下の名工である方天画戟も装備された。


 方天画戟か……これもすごい。


 ここからでもわかる方天画戟の重厚な存在感。


 邪神軍の宝物庫でもベストテンに入る一品だ。それをカミーラ様御自ら硬化の魔法をかけられたという。

 

 見ているだけで震えがくる。あれに触れるビジョンを想像する。吸血鬼の頑強な肉体が紙切れのように細切れになるだろう。


 うん、これもティレア様の武器にふさわしい。


 天下の名馬に騎乗し、天下の武器を片手に持つ。


 心躍る。


 ここから、天下無双の一騎がけをされるのであろうか!


「エディム!」


 バッチョ特戦隊が無残なミンチに変わるだろう。これからあの無駄に気位が高いゴミ屑達が、阿鼻叫喚な悲鳴を挙げると思うと、胸がすく思いだ。


「エディム!」


 特に、身の程知らずなエリザベスにはとことん残酷にいい声で鳴いてほしい。


「エディム、エディ~ム!」

「ちっ!」


 いつもいつもいい気分を台無しにしやがって。


 バカティッシオに遠慮のない舌打ちをする。


 バカティッシオは、それに気づきもしない。そんなところも忌々しい。


「聞こえているか、エディム!」

「……なんですか? もう準備は終わりましたけど」

「火打石をもってこい」

「火打石?」

「そうだ。忘れたのか? ティレア様からお聞きしたはずだぞ」

「あ!」


 思わず声が出る。


 そうだった。


 切り火だっけ?


 ティレア様が仰るには、戦場に出かける際に行う尊い儀式だそうだ。


 こればかりはバカティッシオの言うとおりである。


 ティレア様が、一騎討ちで先駆けされるのだ。家臣として、気持ちよくお送りせねばならない。


 早速、地下帝国から用意していた火打石を持ってくる。バカティッシオは、よこせとばかりに手をのばすが、さっと通り抜けた。


 バカめ、だれが切り火の栄誉を渡すか!


 いつもいつもバカの尻拭いばかりではやってられない。


 切り火は私がやる。


 ティレア様のもとへ早足で駆け寄る。


 バカティッシオは一瞬唖然としたあと、憤然とした顔で追いかけてきた。


 もう遅い。


 ここはティレア様、カミーラ様の御前だ。乱暴はできまい。仮にやったとしても、無礼討ちされるだけだ。


 私は、どっちに転んでもおいしいけど。


 バカティッシオも私の思惑に気づいたらしく、慌てて掴みかけていた手をひっこめた。スピードを緩め、忌々しそうに睨んできた。


 ざまぁみろ。いい気味だ。


 その隙にティレア様のお傍に近づく。


 ティレア様は下を向いてぶつぶつと独り言を仰っていた。


 すごく小声だ。耳を澄ましてみる。


「やぁ、やぁ、我こそはベルム店店長にして希代の料理士……近からんものは音に聞け。遠くばよって目にも見よ」


 一騎討ちの名乗りかな?


 う~ん、意味がよくわからない。


「遠くばよって目にも見よ」だと敵が遠くに逃げちゃうと思うけど……。


 あ、今は練習をされておられるだけだね。


 ティレア様の背後に回り、右手に火打石、左手に火打鎌を持つ。そして、火打石を火打鎌の縁にカッ、カッと二回ぶつけた。


 さぁ、あとはお言葉をおかけするだけである。


 御武運を……はおかしいよね。


 敵は、ティレア様にとって雑魚中の雑魚だ。武運が必要なほどの相手ではない。


 もっと相応しいお言葉をかけないと。


 うん、これだ。


「お楽しみください」

「はぁ? なにそれ? 嫌味か! 誰よ?」


 ティレア様が、怒りの表情で辺りを見渡してくる。


 や、やばい。なぜか言葉を間違えたらしい。


「た、大変申し訳ございません」


 平伏し、土下座をしようとしたら、


「エディムぅうう! ワレ帰ってたんか!」

「は、はい、さきほど帰りました」


 なぜかテンション高いティレア様のお姿があった。




 ■ ◇ ■ ◇




 六魔将ルクセンブルクが口の両端を吊り上げ、獰猛な笑みを浮かべる。


「最近、戦いがなくてなまっちゃってさ。楽しみなんだよね。ほら、アタイレベルになると、少し力を入れたら壊れるからさ」

「何がいいたいの?」

「アンタみたいな、多少頑丈なおもちゃを見つけるとさ……弄びたくてたまらなくなるんだよね!」


 そういい放つや、ルクセンブルクが視界から消えた。


「ぐはっ!」


 ルクセンブルクの拳と蹴りが容赦なく襲ってくる。


 はぁ、はぁ、つ、強い。


 それはわかってた。だけど、相手は獲物をいたぶるために手加減をしているはずなのに。


 それでも、圧倒的な力を見せつけられた。


「ほら、ほら、少しは抵抗してみなさい」


 闇の杖を振るう。


 ルクセンブルクに片手で止められた。


 邪神軍の軍団員達にある程度のダメージを与えた、かなりの威力を秘めた一撃なのに。


 ルクセンブルクの前では、まったく意味をなさい。


「ふぅん、よわ~い。つまんないな。多少、他の人間とは毛色が違うから期待してたけどさ。やっぱり根本は同じ。弱い人間なだけあるね」


 はぁ、はぁ、はぁ。


 殴られ、口の中で切った血をゴクリと飲み込む。


 この相手に、生半可な技を出しても無駄だ。


 邪神技、それもとびっきり強力な一撃で倒すしかない。


 杖を握る手に力を込める。


「ふぅん」


 ルクセンブルクは、目を細めて興味深そうにこちらを見ている。


 な、舐めているのもそこまでよ。


 邪神技をくらえば、六魔将に近い実力のドリュアスさんでさえ、傷を負った。


 相手が六魔将とはいえ、はまれば十分に勝機はある。


 杖を掲げ、邪神技を唱えようとすると、


「あ!」


 ルクセンブルクに闇の杖を奪われてしまった。


 一瞬、風が吹いたかと思ったら、いつの間にか手にしていた杖が消えていたのである。


 強い、強すぎる。


 魔力量、パワーどれも桁外れだ。特にでたらめなのは、そのスピードだ。認知できないスピードで走られたら、手の施しようがない。


「さすがに、それは痛いしね。アタイは、いたぶりたいだけであってぇ~戦闘を楽しみたいわけじゃないの、キャハ」

「ふぅん、怖いの?」


 ベタな挑発だが、こいつは人間を虫けらのように見ている。


 増長した人間の挑発に耐えれるはずがない。


「えぇ、怖いに決まってるじゃない」

「えっ!?」


 ルクセンブルクはあっけらかんと当然のように答えた。


「バカね、何を不思議がってるのよ。アンタは真実を知ってんでしょ。その技、もともとは魔王様の力から流れているのよ。偉大な魔王様のお力を恐れないわけがないでしょ」

「違う。魔王の力ではない。ティレア様のお力だ」

「……あまり舐めたこと言ってると、八つ裂きにするぞ」

「何度でも言う。これはティレア様のお力だ。正義のために、非道な暴力に苦しむ弱者を救うために与えてくださったお力だ」

「戯言を! そうね、そうだった。魔王様のお力を我が物顔で使われるのは、むかつくわね!」


 ルクセンブルクの手でビシィっと闇の杖がへし折れた。


 ころっと地面に捨てられる。


 二つに折れた闇の杖……。


 もはや邪神技のような大技は使えないだろう。


「アンタの罪が増えたわ」


 ルクセンブルクが、冷徹な声で話す。


「罪は、あんた達よ」

「死刑は当然として、拷問どうしようか? 磔、股裂、火炙り……どれがいい?」

「どれも却下ね。私、死んでいる暇はないの。クソ生意気な魔獣人をぶち殺さないといけないから」

「いいね、アンタを泣かせるのが楽しみになってきた!」


 再び、ルクセンブルクが視界から消えた。


「ぐはっ!」


 ルクセンブルクの蹴りが脇腹に叩き込まれる。


「ごふっ!」


 続けて胸に拳を喰らう。


 口いっぱいに溢れた血をゴクリと飲み込む。


 肺がつぶれたようだ。


 ルクセンブルクは容赦しない。


 目にも留まらない連撃を次々と身体に叩き込んでいく。



 ……

 …………

 ………………



 いつまで殴られ続ければよいのか?


 ルクセンブルクの猛攻は止まらなかった。


 両手両足、胴体、顔面、怪我を負っていない箇所がない。


 こんなにやられたのは、エビーンズに拷問されて以来だ。


「ほら、さっきの威勢はどうしたの? もう絶望したかな? キャハ」


 ルクセンブルクは楽しそうに問う。


 絶望?


 とっくにしている。


 なんとかなると思ってた自分は、楽観も楽観だった。


 超えられない壁を見せつけられた。


 逃げたい、恐ろしい。


 高位人間(ハイヒューマン)に進化する前の私。


 変わっていない。

 

 上級生に目をつけられたエディム、親友を助けられなかった私。

 エリザベスの拷問官エビーンズに拷問されて情けなく命乞いをした私。


 どんなに強くなっても、剥ぎ取られてしまう。


 私の中身。


 私は、弱い。小心で情けないちっぽけな存在だ。


 だから……。


 あんたにお礼をいう。


 ありがとう。


 あんたは、ティレアさんを侮辱する。

 ティレアさんを殺そうとする。


 その醜悪な面に笑みを浮かべて……。


 声で、言葉で、暴力で、私の大事な存在を壊すという。


 それを聞くたびに折れかけてた心が震える。

 勇気がほとばしってくる。


 あんたのクソな面に一発叩き込んでやるって!


 ルクセンブルクの隙を見て、パンチを振るう。


 だが、むなしくも空振りした。


「キャハ♪ すごい、すごい! こんだけ絶望を味合わせたのに、なんで折れないの? アタイとの力の差わかったでしょ。面白い。その無駄な抵抗が腹の底から笑える」


 はぁ、はぁ、はぁ……。


 視界はぼやけ、呼吸をするのもやっとだ。


 腫れあがった顔で方向を見るのも困難だが、ルクセンブルクを睨む。


「そんな目でにらんでも、無駄。アンタに勝ち目は百パーセントない。わかった?」

「……」


 私は答えない。


 答える気力がないのも事実だが、折れない。


 こいつの言いなりに誰がなってやるか!


 絶対に弱音は見せない。絶望の顔なんて一瞬でも見せやしない。


 きっと睨み続ける。


「ふぅん、壊れない玩具は好きだけど……アンタの目ムカつくわ……そうだ! 人間の癖にこのアタイを不愉快にするなんて、大罪よね。そんな目いらないよね」


 ルクセンブルクがニンマリと極悪な笑みを浮かべた。


「今から抉ってやるよ」


 ルクセンブルクが顔面に向けて指突を繰り出す。


 凄まじく早い。


 その残像、線だけがかろうじで見えた。


 指先とはいえ、凄まじく重い一撃なのだろう。


 顔面に穴ができるくらいの威力。


 だが……。


 学習強化(ラーニングストレングス)


 高位人間(ハイヒューマン)の特性の一つだ。相手の癖、攻撃パターンを情報収集することで、高い精度で攻撃予測する。


 はぁ、はぁ、はぁ、あまり人間を舐めないでね。


 確かに人間は弱い。


 だけど、学習し、それを学び克服できる力に優れている。


 さすがにバカの一つ覚えみたいな単調な攻撃を何百回も受ければ学ぶ。あんたのフェイントもない身体能力に頼っただけの攻撃など!


 避けてカウンターを喰らわせてやる!


 攻撃予測開始――。


 ――入射角、解明。

 ――伝送速度、解明。


 絶対屈折率をsinθa/sinθb=Aa/Bb=nabとし、スネルの法則に従い、顔面上部への到達予想、零.零零四二三五セカンド。


 ……。


 捕らえた!


「邪神流突殺法――MUSUKAAA!」

「がはぁあ! めが、めがぁああ!」


 ルクセンブルクが目を押さえてよろける。


 ルクセンブルクの指突に合わせて、カウンターで指突を繰り出してやったのだ。


 ルクセンブルクの目、正確に言うと(まぶた)から血が流れている。


 とっさに避けたか。


 なんという反応速度だ。計算上、避けられない完璧なタイミングだったのに。


 ただ、さすがに目の周辺だけにルクセンブルクが、苦痛の呻きをもらしたようだ。


「あ、あぐ、血!? 嘘? たかが人間如きがアタイに血を流させたの?」


 ルクセンブルクが流れる血を見て驚愕している。


「はぁ、はぁ、はぁ、そうよ。あんたは弱っちい人間相手に血を流したの。それも情けない悲鳴を挙げちゃってさ。何、まだ目が痛いの? なんなら三分待ってやってもいいよ」

「てめぇええ、ぶっ殺ぉすすすす!」


 ルクセンブルクが殺意を剥きだしにして吠えた。


 今までの攻撃が子供だましと思えるぐらいの本気の一撃をくらう。


 ルクセンブルクの体重を乗せた強烈な打突で心臓を貫かれた。


 グチャリと心臓が潰されたのがわかる。


「あ、あぐぅ!!」

「あ、ちくしょう! 思わず殺したじゃないか! あ~くそ! もっといたぶって殺してやるつもりだったのに。ああ、くそ、くそくそぉおおお!」


 ルクセンブルクに足蹴にされた。


 何度も何度も、足で力任せに蹴られた。


 これはだめ。


 意識が薄れる。


 もう力が入らない。


 血を流しすぎた。


 なんといっても心臓を潰されたのだ。


 致命傷だ。


 ティレアさん、ごめんなさい。私が不甲斐ないばかりに。


 あぁ、ティレアさん。


 このままではあなたの命が……。

 あなたの大切な人達が……。


 あぁ、くそ。動け、動け!


 私が、私が、やらないといけないのに。


 死に物狂いで生にしがみつく。


 だけど、身体が言う事を聞いてくれない。


 死が目前に迫ってきた。


 あぁ、無念。無念すぎる。


 誰か、誰か、いや、私が、私がぁああ!


 あぁ……。


 もぅ……。


 終りなの……。


 力がこぼれていく。ひとかけら残っていた生命の雫がこぼれて……。


 私は死――。





『おぉ、ミレス、死んでしまうとは情けない』


 えっ!? ティレアさんの声が聞こえる!


 つい首を振って探そうとするが、ピクリとも身体が動かない。


 それはそうだ。


 私は今にも死にそうになっている。この刹那の生が奇跡なのだ。


『――って、ミレスちゃん、ごめんね。ついノリでベタな事を言っちゃった。ティムやっぱりひどくない? ミレスちゃんが大怪我をしたときに流れるセリフでしょ。もっと優しいセリフに変更しようよ』

『お姉様、不覚を取ったミレスに活を入れるのは当然でございます。我はもっと辛らつな激がよろしいかと思います』


 今度はティムちゃんの声も聞こえる。


 え、えっと、もしかしてこれが走馬灯ってやつ?


 幻聴でも最期に二人の声が聞けて嬉しかった……。


『ミレス、貴様のことだ。今の現状をぐちゃぐちゃと考えているのだろう? よく聞け。これは幻聴でも幻覚でもない。闇の杖に細工を施しておいた』


 闇の杖!?


 二つにへし折られたはずだけど……あ! 確かに杖の波動を感じる。


 まだ完全には壊れてなかったみたいだ。


 うん、そうだ。


 これは杖からの情報が来ている。


『闇の杖の波動を感じろ。貴様が瀕死になった場合の救済措置を入れてある。回復魔法が自動的に流れてくる。どうだ? 動けるはずだ?』


 うん、動ける。


 すごい。潰された心臓まで元通りになった。


 魔力も通常の七、八割方回復できたかも。


『ティム、さっきからふざけてない? あなたが必要というから杖の生成に協力したけど。ミレスちゃん、体調不良で眠っているのよ。あなたが真面目に治療しないなら、止めるからね』

『お姉様、問題ありません』

『本当に? 北通りに腕のいいお医者さんがいるみたいだからさ。ティムがわからないなら――』

『お姉様、大丈夫です。どうぞ、我を信じてください』

『そう? なら私は料理の仕込みがあるから、後はティムに任せるよ。本当に本気でお願いね』


 ふふ、ティレアさんらしい。


 二人の微笑ましいやりとりが目に浮かぶ。


『コホン、話の続きだ。ミレス、今、お前はどこぞの敵と戦っている最中であろう。そして、けちょんけちょんにやられた貴様が、多少回復したからといってそいつに勝てるものではない。そうだな?』


 その通りだ。


 悔しいけど、ベストコンデションでもルクセンブルクに勝てる気はしない。


『で、質問だ。貴様は誰にやられた? 一.魔族、二.人間、三.それ以外。該当する番号分、魔力の波動を杖に送れ!』


 魔族だから、一回魔力の波動を杖に送る。


『ふむ、魔族か。まぁ、当然だな。貴様の改造に、我とお姉様があれだけ手間をかけてやったのだ。中途半端な戦力にやられたのなら殺す。ちなみに二の人間を選んでいたら、問答無用で杖ごと貴様を爆破していたところだ』


 はは、さすがはティムちゃん。


 二を選んでいたら、冗談でなく本気で死んでただろう。


『続きだ。魔族とは誰を指す? 一.魔王、二.六魔将、三.それ以外。該当する番号分、魔力の波動を杖に送れ!』


 この問いは、正直に回答していいか悩む。


 ティレアさんを救うために、魔王との戦いは必須だ。


 ティムちゃんのアドバイスをもらいたい。


 一の魔王を選びたいけど……。


 いや、だめだ。正直に答えないと、ティムちゃんのことだ。杖に何を仕掛けているかわからない。


 まずは目の前の脅威を取り除こう。


 二の六魔将を選択する。


 二回魔力の波動を杖に送った。


『くっく、相手は六魔将か! ミレス、見直したぞ。勝てぬとわかっていただろうに、よくぞ対峙した、よくぞ死ぬ寸前まで戦った。褒めてやる。六魔将は、魔族でも別格の強さ。お姉様か我以外には無理な相手だ』


 ティムちゃんの言う通りだ。


 六魔将ルクセンブルクとは、隔絶した力の差を感じた。ティレアさんとティムちゃん以外に相手は無理だろう。


『では、最後の質問だ。その六魔将は誰を指す? 一.魔竜戦士ポー、二.魔獣猫ルクセンブルク、三.それ以外。該当する番号分、魔力の波動を杖に送れ!』


 ルクセンブルを選択する。


 二回魔力の波動を杖に送った。


『そうか。ルクセンブルクか。簡単にいうぞ。奴は残忍にして邪悪。まぁ、魔族は多かれ少なかれそんな性質だが、ルクセンブルクは特にその傾向が強い。自分の欲を満たすためなら、なんでもやる。勝つためなら、戦士のプライドさえ投げ捨てるだろう。ただ、そんな自分勝手な性格だが、六魔将中、最も魔王に忠誠を誓っているのは奴だ。交渉はするな。絶対にこちらにはなびかん。騙されるのが関の山だ」


 そうとは思った。


 魔王に対する狂信的な言葉を聞いた。


 残忍で自分本位に見えるが、魔王にだけは唯一絶対的な忠誠を誓っているのだろう。


『ミレス、貴様に勝因があるとすれば、最初だ。奴は、獲物をいたぶる癖がある。油断しているところに強力な一撃をぶつけるしかない』


 それは、既に実践してしまった。


 思わぬ反撃を食らったルクセンブルクにもはや油断はないだろう。


『で、貴様のことだ。既にやったが、敵を怒らせたに過ぎんとか、そんなところだろう?』


 うぅ、さすがティムちゃん。既に予想されている。


『ならば、対応は一つ。貴様が今より強くなるしかあるまい。ただ、貴様は種族限界ぎりぎりまで能力を引き上げておる。それ以上強くなるのは、不可能に近い』


 魔法技術では、最高峰に位置しているティムちゃんの言だ。


 これ以上の成長は、絶望的と言っていいかもしれない。


 悲嘆が全身を襲う。


『ミレス、我の計算上、貴様に成長の余地はない。ただし、何事にも例外はある。以前、貴様にスイッチを施したのを覚えておるな? あれの作り方を教えてやる』


 そうして、闇の杖から魔法知識が流れてきた。


 すごい……。


 これがスイッチの生成方法なんだ。


 学園で習った魔法学が、幼児のお遊戯に思えてくる。


 この時代最先端の魔法研究所でも理解できないであろう魔法式の羅列だ。何段階も進んだ魔法技術の結晶が頭に蓄積されていく。


 以前の私なら何がなんだかわからなかった。過ぎた知識を持て余したに違いない。


 今は違う。


 高位人間(ハイヒューマン)の優れた頭脳が、その知識をあますことなく理解していく。


『理解したか? 要するに、スイッチは細胞を書き換える演算装置だと思え。では、簡単だ。スイッチを作れ、押せ。それを繰り返せ。我は、高位人間(ハイヒューマン)以上の進化を知らん。だが、我が知らんからと言ってそれがないとはかぎらんだろ? 人間の最も得意とするところだ。学習しろ。そして、お前が改革するのだ。高位人間(ハイヒューマン)を越えた始めの一人となれ!』


 ここまでティムちゃんが期待をかけてくれる。


 嬉しい。


 杖の中の記録とはいえ、ティムちゃんとより近しい関係になった気がする。


『ミレス、我の知るかぎり歴史上高位人間(ハイヒューマン)を超えた者は、存在しない。おそらく貴様は、死ぬ。まぁ、もともと分の悪い賭けだ』


 私もティムちゃんに同意だ。


 スイッチの構造、私の能力を省みても進化は難しい。


 ティムちゃんは天才だ。


 その天才がぎりぎりまで能力を向上させたのだ。これ以上の進化は、ティムちゃんの魔法技術の上をいく何かを見つけなければならない。


 成功率は、一パーセント以下かな?


 それでも、このままルクセンブルクと対決すれば、敗北は必然である。


 やるしかない。


『ミレスよ。ここまで付き合って忠誠を捧げた貴様に褒美だ。一度だけ魔力の波動を杖に送れ。安らかな死をくれてやる。後のことは我に任せておけ。ルクセンブルクは、我自ら倒してやる」


 スイッチの痛みは、よく知っている。


 今でも覚えている。


 エビーンズが、強力な拷問をした挙句にやっと一回だけ押せた。魂が引きちぎれるような痛みだ。


 ティムちゃんの計算上にない領域に達するまでに、あの地獄のような苦しみを、何十回、いや、何百、何千と味あわなければならないと思うと、身が震える。


 無駄だろう。いっぱい苦しむだけだ。


 それならいっそここで死んで、あとをティムちゃんに託せばいい。


 辛いのは嫌だ。苦しい。私はよくやった。もう十分だよ。


 甘い誘惑だ。


 悪魔が耳元で囁く。


 だが、断る!(But reject!)


 我が(ティレファー)の教義で最も好きな言葉だ。


 辛いときにこそ、歯を食いしばって己を通す。


 ティレア教の最も敬虔な信徒の私が、このような局面でそれを実践しないでどうするのだ。


 私は、頑として魔力の波動を送らなかった。


『そうか、それが答えか。ミレス、おそらく死ぬだろうが、骨は拾ってやる。貴様が死んでも(かたき)はとってやるぞ。くっく、あっはははは! 戯れに拾ったおもちゃが、いい働きをした。クソのようにつまらない学園生活だが、貴様を拾えたことは……だったぞ』


 ティムちゃん……。


『ふん、しゃべりすぎたか』


 ドリュアスさんと同じ照れ方をしている。


 最後は小声だったけど、気持ちは伝わった。


 喜びが全身に溢れてくる。


 まずは景気づけに一発スイッチを入れてやる!


 バチンと頭に設置したスイッチを押す。


 体内に激痛がほとばしる。


 うぐっ!


 い、痛い。


 思わず顔を(しか)めた。


 け、結果は……。


 能力がほんの少し向上したかも?


 限界ぎりぎりまで成長した私の体には、微細な変化しかない。


「へぇ~死んだと思ったのに……復活してる。潰した心臓まで元通りじゃない」


 ルクセンブルクが驚愕な表情で私を見つめている。


 そして、チラッと闇の杖の方向を睨んだ。


「あ~なるほど。さっきへし折った杖、回復魔法でもしこんでたのかな? くっく、よかった。さっきのじゃ全然物足りなかったんだもの。アンタバカね。苦しむ時間が増えただけ」


 ルクセンブルクは、愉悦に満ちた顔で構える。


 私は静かに詠唱するだけ。


「I am the bone of my switch. unlimited switch works.」


 体中に何百、何千とスイッチを生成した。

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