第五十話 「最終決戦、悪役令嬢をやっつけろ その7」
零時の鐘の音が鳴った。
別に何も変化はない。皆、平常通りだ。
エリザベスが悪巧みしていると思ったけど、考えすぎだったみたいだね。
普通に降伏勧告をして、失敗しただけのようだ。
エリザベスは、その結果に信じられないといった顔をしている。
いやいや、そう簡単に内応なんてうまくいくかよ。
この櫓の守備は、俺が最も信頼する仲間達で構成されている。
武力、知力はともかく、忠誠度は最大MAXだ。そんな忠臣武将を簡単に引き抜けると思ったら大間違いだからね。
してやったりの顔でエリザベスを見る。
エリザベスは悔しそうに顔を歪め、後退していく。
代わりにバッチョが猛烈な勢いで前進してきた。
と、特攻か!?
思わず身構えたが、バッチョは櫓数メートルまで近づき、止まる。
そして、獰猛に目を見開き「アタイと戦え!」と怒鳴ってきた。
そう一騎討ちの挑発である。
し、しまった!?
バッチョめ、なんという爆弾を投下してきたのだ。
いくら堅固な城に篭ろうとも、外に飛び出してしまえば格好の餌食である。古来より単細胞な武将は、これにひっかかり落城の憂いにあったのだ。
挑発に乗せられて関を飛び出せば、ろくな結果にならない。
それは、歴史が証明している。
もちろん、冷静な将ならこんなチャチな策に乗せられはしない。引っかかるのは、単細胞で直情的な将だけだ。
そして残念なことに、ここにいる奴らは後者である。敵の挑発に簡単に釣られる脳筋ばかり。一応断っておくが、脳筋と言っても言葉どおり脳だけが筋肉で、あとは贅肉である。武力のない脳筋だから、なおさら性質が悪い。
挑発を受けた軍団員達を見る。
皆、ぎりりと歯を食いしばって怒りを耐えていた。
……いつまで持つだろうか。
「邪神軍に将なしとは許せん!」とか「小虫の中で少しばかり強いからと調子に乗るな!」とか怒号がすごい。
軍団員達の中で怨嗟の声がどんどん広がっている。
どうする?
ショック療法で、一人ずつぶっ叩いていくか?
今にも飛び出しそうな要注意人物から順に気絶させていく。
戦力低下は痛いが、自殺ものの特攻させるよりはましである。そう思い、櫓にいる軍団員達を見渡していると、
おわっ!? まずい!
ティムが今にも櫓の縁に足をかけて、そのまま飛び降りようとしているのだ。
銀髪を逆立て、鬼のような形相をしている。
そういえば、バッチョの挑発は主にティムに向けて言ってた。
ティムは、姉思いだ。俺の悪口を聞いて頭が沸騰したのだろう。
嬉しいけど、冷静になってくれ!
櫓から出たら相手の思う壺よ。
「ティム!」
妹の考え無しの行動に思わず声をかけた。
「これはお姉様」
ティムが振り返る。
背後に黒いオーラ―が見えるくらいに怒っていた。
こうなった時のティムは、なかなか大変だぞ。
よくオルが、こんなティムに病院送りにされていた。
「あ~ティム、なんて言うか……」
「申し訳ございません」
「えっ!? なんで謝るの?」
「もちろん、あのような小虫にいい様に囀られたことです」
「テ、ティム、冷静になって」
「いえ、冷静になれませぬ。我は腸が煮えくり返っております。お姉様への侮辱、万死に値します」
「ティ~ム、そんな時は深呼吸よ。すぅ~はぁ、すぅ~はぁして」
深呼吸するようにティムに身振り手振りで指導する。
「お姉様、申し訳ございません。我はもう限界です」
「ち、ちょっと」
忠告も聞かず、ティムはバッチョに向き直り不敵な笑みを浮かべて睨む。
「ふっふっふっ、弄びがいのあるおもちゃに少しばかり遊んでやろうと情けをかけたのが、誤りであった。小虫の分際で調子にのりおって! まずは、その生意気な口を引き裂いてやるわぁあ!」
ティムが櫓から飛び出す。
させない!
メダリスト顔負けの高速タックルをかまし、飛び出そうとするティムの足を掴む。
バランスを崩したティムが、その場に尻餅をついた。
「お、お姉様、何を?」
「もう、だめだめだよ、ティム! そんな危ないことしちゃだめ!」
「そ、そんな危険など欠片もございません」
「何を言ってるの! ティムは近接苦手な魔法使いでしょ。接近戦なんてもってのほかよ。どうしても戦いたければ、後ろでスターフライヤーしてなさい」
「お、お姉様、それはあんまりです。我は前衛後衛どちらも戦えます。確かにお姉様の仰るとおり、後衛からの魔法発動が我の最も得意な戦闘スタイルです。ですが、近接戦闘でも遅れはとりませぬ。古の戦いでも、名のある強者を何百と接近戦でしとめました。しかも、相手はたかが小虫、片手でひねり潰せます」
「えぇいい! こんな時でもビックマウスは健在ね。そんなプニプニしたほっぺで、何を言ってるの! 相手は体脂肪率三パーセント以下の化物なのよ。一騎討ちなんで絶対にだめだからね」
ティムのやわらかいホッペをむにむにとつねりながら、諭す。
「おねひぇえさま、ほっぺはかんへいぇえいないです。わ、われのきんりょ、ひゅくは、にんげんのひゃくはいいじょうあります。ばっちょのひゅびをねじきってごひゃんいいれます」
「まだ言うか! このホッペか! このホッペが悪いのね!」
さらにむにむにとティムのホッペをつねっていく。
ティムの弾力のあるもちもちとしたホッペ。こんなに触りごごちのよい可愛いホッペで、何て恐ろしい事を言ってるのか。
ティムの短慮な行動を戒めるため、言葉で身体でわかってもらう。
すると、隣から不敵な笑い声が聞こえてきた。
ティムの傍に控えていた変態の声である。
「ふっふっふっ、ティレア様の仰るとおりです。あんな小虫にカミーラ様がお力をご行使する必要はございません。それはひよこ肉を裂くのに、オーガー刀を使うようなもの。ここは私が不遜な小虫を駆除に参ります」
そう言うや、変態が櫓の縁に足をかける。
ま、まずい!
「鉄壁のニールゼン、参る!」
変態がそう叫び、櫓から飛び出す。
「やめなさい!」
「ふぎゃあ!」
飛び出した変態の脇腹に蹴りを入れた。
変態は十メートル以上吹っ飛び、白目をむいて気絶する。
あ、危なかった。
一瞬、遅れてたら変態の命が露と消えるところであった。
今も泡を吹いて死にそうだが、バッチョと一騎討ちするよりはるかにマシである。
すると、今度は下層から不敵な笑い声が聞こえてきた。
三層にいるオルの声である。
嫌な予感ビンビンだ。
「ふっふっふっ、ティレア様の仰るとおりです。あんな小虫にカミーラ様やニールゼン隊長がお力を振るわれる必要はございません。ここは邪神軍第二師団隊長の私がゴミ掃除としゃれこみますぞ」
オルが櫓の縁に足をかける。
こ、このバカ、どこまで……。
「オルティッシオ、押して参る!」
オルが雄叫びをあげて、櫓から飛び出す。
「だから、やめろってぇ!」
「ほべぇえ!」
飛び出したオルの頭にかかと落しを食らわせた。
オルは白目をむき、泡をふいて気絶する。
上層から下層に飛び降りながらのかかと落しだ。アクロバットな動きができるか不安だったが、成功したよ。
オルは、変態より泡をふいている。猿蟹合戦で柿をぶつけられた蟹よりひどい有様だが、問題ない。
バッチョと一騎討ちしてたら、それ以上の大怪我、いや、死んでたからね。
ふぅ~本当に危なかったよ。
こいつらはどこまでバカなのだ。
どれほど無謀な挑戦をしたら気が済むのだ。気がしれない。
ティムと変態とオルの暴走を身体を張って止めた。
邪神軍でも折り紙つきの中二病者患者達だ。こいつらを止めれば、解決と思っていたけど、そうは問屋が下ろさなかった。
今度は他の軍団員達が「じゃあ私が!」「それがしが代わりに!」「死点をつかせてぇ~ナイフが疼くの!」と次々と一騎討ちの名乗りを挙げてきたのだ。
だめだ。収集がつかない。
さすがに全員を気絶させたら、防衛自体が不可能になってしまう。
こいつら、敵の罠だと気づかないのか?
いや、気づいているとは思う。
こいつらこんなんでもボンボンのインテリだしね。
ただ、罠とわかっても、挑発に我慢ができないのだ。
わかってても、止められないって奴だ。確かにバッチョの野次は、聞くにたえないよ。
俺もムカッとした。
でも、耐えろよ。命がかかってんだぞ。
皆、短気すぎる……。
感情を抑えられない。金持ちのボンボンによくある傾向だ。
はぁ~わかった。わかったよ。
もう冷静で堅実な将は俺しかいない。
やってやる。やってやんよ。
ティム、変態、オルだけじゃない。こいつら全員俺が守護らないといけないみたいだね。
軍団員全員、俺が守護る!
そう決意したが、現実は厳しい。
やいのやいの言ってくる軍団員達をどう鎮めようか?
皆、「俺が!」「私が!」と一騎討ちを主張して激しい。
まるで俺を教師と仮定したら「はい、はい! 先生問題わかったよ。私に当てて!」と手を挙げてアピールする生徒みたいだ。
こいつら、どこまでいっても中二病患者だ。
それにしても……。
お前ら、あのダチョウな芸人ネタ知ってるんじゃないかってぐらいフリをかましてくるな。
俺をじっと見つめて「はい、はい! 俺がやる!」ってアピールしてくる。
これは、あれか?
俺にツッコミ待ちを期待しているのか?
……いや、それはないない。
ここは異世界だぞ。ネタを知っているわけがない。
……。
「……じ、じゃあ、私がやる」
我慢できなかった。
これだけのフリをかまされたら、言わずにはおれなかった。小声で手をちょこんと半分上げて、控えめに意見する。
すると……。
「おぉ、ティレア様が! ティレア様が御自らご出陣されるそうだぁああ!」
「おぉ、邪神の御技を拝見できる。うぉおおおおお!!」
こ、こいつら【どうぞ、どうぞ】やりやがったぞ!
誰か言えよ!
いやいや俺がやるって言え!
別に一騎討ちを薦めるわけじゃないが、なぜ誰も言わない?
俺が一騎討ちをやると宣言したとたんになぜやめる?
新手のいじめか?
ほら、早く俺の言葉に被せてこいよ。
……誰も名乗らない。
皆、キラキラした眼で俺を見つめているだけだ。
あれだけ揉めていたのに、もう全員の中で「ティレア様が一騎討ちする」で決定しているのだ。
「あ、あのね、皆よく考えなさい。一騎討ちでバッチョに勝てるわ――」
いや、待て。
ここで正直に真実を伝えてもいいのか?
こいつらは、ティレア様最強伝説を本気で信じている。
そんな俺が、バッチョに勝てないと弱気発言をしていいのか?
パニックになるんじゃないか?
例えば……。
『うぁああ、あのティレア様でも勝てない!? バッチョってそんな化け物だったのか! に、逃げろぉおお!』
『た、助けてくれ。俺は死にたくない。弓なんて射ってられるかぁあ!』
と、こんな恐慌が起きても不思議でない。
今の今まで、その可能性を十分に考えていた。
だが、実際、蓋を開けてみれば、こいつらの妙な落ち着きと場馴れである。
もしかして、俺が大将ででんと構えているから安心しているのか?
宇宙最強の俺がいるから、どんな敵が現れても大丈夫と盲信しているのかもしれない。
皆からの信頼は嬉しいが、なんてプレッシャーだ。
うん、下手な事はしゃべれない。
籠城戦で、士気の低下は最も忌避すべきことである。
「ティレア様、どうされたのですか?」
俺が発言の途中で固まったので、軍団員達が心配そうな顔で見つめている。
ほらね!
俺の一挙一動で、皆こんなにも不安になっている。
これは、絶対に弱気な発言はできない。
「い、いや、なんでもない。バッチョなんてバッキンバッキンのボッキボッキにしてやるから。瞬殺してあげるわ」
「おぉ、さようでございますか! ご安心ください。我らは、ティレア様のご勇姿を一秒たりとも見逃しませぬ」
軍団員達は、退路を断ってきた。
皆でそんなに監視されたら、途中で逃げ出すこともできないじゃないか。
まぁ、バッチョ特戦隊の大軍に囲まれている状況で、どこに逃げ出せるわけでもないけど……。
一騎討ちをするため階層を降りる。
さながら、死刑台に向かう階段のようだ。
誰もが華やかな顔で見送っている。誰もが俺の勝利を疑わない。
ある意味、いじめだよ。
この状況で誰も止めないなんて鬼だぞ。
ま、まずい。早く妙案を考え出さないと。
こいつらはまじで俺を死地にやる気だ。
どうすれば……どうすれば、士気を下げずに一騎討ちを断れる?
必死に頭を回転させていると、
「お姉様」
ティムが声をかけてくれた。
おぉ、その手があったよ!
さすが愛する我が妹だ。
そうだ、そうだよ。いくらティムが中二病患者といっても、お姉ちゃんが一騎討ちをするなんて怖いに決まっている。
きっと俺が一騎討ちをするのを止めにきたのだ。
よし、よし、いい言い訳ができたぞ。
バッチョを倒すのは簡単だ。だけど、妹を怖がらせるわけにはいかないって感じで断ろう。これなら、士気を下げずに一騎討ちを断れる。
次のティムの言葉を待つ。
「お姉様、我が間違っておりました」
「うんうん、ティムの気持ちはわかるよ」
「はい、お姉様が一番彼奴にご立腹しておられるのでした。断罪は、お姉様にお任せします」
「ほ、ほわっと?」
何やら予想外な言葉を聞いたぞ。
お、おい、妹よ。一騎討ちを止めてくれないのかい?
「あ、あははは、ティム、理解してる? お姉ちゃん、このままだと霊長類最強と呼ばれているバッチョと一騎討ちするんだよ」
「はい、十分に理解してます」
ティムは、にっこりと満面の笑みでそう答えた。
あばばばばばばばばばばばば!
ティム、本当に理解しているの?
ねぇ? ねぇ? 霊長類最強と一騎討ちなんだよ。お姉ちゃん、死んじゃうよ、まじで、まじでぇええ!
あれ、あれれ? もしかしてホッペをつねりすぎたかな、かな?
それでティム怒ってんの?
ねぇ、お姉ちゃん、ティムの言葉にもう涙目だよ。
「ふふふ、我は楽しみです。お姉様のご雄姿を最前列で拝見します」
ティムは心酔した顔で俺を見上げてきた。
うん、こんな顔をされたらね。
姉として期待を裏切れない。返答は、決まっている。
「ふふ、バッチョに最強という二文字を、教えてあげるわ」
「「おぉ、ティレア様万歳! ジークティレア様! カイザーティレア様!」」
軍団員達が、俺の言葉に歓喜の声を上げている。
むせび泣く奴までいた。
ほ~らね、士気が天をつかんばかりだよ。
数値で百二十ぐらいまで上がったかな?
本当に単純な奴らで困っちゃう。
まぁ、これで籠城戦は、ばっちりだ。テンション上げ上げで、三日三晩徹夜しても大丈夫だろう。
……あとはその単純な奴らに殺されそうな自分を救わないとね。
もう涙で前が見えなくなりそうよ。
櫓の扉正面に立つ。
扉一枚を経て、バッチョがいるはずだ。
軍団員達はごろごろと鉄の鎖を引っ張って、櫓の扉を開けようとしている。
ち、ちょと……おま!
なんでそんなに手際がいいんだよ。
早すぎ!
言い訳を考える時間ぐらいくれって。
■ ◇ ■ ◇
「あ、あ、あ……」
「ミレス、どうしたのだ? 私が念入りに調べた。敵の攻撃は、受けていない。気の迷いだぞ」
な、なぜ?
ドリュアスさんは、敵の攻撃を受けていないと言う。
では、その頭にいるものはなんなの?
「ドリュアスさん、そ、それ?」
ドリュアスさんの頭に取りついているそれを指差す。
ドリュアスさんの頭には、直径十センチほどの四角いダイヤのような物体が十数匹、蠢いている。
「ん!? これがどうした?」
ドリュアスさんは、まったく疑問に思っていない。
こんなモノが頭を動き回れば、普通は反応する。
なのにドリュアスさんは、まったく意に介さない。
触れて認識しているというのに……。
これはなんなの?
動いているということは生き物?
鉱物のような形だが、虫か小型の獣なのかもしれない。
調査魔法ググルによれば、その名はヒヨウ。
ヒヨウ……。
聞いたことがない。魔法学園の授業でも、ティムちゃんから受け継いだ知識にも存在しなかった。
とにかく詳細を紐解いていこう。
調査魔法ググルにより、ヒヨウについての膨大な情報が杖にインプットされていく。
ん!? 衝撃の事実がわかった。
ヒヨウの主な特徴は、対象に取り付き、条件に従って記憶を操作する。
こ、これは……。
条件が多岐にわたってある。
全て表示されていない。まだ検索表示中だ。
これほど詳細で緻密な条件付けをするには、高度な魔法技術が必要だ。誰にもできることではない。
自然、術者は限られてくる。
人間には絶対に無理。
魔法が得意な精霊族か耳長族、いや魔族じゃないと不可能だ。
それも、かなり上位の……。
それに注目すべきは、ここで何度も登場するシオダという人物だ。シオダが誰を指すかはわからない。
ただ、前後の文脈からある程度類推することはできる。
それが我が神を指す隠語だとしたら……。
しばらくして表示が全て終了した。
ゴクリと生唾を飲み込む。
にわかには信じられない。
だが、我が神の御技で調べたのだ。
それは紛れもない真実である。
そうか。そうだったのか。
うぅ、ティレアさん、ティレアさん。
自然に涙が頬を伝わった。
涙が止まらない。胸が苦しくなるほど愛おしい。
こんな愛おしい存在が、巨悪で醜悪な物の手にかかろうとしている。
はぁ、はぁ、許せない。
絶対に許せない。
そんなことは絶対にさせない。
感情が抑えられない。胸が苦しい。助けたい、何が何でも助ける。己の全てを懸けて、この愛しくて儚い存在を守る。
「ミレス、先ほどからどうしたというのだ?」
ドリュアスさんが、声をかけてきた。
挙動不審な私を心配してのことだろう。
落ち着け、落ち着くんだ。やるべきことは山ほどある。
冷静になるんだ。
すぅ~はぁ~深呼吸する。
高位人間としての高い精神力が、一呼吸するだけで心に落ち着きを取り戻す。
ティレア様を救うため、まずはドリュアスさんを救う。
ドリュアスさんの頭にとりついているヒヨウを取り除くのだ。
「ドリュアスさん、何も言わずにじっとしててください」
「はぁ? ミレス、頭がおかしくなったのか? なぜ私に杖を向ける」
ドリュアスさんが警戒心を露に構える。
続いてベルナンデスさん達、第四師団がドリュアスさんを守るような形で陣を作った。
「いいからお願いします。裏切りでも、おかしくなっているわけでもありません。お願いします。ティレア様のためなんです」
真剣な眼でドリュアスさんに訴える。
「ふむ、私に見えなくてお前に見えているものがあるのだな」
「はい」
「よかろう。好きにしろ」
「ドリュアス様、よろしいのですか!」
ベルナンデスさんが焦った顔で止めてきたが、それをドリュアスさんは手で制してくれた。
よかった。
命がけの死闘がこんな形で報われた。
ドリュアスさんからかなりの信頼を勝ち取ることに成功したようだ。
えいっとドリュアスさんの頭で蠢いているヒヨウに向けて杖を振るう。
杖は、ヒヨウに当たるが、素通りした。
は、払えない。
高位神具に近い、闇の杖で触れないの?
これは、物理攻撃は不可能と言っているようなものだ。
ならば……。
魔力を循環させて魔法陣を発動させる。
最大氷結魔法……。
人間界最強の氷結呪文である。専門の中の専門、何十年と研鑽を積んでも届くか届かないか、そんな限りある氷結術者しかできない大技だ。
その氷結魔法をぶつけてみる。
もちろん、今の私ならもっと強力な魔法も使える。ただ、その場合は範囲外指定してもドリュアスさんにダメージがいくので使えない。
「最大氷結魔法!」
最大の氷呪文が、ヒヨウに降り注ぐ。
オーガーキングでも一瞬で凍らせる氷結呪文が、そのまま素通りしていく。
か、変わらない。
物理も魔法も効かないなんて……。
「ミレス、気が済んだか?」
「……」
「ミレス!」
「は、はい」
「私はティレア様のもとへ合流する。召集の時間を大分過ぎてしまった」
「ま、待ってください」
「なんだ?」
「ドリュアス様、頭?」
「これが何だ?」
「明らかにおかしいですよね? しっかりしてください。それはヒヨウ、人の記憶を操る害獣です。ティレア様に危害を加えます」
「なるほど。これはヒヨウというのか。参考になった」
「だから、ティレア様に危害を加えるんですよ! いいんですか!」
「くっく、ミレス、ばかをいうな。ふざけるにも度がすぎている。ありえんだろ?」
「……そうですか」
「お前は疲れている。いや、急激な成長による副作用かもしれんな。今度、カミーラ様に診てもらえ」
だめね。やはり条件は覆らない。
イレギュラーをイレギュラーとして認識できないのだ。
これ以上、無理強いしたらドリュアスさんの信頼を失ってしまう。
そして、何もできないまま、ドリュアスさん達はティレアさんのもとへ戻っていった。
そのままペタリと座り込む。
うん、落ち込んでいる暇はない。
そんな簡単にうまくいくわけがないのだ。ここはじっくりと腰を据えて問題に取り組むべきだ。
考察しよう。
高速思考!
高位人間としての脳が、加速度的に思考を処理していく。
調査魔法ググルが調べた情報をもう一度、精査するのだ。
その中にきっとティレアさんを救う鍵がある。
ティレアさんの中に魔王が眠っている。
ティレアさんの力は魔王の力を借りているのだ。
課題は山ほどある。
魔王が復活したらティレアさんはどうなる?
ヒヨウを周辺に散布した理由は?
もともと邪神軍は、魔王軍である。魔王が正体をばらさないのはなぜ?
そして、ティレアさんの魂には、何重にも厳重に思考誘導の洗脳がかけられてあった。
ティレアさんが、物事にあそこまで勘違いしているのは、魔王のせいだ。
魔王はそこまでしてティレアさんに、真実を知られたくない。
ティレアさんの中に魔王がいる。ティレアさんがその力に気づき、その事実を知ったら、どうするのか?
魔王は、悪逆非道の羅刹だ。確実に人類は滅ぶだろう。
自分の大事な人達が殺されるとわかった場合、どう考えるのか?
決まっている。
……そうか。それを魔王は最も恐れたのだ。
ティレアさん自身による自殺だ。
ティレアさんは魔王の力を持っている。
正確に言うと、魔王が復活するまで使用できる。
いわゆる代理魔王だ。
魔王を殺せるのは魔王だけだ。器ごと破壊されれば、魔王は死ぬ。今、魔王の器を壊せるのはティレアさん自身のみ。
はぁ、はぁ、はぁ、なんてこと!?
だが、タネはわかった。
急がなければ、魔王が復活してからでは遅い。
今なら、今の私の力があれば、ティレアさんを救える。
ん!? 何かが……。
高速思考を中断。素早く立ち上がり、右に避けた。
その横を飛来物が通過する。
瞬間、轟音が鳴り響き、近くにあった小屋がばらばらになった。
凄まじい威力のエネルギー弾である。
「へぇ~今のを避けるんだ」
「だれ?」
そこにいたのは、赤い髪をした獣人である。
この物腰、雰囲気ただものじゃない。
魔族、それもかなり上位に位置する。
「いや~困るのよね。あんた真実を知ってヒヨウの呪縛を受けてないでしょ」
ヘラヘラと笑っているが、目は笑っていない。
ティムちゃんから受け継いだ知識に、魔王軍から出奔した音信不通の軍団があった。
それと、調査魔法ググルからの情報を加味する。
「六魔将ルクセンブルクか!」
「勉強してるじゃん。正解だよ。くっく、そうだよ、六魔将さ。絶望した? 魔族のトップに君臨する魔人のおでましよ、キャハ」
闇の杖をかざす。
今まで対戦してきたベルナンデスさん、ドリュアスさんよりも、圧倒的な暴力のオーラ―を纏っている。
ティムちゃん級の敵だ。
強い、強すぎる。
私の全細胞が訴えている。
逃げろ、勝てないと。
この生物には服従するしかないと。
だけど、こればかりは譲れない。
「私は死ねないの。絶対に!」
「いいね。そういう目をした奴を叩き潰すのが、すごい快感なのよ」
ルクセンブルクが、舌舐めずりをして構える。
隙のない完璧な構えだ。




